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第五十二回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2013年2月21(木) 18:30~21:40
場所 京都民医連中央病院西館1階第一・二会議室、太子道診療所3階多目的室
出席者

外部委員 原昌平副委員長、位田隆一委員、一家綱邦委員、勝村久司委員、広瀬東栄子委員

内部委員 富田豊副委員長、井上賀元委員、内田寛委員、上林孝豊委員、富永愛委員、東正一郎委員、平田恵美委員

事務局 丸山俊太郎

オブザーバー 川原初恵、寺前八重、根石明彦、岡本亮

欠席 小原克博委員長、岩橋多恵委員、関谷直人委員、川島市郎委員、中村光佐子(特別委員)

議事

 第52回倫理委員会を開催いたします。小原委員長が海外出張でおられませんので、原が進行を務めさせていただきます。本日の議事は、前回に積み残しになりました「栄養管理の臨床試験」と、「輸血拒否ガイドライン」の最終案、「倫理委員会議事録の扱い」などです。「終末期」関係は時間の余裕があれば議論したいと思います。
では「経管栄養管理が必要な高齢者を対象にした半固形化栄養剤の長期摂取による有用性の探索試験」。前回からの変更点や、前回の疑問に対する答えを説明していただけますか。

 

議事(1) 「臨床研究通常審査」

※前回からの臨床研究通常審査を継続審査し、承認しました。

 次は「宗教的理由による輸血拒否に関するガイドライン(最終案)」ですが、富永先生がまだ来られていませんので、「倫理委員会議事録の扱いについて」を先にやりましょうか。
当日資料のCは現在の規定ですね。で、議事録の扱いに関して例えば前回の分で言うと、事例検討があったのだけど「こんなのを載せて良いか」というご指摘であって、ここのところ、止まっているのですけど…。これは規定の改定が必要ということになるのでしょうか。

 

議事(2) 「倫理委員会議事録の扱いについて」

一家 第3条の7項と第10条がどういう関係になるのでしょうか。 

 第10条は[情報公開について]ですね。変えるとすれば、「個別事例に関する検討は公表しないことがあり得る」というふうな文言を加えるかということですね。改定してしまう方が分かりやすいですかね。

一家 さきほど臨床研究の審査の書類を見て気になったことがあったのですが、当日資料AのP3の(10)に[議事概要の公開内容]があり、[公表の可否]の[③公表不可]にチェックが付いているのですが、この場合は、ホームページで議事録が公開できるのでしょうか。研究の新規性ということを重視するのであれば、公開は難しいかもしれません。私は科学者ではないので、議事録を読んだだけで、どこでどういう研究が行われるかという推測ができるのか、できないのかという判断はできませんが。

富田 実際、今回の取り扱いは、要望として「公表はできるだけしたくない」ということがあったのですが、全く公表しないというのはどうかなということで、「プロトコルそのもの名前ではなんでダメなの」という話から始まり、「少し内容を一般化させた格好で載せます」ということで了解を取りましたので、少しモディファイした記載になっています。

 ここはチェック漏れでしたね。しかし、2ヵ所に丸が付いているのはおかしいですよね。

富田 そうですね。[②条件付き可否]で良いことになりましたので、③は間違いですね。③は外します。

一家 いや、私が問題にしたいのは、『臨床の問題を扱う部分だけが非公開』というわけにもいかない場合があるのではないでしょうか、ということです。研究の審査に関して議論することも、この委員会では公開するという原則を貫けない場合もあるかも知れないということです。そうすると、規定の書き方もちょっと工夫が必要になると思います。

 議事録も出せないという話になりますか。データに新規性があるという議論は、データが出ていなければ別にどうってことはないので、問題がある場合があり得るとすれば、似たような研究を誰かがやるかも知れないということですよね。

富田 実際、そういうことになりますよね。直ぐに真似られてしまうというようなものは、特に用心されるでしょうね。

位田 ただ、商品名を議事録から黒塗りにするとか、そういうのはあり得るかも知れませんけど、この場合は市販されているので、ちょっと違うと思いますね。もっと新規性のある治療法とか…、医薬品は治験ですけど…。

一家 常識的にはそう思うのですけど、[条件付き可否]ということで[公表可能な課題名]と書いてあるので、読み方によっては「課題名しか公表してほしくない」と求められているふうに理解できます。

富田 いや、ここの「公表」というのは、ホームページに臨床研究の一覧を作っていて、そこに課題名を書くということになっていますので、そこに…、

一家 この委員会の議事録を見ていただいて、「そこでこういう議論をしていますが、議事録公開をしてもいいです」というふうに解釈できますか。

富田 そこまではあまり考えてなかったですな。可能性としてはそうですね。臨床研究も…、

一家 研究の委託先から不満が出るのではないかという心配があるので…。

勝村 ここは変な文章ですね。①の[申請課題名の公表可]というところにチェックが入ってなくて、[条件付き可否]で書いているのがまさに申請課題名ですよね。論理としておかしいですね。で、[公表不可]の理由としては「結果だけはやめて欲しい」とあるけど、それは[条件付き可否]のところに書いた方が分かるのですけど。

富田 これはもう…。

位田 [議事概要…]と書いてありますが、ここの倫理委員会は言ったことをそのまま書いていますよね。必ずしも議事概要ではなく、まさに発言録なので、発言録をそのまま公表されてしまうと、臨床研究をやっている側は堪ったものではないということも当然にあり得るので、どこまで書くかというのは難しいのですけども、そのへんはちょっと考慮しておく必要があるかなと思いますね。倫理審査の議事録がそのまま出ているところは、恐らく極めて少ないと思いますね。国の審査委員会は別ですけど、国の審査委員会も審査委員だけが見ていて、公表はしてないですね。

 まぁ、出しているとこもあったと思いますけどね。

位田 ないわけではないでしょうけど、非常に少ないと思いますね。臨床研究ですから、登録はしてもらわないといけないわけで、登録する時にこの課題名だとあまり問題はないと思うのですけど、新しい治療法が読んだら分かるような名前とか、新しいメディカルディバイスを使う時にその名前が出ているとかいうのは、黒塗りなり一般的な名前にするというのはあると思う。ただし、審査の発言録まで出されると「これを使って、どうしてああして」というのも全部出てくるから、研究する側にとっては堪ったものではないだろうなと思います。

富田 この倫理委員会規定の例えば第10条の情報公開のような話は、元々は事例検討とかそういうことを中心に練られて作られたもので、臨床研究については後から付け加わってきたのですね。これまでは、あまりそこまで意識していなかったのですけども、臨床研究を独自の取り扱い方で拡げていかないで、それまでのケース検討の線上にそのまま乗せてしまうと、指摘されたような問題が出てきてしまいますよね。だから、臨床研究については、ちょっと別の規定の仕方を考えた方が良いと思いますね。申請書の中の課題名の公表は「ホームページのところに課題名を書くか、どうするか」というだけの項目ですので、ちょっと矛盾が出てくると思います。

一家 そうすると、事例検討もプライバシーの問題等があって、臨床研究審査の審議内容も問題があって、何についてホームページで議事録を公開するかということになるのですか。

位田 だから10条は、個人を特定する情報を一切、省けば良いわけで、例えば個人名が出てきたらそこは削るとか、あまり黒塗りばかりするのは格好悪いけど、プライバシーに掛かる部分は削って、それ以外のところは書いたらどうですか。

一家 前々回の議論で終末期医療の緩和ケアの話が出た時に問題が分かりました。これは個人のプライバシーとは関係のない問題ですが、こちらの病院としてはその問題のある実態を公開する覚悟はありますかということだと思います。そういう発言をそのまま公開するのかとか、細かい点を見ていくと結構気になるポイントがあります。それでは、その議論をしているところだけ黒塗りや空白にするのかということになるのです。

位田 だから、公表する議事録と発言録とを同じものだと考えるのか、発言録は記録として残しておくけど、表には「こんな議論がありました」という、もう少し簡単な議事概要を公表するというように、基本的には2つに分ける必要があると思うのですけど。

一家 初めにこの問題を提起した時に、「職員の方が読まれるのだ」とおっしゃったので、それには発言録を用意しておく必要があるとは思います。

位田 院内限定で発言録を見るのは、セキュリティの問題だけなので、それは良いのだろうとは思うのですけど、2つに分けると議事録を誰かに作っていただかないといけないので、それは大変ですよね。

