倫理委員会

Home > 倫理委員会・臨床研究 > 倫理委員会 > 議事録・議事要旨 > 第五十三回 倫理委員会 議事録

第五十三回 倫理委員会 議事録

倫理委員会

京都民医連中央病院

日時 2013年5月9日(木) 18:30~21:40
場所 京都民医連中央病院西館1階第一・二会議室
出席者

外部委員 小原克博委員長、原昌平副委員長、位田隆一委員、一家綱邦委員、岩橋多恵委員、勝村久司委員、富田豊委員、広瀬東栄子委員

内部委員 井上賀元委員、内田寛委員、川島市郎委員、東正一郎委員、平田恵美委員

事務局 根石明彦、丸山俊太郎

オブザーバー 川原初恵、坂田薫、寺前八重、吉中丈志、本田正典

オブザーバー(エホバの証人京都医療機関連絡会) 荒川晃裕、小嶽朝陽、西野徹

欠席 関谷直人委員、上林孝豊委員、富永愛委員、中村光佐子(特別委員)

議事

小原 第53回倫理委員会を開始したいと思います。お手元にある議事に従って、きちんと時間を区切りながら審議を進め、できる限り9時迄には終わるようにしたいと思いますので、ご協力をお願いいたします。
まず議事(1)の「外部委員・内部委員の変更について」ということで、ご説明をお願いいたします。

 

議事(1) 「外部委員・内部委員の変更について」

内田 外部委員の承認をお願いしたいと思います。富田先生が3月31日で中央病院を退職されまして、新たな場所でご活躍されていますが、引き続いて倫理委員会に参加いただきたいので、外部委員として本日からお願いしたいと思います。で、内部委員の副委員長も兼ねていただいていたのですが、後任については次回、相談の上で提案させていただきたいと思います。よって変更後は、外部委員9名、内部委員7名という構成になりますのでで、ご承認をお願いしたいと思います。

小原 総数については、外部委員が1名増えて、内部委員が1名減ったということですね。ですから、内部委員の増員はせずに、現有メンバーから副委員長を選ぶということですね。

内田 それも含めまして、次回に提案をいたします。

小原 新規追加の可能性もあるのですね。分かりました。今、ご説明がありましたように、富田先生の移動に伴う、内部から外部へのステータスの変更なんですけれども、お認めいただけるでしょうか。何かありますか。

 いや、結構です。富田先生はどちらへ所属…?

富田 現在ですか。滋賀県のかいつぶり診療所におります。

小原 それはどこにあるのですか。

富田 守山市に成人病センターがございますね。あれの直ぐ近くです。

小原 お住まいは京都の市内ですね。

富田 はい。それは替わらないのですが。

小原 分かりました。では、引き続き宜しくお願いいたします。

一家 すみません、反対という意味ではなく、富田委員の就任を了承した上での質問ですが、規定の第3条第4項に「外部委員の資格」というのがありますが、富田先生はこれの4番目のお立場ということになるのでしょうか。

小原 このカテゴリーの中では4番でしょうね。

位田 「倫理を専門とする」というに引っ掛かっているのでしょうね。

 本当は、普通に「医学もしくは医療」というポジションがあっても良いのですけどね。

小原 1.または4.のカテゴリーということで、ご理解いただけますか。はい。宜しくお願いいたします。

 

議事(2) 「宗教的理由による輸血拒否に関するガイドライン」についてのエホバの証人京都医療機関連絡会との懇談

小原 では、議題(2)に移りたいと思います。長く作業してきましたガイドラインの成案がほぼできまして、本日、エホバの証人の医療機関連絡委員会京都委員会から3名の方に陪席していただいています。荒川さん、西野さん、小嶽さんですね。今日はご足労いただきましてありがとうございます。お三人には事前にガイドラインをお渡ししていまして、それをご覧いただいた上で、「このようにして欲しい」という希望を含めた意見が分かるような文書を、当日資料の最初のところに付けています。これに基づいて、まずご説明をしていただきたいと思います。そして、そのご説明に対して委員の皆さんの方から質問していただければと思っています。ただ、最終的な判断は倫理委員会内でしますので、質疑応答が終わった後に退席していただくということで、ご理解をお願いします。それからもう1点、この当日資料のP8に、今日は出席できないと思われる富永委員から「お聞きしてみたいこと」という3点の質問が出ておりますが、答えられる範囲で答えていただければ、参考にさせていだきたいと思います。では、まずはお三人のどなたかから、修整された点を踏まえてご説明をいただけたらと思います。

荒川 エホバの証人の医療機関連絡委員会の荒川と申します。宜しくお願いいたします。3年ほど前にもこの場でプレゼンテーションさせていただいて、時間を掛けて真摯にまとめて下さったことを本当に感謝しております。小原先生がおっしゃったように、事前に資料をいただきましたので、私どもの方としては文章の表現がより良くなるかなというところを記させていただいたのですけども、これだけを見ると、「まとめた文章を線で消して、偉そうに何をしているんだ」という印象をお持ちかも知れないですけども、決してそのようなわけではなく、病院で決めて下さったガイドラインに対して、私達が「こう変えるべきだ」などと言う権利はないことを重々承知しております。その上で、患者の立場からご一考いただければという点を記入させていただきましたが、全体を通して共通している2つのポイントがあります。
1つめがP4の[Ⅲ.対応方針]の[A.患者本人が18歳以上の場合]の1.の(1)で、[教団発行若しくは自筆の「事前指示書」または「免責証明書」を保持しているか否かによって確認する]というところですが、以前は事前指示書という名称で携帯していたのですが、現在は「医療に関する継続的委任状」という名称のものを携帯し、省略して継続的委任状と呼んでいます。[または「免責証明書」]というところは、この書類は手術の前などに「無輸血で生じる責任について病院や先生方の責任を問いません」という書類なので、普段に携帯しているわけではなく、必要に応じて病院と取り交わす書類になります。病院によっては、病院側がこういう証明書を作って下さっていて、それに署名して無輸血をお願いするというケースも増えています。そのあたりを踏まえまして、本人が作成した継続的委任状を持っているかどうかで、一義的にはその方がエホバの証人かどうかを判断して下さればと思います。その流れで[事前指示書]は、書類全体を通して「継続的委任状」という表現に書き換えさせていただきました。
もう1点の大きなポイントとして、患者本人の意思を最優先していただきたいという願いを持っています。ですので、例えばP4の「18歳以上の場合」の[2.患者本人に意思決定能力がない場合]の(3)は、[患者本人は「エホバの証人」を信仰しているが、患者本人の事前の意思表明により、または~]とありますが、この場合でも事前の意思表明で輸血を受け入れるという方に関しては、本人の意向を尊重して下さって大丈夫かと思います。次にP5の「15歳以上18歳未満の場合」の1.の(3)で、[患者本人が「エホバの証人」の信者であり、宗教上の理由から輸血を拒否するが、親権者等が1人でも輸血を希望する場合は~]という文面ですが、本人が拒否しているのであれば、患者本人の意向を優先していただきたいという願いを持っています。
大きなポイントとしてはこの2点で、書類の名称と、前提を問わずに患者本人の意向を尊重していただきたいというところを、示させていただきました。

小原 それぐらいで宜しいですか。ありがとうございます。後は大きな問題点ではないということですが、例えば[児童相談所に通告・相談し、その判断を得て]という部分は、ない方が良いという判断ですね。

荒川 15歳未満ですね。これも「患者本人が輸血を受ける意思を示しているにも拘わらず、親権者が輸血を拒否する」というようにまとめて下さっているので、「本人が輸血して欲しいと言っているのであれば、本人の意思を尊重して下さい」ぐらいでいいかなと思います。

小原 分かりました。私の方から何点か質問した後、皆さんからも出して欲しいと思います。まず、現在は事前指示書という名称ではなくて継続的委任状ということですが、正式名称は医療に関する継続的委任状ですか。とすれば、略称ではなく正式名称を書いた方が良いのではないですか。それは現状に合わせて反映できると思います。また、[教団若しくは自筆の]というところを「本人作成の」と変えて下っているのですが、継続的委任状は教団発行という形になっていないということですか。

荒川 書式はありますが、誰に渡して誰が書いたかをチェックしているわけではなく、これを携帯したいという方の求めに応じてお渡しするという形で、本人の書式で作って携帯されている方も中にはいらっしゃいます。

小原 本人の独自様式のものを持っている方がおられることは分かります。それとは別に、医療に関する継続的委任状そのものは、教団が統一したフォーマットを出していると理解して良いのではないですか。とすれば、「本人作成の」とするより、「教団発行の」とした方が実態に合っているのではないかと思いますが、いかがですか。

荒川 そうですね、自筆のものを持っておられる方があるというのを踏まえて、「本人作成」であれば、教団が発行したものでも自分の意思で作成しているもの、という趣旨で書いたものですので…。

小原 つまり、「教団の発行したものでなかったとしても、それは尊重して欲しい」という意図ですね。

小嶽 この医療に関する継続的委任状は確かに、ものみの塔祭司協会がプリントしているのですけども、これを記入するかどうかは、全く各人に任されていて、私達は絶対に「書きなさい」とは言わず、望む人が自ら「下さい」という形なので、私達がこちらの作成したものを左右する権利はないのですが、[教団発行]という表現からくる「教団がそういうふうに教育しているのではなかろうか」という印象は避けたいなということです。

小原 ただ、これがなぜ書かれていたかと言いますと、事前指示書であれ継続的委任状であれ、それを出しているところはどこかということが説明としてなければ、ガイドラインとして十分に機能しないのではないかということなんですね。最終的にはもちろん本人が署名するのですけども、教団が出しているということは、やはり必要な要件ではないかなと思うのですけども。しかし、説明の意図は分かります。

位田 以前は名前が事前指示書だったので、[事前指示書若しくは免責証明書]としましたが、ここの趣旨は、教団発行であろうと自筆であろうと、どんなものでもいいから、とにかく本人がサインをしているということが前提であって、医療に関する継続的委任状というのは、本人がそう書いたのではなくて、むしろ教団が発行しておられるという事実を述べたに過ぎないのです。ただ、いろいろな名前があり得るので、ここの部分はこういう修正案でいかがでしょうか、「患者が教団発行の『医療に関する継続的委任状』もしくは事前指示書または免責証明書」。それだと全ての場合でいけると思うのですけど。

