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第六十九回 倫理委員会 議事録

日時 2016年10月20日(木)18:30~21:00
場所

京都民医連中央病院西館会議室

出席者

外部委員 小原克博委員長、原昌平副委員長、岩橋多恵委員、勝村久司委員、広瀬東栄子委員
病院委員 川島市郎副委員長、冨田豊委員、東正一郎委員、平田恵美委員
事務局  影山大悟、藤﨑智、丸山俊太郎
オブザーバー 川原初恵、寺前八重、垣尾匡史

欠席

関谷直人委員、井上賀元委員、那須徹也委員

議事

 

議事(1)「第68回倫理委員会議事録確認」

小原 只今より第69回倫理委員会を開催させていただきます。お手元にある議事に従って進めていきますが、まず最初に議事録確認ということで、資料Aを確認いただいて、もし何かあれば事務局の方にお知らせ下さい。今日の議事の中で(2)は、比較的に時間か掛けりそうなので、まずこれから始めていきたいと思います。

これは恐らく皆さんは馴染みがあるというか、かなり時間を掛けてようやく今年の6月に改訂版ができました。で、その後、それを実際に使う医師のサイドからすると、ちょっと使いにくいところがあるということで、今回、修整の提案をいただくことになります。前回も、DNARに関するガイドラインを見直したそもそものきっかけは、しばらく現場で使われていなくて、使われるものでなければ意味がないということで、実際に改訂をしたのですけども、やはり使っていただく為には、もう一度、こういった提案を受けて必要な訂正をして、よりブラッシュアップを目指していきたいと考えています。今回、その為に垣尾先生にお越しいただきましたので、改訂箇所を中心にご説明をいただければと思います。宜しくお願いいたします。

 

議事(2)「DNARに関するガイドラインの改定について」

垣尾 東先生の後を継いで医療安全管理室の室長をやっています垣尾と言います。宜しくお願いします。今回、私は主に内科系の医師の意見をまとめたという形で報告させていただきます。早速、資料に基づいて説明させていただきますが、赤字で書かれているのが修正していただければという提案部分です。

ます資料[DNARに関するガイドライン-本編-]のP1で、元々は[DNAR指示が出されたことを理由にして、それまでの治療やケアが控えられてはならない]となっていますが、コメント欄にありますように、実際の医療では、患者さん・ご家族と相談しながら点滴の量を絞っていくといった治療も、現場では行われているということですので、それも含めた意味で「ことのみを理由にして」と文言を変えたらどうかなと提案させていただきます。

それからP2の[条件1 医師の判断]で、[患者が「心肺蘇生不開始が許容される医学的要件」を満たしている、または約一ヵ月以内に満たされることが極めて高いと]となっていますが、「極めて」というのは定義的に曖昧なところがありますから、「可能性が高い」でも十分ではと思いますので、こういう形に修整してはどうかと内科の意見として出されました。

次はP3ですね。一番上の[心肺蘇生不開始が許容される医学的要件]で、[最善の治療にもかかわらず]と書かれていますが、「最善」という言葉は、どこまでを最善というのかがなかなか難しいということで、スタンダードな治療である「標準の治療にもかかわらず」という言葉に換えさせていただけたらということです。

それから注)ですが、[「短期間」が示す期間は、患者の状態によって期間の長短が異なるため一概に規定することは困難であり、医学的常識に即した判断であればよいものとする。ただ目安として記すなら、1ヵ月以上の期間は想定していない]とあるのですけど、例えば癌の患者さんとかだと、かなり予後予測はきっちりとできるようになってきているのですが、癌ではない内科的な慢性の患者さんだと、1ヵ月の予後というような客観的な指標は全くないのが現状なんです。だから、1ヵ月という期間が書かれてしまうと、非常に困った事態に陥ることになるので、この注)を外していただけたらと思います。

それから下の方の[注1)主治医の役割]では、[DNAR指示が出された場合でも通常医療の手控えを行うわけではないことの説明]とありますが、先ほどのP1と同様に「それだけを根拠として」という文言を[通常医療の手控えを行うわけではない]の前に追加させていただけたらと思います。それから一番下の[十分に話し合った上で患者の意向を確認し]の後に、「カルテに必ず確認内容を記載する。カルテの記載だけでは不十分であると推測される場合は、患者様の」を追加し、[意向表明書を記入していただく]というような形にさせていただければと思います。というのは、今回の場合は何かを積極的にするという意味合いではなく、ごく自然に看取っていくというような意味での医療行為になりますので、内科側としては「消極的な医療行為的なものまで同意書を全部取るとなると、他にも沢山こういうところはあるので、現場が回らなくなる」というような意見がありました。勿論、複数で相談してしっかりとカルテ記載するということにはなるのですが、意向表明書というのは必要な場合に取らせてもらうという形にさせていただけたらと思います。P4の2)も同じような意味合いになります。

ただ、運用上の問題となるのが[電子カルテ上のDNARの記載]の2)で、元の文書では[担当医または主治医は、電子カルテ上のDNAR欄にチェックを入れる]となっていますが、実際上は看護師さんがお聞きして付けていくことになりますし、実際は病棟師長さんが表示をさせていただいている場合が多いのです。だから、現実のやり方として考えれば、「主治医か担当医または病棟師長が」というような形をお願いできたらと思います。

で、3)は[患者または家族の意向が、心肺蘇生の実施、または条件付きの実施である場合は、その内容を、主治医が電子カルテに明記する]とありますが、電子カルテには予想指示欄がありますので、細かいことは「電子カルテの予想指示欄に明記する」という形にさせていただけたらと思います。

四角で包んである5番の下の注)では、[患者が心肺停止しても「心肺蘇生不開始が許容される医学的要件」を満たしていない場合(たとえば予期しない窒息による心肺停止など)には、心肺蘇生を開始する]と書かれているのですけど、一番下のコメント欄にありますように、同じ窒息でも経過時間などの色々な因子が噛んできますので、個々の状況で判断するしかないから、一概に「窒息は全部心肺蘇生をするんだ」となってしまいますと、さすがに拙いのかなというのが内科側の意見です。だから、丸括弧の部分は外していただけたらと思います。

本文に関してはこれぐらいですけど、後の方には患者様にお渡しする説明書が付いていまして、これで最終的に相談させていただくことになるのですが、ここも、先ほどからも出ていますように、[3 DNAR指示を出すために必要な条件]のところで[最善の治療]を「適切な治療」と換えさせていただければと思います。

それから[6 必要な治療やケアは続けます]の[たとえDNAR指示が出されたとしても、生命維持と症状緩和に必要な治療やケアを減らしたり、中止したりすることはありません]のところも、個々の事例にそれぞれの場合がありますから、[生命維持と症状緩和]という文言を外し、その代わりに[治療やケアを]の後に「患者や患者家族の同意なしに」を加えさせていただきたいと思います。

それから最後のページの意向表明書になりますけど、上のチェック欄では[家族や看取ってくれるものが到着するまでは、心肺蘇生を実施してください]というところは選択肢から外させてもらって、そういうご希望があるのでしたら、その下のコメント欄に書いていただくという形でお願いできたらと思っています。また、[心肺蘇生法を実施しないでください]という欄では、条件として「仮に心肺蘇生をしても短期間で死を迎えると推測される場合は」という文言を頭に追加し、[できる限り、心肺蘇生法を実施してください]という選択肢も「仮に心肺蘇生しても短期間で死を迎えると推測される場合でも」というのを頭に追加するという形に変えていただければと思います。それ以外の条件に関しては、その下のコメント欄に記載していただくという形でどうかなというのが、内科側の意見になります。すみませんが、以上のようなところが内科側から出ている意見です。

小原 有り難うございました。お聞きして、大体、現場の医師が運用し易い形でのご提案だと思いましたので、僕自身は大きく問題のある箇所はないかと思いましたが、ちょっと文言のことだけを指摘しますと、P4で新たに追加した箇所の一番上のところで、「~と推測されるされる場合は、患者様の」とありまして、次の赤字も「患者様」とありますが、この文書全体では「患者」という言葉で一貫されていますので、両方の「様」を取った方が良いかなと思います。それから、恐らく議論になるとすれば、患者様の意向表明書ですね。ここで4択の内の3番目のものを削除するというご提案でしたが、ここで確認をしたら良いかなと思います。

ではまず、今、ご説明に対してご質問・ご意見がありましたら、自由に出して下さい。

岩橋 P4の「意向表明書を取らないでもカルテ記入で」という部分については、「消極的医療行為にまで全て同意書が必要になると…」というのが理由みたいですけど、このガイドラインはDNARに関するものなので、消極的医療行為の全部に同意書が要るということまでは予定していないのではないかと思うのです。

垣尾 ただ、ジャンルで分けるとしたら積極的に手術をしていくとかいうのとはちょっと違ってくることになりますし、ガイドラインで決めていただいた複数で相談しながら決めていくという経過自体はそこで担保されているかと思います。現実問題、例えば口頭で色々相談していて「そういう形で」となった場合でも、意向表明書を実際にチェックするという段になると、内科の医師側としては「そこのハードルが上がってしまう可能性があるのではないか」というような意見がいつも出されていました。

