公益社団法人 京都保険会 京都民医連中央病院

検索

 

ホーム > 医学生・研修医のページ > 研修医のつぶやき > 2008年

研修医のつぶやき

2008年のつぶやき


2008年10月

皆様、はじめまして。10月に入り、新研修医2名が新たに一年目メンバーとして加わりました。これで1年目4人になりました。新メンバー2人はそろって内科スタートです。わくわく・・ドキドキ。
この病院の研修に良いと思われる点は、①内科は総合内科!循環器のDrが肺炎の治療もこなしてます。疾患も様々。色んな疾患が診れると思います。②手技は、一度見たら二度目からは実践です。もちろん指導医の監督下で。③勉強会が盛んです。お気に入りは、毎週火曜、昼食時、院長先生による心電図道場です!院長自ら、心電図について研修医にレクチャーして下さいます。出来が悪い研修医にも、優しい院長は怒りません。大の苦手の心電図ですが、毎週学べばいつの日か・・と、夢見て、今日も道場に参加しました。
今は、電子カルテの使い方、オーダーの出し方で日々、わからない事がいっぱいです。


2008年8月22日

京都の夏は暑い。ひたすら暑い。娘は夏休みで家にいるし、娘の相手で夫もぐったりしているし、忙しい時に限って、病棟で患者様が急に発熱するし、15時からは京都南病院で救急カンファがあるし。忙しい忙しい。
救急カンファは京大 救急部の山畑先生を中心にして、京都市立病院、京都南病院、京都民医連中央病院の主に初期研修医と内科、救急科の指導医が参加して、2症例を発表します。フランクな感じのカンファなので、何にも知らない状態でも、何かしゃべれば楽しめるように、先生方もやさしい・・・例えば、「頻呼吸の鑑別は?」との質問に1年目がどんどん思いつきで鑑別疾患を挙げていく。いきなり、重大な疾患が思いつかなくても大丈夫。過換気、とか言っても、まぁそれもありだね。と慰めてもらえる…
1年も経つと、先ず挙がってくる疾患が変わってきて、1年上の先輩がすごく見える瞬間。来年はあんな風に慣れているだろうか。不安


2008年7月22日

救急OSCE(オスキー、と発音する)を医局内の会議室で。オスキーって何?大学でやったけどあれは、身体所見の取り方をマシーンのようにおこなえばOKだったし、それの救急バージョンって?
やってみて納得。2年目の先生が、医局の机を並べたもの(ベッドのつもり)の上で、のたうちまわり始める。「おなかが痛い―――死にそうです―――」「えぇーそんなこと言われても…あぁどうしよう」「さあ、どうしますか?」(と横からチェック役の指導医の先生たち合いの手を入れながら観察)「えっと、(当直医マニュアルによれば)・・・まずお腹は膝を立ててもらって聴診から、触診して、…」「いたいよー先生ー助けてー」(2年目の先生、のたうちまわり触診うまくできず)
さぁ、次は何をしますか?・・・・・・冷汗が背中を伝っていくのを感じながら、どうしよう、どうしようと、おろおろするばかり・・・・ピピピピ、とアラームが鳴り、時間終了!
その後、良かった点、悪かった点、どうすればよかったか、など指導医からフィードバックを受ける。
実際の救急外来で、指導医の先生がされていることを見よう見まねでやってみたけれど、こんな深い意味があったとは!とたくさんの事を発見した。次回の救急OSCEは10月にあるらしい。次回までには少しくらい頼りがいのある対応が出来るといいけど。


2008年7月10日

研修医の平和研修、という名のもと、病棟を空けて、午後から立命館大学に併設されている平和ミュージアムへ。「病棟の患者さんの方が大事やのに、ええんかなぁ、ミュージアムなんかいってて。」と同期と話しつつ、気分転換のつもりで出かけた。が、・・・・・展示を見て絶句。無言で閉館までカルチャーショックを受け続ける。広島の原爆記念館も修学旅行で行ったし、長崎の平和の鐘も見たことあるけど、命が関わる現場に出てから「戦争」のむごさを改めて実感。医療従事者に平和活動をする人が多いのが分かる気がした。


