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12月、忘年会の季節です。外来に来る患者さんも「昨日飲み過ぎましてねぇ~」と言う方が多いです。そういう方に「この時期は仕方ないですね。でも不摂生はダメですよ!」と言っているが。。。自分はどうかというと、各病棟の忘年会と個人的なものも含めて10以上は行ったような。特にこの1週間に4回。そろそろ限界です。正月はゆっくり休みます。1月から内科研修に戻るので気を引き締めて!!!
昨日から体がしんどい感じがある。昨日インフルエンザワクチンを接種したせいかとは思うが、もしかしたら風邪でもひいてしまったのか…。研修医なので自身が体調不良で休ませてもらっても、大きな問題はないとは思うが、やはり休むわけにはいかない!医師としての自覚が出てきたのかな…。
研修医になり半年が経ったが、最近になって初めてCVカテーテルの手技を行う機会に恵まれた。同期の中には10回近く行っているものもいると言うのに何故かCVカテーテルを実施する機会には恵まれずにいた。今回実施した患者様は自分の持ち患者様ではなく同期の持ち患者様であったのだが、同期の彼が、僕は数例経験があるからと手技を譲ってくれて実現したものであった。CVチューブ挿入(右内頚静脈)は、何度か見る機会も会ったし本を読んだりして手技手順や注意事項については頭では理解していたつもりであったが、実際にやってみるとなかなかにうまくいかず全身汗でびっしょりになって苦労したし、患者様にもご迷惑をおかけした。途中、上級医に代わってもらったほうが良いのではないかとも考えたが、上についてくれた先生や手技を僕に譲ってくれた同期、看護士さんが根気良くサポートしてくれたおかげで最後まで手技をやり遂げることが出来た。ただただ感謝である。
最近、…というほどではないが(^^;)、2年目ローテート研修のため中央病院に戻ってきた。京都府北部で選択研修し、半年間で自分自身が大きく成長したと思うが、そのぶん中央病院も結構大きく進化したようだ。新しい研修医の先生が増えたし、病棟のスタッフの顔ぶれも違う。何より救急病棟が新しく出来て、以前にも増して救急対応が必要とされる場面が増えてきた。もちろん見知った顔ぶれのスタッフもたくさんいて、すごく安心する。…今まで患者さんも含め、様々なひとにお世話になりながら研修を積んできた。これまでの経験を活かして、これまで以上に地域に貢献できればいいな、と夢想する秋の夜長である。
最近、整形外科研修が始まった。結論から言うと、とても楽しい毎日だ。整形は、私にとってはとっつきにくい診療科のひとつだった。自分が受診するほどスポーツに打ち込んだこともなく、大学のポリクリでは腫瘍の患者さまばかりだったし、教科書を読んでも立体的な関節や筋の構造がイメージできず、正直"わけがわからん"状態だったからだ。でも、今はどんな疑問にも4人かかりで教えてもらえるという大変恵まれた環境の中で、少しずつ整形疾患が身近に感じられつつある。手術も、ポリクリの時の"立ってるだけ"状態とは違い、「筋鈎(術野確保のために筋肉を引っ張る道具)を引いていて」とか「吸引して」とか役割を与えてもらえる。初めてのことというのは、たとえそんな些細なことであっても、新鮮な楽しみがあるものだ。(手術翌日の筋肉痛はつらいけど…)色々と批判もある初期研修だが、整形外科が決められた研修内容に入っていて良かったと思う今日この頃。そうでなければ、一生食わず嫌いで終わったに違いない。
最近、以前より多少時間の使い方がつかめてきて、指導医の先生に少人数での抄読会の提案を持ちかけてみた。著明な英文誌の症例検討であるが、指導医の先生も、とうとう君もこれをやる気になったかと、お忙しいにもかかわらず二つ返事で了承していただいた。さっそく他にも仲間を集めて、日取りを決めて第1回の担当となった。ところが、実際に取り組んでみると、もともと難解と定評のある症例検討でもあり、どこから着手してよいかと逡巡させられた。ひとまず主訴、現病歴、既往歴、…という日頃のカンファレンスの症例提示の定形に当てはめてみたが、現病歴が非常に長い。この長い病歴をどの様にまとめるか、そこにもかなりのエネルギーが必要となった。さて、受診までの病歴をまとめたはよかったが、その後の経過もまた長い。やらなきゃ良かったと何度か思ったものである。
しかし、抄読会を持ちかけた手前、何とかまとめて当日に臨んだ。結果は、概ね好評であったのだが、後輩達には難しいのではないかとのことであった。それは、そうかもしれない。自分も1年前にはこの症例検討は今よりもさらに歯が立たなかったのである。次回からは別の英文記事の抄読会を行うことになった。日々の研修では、患者様のかかえる問題が多すぎてどうしても日本語の文献にあたることになるので、ある程度意識的にこうした機会は作っていきたいと思う今日この頃であった。