小原 そうですね、網羅的な代替案なんですけども、現状では事前指示書とか免責証明書という言葉は、もう使われていないということですか。

荒川 事前指示書という言葉は使っておりません。免責証明書というのは恐らく輸血謝絶兼免責証書という書類を指しているのかなと思います。

小原 我々は以前、正式なものであれ本人作成のものであれ、それを一括して事前指示書と呼んでいたのですよ。今はそれが使われていないということですから、教団発行以外の自筆の指示書に対して、どういう名称を付けるのが最も適切ですか。

荒川 自筆で作られる方も、これを雛形として作ってらっしゃるケースが多いように思いますので、名称そのものは共通だと思います。

小原 同じで宜しいですか。となれば、「教団発行もしくは自筆の継続的委任状」ではどうですか。

位田 それはちょっとおかしい。つまり、自分で書く場合は普通、継続的委任状という言い方はしないと思います。カテゴリーとしては事前の指示なので、事前指示書というカテゴリーで呼んでいて、書かれている言葉をそのまま自筆で書かれたとしても、カテゴリーは事前の指示をした文書なので、事前指示書でも良いのです。

小原 エホバの証人のサイドからすれば、それをどう呼ばれるのがいちばん良いのだろうかということをお聞きしたかったのですよ。つまり、自筆のものであっても継続的委任状と呼んでも良いのか、あるいはそれを別扱いにして、位田先生が言われたように「教団発行の継続的委任状、もしくは自筆の事前指示書」というふうにした方がよりしっくりするのか、そのあたりなんですけども。

小嶽 継続的委任状については、そういう名称がありますので使っていただいて結構です。で、個人が作るものに関しては、特に名前を私達は付けていませんので、位田先生が言われたように、一般的に言われている名称で良いかと思います。

小原 今は教団内では使われていないけど、自筆の事前指示書と呼んでも構わないということですね。

 エホバの証人の方は、あくまでご本人が署名するということを強調したいという面があると思いますので、まずは「教団が発行して本人が署名した『医療に関する継続的委任状』」としておいた方が良いのかなと思います。

小嶽 この項目が「本人がエホバの証人かどうかを確定するため」と捉えて良ければ、「なるほど」というふうに分かればよいと思います。

小原 そういう面がかなり入っています。ただ、これを名称として付けているだけでは、出どころがどこか分かりませんので、教団が発行したということを入れているということですね。

小嶽 この委任状を持っていると、「この人はエホバの証人なんだ」というのが直ぐ分かるという意味ですね。

 自筆のものの名称が決まっていないのであれば、そうしておいて、「もしくは自筆の事前指示書または免責証明書」と付けておけば、そこも許容して、エホバの証人扱いにすることができます。ただ、この場合は一般用語ですから、事前指示書や免責証明書のカギ括弧を外しておいた方が良いと思います。そうしておいて、後にも出てきますから、「以下、継続委任状等と言う」とかそういうふうにしておきますか。

小原 そうですね。ちょっと確認ですが、免責証明書を普段に携帯することはまずないということですね。ですから、一般的な意味での「自筆の事前指示書」というところで止めておいても問題ありませんか。特に免責証明書を付け加える必要はないと思うのですけども。

荒川 そうですね、携帯しているのはそのいずれかなので…。

小原 では、「教団発行の『継続的委任状』もしくは自筆の事前指示書」ということで、ここは整理させて…、

位田 「または免責証明書」というのは残しておいた方が良いと思います。先ほど病院が免責証明書を用意されることもあるとおっしゃったので、事前指示書も持っておられなくても、来られた時に免責証明書にサインをされることもあり得るので、それは残しておいた方が、いろんなケースに対応できると思います。

小原 幅広くということですね。では、ここも括弧を取って、一般的なものとして残すことにしましょうか。

 今の関連ですけど、この病院としては免責証明書というのを委任状とは別に貰う必要はありますか。

吉中 輸血の同意書をいただければそれで成立します。

 無輸血治療をする場合に特段、免責証明書を貰う必要はないでしょうか。

位田 継続的委任状の書式の中にどうかいてありましたか。ちょっと私も記憶してないのですよ。

荒川 継続的委任状には「輸血は辞退します」とあって、血液分画は治療法によってそれぞれに決定できるようになっていて、後は末期治療をどうするかというあたりで、病院や先生の免責に対しては触れていないですね。

 触れていない場合は、改めて免責証明書を書いていただくという手順が必要でしょうね。

小原 そうですね。ここではそれを細かく説明する必要は多分ないと思うのですけど…。

 どこかな…。その後にも特に出てこないですね。

位田 ただ、その次の行で消されている[継続的委任状]というのは、何も持っていないわけですから、免責証明書を作成するように求めれば、それでいけるのだと思います。

吉中 無輸血治療を実行するにあたっては、免責証明書をいただけれるよう…、

 そこの項目と言うよりは、最初の共通のところに書いた方が良いですかね。

小原 細かい文言の調整は後ほどにしますので、まずは今来られている方々への直接的な質問に集中してみたいと思います。で、我々の立場とちょっとずれがあるところを確認したいと思います。意思決定能力がない場合、あるいは15歳以上18歳未満というように分けているのは、実はここの部分ですごく時間を掛けて議論したのですが、基本的な方針は、ご本人の意思を最大限に尊重したいということです。この点では変わらないですね。ただ、本人がまだ一人前の大人になっていなくて、親から言われてそういうふうに言っている場合もあるということで、ここでは15歳から18歳で切って区別しているのですよ。意思決定能力がないという場合もそうなんですけども。ですから「ご本人の意思を最大限に尊重するのですけども、少し若い人とか意思決定能力のない人に対しては、より慎重にしましょう」というニュアンスです。どうですか、他にも質問をどんどん出していただければ…。

一家 当日資料P6の[C.患者本人が15歳未満の場合]のところで、(2)のa)の「ただし患者本人に十分成熟した判断能力が認められる場合は例外とする」というのを追加されていますが、この趣旨を説明していただけますか。

荒川 ガイドラインですので、年齢で区切って対応を決めて下さるというのは重々承知しているのですけど、親権者が関わるという条件はあっても、一律15歳以上であればOKで、14歳半年だから本人の意思はないものとして扱うというよりも、個々によって成長の度合いが異なりますので、個別に、十分に成熟した判断能力があるかどうかを判断して対応していただければという趣旨で書きました。

一家 同じ文言は、全部消されているP5の1.の(3)の中でも書かれていますが、これは消えているということで良いのですね。我々は初めから書いてないのですが、無視して良いということですね。

荒川 そうですね、はい。

一家 分かりました。先ほどのC.に戻りますが、(1)の[児童相談所~]のお話をされた時に、「子供が輸血を希望しているにも拘わらず、親御さんが輸血を拒否している場合には、子供さんの意思を尊重して輸血をして欲しい」とおっしゃいましたが、それは信者の皆さんがそういうふうに考えていると受け止めていいのですか。

荒川 継続的委任状を持つかどうかで信者さんと決定されるということなので…。

一家 つまり、必ずしも統一されているわけではないということで、ケースバイケースでやっていくのですね。

荒川 それぞれの信仰の強さと言いましょうか、それが関わってくると思いますね。

小嶽 年齢の上下による場合もあると思います。15歳未満ということでも、15歳ギリギリの年齢の子供が十分に成熟した判断能力があって、自分の意思で「そうして欲しい」と述べるのであれば、両親は子供の決定にあえて逆らうことはないと思います。

小原 このあたりは実はすごく気になるところですが、例えば15歳未満であっても「無輸血で」という判断に関して十分に成熟しているということは、単純に「それを署名するかどうかはそれぞれに任せています」という状態では生じないと思うのです。実際、教団の側では無輸血治療に関してどういう教団内教育をされているのか、特に若い人に対してエホバの証人の特殊性というのを上手く伝えないといけないと思うのですが、実際はどうなのかなと気になったのですけど。多分「本当に自由です」とは言っていないと思うのですね。

荒川 若い方を対象に教育するということはないのですけど、週2回、聖書を勉強する集会というのが各地でありまして、血に関する教えに関しては、私どもは宗教的な理由で血を避けるというのがあって、輸血も含まれると理解しているのですね。で、「神様は輸血を受けないことを望んでおられる」ということは、そういう集会でも伝えていますし、それを踏まえて、個々の信者の方も「自分も神様に喜んでもらいたい」という動機で、輸血を拒否するというケースが多くなるかと思うのですけどね。でも、私達が強制しているということではなく、個々の方がそういう話を聞いたり、医療に関するDVDを用意していますので、それを見て、こういう治療を受け入れるかどうかを判断していらっしゃるということですね。

小嶽 私達は、命と同様に血は大切なものだと思っていますので、集会でも同様ですが、家庭でも子供達に血は命と同じように大切なものだということをハッキリ教えています。それで、子供達が病院で先生と一対一で「なぜ輸血を受けないのか」と質問されて、「一人で答えなさい」と言われても答えられるような心の準備とか、そういうことはしております。

富田 やはり、ちょっと気になるのは、「輸血を受けない」というふうに決意した人と、「それを気にしない」という人とで、教団のメンバーとしては区別されるのですか。「自由意思で」とはおっしゃるけど、説明の中身はやっぱり、一方の我々から見れば偏るのですね。そして、そちらにウエイトを置いた価値観を信者の方に持って欲しいと思っているように考えられるわけですね。

小嶽 基本的に情報は、みんなに共通の情報が提供されています。で、私達は一人一人の心の中を読むことはできないので、それぞれが血についての聖書の見方をどれほど真剣に受け止めているかということは分かりません。だけど私達は、「血は大切なものであって、それは輸血にも当てはまるということを、みんなが理解している」というふうに信じています。

富田 少なくとも、輸血に関して「そういう考えを受け入れる」という人と、「受け入れない」という人を区別されないと考えるのですか。

小嶽 「輸血は受けます」と表だって言う人はいないと思います。

荒川 本人としては、集会には行っているけど、実は「輸血を受けても良いのだ」と思っている方がいらっしゃって、仮に輸血を受けられたという場合、その後の扱いが変わるのか、区別するのかどうかとおっしゃっていると思いますね。

富田 いや、実際に行われた場合もありますが、「輸血に関しては気にしません」という考え方でおられる信者さんと、「いやいや、やはり輸血は良くないのだ」と考えている信者の方と、実際に区別はされないのですか。「そこのところは本当に自由意思なんだ。信者の中では区別されないものなんだ」と考えられるのですか。言わば、宗教としての価値観を自分で進められるようなふうに聞こえたりするので、本当かなと思うのですけどね。

