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第四回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2004年3月18日(木) 18時~22時
場所 京都民医連太子道診療所
出席者

(外部委員)

原昌平副委員長、勝村久司委員、立岩真也委員、広瀬東栄子委員、村井豊明委員

(病院委員)

北村隆人副委員長、吉中丈志委員、東正一郎委員、北村隆人委員、田中久子委員、岸本啓介委員

(議題提案者)

産婦人科医師:西田秀隆、中村光佐子、楠本裕紀、藁谷深洋子

(オブザーバー)

山中寛恵リスクマネージャー、川原初恵南2階師長、

(事務局)

村上、丸山

議事

原 第4回の倫理委員会を開始いたします。今日は小原委員長が、海外出張ということで欠席なので、私、原が司会の方をさせていただきます。

今回のテーマですけれども、一つは前回からの続きで、出生前診断の中での特に胎児のエコー検査に係わる問題として、基本的な考え方とそれから患者への説明について、今回まとめていただきたいというのが、病院からの要望ですね。

他のテーマは、議事録の公表についてです。病院の広報紙への掲載方法を含めて、プライバシー保護のために、そのままでは議事を載せられないような場合に、どのように修正の加えるのか、プライバシー保護のためにどのように修正を加えるのか、そのガイドライン(案)が出ていますので、これを検討していただくというのが二つ目のテーマです。

以上の二つが今日の議題です。この順番で進めましょうか。

 

<議題1 出生前診断について>

原 では産婦人科の出生前診断についてですが、前回の議論がいろいろあったのですけれども、「だからどういう議論になったのか」というのは、あんまりハッキリしなかったと思うのです。一応いろんな意見が出たことを踏まえて今回、案という形で再度出されていますので、ご説明をお願いします。

西田 前回の議論は、若干、意見交換みたいな形で、まとまる方向になっていなかったのですけれども、その時に出た意見を産婦人科の方に持ち帰りまして、若干議論をしました。その結果、今回の倫理委員会にはもう少し的を絞った議論ができたらいいかなということで、今回修正した「出生前診断全般の考え方(改訂版のさらに改訂版)というものを作成いたしました。

(「出生前診断全般の考え方」を挿入する)

それと「補足でNuchal translucencyの理解のために」という、文章の補足事項を入れています。この補足事項には、実際の教科書とかからとった写真ですね、「こんなふうに見えたらNuchal translucencyだよ」という写真のコピーと、あと、Nuchal translucencyについての教科書の記述です。

原 前回、だいたいアウトラインはご説明あったと思うのですが、特に補足するような部分というのがあるのでしょうか?

西田 今回は、この検査についていくつか補足説明しておきたいと思います。

まずそのために医学的な事実を補足資料としてつけました。正常値の基準が不明確な検査であること、結果が確率でしか評価できないということなどです。だいたい全妊婦の0.8%にNTがみられて、その内の24%に染色体異常がみられたという。多くみても、NTが異常だといわれた人の3割ぐらいだけが、本当の異常が発見されるというような検査なんです。

それから一般の方にも、かなり知られてきている検査だということです。学会などからの公式なアナウンスはないのだけど、インターネットでこれを調べたら、滅茶苦茶ヒットします。多くの患者にこの情報が入ってくるという状況になってきています。

あと、胎児の位置によってNTが見えたり見えなかったりする検査だという点も説明しておきたい点です。

あと特殊な検査でないということも説明しておきます。今までのトリプルマーカとか羊水検査などの出生前診断では、特殊なラボの設備がないとダメだったのですが、このNTだと、一般的な産婦人科の診療所とかのレベルで、簡単に実施可能な検査なんですね。それにスクリーニングする意図が無くても、偶然に見つけちゃうこともあるということもあります。今回の議論の焦点にもなりますが、多くの妊婦が超音波検査に出生前診断という意味が含まれているということを意識していない、もし異常があった時にどうするのか、ということをあまり考えていないで、何気なく検査を受けている状況にあるわけです。

あと、遺伝相談とか出生前診断を取り扱うのは、今まではわりと、遺伝学会とかで講習を受けた人とか、遺伝外来みたいなので、特殊なスキルな面もあったのですけれども、こういう形で、全産婦人科医が自分の持ち場で説明をしないといけないような状況になっているということもあります。

あと、同意をハッキリ事前に取るのが、非常に難しいのではないかということです。「今からこの検査をしますよ」と言ったり、「こういう検査をしたら、こういうことが分かりますよ」って説明すると、トリプルマーカーの議論と同じで、結局は勧めてしまうことになるわけですね。「出生前診断をしませんか」と言うのと同じになってしまうというリスクがある。

あともう一つは、偶然にNTが見つかった場合、NTが陽性という事実を、医者の裁量で告知しないでおくということができるのかという問題もあります。エコー検査の画像をビデオで撮影して、それを本人さんが記念に持って帰ったりされていますから、あとで、先天性異常児が生まれた時に、過去に遡ってこういうことを、「異常があるのに見落とした」という形で医師が訴えられる可能性もある。この辺はちょっと過剰に反応している部分もあるとは思いますが、学会などの公式なガイドラインが無い状況で、どうすればよいのかという問題点があげられると思います。

村井 基本的な質問になりますけれども、これは、僕らが受ける普通の腹部エコーと同じような機械ですか。

西田 機械は一緒です。ただ、そういう同じ機械でやれる場合もありますし、経膣エコーという紡錘状になったエコーで、膣から見るという場合も多いです。初期はね。

村井 これはどっちで見ているのですかね。

西田 これは多分、腹部だと思います。

村井 普通の僕らが受けるようなやつ?

西田 そうです。この図に描かれている矢印2本の間を測っているんですね。この図では、5mmあったという結果を述べてあります。この胎児の染色体検査を羊水検査でした結果は18-trisomyという、18番目の染色体が3つある染色体の数の異常のベイビーだったという説明がされています。

村井 エコーってものすごく、ちょっと角度が変わったらすぐにも変わりますから、あれを見てたら精度の問題がありそうですね。

西田 そうです。そういう問題もあります。ですので検査の再現性に問題がある検査ですし、実際、そういう問題も起こっています。

村井 だからエコーでは、基本的にはNuchal translucencyを見つけるだけであって、決して異常だという確定はできないんですね。その間隔がここで異常であってもねぇ…。

西田 ですからこの次に「羊水検査を受けますか、どうしますか」という話をすることになるんですね。だけど、そんなことを聞かされるつもりで受診される妊婦さんはおられないですから、検査を受けた時に皆さん悩んで、帰ってインターネットで調べることになる。

原 現実的には、これが問題になってくるのは、こちらの病院の場合でどの程度ありますか。

西田 私の記憶する限りでは、昨年後半からは4件ありました。4人とも今、それぞれ違う道を歩んでいます。1例はNuchal translucencyが有ったことを説明して、高次医療機関、この場合は大学病院で羊水検査を受けられたんですが、結果は異常がなかったです、染色体数の意味では。まだ生まれていないので、全く他のことも異常がないのかということまでは分かりません。2例目の方は、わりともっと、比較的顕著にこういうのが見えている状態で、他の病院でも同じように見えていて、「これは異常だ」と言われて、染色体検査を受けずに中期中絶を選ばれております。実際に多発奇形の合併した赤ちゃんであったのは確認しました。3例目の方は高齢出産の方だったんですけれども、「自分はあらかじめ、一定の確立でダウン症の子供が産まれるということは、覚悟して妊娠しているのだから、もうあとはいいです」という感じで、それ以上精査せずに終わっています。もう1例の方は4mmの陽性でNuchal translucencyが見つかって、ずいぶん悩まれたのだけど、次の1週間後にご主人さんが来て、もう一度説明した時には、1週間前に診たよりはハッキリ見えない状況になって、さらに悩まれて(再現性がなかったんですね)、別の高次の病院でセカンドオピニオンを聞かれたら、そこでは「ない」と言われたと…。「これは1週間で消えるのか」と言われてもちょっと困るので、難しい問題があるのですけれども、ちょっとまぁ様子観察みたいな感じで、染色体検査を受けるのはもう1回、「2週間とか空けて診てからにしよう」という話になっていて、見えたり見えなかったりする点も、問題がありますけれども。

原 今おっしゃる3例目・4例目は、まだ出産はしてないのですか。

西田 中期中絶された方以外は妊娠継続中です。

原 今おっしゃったようなケースというのは、その告知はどういう対応をされているのですか。

西田 告知というのは、まずその場で「少し異常があるかもわからない」というような形で説明して、「Nuchal translucencyというのはこういうことですよ」と説明して、ただ大事なことなので、1週間後にご主人様に来てもらって、別の予約枠をとって時間がとれる枠に、もう1回来てもらって説明をさせてもらったりしています。1発で「もういいです」と言う人は、それで終わりですね。

中村 高齢出産の方は2回、3回診て、旦那さんは来られなかったですけれども、ご本人さんにお話しをして、「いや、もうこの年齢だし、ダウン症でもいいです」と言って、羊水検査もしないで様子を見ていますね、今。まぁ基本的には、一発で決めるのは再現性が乏しいという点からいうのと、それと、こちらも「いや、見間違いだったら」という思いもあるので、一応少なくとも1週間空けて、次に来ていただいて、その時には時間をちゃんととって、他のご家族の方の同席もできればしていただいて、説明はさせてもらっています。

村井 このNuchal translucencyですか、これとこの透過性の幅ができる…、ここではecho free spaceと書いていますけれども、こういうfree spaceができることと、染色体異常との因果関係というのは、メカニズムは解明されているのですか。

西田 ハッキリと証明されてないのですけれども、心奇形の問題なんですね、これは。リンパ管とか血液の流れとかも、このくらいになるとある程度できてくるのだけれども、例えば染色体異常がある場合、心臓の奇形の合併率があるので、心機能が充分でないと…、要するに充分に流れないと、どこかにむくみみたいな形で溜まるので、そういう潅流が悪いのが、そういう形で腫れてくるのではないかという説がありますけれども。

村井 これは浮腫を現すのですか。

西田 何か非常に密度の低い、水分を多く含有している組織の状態になっていると思うんですけどね、皮下のところに。だけど一説にしか過ぎなくって、まだそんなにハッキリ断定されていないんですね。また途中で消えたりもするので、2回診るという今意見があったのですけど、1回見て、確かに写真まで撮って、そこで、「こんなふうなみたいな」と写真で見て、1週間後になかったら、「前のは間違いだったんかどうか」というのも、もうハッキリは言えないのですよね、今まで。で、難しいのですよね。2回目に見てなかったら、「じゃあ、それでいいのか」というのも分からないのですよね、実はね。で、ちょっと難しいのです。

原 要するに、羊水検査を勧めるかどうかという、一つのとっかかりの検査というふうになると思いますけども。見える時もあるし、見えない時もあるしというところが、確実なところではないかな。

西田 こういう事実があるから、その出生前診断の考え方とか、超音波検査の説明用紙とかを、整備していないとだめだという流れですね、議論は。

原 それで今回、「改訂版」と「さらに改訂版」という…。

西田 改訂版はちょっと時間が不足してですね、改訂したのは前回の意見を聞いて1回改訂してお配りしたのですけれども、ちょっと推敲が足りなかった部分を、こちら側でちょっと訂正したのが、「さらに改訂版」ということで…。

原 「さらに改訂版」を見ればいいですよね。

西田 そうです。そうです。

原 「さらに改訂版」を見ていただいて、まぁやはり、「基本的な考え方をどうするのか」ということが重要で、そこからあとは、「説明をどうするか」という話になると思うのですが、前回の案ってありましたよね。それがどう変えられたかということを説明していただけるでしょうか。