来週から久々に内科研修(地域医療研修)をすることになる。この半年間は、精神科・産婦人科・小児科、と駆け足で研修をしてきたが、思っていたより自分自身には得るものが大きかった。半年間は、当直も含め、内科から若干遠のいた生活をしていたため、来週からの研修には不安がついて回る。しかも、いままでとは違う病院での仕事である。色々と覚えていかなければいけない作業もある。いつ、どんなときも、新しい環境に行くのは、ドキドキでいっぱいになる。楽しみなドキドキと不安なドキドキ…。これまでやってきた研修の、最後の締めくくりとなるこれからの半年間。これまで得たことを十分に活かしつつ、楽しみながらやっていきたい。
仕事の都合上カルテを読んでいると、どうしても患者さんの人生を覗き込むような感じになってしまうことがある。本当はよくないのだけれど、この人はどんなふうに生きているんだろうと興味を持ってしまうのだ。そこには本当に色々な人生があって、自分の生きてきた人生が実に幸せだったと思ってしまう。年配の方には長く生きている分の経験と悩みが、若い方は勢いというか若気の至りが。なかには決して幸せとは言えない方もいらっしゃるけれど、その方々自身が振り返るときはどう思っているのだろう。年をとった時に幸せではなくてもいい人生だったと思えるようになりたい。
先週の金曜に夏休みをもらって金~月(祝)まで4連休。働き始めるとなかなかまとまった休みがとれないので久しぶりに自由に使える時間があるとワクワクします。暇な時は...普段はあても無くドライブ。知らないトコに行ってはよく迷子になります(ナビ付けた方がいいかなぁ)。この休み中は大学時代の友人と会う約束をしてたので、京都から東へ約400kmほどドライブ。今回は知ってる所だから迷わずに行く事が出来ました。久しぶりに会うと話題に尽きないというか一晩では足りないくらい。こういう時は基本的にあほな話ばかりですが、少しは研修の話もします。他の病院でどんな研修をしてるか聞くとかなり刺激になります。久しぶりにやる気が湧いてきました。で、昨日京都に戻ってきて今日からまた通常の業務。机には溜まった書類のヤマ。はぁ…どっと疲れが。
本日は研修医会議で川端鍼灸医院を訪問。東洋医学について簡単な説明を受けた後、個人的質問に答えていただいたり実際に鍼を体験した。鍼は思ったより細くて刺入時以外の痛みはほとんどないとのこと。舌診断では、舌が赤いとか歯形がついているとか色々言われ、単に舌といえども奥が深いのだなぁと関心した。その後、新患カンファの再開やプレゼンの練習などについて話し合われ、プレゼンは今後、他院への紹介や上級医に意見を求める際にとても重要になる、と先輩研修医のアドバイスもあり、是非やろうということになった。
先輩の話を聞くと何が重要で自分に足りないものは何か気付かされる。ありがたいです。
朝、患者さんのところで診察をしてその後にいつものように雑談となった。その際、医師の臨床研修のことが書いてあるからと新聞をいただき、目を通してみると京都新聞の本日の記事の中に医師臨床研修 市中病院「満足」66%との見出しがあった。ちなみに「不満」は23%であった。一方、大学病院では、「不満」47%、「満足」39%と若干不満が上回っているようだ。市中病院の満足の理由としては,「職場の雰囲気がよい」「指導が熱心」「症例が十分」が挙げられていた。その他「雑用が少ない」「待遇がよい」「スタッフとの連携がよい」などの点が上げられていた。また、300床未満の病院での「満足」が71%と最も高く、規模が大きくなるほど「不満」が増え900床では「満足」40%、「不満足」45%とのことであった。病院規模が大きくなるほど不満が増加する理由については挙げられていなかったが、人が多くなりすぎると人と人との関係も希薄になることなどの点で「指導が熱心」「スタッフとの連携がよい」などの点に対し満足度が低下するのだろうかと推察するが、とりあえずは今の研修に対して僕自身は満足しているなと感じている。
当直が始まって2ヶ月。ついに来月からはファーストコール。つい最近まで、患者さん来ないでくれー、そうすればよく寝られるといつも考えていた。患者さんが来た時も、おろおろとし、何をしたらいいんだろう、早くマニュアルを読まないと、と消極的であった。
しかし、ある先輩の研修医の方に「今はできなくて当たり前。来年には誰でもある程度はできるようになるんだから、今はできることをやれればいいよ。今しか人に聞けないんだから、かっこつけずにどんどん聞いたほうがいいよ」とアドバイスをいただき、何か吹っ切れたように積極的に取り組めるようになった。指導医の先生がファーストコールじゃないと勉強にならないよとも言われ、今ではファーストコールが楽しみです。
日記を書くのが遅れてしまった。いけない、いけない、皆に怒られてしまう。今日は週末。とても嬉しい。夕方、病院見学の学生さんが肺塞栓症について内科カンファでプレゼンした。まとまっていて短時間が頑張ったなあ、と関心しつつ診断に至った経緯を聞く。「運動中に呼吸苦出現して,心電図ではV1~V3に陰性T波、ST-T上昇していて…造影したところ肺動脈のlow density area認めたので肺塞栓を診断しました。」自分が救急対応する時を想像する。あれ、ECGの所見がダメだ、いまいち整理出来ていない…。今夜はECGの勉強かな。