小原 はい。今の点はどうですか。

原 今の点だけではないのですよ。現時点の私個人の意見だけで言いますと、この修整案は殆ど反対です。非常にゆるゆるにしてしまうという修正案です。原則は生命の蘇生を図るという方にあって、例外的に蘇生処置をすることがむしろ良くないかなという時に、患者の意向に添ってそれを認めましょうというのがこのガイドラインなんです。個別に言っていくとほぼ全部なんです。

まず、最初の「のみを理由として必要なケアを控えてはならない」の「のみ」をわざわざ入れるというのは、「他のことを理由に付けたら控えて良い」という意味合いだと思うのですけど、他の理由があって控えた方が良い場合もあるというのは、現行でもそういう解釈はできるのですよ。「のみを」とわざわざこれを強調しますと、「他のがちょっとあるから良いのだよ」という方に流れると思います。

P2の「極めて」は良いとしても、P3では、わざわざ「標準の治療」にするという意味がよく分からないですね。[最善の]というのは、客観的に最善という意味では必ずしもなくて、病院としてベストを尽くすという意味合いで使っていると思うので、それを「標準」に換えることによって、「あまり努力をしなくても良い」感が漂うのですね。で、注)の1ヵ月の目安がなかったら、[差し迫った]というものの捉え方が難しいですよね。人によって解釈が凄く違ってきまして、[差し迫った]を逆に数時間というぐらいに短く解釈することも起きてくるし、何年でも差し迫っているという解釈をする人もおるような感じがします。[1ヵ月以上の期間は想定していない]というのが厳格過ぎるということであっても、何らかの具体的な目安を言う必要があると思う。その下の「それだけを根拠として」も先ほどと同じことです。

小原 患者様の意向表明書でも「短期間で」という言葉を新たに挿入されましたが、これが入ると当然、「短期間ってどれぐらいですか」と尋ねられる可能性がありますよね。その時にどう答えるかということも考える必要がありますね。原さん、どうぞ続けて下さい。

原 P3~4のところは原則、カルテ記載だけで意向確認をやっていって、例外的な時だけ意向表明書を書いてもらうという話でしょ。これは実質的には、意向確認のところで意向表明書をなくすという案なんですね。「カルテ記載だけでは不十分」な場合というのも、どういうケースを言っているのか分からないですが、これでは、患者もしくはそれを推測した家族の意向を担保するものがなくなるのですよ。「医療者だけで本人意思を確認しました」と称してDNARオーダーを出すことができちゃいます。「そこまで信頼できないのか」と言うと、信頼できないという方に立つべきだと思います。これはちょっと危なっかしいなと思います。で、文書を書いてもらうのが難しい場合は書面以外の方法もあり得ると思います。例えば動画を撮るとかね。今、動画を撮るのは簡単ですし、記録を何か残せば良いわけです。カルテ記載だけで良いとするという形にしてしまうと、患者・家族側の意向の裏付けができないです。

後は細かいですけど、「担当医または病棟師長」というように「または」としてしまうと、むしろ曖昧になってしまうので、師長を入れる場合は「または、担当医の指示に基づき病棟師長が」としないと、かえってDNAR指示欄へのチェック漏れも起きるような気がします。

小原 現実には病棟師長がチェックを入れているということで宜しいのですか。

垣尾 そういうことになりますけど、実際上は医師の指示に基づいて入れていますので、今の文言が入るのは構わないと思います。

原 「予想指示欄」という表現が若干、分からないのですけど、予想指示欄という言葉はちょっと拙いのではないかと思います。

垣尾 これはそういう箇所がありまして、普通のカルテ記載だけだと、それが書いてある場所を検索することが、時間が経つと不可能になって、1枚ずつ全部を開けていかないと分からなくなってしまいますが、予想指示欄だとワンクリックで開けることができるので、重要な情報はそこに書いて直ぐに見れる欄となっています。

原 そういう様式があるわけですね。分かりました。

それから、[たとえば予期しない窒息による心肺停止など]というのは例えばの話ですから、やっぱり入れておいた方が分かり易いと思いますね。例を入れないとイメージがしにくいです。

後は説明書のところですが、[生命維持と症状緩和に必要な]という件を削ると、意味合いがハッキリしてこなくなるだろうと思います。DNARの指示が出たということでもって、生命維持や症状緩和をやめることに繋がるような誤解を招いてはいけないという意味合いで入れていますから、これを残しておく必要はあるし、「患者や患者家族の同意なしに」というのは、同意すれば生命維持や症状緩和の為の治療をやめるという意味ですか。この場合はそうなるような気がするのですけどね。

垣尾 現実的にはやはり、ご相談しながら徐々に点滴の量を減らしたりとかもされているのですね。だから、そういうようなところは担保したいというようなところですね。

原 今の話は生命維持を縮める話ですか。

垣尾 そこを意図しなくても最終的にはそういうふうな形になってしまうかも知れないですけど。

原 意図しているのですか。意図していないのですか。意図している場合もあるのですか。

垣尾 特別、意図はしていないと思いますが、いわゆる延命処置として単純に引き延ばすような行為は避けたいという意味合いはあるのかも知れません。[生命維持と症状緩和に必要な]という文言は残しても良いと思うのですけど、「患者や患者のご家族の同意なしに」という文言は入れていただける方が良いかなと思います。

原 仮に[生命維持]を残した場合は、患者本人や患者家族が同意すれば、生命維持の為の治療もやめることもありですよということになってしまうので…。

勝村 少なくともここの部分は論理的におかしい。DNARをすることに関する説明と同意とかをしていく中で、治療そのものが影響を受けたり、患者や家族の同意があれば治療やケアを減らしても良いとか、中止しても良いという話をするのは、全く変な話になっちゃう。

原 DNARの運用上で危惧しているのは、治療そのものを消極治療に切り換えますよとか、生命期間が縮んでも構わない方向に切り換えていきますよという、治療方針の選択に転用されると困ると思うのです。これはただ蘇生の話ですから。それまでの終末期の医療の話は別途に考えないといけないのではないかなということです。そこが混ぜこぜになりがちな方向にするのは拙いのではないかということです。

小原 原さん、最後の意向表明書はどうですか。

原 意向表明書も、わざわざ修整する意図が分からない。DNARの説明をした上での話だから、赤字部分をわざわざ入れる必要かなと思うのと、上の段はともかく、下の段にこれを入れると、「できるだけ実施して下さい」という選択肢をチェックしにくくなります。ここはスカッと選び易くしておかないと、心理的に引っ掛かるのですよ。で、「家族到着まで」というのも別にあるかなと思いますけどね。

小原 有り難うございました。今はかなり網羅的にご指摘いただいたのですけど、他の点でご質問やコメントがありましたら言っていただいて、もしなければ、頭から順番に詰めていきたいと思いますが、宜しいですか。では、順番に行きたいと思います。

まず最初、P1の「のみを」のところに関して、原さんから危惧が出されましたが、ここは冒頭の比較的大事なところですので、入れた方が良いか、以前のままが良いのかを確認したいと思います。

勝村 この部分は、他の治療のことを凄く意識されているからこそ「のみ」が入るのでしょうけど、逆に僕らはそこを議論していないし、他のことまでイメージを拡げない方が良いと思うので、敢えてDNARの話の範囲内にガイドラインを作るとしたら、「のみ」はない方が良いと思います。

東 現場では多分、DNARと消極的治療や手控えということがリンクしていて、DNARを宣言する人は当然、医療行為の中でもそういうものを前提としているというのが、全体的な感覚のようで、DNARが独立して別にあるという感じにはなかなかとれないのではないかと思いますね。それで、DNARを厳密にやるのだったら、そういうところもあるんじゃないかということで、こういう形を出したと思うのですが、そこまでの終末期医療の議論をしたわけではなく、単純にDNARという行為についてのガイドラインであるというところを、現場が理解し切れないことの結果かなと思いましたね。だから逆に、これはそこまで言っていないということをハッキリさせたら、現場はそれで割り切れるのではないかと思いますね。

勝村 これはDNARということを説明しようとしているだけで、終末期医療をどうしますかという話ではないですね。終末期医療をトコトン最後までやるか、少しずつ患者の為にも控えていく形を採るかという2択と、DNARをするかしないかの2択は、それぞれの組み合わせがあり得るわけで、別途、終末期にどう控えていくかといったガイドラインがあっても良いわけですけど、それとDNARを絡ませた組み合わせで考えていく話にすると、シンプルではなくなって分かりにくいので、あくまでも心肺蘇生をするのかしないのかということだけの2択の話に限定するべきだと思う。

小原 今の議論では、ここはDNARに限定して、「のみ」のない最初の方が、ガイドラインの意図が明確になるという話なんですけど、垣尾先生、どうですか。

垣尾 東先生が言うたように、確かにいろんなものがリンクしているので、多分、内科ではそこら辺も想定したのだと思いますね。逆に言うたら、実際の医療では手控えとかもあり得ることだろうとは思いますし、僕の意見ということではないので、「のみ」を削っても良いのかどうかは内科の方へ持ち帰らせて下さい。