西田 そうですね、一つはもうちょっとこなれた分かり易い言い方にしました。あと、患者の相談とかいうとこらへんに書いてあるのは、日本で優性思想は、そんなに表立った動きをしていないとは思うのですけども、個人の問題として、それぞれの相談は全然問題ないのではないか、本人の産む産まないという権利というのもあるので、だけど、ということを入れてですね。あと、胎児超音波検査については、Nuchal translucencyがやっぱり問題になっているので、そのことを明確に、超音波検査の中で含めたという感じですかね。

原 あまりそのマススクリーニングを否定するのは、いろんな意味でよろしくないというあたりは、これはまぁ、前からもそうなんですし…。

西田 出生前診断そのものの技術の適応自体は、それぞれの事情であると思うのですけれども、ただそれを、例えばある特定の…、この場合は現状ではダウン症だと思うのですけれども、それを組織的にマススクリーニングしてね、例えばそういう国があるという話は、前回、出たと思うのですけれども、イギリスとかカリフォルニア州とかですね。そういうことは日本ではしていないし、やってはいけないのではないかという意見を入れたわけです。

原 で、マスとしてはやらないけれども、個別としての出生前診断はやりますよという話。

西田 やりますというか、実際にテクニカルにウチでは…

原 できるのですか。

西田 他院に紹介しています。羊水検査とかは紹介していますけど、トリプルマーカはいろいろな問題があるので検査会社とは契約していません。

原 大きく変わっているという意味では、このエコーのところで、これだとNTも含めて異常判明時は、告知すると定められた手順ですると書いておられるのですけれども。

西田 この手順については、今まで一度も、こちらにはあるのですけれども、資料には出てないです。

原 それは、ご説明は可能ですか。

西田 異常が出た場合の対応で、「一週間のクッションをおいて」とか「時間を空けて」とか。考え方の基本は、その場で言い切らないということですよね。かなりショックを受けることなので、いろんな結論を急ぐ場合もあるのですけれども、1週間後とかにもう一度持つとか、別時間にして、パートナーも来てもらって説明するなどしています。また、こういう先天異常の方が実際、どのような医療を受ける必要があるのか、どういう治療がいるのか、予後はどうなのかを、他の専門の先生に聞いてもらうという形や、場合によったら、精神的にも参ってしまってですね、精神科の先生の介入が要る場合もあるので、そういう関係機関と連携を図りながらしようとしています。あと、生まれたらすぐに亡くなるというというような大きな奇形ですよね、脳が無いとかなんかで、妊娠の継続を希望されない場合についての扱い方について検討しています。

村井 こういう手順の場合、どういう異常なのかによって違いますよね、無脳症のような明らかなやつの場合と、今のNTのような曖昧になっている場合と。

西田 NTは特に、中絶の選択が入ってくるので、別項目にしておく必要があるという気はします。他は、大部分が、だいたい22週以降みたいに大きくなってからでないと、心気系とか腹部のヘルニアとか、早々は分からないので、あまり中絶という話には、すぐ第一にはならないのだけど、「治せるのか治せないのか」とか、「どこで産んだらいいのか」という話が、本当に早く、なかには拒否、「もう要らない」とか言って、問題になったりする事例もあるということですね。

北村 これは基本的にはNTについての文章と考えたらいいですか。

西田 改訂版はそれをかなり強調して…。

北村 NTについては、全妊婦へのチェックは実施しないけども、偶然見えた場合には説明する。そういうちょっと玉虫色にしてあるような内容と考えていいのでしょうか。

西田 そうですね、見ないとまでは言わないけども、積極的に探そうというつもりは無いのです。「見つかっちゃったら、黙ってもおけないな」という苦しみがあるので、まぁ言ってしまうのだけども、という形ですね。

村井 積極的に探さそうというつもりはないというのと、この文言を見ると、むしろ異常判明時は、基本的には手順を経ながら告知するというふうに見えるのですけれども。

西田 これは読んでもらったら分かると思うのですけども、偶然分かるということがある、超音波というのは。このへんが、僕らが日々やっている超音波の感覚と、なかなか委員の方、先生方に伝わらないと思うのですけれども。

原  普通に見ていたら分からないというのですか。

西田 例えば、見えない位置に赤ちゃんがいると、見える位置になるまで、なんとか待ってまで見るということはしていないです。

原 どれぐらい分かるのですか、そういう意味では。普通にエコーで見ていて、NTがあるとか無いとかいうのは、どれくらいの比率で偶然見えてしまうのですかと。

西田 偶然見えてしまうという率は分からないですけれども、この期間で4例あったぐらいなので、そんなにない。

原 いやいや、だから、異常が見えるという意味ではそうでしょうけれど、異常でないということも、もちろん分かるわけでしょ、線引きはないにしても。

西田 異常がないと分かる場合もありますし、あと、そこまで評価できないポジションにいたという場合もあります。評価していないのです。

原 えーと、だから、どう言うのでしょうか。

西田 測らないと見えないというのですけどね、先に視覚に画面が入るので、何ミリあるから陽性か、陽性でないかと思って見るのじゃないのですよ。パッと見て、「あっ、ありそうだ」と思ったら、恐る恐るカーソルを動かして測ってみたら、「3mmあるし、陽性や」と思うのですけれど、パッと見て、見えなかったらなしです。測ってなしじゃあないのです。

原 だから、何か妙だなぁと思ったら測るというような感じでしょ。そうすると、そのパッと見てというか、普通のエコー診断をしている過程で、

西田 見えなくてもいいのです。

原 それはどの程度の率なのかというのがね、例えばそれが100%じゃないにしても、90%ぐらいはそこのNTの部分というのは、ドクターがエコーをやったら見えているというのだったら、かなりマススクリーニングに近いことになってくると思うのですけどね。

中村 実際のところは、おそらく半分は絶対に見えないと思いますね。だから3分の1、4分の1ぐらいかなぁという感じだと思います。

西田 もしこれを真剣に検査するのであれば、赤ちゃんがその向きになるまで、しつこく見るとかとかいう場合もあるでしょうね。要するに、何分間か待っていたら、赤ちゃんが動いて、その位置が画面に入る場合もあると思うけど。でも、実際の診療場面ではだいたい5分ぐらいで、拍と頭全長という赤ちゃんの大きさとかを計測して、週数相当にいっていたら、もうオーケーですよね。だから5分ぐらいで終わる。

吉中 NTのsensitivityは5割以下と…。医学用語で申し訳ないですけれども、検査のsensitivityが5割とかいうのは、結構低いですよね、検査の確率としては…、

中村 検査の確率としては低いですよね。

西田 ここに説明の補足のところに載せたけども、その先天性の染色体の数が異常になる3つの病気に対するsensitivityは6割2分です。62%だから、あまり高くない。

吉中 病気に対するsensitivityね。

西田 その時は、真剣にやったのだと思うのですけど。

原 これはだから、ただそういうこの幅が大きいということを確定した上での…、

中村 上での染色体異常。

西田 だからこれはかなり見たのでしょうね。その位置に来るまで待ったりして見たと思うのですね、その時は。

原 だから、偶然見えるといわれている概念とは違う方向ですね。

西田 違うと思います。

原 おそらく後頸部を探しているわけですね。

西田 探しているのだと思います、これは。そうしたら、だいたい平均して0.8%にNTがあるだろうという…。最初の論文だと思うのですね、これは多分。

原 だから、幅が大きいということと、染色体異常との因果関係を…。

西田 因果関係を初めて証明したような論文の引用だと思うのですよね。トリプルマーカーよりもいいのかも知れない。

原 偶然見える率が3分の1か4分の1、まぁ3割前後。

西田 その中で3mmある人はもっと少ないですよね。

原 ということですね

 

村井 この文書のなかで、文章として分かりにくい表現のしかたですけれど、「患者個別の相談・判断に対して」の最後の、「異議もあるだろうが、云々」の文章…。

西田 これは、法律的には22週未満だと、選択的中絶という胎児条項が日本の法律に無くても、やられておるのですね。経済的理由の中に入れちゃって、14条1項でやってしまっているので、この「異議もあるだろうが」というのは、その「選択的中絶も認めない」というのもあるのだけれども。22週未満で切っているけれども、「22週未満だったら人間じゃないかどうか」というのは倫理的な問題で、法律ではまぁ一応…。

村井 要するに中絶可能というだけの話ですね。

西田 そうですね。だけど、それにさえも議論があるのではないかなと思うのです。

村井 この22週目というのは、僕もよく分からんのだが、それは法律ではなくて、どこで決めて…?

西田 母体保護法で…。

村井 保護法で22週で切ってしまうの…?

西田 21週6日までだと中期中絶をしてもいいという…。22週以降は多分、早産とか、22週以降に生まれた時は生存例があるので、その時点で体外に出して生存ができるのであれば、人格とか人権とか、ある程度権利がでるのだろうという意味だと思うのですけども。これも数年前は24週でしたが。

村井 ただ表現の仕方が「胎児の権利は云々」とかなんかは、文章が非常に分かりにくい。要するに、産む産まないは母体が決めるということでしょ、母親が。

西田 決めるのだけども、「じゃあ胎児の権利はないのかどうか」と言われても、「無い」と言えるのかという迷いです。

村井 「無い」というのではなくて、基本的には母体の問題は母体が決めるということ、母親が決める。

原 まぁだからそこは、異論はあるだろうというから、その説明として「胎児の権利」という書き方をされているのでしょうけどね。

西田 だから「胎児の権利は無い」と言うたら、22週目も無いのか?日本では。

勝村 この「考え方」というやつは、本来は「こういう出生前診断はしたくないのだ」と、「だけども、そのエコー検査は医学上必要で、それをしていく内に偶然分かってしまうことがあるので、その時には出生前診断と同じようなことになるけれども、手順を踏んで説明をしていって、そういう処置に至るようであれば、やむを得ないのだ」という趣旨だと、理解していいのでしょうね、基本はね。で、「さらに改訂版」という文章で見ると、現実的にはいちばん最後の4行ぐらいのところが、いちばん問題というか、ポイントになりますよね、一番下の。
「NTも含めて、異常判明時は、定められた手順で両親に告知することとする」ということ、それから「また妊婦には胎児エコーの」…、「の」は「に」でしょうね、多分ね。「胎児エコーに」ですね。「胎児エコーに出生前診断の性格があることを、何らかの形で説明し、理解を得る方策をとることとする」というのが2つ目で、3つ目は「中絶になることもあるだろうけど、それは応じるのだ」という…。

西田 まぁ、最終的に選択されたらあまり…。

勝村 そうですよね。この3本ですよね。もう分かった場合には説明するという…。で、その内の1つ目の「定められた手順で」という手順が、やっぱり倫理委員会とかいうことであれば、そこの手順こそが、より大事なような気がするのですよね、一応みんなで確認しておいておくべき。それと2つ目の「理解を得る方策をとることとする」という趣旨が、この前回の資料7ですよね。他にもあるのですかね。

西田 今のところは、やっぱり説明用紙ですよね。

勝村 前回の資料7の説明用紙の、「患者説明用の用紙案」ですよね。

西田 それをもうちょっとだけ前回の議論を含めて、少しはちょっと変えたのですけど、あまり変わってないです。

北村 変えたものが、事前資料の中に入っている「改訂版」という文章です。

西田 少し目的を明確にした方がいいというので、「何のために超音波をしているのか」という目的を書いて、追加したわけですね。

勝村 まずだから、そこの入口というか、その僕の2つ目の説明の案のところできっちり、いろんな医学的な状況があることと、「こういうように考えていて、こういう場合はこうして、こういう場合はこうだ」という趣旨がきちんと伝わることが、まず、やっぱり大事なのかなぁという…。いったんそこ…、ちょっと僕の自分自身の理解の確認です。

