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京都民医連中央病院報

 

災害医療とまちづくりシンポジウム-医・食・住・環境-京都

全日本民医連副会長 吉中 丈志(京都民医連中央病院院長)

京都民医連中央病院(以下、中央病院)は2013 年3 月末に「災害医療とまちづくりを考える」シ ンポジウム(花園大学)を開きました。会場には、 高校生、働き盛りの人、子育て中のお母さん、高 齢者の方など、500人を超える人たちが詰めかけ、 鳥越俊太郎さんの記念講演やシンポジストの報告 に耳を傾けました。東日本大震災直後の災地支援 を踏まえた第一回目(2011年9 月)に続くもので す。巨大地震のリスクが報道され、地域における 防災への関心が高まり社会の取り組みは進みつつ ありますが、防災対策のこころは普段からのまち づくりと「地域の絆」の大切さであることが明ら かになりました。復興が遅れる中で東日本大震災 を忘れないようにとの願いをこめました。東日本 大震災『負げねえぞ被災地』福島・宮城・岩手三 県人会合同プロジェクット実行委員会からは写真 パネル展示と訴えをしていただきました。この間 の取り組みと今後の活動について報告します。

経緯と問題意識

東日本大震災の際に中央病院は震災直後から支 援活動を始め、22回の職員派遣を行いました。支 援に必要な災害医学や原発事故を念頭に置いた被 曝対策の知識を学びながら支援に取り組みました。 同時に、いのちと健康京都センターや市民などの 支援に活かせるよう、メンタルヘルスサポート京 都に協力して、災害時に必要な精神保健の知識な どの学習会も行いました。地区医師会や保険医協 会には、支援する中央病院の診療体制が欠ける場 合のサポートをお願いし、了解を得ることができ ました。中央病院の職員と地域が一丸となった支 援活動に踏み出せたということができます。 そこで私たちが学んだことは、お金でははかれ ない命の尊さであり、地域の人びとの助け合いの 大切さでした。絆という言葉は人間的な連帯感と いうことでした。震災と原発事故はこれまでの日 本の歩みをするどく問い直したという意味では、 社会的な転換を促すものであったと思います。私 たちは、震災をきっかけに、地域づくり〟をキー ワードにして、住民との共同の取り組みを強めた いと感じてきました。そこで、災害に強いまちづ くりをテーマにして第一回目のシンポジウムを花 園大学と共催で行いました。地元朱八学区の自治 連合会長や中京消防署からも参加していただき報 告をしてもらいました。

まさか!が人生を豊かにした

私たちは「まさか」の災害からの復興の途上で すが、人びとの連帯が災害に強い地域づくりにつ ながり、それ自身が格差と貧困をもたらしてきた 新自由主義的な政策を転換して社会を蘇らせる原 動力になるのではないかと感じています。第二回 目にあたる今回はジャーナリストの鳥越俊太郎さ んをお招きし、ご自身のがんの体験をお話いただ くことによって、いのちの大切さを共有したいと 考えました。京都市、京都保険医協会、中京西部 医師会、京都新聞、KBS京都など55の団体や企 業から後援してもらうことができました。賛同の 輪が一段と広がりました。

鳥越さんは記念講演で、がんとの闘病体験と震 災とを重ね合わせ、「突然降りかかった苦難をど う生きるかが大切だと考える。自分はまさかのが んになり手術を4 回受けてきたが、この経験は自 分の物の見方、感じ方などを変え、新しく素晴ら しい人生をもたらしたと実感している。震災を喪 失だけの個人史や歴史しないためにも、人とのき ずなを大切にし社会を強いものにしていこう」と 訴えました。私たちがめざす〝地域づくり〟や〝連 帯〟の想いと大いに響きあい励まされました。冒 頭に、「戦争こそが最大の災害だということを忘 れてはいけません。原爆でも東京大空襲でも、わ ずかの間に十万人の命が奪われたのです。安部首 相の改憲方針は危険です。」と訴えられました。 参加者へのするどいメッセージでもあり、マスコ ミ九条の会の呼びかけ人の面目躍如というところ でした。