小原 取りあえず、ここは「のみ」を入れるのではなく、元の方が良いだろうということで、お持ち帰り下さい。

次はP2ですけど、[極めて]を取るというのは異論がないかと思いますので、取りたいと思います。

P3に進めましてまず一番上、[最善]を「標準」とするとニュアンスが変わってしまうのではないかという指摘がありました。ここは微妙な違いですけど、一応、確認したいと思います。どうでしょう。

岩橋 やっぱり「最善を尽くした」という方が納得がいくと思います。「標準」と言われても、標準が分からないところがありますね。

垣尾 「標準」は少し誤解を招くかも知れません。医療関係でない方は、標準というのは中間値的な意味合いで使いますが、医療者側が使う標準は、例えば臨床研究で標準治療というのが出てきまして、ある意味では最善の治療という意味も含みますので、あまり違和感はないのです。ただ、対外的なことまで考えれば、「最適」とか別の言葉の方が良いかも知れません。

勝村 「標準」で凄く気になるのは、産科医療保障制度で原因分析を1000件やっているのですけど、「標準的であるというのは、今やられている日本の医療界のレベルの中間ぐらいだという時に使う」という定義を独自にしているのですね。だから、ど真ん中と思われるのが標準で、上半分を合格点として、下半分を劣っているとか誤っているとか、色々な表現はあるのですけど、上半分が望ましい医療で、下半分を上半分へ上げていきたいという意味で、「標準は将来の底辺になる」という言い方をしているところも確かにあるのですね。ここはそんなに拘るところではないと思うのですけど、[最善]というのが一番上という意味なら、確かにきつく感じるかも知れないので、「標準」と[最善]の間ぐらいを書いてもらった方が良いかも知れない。

原 今おっしゃった「最適」でも良いとは思いますけどね。

小原 この本編は基本的に内部向けなので、内部できちんとした理解がされれば、それで良いと思うのですよ。

東 [最善]の方がハードルが高いというか、医療者同士だと多分「最善って何だ」という議論になって、「これはホンマに最高なんか」と言われると、答えられないですね。だけど、「標準」というのは、いろんなデータから今考えられる一番良い治療法という意味で、医療者は「標準」の方が理解し易いですね。

岩橋 法律家は、色々事件があったりした時に、「どこまでの医療水準をやった」と言う時は、標準治療を目安にするのですね。だけど、内部向けなら良いかも知れないけど、普通の人の目に触れちゃったら、一般の語感として中間的な治療みたいに受け止められる可能性があるので、どういう表現にするのが良いでしょうかね。

小原 これの一番の目的は病院内部で現場のお医者さんが使っていただくものなので、その感覚にある程度合っている方が良いかなという気がしますので、私は「標準」に換えても良いかなと思いますね。

垣尾 ただ、説明書では[最善の]を「適切な」と言い換える提案をしていますので、ここも「適切な」で良いのかなと思いますね。

小原 「適切な」は違和感がないですか。

勝村 「標準」は、今の医療界の平均的で良いだろうという感じがしますけど、「適切な」は違和感がないですね。

小原 では、説明書の方では[最善の]を消して「適切な」になっていますので、文言の一貫性からも「適切な」にしましょうか。原さんはいかがですか。

原 それで結構です。

小原 では、ここは「適切な」に換えたいと思います。次は、[短期間]という言葉に注)が付いていて、特に問題となるのが、1ヵ月という目安を示していたのですが、この注)を取った方が良いのか、目安を示した方が良いのかということを議論したいと思います。

勝村 ちなみに、P2の下から5行目に[一ヶ月]という言葉が残っているのです。あくまでも推測であって、1ヵ月ということを証明しろとは言っていないし、1ヵ月が良いかどうかも分からないけど、良識ある医師達の中で「これぐらいの推測になったらDNARはあり」とする為の目安はあった方が良いと思うし、その良識から外れて自分独自の感覚で「短期間」という言葉を使ってしまうお医者さんが出てこないようにする為のガイドラインだと思うのですね。

垣尾 今僕が思ったのは、注)の[ただ目安として記すならば、1ヵ月以上の期間は想定していない]という表現だと、現場サイドでは「それより短いのは良いけど、延びる可能性がある場合は全部否定されてしまうのかな」とかなりきついイメージを受けるのですが、内科系の悪性疾患以外の病気では1ヵ月予後を客観的に計測したことすらないので、主観的な判断なんですね。だから、ここを客観的にサポートできるものがないので、P2と合わせた表現になるとは思いますが、例えば「1ヵ月以内にお亡くなりになる可能性が高いと推測される」とかいうような表現に変えてもらえるのなら多分、それでOKなのかなと思いますね。癌の予後とかは比較的分かっているのですけど、例えば重度の心不全の方が後どれくらい生きられるかというのは全くデータがないのです。

小原 ということは、注)の前半部分の表現には大きな問題はないですよね。最後の文章が表現としてはきつ過ぎるということと、P2の条件1の最初のところに[一ヶ月]というのが残っているので、ここをちゃんと読んでいれば、短期間の目安は1ヵ月ということがなんとなく分かるのですけど、書いた方が…?

原 注)では、短期間とはどれぐらいの期間かということを論じているわけですから、勿論、厳密なものにはならないけど、人によってイメージするところが全然違ってきたら困るからという意味合いですよね。[1ヵ月以上の期間は想定していない]というのがきついのであれば、逆に「数ヵ月というのは短期間というイメージではない」というようなことにするか。条件1の説明というところでは、別に書かなくても良いのかも知れないね。

勝村 いや、この文章を読み返してみたら、P2の条件1の冒頭の[一ヶ月]と注)の[1ヵ月]は全然違う話なので、注)にも「1ヵ月」ということを書いておく必要がありますね。P2は「要件を満たしているか、1ヵ月以内にその要件になる可能性が高い」ということで、注)は「その要件の中の1ヵ月」ですよね。

小原 注)の最初には[一概に規定することは困難であり]と書いているので、勿論、1ヵ月というのが当て嵌まる癌のようなものもあれば、推測が難しいものもあるというのは、ここで表現されているとして、ここはもっとストレートに、例えば「目安として1ヵ月程度を考えている」というふうな言い方はどうですか。

垣尾 客観性が必要とされないのなら、そういう表現でも良いのかも知れないのですけど、今の医学は科学を要求されるので、その視点で「ここの根拠は何や」となると、1ヵ月で実際に計測していないので、どれだけの人が実際に亡くなるかは分からないのですね。

岩橋 個別にその人が置かれている状況を、お医者さんも他の人と検討した上で判断するので、そこで判断した長さとかその後の状況というのは、あくまでも主観的なものなので、ハッキリとした根拠を出せと言われたとしても、「自分達が医学的な常識をもって判断したのが、それだけの範囲内でした」というふうに説明するしかないですが、当該の人が1ヵ月と思っていてももっと長くなることもあるというのは、他の事例でも同じなので、これ自体によって瑕疵があると問われることはあまりないと思います。それとも、判断に困るのですか。

垣尾 いや、僕らの主観的な判断だけで許してもらえるのなら良いのですけど、昨今の情勢から考えて、法律的な場に出る可能性を、今の医師はかなりびくびくしながらやっているので、そこのところをなんとか担保して欲しいというのが本音なんですね。

勝村 ここは逆に、「短期間」という言葉をどう判断するかは辛どいだろうということで、良識ある医師達に「短期間」という共通認識があるなら、そのイメージを記載することで、「短期間」という主観的判断に大きな振れが出ないようにできたら良いという趣旨の具体的数字だと思うのね。でも、ちょっと柔らかい表現の方が確かに良いと思うので、先生方がDNARの判断を意識するのが1ヵ月で良いのだったら、「1ヵ月」ということをやんわりと入れられたら良いと思う。

原 小原さんがおっしゃった「1ヵ月程度を想定している」というような文で良いような気がします。どっちみちこれは各論の話なので、ここで「エビデンスがどうのこうの」ということをあまり言っても仕方がないと思うのですけど、個別の人が「どれぐらい生きているか」というのは感覚でしかないと思いますので、その手前の[医学的常識に即した判断]というのを、例えば「医学の常識的感覚に即した」というようにしても良いかなと思います。

岩橋 そうですね、「判断」というと確かに何か具体的な材料があるように感じますね。

東 注)の[1ヵ月]に対するコメントで「非悪性疾患において1ヵ月以内の余命であることを証明できる客観的指標がない」と書いているけど、[1ヵ月]というのは心肺蘇生した後の話でしょ。蘇生すれば1ヵ月以上も生きる可能性があれば、逆に心肺蘇生をするんじゃないですか。心肺蘇生しても1ヵ月は持たないだろうなという感じの時はやめても良いけど、心肺蘇生をしたらかなり保つかも知れないという時には心肺蘇生をするという判断にはならないのですか。これは、非悪性疾患だったら蘇生したら結構長く保つ人がいるという意味ですかね。