荒川 実情は小嶽が申しました通り、表だって「私は輸血を受けるんだ」って皆に言って回るような方はいらっしゃらないと思うのですね。どういう時にご本人の意向が分かるかと言うと、実際に手術に直面されて、「輸血しなければ命を落としますよ」という状況でどうされるかという時に、周りに明らかになるかと思うのです。では、輸血を受け入れた方をどう見なすのかというのも、気に掛けていらっしゃると思いますけど、私達が避けるというよりも、受け入れられたご本人が、聖書の教えの一つを破ってしまったという意識が強くなられて、罪悪感を持たれることが多いのかなという印象ですね。

小原 確かに…。そういうケースは比較的にあるものですか。非常に珍しいですか。

荒川 私の知る中では…。

小原 あまりないということですね。

荒川 そうですね。

広瀬 以前、「輸血された方はどうなりますか」と聞いた時に、「信仰の深さで、いずれそれを許されるだろう」と教団の方がおっしゃったので、「そういうふうに考えてはるのだったら」とちょっと軽い気持ちになって、「それやったら別に輸血したって良いのと違うか」というふうに思ったのです。今、言うてはるのを聞いていると、前とちょっと違うかなと思ったのですけど。

荒川 個々の方がどれくらいの信仰心をお持ちかとなると、全てが分かるわけではないのですけど、聖書に書いてある教えとして理解して、そういう集会の場で勉強していますので、神様のご要求の一つであるこれを聞いた上で、「そう言われても自分はそこまで考えていない」という方もいらっしゃるかも知れませんし、真摯にそれを守りたいと思って、「無輸血で治療をお願いします」という方もいらっしゃると思うのですね。

広瀬 したことに対しては、やっぱり許されることはないということですね。

荒川 もし、その状況で輸血を受けられて、その後に「やっぱりそれは神様に対して悪いことをしたのだ」と悔い改められると言いますか…、

広瀬 そういうことがあれば許されるのですね。

荒川 そうですね。

小嶽 先ほどの話に戻って、「手術とは関係なしに、輸血は良いのではないかという人がいれば」というご質問なんですが、輸血を受け入れる受け入れないは命に関わることなので、新しく学ぶ人に聖書の教えは輸血も当てはまることを教えています。ですので、受け入れたくない人がいれば、「自分には到底受け入れられない」と思って、その時点でエホバの証人とは付き合わないというふうになるでしょうし、途中で考えが変わる人がいれば、去って行かれるのではないかと思います。

 その委任状を回していただけますか。

小原 サンプルはコピーして見せていただくこととして、せっかくの機会ですので、もう少しだけ質問を…。

位田 本人が輸血拒否するのは良いですし、本人が輸血をして欲しいと思うのも良いのですけど、本人に意識も事前の指示もなく、かつ、子供で必ずしも成熟していないという時に、誰が決めればよいと思われますか。

荒川 親が判断して下さると思いますね。

位田 そういうことですね。P4の2.の(3)というのは、18歳以上なのでほぼ大人なんですけど、この場合は患者に意思決定能力はないという状況ですので、患者さんの意識がなくなっていて、しかも継続的委任状を持っていなくて、誰も本人意思が分からず、でも信者さんであることだけが分かっているという場合、病院としては勝手に決めるのではなくて、患者を保護する立場ですから、恐らく親または保護にあたっている人の判断を仰ぐしかないなということなんですけど、そこが消されているので、そのあたりがどうかなと思いました。

小嶽 意識がなくて、エホバの証人であることはなんとか分かるという状況ということですが、どういうふうに確認することができるのでしょうか。

位田 例えば、周りの人が「あの人は、私はエホバの証人だと言っていた」と証言されることはあり得ると思うのですね。

小嶽 先ほどの討議で、「エホバの証人であることを確認するために、継続的委任状か手書きの事前指示書、免責証書を確認する」と話し合えたので、その方針で良いのではないかなと思います。

小原 今の位田先生の質問の中には年齢の問いは入っていますか。

位田 年齢も込みです。ただ先ほど「子供の場合は、意思が分からない時は親が決めるんだ」とおっしゃったのですが、この場合は18歳以上で、18歳から20歳まではまだ親権者がいるのですけども、20歳を過ぎた場合であっても、例えば急に倒れて、近くの人が飛んできて「あの人は前からエホバの証人だ」と証言をして、恐らくエホバの証人だということが分かったけど、事前の指示も何もなく、病院は輸血をしたいという状況があった場合にどうするかという、そこを我々は考えて[または患者を保護する立場にある者の判断により]というのを入れておいたのですが、そこを消されているので、患者の意思がハッキリしない時にはどうするかということが、ここで止まってしまうのです。

小嶽 荒川や西野の考えは私には分かりませんが、私の今の見方では、先生を目の前にして「自分はエホバの証人です」というほどの意識がなければ、しょうがないと思います。

小原 「しょうがない」と言うのは、周りに「この人はエホバなので輸血をしないで下さい」と言う人がいたとしても、特に聞かなくて良いということですか。

小嶽 それを本人の意思として確定する方法がないですよね。

小原 ないです。非常に大事なことですが、分かりました。本人の意思を徹底して尊重するということは、意思表示がなければ、特に別の人に聞く必要もないということですね。ある意味、非常に一貫性があるのですね。

勝村 今のことは、両サイドの方はどう思いますか。

荒川 想定される場面としては、集会場に来ておられる方が具合悪くなって救急車で運ばれ、で、その方は医療に関する継続的委任状を携帯しておらず、救急車に同乗された方が「集会場で倒れられたので、この方はエホバの証人」と証言される状況はあり得ますね。基本的には、これを携帯することは本人の責任だと思いますね。輸血を避けたいという意思を表明するものなので、本人が持っていることが第一だと思うのですけど、実情として、身に付けるのを忘れて出てしまったということはあり得ると思うのですね。そういう状況で付き添ってこられた方が証言されているという状況だと、位田先生がおっしゃった表現が含まれれば、その時点では持っていらっしゃらないので推測になりますが、「恐らくエホバの証人として、意識があれば輸血を拒否されるだろう」ということも考えられるので、そういう趣旨として、この一文を含めておいていただけると良いのかなという印象はあるのですね。すみません、線を引かせていただいた趣旨としては、保護者の立場よりも本人の意思を尊重して下さいということなので、それ自体を書いて…、

小原 …となると、ここに線は引かれているのですけども、持っていないからと気にせず機械的に判断するよりは、本人意思を推定する形でこういった判断をした方が望ましいということですか。そうであれば、ここはむしろ消さない方が良いということですね。

荒川 本人の自己責任ではあるのですけども、うっかり忘れているということも考えられるので…。

西野 P4の2.の(3)とP5の(2)と(3)に割愛されている部分がありますが、そのどちらにも次に[患者の意思決定能力に疑義がある場合には、医師1名を含む医療従事者3名により判断する]という、同じ言葉を書いて下さっていますね。私達はこれに異議を唱える気はないのです。というのは、患者の意思を尊重して下さった上で、それでも意思が確認できない場合に、お医者さんの方でそれを判断していただくことに依存はないわけです。だから、そういうふうなことをした者がどういう扱いを受けるとか、心に自責の念を生じるというのは、このガイドラインとは関係のない事柄だと思っています。その質問に対しての答えはないのです。

小原 その通りですね。どうぞ…。

吉中 病院ではカルテがありますので、何回か受診されているような場合、例えば子供さんの時に掛かられた時に「エホバの証人である」というような、患者さんの背景を記録しますので、その記録が残ります。で、エホバの証人の信者さんでも、途中で信者でなくなる場合がありますよね。そういうようなことというのは、一体どれくらいあり得るのでしょうか。1回、記録されると、「これはエホバの証人さんだ」と思わなければいけないのか、確かめた方が良いのか、それが追跡しにくいのですね。

西野 全ての治癒症例において、最初は「エホバの証人だ」と言っていたにも拘わらず、途中で意思を変えたということを一々確認したり、「この病院でお世話になっているんだ」と報告を受けるものでもありませんし、事後報告も全くありません。だから、病院側の方の中に「最初はエホバの証人と言っていたのに、途中で変わったことがある」というのは、風評では聞きますけど、本人の申告とか、私達が調査してそういうことがあったという確認は一度もしておりません。

吉中 私どもには産科がありますので、お産を繰り返すということは十分にあるのですね。そういう時にどういう態度で臨んだら良いかということで、例えばカルテには書いてあるが意識がなくて聞けないという場合、非常に判断が難しい現実が生じると思います。

荒川 コピーしてお配りいただきましたのが医療に関する継続的委任状ですね。「これをカルテに添付して下さい」とお願いされることがあるかと思うのですけども、現物は裏表になっているのですけどコピーでは右ページに、「医療に関する代理人」と「医療に関する第2順位の代理人」が記録され、もし本人の意識がなければこちらに連絡して下さいということなので、何回めかのお産の場合でも、急な状況で意識がなくて、以前に病院へ提出されたこういう書類がある場合には、代理人に連絡していただいたら、その方がエホバの証人として活動されているかどうかの判断をしていただけると思います。

位田 それも含めて連絡が着かないという場合が多分いちばん困るのですよね。例えばお子さんをお産みになった方が、1年後にもう一度、出産のために来られて、1年前にここに代理人と書かれた人に連絡したけど、代理人の方がどこかに移転されていて、辿り着くことができないというケースはしばしばあり得ますね。要するに基本的に、どう頑張ってもそこがハッキリしないということを想定した時に、誰が決めれば良いのかなという問題ですので、今、おっしゃっていただいたみたいに、本人が明確に意思を表明していないという時には病院で決めていただいたら良いという、そういう趣旨に受け取って宜しいということですね。

西野 はい、依存はありません。P4の(4)あるいはP5で訂正後の(3)のように、お医者さんの方でご判断をして下さい。

小原 ありがとうございました。おおよそ1時間ぐらい質疑応答をしました。かなり十分な時間を取ったと思うのですけども、まだ質問したいという方がおられれば、最後に宜しいですか。

 継続的委任状は、書類の性質としてはまず本人の事前指示であり、判断能力のない時は代理人の判断に委ねるという形式になっているのですけど、ここで言う代理人というのは通常、どういう人を選ぶのでしょうか。

荒川 書類を作成されるご本人が、自分の意思を代わりに欲しいという方が…、

 例えば、親もエホバの証人の信者であるという場合は、親のことが多い? あるいはご夫婦?