原 ちょっと関連もあるので、これ「患者説明用紙の改訂版」というのは、前回とどこをどう変えられたのか、少し説明をお願いできますか。

西田 「検査をする目的をもうちょっと明確に書いた方がいい」というような意見が出たので、「結局、何のために検査しているのか」というのは、「お産を安全に最終的に行うためにやっているのだ」ということ。要するに「出生前診断の部分もあるけれど、こっちが中心だ」ということを5行目くらいですか、そこに入っているのと、あと、超音波検査というのは分かるようで分からないということを、言い方を変えて、要するに白黒2次元の映像で評価する検査法でしかないので、「胎児を直接見ているわけではないから」というような言い方にちょっと変えたのと、あとはだいたい一緒ですけれども、下から6行目のところで「超音波検査で分かったことは、なるべく分かり易くお伝えするように努力している」、要するに結局、「分からないかも知れないし、不充分かも知れないけれども、努力はしている」というふうな言い方で、ちょっとだけトーンダウンしたのです、前より。

原 どうしましょうか。これ、前回の議論の時にちょっと再確認をした方がいいと思うのですが、この患者説明用紙というのを作る目的はですね、どちらかというとトラブル防止という趣旨が大きかったかな、という気がするのですが、目的そのものは何ですか。

西田 トラブルというか、トラブル防止という言い方をすると、すごく的確なようで、前後を含めていない部分が、ちょっとあるのですけれども、一つは、何か異常がある人というのは滅多にないのです。たまたまその人だけあたって、自分だけ非常に理不尽な不幸に落とされるわけですね、妊婦検診に来て、楽しみにみている検査で、何人かに一人だけがこんな目にあうので、多くの人に何か心配させるようなことを配る必要はないのかとも思ったのだけども、出生前診断というのは…、結局、エコーしているということは、そういう部分もあるし、「もしかしたら異常と言われた時、自分はどうするのだろう」と、あまり皆、心構えなんかしていないことを、(なかにはしている方もいらっしゃって、そういう反応なんていうのも無いので)あらかじめ一応知らせておいた方がいいのかなと思うのですね。トラブル防止で…。今回の人も大きなトラブルにはなっていないけど、非常に悲しまれているのですね、ショックを受けて。「ウチでNuchal translucencyがあると言われて、よそに行って無いと言われたし」とかね、いろいろあるのだけれども、検査というのはそういう性質があるということを、思ってもみなかったのですね。1人目は普通にここで産んで、2人目の妊娠でこんなこと言われて、で、急に1週間も悩むようになったなんて。でも、最終的に羊水検査を受けられるかどうか分からないのですけれども、生まれるまではちょっと暗い曇りがかかったような気持ちになりますよね。だからあらかじめ、この検査は「そういうアンハッピーな気持ちにもしてしまう部分もある」ということを、ある程度エクスキューズって変ですけど、分かっていてもらって受けてもらった方がいいのかという思いがある。今までは同意をあまりハッキリとらずに、「エコーしますね」だけですから。だれもそのことについて、ハッキリ何も言わないので、妊婦さんも医者も…、何か「これは出生前診断の部分も含んでいる」ということを、言った方がいいのかなぁという気がしたのですけどね。そうでもない? どうですかね。

原 どうでしょうね。私の印象としては、まぁあんまり変わっていないのですけど、何が言いたいのかというメッセージが非常に分かりづらいので…。で、オブラートにくるまないといけない部分があるだろうというのは、前回の議論でもあったとは思うのですが。

西田 オブラートにくるまないといけない部分は結局、Nuchal translucencyというのを事前に説明して、「受けますか、受けませんか」ってやったら、「トリプルマーカを受けますか、受けませんか」っていう話と一緒になるのですよね、マススクリーニングになって。

原 だから、そういう説明をすること自体が、マススクリーニングを誘導するようなことになるので、まずいということですよね。

西田 えぇえぇ、それはしない方がいいという見解になっているのです、厚生省のトリプルマーカに関する報告書でもね。

村井 これで問題になるのは、そのNTとかトリプルマーカーについて、ここで詳しく検査の内容を説明して、同意をもらって進めていくようにするのか、あるいは、これもちょっとあいまいな形で、このくらいの書き方で出すということがいいのか、このへんを倫理委員会に意見を聞きたいということで、考えたらいいのですか。

西田 いや、それでどういうふうに委員の先生方が思っていらっしゃるかというのは、参考になると思うのですけど、僕らの立場で言ったら、マススクリーニング自体が反対なのです。出生前診断の悩みはあると思うのですよ。「1人目がダウン症の子に生まれて、2人目をどうしようか」とか、今まで経験していますし、だからそれは否定できないし、産む産まないも女性の権利であるだろうし、それを深くつっこんで、「障害児だからって何であなたは産まないのだ」などと、責めたりは出来っこないと思うのです。だけど、心配していない人に、心配させたりとか、そういうふうな方向に、いろいろしない方がいいのかと思うのだけど、こういうエコーの検査が出てきたのでね、頻度が増えてきたというのもあるわけね。何らかの形で、覚悟というかね、してもらった方がいいかなという気はしました。

村井 そういう意味なら、この用紙のタイトルをもうちょっとハッキリしてね、「超音波検査について」とかいう中途半端なものでなくて、「超音波検査の目的と、その結果についての評価」というかね…。で、「評価はまだ確定していませんよ」、「これで確定診断はできませんよ」ということをハッキリしてね、それを一つの…。さっき聞いたのはそういうところなので…。要するに、これで全ての胎児の状態が全て分かるわけでなくて、それは第一次的な検査であって、これで確定診断でないし、先ほど言われたように、2回目に1週間おいたら、また変わるわけでしょ。「そういうこともあり得る検査ですよ」ということが分かるように、表題も含めてやった方がいいと思いますね。目的とその持っている機能というかね、あるいは限界というか…、

西田 限界…。

村井 限界と書くと分かりにくいね、かえってね。目的と評価方法というか…。で、そういうことにタイトルをしておいたら、「超音波検査というのはこんなものですか」という予備知識を妊婦さんに持ってもらいたいというわけでしょ。そうすると「超音波検査というのはこういうものですよ」ということを、分かり易く説明する解説書のようなものにしたら、いいのではないですかね。何かこう、中途半端な、何を…。けっこう皆、医学知識をやっぱり持ちたいと思っていますからね、もちろん母親はね。その場合に、「自分が受ける超音波検査というのはこういう目的と機能を持っていますよ」と、分かればいいのではないですか。そのためのインフォメーションだというふうに理解した方が…。

西田 ああ、まぁそうですね。

勝村 だから患者用の説明用紙は、これは今「胎児超音波検査について」ですけれど、これ以外には「出生前診断に関して、当院はこういう考え方を持っている」、そういうのも一切無いのですか。

西田 今のところは無いのですよ。個別の相談には、もうこういう趣旨のようなことは言っているわけですよね。

勝村 それは相談を受けてから?

西田 説明するけど、渡すような紙では用意していないのですけども。

勝村 今、おっしゃられ、お話があったように、ちょっとこれだけなら、分かりにくいような気がするので、まず内容がどうかというよりも手法として、こういう考え方を作るならば、その考え方に応じて、患者側にこの考え方を伝えるかという趣旨で、その患者説明用の用紙も対応していた方がいいと思いますよね。だから簡単でいいから、「当院では、そのマススクリーニングやそういうものに対しては、こういう理由で反対しているし、それには自信を持っているのだ」と、「だからといって、そういういろんな事情があって、そういう人たちの相談を頭ごなしに拒否することはしませんから、そういう場合は言って下さい」と、で、3つ目として「なお近年、超音波検査の中で偶然、そういうことが分かることが位置とかで、5割とか何割とか出てきている」と、「そういう時には基本的に、それが全てを決めるものでは全然ないのだけれども、『だからどうだ』となっているわけでもないのだけれども、一応、気になる所見の一つではあるということで、お伝えすることを基本としているけれども、『知りたくない』『知りたい』とかは、あらかじめあるのだったら、そういうのもあらかじめ申し出てくれたらいい」という展開で説明した方が、流れとして非常に分かり易いし、病院のなかで持っているマニュアルと、患者に説明するものとが応じていた方が、お医者さんの立場でも、分かり易くなるのではないかと思います。

西田 何か、ここの方針とその超音波説明の内容が、何かつながったような紙ですよね、そうしたら。

勝村 何かそういう、共有していった方がいいと思いますよね、考え方を。

西田 そうですね。

原 何か、確かにこの説明だけだと、何のためにこれを書いているのかという意図が、読む側、患者側からだと読めない。ここが読めないと、あまりちゃんと読んでもらえない感じがします。今おっしゃったような文を、細かく書くかどうかは別として、基本的な、その「積極的な出生前診断を、積極的にマススクリーニングとして(まぁ言葉は考えなければいかんのですけど)やるということは、スタンスはとっておりません」というのは、それは伝えたらいいのかなと思いますけどね。

西田 要するに、「そういう選択的中絶を前提としたマススクリーニングとしての出生前診断は行わない」、超音波全体のことでいくと、22週以降で、もし出生後以降すぐに治療がいるものやったら、逆に言うたら、見落としたらだめな面もあるので、一生懸命に見るべきところもあるのでね。そこは、中絶は前提にしないのだけど、患者にはショックでも、プラス、事故の対策を考えなあかん部分もあるのですけどね。そうやね、それも含めてですけどね。

北村 私の立場が、病院側の立場でありながら委員でもあるという、ちょっと中途半端な立場なので、その立場で、皆さんにご確認していただきたい点がいくつかあるのですけれども、そもそもの産婦人科医が出している考え方のなかには、いくつか論点があってですね、そこは本当は、全委員の先生方が本当に皆さん合致しているかどうかが、よく分からない点があるのですね。例えば、出生前診断のマススクリーニングを推進しないということについて意見表明がなされていますが、そのロジックを産婦人科医なりに考えて書いているのですが、このロジックが妥当なものかという問題もあります。あと、22週未満の胎児の中絶について、母体保護法上は胎児条項で中絶することは、してはならないことになっていると思うのですが、経済的な条項を拡大解釈して中絶をしているわけですね。で、ここの書き方だと、妊婦たる女性の「産む産まない」の決定権利によって、中絶をしても構わないというようなロジックになっていると思うので、これが倫理委員会として、これで推奨できる内容なのかということですね。最後のところの超音波検査についても、「NTを積極的に探すことはしない、けども見つかったら伝える」ということですけれども、「これでいいのかどうか」というとこらへんは、委員会の委員の先生方に是非ともご意見をいただいて、それでちょっと、合意できるところでこの案文をちょっと作って行けたらなぁというふうに思っておりますが…。

原 そうしましょうか。この基本的な考え方と、資料そのものが出てないですけれども手順と、告知というか告知するかどうかも含めた手順と、その患者説明と、絡み合っている部分はあるのですけど、少し見えてきたので、基本的な考え方のところを、そしたら整理したいと思うのですけれども。まず、そのマススクリーニングとして出生前診断を積極的に進めない。で、理由はこんなことですけど、ご意見はいかがですか。

立岩 ちょっと確認というか、僕は前回、細かくは覚えていないのですけれども、前回の議論というのは、私が記憶する限りでは、次のような話だったのじゃないかと思っていますが、それは、この病院に少なくとも限った場合で言えば、その超音波検査というのは(目的ということですけど)何のためにするのかというと、「子供を産んで育つということを支援するというか、それにあたって有用な情報を得るために行うのが、当院における胎児超音波検査の目的です」ということを、まず言ってしまう。基本的に…、どういうふうに言うかは別として、「基本的なスタンスとしてそうである」というところが多分、第一にある。その次あたりから、このこと自体がやっかいですけども、次からがもっと面倒くさくなって、「そういう趣旨でやっているのだけれども、たまたまというか(先ほどから話があるように)他のことも分かることがある」と、「そしてそれは今のところ、かなり精度としては不正確な部分も含んでいる」と、「そういうことも分かってしまう場合もある」。で、そこまでも書いた上で、「それが分かった場合にどうするか」ということが次にあって…。それで前回の話としては、「分かったら基本的には伝える」という話になったかどうかということは、ちょっと覚えていないのですけれど。