 概要を作るというのは、相当に余力の掛かる作業になるのですよね。で、私は事例検討に関して言うと、前回のような案件は個人特定を避けるような形では問題を回避できないと思うので、タイトルも含めてぼやかして、「この件はプライベートな問題であるので、公開はしません」というふうな対応をせざるを得ないのではないかと思います。個人情報なりプライバシーをここで扱うのはまだ良いとしても、それが表に出ちゃうといかがなものかということになりますので、事例に関しては丸々伏せることもありという形にした方が良いではないかと…。臨床研究の方はどうでしょうね、一般的には差し支えるのですか。先ほどは[公表の可否]のところが不備だったのですけど、「発表するまで秘密だよ」というふうなことは、臨床の話に関してはそういう時代ではなくなってきていると思うのですけど。

富田 むしろ、そういうことが問題になってくる研究が増えてくると、随分先端に来たのだなという気がしますけど、ここは必ずしも先端だけではないですので、漏れたら研究にダメージがあるということは少ないと思います。ただ、どのレベルの研究に重点をおいて申請書などを整理したら良いのかなと思うのですけども。

一家 逆に言うと、こちらの病院が議事録を公開されているので臨床研究を頼みにくいという判断を、他所からされるという懸念はないですか。

富田 いや、治験のレベルになってきたらそういうことでしょうけど、今は手挙げなんですよ。いろんな臨床研究のモデルが「参加されますか」と提案されていまして、こちらから「参加します」という状況なので、今直ぐには影響はないと思います。ただ先々、高度なものに進んできたらどうなるかなというのはありますので…。

富永 この会議録を公開するというのは、伝統としてあるものなんですか。

勝村 最初の頃の議事録を読んでいないので自信がないですけど、当初は、かなり大事なことということで…、

富永 倫理委員会が設立されたこと自体も、院内でいろんなことがあったからということなので、多分それで、ウチとしては公開していくという…。

勝村 いや、「過去のなんとか…」という意味ではなく、倫理委員会の本質としてという、絶対的な理由からだったと思います。

富永 反対に、倫理的な問題が非常にデリケートな問題になってきて、個人情報も保護されるように、より公開があまりされないようにもなってきている世の中の流れもあり、例えばカルテなんかもオープンにするようにはなってきていますけど、それは興味のある人がアクセスすれば公開できるということなので、どういう人がどういう目的で使うかを限定して、そういう人が知りたくなったら知らせてくださいというふうに、アクセスできれば良いのではないかと私は思っています。ネット上の情報は、ホームページにある写真でも何でも自由自在に出るわけで、こういうものを悪用しようと思うとなんぼでも使える時代になってきているのですね。だから、例えば「会議録は持っています。もし興味がある方がいて、公開してくれということであれば、それを出します」と、アクセスしてきた人に限定してオープンにするとかではダメなんですか。全部を出さないとダメですか。

勝村 こういう種の委員会には何か社会的責任はあると思っていて、「原則、議事録公開」を条件にしなければ、僕はこういうのを引き受けないようにしているのですけどね。ただ、事例検討がそのままほぼ載っていることは、非常にうかつでしたが、原則の「公開」というところの問題というよりは、規定に書いてある[プライバシーに十分な配慮を払った上で]ということができていなかったという認識をするべきで、事例検討というのは、どんなに黒くしていってもなかなかプライバシーは守れないので、その分に関しては全部取るとか、そういう類の議論というのは当然すべきだとは僕も思っています。

富永 そのためには、「ここまでは皆さんの発言を公開しますよ。ここからはオフィシャルに公開しない議論としてやりますよ」という線引きをちゃんとやって、会議も進めるべきだと思いますよね。この会議自体が公開原則でどれだけ占めていこうという議論にするのか…、

勝村 いや、一般に会議というのは、傍聴者を許す公開と議事録公開があって、1回目にそれを議論するのですけど、傍聴者を入れる公開に関しては、あらかじめするかしないかを決めないとできないけど、議事録に関しては必ずしもあらかじめでなくても良いわけですよ。だから議事録は、議論する前に公開するかしないかを必ずしも決める必要はないと思うのですね。

位田 倫理員会だから、一般論としてはできるだけ公開する方が良いということは言えると思うのですね。ただし、言ったことの一言一句を公開するというのは、発言した時はそう重要でないと思っていても、誰が読んでどう反応するか分からないから、そのへんの考慮はしないといけないので、本来だったら発言録ではなくて議事概要を作って、「こういう問題について議論をしました。賛成意見はこうで、反対意見はどうで」ぐらいまでで止めておかないと…。ただ、それを誰かが作らないといけないので、そこを考えるとやっぱり…、

勝村 そういう手間という問題と、この倫理委員会ができた頃は、厚労省のあらゆる会議で議事概要で済まされていたのが、全文の議事録に換わっていった最中で、今は厚労省の会議は全文が基本で、よほどでないと議事概要はないのですね。だから、基本を議事概要に置かず、手間の点からも全文の方が良いと思うのですが、実際にはプライバシーを守らなければいけないし、悪い方向に行ってしまうという危惧も充分に配慮して、原則は崩さないで文言を上手く修整して載せていけないかと思うのですね。

一家 ただ、国の委員会に対する情報公開と、民間の病院の情報公開を同じレベルでは考えることはできません。

勝村 その通りですけど、ここは国ではないから国のスタンダードでなくて良いのだというより、できるだけ国のスタンダードに近づけた方が良いというのが僕の考えで、大阪市から全国へ情報開示条例や個人情報保護条例ができていく過程というのを見ると、当事者の情報開示要求に応じる形になってきているので、どんな議論をされているかということが、知る権利のある人に知られていくというのはすごい大事だし…、

富永 それをネット上での公開までする必要はあるのでしょうか。

勝村 必要があるかないかの議論は、今、したら良いのですけど、僕は「ある」という意見で、当初の5年ぐらいは某社会学会の人がものすごくこの倫理委員会の議事録を読んで、シンポをしたこともあるし、どこかの大学の倫理委員会がここの議事録を引用したこともあります。当時は議事録のチェックもきっちりできていたかも知れないけど、できた当初の人達はいろんなテーマを議論したり、いろんな人が出られていたのが注目されて、社会的にも、民医連の他の倫理委員会の人もよく見てくれるというのもありましたね。当初のアクセス数は、今は全然ないのではないかという気はするし、公開しても意味があるのかという感じですが、例えば位田先生が出ておられてどんな発言をしておられるのだろうと、興味のある人もあるかも知れない。だけど、こんな議論をしているのだということを一般に公開するということでは、議論のリアリティが出る形の方が僕は良いと思うけど、当然、いろんな配慮はすべきだということの上ですけどね。

位田 例えば今日もそうですけど、エホバの証人のガイドラインを作るとか、そういう問題は発言録を公開しても僕は構わないと思いますよ。

勝村 以前はそういうのが非常に注目されましたね。

位田 だから多分、初期はそういう問題が多かったのではないかと思うのですね。ところが、最近になると臨床研究が毎回1件ぐらいは出ているし、かつ事例検討で「こんな人がいて、こんな問題が出て」というのがあると、そこまではなかなか公開できないのではないかな。ただし、「こういう問題を議論しました」という事実ぐらいを伝えてあげるのは他の病院でもあり得るだろうし、ただ、それをやろうと思うと、発言録のようにテープ起こしをやればよいという話ではなくなりますから、誰かにやっていただかなければいけないので、それを誰にやってもらいますかという問題はもちろん出ます。ただ、理想的には発言録ではなくて議事概要を公開して、その時の中身の濃淡については、「これはこのぐらい簡単なものにして」「これはできるだけ詳しく」、場合によっては「発言録をそのまま載せる」という判断を、その時その時にしていく必要はあるかなと思います。

 透明性を高めるということは、原則公開という形で始めた時にはあったわけですよ。積極的にアクセスして初めて手に入るかも知れないという話と、いつでも見られますよという話は全然違うので、議論の具体的な中身がよく分かるという意味では、概要と議事録の程度の差は随分あると思います。取材をしたり調査をしたりする側からすると、開示請求や公開請求をしてというのはやっぱり公開とは言えません。研究の倫理指針でも原則公開、「議事録レベルは少なくとも公開してください」という規定は研究審査のところにもありますよ。

位田 ただ、その時の議事録というのは、発言録を求めていないので…。

 発言録であっても良いのですよ。

位田 あっても良いですけど、恐らく、発言録を公開している特に先端の研究機関はほとんどないのではないかと思います。

 今はまだ整理できていなくて、倫理指針毎に公開に関する規定に少しずつ差があって、議事要旨としているものがあったり、議事の内容が具体的に明らかになるようというふうに書いていたりで、具体的に明らかになるようというのは「承認しました」「非承認でした」ということではダメだという意味です。研究の倫理指針で非公開にできるものとしては、人権とか研究の独創性、知的財産権の保護、競争上の地位とかを挙げていますね。だから研究の審査をする場合でも非公開にするのだったら、非公開の理由をハッキリさせてくださいということが必要だと思いますね。