小嶽 これを作成される際の提案として、身近な家族をまず優先をするようにと言われています。ただ、「あんたが手術になったら、絶対に輸血させるぞ」と言うエホバの証人でない家族がいれば、ちょっと無理なので、身近な別の方に、分血とか自己血の用い方とか細かい内容も「こういう決定ですから、自分がもし意識のない時には私の決定を守ってもらえるようにお願いします」とお願いして、代理人になってもらっています。

 例えば、身内が軒並み反対しているような場合は、教団の方というふうなことになったりするのですか。

荒川 その方が信頼されている信者の中の方にというケースも…、

 そういうケースも結構ありそうですか。

小嶽 程度は分からないですけど、そういうケースもあります。

 そうすると、事前指示書があって意識がない子供の場合に、代理人の意向と、親権者との意見対立が生じるというケースは想定する必要があるわけですね。

小嶽 もし私が代理人として選ばれた場合、私が代わりに意思を発するのではなくて、本人がどう考えているかというのを事前に聞いておいて、それを伝えるだけで、「本人の意思を守って下さい。お願いします」という、そういう姿勢で接しています。

小原 はい。それではですね、どうもありがとうございました。最後に、P8に富永先生が書いて下さった質問がありますが、ごく簡単で結構ですので、答えられる範囲で答えて下さいますか。

荒川 「全体的な印象」…。病院の方で決めて下さったことを私達が「こうすべきだ」という権利はないというスタンスでありますので、長い時間を掛けて真摯にまとめて下さっているということに感謝しております。
2番目の「信仰に配慮した点」というところも、以前にこちらの病院で設けて下さっていた指針から、大きく方向転換され、ドクターの救命よりも患者の意思を尊重するという方向でまとめて下さっているという点で、「当院としても非常に進歩だと思っています」と書いて下さっているのと、同様の印象を私達も持っています。
「他施設との比較」ですけど、病院によってはガイドラインを策定されて公開されているところもありますが、以前に「別の病院でこういうガイドラインがあります」と提供させていただいた以上の情報は持っておりません。
「免責証書を持っていただくことを前提に…」の「免責証書」は、この医療に関する継続的委任状を持っているかどうかということですが、それはあくまでも本人の自己責任で、信仰の現れであるというふうに理解しています。
「臓器移植についての同意書カードのように運用していただくことはできないのでしょうか」というとこなんですけど、これはちょっと私には分からないです。

小原 ここはちょっと複雑なので結構です。議論にも出てきたところなんですけど3番目はどうですか。

荒川 私どもの希望としましては、年齢に関わらず本人の意向を尊重していただければ嬉しいということですので…。

小原 はい、分かりました。非常に参考になるご意見・ご解説を沢山いただき、改めて整理できましたので、それらを踏まえまして、最終案の調整に入りたいと思います。どうもありがとうございました。

………(エホバの証人関係者退席)………

小原 それでは熱が冷めない内に、整理すべきところだけちょっと整理して、なるべく成案に近いものに持っていってしまいたいのですが、まず、簡単なところから行きますと、我々が[事前指示書]としたところは[医療に関する継続的委任状]ということで、一括して変えれば良いと思います。そして、冒頭の部分は[「教団発行の医療に関する継続的委任状」もしくは自筆の事前指示書または免責証書を保持しているか否かによって確認する]という文言で良いのではないかと思います。そして、これを基準にして、他の文言も修整できるかと思うのです。
で、私は、そこだけはきちんと修整しても良いと思うのですが、他のところはこのままで良いのではないかなと、今の話を聞いていて思いましたが、皆さんのご意見はいかがでしょうか。やはり大きな違いは、今の方々のご意見は「年齢による区別をなしに、とにかく本人の意思を尊重して欲しい」という点に尽きると思うのです。しかし私達は、そこにかなり拘って、区別をして議論してきましたので、そこを一切合切なしにするという必要は多分ないと思います。

 「信仰に関する判断能力を吟味する」というのは、ちょっとできかねるのではないかと思いますから、年齢の線引きでやむを得ないのではないかと思いますし、児童相談所のところも、親権の一時停止などの手順を踏まずに、病院の判断でやった場合には、病院が自前で訴訟されたような場合は、自前で対応しなければいけないことになるので、これは大切な要件だと思いますね。
ちょっとややこしいのは、これが委任状という形式で、代行判断ではないという言い方ではあるのだけど、意識はない時のために代理人を指名する形式を採っているものですから、18歳以上の場合は、代理人というものをどう位置付けるかということが出てくると思いますし、18歳未満の場合は、親権者と代理人とが食い違っている場合にどうなんだというところがクリアできるでしょうか。

位田 まず、「医療に関する継続的委任状」の「委任」の部分は8.番以降で、それまでは「輸血をして欲しくない」という本人の意思の事前の表明ですね。で、これは多分、元々は英語の名前があって、それを日本語に訳された結果かなと思うのですが、あまり「継続的委任状だから事前指示じゃないんだ」という話ではないと思いますので、名前いかんに関わらず、教団はこの形の書面を発行しているというので、カギ括弧付きで書くのであれば、「医療に関する継続的委任状」と書かないといけないが、内容は事前指示書ということだと思うのですね。代理人と親権者が異なる場合は、恐らく法的には親権者を優先せざるを得ないと思います。つまり、未成年者が代理人を未成年者独自で選定できるかというと、その選定能力も含めて認められないので、従ってここに親権者以外の代理人の名前が書いてあったとしても、法的には有効ではないと思います。

 委任という法律行為はできないと思いますね。未成年者の場合はそれで親権者等の関係はクリアできますね。成人の場合は親権者がいないですから、本人の委任という法律行為そのものは有効ですよね。かつ、これは意思決定能力のない状態の場合ですね。ここでは[保護する立場にあるもの]というのを「代理人」と読み替えられるのでしょうか。

勝村 P4の18歳以上の場合の2.の(3)だけは、ちょっと変更しても良いのではないかなと思います。ここの趣旨は、「エホバの証人を信仰しているけれども輸血して良いよ」と本人があらかじめ言っているか、保護する立場の人の判断となっていますよね。18歳以上の場合なので、[何らかの証拠]という言い方を上の方でもしているけど、「何らかの証拠で事前に輸血を許容していることが明らかであったり、または保護する立場の人が何らかの証拠を提示することで」という趣旨としたら、ここだけは教団の方の校正を生かして、消している部分を消しておいたら分かりやすいのかなと思うのですけど。

位田 細かく分けると、18歳から20歳までは親権者が必ずいるので、親権者が付いてきた場合はそれに従わざるを得ないと思います。それに、20歳を超した場合に事前の意思表明がないケースを考えているわけですね。誰かが付いていて、例えば結婚はしていないけど同棲している人が付いて来て、その人が「輸血をして欲しい」と言っていて、本人はエホバの証人だけど事前の指示書はないという時に、パートナーの人の判断を尊重するのか、教団の人がおっしゃったように「病院で相談して決めるか」ですね。

勝村 ここの論理構成として、2.は(1)も(3)も[意思決定能力がない場合]ではないですか。(1)の場合は「エホバの証人であるということが何らかの証拠で証明できたら無輸血で頑張りましょう」ですね。で、(3)というのは、「エホバの証人だけども輸血はやっても良いという意思表示が、何らかの証拠で分かった場合はしましょう」ということですね。だから、[何らかの証拠]という上の言い方と同じ言い方をしてはいけないのですか。

小原 ただ、「無輸血で」というのは証拠を示すことができるわけですよ。ところが、「輸血をして下さい」という証拠を示すことは結構難しいと思うのですね。

勝村 [何らかの証拠]というのは、具体的に固有名詞として出ている継続的委任状など以外という意味で言っているのですよね。

位田 だからその場合は、事前の意思表示があったということなので、校正前の消していない部分でいけるわけです。

勝村 「事前の意思表示がないけどエホバの証人だとは分かっていて、20歳以上だったら、輸血を行う」という結論の文章になるのは、なんとなく論理としてどうなのかなと、僕は理解しにくいですけど。

 (3)のところは、「信仰しているが、『委任状等がなく』」という場合ですね。それを補足しておけば分かるのではないでしょうか。

位田 なるほどそうです。

勝村 僕の理解が足らなかったのかも知れないけど、この文章だけ分かりにくいと思いますね。

位田 分かりにくいかも知れないですね。そうすると[患者本人の事前の意思表明により~]というのが前にあって、「または患者本人の事前の意思表明がない場合には」というのを入れた方が分かりやすいですかね。または、さらにその後に「患者を保護する立場の者の判断により」とするか、そういう趣旨で「または」というのを入れているだけですね。だから、本人の事前の意思表示がない場合にどうするかという話を、今は消されている部分で書いているので、そこのところに少し説明を加えれば分かる。

勝村 [事前の意思表明により~輸血による治療を許容]というのは、「…許容することが明らかな場合は」ということなんですね。だから「明らかな」というのも入っていた方が良いのかな。他にどういう言い方があるかな。

小原 「エホバの証人であったとしても、輸血治療して欲しいという人は、それを最大限に尊重する」という趣旨ですから、それが文章として残れば…、

勝村 これは「ここまたはここで、こういく」というより、「これはこう、これはこう」と書いた方が良いと思います。そういうことも含めて、書いていることの理解が読む人によって一つにならないと思うのですよ。

位田 2.の(1)は、エホバの証人であるということが分かっているだけじゃなくて、明らかに輸血を望んでいなかったということがいろんな証拠でハッキリしている時は、輸血をしないでおきましょう。で…、

勝村 だから、その表現と対の表現をここでもした方が良いと思うのですよ。そうすると分かりやすい。

吉中 順番も、(2)が間に入っているから、余計に分かりにくいのではない? (2)と(4)は同じような感じですしね。

位田 確かに…。ただ、信者さんであれば当然に「輸血はするな」ということを思っているというのがまず前提で、「だけど輸血をしても良いですよ」というのが[許容する場合は]という言い方をしているので、ニュアンスには差があるのです。

勝村 「できればしたくないけど」ということで、「明らか」とは言えないということなんですね。

小原 なるべく大きくいじらないで、しかし、誤解を生じない範囲で修整を済ませておきたいと思います。で、あまり先延ばしはしたくありませんので、先ほど位田先生が言って下さった文面で良いのかなと思うのですが、「患者本人の事前の意思表明により、または事前の意思表明がない場合には患者を保護する立場にある者の判断により」というふうに続ければ、取りあえず大きな誤解はなくなると思うのですが、いかがですか。それで整合はされると思うので、この点だけ修整を加えて、他は修整せずにまとめたいと思いますけど、いかがでしょうか。

 「他は…」と言っても、1.の(1)は「継続的…」の文言に直すのですね。そうすると、その下の[これらのいずれの文書も保持していない場合は、本人の署名する免責証明書]というのを、「継続的委任状」に直すという…、