ここは今の趣旨からいうと、「分かったことは全て伝える」という話になるのか、それとも、「偶然分かっちゃうこともあるのだけれども、そういう場合でも、そういうことを伝えて欲しいですか」と聞くという話にするのか、これはちょっと分かれ道になると思いますね。で、そこの場面でも、前回の話は、「分かってしまったことは、全て伝える」ということについては、まぁ「そうだよね」って話にもなってなかったような気がします。

そういうふうに考えてみれば、最後にどう書くかというのはやっかいな話ですけれども、患者説明用の話というのは、もう少しシンプルな分かり易いというか、明確な書きようもあるのかなという感じがします。そして、むしろこちらの方から、患者に対して…、患者というか検診を受ける人に対してどう言うかというところを、むしろ先に考えた方が、話としてはすっきり、シンプルになるのじゃないかなという感じもします。ちょっと付け足します。

勝村 内容の話に入りつつあるのですけど、内容の前に形式ばかり先から言っているのですけど、この「出生前診断全般の考え方(試案)改訂版のさらに改訂版」というやつは、例えばこの文書だって、完成したらホームページに載せるとか、そういう共有する用のものなのですか、これは。医療者の方で置いとくものなのですか。

西田 明確にはまだそこまで考えていないのですけれども、いろいろな疾患の治療手順みたいなものが、医療機能評価受審する際に明文化したのですが、いろんな医者が入れ替わり、将来には、今の現在に所属している医師と入れ替わっていくんだけども、その時に改訂もあるかも知れないのだけども、医療チームとして、そのいろんな医者がそれぞれの患者に対応していく時に、「この根本の発想でやりましょう」というような用紙なので、病院内部文書なんだけど、わりと公式な形であるし、職員だったら誰でも見れるだろうけど、インターネットで病院のホームページで出すほどではつっこんだ話ではないけど、少なくとも病院の職員は誰でも見れるレベルの文書にはなると…。

勝村 はい、分かりました。

原 倫理委員会の議事としては出ることになるのではないですか。

西田 はい、出てもいいと思いますけど、倫理委員会として出ても…。元々、手順というのがあって、今現在の分かっている頭部の異常とか心臓の異常とかが、今のエコーのレベルで分かるという水準があるので、それをまとめたエコー検査マニュアルみたいなものがあるので、それの1ページ目ぐらいにくると思ってもらったらいいと思うのですがね。

原 ちょっとこれで、出生前診断全般のガイドライン的なものという感じにはしないのですけれども、若干なんか胎児エコーに係わるようなところの、基本的な考え方という範囲のもののような気もするのですけどね。

西田 そうですね、もちろんここは先端医療機関ではないので、遺伝子診断とか何とかに係わって研究している立場ではないので、結局、コマーシャルベースで行われているやつとかですね(トリプルマーカとか)、あと、検査レベルの話ですよね、これね。代々、何か先天性異常が出てくる家系の、かなり特殊な出生前診断を要求されるような、大学病院とかでやっているような個々の、一般化されないことの話ではないのですよ。

原 不妊治療はされるのでしたっけ?

西田 やっています。

原 それはどのレベルまでの不妊治療ですか。

中村 人工授精。排卵誘発プラス人工授精までで、体外受精はやっていないですね。

原 体外はされない?

西田 だから着床前診断もできないですね。

原 それはできない?

西田 で、マススクリーニングって前段階で…、マススクリーニングって、トリプルマーカだけだと思うのですけど、日本にあるのは多分、違うかなぁ。それと、Nuchal translucencyが利用できるのじゃないかというレベルにあるのではないかなと思っているのですけど。で、マススクリーニングはやらん方がいいだろうという…。

立岩 こういう議論につっこむと議論がたいへんになるなぁと思いつつ、この場合のマススクリーニングって、どういう意味合いで使われているのですか。

西田 マススクリーニングというのは、ある基準とか決めてもいいですけど、不特定多数ですね、特にこのことについて心配していない人も、例えば一律に35歳以上は全員やるとか決めて、実施するものですね。

立岩 希望していない人も含めてということですか。

西田 例えばですね、妊娠が判明した基準で、各病院で項目は違うのですけど、例えば梅毒などの感染症の検査については、こういうのは、皆やっているわけですよね。そういうのをルーチン検査というのですけどね、それのなかの一項目にトリプルマーカが入るみたいな感じで、やっている病院もあることはあるのですよ、自費で取って。「妊娠初期の検査をしますね」とかでね、入っている病院さえもありますし、そういう国もあるらしいけど、そういうマススクリーニングですよね。

立岩 そうすると、積極的に希望していない場合も含めて、全ての人に対して行うというのが本来の…、

西田 そういう立場が、もし政策的に出てきたら反対するということですね。国策としてそういうのが行われるとしたら、打ち負かされるかも知れんけど、一応反対ですという意見表明をしたいなと…。トリプルマーカに関してはかなり反対意見の意見集とか、ホームページでも見れます。

勝村 ただ、今の考え方だけど、トリプルマーカーという検査自体は別にいいのです。マススクリーニングに使われなくてもあるわけですよね。だから、希望者にやるという考え方でいったら、当院ではトリプルマーカそのもので選別することは、マススクリーニングではなくっても、そういうことに反対だという立場という分、ちょっと違うのではないでしょうか。

それからもう一つは、例えばマススクリーニングという今の言葉(僕もちょっと気になったのですけど)でなければ、例えば超音波で、「実は私、そのNTということを勉強して、是非に自分の検査の時に、そのことを調べて欲しい」という希望者が(希望があれば言ってくださいと書いてありますから)、そういうママさんが来た時に、「はい、じゃあ調べてあげますよ」という立場なのか、「いやそれはもう、あまり不確定なことで、わざわざ調べるほどのものではありませんから、そんなことをして、余計な心配をしない方がいいですよ」というような立場なのか、ということはちょっとこの間もみえないですね。

今確かにマススクリーニングという言葉は、ようするにやり方であって、例えば遺伝子検査も、マススクリーニングとして使おうと思えば使えるわけですね。「全員、お金がかかることは全部やるのだ」ということでいえば、マススクリーニングという形が使えますから、要するにやり方の問題ですから、「トリプルマーカをマススクリーニングとして使うのは反対だけども、トリプルマーカはやりますよ」という立場もあり得るわけでしょ。でも当院では「トリプルマーカはやらない」という立場をとっていますね。それはちょっと、その間にズレがある。「希望があればやりますよ」というふうには、なってないわけですね、今。「そういう方は、よそに行ってやってください」という話になるのですね。だからマススクリーニングという言葉は、確かにちょっとあいまいなのですね。あいまいというか、今の定義でされれば、それでいいのですけど、何か、マススクリーニングじゃない人も拒絶している部分があるのではないか、という気がしました。

西田 ただね、トリプルマーカが、個別に使えるような性質の検査かどうかというたら、どうかという問題があるのですよね。

原 そうですよね。

西田 個別に要求があってね、トリプルマーカをする人、しない人って、「する」という人に「じゃあしたら」ってして、それはマススクリーニングではないかも知れないけど、検査手法はマススクリーニングですよね、トリプルマーカって。何か変な言い方やけど、確立でしかでないし、確定診断ではない。

立岩 だから多分、定義が2つぐらいあって、ごっちゃになっているはずで、つまり、希望者でない人に対しても一律に行うという意味であれば、おっしゃったようにトリプルマーカはそうじゃない形で使われ得るし、少なくとも建前上は、今はそうではない形で、希望者のみに対して、カウンセリングを行ったうえで行うというふうに、わが国ではなっているはずです。

そうすると、誰もが「希望者じゃない人に対しても行うのは反対だ」という時に、じゃあその逆に、「希望者に対してはする」という話にするのか。ただ僕は、前回の会議の全体の論調の、私が受け取った限りの話では、そういう話ではなくて、日本中がこれを「じゃあ、どこでも止めるのか」という話は難しいけれども、少なくともこの病院に関していえば、積極的にというか…、「そういう希望に対して病院として対応することを、積極的には行わないというのが、この一つの病院の立場である」というふうに、私は了解していますね。これは「希望者に対しては行う」という立場とは、イコールじゃないわけですよね。ここのところがいちばん基本的な立場の違いであって、「どういうのか」っていうところはあると思いますね。

で、今現在、少なくとも日本に関していえば、やっているところでも、「希望者じゃない人にもやります」とは言ってないはずなんですね。「希望者に対してやりますよ」って言っているわけですから、そういうことで言えば、そういう病院とは基本的には何ら変わらないという立場もあるわけですし、「そういうところとは、ひと味違うのです」という主張の仕方もあるわけだし、どちらをとるかというのは、ちょっと大きな分かれ目です。私は前回受け取った話は、どちらかというと後者で、「この病院は、積極的にはそういうものに係わらない立場でやっていくのです」というふうに、皆さんが思われているというふうに了解したのです。

原 あのちょっとマススクリーニングって、希望者でない人も含めてルーチンとして、営々と検査を行うということがマススクリーニングという…、

西田 …というのと、もう一つはマススクリーニングでなくても、「そういう検査ができますよ」というオプションを持っていたら、自然にちょっとプレッシャーをかけますよ。

原 検査オプションとしての積極的なPRという意味ですか。

西田 「ありますよ」ってやったらね、マススクリーニングを進めている立場ですね。

原 それを、ちょっとマススクリーニング言葉を使うと、ちょっとややこしいような気がしますけれども、

西田 そういう検査方法がありますよ」ということが、みんなに分かるようにしたら、事実上、みんなに勧めていることにならないかという…。検査法としたら、確定診断できないふるい分け検査なのでね、スクリーニングなんですね。マスを書くか分からないけど、スクリーニング検査なんですね。だから本当に心配な人だったら、まずは羊水検査をした方が(ぶっちゃけた話)早いですよ、このことについてですが。で、事前にトリプルマーカーをやって、何か意味があるかと言うたら、あんまりないのですよね。

村井 ちょっと分からないのですが、出生前診断の技術というのは、どこまでの話をしているのですか。一応、冒頭の1行目から2行目、出生前診断というのは、当院の場合どこまでの技術を、現時点では意識しておられるのですか。

西田 出生前診断の技術…、

村井 どこまでを? トリプルマーカーを入れないのですか、入れているのですか。

西田 トリプルマーカというのは一つの技術だと思いますし…、

村井 それも入れて言っているのですね。

西田 はい。だけども、かなり不備のある検査なので…、

村井 羊水検査も、もちろん入れておられるわけですし…。

西田 もちろん。そらぁ、羊水検査を不特定多数の人に勧めたりはしません、35歳以上だからといって、一律の基準を決めてね。「心配や」という人には、ウチではできないけど、しかるべきところを紹介はします。

村井 「原則的にはしませんけど、要するに、特定の人で希望があればやります」というスタンスなのですね。

西田 ただ、トリプルマーカに関して言えば、検査会社と契約しないといけないので、契約はしていないのですよ。

村井 希望してもやらないし、やれないという…、

西田 準備もしていないということです。

村井 だから1行目2行目の原則は、不特定多数にはしないけど、逆に、特定少数にはやるということですね。

西田 特定少数には、相談できる場所を紹介しているわけです。

原 そこの、まぁちょっと個別の相談に関してね、拒否しないというのは分かるのですけれども、その「積極的に勧めませんよ」というのと、「じゃあ希望者がいたらやる」というのは、ちょっとそこは必ずしも「やる」とか「すぐやれるところを紹介する」という話になるのか疑問です。

西田 患者さんの側には、基本的に「第1子がこういう異常があった」とか、悩みが個別にあるわけですよね、「自分は35歳だ」とか。そうしたら一般の頻度というのが分かっているから、「何分の一でしょ」とか出るでしょ。それを踏まえた事前カウンセリングみたいなのはある。

