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第七十一回 倫理委員会 議事録

日時 2017年2月2日(木)18:30~19:45
場所

京都民医連中央病院西館会議室

出席者

外部委員 小原克博委員長、原昌平副委員長、岩橋多恵委員、勝村久司委員、関谷直人委員、広瀬東栄子委員
病院委員 川島市郎副委員長、井上賀元委員、冨田豊委員、東正一郎委員、平田恵美委員
事務局  藤﨑智、丸山俊太郎
オブザーバー 寺前八重、垣尾匡史、河本晃宏、木下千春、田中憲明

欠席

那須徹也委員

議事

 

議事(1)「第70回倫理委員会議事録確認」

小原 只今より第71回倫理委員会を開催させていただきます。まず、お手元に前回議事録がございますので、ご確認いただき、何かあればご指摘を下さい。

議事(2)の「DNARに関するガイドライン」ですが、本日はできれば最終確認にしたいと思います。前回の議論を反映したところと、それを医局に持ち帰って追記していただいた個所もあるようですので、そのあたりを中心にご説明をいだきたいと思います。では、宜しくお願いいたします。

 

議事(2)「DNARに関するガイドラインの改定について」

垣尾 持ち帰って内科のカンファレンスでディスカッションをしたのですけど、内科側の先生方もオブザーバーとして後に参加して、新たな部分の説明をしていただけると思うので、内容だけを説明したいと思います。内科医的には本編に問題はなく、患者説明書と意向表明書ぐらいが主な論点だったと思います。

説明書では前回、「遷延性意識障害というのは専門用語なので、もう少し噛み砕いて『意識障害が長引いていたとしても』と直したら」というご意見が出ましたが、それはそれで良いのかなということでした。後は、「病気」を「病状」に換えることもそれで良いかなと思います。

意向表明書の方は、他の必要条件の確認を最後に付けるよりも、繰り上げて最初の方にして、サインを1個ずつ取りに行くのは時間が掛かってもったいないですし、電子カルテに記録は必ず残っていますので、それを辿りやすいように日付だけを入れるという形にさせていただいています。また、選択肢の3番の「最期を看取ってくれるものが到着するまでは、人口呼吸器以外の心肺蘇生を実施してください」というところは、内科側としては「できる限り」という文言を入れたらという意見が出ました。最初は「できる限り」というのが入っていて、それを一旦、外すことになったのですが、内科側では「やはりこれは入れた方が…」という意見が出ました。「できる限り」という表現は、取りようが色々あるのでちょっと難しいなと個人的には思うのですが、そういう意見でした。

もう少ししたら何人か来られますので、意向表明書以外の部分を取りあえず議論していただけたらと思います。

小原 そうですね、意向表明書以外のところは問題なく、これでOKのはずですので、最後にご説明いただいた個所の議論に入りたいと思います。「できる限り」というのは確かに曖昧な意味を含むのかも知れませんが、内科の方で議論した際に、なぜ、入れた方が良いというふうに判断されたのですか。

垣尾 僕が代弁するのもあれかも知れないですけど、本当は、「この選択肢の3番自体をもうなしにして、『するか、しないか』の2つにするのが良いのではないか」というのが内科側の意見だったのです。「するか、しないか」だったら確かにハッキリしていますが、3番だけはそれ自体に幅があるような形になりますので、本当はなくても良いのではないかという意見なんですけど、「もし残すとしたら『できる限り』を入れる」という意見でした。

井上 別紙の「DNAR指示のあり方についての勧告」という資料を付けさせていただいていますが、これは全日本集中治療医学会が出したものです。こちらは今までの議論とよく似た勧告で、「DNAR指示と終末医療は同義ではない」という話が書いてあるのですが、5番に「Partial DNAR指示は行うべきではない」と書いてあって、その注釈の注5によれば、「Partial DNAR指示は心肺蘇生内容をリストとして提示し、胸骨圧迫は行うが気管挿管は施行しない、のように心肺蘇生の一部のみを実施する指示である。心肺蘇生の目的は救命であり、不完全な心肺蘇生で救命は望むべくもなく、一部のみ実施する心肺蘇生はDNAR指示の考え方と乖離している」という話なので、問題が2つありまして、「家族が到着するまでは」というのは時間的にはかなり幅があり、一般的には心肺停止の中でも15分ぐらい心停止という状態に至れば、回復することはまずないだろうと言われていることと、もう1つは「人工呼吸器以外」ということですので、挿管をしなくて心肺蘇生するというのは、Partial DNAR指示ということになってしまうので、「この項目自体を削除した方が良いのではないか」というような意見が多くありました。