小原 ここで[免責証明書]とか[事前指示書]と書かれているものは、一括して「医療に関する継続的委任状」に置き換えて良いかなと思うのですけど。

 継続的委任状には免責のことは書いていないですね。でも、こういうものがあれば無輸血をやる時に免責証明書は必要ないということなんでしょうか。

小原 今、話を聞いている範囲では、免責証明書の位置付けがすごく低いですよね。

 むしろ、そういうものは単に向こうの人が言っているだけのことで、法的に我々が免責されるということに、なんの根拠もないものであるということと言いますか、要するに、患者の意思に添って無輸血医療をやることに対して、法的に免責されるかどうかにこれは関係がないという気がしている。

位田 刑法的に免責されるかどうかという話ではないのです。

 ですから、そういうものは必須ではないのですね。そうすると、親権者とかに免責証明書を求めるという文言は他にも入っていましたね。そういう場合は意味があるのですか。

位田 そうです。だから、向こうの方は全部「継続的委任状」に直されていますが、一律に換えてしまうと、継続的委任状を持っていない場合には対応できないわけです。だから、最初の[「医療に関する継続的委任状」もしくは自筆の事前指示書または免責証明書」というのは、このまま残さなければいけないですね。それから、2.の(1)のi)のところは、同じような形で書く。それから、P5の頭の方の(2)の[この場合、本人による]の次は、[事前指示書または免責証明書]もしくは先ほどの長々した文言をここに入れる。ここが「継続的委任状」だけだと、教団の発行しているものでないといけないということになりますので、そういう趣旨ではないと思いますね。括弧付きの「事前指示書」ではなくて、一般的な用語としての事前指示書でいける部分は、それでいくと思います。だから、そこをちょっと整理して…、

小原 ですから最後確認する際は…。もちろん機械的に置き換えるということではなく、先ほど言った長々としたものに置き換えるということです。ですから、あれでワンセットですので、「継続的委任状」、それから一般的な事前指示書と免責証明書の3点セットを、取りあえず各箇所に入れておけば、いちばん網羅的に対応できると思うのですけどね。

 あるいは、最初のところで代表できるのであれば、事前指示書という用語にしてしまって、丸括弧で(教団発行の「~委任状」、または自筆のもの、以下同じ)というふうな形にすれば、後はあまり変えなくて良い。一般用語としての事前指示書という言葉を作ってしまって、説明として委任状等は入れておいた方が良いと思います。

位田 あと、事前指示書と括弧なしで書いてあるところは、一般的に全部を引っくるめて事前指示書としましょうねという趣旨ですね。

小原 では、最初の長々としたものの後に、括弧で(以下、事前指示書と呼ぶ)いうことで良いですか。今の3点セットを一括して何と呼ぶかということさえ指示しておけば、後はそれに置き換えていけば良いと思いますけど、どうしましょうか。

 どちらかですが、事前指示書と総称しても良いような気がします。

小原 では、「継続的委任状~事前指示書~免責証明書」の後に括弧付きで(以下、事前指示書と呼ぶ)として、後の文言のところでは、結局それが残っているのですけも、事前指示書というふうにして宜しいですか。では、今のような修整をしていただいて、最終稿を改めてまた回覧できればというふうに思います。

勝村 ちょっといい? 遅れて来て申し訳ないですけど、[児童相談所に通告・相談し、その判断を得て~]というところを消している理由について、話はありましたか。

 「病院の判断でやってもらったら良い」というふうな…、

勝村 …ということですね。でも、通告・相談した方が良いと?

小原 はい。というふうに思っています。

位田 これは15歳未満の子供で、親権者がいる場合の話ですから。親が傍にいて、病院は輸血をしたいと思っているけど、親が輸血をするなと言っている。親が付いているのに勝手に判断するわけにはいかないので、その時には児相に相談して、親権を停止してもらって、それで輸血をしましょう。

小原 ですから一応聞いたのですが、これは原文を残すということにしたいと思います。

吉中 P4の1.の[意思決定能力がある場合]で、(1)の[この判断を行うに当たり]というところは、事前指示書で括れるということですね。その下は[「免責証明書」]と書いて「継続的委任状」と書き直されていますが、ここは「免責証明書」で良いですよね。指示書を保持していない場合というのは、現場の話ですから、免責証明書を書いていただくことで、事前指示書は要らないですよね。

小原 それで良いと思います。ここも原文のまま残しておいて良いと思います。

 成人の場合に、免責証書を貰うということは必要はありませんか。

 だから、そのへんがちょっと曖昧なんですね。

 だから、貰うという条項を加えた方が良いのではないですか。

位田 そういうふうにするかどうかです。

 継続的委任状を持っておられる方も、免責のものは貰わなければいけないということですかね。現場ではそのへんに混乱がありそうです。今の話だと、いずれかを持っていたら無輸血でいくと書いてありますね。で、後はハッキリと[免責証明書を貰う]ということを書いてありますけど、本人さんの場合はそういうものを取らなくても良いというふうに理解していいのかなと…、

位田 いろんな場面が想定されますけど、ずっと長く入院されていて、ある時点から輸血が必要な事態になるような場合には、その時点で「免責証明書を書いて下さい」ということはできると思います。ただ、救急で入ってきた時には、そんなことはやっていられないと思います。そうすると、ここに「免責証明書が要りますよ」と書いてしまうと、書いてもらえなかったら無輸血ができなくなってしまいますので、この場合は、継続的委任状もしくは自筆の事前指示書があれば、それでいきましょう…。書いていただく余裕があれば、書いていただいた方が私も良いと思います。しかし、ここで「必ず書け」と言ってしまうと、現場が困ると思います。

 輸血する場合は輸血承諾書で済みますが、無輸血治療の場合、「無輸血でも責任を追及しませんよ」という文書を「可能であれば書いてもらう」というふうな文言でも入れるのはいかがですかね。A.の1.の(1)ですね。2.の(1)にも必要だと思うのですけど、これは保護する立場の人から貰わないといけないと思います。

小原 1.の(1)と2.の(1)の後に「可能な場合には免責証書を求める」という文言を入れた方が良いということですね。それで宜しいですか。

位田 そうですね。あと、18歳未満は[免責証明書を求める]と書いてあるので…。これはもちろん親権者ですけどね。難しいのは、患者本人に意思決定能力がない時に、免責証明書を書く権限が誰にあるかということですね。家族が付いてきていれば良いと思うのですけど、そうでない時に、意思決定能力がないので「免責証明書を書いて下さい」と言っても、「私は家族ではないから書きません」というケースは大いにあると思います。

 例えばエホバの証人の医療機関連絡委員会に連絡して、本人の信仰が確認できましたら、「じゃぁそれでやって宜しい」ということになりますが、この医療機関連絡委員会が免責証明書を書くことはあり得ないですね。ということは、こういう場合はそういうものはなしで、医療側の判断でということで良いわけですね。

位田 だから、それも含めて「可能な場合には」でいくのだと思いますが…。

吉中 免責の書類では「立会人」と書いていますね。それを頼むのが難しい。

位田 1.の方は求めやすいですけど、2.の方で緊急の場合はかなり求めにくいということを前提にして、「可能な場合には」ということで…。

 免責証明書がなくても、場合によっては病院の方で作れば良いのではないでしょうか。同じ文言である必要はないと思います。

位田 そうです。手術の同意書と同じように作っておいて、「お願いします」とサインだけしてもらう。

勝村 手術同意書とかは、「全然、法律的な意味はない」と言い切られる弁護士さんもおられますよね。

岩橋 それは、損害程度とかによって、全ての行為を適法化してしまうという意味じゃないということで、「完全に免責してしまう意味はないですよ」という意味では、意味はないです。

 免責の意味で僕らはやっていないですね。同意を得るということです。

岩橋 でも医療過誤訴訟なんかで、以前は「同意書がある」という免責的な主張をされることが結構あって…、

勝村 …あったけど、全然それは採用されなかったのですか。

岩橋 今はそれだけでは判断しないですね。

位田 オールオアナッシングではなくて、「状況によって」ということです。

勝村 「責めることはしません」と言っているけど、責めるような裁判で、裁判所は全く参考にしなかったというのは…、

 同意書の中の公序良俗に反するような条項は無効ですという話ですから…。要するに「どんなことがあっても責任追及しません」なんて言うのは無効ですよと…。

 私が医者になった頃は、「一切、~に応じません」ということもありましたけど、今はそんな文章の同意書はないです。

 この話は、そこまで無効になる話ではないでしょう。

勝村 「『一切~』という同意書を書いちゃったから、裁判できないのでしょうか」と聞かれた弁護士が「全然関係ありません。裁判できます」と言って、やっているだけの…、

位田 だから、それが認められるかどうかは、その裁判の中で明らかになるのですね。

勝村 インフォームドコンセントという意味では、免責証書がなくても、事前指示書があれば十分な気がする。

位田 ただ、病院としてはその方が安心だということですよ。

 安心と言うか、そういうものが必要かどうかということは、僕らは分からないのですね。本人さんが言っているという証拠があれば免責云々の話はどうでも良いのだったら、ややこしいことはしなくてもいいですね。

勝村 「1枚にしておいてよ」というぐらいの話ですよね。それがあるのにもう1枚、書いてもらったところで、法的にはほとんど変わらないというのなら…。でも、これは余談で、今の通りで良いと思います。

 基本、余裕がある場合でしょうから…、

 意思をもういっぺん確かめるということですよね。

吉中 無輸血で亡くなって、裁判になったケースというようなことはあるのですか。輸血をして裁判になったという問題がきっかけになって、議論されたのですけど、それは知りませんか。

岩橋 考えられるのは、無輸血を貫いたことによって、生命が失われたり症状が重くなった場合に、親族だとかから訴えられることは、一般的にあり得ると思うのです。そういう結果が生じた時…、

勝村 エホバに対して免責を取っているのは、そういうケースを想定して取っているのですね。だから、それは以外とないかも知れない。

吉中 そういう事実を知っておけば、少し医療者側の不安も柔らかくなる。

位田 そういう判例はあるのですか。聞いたことはないですね。

岩橋 一般的に多分、輸血をしなかっただけでなく、医療過誤的な因果関係のあるような結果が生じた場合は、免責証書を取っていたとしても、免責されるという話ではないので、親族が問題にすれば、問題になる可能性はあります。ただそれは、エホバの証人の場合だから起こるという問題とはちょっと違うように思いますね。

小原 議論は尽きないのですけども、文言に関していろいろご意見をいただきましたので、先ほど指摘いただいたところの修整を加えて、改めて出てきた文書を回覧し、確認するということで、進めたいと思います。どうもありがとうございました。
それでは次の議題にいきます。議事(3)の「事例検討」ということで、当日資料に1枚もので付いていた資料に基づいて、まず、説明をいただきたいと思います。宜しくお願いいたします。