原 結局、このあたりの話、そのカウンセリングの問題は非常に重要だとは思うのですけれども。

西田 その時によくあるのは、単純に35歳以上の妊婦さんが来た時に、「何か心配事はありませんか」とか言ったら、心配で、「そういう異常の子どもとか生まれる可能性」とか言う方がいらっしゃるのですよ。そしたら、その心配に対してね、「その年齢を超えたら何分の一ぐらいの子供さんが、そういう形で産まれる可能性はあるだろう」と、で、「まぁ調べる方法としては、現在、こういうのが利用できる方法はある」ということは言うわけですよ。「生まれてきたらあかんから、調べときましょうね」とかね、そういうプレッシャーをかける形では、言えないですよね。産まれてきてもいいと思いますけども、家で困る人もいるからね。…何て言うたらいいかな。この障害児とかダウン症の子どもが、産まれたり産まれなかったりすること自体は、何ら、こちらがどうこう言うわけではなくて、向こう側の事情なので、「産まれてもいい」という人なら、聞きもしないだろうし…、

村井 それはまぁ、そこまではならないでしょうね。一定の知識がなければ聞かないということもあるでしょうし、そのなかでも、こちらが先を読んで、判断しなければいけないと思いますね。

西田 でも「35歳以上だからしますか」という言い方はしないわけですよ。向こうから聞いてきたら、そのことで説明をするわけですよ。「こういう理由…」、

原 それは実際問題としては、そのカウンセリングというレベル…、

西田 いや、外来レベルですよね。

原 ここの考え方としては、「いろんな検査法がありますよ」と、その超音波の話をちょっとのけておいてもですね。まぁ、「受けたい」と、あるいは「受けようかな、どうしようかなと思っています」という人が、個別に出てきた場合に、「そうしたら、ご希望だったらやりましょう」と言っては、多分いけないのだと思うのですよ。

西田 そこは難しいのですよね。じゃあ「障害児でもいいから産め」という強制もおかしいでしょ。

原 いや、そういう話ではなくって、その間に、「いいから産め」と言うかどうかというのは、むしろ最終的な検査結果が出てからの話、もしくはもっと確定的な。

西田 いや、でもトリプルマーカだったら、確定診断が出なくても、トリプルマーカ陽性というだけで、確定診断をつけずに中絶を希望する方はいらっしゃいます。

原 ですから、それを受けるのかどうかという段階での、そこのカウンセリングというのは、まぁアドバイスという部分が中心だと思うのですけれども、

西田 それはあります

原 そこをどれだけしっかりやるのかということが、本当は一番重要だと思うのですけどね。

西田 ただ、深刻に悩んでいる方と、漠然と悩んでいる方と、いろいろありますよね。

原 ありますよね。

西田 ええ。だから、それぞれによって違うので、一律ではないと思うので、本人が納得して帰られたら、成功だし…。

原 逆に言うと、例えば「こういう検査を受けたい」と言ってこられて、「私としては、そんな検査そのものは受けない方がいいと思いますけども」と言うか、まぁそう…。カウンセラーだとどういう言い方をしたらいいのか、あいまいなんですけども。

西田 そういう言い方はしないと思います。そういう特定な方向に導くような聞き方ではなくて、向こうの心配事とかを受けとめて…、

原 いや、だから、この間あったように、この出生前診断でも、「男だったら中絶しますから、先生、男か女か教えてください」と言うてきたらどうするんだと…。

西田 男か女で中絶…。「男か女かは分からへんね、中絶できる時期に」って言いますけど。いつもそう言っていますけど。滅多にないけど、たまにありますね。確定できないですよね。「男だったらおろします。女だったらおろしません」と言っても、22週以降までは、性別は言わないようにしますね、実際に不明確でもあります。

原 だからもっと言ったら、羊水検査をやっちゃえば分かるとかね。

西田 いや、羊水検査も性別は教えないということに確かに…、

原 そうしたら、それは拒否しているわけです。

西田 いや、そうじゃなくて、羊水検査の(ウチではやらないけれども)、羊水検査の約束として、性別は教えないというふうになっているはずなんですよ。XXになっているかXYになっているかは伝えないというふうに、確か、なっていると思うのだけどね。

東 トリプルマーカとエコーとが、ちょっと違うと思うのは、トリプルマーカは、我々の以前の議論で、「そういうことは積極的に(手法としても疑問を持っているから)やらない」と、「どうしても疑問の方は、そういう方法があるということをお教えして、どこかを紹介する」ということであったわけですね。ただ、エコーの話は、我々の病院の技術で分かるわけでしょ、NTというのはね。その時に、トリプルマーカと同じような対応では、今の話では多分できない。じゃあ、「是非、NTというのを私は勉強してきたから、是非調べて欲しい」と言う人に対しては、どういう対応をとるのかというのを、一つ聞きたいですね。そういうことはトリプルマーカと同じで、「ウチではそういうことは、そんな検査については不確定だから、そこまでしませんよ」と言うのか、「どうしてもしたかったら、そういうことをやってくれる病院を紹介しますから」と言うのか、「じゃあ、ウチでやってみようか」ということでやって、そこまで調べるようなことをするのかと言うところが、ちょっと分からないですね。このスタンスが…?

勝村 これ、司会の方はたいへんだと思うのですけれど、論点をどういう内容で整理してやっていくのか、形あるものを作っていく形でまとめていくのかとか、いろいろあると思うのですけど、先ほど、北村副委員長さんからもあったように、いくつか論点があって、今にしても、個別の相談を受けた場合どうするかと言うことと、NTで偶然分かってしまった場合どうするかというのは、違う話ですよね。
だからとりあえず、最初に話があったように、マススクリーニングの定義についても、整理しなければいけないという意味でコンセンサスを作るうえであったけれども。まずは、マススクリーニングには反対するし、現状の日本の法律の中でも、「こうなってて、何が何でもこうなってて」と、「で、反対するのは、それはこういう理由だし、そういうことは分かって欲しいし、そういう気持ちを患者にも持って欲しいし、そういうつもりで、当院としてはやっている」と…。「出生前診断についての当院の考え方は、こうなんだ」ということが、やっぱり後にも影響してくる話で…。だから最初に「マススクリーニング反対」、マススクリーニング的なことで説明しようとされているから、その趣旨は、結局、「マススクリーニングだけじゃなくって、個別相談を受けた時にも、そのNTが分かってしまった時にも…。だけども個別相談を受け入れる時がある」と…。「マススクリーニングは当然しないし、そもそもそういうことはしたくないんだけど、出生前診断も本来したくないのだけれども、個別相談ということが最初にあって、だけども個別相談を受けて、なるほどと思う(ある程度ね)、思わざるを得ないようなケースも確かにあるんだ」と、「また、NTのように偶然分かってしまうようなケースもあるんだ」と、「だがその場合にはこうするんだ。ああするんだ」ということを、今、決める話だと思うのですよね。だからその前段、まず最初に「こういう考え方なんだ」ということがハッキリまとめてしまうことと、その次に、そのうえで「個別相談を受けた場合に、どういう姿勢で個別相談に応じていくのか」ということが、2つ目にあって、で、3つ目には、「偶然分かってしまったNTに関して、事前にどういう説明をしておいて、どういうふうにしていくのか」とかいう話に入っていくという分け方をしないと…。それでも、なんかたいへんだなぁと思うのですけど。

原 いや、順番にやろうかというとそうなんですけども、現実問題としてちょっと、その順番に切れるのかなぁというのがあるのですがね。だから、ちょっともう少し、「どう考えるか」から進んで、なるべくまとめたいと思うのですけど…、

勝村 フリートーキングをもう少し…

原 もう意見レベルで…、議論の進め方というよりも、意見レベルの意見交換をした方がいいのかなと思うのですが。どうですか。

山中 よろしいですか。私が母親で、妊婦でこういう状況になったとしたら、私は逆に…、いろんなことは、今はいろんな情報があるし、調べることはできますが、でも最後には、「どんなに異常が悪くても、赤ちゃんが育つのだったら、一緒に産んでがんばろうね」という立場で、「お産を勧める」というのが根底の立場なんですよね。そういうふうに言っていただいた方が、いいような気がするのです。その情報を隠すといったことはできませんし、見えたものは、見えたように言わなければいけないと思いますし、「お母さんたちは不安があるだろうから、情報を与えない」というのも、少し違うような気がするのですね。一般的な情報を与えて、でも最後、「異常があったりすることも、可能性としてあるかも知れないけれども、一緒に頑張らないかな」という、そういうスタンスでその文書を出してもらえるのだったら、なんか受けとめられるような気がするのですけど。「やりたくないけど、最後、お母さんが希望するのだったら何でもやるよ」というのは、なんかちょっと(乱暴な言い方ですけれどもね)違うのじゃないかなという気がするのですね。自分がこの母親だったらですけどね。

西田 ただね、これがまた難しいのやけどね、例えば出産…、妊娠経過中は僕らが診れますけど、いざ異常が出てきたら、そこからは小児科医でしょ。

山中 胎児の間でもということですか。

西田 産まれてからです。

山中 産まれてからですね。

西田 で、産まれるまでの間の妊娠管理とかっていうのは、確かに産婦人科医なんだけどね、でも管理と言っても、手を出せるわけではないので、だからなんて言ったらいいのかなぁ…、

山中 そこまで求めなくてもいいのではないですかね。母親がその子を産むということを決定して、そこを支援するということで、やればいいのじゃないかなぁと思うのです。

西田 ただ、「僕らが手伝うから頑張りましょう、産みましょう」という言い方も、ちょっと強制なところがあるのですね。それはやっぱり、将来、子供の世話をしていって、何かあってという…、その一生涯に僕らが係わるわけではなくって…。まぁ小児科医だったら、また別かも知れないですね。小児科医が中心になってね。だけど、そこまでじゃないし、かなり個別の悩みとか、決定になるのですよ。

田中 そこは、もうちょっと小児科医との連携を密にして、「小児科のサポートもちゃんとありますよ」というようなことを言うことで、そういう形で生きていくことは可能じゃないかなと思うのですけどね。確かに産婦人科の先生が、子どもが産まれてからのフォローをできるわけではないと思いますし、産まれた後、てんかんがあったり、いろんな子どもたちを私たちは看ていますけど、その子どもたちを勇気づけて、頑張っている小児科の先生たちが、実際にウチの病院にもおられるのですから、そこをもっとアピールの一つの中に入れてもいいのではないかなと、今の話を聞いていて思ったのです。

西田 それは、例えば確定診断がついたときの話ですよね。だけど、マススクリーニングというのは確率で、「確定診断をするかどうかで悩んだり」とかいうレベルの状況で、そこで例えば、「ダウン症の可能性が300分の1ある」と言うたら陽性になるのですけども、羊水検査をする前に、「ダウン症だったら、どうですこうです」「こんなふうな養育環境が必要です」とかいう説明までをするような受け皿までは、まだちょっと準備ができてないわけですね。

田中 そこで産婦人科として、どういう立場で話すかというのも、あるかなって思うのと、私がちょっと先ほどの意見と違うなと思ったのは、本当に、例えばその検査で陽性であったとして、陽性であることが必ずしも全て、ダウン症とかという異常であるというふうにつながらないのであれば、言わないのも一つの手かなというか、ある意味、10カ月のお腹にいるマタニティ期を、ブルーな気分で過ごすのか、知ったところでどうにもできないのやったら、知らずに過ごす方が幸せなのかなという…。自分が母親だったとして…、