位田 ただし、臨床研究は必ず登録制になっているので…、

 いや、今回の分は「登録しない」と書いてあるのですよ。

位田 これは侵襲を伴わないという理解でしょ。だけど、侵襲を伴う臨床研究は登録するというのが臨床研究指針で定められていて、基本的には登録していただくので、研究題目は確実に出てくるのですよ。そこは公開されている。ただし、議事録まで登録しろとは言っていない。

 研究の場合に関して言いますと、仮に詳しい内容が出た場合、或いは計画書そのものが出た場合、何の差し支えがありますかという話と一緒だと思うのですよ。

富田 臨床研究登録の元々の趣旨は、ネガティブデータを出させるというのが一番の目的ですね。研究としてやったけど思うような結果が出ないいので、発表せずに消えていってしまい、それを知らないで、同じような研究を他の人がまたやって、またネガティブデータが出て消えてしまうというのを避けるためですね。

位田 研究にとって重要なのは、ここで言えば研究計画書・実施計画書が表にそのまま出るのが具合悪いです。

 具合悪いですか。どうしてですか。

位田 だって、他の人が見たら、先に真似てやられてしまいますから。これはアイデアの問題です。

上林 僕の領域だけでなんですけど、メジャーな臨床研究でオンゴーイングのトライアルなんかは、誰でもネットで調べることができて、詳しいものなら、どんな方法とか目的や方向性といった内容も出ていると思うのですね。で、絶対に出したらあかんのは恐らく結果だけかなと認識しているのですけど。議事録に関しても、出してもそんなに影響はないと思うのですけど、結果に関することだけは出さない方が良いだろうと思います。

 結果を出すと発表したみたいな感じになりますからねぇ。結果はそうだと思いますけど、少なくとも臨床とか疫学というレベルの研究計画が、そんなに差し支えがあるとは思わないのですが。基礎研究だったら分かりますよ。まさにそれを計画するといった場合に微妙な問題はあり得ると思いますけど。

富田 ただ、臨床と基礎とが先端の分野ではだんだん近づいてきていまして、特に生命科学の分野なんかはそうですから、分野によってどこまでが本当にシークレットであるべきかというのはちょっと違うかも知れません。

 レベルにはよると思いますけど、基本的に研究計画そのものはシークレットな話ではないはずですよ。ヘルシンキ宣言で言えば「一般に公開」という規定。

富田 概略で良いのではないですか。

 概略でも良いでしょうけど、詳細を公開したら困るのかという話で言うと、わざわざ概略を作る必要性がどこにあるのかなと…。例えば取材する側から言うと、「実施計画書は見せられません」と言われたら、「何かやましいことをやっているのではないか」という感じがしますね。で、どういう研究をやっているのかを知るには、そこまで見ないと分からないですよね。

位田 取材されるのはそうだと思います。

勝村 議論を元に戻すと、毎回の倫理委員会の最後に「今日の議事録をどうするか」というテーマを必ず入れるとしておいて、原則は公開とする中で、例えば事例検討に関しては、最近の事例検討の状況から見ると、概要というかタイトルぐらいにして「議論しました」みたいにするのを原則にするとか、臨床研究を含むそれ以外も、その日のテーマで「この部分は非公開に」という意見が出されたら、そのことについて議論するというパターンを作る必要があるのではないか。その時に、文言を修整した方が良ければ修整するで良いのではないか。

位田 その時その時だと難しいかも知れないですが、次回に原稿が出てきまして、その時点ではまだネットに載ってないから、その時までにチェックして、「この問題についてはどうしましょう」というのを決めた方が良いかも知れない。

勝村 メールでの回覧は、読まずにパスしちゃうこともあるから、誰も反応しないまま載ってしまうという怖さもありますしね。

 研究の場合に差し支えるのかどうなのかというのは、申請者の方の意向を聞かないと分からないですね。そういう意味では、研究の審査の話について言えば、当日に「そのまま出して具合悪い点はありますか」と伺い、「こういう理由で具合が悪い」ということであれば、その部分を非公開とする判断をすれば良いではないですか。手間の問題で言いますと、その都度概要を作るという作業はとても大変で、「承認」「承認しませんでした」というだけなら概要ではなく、結果でしかない。概要というと、議論の要点も書かないといけない。そのへんの作業負担はようせんなぁというのが、正直なところですね。そういう意味で言うと、逐語的な形で出してしまうということを原則にしといて、差し支えがある場合は「どこがどういう理由で差し支える」という説明をしていただいて、その議論の時に合意を得ておくというのでどうでしょうか。

富田 院内でオリジナルの研究ができるようになれば、そういうこともリアリティをもっていくかも知れませんが、まだそこまでではなく、結局、外のプランに対して「参加します」というのが多いですから…、

位田 多施設共同研究の場合には、中央機関に公表して良いかどうかを決めてもらわないと、末端の機関で公表してしまうとやっぱり問題があるので…。ここが中央機関になるのだったら全然問題はないですけど。

富田 ここが中央機関になるのだったら、「出そうか、出すまいか」という話が逆にリアリティをもってくるのだけど、他所の場合はもちろん許可が要るでしょうし、そこなんですねぇ。

位田 「それは嫌だ」と言われたら、それまでだと思うのですけどね。

 「嫌だ」と言われたら従うか、「公表しないのだったら、ウチではできません」という判断をするか…、

位田 それは研究者にとってはキツイのではないでしょうか。ここは倫理審査の場であって、「公表しないと研究してはいけません」というのは倫理審査の枠を外れていますから。

 ただ、案件によるとは思うのですけどね。

位田 公表を条件とする倫理審査というのはあり得るのですか。

 いや、倫理審査は基本的には公開をすべき話じゃないですか。

位田 だけど、臨床研究指針では発言録を公開しないといけないと求めてはおらず、登録は求めているから、この研究をしますという題目はもちろん公開ですけど。だから、中央機関が「どうぞ公開してください」と言えば、喜んで公開したら良いですけど、何らかの理由があって、それが薬屋さんの利益なのかどうかは色々あるとしても、中央機関が公開して欲しくはないという判断をすれば、共同研究機関としては「ウチは公開します」というわけにはいかないと思いますね。それだと共同研究ができない。

勝村 申請書自体に公表の可否について書く欄があるわけだから…、

富田 この「公表」というのは、標題をホームページに出すということ、それだけのことですよ。

位田 ここが「申請課題名の公表可・不可」だったら良いのだけど、[議事概要の公開内容]のところに書いてあるから、難しいのだと思うのですよ。

勝村 だから、必ずこういう議論を申請された時に経ていくということであるならば、審査する時に議論すれば解決するのですね。

富田 元々、(10)の[議事概要~]の内容は、倫理委員会の規定と接近することを考えずに作っていますので、これ自体をちょっと変えなければいけないと思います。

勝村 「議事を公開しないで欲しい」というのが出てくる場合、申請時に一緒に乗って出てくるのですよね。それなら、そのことについて必ず議論するわけなんだから、それでことが足りるのじゃないですか。

一家 仮にそういう研究が出てきた時に我々は「公開できないのだったら、そんな研究をしてはいけない」とは言えないですよね。

勝村 そうじゃなくて、ケースによってはそういう意見が出てくることもあり得ることですよね。

富田 ちょっと話が難しくなり過ぎていると思います。ここの病院で「オープンにしなければ倫理委員会で切られる可能性がある」という話になるのであれば…、

勝村 いや、そんな条件はないですよ。

富田 でも、今の話を聞いていると、そんなふうにも聞こえます。あんまり複雑にして欲しくない。

勝村 原則的に議事録を載せているじゃないですか。それを「この臨床研究の議論は載せないで欲しい」ということは、申請が出る時に付いてくるのでしょ。その時にここで議論するということでことが足りるのではないかという…。

富田 申請する時に議事録に載せるか載せないかを選択するということですか。

勝村 申請される時に、そういうことに関して何も書いていなかったら、今までは議事録を公開してきていたではないですか。

位田 今までは、「公開する、しない」の議論はしていないですし、しないで公開してしまっていた。

勝村 先生は、臨床研究申請の議論は全部、原則非公開にするべきだと?

