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京都民医連中央病院報

 

くらしからの発信

吉永純(花園大学教授)

貧困と「すべり台社会」

新聞を見ましたら、民医連の調査によると去年 1年間で58人が医療を受けられず、手遅れで亡く なったとありました。そのうち67%の人は、医療 保険が短期保険証や資格証明書だったそうです。 要は、お金がないから医療を受けられず、亡くな ってしまった。安心して医療を受けられない、4 回も手術できない、そんな人がたくさんいるとい うことなのです。

それでは生活保護はどういう方向に向かってい るか、生活保護の10年前と今の世帯構成を比較し ます。図表8「世帯類型別の保護世帯数と構成割 合の推移」でご注目いただきたいのは、やはり高 齢者が40万世帯から68万世帯、46%から43%と、 絶対数では一番のところが増えていることです。 高齢者の場合は、一定の年金がある方と不安定な 方とで二極化します。自営業の方や国民年金だけ という方の場合は「生活保護を年金代わりに」と いうケースが出てきます。今、政府はここに手を つける気は全くありません。


図表8 世帯類型別の保護世帯数と構成割合の推移

政府が注目しているのは、「その他世帯」です。 失業者や働ける年齢と考えられる人に働いてもら おうと、いろいろ手を打つというのです。確かに 人数は4倍に増えています。しかし、図表8の(参 考)を見ていただきたいのですが、年齢では50歳 以上が5割以上を占めています。50歳以上の人が ハローワークに行ったら、仕事はもう警備などの 仕事しかありません。そういう人たちに「働け」 と言っても、これはなかなか実効性のある話には ならないだろうと思います。

次に子どもの貧困です。子どもの貧困の特徴は、 子どもには責任が全くないことです。もちろん大 人にも責任はないと思いますけれども、子どもは 貧困家庭を選んで生まれてくるわけではないし、 成長していく世代の不利になります。例えば、私 も中学3年の頃はクラブ活動をして、飯を3杯ぐ らい食べたり、1年間で15センチぐらい身長が伸 びたりした時期がありました。10歳から15歳の時 期に食べられないというのは、これはすごいダメ ージです。さらにこの年齢は、人間関係で揉めた らどう仲直りするかなどの社会性を身に付けなけ ればいけない時期ですし、知識も身に付けなけれ ばいけない時期です。そういうときに、お金がな いことによって食生活が不充分だったり、勉強が できなかったりしたら、これは非常に人生のスタ ートでの不利になる。例えて言えば、人生を50メ ートル走とすれば、5メートル後からスタートす るようなもので、これを回復するのは非常に難し いということになると思いますし、こうした子ど もたちが親になると、その子どもにも「貧困が連 鎖する」となってしまう。ですから、子どもたち の貧困は、「いま、そこにある危機」であると同 時に、「将来にわたって禍根を残しかねない問題」、 一刻の猶予もならない問題なのです。さすがに国 もいろいろと手を打っているところです。

さらに、高齢者の貧困は、自営業の方や中小企 業で厚生年金がなかったところで働いた場合など、 基礎年金のみか旧国民年金の方が1000万人を超え ています。そういう方々の年金額は月額5万円を 切っています。これはもう明らかに生活保護基準 を下回っています。こういうところに手を着けな い限り、貧困はもう減ることがあり得ません。

雇用・労働、住宅が確保できなくなると本来は 社会保険等があるはずですけれども、カバー出来 ていない。「すべり台」のように転げていくと、 生活保護が、最後のセーフティーネットが増えざ るを得ないのです。その次は「刑務所」になる。 いま、お年寄りの犯罪が非常に増えています。コ ンビニへ行って缶コーヒーを盗み、「俺は盗んだ から、刑務所へ入れてくれ」と、「刑務所へ行っ たら、食べる物と寝る所はある」ということなの です。1回ぐらいでは入れてくれませんけれども、 そういう悲しい話が珍しくなくなってきています。

生活保護基準額引き下げの影響

いま、政府は生活保護の基準額を引き下げると 言っています。今回の引き下げの特徴は、過去最 大、7.3%の引き下げであることです。今までの 最大引き下げ幅は0.9%ですから、桁違いの大き さと言えます。そして、ほとんどの世帯で減額に なります。特に子育て世代、子どもや世帯人数の 多い世帯では、最大1割の減額になります。


図表9 生活保護基準額引下げが及ぼす影響・被害図

図表9の生活保護を受けている方をAとすると、 基準額が下がるということは、このA1だけが減 り、「生活が苦しくなるな」というだけではあり ません。就学援助は生活保護の基準の1.3倍とか 1.1倍などと決めていますから、給食代や修学旅 行代が無料になるこの制度でなんとか踏ん張って いる人たちに、大きな影響を及ぼしますし、ここ からはじかれる人が出てきます。また最低賃金C も生活保護基準を上回るように努力していました が、基準が減ったら最賃を上げなくてもいいとな りますから、ここにも影響します。年金Dにも影 響します。次に課税最低限Eです。税金には課税 できる所得の限度があり、生活保護基準をだいた い参考にして決めています。生活保護基準が下が れば課税最低限も下がり、税金を払わなければな らない人が増えます。これが大きな影響です。さ らに、税金によって保育料は決まっています。他 に医療費などもです。


図表10 住民税非課税と課税での違い

図表10の区分を見て下さい。非課税・課税の違 いで、高額医療費限度額は3万5400円から8万100 円になります。介護費も2万4600円から3万7200 円、障害者のいろいろなサービス、難病患者の医 療費は非課税ですと自己負担はありませんが、1 円でも課税されればこれだけの金額になります。 このように、生活保護費というのは、本当は「ナ ショナル・ミニマム」と言って、私たちの生活の 土台を作っているのです。決して生活保護を受け る人だけの問題ではありません。

国は「今回、基準額を下げたのは、物価が下が っているから下げた」と言っています。しかし皆 さん、どうですか、食費は下がっているでしょう か?水光熱費は、灯油代、バス代はどうですか? 我々の生活に身近なもののお金は、下がっていな いのです。薄型テレビ、冷蔵庫、パソコンなど、 10年に1度、買うかどうかのようなものは、確か にガクンと下がっています。そういうのも平均し て、国は「物価が下がっている」と言っています。 ここに、非常に大きなごまかしがあると、私は思 います。

保護費の引き下げだけではなく、最近の生活保 護の見直し案が示されたとき、ある自治体の職員 が「国が『厳格化』にお墨付きを与えた意味は大 きい。餓死者が出ても自治体が矢面に立たず、国 の責任にできる」と言ったという新聞記事があり ました(「毎日新聞」2012年9月29日)。言っては いけない言葉ですが、しかし、「厳格化」のもた らす意味を分かっているのでしょう。

よく問題にされる不正受給についてですが、金 額は生活保護費総額の0.38%、世帯の1.80%です。 量的には、目くじらを立てるほどの金額ではあり ません。また内容の検討も必要です。なかには本 当に悪い人もいますが、高校生のアルバイト収入 なども不正受給とみなされているのです。

最後のセーフティーネットである生活保護を頼 る人は、これからも増えていくだろうし、本当に 災害のことを考えたら、日頃の社会保障をしっか りしておくということ、災害時の生活保護を柔軟 に運用するということが大事だと、私は考えてお ります。

 

 


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