垣尾 そうですね、適切な医療との絡みもあるとは思うのですけど、どの程度の医療行為までが適切なのかは、個々の事例で変わってくると思うので、例えば、それこそ呼吸は人工呼吸でいけるし、循環は循環補助装置でいけるとかいうような話まで含めてしまうと、1ヵ月という概念が崩れてしまうことになってしまいます。

勝村 この倫理委員会に立岩さんがおられた時ぐらいからの歴史的なことを言うと、心肺蘇生をしたら数ヵ月とかかなり長く生きることが可能ならば、それがどんな状況であってもやるべきだろうというのが議論の背景にあったと思うので、1ヵ月という数字がどうなのかは分からないですけど、そこの議論をちょっと…、

垣尾 3ヵ月あるいは半年の余命が予想されるのなら、その間はずっと人工呼吸器とかで延命措置を続けるというようなご意見があるのは勿論よく分かっているのですけど、実際上、僕らがご家族とお話をしていると、そうは思われない家族も確かに中にはおられるので、その時にどうするかというところで、単純に期間というところで縛りを掛けてしまうと、「もう良いです」と言われた家族でも、僕らの判断では3ヵ月や6ヵ月は保つよという患者さんを全部、心肺蘇生に回ってしまう可能性があるのかなというのが、内科の意見ではあるのですね。だから、患者さん本人の自己決定権であるとか、ご家族のご意向とか、そこら辺も含めて最終的には決まっていく方が一番良いのかなと内科では思っているので、そこで期間というのが前面に出てしまうと、特に悪性疾患と違う場合は予後が誰も分からないという状況下なので、上手くいかない場合もあるのかなというのが一番の懸念ではあるのですよね。

原 いや、この注)の部分は蘇生してからの見通しだから、そんなんはもっと分からないでしょ。

垣尾 分からないのです。分からないから、この文言通りでやると、多分、殆どの人が心肺蘇生することになるのかなと思うので…。

小原 ということは、1ヵ月という具体的な数字を出さない方が良いということですか。

垣尾 先ほど言われた「1ヵ月以内ぐらいの期間を想定している」というぐらいだと、まだ今の表現よりは柔らかいので、内科に持ち帰ってディスカッションさせていただく材料になるかなと思うのですけど、ちょっと幅を持たせていただけたらということです。

小原 分かりました。ここは取りあえず「1ヵ月以内の期間を想定している」ぐらいで持ち帰っていただけますか。では次に行きます。「それだけを根拠として」という文章が挿入されましたが、ここは問題がありますか。

原 「それだけ」を入れると、先ほどの「のみ」と一緒で、誤解を生む話だと思いますけどね。

小原 揃えるという意味では、ここは元に戻すということで…、

原 ただ、「通常医療の手控えを絶対にしてはいけない」という誤解を招くなら、「それを理由に通常医療の手控えを行うわけではない」という表現でも良いと思います。「根拠」でも良いけど、「だけ」はちょっと拙いですね。

小原 では、先ほどと統一させる必要がありますので「だけ」を取って、「それを」というふうにしたいと思います。次はP3からP4に掛けての件ですが、元の改訂版では意向表明書を記入していただくことに重きがあったのですが、今回のご提案ではカルテへの記載の方が主になっているような感じがしますが、カルテにも記すし意向表明書も記すという、両方ともできれば一番良いのではないかなと思うのです。やはり、「カルテに書いたから意向表明書はもう不要です」というふうに捉えられるとちょっと具合が悪いかなという気はしますね。

岩橋 これだと原則が全く逆転してしまっていますね。元々、意向表明書をきちっといただいて、本人の意向が明確にあるんだということを前提にして、特定の医療行為をしないということを出発点にしているので、これだと、元々の前提として検討したことが無意味になってしまうというか…、

小原 カルテに記載していただくのは恐らく問題がないと思うので、これの元々の意味に合わせて、ご提案の文章を生かすとすれば、「カルテに確認内容を記載し、患者には意向表明書を記入していただく」という形で、両方を記すのが確実だと思いますね。ですから、カルテに書いたから意向表明書はオプショナルなものというのでは、本末転倒かなという気はします。

垣尾 僕個人としては、意向表明書を書いていただくことはむしろ良いことかなと思うのですけど、内科全体の意見をお伝えしているということになりますので、持って帰って、また皆と相談してみます。

小原 ということは、P3からP4に掛けての部分とP4の中ほどの赤字の部分は関連しますので同様ですが、カルテに書いていただいても結構ですので、それと同時に意向表明書も大事だといいうニュアンスで書いていただいた方が良いと思います。次は原さんからご指摘があったように、病棟師長が加わることで責任が曖昧になっては困るので、「主治医か担当医または主治医から指示を受けた病棟師長が」ということで、現状は宜しいですか。

垣尾 「主治医か担当医または主治医・担当医の指示に基づいて病棟師長が」ということなら良いと思います。

小原 では、そのようにしていただいた方が確実にチェックされると思います。そして予想指示欄のところは、これで良いと思います。次は括弧のところの削除ですが、原さんのご指摘では具体例があった方が分かり易くて良いのではということでした。[予期しない窒息による心肺停止など]としてあったのですけど、ご提案では、これには色々あるので、1つぐらい挙げても仕方ないみたいな感じですかね。

垣尾 大体、窒息で亡くなる方の確率は多く、直後に見つかっていれば当然、心肺蘇生をすれば救命できる可能性はありますが、予期しない窒息の全部をここに含めてしまうと、時間が経ってから見つかった時にも心肺蘇生をすることになり、果たして患者さん自身に良いことをしているのかどうかということで、現場サイドでは議論になっているのですが、そこの判断がなかなか難しくて、言葉で表せないとこかと思うのです。

小原 具体的にこのような書き方をすると、実情に合わなくなるということですか。

原 これがないと抽象的でイメージしにくいと思うのですけど、予期しない窒息ってそんなにありますか。

垣尾 例えば、食べたものを何時間後に戻されてそれを詰めることもあるでしょうし、普段から痰が多めの方だとそれが詰まってしまうことがありますが、直後に見つけれるようなら良いのでしょうけど、当然、観察の間隔がある程度、特に夜間帯は空いてきますので、その時に[単純に予期しない窒息]という括りにしてしまうと、ある程度の時間が経ってもう戻らない可能性が高そうな人まで、そういう処置をしてしまうことになってしまうかなと思いますからね。

原 何時間か経って見つかるということはレアではないのですか。そんなにしょっちゅうありますか。

垣尾 いや、レアではなくて、残念なんですけどあるのです。

川島 元気な方は特に、ずうっと監視しているわけではありませんし、たまたまタイミングが合わなければ、夜中に嘔吐されたやつで窒息されたのを、何時間も経って見つかるという可能性もあるのですけど。

原 どれぐらいの頻度で巡視されるのですか。

平田 夜中は2時間ぐらいですね。

垣尾 例えば、詰めてから心肺停止になってもし1時間後に発見したとして、その時点から蘇生処置をしても、少なくとも脳はまず戻らないと思いますし、そういう状況が意外と多いのですね。

勝村 そういうものと整理する為に、この文言があると思うのですよ。このガイドラインは、そういうものを含んでいない。やっぱり、病状が進行していてという感じなので、急性期的な突然の心肺停止の場合は取りあえず蘇生を試みるべきで、DNARの指示があるからといって、必ずやらないということではないということです。難しいのでしょうけど、だんだんと死が近づいてきている人のガイドラインであって、急に心肺停止した人には適用しないでねという趣旨を書いた方が良いのかなと思っているのですけど、今の話を聞いていたら、まさに突然死なので、そこの問題だと思いますね。

小原 これが難しいのは、予期しない窒息による心肺停止が発見されて直ぐだったら、蘇生を開始するのは勿論意味があるけど、今言われたように、1時間が経って見つかった場合には…、

勝村 それだったら、要件にそれを書かなくてはいけないけど、僕らは要件にそれを書いていないですよね。

小原 だから、このことを例として入れるのは微妙なんです。

勝村 いや、これを要件に入れていないから、これは要件に入っていませんよということを確かめることになるわけで、例として入れることは良いと思います。

垣尾 例えばここにもう少し付け足していただいて、「予期しない窒息による心肺停止などで、心肺停止して短時間が推定される」とか、そういう文言があれば良いのかなとは思うのですけどね。

勝村 2つの要件を最初に書いているわけですけど、この要件に入っていない代表的な例を具体的に書くことで、勘違いしないねということだから、今おっしゃったような形のものを書いておくべきだと思う。

冨田 ここは単純に[予期しない]を取って「急な窒息による心肺停止」に…。そういうことではないわけですか。

原 だから敢えて言えば、「予期しない窒息による心肺停止で、蘇生の可能性がある場合」ですね。

垣尾 そうですね。そういうような表現が入っていれば多分OKだと思うのですけど。

小原 そうですね、そのままでは曖昧ですが、それを入れると例えを入れている意味が出てきますので、そうしましょう。

川島 蘇生の可能性のある場合というのは、そもそもDNARの適応ではないですよね。

小原 そうですよ。だから心肺蘇生を開始するのですが、文言としてはこれで意味が通ると思います。

川島 蘇生の可能性があるかどうかの判断は医者がしないといけないので、この文言があっても結局、「良いんじゃないか」っていう可能性も…、

勝村 まさに「予期せぬ」ということだったら、蘇生の可能性があるかないかより、まず蘇生をやってみようとして欲しいという趣旨だと思うのですよね。

川島 でも、冷たくなっているとか固くなっているとか、そういう徴候が出ている場合は仕方がない。

岩橋 意向表明書はいつ取るのでしたっけ。要はそういう問題もあると思うのですよ。入院時だとすると、そんなに死期が迫っていないの時に「心肺蘇生をしなくても良いですよ」と書いて、急に窒息みたいなことが起こった時は、この要件を満たしていないわけだから、蘇生をやりましょうという前提なんですよね。だから、そこをハッキリさせましょうということなので…、