富田 いや、要するに「オープンにします」というのは、標題と責任者名をオープンにすることですよ。それでオープンにされているというふうに理解していましたので、それ以上の内容は考えていませんでした。

 そうしましたら、申請書の様式を変えて、手間の面で言うと議事録レベルで公開するということを原則にしておいて、そこの可否も含めて申請段階で書いていただくということでどうでしょうか。

位田 この病院だけでやる場合に、もし先生方がOKであるのなら、公開を原則にするのはできると思うのです。だけど共同研究の場合には、中央機関がノーと言っているのにも拘わらず、共同研究機関である民医連中央病院が勝手に公開するというのは、それはまずいのではないか。

 だから、「中央機関はどうなんですか」というのを申請書に書いていただいたらいいのではないですか。

位田 中央機関が公表しないのであれば、ここも公表しないということですよね。そうでないと、「あそこへ持って行ったら、必ず公開されてしまうから、共同研究はやらないでおこう」と思われるかも知れない。

勝村 いや、そんな議論をする予定はないのでしょ。

位田 いや、でも公表を原則にしたら…。

 いや、「そのまま注文がなければ原則は出しますよ」ということにしておけばいいのではないですか。

勝村 「非公開にしてくれ」というニュアンスがなければ…、

一家 自分の施設で公開しないということは、「公開してくれるな」という意味に推測できると思うのですよ。

 それは推測するのではなくて、この病院の分担研究者の方が打診をしないといけないと思いますけど。

一家 きちんと打診をされるというのであれば、それで良いと思います。

位田 そしたら、この項目で「中央機関による公開の有無」と書いておけば良いのじゃないですか。

富田 一つ一つを中央機関に「プロトコルを全部出すのか出さないのか」と尋ねることに意味があるのですか。

勝村 ここの議論の議事録の公開をするかしないかでしょ。

位田 発言録の問題です。プロトコルそのものは必ずしも明らかにはならない。題名はもちろん…、

勝村 だからここで「議事概要や議事録を載せないでくれ」ということであれば、それを受けて…、

富田 「載せないでくれ」というよりも、意味があるのでしょうかという気がします。元々議論というのは、臨床研究に関しては少なくともプロトコルをキチッと読んでもらって、その前提で話が進むわけです。

勝村 だったら、P3の(10)のところをどう書き直されようと思っているかを言ってもらわないと…。現在はこう書いてあるから、そういう手続きが良いのではないかと思っちゃうので…。

富田 [(10)議事概要の公開内容]と書いてあるのは適切ではないと思いますので、これ自体を削除します。[公表の可否]は、実際にやっているのは「責任者と標題を出して良いのか」ということです。

位田 (10)が[公表の可否]ですね。

 だから、(10)を[公表の可否]としても、まずは「議事録の公開可」、次に「議事概要の公開可」、で、「標題名のみ公開可」という、それぐらいの選択肢にしたらどうなんですか。

富田 議事録そのものを公開するということに、あまり意味があるように思えません。だから、そういうことに拘ることはない。だから、誰が何をするかは公表します。

勝村 倫理委員会というのは一般的に社会的な責任がちょっとあるから、倫理委員会でどんな理論がされたかということは原則的に公開だということで、「絶対に公開しろ」とまで言っているわけではなく、「こんな理由で議事録を公開しないで欲しい」と言われて、「なるほど」と思えばそれでいいというぐらいのスタンスで、現実的にやれば良いと思うのです。もちろん、研究の妨げになるレベルではなしに…。

 だから申請側の意向、申請者はもちろん多施設の場合は中央がどう思っているかを尋ねて、それを添えてもらって、「議事録の公開可」という選択肢、「議事要旨の公開可」、「研究課題名の公開可」とか、そういうぐらいでどうですか。全く公表不可というのはあるのでしょうかね。

富田 それ自体にあまり意味があるとは思わないのですよ。だから、臨床研究を外したスタンダードを作ってもらった方が良いと思います。

 今、おっしゃっているのは、原則はタイトル名しか出さないという意味ですか。

富田 責任者とタイトル名で良いのではないかと思っています。

 研究に関してここでの議論を公表しないという意味ですか。公表しないということを原則にすると、臨床研究の倫理指針に違反するのですよ。まず臨床研究の場合で言えば、厚生労働省の指針では、少なくとも会議の記録の議事概要は公開義務付けなわけですよ。で、公表不可な場合は例外扱いなわけですよ。だから基本的には、原則公開というのに立たないといけないでしょうと、ましてやこの病院は、一般水準よりも透明性の高い倫理委員会運営をやった方が良いと思うのですけども。

一家 仮に概要を作るとすれば、誰が作ることになりそうですか。事務局の方ですか。

位田 そこが問題なんですよ。誰かにチェックしていただかないと…。

上林 この[臨床研究等申請書]というのは、ここの病院独自に作られたやつじゃないですね。

富田 これの基になったのは山口大学のもので、厚労省が指導に入って作ったものです。

上林 つまり、厚労省のお目に叶った申請書というふうに思っていいのですね。

富田 ただしこれは動いています。多分、まだ変わっていると思います。

上林 その中に(10)の[議事概要の公開内容]と書いてあるので、やはりこれはあった方が良いのと違いますか。

富田 今のような中身でどれほど意味があるのか僕は分からないですけど、議事を公開するのだという意味で、今も実際に出ているのだということを考えれば、あまり問題はないかも知れません。

位田 議事概要の公開というのは、サイエンティフィックにどうかという問題よりも、「どんな議論をして倫理的に判断をしたかということを公開しましょう」という話なので、医学的に見れば、今回の臨床研究の議論を全部公開したとしてもあまり問題はないということになりますけども、例えばもっと侵襲が非常にキツイとか、新しい治療方法を共同研究であってもやることについて、この病院の倫理委員会はどういう議論をしてどういう判断をしたかということが明らかになることが全国的に良いわけ、全国の研究機関がやるわけですから…。だけど「一言一句を書け」とは、指針にも書いてないし、恐らくほとんどの機関でそんなことはやっていない。明らかに公表はしているけれども議事の概要であって、概要の書き方にもピンからキリまでありますから、本当に「これこれを審議して承認しました」というのもあって、恐らくそれが非常に多いと思います。だから、公表は考えた方が良いと思うのですよ。その公表を、今やっているように発言録を全部公表するか、議事概要にするか、または題名だけにするか…。題名だけだと、審議したということは分かるけど、中でどんな倫理的な議論をしたかということが分からないので、それは倫理指針の目指すものとはかけ離れている。ヒト幹細胞の臨床研究の指針は「議論のやり取りの分かる議事録を審査委員会に出せ」と書いてあって、公表しろとは書いていないですよ。で、国の審査委員会としては、下の各機関の倫理委員会でどんな議論をしたかということをチェックしましょうという話なので、逐語的な発言録が出た方が良いけど、国が審査して承認したやつについて一番下の研究機関が発言録を全部出せと言っているかと言うと、そんなことはないわけ。議事概要をどこかで作っていただければ、それが一番早いけど、それは大変だろうな。

富田 原則的にここで議論されるのは、特定の臨床研究に対する倫理委員会としての個別の意見、倫理の面からの評価ということですよね。それだったら議事録そのものを出すとことはそんなに問題はないと思います。

一家 ただ、倫理的観点と科学的・医学的観点が厳密に区別できるでしょうか。

富田 もちろんそうです。だから、非常にシークレットなサイエンスの要素がたくさん入ってくるような時代になれば、「どこまで出すのか、出さないのか」という議論があるかも知れませんが、当面は…、

一家 つまり、中央から「公開してくれるな」と言われた場合は、公開できないと思うのですよ。

富田 そうですけれども、研究計画そのものの有り様を議論するわけではなく、倫理性についてですから…。

 いや、科学性も審査の対象です。

位田 そうです。科学的に問題のあることをやるのは非倫理的ですから。

富田 非科学であればもちろん問題ですけども、どこまでサイエンスかということをここで議論することには限界があると思いますので、それは…、

 限界があると言われても、議論はしないと…。倫理面でも何でも限界はあるのですけど。

富田 そこを言われるとなんとなく警戒をせざるを得ない。つまり、サイエンス性について話すということは、議事録の中にずっと出てくるということですよね。もしもトップシークレット…、ないかも知れませんけど…、

 トップシークレットってあるのですか、そんなもの。だって、どっちにしても患者との関係では、被験者に説明しないといけないでしょ。疫学研究ならあんまりそういうのはないかも知れないですけど。

富田 ただ、科学性そのものは臨床研究のどこで最終的に評価されるかと言うたら、発表時点或いは平場に出る時なんですよ。そこをゴチャゴチャにされると私もちょっと…、

 ゴチャゴチャではなく、倫理性という枠の中に科学性とか安全性とかも含まれるというのは、位田先生もおっしゃった通りですが、ただ、その議論をしていても仕方がないので…、

位田 そうしたら[公表の可否]で、議事録と議事概要を分けるのではなく議事概要の1本にして、「題目」「議事概要」「公表不可」の3つぐらいにして、臨床研究が出てくるのは恐らく1件か2件ですから、そこの部分だけは概要にしてもらう。