今月から救急病棟が新規にオープンした。キレイな病棟に何だか落ち着かないのは、この古めかしい病院にだいぶ慣れてきた証拠なのだろうか。さて、当直に入り、いつものように当直弁当が胃にもたれて、やや前傾姿勢になりながら電子カルテを見ていると、なんと、5月頃に担当させていただいていた患者さまが、来院されているではないか!少し、仕事で無理をされたようだ。肺気腫の患者さまであったため、禁煙を私なりに一生懸命、お勧めしていた方だったのだが、お話をしにいくと、退院後一切タバコは吸っていないとのこと。ああ、良かった!やめられて、すごいなあ!と胸をなでおろした。
つい先日も、喘息で入院されていた方が、退院後2週間ほどしてから「先生の顔が見たくて」と、元気な姿で病棟まで訪ねて来て下さった。話をするのさえ辛そうだった方が、少し日に焼けて笑ってられる姿は、何だかまぶしかった。元気になって退院される際には、「病院は、来ないで済むなら、それに越したことはない場所ですから、ここでは二度と会わないでおきましょうね」と笑ってお別れするのが常なのだが、やはり、退院された患者さまの様子がわかることは、とても嬉しい。そして、入院を契機に良い方向に向かっていただけていると、より一層、嬉しい。
研修医とはいえ日々病院に勤務を続けていると、思わぬ仕事を与えられる事がある。先日は医学部を志望している高校生相手に病院案内の使命を与えられた。とはいえ病院全体のスケジュールのごく一部を担うに過ぎないので、自分が現在研修をしている病棟について説明を行い見学していただくのが自分の仕事ということになった。ところが、実際に高校生に説明を試みるとこれが意外に難しい。色々と説明していると、病院にはこんなスタッフがいてこんな設備があって、というあたりから話を始める必要がある場合も少なくなかった。なるべく平易に説明を試みてはいたのだが、それでもかなり難しいことも多かったような気がする(気がする、というのはあまり質問が活発でなかったということから想像している、というだけのことである)。だが、新生児室に足を踏み入れた途端、彼女ら(今回は女子学生のみだった)の表情が活き活きとし始めたのである。病院のことは難しくても、赤ちゃんに対しては大きな反響があったということである。病院の説明もなかなか難しいものだと感じた。
最近、雨の日が多く、鬱陶しい気分になりがちである。こんな日には自室に閉じこもって漫画でも読みながら現実逃避したい衝動に駆られる。だが、そんな衝動など関係なく日々の研修は進行していく。当直研修も続けているから気持ちの休まらない夜も多い。先日も薬物を大量内服した患者様の対応のため眠れぬ夜を過ごす事になった。
こう忙しくしていると、先日の精神科病棟研修の日々のことが思い出される。あの頃は入院歴が何年にもなる患者様が自分の周りに少なからずおられ、治療方針の再確認も月単位でなされる患者様も一定数おられた。精神科の疾患、とりわけ統合失調症の患者様については、まだまだ地域での受け入れ体制が整っていないとは、先日まで研修していた精神科病棟のスタッフの言葉であったが、それだけに、長期の入院を余儀なくされるということか。なんともやり切れない気分であったが、短期間で多くの診療科をローテートしなければならない身分としては、こうしたゆっくりとした時間の流れにある種の嫉妬を感じたことも確かである。だが、今では精神科病棟の研修も終り、また忙しい日々が続いている。市中病院での臨床の世界で、日々時間を持て余すなど所詮夢物語なのかもしれない。
久々に風邪を引いた。研修も2年目となり現在、精神科・産婦人科を経て小児科研修が始まったばかりの出来事。あ~、やっちまった…という思いが強くありながらも頭は重い、鼻水は止まらない、ノドが痛くて咳は止まらない、歩けばふらふら…あらゆる症状が一気にわが身に襲いかかって来た。動けないな…そう思い仕事を休ませてもらった。休んでいる間は自宅のベッドで1日を過ごし、額には冷え○たを貼りアイス○ンを定期的に代えながらなんとか耐えた。久々にしんどくなって感じることは、風邪といえどもしんどいのはやっぱりつらいなぁ、ということ。健康ってなんて素敵!こんなときはちょっぴり患者さんの気持ちが分かる。あ~、もっと思いやりのある言葉をかけなくちゃな、とか病気の原因とかばかりに目をやらずにしんどさを緩和する手立てを真っ先に探るようにしなくちゃな、とか色々思う。
2年目になり、良い意味でも悪い意味でも少し慣れてきた自分。こんなとき、時には風邪くらい引くのも悪くないのかもしれない。でも、やっぱりしんどいな。風邪でよかった。まだ完全復活してないけど、なんとか仕事には戻れました。早く治して、また頑張ります!