勝村 予期していないことだったら、「事故から何時間も経っていれば、心肺蘇生は無理ですよ」と言うのではなく、DNAR指示があっても、無理かも知れへんけど取りあえずやって下さいということです。

岩橋 そういうふうにしないと、後で「あんなに元気だったのに…。単に窒息して、助からないという判断はどこでしたのですか」と問題になりそうです。

垣尾 勿論、そういう危惧があるのは現場の医師もよく分かっていまして、本当に元気な人は全て当然やるのですけど、これはそもそもDNAR指示が出るくらいの患者さんの層ということになりまして、有効な指示が出ている患者さんが例えば時間の経った窒息状態で、医学的に考えてやっても本当に戻らないだろうなという判断があっても、当直時間帯だと主治医ではないので状況が分からずにやってしまうこともあるのですけど、逆にこういう時にトラブルとなってしまうことがあるのです。「なんで人工呼吸を繋いだんや」とか言われることもありまして、「抜いてくれ」とも言われますが、抜くことは今の法律上ではし辛いので、一旦、呼吸器を繋いでしまったら自分の呼吸が確実に出てくるまでは抜けないという形で対応せざるを得ないので、両方のトラブルがあり得ると思うのです。その両方を担保する為には、本当に主観的な判断になっちゃうのですけど、その場での判断がある程度許容される条件にしてもらえたらなと思うので、先ほど言われた「蘇生できる可能性があるかどうか」というような文言があると、現場サイドでは有り難いなと思うのですね。

原 そうだったら、むしろ括弧の中ではなくて、[心肺蘇生を開始する]の前に「蘇生の可能性がある限り」という文言を入れるか…。

垣尾 そうですね。どこの場所でもそういう文言が入っていれば担保ができるのかなと思います。

勝村 前提として、全く元気な時にやっても良い話ではないですか。だから僕ならば、死にかかってからでは言えないから、多分大丈夫でも一応DNARを予め希望するのですけど、あまりそういうことはないのですか。どの段階でDNARを言うのかですね。

垣尾 僕が「DNARを希望」と言ったって多分、何も認められないと思うので、一応、DNARが有効な場合というのは、予後が1ヵ月前後と予想されるような、寿命がそこそこ近いような方用の指示ですよね。

勝村 いや、そういう方にしか聞かないのですか。そういう状況になって初めて聞くのでしたっけ。例えば、癌で比較的長期入院になるかなと思った時に、死後が迫っているという感じではないけど、一応「DNARが許容されるような条件になった時はどうされますか」と聞くということはないのですか。

垣尾 現実には聞いていますけど、このDNARのガイドラインには当て嵌まらないと思うのですね。

川島 癌で入院される場合は、一応、聞くことがありますね。

勝村 僕がそれで入院した場合、僕は「もしそういうことになった場合はDNARで良いですよ」と言うつもりなんですけど、「ただし、先生方にとって予期せぬ心肺停止が起きたら、その時はいっぺん蘇生をやってみて」と思っているのです。そういうことをここに書き込んでおこうと思っているわけで…、

垣尾 それは大丈夫だと思いますよ。まだまだ先の可能性がある方に関しては、今回の範ちゅうには入ってないだろうというのが、現場の認識なので…。

岩橋 ただ、1ヵ月か3ヵ月の間の2ヵ月ぐらいかというような微妙な時に、窒息するようなことが起こったという場合は、DNAR指示が出ていたら蘇生処置をしないということになりますか。

川島 回復する可能性がある段階ですから、DNARオーダーが出ていてもするとは思います。

垣尾 やっぱりその場の医師の判断で、急な判断にはなるとは思うのですけど、そこは…、

勝村 そのことを担保する為の文面ですよね。

原 ちょっと内容を確認しておいた方が良いと思いますけど、DNAR指示が出ていて、病状の進行ではないことが起きたとして、蘇生して人工呼吸器を繋ぐことになっても、それはそれでやるのが正解ですよね。呼吸器を繋ぐということは蘇生しているのだから…。先っきの話は、もう冷たくなっているとか、体が壊れているとか、そんなものまではしなくても良いと思いますけど、鼓動が戻るという話ならやって下さいよというのが、このガイドラインの考え方なんですね。そこまでやらなくても良いようにしちゃうと、これはまた違うでしょ。

小原 注)に明記されているのはそういうことで、病状で予想される結果ではなくて、突如起きた場合には、心肺蘇生をしますよということなんですけども、括弧のところの文言を巡って、心肺停止で蘇生の可能性がない場合もあれば、可能性がある場合もあるということなので、「蘇生の可能性がある場合は心肺蘇生を開始する」というように、文をより明確にすれば良いと思いますね。だから、蘇生を開始するというとことではきちっと表現されていると思います。ただ、例の受け止め方に少し幅があったので、「蘇生の可能性」という文言をどこかに追加すれば良いと思います。

広瀬 蘇生できたとしても、人工呼吸器に繋ぐということは、患者さん個人の許可がないとできないですよね。

小原 ここにはそこまで書いていないというか、人工呼吸器に繋ぐ繋がないというのは、場合によってはDNARの守備範囲ではないのかも知れませんけど。

広瀬 「蘇生をしない場合は繋がないけど、した場合は繋ぐ」といことでしたが、そこまでやるのですかね。

小原 この文言だとやるということです。時間の関係もありますので…。ここは、今言ったようなニュアンスの言葉を挿入していただいて、もう一回、ご検討いただきたいと思います。

では次に、DNARに関する説明書をご覧下さい。先ほどの「適切な」というのはこれで宜しいかと思います。それから6番のところはご指摘がありましたけど、「患者や患者家族の同意なしに」というところはむしろ不要ではないかということで、元々あった[生命維持と症状緩和に]という言葉は残しておいた方が良いということでした。この赤字の挿入は不要なのか必要なのかということをご議論いただきたいと思います。

垣尾 ちょっと提案があるのですけど…。P3で「それを根拠として」という文言を挿入しましたが、同じ表現をここに入れ、「それを根拠として~減らしたり、中止したりすることはありません」とするのはどうですか。勿論[生命維持と症状緩和に]というのを残した上で、この表現を入れると、P3と整合性があるのかなと思います。

小原 ということは[DNAR指示が出されたとしても]の後に入れて、赤字の挿入は削除するということですね。それは良いと思います。それで持ち帰っていただけますか。

では最後の患者様の意向表明書のところをご覧下さい。まず、2番目及び4番目のチェック項目に赤字の挿入があります。これは説明として丁寧に説明している部分もあれば、意味が曖昧になったり、チェックを付けるのをためらわせるような心理的な効果もあるかも知れないので、少し検討したいのですが。

岩橋 その上の[現在の病気の進行の結果]というのは、削除するという提案なんですね。これこそ、先っきの件と関係するのですけど、病気の進行により無意味だろうということで、DNARについての本人の意向を確認してもらってから、そういう医療行為はしませんよという趣旨なので、これを外しちゃうと、それこそ先っきみたいに、急になった場合でもという話になってしまうので、意向表明書の意味が全く変わってくるのです。

小原 確かに、急な場合も「いや、書いているやろう」という感じに持っていかれるといった誤読される場合もありますね。病気の進行の結果なのか、突然の心肺停止なのかという2つがありますので、意向表明書ではやっぱり[病気の進行の結果]というのは、やっぱりあった方が安心感があるかなと思います。それでは、これを残す方向でご検討下さい。

ではその次なんですけども、「仮に心肺蘇生をしても短期間で死を迎えると推測される場合」という同じ説明が2番目と4番目のチェック項目に挿入されていますが、これはどうでしょうか。患者が読んだ時にあった方が良いのかどうかという視点で考えていただきたいと思うのです。

岩橋 多分、上を削ったが為にこれを入れなくちゃいけないようになったのではないかなという気がするのですね。上を残す以上は、これがなくても良いのではないかと思います。

小原 確かに、それはおっしゃる通りです。今のような理解で良いですか。

垣尾 そのような意味合いで入ったことにはなるのですが、なぜ[現在の病気の進行の結果]というのを内科側が外したのかというのは、例えば90~100歳でかなり老衰の状況が進んだ患者さんの時に、実際に目の前で顕在化している病気だけが最終的な急変になるとは限らないので、例えばDNAR指示の時には分かっていない病気になった場合、勿論、急変でも蘇生ができる場合は心肺蘇生をするのですけど、心臓が止まって1時間も経っていたというような時はどうするのかという議論になりまして、[病気の進行の結果]という広い括りでやってしまって良いのかということになったのですね。