小原 恐らく医学的にはその通りだと思うのですよ。そういう議論は、ここでも一番最初のものを作った時にもしたと思うのですが、この項目にどういう意味があるかと言うと、医学的というより患者さんの気持ちの問題なんですね。ですからこれは、「医学的な有効性がないと分かっていても、儀礼的であってもやらなければならないような状況があるんじゃないか」というところを汲んで、この非常に曖昧な文言が入ったのですね。そう視点も含めてちょっとご議論いただければと思います。医学的な曖昧さの有無から言うならば、明らかに「するか、しないか」が正しいと思うのですけれども、まず、こういう文言を入れるという前提で考えた時に、「できる限り」という文言を入れた方が良いかどうかということも含めて、ご意見をいただければと思います。遅れて来られた先生方も、今のことに関して何かあれば、ぜひ付け加えていただければと思います。

田中 他の部分はかなり正確に文言を規定し厳密なところがあったのに、突然このことになった途端、定義が曖昧になるので、それがガイドラインの文章として残ること自体、ここの病院のガイドラインのクオリティーと倫理程度を問われる気がします。「人工呼吸器以外の」というのは、軽く心臓マッサージをするというふうなことなので、これまでは明白にされずに、患者さんと医師との関係の中で、「この程度にしてあげた方が良いかな」というように、患者さんご家族の要求と摺り合わせていた情緒的なことが、明確に文書に載ることによって、「軽くするということは一体どういうことなのか」と、問われてしまう感じになるのが凄く気になるのですね。

小原 つまり、「人工呼吸器以外の心肺蘇生」というのに幅があり過ぎて、具体的に何をすべきかということが明示されていないということですね。

田中 ただ、それを明示しようとすると、実はもの凄く細かく細分化されて、書き切れないような話になってくるし、そのことが倫理的に妥当かどうかという検討に入らないといけないということになってしまうと、とんでもなく大変な作業の引き金になってしまう気がします。

小原 「以外の」というのは、確かに裾野が広くなるということは想像できるますが、例えば患者さんに「人工呼吸器以外の心肺蘇生は、具体的にどういう方法があるのですか」と聞かれた場合、どのように答えられますか。

井上 基本的には、いわゆる心臓マッサージと言われていた胸骨圧迫法というものが主体でしょうね。後は、薬剤投与なんかも有効かも知れません。ただ、人工呼吸を外してしまうと、Partial DNAR指示という形になってしまい、非常に部分的で、蘇生としての一貫性が乏しくなってしまうかなと思います。先っきおっしゃっていた情緒的な意味合いというのは、非常に良く分かるのですけれども…。

木下 内科の医局で何度も話が出たのは「この部分を外せないか」ということで、それが一番大きいですね。

小原 分かりました。ここをそもそも外すという案もありますし、残して赤字の文言を追加という案もありますので、全ての可能性も含めて議論したいと思います。

関谷 ちょっと前回はいなかったのですけど、これは、患者さんが「呼吸器は要らんけど、術を尽くしてもらいたい」という願望みたいなものですか。ここのニュアンスがちょっと分からない。

小原 これを一番最初に作った時には、例えは「心臓マッサージをやっても意味はないけど、なんとなくやっているということはあります」みたいなことをお聞きして、「ということは、そういうことを望んでいる患者さんがいるのではないか」ということで、こういう文言が残っているというか…。

関谷 極端に言えば、医学的には蘇生にはならないけど、家族サービスみたいなことで、「努力してやったけど、ダメだった」ということがご家族にとっても…、

田中 多分、「親の死に目に会いたい」とか、「死亡確認をして、ご臨終ですと言われるところに間に合ったということで、もの凄く親孝行ができた」という文化があるということです。僕の経験年数は25年ぐらいですが、実は「来はるまでは、形だけになりますけどやりますか」みたいな話をわりにしていた方で、「来はるところまでは、マスクを当てながらふいごでこうやっていれば、肺は動いているのでまだ生きてらっしゃる」「胸を押しているから生きていらっしゃる」と、形は生きていらっしゃるから、ご家族が来られて、そこで「永眠です」と言えば、間に合ったことになるというのを、ずっとやってきたし、今でも時々、紹介してしまうタイプなんですね。ただ、最近は「そういうのはおかしいのではないか、いつまでそんなことをするの」というのが医療の流れなので、臨床現場では、心電図モニターはフラットになっていても、死亡確認をご家族が来られた時に合わせるというやり方も一部で始まっていますが、「倫理的に妥当なのか」とか、「世間一般で議論したら、正しいことかどうか」ということもあるのですね。最期のところをどういう形で見るというのが変わってきている中で、これを文言で残すと、ご家族との取り決めの中でお互いが納得する形で行われてきた、その辺の微妙なニュアンスを、全て議論せなあかんことになるので、「ここに書いてあることは一体何なの」とか、「その辺をカルテ記載で決めましょうか」という話になってくる感じが、結構デリケートな問題なのでどうなのかなというのが本心なんです。