 議事録を出したら具合の悪いことがあるのですか。

位田 具合悪くはないけど…。では議事録にして、それが発言録なのか概要なのかは問わないということではないでしょうか。ここで言っている議事録は発言録という意味ですよね。元々そこまでは求められていない。

 求められていないのだけど、出してはダメと言っているわけではない。だから、選択肢としては入れておいたらどうですかという意味なんですけど。

勝村 結果として「議事概要にすべき」という時があったとしても、書く時に決めてしまわないで、「議事録」と書いておいた方が良いような…。議論が白熱したような場合に、透明性は概要では分からないと思われてしまうということは、かなり…。必ずということではないけど、こういう病院の倫理委員会としてはキチッと議論が見えた方が良いので、「必ず概要」としてしまわない方が良い。

 だから、詳しく見られるにこしたことはないと思うのです。それでは差し支えがあるという場合には、概要というレベルにして、そこから先の「タイトルのみ」とか「不可」というのは、具体的な理由付けをしていただかないと、原則からは外れますよということですね。そういう方が楽ではないかなという気はするのですけど。

勝村 薬害エイズの被害者達が厚労省の議事録が全部議事概要だったのを、「それでは分からない。議事録にしろ」と言ってきた経緯とかを考えると、倫理委員会というのも時には議論の流れがすごく大事なこともあるので、なんとなく議事録の方が良いというのはある。

位田 そうすると、「題名公表の可否」「議事録の可否」「議事概要の可否」「公表不可」の4つですか。

 そうですね。別に「逐語記録を含めて差し支えありません」と言う場合は、その方が手間がかからないわけです。議事概要にしようとすると、逐語記録以上に参加者のみんなに確認しないといけないという手間がかかるような気がするので、そういう意味合いが結構あります。

位田 おっしゃる通り。賛成です。

 だからそういう感じで、申請書の様式をそのような選択制にして…。別に「原則、逐語レベル公開」という原則を言っているのではないのですけども、それで構わないのだったら、手間が省けるから、倫理委員会としては楽ということです。で、「不可」とか「議事概要も不可」という他の場合は、ここに書いておられるように理由付けを求めてくださいということですね。

位田 申請書の様式や倫理委員会規定の改定もですけど、ホームページの「倫理委員会の任務」か何かというトップページの説明では、「研究の倫理審査をやる」とは書いてないのですよ。規定に書いてあるのは改正したからで、ホームページには「ガイドラインを作る」とか「病院の中の倫理問題を議論する」というようなことは書いてあって、今までガイドラインなんかを作ってこられたのですけど…。だから、先の情報公開の話だけじゃなくて、規定の仕方も少し検討する必要があるかなと思うのですけどね。

 どうしましょうかね、目的のところまでは良いのではないかと…、

一家 確認ですが、研究の公開・非公開については原副委員長が最後にまとめられたような区分けですね。それでは、事例検討の公開はどうしますか。

位田 それは勝村さんがおっしゃったみたいに「その時その時で判断する」という、「今日に議論したこれはやめておきましょうね」とかで良いのではないですか。

勝村 結果として、原則がタイトルだけみたいな感じになるかも。最近の議論を振り返ると「そうしておくべきだった」という印象ですよね。

富永 ウチの規模だと、人の特定ができてしまいます。年齢・性別と当院に掛かったというだけで、その病棟にいる人達が見たら分かるぐらいの規模なので、タイトルだけで良いと思いますね。

 いずれにしてもその議論の時に「公表をどこまでするか」という話も検討すると…。ただ、事例検討は原則、あまり出さない方向になるでしょうけど、絶対に出さないと決めてしまう必要もないようなので…。

一家 院内では閲覧可になりますか。

 院内で請求された場合の対応はどうだという話は、そもそもここで決めて書いていないわけですね。

位田 原則と例外というのが常にあるから、あまり細かく決めてしまうと、対応できないと思うので、それはその時に判断した方が良いのではないですか。

 恐らく院内のスタッフが「見たい」と言った場合は、差し支えないだろうとは思いますけど。参考になりますからね。で、どうしましょうか。第10条を改定できますかね。やってしまった方が簡単だとは思いますが。

位田 規則の文言ですから、やっぱり具体的に案を出していただいて、変更するという方が良いのではないでしょうか。どんな条件でとか、ここで言いあうだけでは難しいと思います。

勝村 まぁ、一切変えなくても、今決めたことはこの文言とそんなに矛盾していないですね。

位田 だから、次回を含めて、今だと富田先生に判断していただいて、今回については今日に判断すれば良いです。で、第10条を変更するのだったら、他のところも含めて全体を見直さないと…。例えば第8条の「審議について」に[全員一致の場合は「勧告」、過半数以上の同意の場合は「答申」]とありますが、「勧告」というのは本来、義務はなく、「答申」は答えというだけの話ですから、言葉の使い方自体が非常におかしいのですよ。それで、ホームページに書かれているようなことも一回、考え直して、アップトゥデートにした方が良いのではないかな。ただし、それを今日や明日にやるとかではなくて、ちょっとアジェンダに議題へ上げていただいて、少しずつやっていったらどうかなと思うのですけど。さしあたり、例えば次回に「第10条を変えるのだったら、こう変えたらどうですか」と提案をしていただいて、そこで決めると…。今日に考えて「これが良いのじゃないの」「そうしましょ」となっても、後で考えると「ちょっとこれは具合悪いな」ということになるかも知れない。

 そうしましょうか。この項目と、他にもありましたらご指摘をしていただいて、まとめて次回にやりましょうか。それで、先っきの栄養の分は議事録をどうしますか。

位田 岡本先生から川崎病院の先生に「公開して良いですか」と聞いてもらったら良いのではないですか。

 具合が悪いかどうか、ちょっと尋ねてみましょうか。競争相手がおるともあまり思えないので、それほど具合の悪い内容ではないと思うのですが。

位田 嫌がるとしたら味の素㈱。

富田 ちょっと微妙に嫌がっていましたので…、

位田 だいたい基本的に企業というのは、ちょっとでも自社名が出るのも嫌がりますよね。

 では、尋ねるということで、この件はそういう扱いで…。前回の議事録にも、事例検討とこの栄養剤の研究は出てきますから、その分も含めて…。

勝村 最近の事例検討は、今は削除されているのですか。

一家 私が入った第50回からは出ていません。私が傍聴させていただいた第49回は出ていますね。

位田 まぁ、載ったものはしょうがない。

 後からでも削る意味はありますよ。

勝村 本来、プライバシーが守られてないなということであれば、お手数ですが作業していただいて…、

 少なくとも事例検討は、過去分でも原則、伏せると…。まぁ、ネット上から完全削除はできないと言われたらそうですけど、積極的に追跡しなければ、見つからないと思います。

勝村 規定には「プライバシーに十分に配慮を行って」と書いてあるのだから、ホームページに載っている分でもプライバシーへの配慮が充分でないと思うところは、今からでも…。

広瀬 前回の事例の方はまだ若いので、将来性がありますよね。だから、よく考えないといけないですね。

 これは、ものすごく個人情報が出てしまいますから…。すみません、過去分も事務局の方でチェックしてください。規定の改定の方は、若干他の意見も付け加えて事務局の方から提案していだけますか。第10条もそれほどややこしいことを書く必要はないと思いますけど、「プライバシー…」とか「研究の実情を踏まえて」とか「研究の先進性などを踏まえて、非公開もしくは概要のみの公開とすることができる」というような文言にすれば…、

一家 「公開」という話で思い出したのですが、こちらの委員会で幾つかのガイドラインを作っていますけど、ガイドラインこそもう少し公開して欲しいと思います。

位田 具体的な公開はまた次回にして、「輸血拒否のガイドライン」を早くした方が…。公開するしないは、そこの中身なので…。

 そうしたらそういうことでこの件は終え、「輸血拒否のガイドライン」を説明していただけますか。内容的に変わった部分はあるのでしょうか。

 