 

議事(3) 「事例検討」

※事例1例検討しました。

小原 では、議事(4)の「倫理委員会規定改定」ということで、事前資料Cをご覧になって下さい。これには訂正個所が下線で引かれていますけど、これについてのご説明をしていただけますか。

 

議事(4) 「倫理委員会規程改定について」

根石 規定改定については、以前に一家先生から「情報公開のところで、プライバシーを十分に保護するということと、情報公開をするんだということは矛盾している」というご指摘もありましたが、そのへんの文言を変える必要があるのかなということと、この間の臨床研究の審議に関わって、「いろんな議論を重ねても、最終的に目指す行き先がハッキリしなくて、時間が掛かっている」ということが出されています。確かに全体を見渡して見直さなければいけないものがあるかも知れないですけども、当面、早急な対応が要るのかなというところの修整提案として、下線の引いてある部分の提案をしたいというのが、今日の案件です。
1つは8条ですが、まず6条の[扱われるべき議題]というのは、以前はかなり「病院医療に関わる問題の倫理的検討」ということを中心的に行っていて、「臨床研究の妥当性」というのは後から増えてきたことなので、倫理的問題については8条の2.の[委員会は最大限、全会一致を目指して審議する]ということで、できるだけ全一致の方向へ努力しながら、議論を煮詰めていくというところが主な方向性だったのですが、臨床研究については、一般的な全員一致を目指す審議ではなくて、審議結果については多数決で決を取るべきではなかろうかということで、[「承認」「不承認」「条件付承認」「次回持越し」の判断を行う]ということを付け加えました。
10条の情報公開については、この間はいろんな形で、議事録を公開しなかったこともあったのですけど、十分にプライバシー保護をした上で、[検討事例については概要のみとし、病院長承認の上、公開する]というような文言に変えています。ここは議論のあるところなので、情報公開については検討をいただければと思います。
あと、文言については、[改定]の字が違っていたりとかいろいろあるので、実情に応じて少し変えておりますが、中身の大きな変更点は今の2点です。

小原 ありがとうございました。この10条というのは、全く新しい条項と考えていいのですか。

根石 修整ですね。

小原 元々は全く違う文言が入っていたわけですね。

根石 「全く」ということはないですね。比較ができた方が良かったですね。

小原 そうですね。最大の違いを指摘するとしたら、どのへんですか。

根石 [検討事例については概要のみとして、病院長承認の上、公開する]というのを付け加えています。

小原 その他の部分については、大きくは変わっていないのですね。今の第8条の3.項、そして第10条、これを中心に少しご議論をいただきたいと思います。一家先生、この内容変更に関してはどうですか。

一家 8条はこれで賛成いたします。ただ、8条2.項の「勧告」と「答申」という言葉遣いがちょっと気になるのですが、それについてはとりあえず今は措いておきます。10条の方では、先ほど本田先生からご相談があったようなケースについては概要のみとして、院長先生の承認の上、公開するというのは良いと思いますが、もう一つ、気になっているのは、臨床研究の審査の中身をどれぐらい公開するのかという点、つまり、製薬企業や他の研究機関から依頼のあった研究内容を、我々が勝手に公開して良いのかという問題がありますので、そこのところを病院の方としてはどう考えることにしたのかというのが、10条の規定からは読みとれません。

小原 そうですね。毎回、臨床研究を扱っているわけではありませんが、もちろん扱う時もありますので、特に他の組織・企業などが関わるような情報を、どういうふうに公開し制限するのかというご指摘がありましたが、他にご意見があれば…。

勝村 10条は[プライバシーに…]ということだけど、「プライバシーや知的財産なんかに十分な配慮」とするかで…。で、[検討事例]というのは、趣旨としては良いのですけど、言葉の意味が分かりにくいので、何か良い言葉はないかなと思います。

一家 それは6条1.項と言葉を統一するべきなので、6条1.項にもそういう言葉を入れる必要があると思います。

位田 [検討事例]と言うより、「事例の検討」と言った方が分かりやすいかも知れません。

小原 これは「事例検討」にしましょう。そして、臨床研究のことをここに含ませようと思えば、「プライバシーおよび知的財産権に」という文言を入れれば、ある程度はカバーできるような気がするのですが、どうですか。

 知的財産権だけでは多分、足りないので、「研究の競争上の利益」とかそういう幅が要るでしょう。

位田 ただ、ここは[議事録は]と書いてあって、「テープ起こしは」とは書いてないですから…。「必ず全部をテープ起こしして、全部を見せないといけない」ということは、必ずしも議事録という言葉だけでは出てこないし、施設によっては議事録もごく簡単で、「これを審議して、こう決めました」というだけのものも結構ありますから、このままで置いておいて、実際の具体的な取り扱いは、議事録をこの委員会で承認する時に、「ここは名前を消す」とか、その時その時にここで決めるという方が良いじゃないですか。

小原 そうですね。実際は、議事録が出る場合に必ず皆さんに配布されて、確認していますので、その段階で出すべきでないものに関してはカットするなり、要件だけを書くとか、そういう対応はできますね。

 それは良いのですけど、プライバシーへの配慮だけだと、研究の問題はクリアできないので…。

小原 ですから、今の位田先生の話では、これは心構えのようなもので、実際にそこの部分に対する最後のチェックというのは…、

位田 何を議事録というのかという…、

 おっしゃる意味は分かるのですけど、配慮するのはプライバシーだけしか書いていないので…。

勝村 「プライバシーや知的財産権等」ぐらいで良いのじゃないですか。

位田 だから、何を議事録に載せるかという問題がまずあって、載せるものの中でプライバシーを省くというのは分かるのです。今までは、ただテープ起こしをして、それを全部載せていたので問題になったのですよね。

 今、言っているのは個別事例の話ではなくて、企業とかの研究のプライオリティーとかの話ですよ。

位田 全部を含めて議事録をどう考えるかというだけの話なので、今までは全部をテープ起こしして、それを議事録と言っていたが、今後は必ずしもそうではなくて、全部をテープ起こしで見せるところもあれば、例えば臨床研究の場合には、少し概要的なものにするというところもあるし、事例検討はホンマに概要にするという形で、中身に濃淡を着けて、それが「今回の議事録です」という形にすれば良いのではないかということで…、

勝村 だから、その方針をここに書いておこうといういう話ではないですか。

位田 それは、議事録という言葉に含ませて、我々はそういうふうに理解したという方が…。つまり、文字に書くとものすごく難しくなるなと思うので、あまり書きたくない。

 ただ、一家さんがおっしゃったように、研究上の問題なんかは、ここの[プライバシーに十分な配慮]という言葉には含まれないでしょ。

位田 それは含まれないとは思います。

富田 僕は「議事録」で良いというふうに思うのです。と言うのは、私がおった時の実情としては、企業が付いてお金が動くような臨床研究というのは、ここが中心で動くというよりも、多施設参加型なんです。だから、ここは「そこにちょっと参加します」ということで、センターになるところから資料が出てくる形なので、その限りでは公開しても別に問題がないような中身だと思います。ここでプランを作って企業のお金が動くというやつは、まだ当面、難しいと思います。

岩橋 今のお話でも、研究を遂行している過程で、もちろん研究対象群の中には情報が出せる形になっていても、それを一般公開するとそれ以上の影響が及ぶのではないかということを、一家先生は心配されているのだと思うのですよ。ですから、「一般的にホームページとかで公開するかどうかについては配慮が必要だ」ということになると、プライバシーという用語以上のものがあるので、書いておいた方が良いのではないかということになるのですね。位田先生がおっしゃられていたことについては、もし別個に議事録ということで括ろうと思えば、テープを起こしたもの以外に、キチッと議事録というものを作っておいて、「これはテープ起こしだ」というふうにしないといけないので、それをまとめる作業が果たしてできるのかどうかということもあるので、別個に作らずに、ある程度は起こしたものを基本に出すことにならざるを得ないのであれば、原さんがおっしゃられたみたいに、ここでもそういう縛りが掛けられる限定的な文言を入れる必要があるのではないでしょうか。
私も当初、議事録と言われた時には、このまま出るというふうには思っておりませんでしたので、別個に議事録が作られれば、それに越したことはないのですけど、そのへんのすごい労働力を考えれば難しいですね。ただ、ここからある程度省いたものを議事録として作り、それを掲載しますということだったら、その表記でも良いということになりますね。位田先生がおっしゃられているのはそういう意味ですか。

位田 そうです。私も2つの議事録を作ろうという趣旨で申しあげたのではなく、今まではテープ起こしで全部が見えていたけど、そうじゃなくて、ある部分はテープ起こしをそのまま利用しても良いし、そうでない部分は「ここは削ろう」「ここは隠した方が良い」とかいう判断をして、それを議事録として残せば良いのです。

勝村 いや、そのことを書いておくということではないですか。これは、その趣旨だと思うのですね。

位田 それを説明するのは難しい。

小原 説明するのが難しいと思うのですよ。ですから、なんとか簡潔にできれば良いと思うのですけど、もし、あえて簡潔な言葉を入れるとしたら、何かありますかね。

 そうしたら、勝村さんがおっしゃったように、「プライバシーや知的財産権など」ぐらいにしておけば…。

一家 「知的財産権」よりは「研究上の秘密」の方が良いのではないですか。

位田 臨床研究は全部が登録されるので、題名をそのままか、題名もちょっと変えても良いのですけど…。

岩橋 承認されるためには、ここで公開されることが前提なので、それを載せたからといって問題にはならないのですよ。ただ、承認されなかった中身だけが出てしまうと、「どうか」ということはあるかも知れない。

小原 素人的には「研究の秘密」は分かりやすくて良いのですけども、もっと良い言葉があれば…。

 まぁ「知的財産権など」の「など」の中に含ませてしまうという感じで良いのではという気がしますけど。

勝村 素人でも「プライバシーや知的財産権は守らなあかんよね」というのは、分かりやすい一般教養ですね。

吉中 実は病院としても、議事録を作成していただきたいというのはあるのです。テープ起こしが全部できるまで待って、それを報告書にまとめてというのでは、どうしようもないということがありますから。もう一つの契機は、厚生労働省が倫理委員会の登録を求めていまして、その中身をちゃんとそれに合うように登録した方が良いと思うのですね。それには多分、議事録的なものが必要になると思うので、議事録は議事録でちゃんと残して、履歴が分かるようにしないと…。今は結局、私らが口頭で「こんな協議があったで」と言うだけで、何もないのです。議事録の開示があったら後で見るけど、それはだいぶ先の話ですよね。