西田 そういう意見は、一般の人もあります。あるのだけど、全員がそうじゃないので…。

田中 それは確かにそうです。だから、そういうふうな立場で考えられるかどうか。産婦人科の先生たちの間で、どういう立場でしゃべるかということを…。

西田 逆に言ったら、これだけ問題になるNuchal translucencyの所見とか検査精度で、学会とかは何もガイドラインを出してない。だから、出してないのだから、この検査は無いに等しいから、見つけても僕らの胸の中に入れておいて、許されるのかどうかという問題については、ちょっと分からないですね。

原 私が部分的に意見を言いますと、先ほどおっしゃった「分かった情報は伝えた方がいい」というのは反対です。やはり、知らない方がいいという場合はけっこう、無用な不安とか、悩みとかですね。知らない方がいいというのは、結果を知らない方がいいという場合もあるでしょうし、その前の、検査法自体を別に知らないなら知らない方がいいという場合もあろうかと思うのです。教えないでいいという意味で言っているのではないですけどね。「何でも伝えます」というのは、やはりこのジャンルではまずかろうと、少し。では何を基準にするのかと言うと、まずはやっぱり、患者さんというかお母さんが「知ることを希望するのか、しないのか」というところ、そこでの自己決定がベースであるべきかなと思うのですけども、それが一点と…。だから最後の「たまたま見つかったら」「NTで見つかったら伝えます」という、伝えることを原則にする必要は、私はないと思うのですけどね。「知りたいですか、どうですか」ということを、事前に聞いて…、

西田 事前に聞いていればでしょ。事前には言っていないですよ、「こんな検査がある」かどうかってね。

原 だから、抽象的な言い方で、言ってはいいとは思いますけどね。

西田 事前にですか。

原 具体的に「こんな検査がありますよ」まで事細かに言うと、確かに周知しちゃっているという感じになるとは思うのですけども。どの程度知りたいですかということを、把握するような意味の…、

西田 何か選択肢みたいなものを提示すると。

原 選択肢を、私はそういう意味では、そういう「知りたいのか、知りたくない場合は『知りたくない』と言うておいてくれ」というふうな文言を、一つのメッセージとして入れておいた方がいいのじゃないかなと思う。「いろんなことが分かることがあるのだけども、知りたいか、知りたくない場合は、あえて別に教えませんので」というのを、説明文書に入れた方がいいかな、ということを思います。

で、それと、あともう一つ補足しますと、自己決定といって、知りたい場合は「じゃあ希望して検査を受けますか、どうですか」というそこの…、やはり遺伝カウンセリングの世界だと、「じゃあ受けたい? はい検査します」と、ここが一足飛びに行っちゃうのはまずいというのが一番重要なところで、そこの段階で、その検査というのはどういう意味があるのか、検査で分かった場合にどういう選択肢があるのか…、

西田 それはもちろんそうです。それはもちろん説明をします。今まででも、それはもちろんしています。

原 そうでしょ。そこの説明のところ…、どこまでが「もちろん」なのかよく分からないので、一般的に医療機関は不備ですから…。民医連病院はどうなのかというのは、よくは分かっていないと言ったらいいのですけど。まぁそれで言うと、ここのところは着床前診断の話の取材なんかをしていますと、要するにいろんなことを、例えば「『知りたい』とか、『検査を受けたい』とかいう点は選択したい」と言ってきた場合に、まぁしっかり悩んでもらうという手順ですか。で、先入観を持っていたり、ちょっと間違った知識の人もいるし、知識自体がない人もいるのだから、必要な知識は伝えるなり…。で、しっかり悩まないで、「これ受けたい」「じゃあ、やりましょ」と言うたのが、その神戸のケースでね。産み分けにしたって、染色体検査にしたって。彼は「患者の自己決定だ」と言うのですけどね。それは、それじゃいけないでしょ。その過程で、思いっ切り本当にカウンセリングをやって、悩みに悩み抜いた末に、「やっぱり、男女産み分けの着床前診断をしたい」という結論に至って、それで「それを受けました」というプロセスではないですね、少なくともね。ホイホイとやっている。

ちょっと話は違うのですけども、基本的な考え方として、そこの非常にプロセス部分というのが、重要なジャンルだと思っていますし、(いかにどれだけよく分かって、悩んで、それを受ける前の話ですよ、検査を…、一般的ではないです)…とは思うので、それは実質的にいうたら、カウンセリング態勢はけっこう重要な部分とは思うのですけど、このNTの話に関しては、ちょっと「事前カウンセリングをするのはできます」というのとは違いますよね、偶然見つかる話は。

吉中 NTの話を聞いて思っていたのですけど、NTの話自身も、これまでの説明の中身で言うと、もう少し正面からちゃんと捉えて、我々の医学的な評価も含めて、「分かるように説明すべきだ」ということなんじゃないでしょうかね。それはいろんなことにね、いろんな誘導するというリスクがあるということも、かなり手前勝手な判断という面もあって、絶対的に社会的な意味だけで、「これは問題がある」ということではないと思いますね。医学的な意味でも、これを指標として使うことについての、限界線がものすごくありそうな感じじゃないですか、実際には。その評価の不確実性、先生も言っていたけど…

西田 今の段階はね。でも多分、これから治験が積み重なって、より確実なガイドラインとかが出ると思いますよ。これの研究を日夜している人がいるので…。

原 それでも明確な判断を、今示しておくということを抜きには、事態が進んでいってね、対応できなくなると思うのですね。それでは隠すということしかないですね。おっしゃったこのへんは、やっぱりそれはそれでね、不確実な情報であっても、インターネットでボンボン出ているということは、基本的に知るべき人は知るということですよね。で、知らない人たちには、そっとしておくというというのも、やはり問題はちょっとあるのかなというふうに感じるのですよね。「知らない人は、そのままおいておいたら、ただ知らないで済みますから、院所の現場で無用な混乱は起きない」とかね。ただ社会という単位で見たら、やっぱりそれはあまりいい方向ではない。

勝村 僕も意見というのであれば、患者向けに最初に言ったのですけど、説明する文書がいちばん大事で、本当にシンプルに分かり易く、今ここでお話ししていただいていることを、もっと分かり易く、伝わるような文書にしてもらった方がいいと思うので…。やっぱり、ちょっと高齢の出産とかが増えてきているけど、みんなある程度、「ダウン症の率が高くなるのだ」とか、「検査してくれる病院、してくれない病院があるらしいのだ」とか、そういう倫理を超えて、そういう噂話から入って行っている状況があると思うので、「じゃあ、この病院はどういうスタンスなんだ」ということが、まずパーンと出てきてて、僕は分かり易いと思うし、「ウチはこういうスタンスでやっているのです」と…。だけど逆にね、すごく基本的にスタンスはきれいでも、「悩んでいる人の相談に乗るのだよ」と、個別のね…、だけどその相談のスタンスは、今いろいろ意見が出ているように、そこの過程が確かに…、相談を受けてからの過程は「どういうふうに受けて」という手順が大事だけど、そういうことも抱えてあって…。やっぱり僕はもう、そうやってインターネットが出てきてね、さらにこれが進んでいってということであれば、やっぱりトリプルマーカという難しい言葉も、昔の妊婦は高齢であっても覚えなかったことが、最近の高齢の人だったら、トリプルマーカって、出産がね…、普通の人が覚えてしまうぐらいのことになってきてて、やっぱり何らかの形で逆に説明をしていって、NTという言葉をどう使うのか分からないけど、最近では診断でエコーをしているなかで、やっぱり偶然そういうことが…、ウチはこういうスタンスだから、そんなの見つけようとは思っていないけど、見つかってしまうことも時にはあってね、それもある程度ちょっと具体的というか、「こういうケースがあって、こういうケースもあり得ることがあるのだ」と、「そんな時には、私たちも悩んでしまうのだ」と、「こういうスタンスを持ってるのだけれども、何かそういうケースもあるんだ」と、「そういう場合にどうして欲しいのか」…。本来知る必要はないと思う判断だから、偶然見てしまうので、見たくもないものだから、知りたくない人には、別に伝える必要もないと思っているし、でも、そういうのであれば、「とりあえずいったんは教えて欲しい」というのであれば伝えるし、でもまた程度によっては、「伝えなければいけない」とお医者さんの方で判断…、「伝えるべきだ」と判断されたら伝えられたらいいと思いますし…。まぁそれも元の基本の信念に基づいたうえで、なおかつ、「伝えた方がいい」と思うなら伝えなければいけないし、「やっぱり伝えない方がいい」と思うなら伝えない…、そのへんのところで、微妙な非常に難しいことがあると思うけれど、ある程度そのままの感じて今考えられていることが、そのままストレートに伝わるような文面であった方が、いいのじゃないかなって気が僕はする。だけども、そういう技術はあるけど、そんな技術を使わない時も…、「着床前診断ができる病院もあるということだけど、そんなのいらんでしょ」ということを、やっぱりレクチャーできるだけの気概も持って欲しいし、だからそのNTというので、どんなに調べたか、何か確率…、何か分かるけど、「そんなの調べる必要はないじゃないですか」ということも伝えていかないと…。科学技術がどんどん進展してきて、無駄なことになってくるけど、「そんなんはいらんでしょ」ということを伝えていくのも、本当にこれからすごく大事な仕事になってくるのかも知れないと思う。

原 よろしいでしょうかね。それぞれ、先生方に意見をいただいて、確かにそのとおりだなと思うのですけどもね、ただちょっと一つ一つ積み重ねて確認をしていただきたいと思うのですね。で、いちばん具体的に言うと、例えば先ほどからここにあがっている「NTが見えたら伝えるべきなのか、伝えないべきなのか」ということ。で、「伝えないのであれば、どのような他の手だてを講じるのか」とか、「伝えるのであったらどうするのか」という、そのあたりの委員会としての見解が欲しいなっていう感じがしますね。それがあったうえで、説明用紙とか、もっともっとブラッシュアップをしていただければいいと思うのですけど、そこのところの基本的な見解が欲しいなと思います。難しい?

「たまたま見えた場合に伝えるかどうか」というところに絞りましょうか。その前段のための作業というのは、説明用紙の中で、これは事前準備として、今私が言ったように、「知りたくないという人は言っておいてください」ということを言っておく手だては、もちろんあるとは思うのですけど、まぁそれはそれとして、「たまたま見つかった時に伝えるべきかどうか」、あるいは「べきかどうか」以外の選択、やり方があるのだったらそういうことですが…。

立岩 すごく原則的に言えば、「たまたま分かったから伝えるべきだ」というふうには言えないと思います。と思いますというか、で、「分かったから伝えた方がいい」というのが言えるのは、少なくとも本人の場合ですね。「本人の状態を本人が知るということは良いことだ」、あるいは「当然のことだ」という言い方はあり得るのです。もっとそれを狭くして言えば、「本人が、自分が長生きしたり、良い状態で生きていきたいために、自分の状態を本人が知っておいた方が、都合がよろしい」ということは、まぁ多々あるわけですね。ですから、「本人は本人のことを知った方がいい」。この場合は明らかに(これはこの間、僕が同じことを言ったことでもありますけれども)、それを知るのは本人ではないわけですよね、ここでは明らかにね。ですから、「本人は本人のことを知った方がいい」という話は、ここでは成り立たない。

そこにはまだ、そういうことを知り得るような本人というのはいないわけですから…。したがって、「分かったからといって伝えなければいけないとまでは言えない」ということまでは言える。で、だから、「知った以上は伝えなければいけない」というふうに思いこむ必要はないということは、確認できると…。で、それが一点ですね。

それからもう一つ。だとしたらそのことを、その患者さん宛の文書に書くことによって、自らのある種やり方を、制約するとか縛るとかいうことが、いいことかどうかということですよね。で、今回の「受けられる方へ」という中では、「分かっちゃったことは伝えるように努力する」という文言が入っているわけですから、これはまぁ、「伝えることにします」という話で、逆に、分かったのに伝えなかったら、責任を問われるということにもなり得るわけですね、この場合。というあたりで考えていくと、この文言をそのまま使うかどうかということは、かなり問題があるだろうと思う。

