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第五十五回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2013年11月12日(火)18:30~21:00
場所

京都民医連中央病院西館1階第一・二会議室  太子道診療所3階多目的室

出席者

外部委員 小原克博委員長、原昌平副委員長、位田隆一委員、一家綱邦委員、勝村久司委員、富田豊委員、広瀬東栄子委員

内部委員 川島市郎副委員長、東正一郎委員、平田恵美委員

事務局 根石明彦、丸山俊太郎

オブザーバー 寺前八重、内田琢也、田中陽子、藤本亜希、吉野雅成

欠席

岩橋多恵委員、関谷直人委員、井上賀元委員、内田寛委員、上林孝豊委員、富永愛委員、中村光佐子(特別委員)

議事

議事(1) 「前回倫理委員会議事録確認」

小原 ただ今より第55回の倫理委員会を開催いたします。お手元に第54回の議事録がありますので、最初にこれをご確認ください。事前にメールでも配布されていたと思いますが、特に問題がなければこれで登録とさせていただきます。よろしいでしょうか。

位田 今、定則数は足りているのですか。

小原 定則数の規定は過半数ですが、今、16分の7なので、9にならないと具合悪いということですね。ただ、遅れて来られる方もおられますね。

根石 はい、川島医師は遅れて来る予定ですし、勝村委員も来られると思います。

 

議事(2) 「臨床研究関係」

小原 現時点では過半数に達していないのですけれども、決議などを採る時点では、定則数を満たしていることを確認した上で行いたいと思いますので、ご了承いただきたいと思います。では、進めさせていただきます。
2番目、[臨床研究関係資料]ということで、いずれも報告なんですけれども、迅速審査の結果報告と治験審査の委員会報告の2つを合わせて、報告をお願いいたします。

野崎 迅速審査の47番から51番までに関してで、47番は僕が関わっていませんが、成績調査ということなのでこの通りだと思います。
48番はアチーブ試験というやつで、日本全国1200例で、ステージⅢの結腸癌術後補助療法としてmFOLFOX6もしくはXELOXという治療を半年間やるのですけど、本当に半年間も必要かということで、6ヵ月対3ヵ月の比較試験を行いますが、米国・イタリア・フランス・イギリス等、全世界で1万例を超えます。この間、1例が3ヵ月ということで入って、今、進行中です。49番はそれの付随研究ということで、オキサリプラチンという薬が神経障害という副作用を結構きたしますけど、遺伝子とか代謝に関するものとかで出ないのではという研究です。
50番はJCOGとWJOGという2つの臨床試験グループが合同で行い、75歳以上の高齢者進行非扁平上皮癌に対するドセタキセル単剤と、カルボプラチン・ペメトレキセドの併用後にペメトレキセド維持療法を行うランダム化試験ということで、若年者は、カルボプラチン・ペメトレキセドを使ってその後に維持療法を行うのが標準治療なんですけど、高齢者のデータがないので、高齢者でも同じような治療が良いのか、高齢者のデータのあるドセタキセル単剤が良いのかという比較試験なんですけど、この間に来られる高齢者の方の状態が悪くて、みんな緩和医療になっていますので、まだこれは入っていないですね。
51番は大阪府立大学の看護師の人が書いたやつで、抗癌剤治療中に感じることがある倦怠感に対して、運動とかそういうもので倦怠感が和らがないかという、看護師ならではの視点の研究で、当院も協力しましょうということで申請が通り、大阪府立大学の看護師の先生が今日から来て、スクリーニングを掛けて、これからやっていくというところです。
43-2番は、前にやった稀少肺癌と言われるRET融合遺伝子のところのバージョンの細かい変更ですので、以前の申請と同内容です。迅速審査は以上です。

小原 はい。今のご報告に対してご質問はありますか。

富田 51番は外から看護師さんが来られるという話でしたが、ここの看護師さんも参加できるのですか。

野崎 要は、大阪府立大学には付属病院がないので、横の府立急性期総合医療センターでもやるそうなんですけど、研究者が民医連出身の看護師さんで、「サンプル数が足りず困っている」という話を聞いて、「ウチで協力できることであれば」ということになったので、ウチの看護師と共同でやっているようなものです。

小原 他はございますか。

位田 迅速審査の内容ではないのですけど…。臨床研究の指針では「倫理研修を施設がやらないといけない」ということを前にも申しあげたのですが、それはどうなっているのでしょうか。