関谷 つまり、これがなくても、場合によっては現場ではそういう判断が起こり得るが、書いちゃうことによって、その辺の白黒が付いちゃうから…。

田中 そうですね、書いちゃうことによって、本当に医学的に有効な施術として、アンビューマスクと心臓マッサージをしっかりとしながら、ご家族が来るのに3時間掛かるなら3時間続けるというような、ややこしい問題もどんどん発生してくるので、書いてしまうとかえって苦しくなっちゃうかなという思いもちょっとあります。

岩橋 4つの選択肢を作っちゃいますと、多分、人間の心としては、この3番目を一番チェックしそうな感じがしますね。そうすると結局、DNAR指示があったのに、ないに等しい状況が出てくるというのは、確かにあるような気はしますね。仮にやらなかった場合でも、家族との関係で言えば、「本人が希望しなかった」というふうにすれば、ある程度の納得が得られると思うのですけど、特にそういう言葉を入れちゃうと、「どこまでやってくれて、頑張ってくれましたか」という話になってしまうので、曖昧さは確かにあるような気がしますね。

小原 最初のものを作ったのは7~8年前かな…、だいぶ前なので、その時には「こういったことも必要じゃないか」ということで書いたのですが、その時からは色々な事情が変化していますし、先ほどご紹介いただいた「DNAR指示のあり方についての勧告」の中で「Partial DNAR指示は行うべきではない」という明確な文言もありますので、こういった時代の変化は当然、考慮して、場合によっては文言削除ということもあり得るとは思います。

広瀬 4番目に希望することを書く欄があるので、3番目は要らないと思います。

小原 そうですね。もちろん、そういう気持ちを持っている場合、そこにハッキリと書けば、結果的に3番目の選択肢と同じことを伝えることができます。

垣尾 前回までの議論で、僕も「心肺蘇生をするかしないかだけで、それ以外の中間的な希望はコメント欄に書いたら良いのでは」という意見を言わせてもらったのですけど、勝村さんとか、まだ来られていない方から「患者側からすると、ここにそう書くのはなかなかハードルが高い」というようなご意見を言われていたので、この文言が残ってしまったところもあるのかなと思うのです。「しないを選ぶのは家族としてなかなか勇気が要る」という意見でしたし、「する」となると、全例、気管挿管をするという形になることが予想されますが…。

小原 この3番目では「Partial DNARを実施して下さい」ということになっていますが、「人工呼吸器はかなわないけど、他はやって欲しい」みたいな要求というのは多いですか、少ないですか。

垣尾 そこそこお聞きしますけど、他の先生方はどうですか。

田中 最近の流れで言うと、ご家族さんが席をちょっと外された時に亡くなられることをよく経験しますから、死期が近づいてきた時の面談で「もし、いらっしゃらない時に永眠するタイミングになった、どうしましょうか」という話を、僕はわりにするのです。で、「それはそれで寿命だから仕方ない」「人間の運命だから仕方がない」という感じの判断をされる方が、増えているような気はします。あまり僕も提案しなくなっている傾向があるかも知れませんけど、「一瞬、離れた為に、臨終に立ち会えなかったら悔いに残る」ということで、「挿管までは…」とか「CPRではなくても」ということでも「何かやって繋いで下さい」と、立ち会える形をもの凄く希望されるというのは、ちょっと減ってきている印象はあります。だけど、先ほど話題になったように、患者さんご家族のご意向は言いにくいところを言っておられないだけなのに、それを汲めてない医者も出てくる可能性がありますが、こういうものを作る時にはボトムラインを上げた方が良いので、「選択肢が2つでは、それ以外の意向を言いにくい雰囲気にならないか」という議論は、確かに思うところもあるのですけど、他の先生方はどうですか。

木下 胸骨圧迫というのは、基本的に骨が折れるのですね。で、本当の意味での救命を望んでいなくて、基本である気管挿管が選択から外れる時に、生物学的には亡くなられている方の骨をボロボロにしながら、いつまでも続けるのは本当にどうなのかなとちょっと思いますね。そういう意味で言ったら、家族さんが来られるまで人工呼吸器以外の心肺蘇生を実施というのは、例えば3時間掛かるかも知れないですし、私はあまりそういう感じで勧めないので、あまりそれを選ばれる方はいないかなと思います。ただ、点滴や抗生剤のように、比較的ご本人さんにとって苦痛でない可能性のある治療の部分に関しては、やって下さいというのはあると思います。

小原 勝村さん、病院側からは「この3番目はかなり曖昧な部分がある上、Partial DNAR指示になるので、削除した方が良いのではないか」という意見が出ていまして、これを最初に作った時には「儀礼的になるかも知れないけれども、死に目に会いたいといった患者さん側の気持ちを汲むような文章があっても良いのではないか」というようなことで、これがずっと残ってきたと思いますが、できてから7~8年経つという医学的な状況の変化も踏まえて、改めてここを残すか残さないかということを議論しているところですけども、どうですか。