じゃあ、まぁその逆に、…どうなのでしょうねぇ。これはちょっとさっきの話との、つながりではないのですけれど、僕は、全体から言っていることは、「この病院としては、超音波検査というのはどういうふうに使うのか、ということの目的を言う」と、「しかしながら、他のことが分かってしまうこともある、昨今…」「しかし、それは不確定な部分もある」と、そして「私たちの基本的なそもそもの超音波検査の目的は、こうこうなので、あくまでもそういう形で使用していくつもりですということを、分かってください」という言い方で、よいのではないか。その分かってしまったことを、伝えるとか伝えないとかということについて、自らを制約するようなスタイルの文言をあえて書く必要は、僕はないのではないかと思います。

勝村 この文言ね、ちょっと文章の筋立てが悪いのだろうと思うのですけど、その下から5行目に「私どもは、超音波検査で分かったことは、なるべく分かり易くお伝えするように努力しています」というのは、僕は上から6行目に入るべきだと思うのですよね。というか、何で超音波検査をしているのかということの次にくる意味で、書かれているのではないかなぁと思うのですよ。そうじゃないのですか、多分、皆さんは。そして、「ところが、目的にとは無関係なことが分かってしまうことがあるんだ」というのが、その次にくるべきであってね。で、「本来の目的に関することは何でもお伝えしようとするつもりだけれども、目的ではなかったことが分かってしまう時がある」と、「その時には知りたい方、知りたくない方という…」、そこの文言もまだまだ問題ではありますけれども、「そういうことに関しては、どういう反映になるのか」という話になってくるのだと思うのですね、展開としては。で、ここにこれが入っているから、何かその次の行とこの行が分かりにくいのですよね、本当に。

原 というか、その元の基本的考え方自体は、「これは、だから伝える」という考え方に立っていますから、そういう意味では整合性があるわけです。で、「伝える」という「告知する」という手順のことですね。

勝村 あっ、そうか。

西田 もちろん今の焦点は、出生前診断・選択的中絶につながるような初期の所見についての議論になっていますけれども、基本的に後半で分かったことは、告知せざるを得ないし、それで「対策を立てなあかん」こととかまでいきますね。「母体搬送が必要である」とかいろいろあるので、基本的には、できるだけ見落としなく探さなければいけない場面もあるのですね、超音波で、後半には。心奇形で、産まれてすぐに胎児が真っ黒になってしまうようなのを見落とし…、見えなかったらしょうがないですけど…、分からなかったとかね…、分かるのだったら、そこはスキルアップしなければいけない努力する部分で、一生懸命見ているところもあるのだけれど。

山中 それはでもやっぱり、健康な赤ちゃんを産むための目的であるから、それはそれでいいと思うのですけれど。

西田 だから知らせるのですけれども…、

山中 それはだから「知らせる」でいいと思うのですけれど、今言っているのはもっと前の段階で、「産むか産まないか」の選択をしなければならないような病気が見つかる可能性があるから、どうするかということですよね。

西田 「産むか産まないか」の選択を必要とする病気でもないのだけれど、「産むか産まないか」の選択をする人がいるような状態ですよね。別に産まれていいと思うのですけれど。

原 ですから勝村さんのおっしゃったのは、「原則、伝える」というのじゃないという方向に変えた場合は、おっしゃるような順番に持っていったら意味が…、

勝村 定められた手順というところが、そうですね。

原 「伝える」というふうになっているから…。今は、「偶然分かったら伝えますか、伝えませんか、どうしますか」というのをやり直しているわけですけれども、原案は、「伝える」ということになっているということなです。

西田 で、ここの定められた手順のうえにNuchal translucencyも含めてというのは…、それ以外のことは言うことに妥当性があるのですよ。それ以外の所見は、無脳児も含めて妥当性があるのですよ。でもNuchal translucencyは、かなり特殊な立場に立っている所見なので、これは。もっと言うたら、「この病院はこういう出生前診断のスタンスです。で、今世の中には、Nuchal translucencyというちょっとあいまいな精度の検査が出てきましたけど、ウチはこういうスタンスだから、見えても言いません」と宣言しちゃって、周知していたら許されるのですかね。

立岩 ちょっといいですか、すみません。いろいろ議論が膨らむとややこしいのですが、NTだけに絞って言うと、NTを先ほどは「これは伝えるべきだ」…、「基本的に、見えたら伝えるべきだ」という話でしたね。

西田 現段階では、ガイドラインも何もないから。

北村 立岩先生は、先ほどロジックも含めておっしゃっていただいたのは、「伝えなくてもよい」という結論をおっしゃっていただいたと思うのですが、その場合、NTが偶然見えたけれどもそれを母親に伝えなかった場合、「法的にはどうなるか」というのがちょっと気になります。要するに、「治療者の側が、説明義務を果たしていないのではないか」というふうに、言われやしないのか」という不安が、医者の立場からすればあるのですけれども、そのへんはどうなのですか。

村井 だからNTの診断確度がどの程度かということが、医療的に確立しているのかどうか、それがちょっとよく分からないのですけども、もし確立していたら、それは当然言わなければならない、告知しなければいけない義務があると思いますよ。ところがNTがまだ、それによって染色異常が確実に現れる…、一定の率でね、高率でね、…現れるということの証明が医学上できていないのだったら、そこまで言う必要はないけど、ある程度されていると、認知されているというのだったら、やっぱり言わなければいけないのではないかというふうに思います。医学会でどの程度それが認知されているかですね。また、未確立でも言う必要がある場合があります。昔、未熟児網膜症の治療で光凝固法があって、最高裁は、昭和51年か52年の厚生省の研究報告で「あれは治療として確立した」と言うのですね。それ以後、そういうことについてもちろん告知する必要もあるし、転院義務もあるというのですね、最高裁の意見は。で、ただそれ以前であっても、一部あったのは、医療機関のレベルによって分けたりしていまして、…どういうのですか、「こういう方法もあるよ、まだ未確立だけれども」という、それもある程度、言った方がいいという考え方なんですね、最高裁は。だから、NTはどこまで確実か、未熟児網膜症の治療の光凝固法の場合は、わりと天理よろず病院で昭和46年頃から、成功例がずうっと20例ぐらいあるのですよ、昭和50何年までね。で、そういうのを医者は知っていて、それについてインフォメーションを与えなかったことについての、是非が問われたのですけどね。最高裁は51年か52年で切っちゃったのですけどね、これからはだんだん、その確率の程度問題も、ある程度言っていく必要があるのではないか。「今では先端治療としてこういうものが、どこどこ病院では行われています。ただ未確認ですよ」とかね、そういう説明義務って、けっこう出てきだしていますよ。その後の最高裁判例を見ていても、必ずしも51年で完全に切ったわけではなくて、先端医院の場合、ちょっと違う考え方を示してみたり…。ですから、これも「NTの診断確度がどの程度なのか」ということを正確に伝えることを前提にして、先っき言われたように、正確に伝えることを前提として、有益な数値が…(これを有益というのかどうか分かりませんけど、ここで書かれて)、有益な数値という医師・医療機関の判断があれば、やっぱり言うべきだろうと思います。有益だというその信頼度ですね。それがちょっと私には分からん。ただ医学上の確率とかが分からないから…。

吉中 医学上では多分、7割というようなsensitivityで有効でなければ、あまりスタンダードではないというふうになると思いますけれど、もう少し調べることは必要ですけど、未熟児網膜症に対しては出されたけれども、じゃあ「NTを伝えたか伝えなかった」ということで、どういう損失、問題が起きるのかということが、この場合は普通の事故だとかということと全然違う、というふうに私は思うのですね。要するに、障害を持った方が産まれる産まれない、そのことは損得の例え話にならないのではないでしようか。

村井 それは最後は、結局、「患者の選択の幅を奪ったのではないか」という議論が出てきちゃうのですよね。

原 まぁその範囲。

村井 あのう、あれがあったでしょ。例えば「輸血をして欲しくない」というエホバの証人の事件があったのですよね。あの事件では最高裁は、その「輸血はしたくない」と…、ただ医学上は輸血した方がいいとハッキリしているのですけどね…、だけど、「輸血をしたくない」という選択を認めたのです、最高裁は。その選択権を奪ったことについての慰謝料請求…、慰謝料が認められたのですね。だからこのケースでも、もしこれが確立して、もっと精度を確立して、もし、このNT値でだいたい異常児が産まれるということがほぼ分かったとしますでしょ、それを伝えなければ、そういう選択権を奪ったという、どちらかを…、産む産まないの…、という意味での慰謝料請求を認める可能性が出てくるのですね。そら、最高裁の言うのと考え方は一緒でね。

原 そら出てくるでしょ。出てくるのに対して、だからそれは争うということをやらないと、仕方がないじゃないかなと思うのですよね。

勝村 僕は基本的に立岩さんの考えでいいと思うのですけど、こだわるのは書面、この中身、患者に配布する説明書がどうなっているかというところは、最も大事だと思うのですよ、やっぱり。だから今、話がありましたけど、僕はやっぱりここで、ある程度そういうことが分かる…(分からないけど、もうちょっと…、今の精度やったら本当に微妙な部分だけど)…そうなってきてね、お医者さん自身はすごく心配しているのに、「もう言わんとこ、言わんとこ」とかね、だからその程度の問題もあるでしょう…、ある意味でしょうけど、基本的にそういうことが分かりつつある時代になっているという…。だからね、いちばん最初にメインで、そもそも「マススクリーニングはしません」ということ自体が、「マススクリーニングって今はできるし、ひょっとしたらやってくれる病院もあるけど、ウチはしないのだ」と言っているのと同じ論理でね、そのNTというのも、「ある程度そんなのが分かるようになってきているけど、ウチは、それはもう気にしない」のだったら(あんまりね)、という感じのことを、きちっと最初に説明をしておかないから、分かってしまった時に「どうしよう」というような気持ちになるんだと思うのですよね、僕は。だから、ある程度説明しておいて、それでも「基本的に、私たちはそんなのが分かっても、まだまだ精度も低いし、どうなるか分からないし、無用な心配やし、基本的にそんなことは知りたくもないし、知りたいと思って調べるわけではないから、知る必要もないと思っているから、そうなのですよ」ということを、基本的に伝えておいてね、それでもどうしても、「そういうこともあるから、したいんだ」と言う人は、やはり個別の相談というのにまわすのと同じで、マススクリーニングはしないけども、どうしてもしたい人の相談をこなしているのと同じで、その個別診断的なところに、個別の相談的に受けて、そう人の場合は、もし偶然分かった場合は、「どうしても教えて欲しい」という人がおれば、その人の話を聞いて、そこでもまた、過程が大事でしょうけど、「なるほどな」というのであれば、「この人の場合は、偶然分かったというのであれば、ちょっと言った方がいいのかな」とかいう話の世界になるように、文書がなっておれば、そういう法的な問題もないんじゃないかな。

原 というのは、今の勝村さんのご意見は、「原則、伝えません」ということを宣言しておくと…、平たくと言うと。

勝村 マススクリーニングはしないけれども、相談には応じますぐらいの雰囲気で、「NTは、僕らは調べたいと思っていないけど、どうしても分かった時に、分かっているのやったら、『医者が分かって気になっているのやったら、それを教えてくれよ』というような人がいてるのやったら、個別相談に応じるぐらいの雰囲気…」なのかどうか難しいけど、だから、僕らとしたら「できるだけそんなの気にするなよ」ということを、相談に来ても「気にしなくていいですよ」と、もう一回レクチャーするつもりでおるのだけれども、だけど、そういうことがあるし、気になるし、場合によっては伝えた方がいいと…。本当に重症とかあって、無脳児とかなんか…、僕もよく分からないですけど、そういう場合もよく分かってくると思うのですけれど、その場合は別にまたいろいろと…。