吉中 まだ制度ができていないですね。

位田 それを作られないと倫理指針違反になりますから…。法律ではないので違法行為ではないですけど、指針違反の状態か続くと対外的には良くないと思います。

吉中 再来週、先生にお出でいただきますけども、ああいう研修会みたいなものをやっている程度になっています。臨床研究に焦点を当てていないといけないわけですね。

位田 どこまでが倫理研修かと言うのは難しいですが、どういう形であれ、やられた方が良いかなと思います。

吉中 今度のやつを読み替えるのは不適切な話ですね。

位田 今度のやつは違うと思いますね。今すぐどうこうという話ではありませんけど、指針違反の状態が続いていますので…。

小原 位田先生、倫理研修というのは何かフレームワークみたいなのがあるのですか。

位田 特にはありません。「各研究施設で研究者の倫理研修をする」とあり、しばしばやられるのは、年に何回かの講演、だいたい1回か2回ぐらいして、そこに研究者が参加するということで、今日のように看護師さんが関係している臨床研究もありますから、お医者さんだけでなく看護師さんも出てこられる可能性がありますね。

富田 例えばセンターみたいなものができているところは、年に数回、センターの人が講師となって臨床研究のイロハみたいなところから話をすると…。医大系はそんなことをやっています。

小原 あまり大げさなものは必ずしも必要ないわけですね。

位田 大げさでなくて良いのですけど、例えば臨床研究指針なんかは、多分、皆さんはあるのを知っていても、読んでおられないので、解説は必要ですね。

小原 ご指摘をありがとうございました。では、できる限り実現を急がれるように、よろしくお願いします。迅速審査に関してはよろしいでしょうか。
では続きまして、治験審査に関しては報告される方がいませんので、お手元の資料Bにある議事録を読んでいただいて、問題点があればご指摘いただけますか。

位田 内容ではないのですが、P2とP4のところの「開催宣言」が「富田委員長」になっているのですよ。「質疑応答」ではちゃんと「白鳥委員長」になっているので、多分、フォーマットをそのまま使われたと思うのですけど、議事録ですから直していただければと思います。

吉中 そうですね。それはちょっとうっかりしました。

小原 よろしいでしょうか。もし何かありましたら、後で言っていただいても結構です。今は特になければ、先に進ませていただきます。
では(3)の「事例検討」ということで、資料Cに基づいてご説明をお願いいたします。

 

議事(3) 「事例検討」

※事例1例検討しました。

 

議事(4) 「終末期医療関係」

小原 次は(4)の「終末期医療関連」ということで、ターミナルセデーションガイドラインの改定についてですが、このガイドラインの策定は平成17年で、8年ほど前ですから、今となっては懐かしいですが、資料Dに基づいてご説明をいただきたいと思います。