ジダンの頭突きで終わったW杯。睡眠不足もなくなるだろうが、祭りの後の淋しい感ぢ。4,5,6月と小児科ローテ。7月はいって淋しい感ぢ。ローテ終わるといつも淋しい感ぢ。そろそろ祇園祭。去年は行かなかった。蝉がまだ鳴かないなあ。梅雨は明けたかなあ。
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東京はもう だめなのかな ベイビちゃん だめなのかなあ
マラドーナとかカニーヒアが昔から好きだったので、W杯はアルゼンチンを応援してた。しかし、アルゼンチンはタンゴと母を訪ねて三千里の印象しかなく、旅行に行きたい順番は高くはない。行けるんだったら行かせていただくけども。なんでかなあ。ブラジルの方が行きたいなあ。夏に。冬はちゃんと雪降るらしい。
6月から研修病院を変更し、中央病院での研修がはじまった。電子カルテは使った事がなかったので、凄く戸惑ってしまった。(今も使いこなせてはいないけど…。)研修を行って感じたのは、国家試験などで覚えた知識と治療とがすぐに結びつかなかったりすることだ。この薬でいいはずだけど本当に大丈夫なのかな?と思い、結局、指導医の先生に1つ1つ指導してもらって処方している。
1つ上の先生をみてると、とても頼もしくみえる。で、自分の中では、来年こうなれるのかな???もしかしていつの間にかこんな風になれちゃうのかな!?なんて期待しながら研修に励んでいる。
今日から当直1日目、緊張の中にも昼間の病棟業務とは違った期待感もあった。内科当直の2ndと言う事でまだまだ見習の感は否めないが、病棟に呼ばれて解熱の処方などを出したり、外科の当直の先生の手技などを見学し夜の12時ごろまで過ごした。
今日はあまり患者さんが来ないと言う事でしばし仮眠することにし、そのまま熟睡に入った.夜の2時半頃、1stの先生よりコール有り患者さんが息苦しいとのことなので血ガスを採取するよう言われた.普段はやりなれたはずの血ガス採取であったが、その日は鼠径にチューブが入っているからと言う事で、看護師さんより腕からとってほしいといわれるままに腕から採ることになった.しかし橈骨動脈を触知しようとしたが、手足が冷たくなっており、血圧も低く脈が触れない.患者さんはしんどいと言われるし、結局1stの先生をコールし来て頂いた.先生は腕の脈を触れるなり、これは無理と言わんばかりに、患者さんの大腿部よりさっさと血ガスを抜いてサンプルを渡された.後で、この患者さんはどんな容態の人かと聞かれたがチェックせずただ血ガスだけを取ろうとしていた自分にわかるわけも無く沈黙、最後に大腿からなんでとらなかったのとも言われたが、看護師さんの言われるがまま大腿のチェックもしていなかった自分に言い返せる理由も無く、朝まで気になってそれから一睡も出来なくなった.結論ではあるが、やっぱり、医者たるもの少なくても言われるがままに行動する事は止めやめようと思った。
先日、当院の新入職員研修の講習会があった。講習に半日かかるということでいささか憂うつであったのだが、診療報酬についての全職種向けの学習ということであり、毎月レセプトに目を通す身としては、日々の疑問が氷解するかもしれないという期待感もあった。もっとも以下で述べるように、そんな薄っぺらい期待はすぐに崩れ去ってしまったのだが。
さて、当日の講習だが、診療報酬が医療保険制度のなかでどのような位置付けであるのかと言うような総説的な内容ではなく、かつて当院で行なわれた集中治療に対する減点訴訟における現場の取り組みについてであった。もう10年以上前のことだが、化学療法で骨髄抑制が生じた患者様に重篤な感染症が発症し、生死の境を彷徨ったのだという。この患者様は治療の経過中に多臓器不全となったが、当院でできるあらゆる治療法を駆使する事で一命を取り留めた。だが、治療行為の一部が通常の保険診療の枠を越えてしまい、保険請求が棄却されてしまったのである。当院ではこれを不当として裁判を起こし、勝訴したとのことであった。
こうした事例についての話を聴くと、保険とかガイドラインとか、あらかじめ枠を定められた医療の限界について考えさせられる。もちろん、保険やガイドラインと言ったものは日々の診療の多くをカバーするものだし、それでこそ存在意義のあるものなのだろうが、病気というものはそんな人間の決め事を遵守してくれるほどお人好しではないだろう。こんな事例に遭遇したらどうするか、じっくりとイメージトレーニングでもすることにしよう。
今回初めて研修医日記を書く事になった。そこで、先日病院の雑誌に寄稿したものをそのまま載せることにします。