勝村 ガイドラインが初めてできた時には、無効であっても心肺蘇生をしなければいけない雰囲気への、お医者さんの皆さんの違和感が、問題提起の一つにありましたよね。そこから随分時間も経っていますし、今のお話を聞いていたら、削除する方向というのはありだと思います。

小原 私も話を聞いていて、確かに曖昧なものを残すのは良くないなという方に、少し傾いてはきていますね。例え「しないで下さい」「して下さい」の2択になったとしても、要望についてはコメント欄に記載することができますので、実質的には3番目にあるような希望を書くことはできると思います。ですから、3を完全に排除することではないですが、選択肢としては省いてはどうかということです。

今、聞いている限りでは、「ない方が良いのではないか」という意見の方が多いと思うのですが、いかがですか。残すべきだという意見があるのなら、それも出していただければと思います。東先生はどうですか。

 最近の僕は生死に関わることはないのですけど、大阪の病院にいた若い時に、「京都から人が来るまで、取りあえずやって下さい」と言われてやったことがあります。当時はこういう合意があまりなかったですから、こういうことも求められたし、こちらもそういう気持ちに応えたいというのは、先っき中田先生が言うたように、医者の中でもそういうタイプの人ってやっぱりいるのですね。だから3番目があると、例えば僕がそういう立場に立った時に、「こんなものもありますよ」と言うてしまうのは確かで、誘導してしまう。ただ、心の中では「こんなものは無意味だ」と思いながら医者はやっているわけですから、正直な話では、今の情緒的な部分というものは、こちらがそう思うだけであって、家族も本当はどこまでそれを思っているかは分からないけども、「そんなんがあるのやったら、そこにしようか」みたいに、誘導されるという話もあった。時代も全然違って、心肺蘇生のあり方なんかも科学的な根拠のある時代になっていますから、10年近く前に議論した時の情緒的な部分は、多分、凄く少なくなっているのかも知れませんね。だから、なかった方がスッキリするだろうと思うし、あれば多分、そういうふうにやる人もいるかも知れませんね。

小原 そうですね。やはり10年前と今ではだいぶ変わってきましたので、ここは削除するということで宜しいでしょうか。勝村さん、良いですか。はい。では、ここを削除ということで、宜しくお願いします。

他に関しては宜しいですか。では、ガイドライン及び患者様の意向表明書は全て、これで最終案として確定したいと思いますので、宜しくお願いします。では、この件はこれで終了とさせていただきます。

では(3)の事例検討です。資料Cに基づいてご説明をお願いします。

 

議事(3)「事例検討」

※事例1例検討しました。

小原 今回の件は結論が必要なわけではなく、我々が今後に何をすべきかということを考える、非常に良い問題提起になったかと思います。原さんが今おっしゃったように、既存のセデーションガイドラインを見直すことによって、癌患者だけではなく、非癌患者の為の文言をどういう形で追記できるかということを、今後に検討できればと思いますので、もう一度見直していただいて、何か具体的に「ここをこうすれば、今回のような場合に使える」というご提案がもしできれば、また然るべきタイミングで出していただければと思いますので、宜しくお願いいたします。そういう形で今回のものを繋げていきたいと思います。有り難うございました。

では、「(3)事例検討」をこれで終わりまして、「(4)その他」の方に行きます。まず、「①臨床研究迅速審査報告」と「②治験審査委員会報告」を併せてお願いいたします

 

議事(4)「その他(「臨床研究迅速審査報告」「治験審査委員会報告」「来年度会議日程」)」

冨田 臨床研究の迅速審査の新しいのはこの間、出ていません。動いていた臨床研究の中でプロトコルのマイナーチェンジのあるのがありましたが、今回の委員会が始まる前に小原委員長と相談しましたところ、「倫理委員会に掛けなくても良いだろう」というご了解をいただいたものが1件あります。

治験審査委員会の方は、お手元の資料Dには2回分の議事録がありますが、4種類の治験がこれまで通りやっておりまして、特に変わりがないということです。

小原 有り難うございました。特にご質問はないですね。はい、有り難うございました。では最後、③の来年度会議日程について、丸山さんの方から宜しくお願いします。

丸山 前回もお伝えましたが、来年度はいずれも偶数月の第1木曜日に行いたいと思います。具体的な日付は要項に書かれていますように、次回は4月6日にお願いしたいと思いますが、宜しいでしょうか。

小原 この第1週木曜日で都合の悪い方はおられますか。ないですね。では、ここに書かれている日程を、来年度の倫理委員会会議日程としたいと思いますので、宜しくお願いいたします。他にございますか。宜しいですね。では、これで第71回倫理委員会を終了いたします。どうも有り難うございました。

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