2008年6月30日

全日本民医連臨床研修交流会に行ってきました。(@大阪アカデミア)全日本民医連で研修をしている研修医がいろんな発表をし、お互いの病院でどんな研修をやっているのかの紹介など。みんな頑張ってるのねー。京都からも2年目の先生が発表。さすが2年目。パワポの使い方も、話し方も堂々として・・・あんな風になれるんだろうか?
会議の途中にも、病棟の患者様の状態が悪いので、どうなったか心配で。でも、どうしていいのかもわからず。大阪から京都まで戻ってきたところで、病棟から連絡あり・・・。夜中に病院へタクシーを飛ばす。生まれて初めてのお見送り。
その場にいられなかったことを後悔し、やりきれない気持ちをどこにぶつければいいかも分からず、ただただ頭を下げる。患者様の御家族から「ありがとうございました」と頭を下げられて、心の重しが取れた。こちらこそ「ありがとうございました。」
これから何回も経験するだろうけれど、この感覚は忘れないでおこう、と心に刻む。


2008年6月20日

病棟で患者さんと話すことも慣れてきた、今日この頃。「おはよーございますー」が、だんだん忙しくなり、「こんにちは」になり、「すいませんこんなに遅くに・・・」となっていく。朝一番に患者さんの顔を見ないとなんだか心配になり、朝一番に回っておけばよかった、と後悔してばかり。でも、指導医回診はあるし、総合内科の先生による救急プレゼンテーションレクチャーもあるし、院長の「心電図道場」(ランチョンで研修医を中心に心電図の読み方のイロハを学ぶ)も出ておきたいし。ああ、忙しい忙しい。


2008年5月30日

二人目の外国人レクチャー・ウィークスが無事終了。
Dr.Steinによる、5月19日~30日2週間にわたる苦行。この間、病棟の業務は免除されて、英語でのレクチャーに専念できるしあわせ…のはずですが、朝から英語漬けで、午後になると、毎日の英語は脳みその限界を超えてきます。あぁもう英語が頭に入ってこないー。
2週間の苦行の内容は、①アメリカ流ROS;review of systemを学んで問診技術を高める。 ②患者さんからのhistory takingを実際に行い、レポートにしてみる ③身体所見も流れるように取れる…事が目標 ④まとめとして、問診、身体所見からプロブレムリストを考える。とこれを英語でやるのが結構苦痛。
「しょ・し・て?」(そして?)とStein先生に促されながら、しどろもどろの英語で何とか2週間。少しは英語も上達した気がする。あー頑張った・・・。
それにしても、アメリカの学生たちは、こんな風に問診や身体所見の取り方を教えてもらっているのか、と羨ましくなりました。日本の医学教育の問題点が少し見えた気がしました。


2008年5月20日

現在、地域医療研修の名目のもと、やや違う病院にて内科をしながら往診、外来を学習している。
院長直々に外来をトレーニングしていただけるため、非常に勉強になる、とともに自分の実力の無さを痛感する日々である。しかし、少しずつではあるが、「できることも増えてきたかな…」とも感じるのはちょっと励みになるところ。外来はある種の密室であり、今後このように綿密なトレーニングを受ける機会はそうないだろうとの心構えにてこの貴重な時間を過ごしていきたい。


2008年5月15日

研修医の分際でありながら、ゴールデンウィークはしっかり休ませていただいたおかげで、5月病にもならずに何とか頑張れています。娘との時間も取れました。トドのようにゴロゴロしていただけですが。今まで、患者さんを担当させて頂いたのは5人程度。指導医の先生のPHSに、何でもかんでも電話をして、それでも自信がないので、2年目の先生にカルテのオーダーの仕方を「コレですよね、これクリックしてもいいですよね」「コレですよね」としつこく何度も聞いて、マウスに必要以上に力がこもる。先は長いです。