この文章を書いているのは6月初旬で、臨床の場に出て2ヶ月足らずの時点です。この病院で研修を開始しての感想を書きたいと思います。この病院での研修を一言で言えば、懇切丁寧です。大変ありがたいことで、僕たち研修医に対して病院全体がしっかり育てていこうという感じがひしひしと伝わってきます。
具体的に挙げれば、チーム回診が週に2回あり、このときに指導医に対して自分の受け持ちの患者さんについてプレゼンした後で、アドバイスをしていただきます。また、新患カンファが週に3回あり、このときは会議室でプレゼンした後で、いろんな先輩医師からアドバイスを受けられます。毎週水曜日には外部から有名な先生に来ていただいて研修医にレクチャーをしていただいています。今後外国からも講師が来て頂けるそうです。
その他にも、心電図の見方や輸液の仕方などの勉強会がたくさん企画され、研修医の希望により様々な勉強会をしていただけます。また、いろんな手技についても十分経験できるように準備していただいています。本当に至れり尽くせりです。2年目の研修医の方々はどなたも医師としてのレベルが高く、研修を開始して1年しかたってないのにすごいなといつも思っていたのですが、この病院の懇切丁寧な研修プログラムがあればうなずけるように思いました。
また、この病院の先生方は勉強熱心な方が多く、医師同士が切磋琢磨し合い、病院の雰囲気は大変良いです。そのために、僕たちも良い刺激を受けますし、指導医の先生をはじめ、様々な科の先生方から教えて頂く機会に恵まれています。このような場所で研修できることを大変幸せに思う今日この頃です。
先日、京都民医連の若手職員の企画と言う事で、舞鶴行きのツアーに参加した。私には難しいことは良く分からないのだが、主催者には戦争の記憶を語り継ごうというすごぶる真面目な目的があったらしい。個人的な事情のためほんの一部しか参加できなかったが、幸いなるかな、大陸からの引き揚げについての記念館を見学する事が出来た。ガイドさんの話では、引き揚げてきた人達は、家族との再開や再び日本の土を踏む事に対する喜びを感じている人ばかりではなかったらしい。
だが、ある意味、これは無理もないことと思われる。過酷な抑留生活から解放された人たちにとっては、日本への帰還はまさしく解放であっただろうが、長年満州で暮らしてきた労働者や、世間を知らないうら若き軍人にとって、敗戦により変わり果てた日本に帰還したとて、喜びが沸き起こるものでもあるまい。むしろ、これまでの自分の人生は何だったのかと、激しく自問せざるを得なかったのであるまいか。いや、ど素人が余計な詮索をするのはやめておくほうが良いだろう。興味を覚えた方は、こうした記念館へ行くなり身近な人に話を聴くなりして、当時の事に思いをめぐらせて下さった方が良い。
本日は医療とはまったく関係ない話になってしまったが、病院で仕事をしていても、指導医の先生や他職種の方の意図を勝手に詮索して食い違う事をしてしまうこともある。今回のような遠く時代の離れた場合は、そのことが一層はっきりと現われるのだが、我々は日々、こうしたコミュニケーション・ギャップを生じさせないよう努めなくてはなるまい。
1週間程前になるが、凄く気分を害する顔をした人形が俺の机の上に置かれた。この人形が回ってきたという事は早く日記を書けというメッセージなのだが今週は非常に忙しくて書く暇が無かった。これを書いている今も余裕は無いのだがいい加減書かないといつまでも俺の机の上に人形がいる事になるので…
他の研修医が書いた日記を読んでみると皆真面目な内容でスゴイと思う。とても俺には書けそうにないし、日記の内容も何でもいいみたいなので最近思っていることをそのまま書いていこうと思う。
病棟業務をはじめて1ヵ月半程経つが未だに電子カルテは使いこなせないし、看護師さんには怒られてばかりだし、はっきり言ってまったく使い物になっていないと思う。患者さんにも申し訳ないと思う。ただ焦りを感じているわけではないし、なるようにしかならないという考えである。仕事に慣れるかどうかは時間が解決してくれるものだと思う。
まぁそんな事はどうでもいいことで今俺の頭の中は、1週間後に始まるワールドカップのことで一杯だ。時間と金があればドイツに行きたかったのだが一年目研修医の身分ではそれは夢でしかない。テレビの前での観戦になるが仕方ない。問題なのは試合の開始時間、ヨーロッパで開催のためキックオフは恐らく早朝3時くらいになるはず。そろそろ夜9時に寝て朝3時に起きる生活に変えないと仕事に支障が出そう。6月は研修以外のことでかなりハードになりそうだ。