議事(3) 「宗教的理由による輸血拒否に関するガイドライン」

富永 ないです。今までの議論を踏まえた上でということで、内容は変わっていなくて、いかに分かりやすく書くかということと、いかにスッキリと書くかということで、位田先生と一家先生にご協力いただいて、3~4回、かなりの時間を掛けて整理しましたので、どうでしょうか。
まずはP2の[はじめに]の部分、ここには当院での経緯みたいなものも書かれていたのですが、「今の時点での当院のスタンスを書くだけで良いのではないか」ということで、分かりやすく結論だけを書きました。で、ガイドラインの骨となるⅠ.の[基本原則]とⅡ.の[共通事項]は、どういうふうに手続き的に行っていくべきかということとが書かれていて、Ⅲ.の[対応方針]から、年齢別に分けた対応が細かく書いてあり、こういうものの方が現場は使いやすいかなと考えてした感じです。後は、エホバの証人の実際の信仰内容であるとか、連絡先であるとか、そういった宗教的な判断に関わる資料が付いていましたけれども、ああいうものは公開しないということで、スッキリとガイドラインだけにしました。年齢の区分や各年齢での対応なども基本的には変えていません。で、できるだけ分かりやすく誤解のない解釈になるような書き方にはしてあります。
内容については、今まで何年来もずっと議論してきた内容なので、今の時点で「やっぱりこれは…」というのはやめた方が…。そうでないと、出来上がらないと思います。で、私も位田先生も一家先生も、それぞれに「個人的な主義とは違うけど、この病院のスタンスで」という意味で3人で作ったつもりです。内容については基本的に「決まらない時は3人の意思決定で行う」とか、現場が困らないように「事前指示書を持っている人は、それを優先しましょう」というような骨子になっているはずなので、承認していただいたら、これでここまでの範囲は公開しても良いのではないかと、3人の中では決まって持ってきております。

位田 補正しますと、[はじめに]の第2段落で「従来は医者の救命義務を優先するということにしており、どうしても必要な輸血は行う認識だったのだけど、今度は方向転換をしました」ということを明示しました。で、「患者の自己決定を守り、発展させるということに変更した」ということを明記しておいて、その結果は[基本原則]と[共通事項]…。
基本的には、これを幾つかに折ってポケットに入れておいてもらい、現場で開いて「この子は18歳以上…」とか、「まだ小さいからここの文言を見れば良い」、という形でやれるようにしています。ただし[基本原則]と[共通事項]だけは、そんなに長く書いていませんので分かっておいて欲しいこと、そこを分かっていただいた上で、その年齢や信仰の有無によって対応を分けているので、本当はチャートを書くと分かりやすいのですけど、もうこれ以上、チャートを書くのまでは辛どいので勘弁してくださいということで、書いていませんけど、基本的にはチャート式に分けて書いていますので、現場でそれをチェックさえしていただければ、結論が出るようになっています。一番重要なのは方針転換をしましたということで、そういうことで読んでいただく。で、「やってもどれにあたるか分からない時は、1人以上のお医者さんを含めて3人以上で決めてください」ということで、1人だけで決めるということは無理だし、それはやらないでおこうということです。で、お医者さん3人といっても、その時に集まらないかも知れないので、少なくとも1人がいて、看護師さんとか他の医療従事者がいて、やっぱり複数で決めてくださいというのがミソですね。

 一家さんは何かございますか。

一家 いえ、両委員のご説明に付け加えることはありません。

富永 多分、3人はもう言い尽くしたので、ここで皆さんに何を言われるかと待っている感じで、何も言わないでという感じですけどね。で、実際に現場で使ってみてどうかというのは、例えばこれを師長さんクラスの方々が実際に見て、使ってみて不具合があるのであれば、またその時に変えていくべきなので、もう3年以上の議論の末らしいので、1回作って実際に使ってみることの方が大事なのではないかと…。現場の声なしに使い勝手の良いものは絶対にできないですし、実際にこれを徹底しないといけないのは、師長さんレベル或いは科長レベルだと思うのですね。もう、その先生方に見てもらう時期ではないかと思っているのですけど。

勝村 [はじめに]がすごく良くなったと思います。読みやすいですし、それはすごく大事なことだと思う。

富永 お褒めいただきまして、ありがとうございます。Ⅰ.Ⅱ.までを読むだけで「だいたいこういう感じでいくのやな」というのが、分かっていただけることが大事かなということで、要らないところはかなり割愛して、短くしたつもりなんですよ。

 今日は宗教学の方はいらっしゃらないですが、[「エホバの証人」を信仰する]という言い方は良いのですか。エホバの証人というのが信仰対象なんですか。そこがちょっとよく分からない。[「エホバの証人」信者]という言い方はその通りだと思うのですが。

位田 エホバの証人というのは教団の名前ですよね。教団の名前と同時に教義? そうですね、それは確かに宗教の人に聞いてみないと分からない。

富永 そういう点のチェックについては、やっぱりエホバの証人の方が一緒でないと分からないですね。それは公開するワンクッション前にしていただいた方が良いですか。

位田 小原委員長は「これを公開する前に一応エホバの証人の意見を聞いてみよう」という話でしたので、もし今日にこれを倫理委員会として了承していただくと、それを公開しますという話ではなくて、もうワンクッションあって、エホバの証人に話を持っていける。
異論はおありかも知れませんが、できるだけコンシステントになるようにしています。

勝村 前の原案を作ってはった北村先生の、熱い思いが全部なくなっているのですね。だけど、それはそれで別途に表現する機会はこの病院にあると思うので、ガイドラインはこれで良いと思う。

位田 ガイドラインに対する説明やいろんな資料を付けたり公開するのは構わないと思いますけど…。

勝村 ガイドラインの合間に思いが入り過ぎていた面があって、ガイドラインと思いを分けてしまうのは良いかも知れない。

位田 できるだけストレートになるように、ものすごく削ったのです。エホバの証人って一般に言いますけど、あれは「ものみの搭」で、だけど普通はエホバの証人で話が通りりますし、外国でもそうなんですよ。

 エホバの証人の方には誰が聞こうかな。連絡リストがありましたから、これを見て…、

位田 次回に小原先生が出てこられるのだったら、ちょうど…、

 次回まで回さないで、差し支えなければこれで承認をして、修整が必要であれば文言修正を掛ければ良いではないですか。

位田 ただ、僕は「これを送って、意見を出してもらったら良いのではないか」という提案をしたのだけど、「いや、ここで実際にエホバの証人に来ていただいて、『こういうのを作りました。それについて意見をください』と聞いた方が良い」と小原委員長はおっしゃったのですね。だからといって、それをまた書き換えるとかではありません。

勝村 言われたことに全部従うという意味ではなく、意見を聞いておきたいという興味・関心でしょ。

 小原さんがそういう意見だったら、そうしますか。最終決定は次回回しになるかも知れませんし…、

富永 それまでに、大まかにエホバの証人の方がどんなことをおっしゃっているのかという情報を与えていただいて、それで来ていただいたら、こちらも…、

 そうですね。都合が合うかという問題もありますしね。いずれにしても渡してみないと分からないですね。

内田 毎回、ホームページをチェックされているそうですから、喜んで来られると思います。

位田 何人もそういう人がおられますから、来られると思いますね。先ほど原さんがおっしゃったように、ひょっとしたら細かな表現のところで修正が入るかも知れませんけど。

 エホバの証人を信仰するのでなくて、エホバを信仰しているのではないかとか、そういうことですが、それだったら、全部を「エホバの証人の信者」と表現すれば終いなんですけど。

位田 ただ、「信者」という表現が良いかどうかと、若干の違和感があったので、「信仰する者」という言い方をしたのです。

 1つだけいいですか。P5のC.の[15歳未満の場合]というのは、8歳でも7歳でもそうですね。その時に[(2)患者本人が信仰を理由にして輸血を拒否している場合でも、それのみで有効とせず]というのは良いですが、そのb)の[親権者の全員が輸血を拒否する場合、輸血を行わず]ということは、結局、子供に判断能力が基本的にあると考えるのですね。例えば15歳の子供が「輸血しない」と言うのは分かるけど、8歳の子供でもそうですか。

位田 だから[それのみでは有効とせず]と書いているのです。

 [それのみで有効とせず]ということは、結果的に「親権者が輸血を拒否したら、それに従う」ということなんですね。それ自体は法的なものと矛盾することはないのですか。

位田 それは問題ないというか、むしろ親権者が決める話なので、そちらの方が法律の立場だと考えました。

 多分、現場で若干「良いのかな」と思っちゃうような話ですね。

位田 それはおありだと思いますね。ですから「14歳だったらどうか」とか「5歳だったらどうか」という話はあるのですが、「15歳までは基本的に本人がどういう立場であっても親権者か決めるのだ」というスタンスです。いろんな場合が考えられますが、その全部を書いていくと、ますますややこしくなって、何か原則を決めて「原則に従えばこうなります。ただしこういう例外があったらこうなりますよ」という書き方をしてあります。

 まぁ、本人が署名できない場合は、意思表示を受けつけることもあまりできないでしょうね。

位田 基本的にはねぇ…。ただ、手は麻痺しているけど意識はしっかりしているとか、そういうことを色々考えるとキリがないのです。

 それは、基本精神を作って判断するということで…。

位田 そういう非常に困る時は「3人で相談してください」というのを作っているのです。

 では、この件はそういうことで、一旦は最終案としていただいて、次回までにエホバの証人の京都の方に連絡を取って、これを送っておくと…。で、できれば次回委員会に代表してという形で来ていただくということにして、そこで最終決定いたします。その連絡を取るのは誰がやれば良いかな。

