ホーム > 医療関係者の方はこちらへ > 倫理委員会・臨床研究 > 倫理委員会 > 議事録・議事要旨 > 終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションに関するガイドライン
平成17年8月4日
京都民医連中央病院 倫理委員会
セデーション(鎮静)とは鎮静剤を投与して意識水準を下げる医療行為を指す言葉である。特に終末期の耐えがたい苦痛を緩和することを目的としてセデーションが実施されることがある。この終末期の苦痛緩和を目的にしたセデーションは、一般「ターミナルセデーション」という呼称で知られている。
苦痛緩和を目的としたセデーションは終末期医療の現場において一般的に行われている医療行為だが、その実施の方法を誤れば重大な倫理的問題を引き起こしかねない行為でもある。終末期に実施されるセデーションの安全性や倫理的妥当性を高めるためには、あらかじめ医学的・倫理的・法的妥当性を十分に吟味して作成されたガイドラインを策定し、それに添って実施されることが有益だと考えられる。しかし本邦では、終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションに関するガイドラインはいくつかの先進的な医療機関では作成されていたものの、緩和医療の関連学会での作成の取り組みが遅れていたため、広く全国的に適用しうるガイドラインは最近まで存在していなかった。しかし2004年9月に、厚生労働省研究「がん医療における緩和医療及び精神腫瘍学のあり方と普及に関する研究」班の「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン作成委員会」が「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」(以下、学会ガイドライン)を作成し、それが2005年1月に日本緩和医療学会理事会によって承認され広く公開されたことで、ようやく日本国内で終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションを適切に実施する基盤が整うこととなった。
そうした学会レベルの動きとは別に当院では、ガイドラインの必要性を痛感していた外科医師を中心として独自のガイドラインを策定する動きがあった。この外科医師の案について倫理委員会で討議を行い委員会としてのガイドライン案をまとめつつあったが、その作業の最中に学会ガイドラインが公表された。学会ガイドラインは包括的なもので完成度も高いものであるが、学会ガイドラインの意見と当委員会の見解が異なる点がいくつか存在することもあり、学会ガイドラインを下敷きにしつつも、今回当院独自のガイドラインを作成することとした。
本ガイドラインは、当院における「終末期の苦痛緩和を目的としたセデーション」(以下セデーションと略す)がより安全に、より適切に実施されるようにすることを目的として作成された。
京都民医連中央病院で終末期医療に携わる職員。
本ガイドラインに記載されていない事態が生じた場合、安全性の重視、患者の自律性の尊重という基本方針に立ち戻り、患者、家族、治療チームの間で十分な話し合いを行って、治療を進めていくことが必要である。
終末期の患者が耐えがたい身体的苦痛を体験しており、その苦痛が他の緩和治療では解消できない場合に、その苦痛を感じない状態におくことを目的として実施する。
癌(悪性腫瘍)の進行のために、死が差し迫った状態にある患者を対象とする。
以下の全てを満たしている場合に、セデーションを実施できる。
終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションと、安楽死とは以下の三点において異なるものである。
セデーションの実施にあたっては、以下の手順1から4へと進めていく。
以下の1)2)3)4)の全てを満たしていることが必要である。
満たしている場合、手順2へ進むことができる。
①患者が耐えられない身体的苦痛があると表現する。
②患者が表現できない場合、家族と治療チームで過去の言動などを素材にして、患者が耐えがたい苦痛を体験していると推測される。
セデーションの対象になりうる症状は、せん妄(臓器不全に伴うもの)、呼吸困難、過剰な気道分泌、疼痛、嘔気・嘔吐、倦怠感、けいれん・ミオクローヌスなどである。なお、心理的苦痛だけを理由にしてセデーションを実施してはならない。
2)他の緩和治療が十分に実施されていることを確認する。
患者に対して適用可能な緩和治療の手段が尽くされているか、二名の医師が評価を行う。
二名の医師により、「セデーション以外の緩和治療が十分に実施されている」と判断されねばならない。なおこの判断に際して、「鎮静を施行する前に検討するべき緩和ケア」(資料1)を参照することが望ましい。
3)生命予後を評価し、死期が迫っていることを確認する。
①身体状態の系統的把握、②評価尺度(Palliative Performance Scale, Palliative
Prognostic Index, 資料2を参照)を用いた評価、などの情報を元にして、二名の医師が患者の生命予後を評価し、その評価が「患者の生命予後が数日から数時間以下になっている」と一致している必要がある。
4)以上の1)から3)を満たしていることを、治療チームで確認する。
以下の1)2)の手順を進め、最終的に患者、もしくは家族に実施への同意を得る必要がある。
同意が得られれば手順3へと進む
1)患者の意思決定能力が保たれているかどうかを確認する。
患者の意思決定能力が保たれているか、①自分の意思を伝えることができること、②関連する情報を理解していること、③セデーションによって生じる影響の意味を認識していること、④選択した理由に合理性があること、を元に判断する。
患者の意思決定能力が保たれている場合には、2)Aへ進む。
患者の意思決定能力が保たれていない場合には、2)Bへ進む。
A:患者の意思決定能力が保たれている場合
B:患者の意思決定能力が保たれていない場合
1)治療チームが実施について合意していることを確認する。