先日、当院の先輩医師からBLSの指導を行うよう依頼がきた。その先輩は当院でもACLSを中心的に担っておられる方なのだが、どうやら急な仕事のため代理を立てる必要があったらしい。私としては、急なことでもありためらいも強かったのだが、先輩から必要な機材は全て揃っている、講義のスライドも自分のものを利用してよいと強く勧められ、そこまで言われては断るわけにも行くまいと、引き受けさせていただく事にした。後で気付いたのだが、BLSの指導は厚生労働省の定めた初期研修中の課題でもあるらしく、奇妙な気持ちになったものである。
指導となると当然相手がいるわけだが、なんとこれが日々迷惑をおかけしてきた、自分よりキャリアの長い看護師の皆様だという。日々の研修・診療においてほとんど一方的に迷惑をかけてきた皆様に指導などとは、ほとんどパロディの世界ではないかという気持ちすら起こってきた。しかし、日々の研修を振り返れば、徐々にではあるが周囲の信用を得はじめているという感触もないわけでなく、パロディかどうかは受講者諸賢の判断を仰ぐ事にしようと開き直る事にした。
さて、当日は多くの同僚や看護部の教育担当者などの手厚い協力を受け、何とか最後までやり切る事が出来た。自分にとっては非常に良い勉強になったが、受講された看護師の皆様にとってはどうであったか。看護部の教育担当者によれば、それなりに好評だったとのことだが、本当にそうであったか、やはり気になるものである。機会があれば、直接講評を頂きたいものである。
:今日、6年の実習生が病院見学に来た。そういえば、自分がこの病院を見学に来たのもちょうど1年前のこの頃であったと思う。最近は、毎日病棟で自分の不甲斐なさをを感じない日は無いし、患者さんを前にしていつも緊張している自分がいる。学生生活が懐かしく思われることもあるが、医師として1歩1歩前向きに頑張ろうと思う。
末っ子に生まれついた私は、幼い頃から親兄弟からものを教えられることが多く、そのたび、悔しさと自分の不甲斐なさに、唇を噛みしめて泣いていた。大きくなり、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」を座右の銘に据えてからは、さすがに泣く事は滅多になくなった。しかし、右も左も分からぬまま研修生活が始まり、今度は、自分のために忙しい先生方が時間を割いてくれていることに対する申し訳なさがそこに加わって、日々、早く一人前になりたいと心から願っている。せめて、自分で勉強してから質問するという礼儀だけは、守れるようでありたい。Give one a fish,and you will feed him for a day. Teach one how to fish,andyou will feed him for a lifetime.
新しい研修医が病棟で研修を始めて、はや1ヵ月余りが過ぎた。私は産婦人科研修中であるが、昼休みは緊急の場合を除き確保していただいているので、研修医の新入院カンファレンスに顔を出させていただく事にしている。1年目の先生の症例提示は新鮮な香りがして心地が良い。1年前の自分を振り返ると、ここまで流暢に発表していたかどうか、多少気恥ずかしい思いがする。
さて、研修医の症例提示も助言者として聞いていると、また違った角度から見えてくる。何しろ助言者としては自分たちが一番下っ端であり、質問をするのは我々の役目という事になる。日々の診療ではある程度なぁなぁで済ませていた事も、後輩達に分かるような形で質問するとなると、自分の中で相当明確化してからでないと一言も発せられなくなってしまう。しんどい作業には違いないが、この質問を考えるプロセスがまたとない反復・復習の機会となるのである。昨年、研修医の発表を聞いていると自分の勉強にもなると話しておられた上級医の先生がおられたが、その感覚が少し分かったような気がしている。
当院の初期研修では、小児科や産婦人科研修の間も、当該科の研修に支障を来たさないという条件で、救急研修の一環として内科当直に入る事が認められている。私もその恩恵にあずかり、というかこれまでの惰性(?)で、内科当直を続けている。セカンドコールの常勤の先生とのやり取りの内容が徐々に変化していく事を通して、自分の成長を実感しているのだが、まだまだ自分の未熟さを痛感させられることも多い。先日、癌性疼痛の患者様のことでコールを受けた。何か鎮痛剤でも、と思いながら診察をしていると、どうも普通の痛みとは少し違うように感じられた。ある程度診断仮説は立てられたのだが、この時のような疼痛に遭遇するのは初めてであり、ひとまず軽い鎮痛剤を出しておいて、確認のために図書室に戻って調べてみる事にした。そうこうするうちに他の病棟からコールがあり対応していると、元の病棟からすでに別の先生に対応してもらったとコールが来た。