内田 いつもの方に連絡はできます。

 後は「治験審査委員会報告」ですが、動きは何かございますか。

 

議事(4) 「治験審査委員会報告」

富田 今のところはオープン試験が続いていますが、特に変わりはありません。

 

議事(5) 「終末期医療について」

 ということですね。次はどうしましょうか。終末期の議論をするには、ちょっともうしんどいですね。院長も来られてないですし、ここは詰めた議論ができないと思うのです。ただ、ここの進め方に関して、私の意見だけをお伝えをしたいと思うのです。いろんな学会とか関係機関のガイドライン的なものの資料集を前に作りまして、どんなところに論点があるとかみたいなメモを作りはしたのですけど、ガイドラインを見比べてどうこうということをやりだしても、この病院としてどう対応するかというのに繋がらないと思うのです。何をどうするかという各論を議論しても、あまり進まないだろうと思っています。どちらかと言うと、原則を立てていくみたいなことからやった方がよいのではないかなと思っています。私自身の考え方をさっきまで9項目ぐらい作ってみたのですけど、今日にプリントまでは用意できていないので、口頭でお伝えします。
1.は終末期医療の問題ですけど、「人の尊厳というのは最期まで大切にされることである」。
2.「個別のケース判断というのは機械的にはできない。個別のケース毎に悩みながら決めていかざるを得ないでしょう」。
3.はその結果でもありますけど、「生命維持の継続が絶対でもなければ、生命維持を早く打ち切ることが絶対でもないでしょう」。どっちの議論もありますけどね。
4.「充分な緩和ケアと親身に寄り添う看護・介護、特に看護が極めて重要である」。
5.はちょっと議論をせないかんところですけど、「治療方針は患者・家族・医療者の三者が話し合って決めることを原則としつつ…」、ただ、厚労省ガイドラインにもありますけど「…患者本人の意向が基本であって、医療者とか家族の都合・事情ないし合意を優先してはいけない」。
6.はこの病院のガイドラインには特にそうしたいなという感じがするのだけど、「本人の意向が基本なんだけど、本人の意向が絶対ではない。表面的な言葉で判断してはいけない。人の意向は状況や環境によって変わる」という考え方ですね。「本人の意向は変化する」というのは、特にソーシャルワーク的な観点を踏まえてお伝えしているのですけど、なんでこんなことを言っているのかというと、非常に分かりやすく言うと、例えばキツイ看護師さんがいたりしたら嫌になると思うけど、優しい看護師さんがずっと付いてきてくれたら、少々苦しくても生きてて良かったと思うかも知れないとか、家族との関係でもゴタゴタしていたら嫌だけど、そこが修復できたら違うでしょうとか、経済状態の問題が解決したら違うでしょうとか、そんなようなことを考えます。
7.はリビングウィルとの関係で、「元気な時の事前指示は充分な情報提供や納得があったとは言えない。従って、慎重に扱う」。無視するという意味ではないですけど。尊厳死協会なんかのリビングウィルはわりと元気な時に書いているので、状況の想像力とか、どんな場面にどういう医療行為をやるかなんていうことは、全く分からないことが多いでしょうから。
8.は一般的に含まれることですが、「医療側は多職種のチームで教義をする。医師は複数が望ましい。難しい事例は倫理コンサルタントに依頼する」。このへんはあまり問題はないと思います。
9.「代行判断者の指名、権利擁護を含めたシステムづくりによる社会的解決を目指す」。これは「目指す」ですね。代行判断者というのは、本人が判断できない時に誰が判断するかということで、小さい子供の場合は親とかが通常は代行判断者になりますけど、リビングウィルではなくて誰かを指名しておく方式ができますよね。リビングウィルよりそちらの方が実用的かも知れないという感じはします。必ずしも家族でなくてもいいですよね。で、「それは権利擁護を頼んだ人である」というやり方もありますよね。で、そういう仕組みが今のところあまりなくて、成年後見制度の場合も、医療契約はともかく、医療内容の判断に手を出しませんみたいな形になっていますから、そこの仕組みを本当は作らないと、解決が上手くいかないだろうと思うのですけど。権利擁護を含めた代行判断の依頼をしないと、手術したら上手くいく時も、手術同意者がいないみたいなことになったりします。
最期は余分ですけども、急性期・亜急性期・慢性期に分けて、具体的な対処法を考える必要があると…。

広瀬 法定代理人でも、患者さんの思いを伝えるとか、手術してくれといった医療的指示はできないのですか。

 法定代理人の場合はどうですか。

位田 成年後見はできないですよね。

 親とかだったら、事実上は認められていると思いますけど。

富永 基本が民法上の制度だから、財産処分が原則で、意思決定についてはできないというのが基本なので…。

広瀬 そういう場合はどうしはるのですかねぇ。

 皆、困っているのですよ。成年後見制度の中でできるのは、「病院に入院をさせます」とかね、「通院をさせます」とか「介護サービスの契約をします」という話で、個別の医療行為の判断をどうするかというのは権限外という話になっているのですよね。

一家 厚労省のガイドラインは、代行決定はなくて推定という書き方をしていると思います。つまり、家族を中心に医療者が一緒になって、もしこの場で本人が意思表示できるようになれば、どういうふうに言うだろうかということを推定しようということで、代行と推定ではかなり意味が違い、推定であれば本人の意思を尊重していることになります。言葉のマジックに聞こえるかも知れませんが。

位田 そういう時に難しいのは「家族って誰や」という場合で、遠くの親戚ということもあります。

 そのへんは難しいことも色々と出てくると思いますけども、今のようなもので全部が解決するとは思えないのです。一般的なガイドラインだけでなくて、ここの病院のスタンスというふうなことを踏まえたガイドラインを考えるとすれば、今のようなあたりを手がかりにできないかなと思っています。考え方で言えば、特に看護とかケアサポートがちゃんとしていると…、緩和ケアはよく言われますけど、緩和ケアという言い方だけではちょっと狭い感じもしますので、人間関係も含めて…。そういうものを抜きにして、生命維持をやめた方が良いとかいう話は、おかしいのではないかと思います。次回以降、そんなことをベースにして、もう少しだけ練ったものを用意しようかなとは思っています。

位田 1.から8.は現場なり病院で「こうしましょう」という話ですけど、9.の「代行~などを含めたシステムづくりによる社会的解決」というのは、現場の問題ではなくて社会全体というような話なのか、もしくは、病院で何かシステムを考えろという話なのか…。

 病院内だけではちょっと難しいように思います。患者アドボケイトというシステムづくりはあり得ると思うのですけど、院内職員の場合は本質的に本格的なアドボケイトにはなれないと思うので、外部の人を誰か、権利擁護者ないしは代行判断できる候補者みたいな仕組みを作る必要が出てくるのですけど、そういう体制はないですよね。で、弁護士会でできるのかというと、ちょっとねぇ…。

富永 ないですね。今、ターミナルなんかでも普通、家族がいる方は、皆に連絡して誰がキーパーソンかを探るというのは、現場の努力でできていますけども、「できるだけこういうふうにする」というガイドラインも何もなく、それぞれの主治医の指示の下で、師長さんを含めた看護スタッフが「家族はどれくらいいるか。その内の誰に連絡するか」とかを決めてくださいという感じで、なんとか終末期を迎えている感じですけども、病院内で全員の意思を確認するといった方法を作るのであれば、それも意味はあるかも知れないですよね。現場も実際、みんなが同じようにやっているかは、自分の症例しか知らないので分からないですよね。

 やっぱり医療サイドから手を出すのに、何か限界があるような気がするのですよね。意見が対立していたりしたら、家族の話し合いの中には入りにくいでしょ。

富永 そうです。こっちはやらなければいけないことが日々変わっていくので、取りあえず「今のキーパーソンはあなたで良いですね」みたいな感じで、決めてやっているのが現場だと思いますが、それで良いのかということはありますけどね。

 家族の誰かを本人が指名しているとかいうのなら、話は簡単なんですけど、やっぱり第三者がかむというのが解決方向かなという気はしているのですけどね。対立していたら、家族の話し合いをその人がまとめるみたいなこともやりやすいかも知れないし、全然身寄りのない人もありますしね。