川島 もう忘れておられる方もおられるでしょうし、議論に参加されてない方もおられると思います。P12~18が現在、当院が運用している「終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションに関するガイドライン」です。P11が「説明同意書」です。P9~10はガイドラインを策定する原案の段階では出していた「患者・家族向けの説明書」で、同意書の中にも入っていないです。
最初のP4に戻していただきます。2010年に日本緩和医療学会の緩和医療ガイドライン作成委員会が「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」(2005年策定)を改定しました。ガイドラインの使用状況とか使用者の意見を参考にして、5年後に改定しましたが、定年度の期間毎に改定を続けていくというふうに明言をされています。当院は「ターミナルセデーションガイドライン」という名前で、同じ年にガイドラインを作りましたが、2005年の学会のガイドラインとは違う、当院倫理委員会の独自の見解として2つのポイントが提案されています。1つは、家族の同意より患者の意思・自律性を優先させるということで、ウエイトの置き方は、学会の提案したものより本人の意思・自律性を優先させています。もう1つが、心理的苦痛・実存的苦痛に関してはセデーションの対象にしないということを明言していまして、学会の方はちょっとだけ曖昧になっています。2005年から8年が経過しまして、当院も緩和ケア病棟ができましたし、ターミナルセデーションの運用状況等により、見直し作業が必要な時期を迎えていると思いますので、今にあったものに改定したいなと思っています。
大きな改定を期待しているわけではないですが、文言のこととか、使用薬剤が変化しているものを替えたり、学会が改定したものと見比べながら、当院も今の時代にあったものにマイナーチェンジすることになると思うのですけど、波線から下のものは、私が緩和ケア病棟担当医の上林と中務と一緒に、これから議論を進めるにあたって提案をさせてもらっている中身なんです。ですから、まだ院内の議論が今から始まる段階ですので、今日ここで本格的な話をしてもらうつもりはないのですけど、簡単なポイントだけ紹介をしておきます。
「ターミナルセデーション」という名前が使われなくなっていまして、「緩和セデーション」にするとか、言葉の整理した方が良いのではないかというのが1つと、ガイドラインの使用者が、元々は「中央病院の終末期医療に携わる職員」ということになっていたのですけど、もうちょっと明確に定義した方が良いのじゃないかなということで、2010年度の学会ガイドラインのものを紹介しておきました。セデーションの対象者は、「癌の進行のために、死が差し迫った状態にある患者」という表現になっていますけど、入院なのか、在宅も視野に入れるのかどうか、小児を入れないということをハッキリさせておくのか、癌患者・非癌患者ということまで考えていくのかどうかとか、そういうことがあるかと思います。
実施のための要件としては、心理・社会的苦痛やスピリチュアルペインを視野に入れなくて良いのかという問題があると思います。実際にアンケート調査ですと、緩和ケア病棟では3割ぐらいの医師がこれに対する鎮静を経験していると紹介されていますので、ウチの緩和ケア病棟ではどうかとかいうことを話し合っておかないといけないかなと思います。
後は手順の問題として、我々のガイドラインには「DNARの指示出しと同意を得ること」が記載にないのですが、DNAR指示の同意を得ていない人にセデーションができるのかどうかということも、整理しないといけないなと…。鎮静薬の選択は、内科医と相談して適当な薬剤の選択を整理したいと思います。学会の方でも「不充分だ」ということで、2010年度で追加補充された治療の抵抗性判断のためのチェックリストは、本当に治療が困難な症状なのかどうかということを、誰でも判断できるようなチェックリストがあった方が良いのではないかということなので、学会の提案しているものを運用してはどうかということです。また、患者・家族に対する説明文書というのも、現在のガイドラインには入っていないので、改定では入れておいた方が良いと思います。
以上、紹介させてもらいましたのが、私が緩和ケア病棟の担当医と議論を進めて考えている中身です。また、現在のガイドラインを見返していただく中で、今の情勢にあっていないなということがあったら、提案させていただいたもの以外でも議論をしていただかないといけないと思います。

小原 ありがとうございました。今日に具体的な議論をするわけではないのですけども、これからまず病院の現場の方で、議論の後に文案を作成していただき…。いつぐらいに改定案を出せそうですか。

川島 「出せ」と言われれば、次回には出せるかも知れませんが…。

小原 どこかで決めておかないと…。今日、折角、説明していただいて、これが4ヵ月後とかですと、間延びする感じがしますので、できれば次回の委員会で議論の俎上に上げられるような、具体的な改定案をお示しいただければ、いちばん良いかなと思います。
見直しが行われた緩和医療学会の2010年度版を参考にしながら、現状に合わないところを変えるという基本方針ですよね。確かに当時、「癌患者に限定すべきか」「そうでない人達も含めるべきだ」という議論もあったのですが、その時点ではあえて癌患者に限定した理由もありますし、心理・実存的苦痛をあえて入れないことも議論したように思います。「そこを入れることによって問題を曖昧にしない」という理由でしたが、「現時点では果たして除外した方が良いのか、入れた方が良いのか」という議論も十分にする余地がありますから、改めて考えれば良いのかなと思います。では、今の時点で特に何か、「こういうことを現場で議論して欲しい」という注文とかがあればお願いします。

一家 前回の作成の経緯を全く知らないので伺いますが、このガイドラインは倫理委員会が作ったという形になるのですか。病院の作るガイドラインに倫理委員会が意見を付するというのが、本来の倫理委員会の在り方ではないかと思います。特にこの中身が、例えば厚生労働省の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」のように、医療技術的なことは置いておいて、法律的・倫理的なことが中心の中身であれば、倫理委員会が作ると言えると思うのですが、2010年の学会のガイドラインの中身を拝見すると、倫理委員会がどけだけのウエイトを占められる仕事なのか分からないですね。私の理解は、現場が病院を代表して作っていただいたガイドラインの、倫理的な観点に我々が意見するというのが、こういうガイドラインの作り方だと思っているので、もしそうであれば、病院の方々が我々に検討して欲しいポイントを明確にしていただく方が、効率的かと思います。