治療チームでカンファレンスを開き、実施についてスタッフが合意していることを確認するとともに、実施手順1、2が適切に進められたことを確認する。カンファレンスには主治医、入院病棟の職責者、その他複数の看護師の参加が少なくとも必要である。ただし可能な限り、患者を知るスタッフが幅広く参加することが望ましい。
2)患者の意思を再度確認する
実施を控えてその後セデーション実施の考えに変化がないか確認する。
セデーションの実施の前に、患者がやり残したことがないか十分に確認する。もしあれ ば、可能な限りその希望をかなえる。
3)セデーションの方法を選択する
間欠的なセデーションを実施するのか、当初より持続的なセデーションを実施するのか、選択する。まず間欠的なセデーションから始めることが望ましいが、患者の苦痛が強く、死期が迫っている場合には、持続的なセデーションを実施しても良い。
4)鎮静薬を選択する
第一選択薬:ミダゾラム、第二選択薬:フルニトラゼパム
セデーションに用いる薬剤は、ミダゾラム(ドルミカム)を第一選択薬とする。本薬剤を第一選択薬とするのは、投与量の調節が容易であること、半減期が短いこと、万一過量投与になった場合でも拮抗薬が存在すること、といった理由による。
フルニトラゼパム(ロヒプノール)を用いてもよいが、本薬剤は半減期が長いため、薬効の調整がミダゾラムに比して困難となりやすい。そこでミダゾラムが有効でない場合に用いる第二選択薬と位置づける。
その他の薬剤(バルビツール系睡眠薬、抗精神病薬など)は以上の二剤が効果がないときに投与を検討する。しかしできるだけ使用は避けるべきである。まずバルビツール系睡眠薬はその毒性ゆえに推奨できない。また抗精神病薬については、せん妄を生じている場合には用いることも検討してよいが、鎮静作用が弱く、錐体外路症状、悪性症候群などの重篤な副作用を引き起こす恐れがあるため、あまり推奨できない。
5)患者と家族との間で十分な交流の時間を持つ。
セデーションを実施する前に、患者と家族の交流が十分にできるように配慮を行う。
6)薬剤の投与を開始する
原則として少量で緩徐に開始し、苦痛緩和が得られるまで投与量を漸増する。苦痛緩和が得られるまで、必要に応じて追加投与を行っても良い。ただし苦痛が強い場合には、十分な観察と調節のもとに、苦痛緩和に十分な鎮静薬を投与し、苦痛が緩和された後に減量してもよい。
実際の投与法、投与量については患者の個別性に応じた決定がなされる必要があるが、第一選択薬、第二選択薬の推奨される投与法については、以下の通りである。
ミダゾラムは当初、0.2mg~1mg/時間で持続皮下・静注を行う。1.25~2.5mgの追加投与を行ってよい。投与量は通常20~40mg/日であるが、状態に応じて5~120mg/日の幅で加減してよい。
フルニトラゼパムは、0.5mg~2mgを0.5-1時間で緩徐に点滴静注を行う。
2)看護ケア
セデーション開始前と同じように、声かけや環境整備などのケアを行う。
3)家族に対するケア
家族の心配や不安を傾聴し、悲嘆や身体的、精神的負担に対する支援を行う。
経過にしたがって必要とされる情報(患者の状態、苦痛の程度、予測される変化など)を十分に提供する。とくに、他の苦痛緩和の試みを十分に行ったが有効ではなかったこと、セデーションによって生命が短縮する可能性は一般的に少ないこと、セデーションを浅くする(中止する)ことも可能であることを保証する。
当院で終末期医療に携わる職員は、このガイドラインに添ったセデーションが実施されるように努めねばならない。
学会ガイドラインと、本ガイドラインの主たる相違点は以下の二点である。
1)家族の同意に関して
学会ガイドラインでは、セデーションを実施するためには必ず家族の同意を得ないといけないことになっている。得られない場合は、「ともに納得できる方法を見出すことができるよう支援」し、同時に「患者の意思が最大限尊重され、患者の益が最大になる手段を検討する」といった援助が必要だとされている。すなわち患者と家族の妥協点を見つけ出すことで、両者の意思の相違を克服しようとする案である。、
本ガイドラインでは、患者の意思と家族の意思とが異なる場合は、家族との意見調整を十分に行い、それでも両者の意見の違いが埋まらない場合は、患者の希望に基づいて実施することを明確にした。これは、終末期は家族や治療チームの意思によって治療方針が性急に決められることになりやすい時期であるため、患者の自律性を尊重する私たちの姿勢を表現したいと考えたからである。
2)心理的苦痛・実存的苦痛に関して
学会ガイドラインでは、心理的苦痛・実存的苦痛に対して「鎮静の対象となりうる症状は、・・・不安、抑うつ、心理・実存的苦痛(希望のなさ、意味のなさなど)である」という記載があり、「心理的苦痛、実存的苦痛が単独で持続的深い鎮静の対象症状となることは例外的であり、適用の判断は慎重に行うべきである」と補足されてはいるものの、セデーションの対象症状に含めている。
本ガイドラインでは、心理的苦痛・実存的苦痛は単独ではセデーションの対象としていない。これは当院は、心理的・実存的苦痛については患者のケアや患者とのコミュニケーションを通じて、その苦痛を共有していこうとすることが援助者の努めだと信じており、心理的・実存的苦痛に対してセデーションを実施することは私たちの考える医療行為とは異なるものだからである。
京都民医連中央病院 倫理委員会委員名簿(平成17年8月4日現在)
委員長 小原克博 同志社大学神学部神学科教授
副委員長 原昌平 読売新聞大阪本社編集局科学部次長
副委員長 北村隆人 京都民医連中央病院精神神経科医師
委員 勝村久司 医療情報の公開・開示を求める市民の会事務局長
委員 立岩真也 立命館大学大学院先端総合学術研究科教授
委員 広瀬東栄子 京都中右京健康友の会幹事
委員 村井豊明 京都第一法律事務所弁護士
委員 川島市郎 京都民医連中央病院臨床研修担当医
委員 岸本啓介 京都民医連中央病院事務長
委員 田中久子 京都民医連中央病院南五階病棟看護師長
委員 東正一郎 京都民医連中央病院副院長
委員 吉中丈志 京都民医連中央病院院長