上林 第三者というのは、どういう方を想定されているのですか。

 それは難しい質問なんですけど…。

上林 第三者というよりも、患者さんが元気な時によく遊びに行かれたりとか、一緒に何かを頑張ったりとか、共に時間を過ごして、患者さんの考えとかを良く理解しているような人が、代行者になるべきとは違うかなと思います。大事なことを決める時に、「患者さんはもう話せないけども、この人やったらこういう考えで、こっちを選んだのと違うかな」という意思に照らし合わせて、判断するというのが大切なポイントだと思うのです。

富永 エホバの証人とまさに同じ意見だとホンマに思いますわ。だからそれが、例えば外部から誰が入ってくるにしろ、「この状況でベストはこれです」と言われたところで、本当に家族が納得するのか、本人がそれで納得するのかということで、かえって混乱をきたさないのかな。

 だから、今の「外部」という場合に2つのパターンがありまして、おっしゃるような家族より親しい友達とか、そういう人に最初からそういう委任をしていくと…。その場になってというのは、「どこまで親しいのか分からん」とかでややこしいです。本人が病床で指名したら話は楽なんですけど、ただ、契約関係がそこのシステムはハッキリしていませんよね。単純な準委任ぐらいで良いような気がするのですけど。

上林 リビングウィルの時でも、「困った時はこの人に聞いてくれ」というようなことを決めておいた方が、確かに社会的システムとしてよろしいですよね。

 それを、イザ危ない時ではなくて、できたら事前に頼んでおくと…。で、特に友達がいない人には患者サポートセンターみたいなところを紹介するとか、私のイメージはそういうイメージで、NPOか何かでも作ったら、少しは解決に近づくかも知れないなと思っています。どっちかと言うとソーシャルワーカーとかが向いているような気はしますけど、別に資格はあまり要らないから…。

広瀬 前にセデーションのことを色々決めた時にかなり出ていましたね。

富永 同じ理論だと思いますね。

勝村 セデーションのガイドラインはどんなのを作ったか見直してみたいな。あの時にはすごい長い議論をしましたものね。

 セデーションのガイドラインは基本、本人意思でやっていますからね。終末期全体になると、本人意思がハッキリしない場合の対応を考えないとどうしようもないので…。

勝村 特に全く身寄りのない人をどうするかということが、気になっていることです。

 それも気になりますよね。或いは、家族と仲違いしているとか。それは病院だけではなかなか難しいところがありますし、そういうニーズがあるということで、何かNPOみたいなものがあったら良いと思うのですが、ターミナルだけでなく、例えば手術の説明を受ける時に、本人は全然分からないから誰かが付いてきて欲しいけど、身内に医療関係者がおらんとかですね。あらかじめ誰かを指名するという話の方が分かりやすいですよね。家族に頼むよりもこの人に頼んでおいたら良いみたいな話もあり得ると思いますよ。

位田 身寄りがいない人は良いのだけど、「その時に家族がどう言うか」という場合もありますが…。

 でも、判断を迫られるというのは重荷でしょ。そんなにやりたいものではないと思います。

勝村 妻が「なんで私でないのか」と怒るわなぁ。まぁ、身寄りがあればね。

富永 「長男と次男が…」とか、終末期というのは、それこそ相続が絡むと全員が利害関係人ですから…。

 一部、任意後見でそんなようなことをやっているのもありますけど、大がかり過ぎるので、任意後見みたいな制度まで使う必要はないと思うのですよ。

富永 頼むつもりで委任されれば、別に問題はないのでしょうけどね。今まではきっとパターナリスティックな感じで、「先生にお任せします」的に医者が決めてきていたのが、それで良いのかというところですよね。

 そうですね。ただ、医者が決めていたとは必ずしも思わないですけど…。

富永 今でも身寄りがない人はいて、手術をするとかいう時には同じような議論になって、1人では決めないという感じで運用をしていますが、そこに医療関係者でない人を入れるかどうかという議論だと思うのですね。今までは例えば外科だったら、外科のカンファレンスでその人にとってベストなものを探る議論をしてきたわけで、「それでは足りない。医者ではない人を入れるべき」という、そういうニュアンスなんですか。

 現実にパターナリズムで医療側が決めていたり、どちらかと言うと、家族の意向に添って決めていたりというのが多かったのではないですか。本人意向というのは、本人が亡くなりかけでも意識がハッキリしていればいいのですけど、認知症であったりといっぱいありますから…。

位田 個別のケースを色々考えると難しいですから、「医者だけではダメだから、誰かに頼もう」と言っても、NPOは患者さんの意向を受けて、最善の決定はするのだろうけど、どういう資格でそんなことができるのだという、根本的な問題が出てくると思うし、かつ、そういう人に頼まないとすると、お医者さんが決めるしかないということが当然に出てくると思いますよね。だから、こういうのは原則的なことしか決められないですよね。

 決められないので、どうせ悩むのですけど、ちょっとしたらできる仕組みをちょっとは考えられないかなとは思います。

勝村 悩まずに済むガイドラインを作ろうと思わない方がいいということですね。

 私はそう思いません。こういう話は悩みます。尊厳死立法って、悩まないで決めてしまおうという法律じゃないですか。「とにかくリビングウィルがあったらやめる」みたいな話はちょっと違うのではないかな。

位田 尊厳死協会は「アメリカやヨーロッパではちゃんと決められていますよ」と言うのだけど、「ではアジアで例えば尊厳死を認めている国ってあるのですか」と聞いたら、ないのですよね。それを「まだありません」という言い方をするのですね。で、「日本はアメリカやヨーロッパみたいに先進国だし、当然、その考え方を取り入れて良いのではないか」というのが尊厳死協会の人の主張です。ただ一応、超党派で法律案を出そうという話になっています。上手くいくかどうかは分からないですが…。

 昨日か一昨日かに安倍首相が答弁していたようです。ただ、そういう方向の議論は、この病院の歴史的なスタンスとも合わないのですし、ああいう法律は要らないような気がします。刑事免責が欲しかったら、あんなことを言わないでも、「厚生労働省のガイドラインに沿ったものであれば、別に殺人罪に問うようなことはあり得ません」と誰かが、法務省か何かに答弁させたらいいのではないですかね。

位田 ただ、法務省が答弁したとしても、裁判官は裁判官独自の判断をするのでダメなんですよ。

富永 で、警察は警察ですからね。

位田 だから、「それはやっぱり法律で決めないと、最終的な免責はできない。だから法律が要るのだ」という話なので…。「本来は法律が関わるべきでない」とか「裁判官が判断するべきでない」とかいう意見も当然にあり得るのだけど、それだけでは確実には免責されないから、「だから法律が要るのですよ。だから法律を作ってください」ということになる。で、そういう人達の主張は「自分が死ぬことについて、自分が生きている内に決めておいてどこが悪いの? それを保証してくれと言っているだけだから。で、それを保証してもらったら、お医者さんも免責されるし、家族にも迷惑を掛けない。ただ、法律がないとお医者さんの責任もあるし、家族も色々と言うだろうから、法律でキチッとそこの権利だけを決めておいてください」という話なんですよ。「だから、誰にも迷惑はかけないでしょ。自分の意思を通させてくださいと言っているのだから、どこが悪いのですか」などと言われたら、それ以上何とも言えない。

勝村 国会に出てきているのなら、もう近々なんですか。まだでしょ?

 本国会では多分ないと思いますけど、多分でしかないです。分からないです。

広瀬 時代の流れからいったら、何らかの制度が必要ですね。

 ただ、障碍者関係とかは反発が大きいですからね。そういうのが立法されたら、圧力とかいうような…、

位田 いや、安楽死とかそういう話には繋がっていません。要するに、アドバンスディレクティブを認めてくださいという話ですから。「事前指示書があれば、それを本人の意思として、それを最も尊重してくれ。それを法律で保証してくれ」という話で、お医者さんに「止めてくれ」と頼むわけではないということです。これはそういう人達の主張で、私がそう言っているわけではないので、私はあまり好きじゃないのですけど。

 議論をしだすと色々あると思うのですけども…。どっちみち立法の話をここで決めるわけではなく、現状で病院としての方針を作れるかという話です。それはまた次回以降にしましょう。長引きましてすみません。

一家 すみません、今日の分の公開・非公開を決めましょう。

位田 臨床研究の分は尋ねていただければ良いわけですね。それ以外はあまり問題ではない。

富永 ターミナルは問題ないですね。

 最後のはなかなか良い議論ではないですか。

 臨床研究以外は別に問題はないですね。では、次回日程…。

内田 通常では次は4月11日になりますが、差し支えのある方がいらっしゃるので、5月9日はいかがですか。

 では5月9日でいきますか。では、次回は5月9日18時30分ということで、よろしくお願いします。では、これで倫理委員会を終わります。お疲れさまでした。

 

 

 

(入力者注)

文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、やや要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。

 

 

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