小原 そうですね。実際、平成17年にできたガイドラインは、今、先生が言ったようなプロセスでできているのですよ。病院側でまとめていただいたものに対して、特に倫理的なポイントに絞って議論して、そして、原案からかなり修整を加えたのですね。特に、当時あった学会基準を批判的に扱う形で、「この病院では、そうではなくてこうしましょう」という形でまとめられた。それはいずれも倫理的なポイントなんです。ですから今回の場合も、一旦、現場から出していただいて、倫理的な観点に関して議論していただくことになると思います。ですから、例えば薬の種類であるとか、そういうことをここで議論する必要は全くなく、例えば「心理的・実存的苦痛をも視野に入れるのかどうか」というのは倫理的な議論のポイントになりますので、そういうところを議論することになります。

一家 作成者に拘ったのは、「倫理委員会は何をやるのか」と最近何回か話し合った点に関わりますので、確認した方が良いかと思って伺ったのです。

位田 倫理委員会が倫理の問題だけをやるというのは、私は違うと思っていて、医学的なことも含めて現場から出てきたやり方が、他のお医者さんなんかも含めて見てみて、「これは不合理だ」と思えば、医学上の問題であっても倫理委員会の問題なんです。つまり、医学的に誰が見ても合理的なことをやらないと、非倫理的ですから、医学の問題もやっぱり出してきていただかないといけないと思うのです。科学的・医学的なことも含めていろんな目で議論するというのが、倫理委員会の場だと思うので、「倫理委員会だから倫理的なことだけ」という狭い意味の倫理に限定しない方が良いのではないかなと思います。

小原 そうですね。今までもずっと、狭い意味での倫理をやってきたのではなくて、かなり医学的な知識を共有しながら議論してきていますので、次のガイドラインに対する議論もそのスタイルになると思います。

位田 学会のガイドラインはホームページを見れば分かるのですか。ここの現在のガイドラインと学会のガイドラインを比較されながらお話をされましたが、今日にいただいた資料には学会のガイドラインがないので、どこがどう変わるのかといった、ご説明がよく分からないのです。

小原 緩和医療学会の2010年度版のガイドラインは、学会のページにアップされているのですか。

川島 2005年度版のガイドラインはホームページで全てが見れるようになっていますが、2010年度版の全部は見られません。内容は前回のとあまり変わらないのですけども、資料が加わったりとか、分かりやすくしたりとか、今までの議論の経過とか、そういうので構成されているので、あまり買う必要はないかなと思いました。

位田 ただ、例えばP6のフローチャートはよく分かりますが、こういうチャートが出ているのですよね。で、P7の表は「資料1の続き」と書かれていても何の表かよく分からない。

川島 すみません、これは資料が抜けていますね。私が提出した資料は1枚ずつ表裏でお渡ししたのですが、裏のページが抜けています。

位田 やっぱり学会からガイドラインが出ている以上は、その学会のガイドラインをこの場に出していただかないと、責任のある議論ができないと思うのですね。

根石 それでは事務局の方で、次回の議論の前には準備したいと思います。

小原 ではよろしくお願いします。

 あと、病院でのセデーションをめぐる実情ですね。前に一度、データを出していただいたことがありました。正確な数字を出すのがしんどければ、必ずしもそこまででなくても良いと思うのですが、現場で実際にやっておられて、概ねどんな状況でどういう課題があるのか、例えば対象とする疾病の範囲とか、苦痛の範囲とか、年齢の問題とか、実情をちょっとまとめていただきたい。それを踏まえないで話をするより、実際に合った形にする方が良かろうと思います。

小原 それはぜひお願いしたいですね。

勝村 前回に作った時は「終末期ではなく、セデーションだけでやろう」ということでしたね。そしてしばらくしてからDNARのガイドラインを別途に作っていますので、ここの論点にDNARを挙げているのなら、DNARのガイドラインも改定するのか、統一するのか、どう連携するのかといった論点もあって良いと思う。

小原 DNARもだいぶ前のものなので、この時点で見直した方が良いかも知れませんね。

吉中 この間の倫理委員会の状況の見直しをしているのですが、いちばん典型的なのがDNARで、ガイドラインとしてまとめて、内部の医局等でもかなり議論し、事前指示書みたいな発想が重要だということになり、「若い方も含めて入院した患者さんで答えようという人には、事前指示書に書いてもらうような格好にしよう」ということで扱っていたのです。ところがその執行が途中で消えてしまったという経緯が、実は分かりました。院内の執行体制に問題があるという認識をしていましたので、先日、倫理委員会の事務局で議論をして、倫理推進委員会のような院内の体制をしっかり確立する作業を、倫理委員会の事務局で始めたのです。そこでDNARの問題が出てきたのですが、院内の実態をかなり噛み合わせないと、かなり反発があるということで、それでゴチャゴチャなっている間になくなってしまったので、DNARについては、川島を中心に内科医師・外科医師・ナース・薬剤師・リハ等でチームを作って、半年ぐらい現場の問題を吸い上げながら議論したいので、ターミナルセデーションのガイドラインを先行させて、その後にDNARを乗せるような形にさせていただきたいという相談を先週にしたのですが、そんなことでいきたいと思います。もちろん議論は、並行してやっていただいたら次につながりますから、やっていただいたら良いのですけども。