この例はたまたま疼痛コントロールに明るい先生が病棟におられたため事なきを得たが、他にも自分ひとりで対応しようとしたり、セカンドコールの先生と意見が食い違うなどしていく中で、失敗を犯した、あるいは犯しそうになった例はいくつもある。「失敗を犯した事のない者は何もした事がない者だけだ」という言葉もあるそうだが、我々の失敗は患者様の不利益に直結するので、こういうことを繰り返さないよう日々研鑚していきたい。
現在私は産婦人科で研修をしている。当院での研修では指導医の監督下にて週1回当直に入る事が求められている。陣発の気まぐれさを実感して欲しいというのが、指導医の先生方の御考えとのことである。実際に当直に入ってみると、まさに気まぐれそのもので、まったくコールされないこともあれば、2件、3件と分娩が続くこともある。今のところはまだ、化学療法中の患者様の副作用への対応のためにコールを受けてはいない。
先日は、緊急帝王切開に立ち合せていただいた。当院の職員の友人とのことで、陣痛室にはなじみの顔が何名か窺われた。自分は目の前の事に精一杯であり、あまり話をする事はなかったが、世間は狭いとか、口コミは重要だとか、訳の分からない事を考えていた。下世話な話で恐縮だが、研修とはいえ何件も分娩を見続けていると、彼女が欲しいとか、子どもは何人くらいが良いかとか、そんな事を考えている自分に気付く事がある。もう自分も若くないのだし、自分なりの家族観というものを培っておくのも悪くないのかもしれない。…なんだか訳がわからなくなってきた。本日はこの辺で筆を置くことにさせていただく。
今回から年度が変わる。ということは多くの新しい仲間がこの病院に来るという事だ。この日記も書き手が代わり、新しい風が吹く事だろう。だが、本日は昨年度についての個人的な戯言を書かせていただくことにする。私がこの日記に登場する機会ももうないかもしれないのだから。
先日、年度が変わってから学習スタイルに関するテストを行った。性格をあらわすキーワードが一列に並んでおり、自分に良く当てはまると思う順に点数をつけていく行為を繰り返すものだった。1年前にも同様のテストを行っているのだが、20台も半ばを過ぎた自分の学習スタイルがそうそう変わるはずも無い。そう思って回答を続けていると、研修医担当の医局事務から「変わったね~」とコメントを受けた。「そんな馬鹿な!」と思い1年前の結果と今年の結果を比べると、確かに変わっているのだ。何が変わったのか、自分ではよく分からないのだが、あるいは読者の皆様も日記の内容に変化を認めているかもしれない。
研修も年度末を迎え、最近激烈に忙しい。この日記も持ち回りで書いており、業務の合間に書く形となっていた。文章の推敲に時間を要し、なかなか書けない日々が続いていたが、それも今日でほぼ最後。なんと!1年目研修の最後なのだ~♪
…今日は"この1年間のうち、自分に最も影響を与えた症例をパワーポイントでプレゼンテーションせよ"とのこと。作っている途中、1年前の自分と今の自分を比べ、本当にたくさんのひとの"ちから"をいただいて過ごしてきたな、と思った。患者さんや家族さんを始め、上の先生方、同僚の研修医、看護師さんや薬剤師さん、事務さんを始め、本当にたくさんのひとにお世話になった。心から感謝している。
皆さんからいただいた"こころ"を、春から来る新しい研修医にも引き継いで行ければよいな、と思っている。
外科研修が1月から始まり、いろいろ不安もあったが、内科とちがった側面にふれることができ、視野が広くなったと思う。私自身、内科志望なのだが、外科を経験することは、とても重要だし、いい経験になったと思う。
CT,エコーをみるときも、解剖書をもう一度、開いてみたりすることが多く、立体的にイメージもつきやすくなってきた。
もうすぐ、外科研修が終わってしまうので、外科でしかできないことを、しっかりがんばって身につけようと思う。そして、今まで積み上げてきた事を、さらに発展させていきたい。
先日救急救命の講習会(ACLS)があり参加者として受講しました。
病院も厳しい職場なので、孤独になりがちですが、医師だけでなく、看護師・技師・理学作業言語療法士さんなど多職種の方々と一緒にグループを組んで治療にあたるACLSでは、普段感じる事が難しい一体感を体験でき本当に楽しいひと時で久しぶりに充実した一日でした。皆様も是非一度ご参加あれ。
メールで、病院宛てに学生さんから『死に面して、医師に何ができるか』という質問が来た。ひとことでは答えることの難しい問いかけで、様々な答えがあるだろう。