小原 厚労省が求めている議事録の形というのは、テープ起こしのままではダメなんですか。

吉中 そんなものは向こうは扱えないですし…。

富田 現在あるやつを見てみたことはありますけど、本当にレジメの標題がずらっとと並ぶというような…、

小原 それを議事録と読んでいるわけですね。

吉中 院内の会議でも全部そうですよ。

位田 テープ起こしを全部公開しているところの方が、極々少ないです。ないとは言いませんけど…。

吉中 公表するのはやぶさかではないけど、人のためと見えて実は自己満足になっている面もあったりするということでね。テープ起こしは分かりにくいわけですね。

岩橋 今までのテープ起こしだと、不適切発言をしたり、表現的にキチッとした方が良いと思う場合もあるので、あまり生のやり取りがそのままというのは、どうなのかなという気も…。もちろん、より詳しく審議の中身が分かるという点では、できるだけ詳しいものが公開されるの方が…。珍しいとは思いますけどね。

小原 記事録の在り方については、今後に検討を重ねていきたいと思います。今回については、ここの文言を定めたいと思うのですが、今までご意見をまとめますと、「プライバシーや知的財産権等に十分な配慮を行った上で」というふうに、かなり包括的に解釈して、臨床研究に対する配慮も組み込むという方向でいかがですか。ただ、その文言を入れると、プライバシーに対する説明である[個人を特定する情報を一切省くなど]という部分は邪魔になってきますので、ここはカットした方が良いと思います。宜しいですか。さらに、[検討事例]を「事例検討」に変更する点との2ヵ所を修整して、10条および8条の改定をお認めいただきたいと思います。

一家 すみません。ちょっと気になっている点がございまして、規定に留まらず、運営に関することなんですが、5条2.項の[委員会は、委員の3分の2以上の出席で成立するものとする]というのは、定足数ですよね。多分、前回の委員会の開始時には3分の2の要件を満たしてなかったと思います。そのへんをどうするか。定足数を3分の2のままにするのか、あるいは委任状などを取ることにするのか。少なくとも倫理委員会が、自分達で作ったルールを守らないというのは拙いことだと思うので…。

小原 これを厳密に解釈すれば、定足数に達しないような会議があった場合、委任状なしには始められないですから、ここを文字通りに残していくのか、少し緩めていくのかということですね。前回は3分の2…、

根石 前回は成立していなかったというのは…?

一家 前回、始まる時に少ないなと思って、前回の議事録を見直して確認しました。

 開始時にはよくありますね。

 どこをもって成立させるかということで、今日もそうですよね。

根石 最終は16分の13ということですから、3分の2はクリアしているのですけど、最初ということになると確かにそうです。

位田 言い始めたら、細かくいろんな問題が出てきますが、「取りあえずは議論を始めた」ということで、例えば臨床研究の審議とかは定足数がないとダメだけども、例えば今回のエホバの証人のお話を聞くのは、委員会でなくても懇談会でもできますよね。従って「定足数が揃ってからは委員会になった」という前提で、「議論は始めたけど、3分の2を超えていないのに決定はできない」というふうに判断して運用し、規定はそのままというやり方しかないのではないかと思います。決定をしてはいけないけど、話は幾らでもして良いじゃないですか。

小原 「時間内には3分の2を超えるだろう」という見込みで始めるのが現実的ではないかと思います。もし、3分の2を厳密に解釈すると、6時半に開始するということは本当に難しいですね。

 特に人数が増えていますので、3分の2は若干、厳しいかも知れませんね。

位田 それはありますが、例えば過半数にすると、今は病院の方の数の方が少ないから良いのですけど、病院と外部が半々の時もあったので、病院プラス1で成立してしまう。それはやっぱり具合が悪い。そういう意味ではやっぱり3分の2というのは必要ですが、そうでなければ、例えば「病院半数、外部半数」という条件を付けて過半数とするのだったら、それでも良いと思います。

勝村 今の委員は16人だから、11人が必要ですね。

小原 取りあえず今は、現状のように運営していきたいと思いますが、もし、問題があるようであれば、この部分についてもいずれ検討したいと思います。ありがとうございました。では、これで規約改定については終わりたいと思います。

位田 すみません。この規約の改定は他にも…、「勧告」と「答申」というのは法律家から見ればあまり意味がない区別ですよね。それから、富田先生がどのカテゴリーにあたるのかというのもなかなか難しい話なので、次回にどうこうという話ではないですが、もう一度、全体を少し改定していただく作業をしていただくということでいかがですか。例えば臨床研究の審査なんて多分、出発の時点ではほとんどなかったと思いますね。また、倫理的妥当性の検証ですけど、普通は審査という言葉がどこかに入るのだろうと思いますし、いろんな細かいところがあるので、少し検討を始めていただいたらどうかなと思います。

小原 先ほど、説明していただいた際にも、全体を見回すといろいろと問題があるという話もありましたので、この1年の間にどこかで全体を見回す機会を設けたいと思いました。
では議事(5)です。一家先生からメールで「これを今後どのように扱っていくか」というご指摘がありましたが、私の理解では、この問題を最初は勉強会のような形でやり始めようということで、原さんの方から立派な資料をいだきました。この後、いろんな議事が続いて、実際に取り扱う機会を見ないまま、今に至っていますので、いったん整理したいということで、原さんからこういったものが出されています。恐らく、この大きな方針に皆さんもだいたい同意できると思うのですけど、今後、どういう形で議論し、どこに位置付けていくかということだけを確認して、継続していきたいと思います。もし、原さんの方からご説明があれば、少しお願いします。

 

議事(5) 「終末期医療について」

 この程度では多分、間に合わないと思いますけども、ある程度は具体的なものを作るにしても、基本的な考え方が定まらないとどうしようもないので、提案をしたという次第です。
書いてある通りなんですが、ポイントは、本文中にはあまり書いていないのですけど「終末期医療に関してはケアと心理を重視する」ということを提案しています。あえてもう一つ言えばプロセスで、終末期医療の在り方というのはある程度プロセスを持ったものだと思っています。従来の学会等のガイドラインとかもあるのですが、どちらかと言うと、ドクターサイドのものの見方が中心になっていて、もう少し看護や介護といった他の部分、心理的な部分なんかを重視する必要があるのではないかなと思っています。
中身は、前回は口頭で申しあげましたが、[最も大切なのは人の尊厳である。尊厳とは、最後まで人として大切にされることである]というのを最大のテーゼにしてあります。大切にされるとは何かというのは、もうちょっと分析してみる必要はあると思います。それは苦しくないことなのか、本人の意向に反することをしないことなのか、よく分かりませんけど、ぞんざいに扱われたり、粗末に扱われたりするようなことが、少なくともないように…。終末期医療の議論であまり論じられませんが、世の中の医療機関、介護施設、在宅でも、粗末に扱われている現実が結構あるので、そこのところを押さえておきたいなということです。
2.のところは[十分な緩和ケアと、親身に寄り添う看護・介護・支援が極めて重要である]と…。支援というのはソーシャルワークや心理的な支援、宗教的な支援とかをひっくるめています。後は[身体的・社会的・経済的・スピリチュアルな苦痛を取り除き]…、これは緩和ケアそのものの言い換えですけども、[大切にされていると感じられ、穏やかな気持ちで過ごせ、自分の人生は悪くなかったと思えるように、できるだけの手立てを尽くす。それができる体制を整備]していくということでしょうか。
3.の[生命維持の継続が絶対でもなければ、生命維持の不開始・打ち切り絶対でもない。できるだけ快適な状態で過ごせるようにすることは絶対だが、どのような病状であれ、医療従事者や周囲の側から「価値なき生命、価値の低い生命」とみなすべきではない]というのは、具体的には認知症とか精神障害、意識のない状態、脳死状態というようなものも入ってくるのではなかろうかと…。それは、「価値がないからという考え方を、少なくとも医療従事者や周りの人間が言うものではなかろう」ということですね。
4.は医療方針ですが、4.~6.で書いてあるのは、必ずしも患者の自己決定至上主義には立ちませんということで、「家族・医療サイドも含めた話し合い」という考え方を取っています。だから5.~6.の患者本人の意向についても、「事前指示とかそういうもので、とにかく決めてしまえば良いのだ」という議論もありますが、人の考えというものは、癌の受容や死の受容についても、プロセスを経て変化していきます。そういうことも踏まえないといけないし、その人の置かれた状況や環境によって変わり、家族関係によっても変わるし、経済状態によっても変わるし、体の状態によっても変わるということです。ここはソーシャルワーク的な言い方なんですが、単純な自己決定論とか事前指示論ではいかんでしょうということです。
すみません、私はこの春、精神保健福祉士の資格を取りましたので、ソーシャルワーカーの観点も含めて発言させていただきます。社会福祉士であっても基本的には同じようなことです…。
7.は、とにかく機械的判断ができるものではないので、悩むことは避けられないだろうな、悩むことも必要だろうなと…、本人も含めて…。
8.は、多職種チームのことですね。もうちょっと補足をする必要はいろいろあると思います。
9.を具体化していこうと思うと、9.のあたりのケースを、大まかにどういうケースでどういう考えか方を取るのだと…、急性期の場合と慢性期の場合では全然違うでしょ。亜急性期の癌なんかの場合は、考え方が比較的に整ってきているし、緩和ケアの手法も整ってきていると思うので、むしろ急性期とか慢性期の方が、考え方がまだ整備されていないところが多いと思います。で、法制度・医療福祉制度のいろんな不備の部分がありますので、病院で体制を作って話し合えば、それで解決するのかというと、そうでもないことがいろいろあり、しかも、社会的な代行判断…、先ほどのエホバの証人の方が示されたのも、後半は代行判断者みたいな部分がありますけど、事前指名や権利擁護システムとか倫理コンサルタントというような仕組みを、病院の内外を含めて作っていく必要があるのではないかと…。取りあえず示したのはそういうところです。
そのへんの大まかなところで意見がある程度まとまれば、具体化も進めやすいのではないかと思っています。

小原 はい、ありがとうございました。時間がありませんので、説明をいただいた一点一点について議論していくことは避けたいと思います。短く時間を区切って皆さんにご意見を伺いたいのは、これをどう位置付けていくかということですね。最終的にガイドラインのようなものを作るといった、最終的な形の部分を考えずに、ただ議論するだけでは意味がありませんので、その点についてのご意見をいただければと思います。

