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京都民医連中央病院報

 

記念講演「がんの体験から」

鳥越俊太郎(ジャーナリスト)

「まさか」への備え

皆さん、こんにちは。今日は、災害医療とかま ちづくりというのが大きなテーマですね。私はが んの患者で、がんの患者と災害医療とまちづくり とは、直接はあまり関係ないので、最初は講演の 依頼にずいぶんと困ったのです。しかし、よく考 えてみると、東日本大震災のような、ああいう災 害が来るという予想は、誰もしていないわけです。 皆さんは大きな揺れと津波と、それから福島第一 原子力発電所のトラブルと、思ってもみなかった ことに遭遇して、「まさか」と思われたのではな いでしょうか。

実はがんの患者も、がんになるなどと思ったこ とはないのです。私も全然、頭の中にはありませ んでしたので、私も「まさか」と思いました。小 泉純一郎さんが「人生には、三つの坂がある。上 り坂、下り坂、まさかという坂がある」という名 文句を言われました。その「まさか」という坂が 私にもやってきましたし、それから東日本大震災 の場合にも「まさか」ということをお感じになっ たと思います。人生には予想もしないようなこと が次々と身に降りかかってくる、そういう点では 通じることがあるのではないか。その「まさか」 に備えて、ある程度、常日頃から心構えや準備を していた方が、本当にそうなったときに切り抜け られるということを私は感じましたので、そのが んの話をすれば、少しは皆さんの心の準備という ものが、今後、私たちの身に降りかかってくるか もしれない「まさか」―自然災害だけではありま せん、いろいろな「まさか」が私たちにいつ何時、 降りかかってくるか分からないですね―、そうい うときにどう対応するのかに生かせるのではない かと考えます。「困った、たいへんだ」と言って、 後ろを向いて逃げ出すのか、それとも、ちゃんと それを受け止めながら、真正面から立ち向かって、 それを切り抜けていくのか。私は真正面からがん と向き合ってきたのですけれども、そういうよう な話を、私の経験をお話ししたいと思います。

戦争を忘れない

その前にひとつだけ、ちょっと私の感想を申し 上げておきます。東日本大震災に限らず、こうい う大震災があると、メディアはもちろん大きく取 り上げます。そして、皆さんもびっくり仰天され ます。2万人近くの人が東日本大震災では亡くな り、そして仮設住宅が作られ、まだ本格的な住宅 というのは作られていませんので、多くの皆さん がまだ仮設で暮らしておられる。その中でご年輩 の方が、ひとり誰に看取られることもなく仮設の なかで亡くなっていくことが1件、2件ではなく、 何十件も起きています。いわゆる孤独死、孤立死 があり、「たいへんだな。こんなことは見たくも ない」と誰もが思うでしょう。しかし、私たちが 忘れてならないのは、あの太平洋戦争のときには、 私たちが受けた災害はもっと大きなものだったと いうことです。

東日本大震災や阪神・淡路大震災は、もちろん 文明・文化が発達したなかで起きたので、非常に 大きく、いろいろな角度から取り上げられていま す。そして、どうしたらいいかということが議論 されて、いかにも「人類史上、こんなことはなか った」かのように錯覚しがちです。しかし実は戦 争ほど、人間に対してこれ以上のものはないとい う災害を押し付けてくるものはないということを、 皆さんにはぜひ忘れないでほしいのです。自然災 害でびっくりしているわけですけれども、実は、 自然災害よりももっと怖いのは、戦争という名の 人災です。

いま、北朝鮮が核ミサイル配備など、いろいろ とやっています。それで安倍政権は、今にも国防 軍をと言いそうな勢いです。政権が新しくなった 途端に、なんとなくキナ臭い感じになっています。

私はそういうのを見るにつけ、「どんなことが あっても戦争だけはしてはならんぞ。戦争ほど、 重大な災害を人間に及ぼすものはない。そのこと を日本人は忘れているのではないか」ということ を、私はこういう東日本大震災のことを取り上げ る会があるごとに、むしろ「東日本大震災もたい へんだけど、戦争ということの方が何百倍もたい へんだよ」と申し上げているのです。

昭和20年3月10日の東京大空襲では、一夜にし て焼夷爆弾で10万人が亡くなりました。焼夷爆弾 というのは、アメリカが日本の木造住宅用に開発 した油の爆弾です。それで焼夷爆弾を何万発も東 京上空でまき散らしたので、東京はあっという間 に焼け野原になりました。そして一夜にして10万 人が亡くなりました。さらに5ヶ月後、広島では、 原爆1発で15万人が亡くなりました。東日本大震 災の2万人で私たちは大騒ぎしていますけれども、 それの何倍もの人間が1発の爆弾で亡くなってい るのです。それから数日後、今度は長崎です。ウ ラニウム型の原子爆弾を作って、どれだけ威力が あるかということを広島でテストしたら15万人ぐ らいの人が亡くなり、家屋などがいっぺんになぎ 倒されて、非常に大きな効果があった。それでは プルトニウムで作ったプルトニウム型原子爆弾は どれだけ効果があるのかというので、本当は九州 の小倉に落とすはずだったのですね。ところが小 倉の上空は雲で隠れて落とせないので、長崎に変 更して落とし、これで7万人が亡くなっています。

そして、広島も長崎も、直撃で一瞬にして15万 人と7万人が亡くなっただけではなく、その後、 放射能の影響によって、毎年毎年、何人もの人が 亡くなって、今でも亡くなっています。原子爆弾 の影響というのは、それくらい今でも続いていま す。一方、福島原発の事故では、確かに放射能汚 染があり、放射線が今でも出ていますし、放射能 汚染があるので大変です。しかし、広島・長崎で は15万人・7万人、そしてその後、何万人という 人が亡くなっている。それが戦争なのです。その ことを皆さんは忘れていませんか。私は皆さんが 忘れてしまうのが悔しい。忘れて欲しくない。た いへんなことが日本にあったのです。だから日本 は、戦争だけはどんなことがあってもしないとい う不戦の誓いをしたはずです。憲法9条で戦争を 放棄したはずなのです。

ところが今、安倍政権になってから、国防軍を 作る、そして憲法第96条を改正して憲法改正を国 会の過半数で出来るようにし、国民投票にかける、 そういう準備が徐々に始まっていて、ヘタをする と憲法9条も改正されてしまう。改正かどうか知 りません、改悪かも知れません。とにかく変えて、 そして「他国との紛争を武力で解決はしない」、 つまり「武力は使わない」、それから「武器を持 たない」ということを変えようとしています。す でに自衛隊が武器を持っていますから、これはも う有名無実になっていますけれども、少なくとも、 他国との紛争を武力でもって解決しない、尖閣諸 島や竹島の問題、北方領土の問題を武力でもって 解決する、「解決する」というと聞こえはいいけ れど、「戦争をしない」ということが、憲法9条 にハッキリと書かれている。これを少し変えてい こうという動きがある。そのことにもっと国民は 目を向けるべき、東日本大震災のことに目を取ら れ、気を取られて、そちらを忘れてもらっては困 るということを、こういう場だから私はあえて皆 さんに言いたいと思います。

東日本大震災はもう、たいへんなことは分かっ ている。私が言わなくても、皆さんも見て分かっ ているから、東日本大震災のことがいかにたいへ んであったかということを踏まえたうえで、それ でもなおかつ、戦争のことを忘れないで欲しい。 したがって、「二度と戦争を日本人はしない」と いうことを、改めてここで皆さんに誓って欲しい と思います。ありがとうございます。

 

 


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