川島 元々、複数疾患で入院されていますから、「病状」にしますか。

勝村 ここは「病状」の方が良いですね。要件は「病状」だから、要件に合わす必要があります。

垣尾 そうですね、「病状」で良いですか。

小原 では「病状」にしましょう。元の文言を「病状」に換えて残していただければ、その後に[陥った場合は]とあるので、その後に更に「場合は」と重ねるのはちょっとくどい感じがしますから、ここは削除という形でお持ち帰り下さい。最後に3番目、これを削除すると提案されたのですけど、ここを残した方が良いか、消した方が良いか、どうでしょう。消しても問題はないかも知れません。ここも作った時にかなり時間を掛けて議論したと思うのですが、「医学的に意味がなかったとしても患者のご家族の為に、本当に儀礼的な心肺蘇生をせざるを得ない場合もあるんだ」という説明もあったかと思います。そういうことを選択肢として明示した方が良いのか、あるいはこれを省いて、必要があればコメント欄に記入していただく方法で対応した方が良いのか、どうでしょう。つまり、医学的に見ると明らかに回復の可能性がなくてもやるということのオプションを、積極的に残すべきかどうかということですね。

広瀬 「家族が来るまでやって下さい」とかいうのは、患者さんや家族の個人的な思いだから、下のメモ欄に書いたら良いのではないかなと思うので、上のチェック欄には要らないのではないかと思うのですけど。

小原 要らないですか。原さんはどうですか。

原 人間の想像力には限界があるので、選択肢に記されていないことを選んだり、付け加えて自分で書くというのは難しいので、合理性はないのですけど、残しておいた方が良いのと違うかなと思います。

垣尾 議論になったのは、心肺蘇生を儀礼的にされることは実際にやっていることではあるのですけど、気管内挿管とか全部やることが医学的な心肺蘇生ということになっちゃうので、全部を一括りにしてしまって良いのかということなんですね。例えば「到着までは心臓マッサージだけはやって下さい」とか、「強心剤の点滴だけは使って下さい」といった意思表示のバリエーションを入れるのであれば、むしろコメント欄に記載した方が良いのかなと思います。これを選択する方というのは、取りあえず着くまではなんとか保たして欲しいという思いの方が多いのですが、全部を一旦やってしまったら、なかなかやめることはできないので、思いからずれた形になってしまう可能性があるので、例えば「マッサージとマスク換気だけは続けて下さい」というようなコメントを書くか、そういう選択肢を別に幾つも作ればそれで良いのかも知れないのですけど、そのような意見が出ていました。

小原 ここでは[心肺蘇生]で一括りにしているのですけど、これを細分化して心臓マッサージとか人工呼吸とかいうオプションを記載して、それに丸を付けてもらうみたいにすれば良いということですね。

垣尾 それでも良いと思いますよね。

小原 もし、そのようにするならば、どれぐらいの例示をここに挙げることができますか。

垣尾 例えば心臓マッサージ、強心剤の投与、酸素マスクとかそのくらいのところが、現実に出てきている要望かなと思います。

小原 ということは、この項目を残して、[心肺蘇生]と書いているところに括弧を付けて、具体的に丸で選択してもらうようにした方が良いのではないですか。人工呼吸まではして欲しくはないけど、心臓マッサージは最低限して下さいということを願うご家族もいると思うのですね。そういう形でここの部分を作り直していただいて、ご検討下さい。

勝村 その括弧の中の意味とかを、説明して理解してもらうのは、お医者さん側から「こういうニーズが一番多いから、選択肢として入れておく」という趣旨であって、患者本人や家族からすると「人口呼吸器まではしないけど、まだ生きている時に間に合ったという形を採って欲しい」という趣旨なので、その要望に応じたお医者さんがベストだと考えることをしてもらったら良いわけなので、その中身の個々の方法まで選択するという話ではないような気がします。

垣尾 多分、今おられる方はそういうふうに思っておられると思うのですけど、医療現場としては、この2番目の項目は殆ど3番目と同義語みたいになってしまうような感じなんですね。

原 これの始まりは多分、医療サイドから「こういうのがあった方が良い」という話でしたけど、意向表明書のベースは本人ですけど、家族が書く場合もあるので、家族の心情で選ぶというのもありかなという気はします。

勝村 現実に「大事な人がいるので、その人が来るまで頑張って下さい」と頼む時に、強心剤とマスクとマッサージの3つの内どれか1つをやめた方が良いということはあるのですか。この3つはセットじゃないのですか。

垣尾 ではなくて多分、途中でやめて法律的に一番問題になるのは気管内挿管人工呼吸だと思います。それ以外は今の日本の法律上、そこまで問題になることはないと思います。

勝村 いや、意向表明書を必要以上に専門的にする必要はないと思うので、「気管内挿管はせずに、家族が来るまではできるだけ生かせて下さい」という要望を受けて頑張ってくれはるとして、その3つは基本的にするのでしたら、この3つから選ぶのではなく、この3つをセットにした方が分かり易いのではないですか。

垣尾 なるほど、それはそれでも良いかなとは思います。

冨田 日本人の生死観から言ったら、心臓が動いているというのが生きているということですから、心臓に良いことというのをパッと言えれば良いですね。

小原 説明書の[1 新派蘇生法について]の[手技]のところには書いているので、恐らく説明の中では「こういうことをします」というのは伝えられるとは思いますが、それを具体的かつ簡潔に書いた方が良いですね。

勝村 だから、「心肺蘇生を実施して下さい」と言うと気管内挿管まで入るということだったら、表現を変えた方が良いと思うけど、意向のニュアンスをきちんと伝えれば良いだけで、マスク・強心剤・マッサージの3つを並べてどれかに丸を付けるのは、余計な説明と余計な理解が要るだけなので、やめた方が良いと思うのですよ。

小原 ということは、改めて説明を書けば良いのですね。

垣尾 多分、人工呼吸以外のということですね。

小原 じゃぁ、「人工呼吸以外ものはちゃんとやってもらう」ということで良いですかね。そのように文章を修正して、残していただければと思います。

原 ちょっと良いですか。ちょっと遡りますが、本編のP2の[一ヶ月]ですけども、これは生命予後が1ヵ月というふうな誤解が生じる可能性がありますし、P3の一番上にまた[1ヵ月]という話が出てくるのでちょっと混乱し易いですから、補足は書いても良いかなと思います。ただ、ここに死が差し迫った状態の説明はないので、その注釈として入れるという方法もあるとは思いますね。差し迫ったということを定義していないので、どうするのかはよく分からないのですけど。

小原 その辺りも再度確認していただいて、必要であれば再提案をお願いします。では、これで一応一通り見ましたので、今の提案で持ち帰っていただきまして、再度、次回に議論の結果をお伝えいただければと思いますので、宜しくお願いします。これで議事(2)を終了させていただきます。どうも有り難うございました。

では、次は議事(3)の[宗教的理由による輸血拒否に関するガイドラインの改定について]ということで、資料Cに基づきまして、川島先生の方からご説明をお願いいたします。

 

議事(3)「宗教的理由による輸血拒否に関するガイドラインの改定について」

川島 前回、協会の人も交えて意見交換をさせていただいたのですけど、免責証明書がなくなるということで、その文言が入っていたガイドラインの、その部分を削除させていただいたということと、免責証明書に代わる何らかの取り交わしが病院にとって必要なのではないかということで、資料Cの最後に「輸血拒否者の無輸血説明同意書」というのを作らせてもらいました。くどい表現ですが、こういう文書が存在しないので、どういう表現が良いのか意見を下さい。

内容は「輸血の必要性」「輸血しない場合の不利益」「輸血する場合の不利益」という3本立てになっています。「輸血の必要性」に関しては、急性の場合と、慢性の病気で輸血をしないと生命の危機に繋がる場合に分けています。「輸血しない場合の不利益」は大きく分けるとこういうことになるということで、細かいことが必要であれば、項目を挙げさせてもらえたらと思います。「輸血の場合の不利益」は、通常の輸血同意書にある項目の①と②に、③の「宗教的な信条に反する行為」を付け加えさせていただきました。

小原 ①と②は普通に輸血する場合の同意書の文言と一緒ということですね。ご説明は以上ということで宜しいですか。では、2つに分けて確認したいのですけども、ガイドラインの修整に関しましてはかなり形式的で、免責証明書がなくなったのでその文言を全体から削除したということですので、ご確認いただければと思いますが、これで結構ではないかと思います。ここはご確認いただいたということで宜しいですか。

では次に、新たに書き起こされた同意書について、タイトルも含めてご検討いただければと思いますけど、「輸血拒否者の無輸血説明同意書」に関してご議論いただきたいと思います。まず、タイトルはどうですか。少々くどくても、きちんと意味が通れば良いと思うのですが、よりシンプルで分かり易い表現があれば、それにしても良いかなと思います。