吉中 病院としては、ターミナルセデーションの指針の策定後、緩和ケアなどの変化もありまして、見直しが要るなということ。もう一つは、具体的には一般的に言われる治療の差し控えですね。透析をするのかしないのか、胃瘻(いろう)を造るのか造らないのか、レスピレーターを着けるか着けないかという議論が、今、始まっていて、そこをどういうふうに判断したら良いのかというのが、リアルな問題としてあります。流れは、だいたい十分な条件を満たすところで、何が何でも延命の方向に走るというのではなく、きちんと総合的に判断してやった方が良いのではないかということが、学会等でも言われ始めています。病院の実態としても、胃瘻を造ることは以前に比べるとずいぶん減っているわけですね。透析とか他の治療は基本的に今の流れでしていますけども、それも、透析学会のガイドラインが出たりしているので、どういう人に適用して、どういう場合に適用しないかというのは、医学的なデータ以外の判断が入ってくるので、そのあたりの幅は相当ありますので…。

小原 胃瘻に関しては、この数ヵ月あるいは1年の間に変化がありましたか。

吉中 医学会の認識として当初は、「延命効果もあるし、医学的に有用で、他の方法だと合併症が起こりやすいので、胃瘻は推奨」で、ウチも胃瘻がずうっと増えて、それが「本当に良かったのだろうか」という思いが、医療担当者やご家族に広がって、そういう目でちょっと見直そうという気運になって、胃瘻を推進してきた医師の中でも「見直した方が良い」という意見もかなり出ているというのが現実で、自然に減ってきています。

小原 今、指摘がありましたように、治療の差し控えというのは医学的な判断だけでなくて、やっぱり倫理的な指針があった方が良いだろうということで、病院側には具体的な事情があるということですね。そういったことを目指す中で、原さんが提案して下さったものをガイドラインのようなものとして作ったら、病院として役に立つのかとか、どういうものがあれば今の医療事情の変化の中で助かるのか、患者の側に立ってより有効な、あるいは倫理的に正しい治療ができるのかという、病院側のニーズは何ですか。

吉中 ターミナルセデーションの在り方のガイドラインの改定、治療の差し控えの基本的な考え方の整理、原さんがまとめていただいた中身というのは、むしろ倫理レクチャーのように、広くお互いに知ることも必要だし、考えてみることも必要なので、そういう場面が必要というような感じではないかと思うのですけど。

小原 透析・胃瘻を例に出されましたけど、治療の差し控えに関する指針みたいなものというのは、今、病院にとってはどうですか。

吉中 今はないですけども、学会レベルで出てきていますので、それに則るという方向にはなると思います。それの妥当性がどうで、ウチではどうするかというのは、必要になってくる課題ですね。

坂田 差し控えについては、日常、日々リアルに考えなければいけないことなので、私個人としては、大枠としてどういう考え方を持つのかということと、それに対してのコンサルテーション機能がしっかり持てるような機能アップというところが、今直ぐに求められているという感じですね。「胃瘻をするしない」だけではなくて、胃瘻をしている方の栄養が保持できるかとか、そういうことも含めたコンサルテーション機能ですね。

小原 原さんが作って下さったものはかなり網羅的ですが、1回で全てはできませんので、より優先順位が高い、切実度の高いものから扱っていくべきだと思います。その点で言うと、胃瘻の問題は切実度が高いですか。

坂田 人工栄養をどうするのか、それを差し控えるような場面をどう考えるのかということで、緩やかな慢性期で直ぐに死が差し迫っているわけではないけども、その内に差し控えるのかどうかということですね。

 差し控えと言うと不開始の話のようなイメージがするのですけど、打ち切りの話も含みますよね。

吉中 打ち切りも含みますけど、開始しないというのは、ずいぶん前からで、極端な話では人工心肺も回す人と回さない人があるわけね。人工心肺を回してレスピレーターを着けて薬を投与したら生かせますから。合意としてそんなことをしないということで来ているわけですね。そういうことがもっとリアルな問題になってきているということで、栄養の問題というのが典型ですね。

勝村 以前にターミナルセデーションの議論をしたのは、どういう落ち着きになっていたのですか。

 ガイドラインには患者への説明書がないことを指摘されたのですが、これは事務局扱いになっています。

吉中 癌患者さんを対象にしましたが、「癌だけか」というニュアンスが出てきているわけですね。

一家 すみません、病院の方へ宿題としてお願いしたことがあります。例えば、治療の差し控えなら、老年医学会が出しているようなガイドラインではどこがダメなのかということを、我々は教えていただかないと、倫理委員会としてどういうものを作ったら良いかということが分かりませんし、セデーションの問題ならば、緩和医療学会の作っているガイドラインのどこが足りないのかというのを、少し教えていただければと思います。逆に、それで足りるのであれば、わざわざこの委員会や病院で作る必要はないのではというふうに思います。

吉中 そうおっしゃられれば、それまでのことで、それなりに体裁良く作ってありますから、あまり余分な議論は要らないと言ってしまうこともできるのですが、やっぱり吟味していただいて、実態と突き合わした方が良いのではないかということを思ったものですから。学会のは、あまり当たり障りなくできているわけです。

位田 だから、病院としては「これを見たら現場で解決できる」というようなガイドラインを作って欲しいのか、それとも、例えば原さんの方のように「みんなで悩んで、機械的に決めるのはやめましょうね」と…、

 まずはそうですね。で、「慢性期でだんだん弱ってきている方の栄養をどうするのか」というあたりは、論じる必要があると思うのですけど、ここで考えるとすれば、自然科学的なマニュアルを作るのはとても無理でしょうから、その際の考え方というのでしょうか、価値判断の基準みたいなところに留まるものであれば、可能性もあるような気がします。

吉中 あえて考えると、むしろ倫理コンサルティングみたいに、現場際のことを一緒に見ていただきながら、問題がないかということを協議させていただくということの方が良いかも知れません。私らが言うことも、私らの主観で「これはどうか」というようなことで作り上げるようなところが多いわけね。だけど、現場というのはそういうことと関係なく、オートメート感覚でずっと動いていきますから、その実態に近づいた方が、逆にガイドラインとかの問題点も見やすくなるかも知れないと思います。

 「実態に近づく」とはどういうふうに?

吉中 臨床を原さんに見てもらうとか、そういうようなことですね。臨床カンファレンスを見ていただいて、「臨床現場での判断とはこうなっているのか」と知っていただくようなことも、ある意味ではあっても良いかも知れないと思ったのですね。

位田 倫理コンサルテーションとおっしゃったのは、この委員会が倫理コンサルテーションするという趣旨ですか。

吉中 そういう機能を持っていくことですね。

坂田 そうですね。ただ、ここの場は2ヵ月に1回なので難しいので、院内で日々の倫理的な相談ができるものが欲しいなと思うのですね。でも、大きくはここの場でも同じような機能を持って欲しいと思います。

位田 一つ提案すると、事例検討みたいな形で「こんな例がありました」「あんな例がありました」というのを、毎回、少し出していただいて、そうするとそういう例が積み重なっていくので、その一つ一つについて議論したことを、議事録等で議論の財産として積み上げていけば、「前にこんな例があったよね」ということでそれを見れば、少しは参考になるという気はしますけど。倫理委員会は2ヵ月に1回ですから、コンサルテーションするのは無理だと思います。

勝村 原さんがおっしゃるような「悩むべきだ」というのは、一人一人のケースが違うから、一人一人を絶対的に考えていくべきだという趣旨だと思いますから、やっぱりその積み重ねだから…。

 そうですけど、何か物差しがないことには悩もうにも困るから、何らかは要ると思います。前に倫理コンサルタントの案みたいなもの、要するに倫理委員会の議論を通じて全体でコンサルトするのではなく、倫理委員や他の人もあり得るけども、個々で依頼を受けて、比較的早めに対応できるような仕組みを作ってはどうかという提案があって、そのままになっていたと思います。機動性という意味では、そうしないと臨床事例には対応できないでしょうから…。責任を持った形の判断というところまでは考えないで、取りあえず、病院側としては参考意見的に位置付け、委員の方では勉強の機会という位置付けみたいな始め方をすることもありだと思います。キチッと最初から作ってしまうと、しんどいかも知れません。

小原 時間がだいぶ過ぎていますので、今日はここでいったん止め、時間を掛けて、進むべき方向性をしっかりと話し合った方が良いと思いますので、次回に「今後はどういうふうに進めるか」ということを議論できればと思います。その上で「何をすべきか」ということを見定めていきたいと思いますので、宜しくお願いします。

吉中 事例で言えば、不開始事例で悩まなかったケースでも良いのだけど、不開始・差し控えみたいな事例を出してもらって…、

 ケースであっても、別に「こういう傾向」でも良いと思うのですけど、例えば慢性期の方で課題が大きいとすれば、「こういう悩み方」「こういう悩み方」「こういう課題」「では、何を整理すれば良いのか」というのが分かったら、ちょっとは進むのではないかと思いますね。

広瀬 今日、ネットで終末医療のところを見ていたら、「癌に対するチームケアにはお金が降りてくるけど、普通の病気には降りてこない」と書いてあったので、びっくりしたのです。で、「病院もこれはやりにくいやろうな」と思ったのですけど、そこをどういうふうにやっていくのかということも、今、言わはったようなことも見ていかないと、なかなか良いこともできていかないなと思います。

小原 そういうことも含めて次回以降に議論を深めていきたいと思います。
では、「(6)その他」の「治験審査委員会報告」を宜しくお願いします。事前資料Dになります。

 

議事(6) 「治験審査委員会報告」

富田 私は3月には参加していて、4月には参加していませんが、中身は、多発性硬化症に対するTYSABRIと呼ばれるBG00002という薬の治験で、今のところは順調に進み、今はオープン試験の長期投与というステージで、多分、承認されるのを待っている段階だと思います。

小原 ありがとうございました。これで準備した議題・報告は全て終わりましたので、最後に次回日程の調整を行いたいと思います。ご提案、宜しくお願いいたします。

内田 通例では7月17日になりますが、ご都合の悪い方がおられるので7月4日はいかがでしょうか。

小原 都合の悪い方はおられませんね。では、次回は7月4日木曜日、時間は18時30分からということで、ご予定を宜しくお願いいたします。それでは、本当に長時間になりましたけども、どうもお疲れさまでした。これにて第53回倫理委員会を終わらせていただきます。

 

 

(入力者注)

文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、かなり要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。

 

 

ページの先頭へ

京都民医連中央病院

〒604-8453 京都市中京区西ノ京春日町 16-1
電話:075-822-2777 ファクス:075-822-2575