地域目線のシンポジスト報告

尾崎信之氏(中京西部医師会会長 当時)は、 いつも医師会などの集まりで中央病院は地域医療 で踏ん張る開業医の後ろ盾であり砦だと言われ、 買いかぶりにしてもあんなことを行って後で言い すぎだとまわりから白い目で見られるのではない か、いや、そうならないように期待に応える努力 をしなければと私も襟をただす、というような間 柄です。報告では救助可能ないのちが一番失われ るのは発災直後の24時間であり、ここで地元の開 業医や病院が協力していかに頑張れるか、これが 地域の医療機関の使命である、そのためには開業 医や病院、住民が日ごろから防災訓練を行うこと はもちろん、普段の地域医療において顔の見える ネットワークをつくっておくことが重要、中央病 院と協力して頑張りたいと述べられました。貴重 な指摘でもあり、病院としてもしっかり取り組み たいと考えています。

長澤澄子さん夫妻は右京区太秦で有機(無農薬) 栽培の農園をされています。吉兆などへ野菜を納 める一方で同志社有機農業塾などにも取り組んで おられます。食物アレルギーの子どもたちに対応 できる避難拠点づくりの実践報告をされました。 震災のあと農園の野菜を購入するお母さんたちか ら、食物アレルギーの子どもたちは避難所で除去 食を食べることができない、どうしたら子どもを 守ることができるのかという切実な話がでました。 さっそくお母さんたちと一緒に災害時にどうやっ て除去食をつくるかを考え、農園で実習するなど の取り組みを重ねておられます。第一回目のシン ポジウムで講演していただいた同志社大学の今里 滋教授が言われる「見たら考える・考えたら言う ・言ったらやる」を実践されています。災害弱者 目線の対策が大切であると実感しました。

生活保護などの貧困対策も同様です。花園大学 の吉永純教授は貧困の深刻さと原因が広がる中で、 生活保護などのセーフティネットが崩れてきてい る状況が悪循環を生みだしており、いったん貧困 にはまると最低辺まで容易に落ち込む現実=「す べり台社会」になっていると指摘されました。こ どもの貧困は「いま、そこにある危機であると同 時に、将来にわたって大きな禍根を残しかねない 問題」であり、高齢者の貧困も深刻化している状 況は、災害に備えるという点でも重要な課題であ るということです。

西陣の町屋・古武を主宰されている古武博司さ んは、京・上京探訪(西陣)のマップをしめされ ながら、方丈記など古典に記載されてきた京都の 町の災害の歴史を振り返り、権力者を当てにせず 町衆が自分たちの力で苦難を乗り越えてきたこと を強調されました。この精神は今も各町内の自主 防災として生きていて、消防を補完する準公的組 織として機能しています。「歴史文化の固有価値 にもとづくくらしの息づくまちづくり」を強調さ れました。京都が国際的観光都市であることを考 えると、外国人を含めた旅行者の人たちへの対策 も地域の防災の課題でもあるでしょう。

中央病院は、住民に医療を提供する役割を果た していますが、それだけではなく、地域のよりど ころになるような病院の価値を高めることが必要 だと感じています。終わってから高校生がやって きて、刺激を受けた、自分たちにやれることはな いか、と感想と話してくれました。京都は学生の 町でもあり大学生や高校生のマンパワーを生かし た防災訓練を考えたらどうかと、今年の出初式の 打ち上げ会で病院に隣接している小学校の校長さ んと話したばかりでしたので、印象的でした。病 院として協力できないかと考えています。社会に 貢献する観点から地域づくりに参画していきたい と思います。

平和憲法を守ることは現下の最重要課題だと改 めて感じています。大いに共同を広げ、何として も改憲を阻止したいと思います。

 

 


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