原 普通は単に「輸血説明同意書」なんですか。

川島 はい。いろんな輸血のパターンがありますけど。

小原 冒頭の「輸血拒否者の」という言葉は要りますか。この同意書に同意した人が「輸血拒否者」ということですので、「無輸血説明同意書」としても良いかなという気がするのですが、原さん、言葉の解釈としてどうですか。

原 「説明同意書」というのがどうしても必要だとすれば、単に「無輸血」だけでも良いと思いますね。ちょっと複雑な構造のものは読み辛いので…。

小原 全体を見ると特に「輸血拒否者の」というのを付け加える必要はないと思いますので、ここは削除ということにしたいと思います。続いて、内容について関してはどうでしょう。必要性、しない場合・した場合の不利益が記され、最後に「分かりました」と「分かりませんでした」のチェック項目があります。

勝村 2.と3.のそれぞれの③は要らないのではないかと思います。2.では、「①ショック、心不全」「②心停止」なんかで死んじゃうことがあるということに関しては、エイズだって何かがあって死んじゃうのでしょ。①と②の説明をしたら十分だと思う。3.の宗教的なことに関する不利益については、そう思っている人に対して、お医者さんはあくまでも医学的な不利益について説明するというスタンスであった方が良いのではないかと思う。

小原 個々で確認したいのですけど、2.の「③死亡」というのは入れておいた方が良いもんですか。

川島 どうでしょう。心停止しても輸血をしたら亡くならない…。

東 亡くなるということが一番の問題で、絶対ではないですか。

小原 「ここまでは覚悟しておいて下さいよ」ということですね。

勝村 エイズでも死んでいるのに、2.だけに「死亡」があって、3.には「死亡」がない。①や②に「心停止の場合に死亡するかも知れない」という説明を書くのは良いと思うのだけど、単独で「死亡」というのが②にあって③にはないというのは、なんかこう…、

川島 輸血をしないと酸素が不足して心臓の機能が停止しますよということと、脳死やいろんな臓器の臓器不全も入るかも知れませんけど…。

勝村 そういう書き方をしているのだったらまだ分かるのですけど、「輸血しなかったら死ぬことはあるけど、輸血した場合は死ぬことがない」というふうな表現にも見えてしまう。

原 輸血しない場合の不利益というのを、個条書きで書く必要があるのですかね。

川島 必要はないですけど。

原 「ショック、心不全」という話と「心停止」というのは、繋がっていない別の話ですか。

川島 いろんな病態を考えると、別の意味もあるのかなと思ってはいますけど、そういう重たいことを拒否される方が考えるかどうかは別として…。

小原 この同意書と向き合う人にとって、ここはあまり細かい説明は恐らく不要だと思うのですね。①②③と分けるから、「死亡」が突出して見えるので、むしろ①②③を取って並べた方が良いのではないですか。すると、ショックであれ、心不全であれ、心停止であれ、結果として死亡に繋がるというふうに、自然に読めますので…。

原 それか、簡単で良いので文章の方が良いかなと思いますけど。「血液が足りなくなってどうにかなる」とか、「その後に心停止になる」とか、「亡くなる」とか…、

小原 説明を加えた方が良いということですか。

原 どうですかねぇ。ややこしいですか。

冨田 しかし、これは影響の与えられ方のグレードで3つに分けたのですよね。ですから、全部を並べるというのもちょっと伝わりにくいですね。例えば①だけだったら、輸血しなくても戻る可能性は十分にありますが、②ぐらいになるとちょっと危ないなということですね。

小原 グレード別という意味に取れば、分けていることに意味がありますね。

東 エイズの死亡とはニュアンスが違うね。急性の死亡だから、輸血による病気で死亡するという話とはちょっと同じレベルでは考えられない。

勝村 だから、もっと丁寧にそういうことが分かるような表現で書いてもらうのは良いことだと思うけど、この書き方は「死んでも知らんよ」「輸血したら死なへんよ」みたいな冷たい感じに見えますよね。お医者さんが「エイズや肝炎とは死に方が違う」と言う不安感みたいなことは表現してもらって良いと思うけど。

小原 今は単語だけが並んでいて、とりわけ③が突出しているので、簡単でも説明があった方が良いですね。

川島 よくある例みたいな感じで簡単な説明を加えた文章にしますか。

小原 そうですね、そうするとだいぶ印象も変わってくるかなという気がしますね。

原 「場合によっては死亡に至ることもあります」とかいうことで終われば良いと思います。

小原 勿論、項目に分けていただいても良いのですけど、一続きの文章になるのであれば、項目分けする必要もないでしょうし、その辺りを工夫していただけますかね。お願いします。

川島 この同意書を取るのは、ほぼ亡くならない方なので、一応、輸血をしない場合の不利益を医学的立場で理解しておいて欲しいなという、説明同意書にならないといけないかなとは思いますので、そういう視点でもうちょっと分かり易く2.をふくらませますか。

小原 3行から4行以内ぐらいの本当に簡潔な文で良いと思うのですよ。文章にしていただくだけで、読み手の印象はだいぶ変わりますので…。

川島 ですから、しなければ死ぬとかいうことは殆ど考えているわけではなく、本来は「輸血をしておけば心臓にそんなに負担が掛からないのに」「傷の治りも早いのに」「入院期間は短く済むのに」「手術の後も楽なのに」といって色々な意味合いが込められているわけですけど。

勝村 そういうことを書いてもらうのは良いですね。これは免責証明書の代わりでもあるだろうけど、インフォームドコンセントの代わりにもなるわけだから、インフォームドコンセントと考えれば、宗教的な信条で拒否する人にも「医学的にはこう思いますよ」というスタンスを取るべきだと思うのですね。

川島 「3.輸血する場合の不利益」の「③宗教的信条に反する行為」というのは、入れない方が良いですか。

小原 これは言わずもがなというか、そのことを踏まえている人がこの同意書を書くわけなので、少なくとも病院側から言っていただく必要はないような気がしますから、ここは①②だけで良いのではないかと思います。③がなくても、少なくとも書く人には何の問題もないと思います。

次に、最後のチェック項目が「分かりました」と「よく分かりませんでした。再度、説明を求めます」とになっているのですが、これはどうでしょうか。同意書で「よく分かりませんでした」というのはあまり聞かないのですが。

川島 「その時は分かっていたつもりだけど、読み返してみたらやっぱり分からないし、もう一回、説明して下さい」って、チェックされる方が稀におられるので、選択肢として必要なのかなと思って入れたのですけど。

小原 一般的にはこの項目があった方が親切な感じがするのですけど、恐らくこの同意書に署名していただく方は、かなりいろんなことが十分に分かってされるので、「よく分かりませんでした」というのは通常、必要ないのではないかと思いますね。

岩橋 分からなかったらサインしませんからね。

川島 サインせずに、ここだけチェックされて持って来られるのですけど。

岩橋 説明を十分にする為の担保として入れておくのだったら、意味があるのかも知れませんけど。

原 あったらダメということもないとは思いますけどね。

川島 滅多にチェックされる方はいませんけど。

小原 この同意書にここは不要かなと思いますね。

川島 ということは、選択肢は1つで良いということですね。

小原 1つだけにして、最後にチェックだけできるように…。

原 それだったら、「分かりました」のところにちょっとラインを入れるとか、行を開けるかして、上が説明で、下が同意書みたいに、分けた方が良いですね。別に紙を切らなくて良いのですけど。

小原 そうですね。全体を通して他はどうでしょうか。

川原 一番上の方で「病院長」となっていますが、様式としての慣例で通常の同意書は、「説明医師」と、同席が求められる場合は「同席者」の名前が入り、今、ラインを入れると言われた部分の上ぐらいに、例えば「これに同意しなくても治療上の不利益を被ることはありません」と、治療方法の選択とかの場合は書くようにしています。輸血に関しては別の内容になりますが、そこは入れた方が良いのではと思います。

小原 そうですね、「~捺印をお願いします」の前ですね。後ですか。

川原 後です。

小原 はい。今、言っていただいた文言を含む他の例を参考にしていただいて、入れていただいた方が安心かも知れませんね。

川原 病院としても無輸血を頑張ってしますよということなので、「病院長」というのも「ああそうかな」と思いますが、説明した医師の名前は必ず要ります。

小原 これは切り離すものではないのですけど、同意書の場合、今は「病院長」と書かれている右上の方に、説明した医師の名前が入っているということですか。

川島 普通は説明した医師の名前は入っていますね。

小原 「病院長」の方が良いですか。説明した人の名前が記録として残っている方が良いのではないですか。

川島 ただ、ガイドラインに「主治医が治療方針に耐えられない場合、拒否する権限がある」と書いてありますが、病院の責任でガイドラインを出していますので、そういう時に科長とか副院長とか責任ある者が治療を担当せざるを得ないという事態が生まれる可能性がありますね。

原 だから、これを説明した人の名前を書けば良いのであって、タイトルは「院長」ではなくて「~中央病院」だけで良いのではないですか。で、上ではなく、「説明いたしました」の後に医師の名前と署名があって、ラインが入ってから、同意欄になるみたいな形式が宜しいのではないですか。

小原 そうですね、その辺りの書式については他のものに準拠していただくとして、いずれにしても説明していただいた方の名前が入った方が良いと思います。

川島 いずれにしても治療担当者ですね。本来は主治医だった者が拒否権で主治医を離れる可能性があるので、最終的に治療を担当する医者の方が良いですね。

小原 では、そういうことにいたしましょう。

冨田 一番下に「受領者」というのがありますけど、受領者とはどういう…?