小原 DNARのガイドラインに問題があるということは、以前にここでも出ていましたので、それは然るべき時に議論したいと思います。DNARのガイドラインができた時は、事前指示書を入院の栞に入れて、必ず見てもらうということでしたが、それがいつの間にかなくなったということですね。

吉中 たくさん作ったのがまだあって、それがなくなってからしようという話になって、その内に消えてしまったのです。その時にちょうど、委員会のメンバーの交代も何人かあったので、余計にそうなったのですが。

小原 それも併せて扱いたいと思いますが、次回はセデーションの方を先行して取り扱っていきたいと思います。この件についてはこれぐらいにいたしまして、その関連なんですが、当日資料Eとして原さんが「栄養補給に関する論点メモ」というものを出してくださっていますので、これについて簡単に説明していただけますか。

 今日の事例検討のテーマとまさに重なってくる話なんですが、ターミナルのガイドライン的なものを作っていただきたいというご要望があって、大雑把な資料集めと提供とか、ディスカッションも少しやってきました。当面、焦点になるのが慢性的疾患の特に栄養補給の問題だろうと思われます。それについてさしあたり問題の論点整理、医学的な物事の理解を含めて論点整理をして、どこを詰めなければいけないのかを考える材料として用意してきました。後はレジメを見ていただきながら、記事は参考にしていただいたら良いと思います。
まず、栄養補給の手法についての理解ですね。大まかに言うと、口から食べられない病状の人と、腸から吸収できない病状の人が、人工的な栄養補給の適応になってきます。病気の種類は、脳卒中の後とか重い認知症とか神経・筋疾患とか頭から首・食道等の病気とか、いろいろあります。大まかに分けると栄養補給のルートは4種類ありまして、具体的にはこの記事の図と表を見ていただいたら良いのですけど、「腸から吸収できる時は腸から吸収する方が自然です」と包括的に考えるのが静脈・経腸栄養学会のガイドラインです。腸から吸収する場合は鼻から入れるか胃瘻を造るかで、胃瘻は今はほとんど内視鏡的に造っていますね。静脈から入れる場合は、末梢から入れるか中心から入れるかで、細かく言うともうちょっといろんなテクニックがあるのですけども。で、表にありますように、それぞれ適応の対象は違うし、期間別に、「鼻からするのが良いのか、胃瘻をするのが良いのか」は4週間を目安に分けるということですし、「末梢か中心か」というのは2週間を目安に分けていて、それぞれにメリット・デメリットがあるということです。だから、問題が起きてきた時に考える手順としては、まず「人工的な栄養補給をするのかしないのか」というテーマ設定があって、で、「するのであればどのルートがいちばん良いか」という順序にならないとおかしいと…。
現場では特に2年ぐらい前から、「胃瘻は嫌だから鼻からにしてくれ」とか「…点滴にしてくれ」という拒否反応的なものがかなり出ているみたいです。胃瘻に関して他のルートと比べて言えるのは、不快感とか苦痛がいちばんないということですね。ただ、造る時のリスクは若干あります。鼻のチューブは気持ち悪いので、手にミトンをはめられたり、拘束とまでは言えるかどうか分からないけども、不自由な状態にされたりすることもあります。点滴では痛かったり、抑制されたりすることにもつながります。中心静脈は、最近のやり方では不自由さは少ないみたいですが、長引くと感染リスクがあります。胃瘻を造っても、リハビリをやって物を食べることは基本的にできるということです。このへんの誤解が、場合によっては医療従事者にもあるかも知れませんけど、一般の人には特にあります。「胃瘻を造ったら食べられません」とか「胃瘻は外せません」というのは誤解です。外すのは比較的簡単で、自然に塞がるみたいです。
摂食嚥下のリハビリをやることはとても重要です。摂食嚥下のチームでリハをやっているところはしっかりやっています。以前、「胃瘻を造りすぎだ」と言われた時期がありました。確かに、なんか機械的に一律に造っているような傾向は見られたと思うのですけど、それ以上に問題なのは、胃瘻は造ったけどリハビリを全然しないということで、今もそういう傾向はあります。リハをするのとしないのとではかなり違ってきて、どの程度の割合で回復するのかはベースとなる患者層によって違うので、あまりキチッとしたデータはないのですけど、1割ぐらいという報告から5割ぐらいという報告まであります。ざっと言うと2~3割かも知れないけど、リハのチームの力量にずいぶん左右されるのは確かなようで、STさんなんかが優秀なところは良い成績を上げています。
ずいぶん弱って意識レベルも下がって何も食べないみたいな感じの人でも、胃瘻をしながらリハをやって、だんだん口からちょっとずつ食べられるようになって、離脱していく例というのはそれなりにあります。この「探」という記事では奈良県の99歳の人を取り上げていますが、もう胃瘻も外しています。この人は会話ができませんけど、認知症ではなく、頭は割とよく分かっておられ、話しかけたら理解していることはやり取りで分かります。ただ、良くなるのか良くならないのかは、病状と食べる力のどちらの影響もあり、認知症だって栄養状態で左右されるようですが、事前の予測が難しいのがちょっと難点です。また、誤嚥性肺炎の問題は、胃瘻によって防ぐというよりは、口腔ケアの方が重要というのが最近の考え方だと思います。
