ホーム > 当院について > 病院報 > 病院報 2013年特集号 > 食物アレルギー対応避難拠点づくり―食物アレルギーをもつ家族と地域の安全、連帯のために
長澤澄子(長澤農園)
私は右京区太秦で有機農業を営んでおります。 圃場は住宅地に囲まれた市街化区域内の農地です。 このような市街化区域内農地の多機能型利用につ いて、同志社大学政策学部教授今里茂先生のご指 導をいただき、2009年に地域の方々とのコミュニ ティ農園「ねこのひたい」を開設しました。
この「ねこのひたい」に、食物アレルギーのお 子さんを持つ家族が参加され、秋の収穫祭では食 物アレルギー対応の小麦・大豆・魚・卵・牛乳な どを使用しない除去食作りをしました。このとき、 そのお母さんが「災害時に子どもが一人になり、 もしパンを貰って食べれば、小麦アレルギーのた め、アナフィラキシーショックを起こし、悪くす ると死んでしまいます」と心配を話されました。
食物アレルギーを持つ子どもたちは、日常でも 口に入れて良いものが制限されており、災害が起 きれば制約はより厳しくなります。実際に神戸の 災害時には、竹輪が入った豚汁を、小麦アレルギ ーや卵アレルギーのお子さんは食べることができ なかったと聞きます。決して好き嫌いをしている わけではないのです。
こうしたことから、災害時に備え、食物アレル ギーに対応できる避難品避難所の必要性を強く感 じ、まず、身近なネットワークを築きたいと思い ました。
2010年には、右京区を活動の拠点とする食物ア レルギー児と親の会「ひこばえあおむしの会」 とご縁があり、2011年5月から3回のプレ炊き出 しを実施することとができました。第1回プレ炊 き出しは、「ひこばえあおむしの会」のお母さ ん方と大人のみで、火の起こし方、家にある野菜 を使っての調理を行いました。第2回プレ炊き出 しはアレルギーを持つお子さ んとそのご家族で、火の起こ し方、調理、その他に子ども たちによる食器作り、ハイゼ ックスによる炊飯を行いまし た。また、2007年の新潟県中 越沖地震で避難所生活をされ た方に参加していただき、その体験をお聞きしま した。第3回プレ炊き出しは、食事作りだけでは なく、ハイゼックスによるパン作りや冬の寒さ対 策、災害時の伝言ダイヤルについても学習しまし た。
図表5 緊急災害時カード
3回のプレ炊き出しを行い、いくつかの課題が 見えてきました。
一つ目は、公共の避難所などでどのようにして 周囲の人にアレルギーを持っていることを知って もらうかということです。プレ炊き出しでは、受 付でアレルギー表示のカードに各自記入していた だき、服に貼り付けました。また、プレ炊き出し には参加されませんでしたが、この取り組みのこ とを知った京都市西京区の福西児童館母親クラブ では図表5「緊急・災害時カード」を作成し、児 童館のイベントで配布しています。しかし、この ような表示がなくても、避難所で保護者のいない お子さんを見かけたら、「アレルギーはないか。 食べてはいけないものはないか」と、尋ねてもら えるようになってほしいと思っています。
二つ目の課題は、アレルゲンの混入を防ぐこと です。アレルゲンを使用したことのない調理器具 の確保と維持が挙げられます。調理工程において 食物アレルギーとなる食材が混入してしまうだけ ではなく、調理器具に付着している、または、ゆ で汁に成分が溶出している、小麦粉・そば粉など が空気中に舞っているということも、注意が必要 です。特に敏感な方は、アレルゲンを使った鍋を よく洗っても、その後の使用でアレルギーを発症 することがあるそうです。こういうことを防ぐた め、できれば調理場を隔離し、アレルゲンになる 食材、特に症状が重くなることが多く、命に関わ るような卵・乳製品・小麦・ソバ・落花生などを 持ち込まないようにすること、このようなアレル ゲンを使ったことのない調理器具・食器に目印を 付け、別に保存することができれば良いと思いま す。これらの他にも多くのアレルゲンがあるため、 使用した食材・調味料の表示の展示も必要になる と思います。
また、ハイゼックスという高密度ポリエチレン 製の非常用炊飯袋があります。これは米を炊くだ けでなく、米粉と水、ジュースなどで、蒸しパン も作れます。アレルゲンの混入を防ぐだけではな く、水が不足しているときなど、米粉の活用とと もに有効だと思います。
課題の三つ目は、事故発生時の対応です。2012 年12月、東京都調布市立小学校において、給食で のアナフィラキシーショックによる児童の死亡事 故がありました。この小学校では同年9月にも食 物アレルギーの事故があり、10月に教職員の研修 会を行っています。それでも再度、事故を起こし ています。
3回のプレ炊き出しでは、小麦・卵・乳製品・ ソバ・落花生など、アレルギーを起こしやすい食 材は会場に持ち込んでおりませんので、幸いに事 故はありませんでした。しかし、事故の可能性は、 常に考えておくべきだと思います。ヒューマンエ ラーを意識し、アレルギーに対する正しい知識を 持つこと、事故発生を想定した訓練を繰り返し行 うことが大切であると思います。特にアナフィラ キシーショックについては注意が必要です。
アナフィラキシーショックとは、強いアレルギ ー反応の結果、腹痛や嘔吐、血圧低下、呼吸困難 などが同時に急激に現れる症状で、放置すれば命 に関わる重い状態になります。対処法は、もちろ ん早急に医療機関で受診することが一番ですが、 エピペン注射を持っている場合は、注射を打ち、 呼吸・心拍・意識状態などを確認しながら、適当 な場所で足を頭より高く上げた体位で寝かせる、 嘔吐に備えて顔を横向きにするという一次救命処 置を行い、救急車で医療機関へ一刻も早く搬送す ることが望まれます。
このエピペンとは、ハチによる刺傷や食物アレ ルギーによるアナフィラキシーショックに対する、 緊急補助治療に使用されるペン型の注射器です。 アドレナリンが充填されているそうです。この注 射器のことを初めて聞いたとき、アナフィラキシ ーショックを起こした方がいたら、取りあえず注 射をすればよいのだと簡単に考えてしまいました。 しかし実は、この注射器は誰でも使用できるわけ ではなく、使用者は医師、患者本人、未成年の場 合は説明済みの保護者、必要に応じて救急救命士、 保育士、教員、看護師などが使用できるのです。 また注射のタイミング、使用後の処置など、規制 や難しい問題があります。
こうした課題を踏まえての今後の活動目標です が、事故を起こさない訓練とともに、事故を想定 した訓練を何度も繰り返し行うことが大切であり、 アレルギーを持たない方も、他人事ではなく、自 分のこととして関わってこそ、いろいろな気付き があると思います。そのために、アレルギーを持 たない方や医療関係者の方も参加していただいた プレ炊き出しを実施できればいいと考えています。 また、防災訓練とは別に、食物アレルギーに対す る理解を得るために、家庭でできる米麹、大豆を 使わない味噌などの調味料や保存食、アレルギー 除去食作りの学習会を行う予定です。このような 活動によって、地域のリーダーを育成し、公共の 避難所では対応しにくい、食物アレルギー対応の 自立型避難所作りを広めていきたいと思っていま す。
最後に、ライフラインとは、電気やガス、水道 などと思われていますが、本当のライフラインと は、命をつなぐ食や人との結び付きではないでし ょうか。
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