2008年5月10日

恐怖の外国人医師レクチャーが始まりました。第1回目。
英語プレゼンテーションが出来るように資料を準備するのに3日間。2年目の先生は、「2年目にもなれば1時間くらいで準備資料を作れるようになるよ。」と言われるけれど・・・。日本語でも怪しいプレゼンテーションをさらに英語に訳すという難題。ああ専門用語が難しすぎる。それに怖い先生だったら、どうしよう。というか、それ以前に、英語、わからんし…と心配で心配で。
「英語がまったく喋れず冷や汗をかく悪夢」までみた翌朝、さわやかにDr.Branchが登場し、にっこり笑顔を見たら、何とかなる気がしました。
レクチャーは、英語でのプレゼンテーションをし、研修医とDr.Branchで鑑別疾患を考え、整理し、べッドサイドでの身体所見の取り方などを含め、午前3時間、午後3時間程度。主訴だけから鑑別疾患が何十個もあがっていくレクチャーは圧巻。分からない英語も、指導医のT先生を見つめると、適宜T先生が訳して下さるし…恐れていたのがうそのように、楽しい時間でした。
これから毎月1回いらっしゃる予定。準備は大変だけれど、達成感のあるレクチャーでした。ほっ。


2008年4月30日

研修2年目は小児科からスタートです。外来を1か月見学し来月からは問診、診察をさせてもらうことになります。問診も、診察も1年間してきましたが、相手が子供となるとさすがに緊張しますね。特に咽頭拭液をとったり、予防接種をしたりなど泣かれるのがわかってるときは緊張します。本番で失敗しないようにイメージトレーニングを繰り返す毎日です。


2008年4月20日

新しく研修医として、京都民医連中央病院で仕事を始めました。仕事はじめから、入職式、オリエンテーションづくしの2週間が過ぎ、ようやく病院で、白衣を着て仕事を始めたばかり。まだ、白衣の着こなしもこなれない、ぎこちない・・・様な気がするのは、自意識過剰気味?何が何だか分からないまま、とうとう始まってしまった感じです。先輩医師の後ろをうろうろと付きまとい、まずは電子カルテの使い方をびくびくしながら指一本で使うというような状況。先が思いやられる毎日です。


2008年4月15日

救急車に乗って、2日間、救急救命士の方々の仕事の大変さを見学させていただきました。「救急救命センター24時!」の番組には映らない、救命士の方々のお仕事ぶりを拝見。自らも「見学・研修中」の名札を付けて、救命士さんのお邪魔にならぬよう、小さくなって救急車に同乗させていただきました。
現場は、「ウウウウーーー」のサイレンの音で、階段をダダダダダと駆け降りること数十回。「誰かがどこかで呼んでいる!」とスーパーマンやスパイダーマンのつもりで、(まあ無理ですので、せめて)アンパンマンにくっついていくメロンパンナちゃんぐらいにはなった気分を満喫。何にも出来ず、ひたすら足手纏いだったはずですが、ハシゴ車のてっぺんに挙げていただいたり、救命士の皆様、本当にお世話になりました。救急室で、救急車を待つ時にも、救命士さんのお仕事の大変さを知っていることで、コミュニケーションが取りやすくなったと実感しています。


2008年1月10日

研修が始まって10ヵ月目も半ばとなりました。
その前にあけましておめでとうでしたね。
僕は何を思ったか元旦に24時間当直に入り、急性アルコール中毒患者のお相手で正月気分を味わいました。
病棟・救急外来とある程度まかされてはいますがほんとにそれだけの力がついているのかな?初心はどんなだったかな?と思いをめぐらす暇がまったくなかった今年の新年でした。
では、今年もよろしくお願いします。