倫理的な議論に入っていきます。医学的な判断と倫理的な判断にあまり疑問が無さそうな選択肢をまず消すと、原疾患そのものに回復の可能性があれば当然、何らかのルートで栄養補給すべきということで、脳卒中の急性期…、倒れてすぐとか、回復リハの段階とかは当然やるべきでしょうし、そんなに進行していない癌とかもそうですね。逆に栄養補給をしても生命の延長が期待できなく、プラス要素がそんなにないのなら、そんなに無理する必要はないでしょう。もう一つ、本人の意識が十分にあって栄養補給で生命の延長が可能だったら、行う方が良いでしょう。具体的には、癌が進行しているけど補給したらそれなりに長生きするとか、神経難病も当然そうでしょう。認知症でもそんなに重くなければ、それで諦めるというのは変な話です。ただ、本人が拒否したら、なかなか難しいのは現実です。このあたりはそんなに議論の余地がないのではないかと思っています。
議論が出てくるのは次のページのところで、具体的には脳卒中の後遺症段階、重い認知症で食べない、遷延性意識障害の3つぐらいかなと思います。ただこの場合も、意思疎通がほとんどできないか、それとも、意識はあるけど頼りなくて、いずれは認知症が進んでいくと思われる場合、この2つは議論した方が良いかなと思います。栄養補給で病状が改善する可能性がある時、食べる力が回復する可能性がある時…、可能性があるというのは必ずではないというところが悩ましいですけども。遷延性意識障害、いわゆる植物状態と言われているような状態の場合は、意識が回復するケースが結構あったりしますので、打ち切ったりやらないというのは、根拠が足りないのではないかなと思います。それ以外のところは見極めが難しいという問題があります。
意識がほとんどない状態で栄養補給によって生存を続けることをどう見るか、具体的には、そういう人間存在を価値がないと見るのか、そういう状態での生存は尊厳を損なうと見るのか、尊厳を損なうと言うのだったら、どうして尊厳を損なうと言えるのか。あと、本人の意思表示との関係ですね。なかなか難しい話ですが、少なくとも尊厳に関しては、「なぜ尊厳を損なうのか」までやらないと、薄っぺらな議論に留まってしまうと思います。
胃瘻に関しては、「幸せな胃瘻」「不幸な胃瘻」という言い方をすることが、この頃は結構多いです。本で言うと、尼崎の長尾ドクターなんかはそうですし、割と胃瘻をやっている草津総合病院のドクターがこういう言い方を始めています。最初のうちは良いのだけど、だんだん状態が悪化していって、意識レベルが非常に低い状態で長続きするのは不幸な胃瘻ではないかという言い方をします。ただ、それが不幸な胃瘻なのかはよく議論する必要があるなと思います。ただ、「不幸だ」と捉えた場合に、最初から差し控えるという方法と、中止を認めるという方法があります。また、不幸な胃瘻なんて別にないのだという意見もあります。これはちゃんと取材をしていないのですけど、山形県立鶴岡協立病院という民医連の病院の高橋美香子さんが割と胃瘻をやっておられて、「そもそも不幸な胃瘻なんて言うのは、下手くそだからよ」とおっしゃっています。「私は無理やりに胃瘻を造ったりはしないけども、胃瘻を造ったからそれでとか、意識レベルが低いからそれで不幸せなんてことは、ちゃんとやればなりません」という言い方をされています。このあたりは異なる見解があるということです。
この関係では老年医学会の立場表明や、もうちょっと手順を具体化したガイドラインもあるのですけど、倫理的なものの捉え方は立場表明の方が分かり良いようです。ここで問題になっているのは、「立場-1」に書いてあるのがポイント部分です。「年齢による差別(エイジズム)に反対する」とおっしゃっているのですが、「エイジズムに反対する」という話とその内容とがなんか合わないのですよ。「論拠」には「全ての人にとって最善の治療を受ける権利は保障されないといけない」と書いているのですが、「したがって胃瘻造設を含む経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着の適応は、慎重に検討されるべきである。すなわち、何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させたりする可能性がある時には、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」という記述になっている。前段と後段がなぜ「したがって」でつながっているのか、私はよく分かりません。もう一つは、苦痛が増大するのは良くないのは確かだと思いますけど、治療が尊厳を損なうというのはどういう意味なのか。老年医学会の議論の検討経過をよく見れば出てくるのかも知れませんけど、文章そのものからはガイドラインも含めてよく分からないです。
こちらの記事の方は現状の課題みたいなことで、当面の問題は、過剰な拒否反応が起きていることです。過剰な拒否は患者にとって不利益だと思いますから、もうちょっと直さないといけないと思っています。同じようなことを別のメディアにも書いていますけど、「意思疎通できない状態で栄養補給で命を長らえるのはどうか」と考える人は結構いて、おそらく世論調査で聞いたら相当な多数派です。ただこれは、心身の状態によって人間の存在価値に差を付ける考え方になるのではないかということ。それから「医療費を減らすというふうな意図が、こういう議論が起きてくる背景にはあるかも知れない」というところが気になるところです。いずれにしても「尊厳とは何かということをよく考える必要があるだろう」ということです。