大学入試での小論文のように、模範的な答えも良いかもしれない。だが医師の目から見た一面的・一方通行的なものになってしまうだろう。やはり相手の目線にあわせて、患者様・家族に寄り添ってというのが良いだろうか。
…実際に自分自身が、また自分の家族が死に面したときには、医師に一体何をして欲しいだろうか。やはり良く病状説明して欲しいし、しっかり治療して欲しい。できれば治してしまってもらいたい。でもどうしてもだめだというときは、できるだけ痛みにも不安にも苦しまず、そのひとらしく看取ってやりたい。自宅で、たくさんの親族・家族で囲み、惜しみながら見送りたい、見送ってもらいたい。そう思う。
…世間一般に言われていることだが、10人のうち9人が自宅の畳の上での死を望むという。だが現実は、様々な制約があり10人のうち9人が、病院で人生の幕を下ろす。残念ながら死に面して、医師が本当の意味でできることはあまりない。だが病院だけでなく往診や訪問看護なども含めて調整し、可能な限りそのひとらしい最期を迎えられるよう演出するのが、医師としての腕の見せ所であり、醍醐味のひとつではないだろうか。
長い間内科研修をしていたが、最近外科系の研修が始まった。四六時中病棟にいた内科研修の頃と違って、手術室にいる時間が非常に長く、また外来研修もある(内科では
2年目の選択で外来研修可能)。外来研修は初めてであり非常に勉強になっているのだが、病棟がお留守になりがちなのが気にかかる。だが、それでも、病棟患者様のマネジメントに関しては日々何とかなっている。指導医の先生方には本当にお世話になりっぱなしだ。
外科系の研修はまだ日が浅いということもあってか、当直は今も内科で研修している。最近、ある常勤の先生に習い、当直の日には各病棟を回ることにし始めた。もっと早くから始めればよかったものをと今更ながら思うのだが、病棟の看護師様からは概ね好意的に対応して頂いている。各病棟の忘年会、新年会などを断らずに足を運んでいたためであろうか。内科研修をしていた頃はたくさんの病棟に担当患者様がいるのが大きな疲労の種となっていたのだが、今振り返るとそれもいい思い出となっているから、全く不思議な心持ちだ。
病院というと、なにか特殊なイメージを抱いていた。だが実際のところ、ごく普通の会社とほとんど変わらない部分も多い。病院では医師だけでなく、研修医だけでなく。部署の違う、たくさんのひとびとが働いている。
…そんな中、研修医といえばすなわち『新入職員』である!年末~年始にかけて訪れる"忘年会""新年会"の波を、かぶるかぶる、かぶるかぶる!各部署から召喚され、赴く。日常業務を乗り越え、その後も頑張る!
12月は師走ということで、研修医も一応医"師"であるためか、あっと言う間に走り過ぎた。久しぶりにこの日記に書き込む気がするが、今はもう1月下旬。…確かにまじめに仕事はこなしているのだが、この2ヶ月間は"いったい何の研修なのか?"という気がしないでもない。
1月は睦月という。睦月とは、親類知人が互いに行き来し"仲睦まじくする"月だという。まー年末から年始にかけて、"仲睦まじくする"という意味ではとてもよく頑張った!ので、個人的には良しとしよう。皆様、本年もどうぞよろしゅうに♪
謹賀新年。
おもいおもわれふりふられ。ビオレでは治りがたい出来物が俺の右の口角に出来ている。笑う度にそこが切れ、血が滲む。しかし、俺は笑うことをやめはしない。なぜなら、俺は俺を笑わずにはいられない。
滲む血を周りを気にしながらペロペロと舐める。鉄(Fe)臭い匂いがしたと思うと、別の匂いがやって来た。モワッとしたヤツだ。再び周りを見渡すが誰も居やしない。そうか、これは9ヶ月間で履き潰した俺のスリッパ(「アーチフィッター
(室内履き)LLサイズ」は、つま先が反り上がったソール形状が足指の蹴り上げをサポートし、つまづきを防ぎます。縦と横のアーチを正しく支えるフットベット形状により、崩れたアーチを補正します。履いて歩くだけで外反母趾や扁平足などのトラブルを予防する、健康スリッパです。正しい歩行により大殿筋や、大腿二頭筋の活動量が増え、ヒップアップされた美しい足のラインへと導きます。)の匂い。そろそろかえどきかも~。えへへ。
だいぶ間が空いてしまったが、新年の最初の日記。
今は整形外科の研修に入っているが、今までと違う科の研修に入ると戸惑うことが多い。力を入れる部分が違うし、先生方のカラーもがらっと変わる。まだそこに適応しきっているわけではない。でも一番いいのは患者さんが劇的に改善すること。手術が終わった後は痛みがとれて本当に安らかな顔になっている。内科の患者さんも、というか全ての患者さんがこんな感じならいいのになあ・・・、と思ってしまう今日この頃でございます。