川島 これは当院の説明同意書の全てに書かれているのですけど、受け取ったスタッフですね。

平田 違います。患者さん本人か代理人さんの名前です。

岩橋 こういうものを出したということで、その複本を受け取るわけでしょ。

川原 様式的には受領者をなくすということで、今はないのです。

東 昔はありましたね。でも今はやめちゃった。だから、現在の同意書の様式にもう一回、直さなあかん。

冨田 これも消すのですね。

東 1つだけ細かい話ですが、輸血の括弧の中身に入らないような例えば血液製剤とか、細かいことで患者さんによって違うというのが確かにある。

川島 この括弧は元々の免責証明書の文言なんです。これしか書いていないのですけど、受け入れるものに無血性増量剤という表現で書いてあります。

東 それは血液製剤も含むのですか。血液製剤的なものもダメだと言う人も中にはあるし、自己血も一旦出たやつはダメだけど術中の回収自己血は良いとか、ややこしいのですね。ただ、そこまで言いだすとややこしくなるので、そういうのも入れれるように、もう少し曖昧に「~など」とかにすれば良いと思いますね。これだと輸血の中身が限定していますが、これ以外に血液から作った、それこそエイズの元になったようなのもあって、そういうのも多分ダメだと言うと思うのですね。

川島 色々あるのですけど、免責証明書の内容で良いかなと思って書いたのですね。

東 元々は差し障りなかったのかも知れないですね。ただ、現実には「これだったらどうなるの」って、現場はなるでしょうね。

平田 「医療に関する継続的委任状」には、細かく分けて書いたチェックする箇所があって、それに合わせたら良いかも知れない。

川原 今は変わって、下線だけが引かれていて、自分で書くようになっているのですよ。

東 じゃぁ、ここにそういう書く欄を入れて、具体的に書いてもらうようにするか、これに足りないものを足してもらうような余地を残すとか、そういうことで対応した方が良いかな。これだと限られてしまう。

原 1行空けておいて、補足説明欄を作ったら良いじゃないですか。

小原 そうですね、1行あれば十分みたいですね。はい、有り難うございました。では、その辺りを反映していただいて、次回までに宜しくお願いします。

勝村 ガイドラインに無輸血説明同意書のことを書かなくても良いのですか。[共通事項]のところに書きますか。[基本原則]…?

小原 [共通事項]の最後にもう1項目を付け加えて、新しく作った同意書のことについて言及していただいたらどうですかね。それで良いですか。[共通事項]の(8)として、「十分な説明をした後に、この同意書に確認の為の署名をしていただく」みたいな…。あっ、[基本事項]の(4)に書いているこれで良いのではないか。ここにある[同意書]というのが、今、検討した同意書というふうに理解すれば…、

原 これは[輸血の可能性がある]だから、無輸血に関する同意書というのは、むしろこの[基本原則]にもう1個足すか…。

広瀬 [いずれの場合にも]と書いてありますよ。

小原 そうですね、(2)~(4)をセットにして読めば、文脈上はこの同意書の署名でいけるという気がしますね。

川島 (4)の[同意書]というのは、これにあたるという理解ですね。

岩橋 [共通事項]の(3)の後に「理解を得て、同意書を求める」と付け加えたら分かり易くなると思います。

小原 それは確かに、文脈上は繋がり易いですね。では、そこも一文を追加していただければと思います。

原 そうしたら、[基本原則]の(4)の[いずれの場合にも]は、どの場合かよく分からないので取りましょう。「無輸血にする時も説明して同意書を求める」「輸血の可能性がある時も同意書を求める」…。

小原 分かりました。では、そのようにしてまた再提案を宜しくお願いします。これは次回に引き継ぎますので、宜しくお願いいたします。

それでは資料Dに基づきまして、「(4)倫理委員会への当院職員以外からの倫理審査について」を冨田先生からご説明をお願いいたします。

 

議事(4)「倫理委員会への当院職員以外からの倫理審査について」

冨田 最初に事情について読ませていただきます。「この間、外部の医療者や京都民医連加盟事業者から倫理審査について、申請の相談が倫理委員会事務局や臨床研究部に来ています。相談が寄せられる背景としては、臨床研究や論文執筆・発表に際して、倫理審査を受けることが全国的に求められるようになってきていることと、中小病院や小規模事業所では倫理委員会が設置されていることが稀であることが挙げられます」。京都民医連関係でも施設の中で臨床研究部があるのはここだけで、倫理委員会は第二中央病院にもあるそうですが、臨床研究に関しての審査はやっていないということです。

次のページをめくっていただいて、この一覧表にあるように京都民医連の診療所からの依頼がたまに出されています。これまでは「どうするか」ということをあまり考えなかったのですが、たまたま全く別のところから倫理審査の話が来まして、それはお断りしたのですけども、そんなことがあるので一応、文書としてどこまでやるかということを残そうかということで、ご提案させてもらいました。

P2の一番下の赤字の部分が改定案ですが、「当院職員、並びに京都民医連加盟事業所の職員が提出した申請書」ということで、これまでもそうしているように、この範囲内は基本的に受けたらどうかということです。例えば外部からの申請は有料にするのかというような話もチラッとあるのですけど、今回はそこまでの提案はしていません。そんなに多くはありませんが、以上です。

小原 この赤字の部分を反映させる際に、倫理委員会規定の条文改正が必要であるということですか。第6条に[扱われるべき議題]というのがあるのですけど、ここに出ている項目でカバーできるのであれば、規定の改変は必要ないと思うのですけど。

冨田 その5行目の[臨床研究の倫理的妥当の検討]は、あくまでもこの病院内だけになっていますから、そこにちょっと付け加えさせていただきたいということです。

小原 第6条に赤字の部分を付け加え、京都民医連加盟の事業所の申請を受けようということですね。

原 赤字のところは良いと思うのですが、ついでに、これは[臨床研究]という表現で良いのですか。例えば「ヒトを対象とする医学研究」という言い方とか、それでもひょっとしたら狭いのかも知れませんが。

冨田 臨床研究だけで今のところは十分です。

原 国のガイドラインに全部を合わせる必要はないのですけど、臨床研究だけで全部がカバーできますか。

小原 原さん、ガイドライン的にどちらが広いのですか。

原 そら、医学研究の方が広いです。

冨田 まぁ、基礎研究とかそういうのは入ってくるかも知れませんね。

原 今は統合ガイドラインできて、そこでは疫学研究との区別はあまりしなくなったのですけども。

小原 ここで取り扱う申請対象が、臨床研究を超えてヒトを対象とする医学研究まで上がるのであれば、そうしないといけないと思うのだけど、今は通常の意味での臨床研究でカバーできるということですね。

冨田 過去は臨床試験という内容ですね。

原 臨床試験は臨床研究の一部というスタイルだと思うのですけど。

冨田 そうですね。だから、今のところは臨床研究で、特にそれ以上は…、

原 以前は臨床研究と疫学研究とに分かれていたわけですが、今の統合指針では「医学研究」と言うようになったのですね。だから「医学研究」にしませんかと言ったのです。別にそういう指針を無視して審査しても良いのですけど、基礎研究とかをやりませんかと…。

冨田 今のところ、基礎研究はないですので…。

原 看護や社会学的なものは臨床研究ですか。

川島 非臨床研究はやるのですね。

平田 あまりないですけど。

冨田 少なくとも今のところ、ここには出てきていませんね。

小原 原さん、おっしゃる意図はよく分かりましたけど、現状としては臨床研究という言葉から大きく出るものは扱われていないということで、何か問題が出てきましたら、今後に修整するということで、現時点では赤字部分の修正ということで、ご理解いただければと思います。有り難うございました。

では、これで議事(4)まで終えることができましたので、(5)の「その他」に行きます。「臨床研究迅速審査報告」ということで冨田先生、宜しくお願いします。

 

議事(5)その他(「臨床研究迅速審査報告」「治験審査委員会報告」「今年度会議日程」)

冨田 資料Eになります。No.80は神経内科の田中先生の申請ですが、今月初めに通りました。ここでは今までなかった遺伝子に関わる臨床研究ですが、この方は元々宇多野病院におられて、向こうで既にスタートしていた研究で、そちらを退職されてここへ来られた為、それをそのまま持って来られたということが特徴です。

小原 有り難うございました。では、続けて「治験審査委員会報告」もお願いします。

冨田 治験審査委員会はこれまでと特に大きな違いはありません。資料Fに4課題が載っていますが、今のところ順調に進んでいます。

小原 はい。特にご質問は? では最後に、今年度日程に記載されている12月1日と2月2日は、既にアナウンスされているものですね。それでは確認までということで、ご覧いただければと思います。では、これで準備した議題は全て終了しましたので、本日の倫理委員会を終えさせていただきます。どうも有り難うございました。

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