小原 ありがとうございました。今日にこれを議論するわけではなく、今後の議論や、今日も事例が出ましたけど、そういったことを考えていく上での論点の整理をしていただけたかなと思います。具体的には次回以降のガイドラインの議論の中とか、新たな事例が出てきた時に、こういったことを参考にしながら進めていきたいと思います。しかし折角、ご説明いただきましたので、もし質問などがあれば手短にお願いします。

富田 私の感想なんですけども、私は今、慢性の神経系疾患の障害児・者の近くにいるのですけど、栄養の補給ルートというのは、ここに挙げられたことはもちろんですけど、プラス傾向を含めた掛け合わせがあるのですね。つまり、胃瘻もあって経口もやるとかいうことはあります。その場合、処置に対する考え方が影響してくると思います。経口を残すというのは、楽しみとしての食事という価値を認めて、後のカロリーは胃瘻で行うというふうな掛け合わせがありますね。ただ、その場合の問題が何かと言うと、人手が要るのですよ。つまり、経口でやろうとすれば、人を付けなければリスクは防げないということがありますので、そこを痛感します。そこにどれだけの人を付けれるかと言うと、結局お金の話になってくるかも知れませんけど、そういうことも背景にあるなと最近、実感をしています。

小原 その点はクオリティオブライフに直接関わることですので、大事な視点だと思いますね。

吉中 老年学会の立場表明が出てから、数は把握していませんが、当院でも胃瘻の数が大きく減っていると思います。10年前にはあった「誤嚥性肺炎をなくすのではないか」という誤った考え方は、検証すると「それはなくならない」となりましたが、胃瘻ということに寄りかかることで、一応、何らかのことはしたということになりますし、他の施設にも移りやすいという面もありますので、凄く流行りました。栄養の補給法としては非常に良いということになったわけですが、改善する状態が見える人は誰しも「そうだ」と思っていますけども、高齢化時代で、在宅で寝たきりというような状況で肺炎で入院され、良くならないまま仕方がないから胃瘻をするみたいな形で帰って行って、それを繰り返す内に亡くなるみたいなこともありますね。最善のことを尽くせば良いと言っても、医療ですから下手なのも上手なのもあるし、いろいろありますから、必ずトラブルというのは起こり得ます。そういうことも含めて見ていると、どこで誰が言いだしたのか分からないですけども、平穏死というようなことが流行り出してきて、皆が見直してたのですけど、ちょうどその頃にこの老年医学会のやつが出てきて、大きく治療の差し控えみたいなことになってきた。この1年間、ウチには高齢者大学というのがありまして、高齢者の人達が勉強しに来るのですが、その参加者達の声は、やっぱり平穏死とか大往生とかいうことを非常に強く求めているというのが、一般的な希望状況ですね。そういう大きな変化は、ネガティブなことも反映しているのでしょうけども、「大往生ってどういうことか」ということを考えて、「惨めでないということが重要なんだ」と言う人もいて、生きた日本語として語られていることを汲み取らないで、ぎちぎちと議論すれば議論するほど、結果としては上手くいかないみたいなことが、なんとなく感じられる状況があります。そこのところに倫理判断ということには迷われるところがあるのでしょう。そういうことを検討しないで、「本人の意思がハッキリしなければ最善を尽くす」という今までの倫理判断は、ある意味、簡単なんですけども、正直、「これは最善なのか」という迷いになることが結構あるというのが、臨床の現場ですよね。ですから、そういうことも汲み取れるような議論ができないかなと思っています。
大往生というのは非常にいい加減な言葉なんですけど、家族も納得して医療者も納得して、良かったのではないかと思えるような感じというのは、かなり意識しないとできないですね。死亡診断書には病名を書けということになっているので、入院するといっぱい検査をして、無理やりに診断を付けるようなことがありますけど、入院しないで亡くなると、そういうことは何もないですよね。だから癌で死ぬ場合でも、痛みとかいろいろありますけども、そういうことを除いて、「それで良かったなぁ」と言える死もあるという現実もあると思ってるので、そのことも含めた議論を期待したいと思っています。

小原 今、言っていただいたことや原さんが説明していただいたことは、論点として心に留めて、丁寧な議論を積み重ねていく必要があると思います。一方には医療に偏重してきた治療がかつてあって、しかし他方には平穏死とか医療不信みたいな、そういうトレンドができあがっているのですね。やはりどちらの極端に寄ってもいけないと思うのですね。その両極をきちんと埋めていくような丁寧な議論をここではしていきたいと思いますので、原さんのご提言などを手掛かりにしながら今後、議論を積み上げていければと思います。
では、今日に予定していました議事は議題としてはこれで終わりますが、「(5)その他」として、先ほどいただいた本のご紹介をお願いします。

吉中 これは、京都民医連が60周年になるのを機会に、民医連でやってきたことをまとめようということがきっかけで、幻冬舎がたまたま来たのでその話をしました。当初は中央病院の歴史をまとめようと思ったのですけど、幻冬舎の人に言わせると「それは自己満足である」「そんなもの誰も読まない」ということで、確かにそうだなと思って、私が民医連でやってきた職業病の話を中心にしたつもりです。医療の分野ではどっちかと言うとマイナーですが、過労死も自殺も今は多いという中で、職業病や労災と生活習慣病を医療専門者は分かれて考えているのですね。だけど、生活の中の最大の部分はほとんどの人が仕事ですね。それで、仕事のことも含めて生活習慣病として考えたらどうかというのが、辿り着いた発想なんです。でも、そればっかりを理屈っぽく言ってもダメなので、私が見聞きした経験をいろいろ入れて、「ブラック企業とか言われることもあるので、『そういうところに勤めて、ちょっとここがおかしいなと思っている人が読んだら良いんじゃないか』というつもりで書け」と言われたのですが、それは非常に難しいのですけども、一応そういうことで作りましたので、お読みいただいて、また感想を聞かせてください。

小原 帯には有名な日野原重明先生が推薦文を書いていまして、「心と体が健康になる働き方。忙しい人にとって必読の書です」とありますが、多分、ここにおられる方は忙しい人ですから、必読の書だと思います。非常に端的な良いコメントですね。では、最後に次回の倫理委員会の日程について、提案をお願いします。

根石 提案は1月16日木曜日ですが、それがダメでしたら2月の第2木曜日を提案したいと思います。

小原 木曜日ではなく、今日のように火曜日でもそこそこ皆さんが集まれていますので、火曜日はどうですか。

根石 では、1月14日火曜日はいかがですか。

小原 どうですか。では、特にご都合の悪い方がおられないようですので、次回は1月14日火曜日としたいと思います。時間は同じく18時30分からでご予定ください。では、第55回倫理委員会をこれで終了させていただきます。どうもありがとうございました。

 

 

 

(入力者注)

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文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、やや要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。

 

 

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