村井 だから僕は正確に書いたらいいと思います。だからね、「このエコーによっていろんなことが分かるけど、その中でNTについては、こういう未解決の問題なので、希望する人だけに言いますけども」という話をして、ただそうではない、無脳症のようなハッキリと疾病が分かっていて、次の処置が必要な場合にはね、それについてはちゃんと告知しなあかんわけでしょ、当然に。そのへんがごっちゃになっているから、分かりにくいのだと思います。NTならNTの問題だけ、ちょっと取り上げてね、「ただしNTの場合、こうしましょう」とかね…。

原 NTというのが実は、そんなに中絶するような重症ではないということなんでしょ。

西田 そこがよく分からない。医学評価は分からないですけど、ウチは。

村井 だから問題がある。無脳児であったら問題にならないかも知れないのですが。

原 問題にならないのかなぁ。無脳児も産ませるというお医者さんもいるんですけど。

西田 いや、「無脳児だったらおろしなさい」というのも変なんですよ。無脳児やけど、在胎週数が行くところまでいって、普通にみんなで迎えたいという方、医師もあるのですね。医学的な問題だけでは…。

原 すみません。ちょっと休憩をした方がいいかと思うので…。2時間ぐらい経ったので、15分くらい、ちょっと休憩を…。

《休憩》

《委員会再開》

原 では再開させていただきます。できるだけ意見を集約するようにしたいと思うのですけれども。そうですね、ちょっと整理の仕方が難しいのですが…、

勝村 基本方針として、やっぱり倫理委員会とかいうのが、こうやってできつつあるじゃないですか、日本中にね。医療も…、医療だけじゃなくって、やっぱりいろんな意味で科学技術が進み過ぎているところがあるから、「これは倫理をもっときちんとしないと、悪用される」と思うから、倫理が出てくるわけで、「原爆が作れるようになるから、科学者に倫理が求められる」とか何とかなってくるわけでね、「科学技術が進み過ぎるから、倫理が必要だ」ってなってきているので、どちらかというと、「こんなもの、知りたくないものを見てしまうんだ」とおっしゃっているわけだから、基本的な方向としては、倫理的な問題をね…、科学技術が進みすぎているのを、倫理的なところで、国民に、患者に、お母さんに、抑えていきましょうねというのが基本であると思うのですよ。がしかし、その検査ということと、精度ということという意味で…、上のところで「個別の相談、云々」というところがあるのだから、とりあえず相談さえ受けないのではなくって、ある程度は最初に説明をしておいてね、で、相談を受ける。場合によっては、そういう選択をしようという人には、とりあえずいっぺん、個別相談という形で話を聞くということをしておくことが、そのエクスキューズ的にこれを発信するという趣旨であるならば、また現状が、否応なしにそう進んできているのであればね、…という形で伝えるような感じで、と僕はそう思うのです。

村井 それからちょっとこのペーパー、やっぱり基本…、「改訂版の改訂」には出ているのですけれども、要するに、この病院では優性思想に基づく治療はしないということを言っているわけでしょ、最後の追加部分は。それを大前提に、まず最初に持ってきてね、基本的な考えというと、まず「病院では、そういう優生保護思想に基づいて、障害児が産まれることが分かったら中絶を勧めるとか、そういうことはしないで、そういう差別的なことにつながることは一切しません」と、「いわゆる障害児と分かっても、産む方向で考えています」ということを、言うかどうかですね。そうすると、そういう障害児が産まれても、産むことを勧める病院だからこそ、「こういう出生前診断によって障害児が産まれるような人たちを排除するようなやり方で、検査をしませんよ」というふうに、結びつくのではないかと思うのですよ。その大前提が多分、そっちにあるのでは…。これ、「改訂版の改訂版」を見ると、そんな話が実際、わりと出てきているので、ちょっとそれを、もっと最初にうたわないと…、検査って、次に何の目的でやるかですからね。まず考え方としては、「この病院では、そういう優生保護思想の姿勢をとっていない」と、「だから障害児であっても、一人の人間として尊重し、産んでもらいます」と、「そういう立場で医療をしますよ」ということを、うたった方がいいのではないかと思いますけどね。それを前提に検査をした場合、「ハッキリした場合、どうするのか」という対応が決まってくるわけでしょ。あるいは、医療機関としてのスタンスも決まってくるわけですね。積極的に中絶を勧めないわけですね、わかっても。だから先っき彼女が言われたように、産む方向を勧めるという姿勢なのかと言ってるんです。そのへんはどうなんですか。

西田 あのね、どう言ったらいいのか…。遺伝子カウンセリングというので、「産んだ方がいいよ」とか、「産んだらあかんよ」ということはありますか。

中村 それはアドバイスではないですか。

西田 評価をしたらいかんことになっているのね。

中村 アドバイスはできるでしょ。

西田 病院の考え方を全面に出して、「ウチらのスタンスはこうです」って、それが納得できなければ他の医療機関に行って頂く。そんなところは、京都であれば実際にはたくさんありますね。

原 どうですか。だから、私も、まずそういう意味での病気・障害ということによる命の選別、産むか産まないかの選別ですね、「そのために出生前診断を行うというのは、民医連病院としては(原則ぐらい入れておいてもいいと思うのですけれども)原則、反対である」ということを、やはりそれは患者へのメッセージとしては、明確にした方が分かり易いであろうと思うのですが、その考え方自体は別に異論はないですかね。

勝村 だからそれを原案では、マススクリーニングをするかしないかということと、個別の相談に応じるか応じないかということの、2点に分けて出されているから…。マススクリーニングに関しては誰も問題はないとは思うのだけども、個別の場合のね、個別の相談の方、あの、NTじゃなしにですよ…、

西田 個別の問題で言うたら、先ほどちょっと議論が出かけたのですけどね、産婦人科医って、自信がないところがあるのですね。産んでもらう方は妊婦さん本人だしね、障害児が産まれて受けとめて育てていく人らに、あまり直接的な応援ってあまりないのですね、小児科の先生とは違って。で、そんなとこで、あまり自信を持って「じゃあ、こういういろんな…」、知識不足かも知れないけども、「ダウン症の子供さんが産まれたらこんなふうになって、こんなふうにやっていけますよ」とかいうアドバイスが、「産む産まない」とかの時点で、持ってないのですよ、相談できるいろんな知識とかをね。例えば、こういうケースは今はないですけど、「染色体異常が分かって、産むか産まないか悩んでいます」という話がこちらに来た時に、すぐに答えられないから、そうしたらここの小児神経発達外来ってあるから、小児科の先生が障害児の医療の担当、かなり精通しているので、「その先生に『ダウン症の子が産まれたら、こういう治療になりますよ』とかの話をしてもらいましょうか」という提案とかは、できるような用意はある。用意まではあるけれども、「産んでやっていけますよ」と言えるような、強いアピールまでは、個別の人の相談の時には、まだ持っていないし、不充分です。だがマススクリーニングとしてやるのは、明らかに「やらないでいい不要なことや」という確信はあるのですね。それはそういうスタンス。

村井 だから僕、逆に聞き方を変えると、明らかに出生前診断はどんな方法でもいいですけど、「この子にはこういう障害、ダウン症がありますよ」と、その可能性がわりと高い確率で出た場合に、その患者さんが「ここで中絶をしてください」と言った場合にどうするのですか?「この病院で中絶してください」と、そういうことを理由に…。そこを聞いているのです。だから、「ウチではそういうことは、(先のこういう)優生保護につながるので、それはしません」と言うのか、それとも「やっぱりやります」と言うのかの、違いなのですね。経済的理由ではなくって、今言っているのは、経済的には充分ゆとりがあるけれども、産んでもいいのだけれども、だけど障害児が産まれるからイヤだと…。だから「中絶をこの病院でして欲しい」と言った場合にね…。

西田 それでも前の質問に出ていたけど、僕らは経済的理由での中絶になりますが、一緒の行為なのですよ。経済的理由でわりと深く考えずに、「もう3人もウチは要りません」と言っている人と、その悩んでやっている人と、「どっちがどうなんや」って言われたら私たちも悩みます。

村井 根底の思想が違う。根底の思想は優生保護。「障害児だからイヤだ」というのは経済的理由とはまた違うのです。根底の思想はここに書かれてあることだと思う。

西田 いや、でもね、「障害児やったら経済的な理由になる」と言われる場合もあるのです。

村井 それは医療保障制度とか社会保障制度の問題ですからね。僕はこれを見たから、「改訂版の改訂」を見てね、「あぁこれを見ると、優生保護思想をとらない」と…。

西田 とらないのだけど、とらないのと個々の患者さんの場面との違いというようなものが感じられて、上手く表現できないのですが。

原 それを分けるのは、ちょっと詭弁な気がするのですけどね。

西田 でも中絶の理由って、22週未満だと例えば経済的理由と言われても、「じゃあ、収入証明書を見せてください」と言って、選別しているわけではないからね。一言で終わりでしょ、もうそれで。

中村 だからそこは、現実の運用としては、倫理的には野放し状態だと思います。だが野放しを、例えばこういうところで、「じゃあウチとしては、こういうふうなスタンスで、これからやっていくんや」って決めるのだと、私は、そのために出すのだったらそれでいいかなぁと、思うのですけども。

原 でもこれ、何か「戦争とか差別とかない社会を目指す健全な人類の発展方向を私たちは信じる」となっていることを、宣言できるかどうかというところが、根本のスタンスですよね。

中村 これは言い過ぎかもしれませんが。

西田 でもそこはね、やっぱりスタンス…、要するに、いろんな立場があるというのは分かるけども、それを全部中にしまったら、我々の主体性は何もないのでね…。

中村 うん、これ何となく民医連綱領とかに書いてあることやね…。

村井 主体性があるわけですね。これに書いてあることは別にしても、我々はどう考えるかって、このコンセンサスってあるでしょうかね。障害者が…、「障害を持ってくる人たちは、無用な人たちだから、もう存在しない方がいいのだよ」と、「経済的にもその方が効率的だ」と言う、あのサマーズのようなね、「ああいう話というのはダメだ」ということを、明確に我々は主張しないといけないですし、そういう医療をやろうと思っているということは、宣言し続けなければいけない。

西田 ただ、個別の時に、確かにそのつっこみでね、確定診断もしていないのに「おろす」と言うた人に、「まぁまぁ」と押しとどめてという形で、充分な時間をとっているかどうかと言うたら、それはいろんな評価があると思うのですね。とっている場合もある、時間の長さで言うたらね。ただ、内容が伴っていないとかね、不充分というのもあるかも知れないけれど、「産みなさい」とは言えていないですね。

原 「産みなさい」と、そこまで押しつけ的には言えない。まぁ仕方がない。

村井 そんなことになったら、私から言うたら逆なんです。「中絶してください」と言わはる人に、どう対応していくかを決めればいいのであってね。

立岩 中絶しないの反対は、「産む」と言うしかないですか。

村井 いや、それは「中絶をウチの病院ではやりません」と言うだけだから。

西田 ウチでしなければ、よそでされるはずですから。

村井 で、もし頼ってきたら、産んだらいいわけや。「ここの病院でやってください」と言ったら、産んだらいいわけで…。ただ、私が言うのは、NTの値だけで、未確定にも係わらず「もう中絶をしたい」と(3mm以上だからと見てね)、そういう人たちが出てきた場合に、そらやっぱり「この病院としては拒否する」と、「これはまだ未確定であるし、倫理上もこういう思想につながりやすい」ということで、拒否するという基準は作った方がいいのではないかと思う。

西田 それはね、今まではやってなかったけれども、この議論の中でね、やっていってもいいと思う。胎児条項では、原則的に禁止ということになっているのだから、「これは、やったらあかんことです」と、言い切ってもいいと思います。今はちょっと、経済的理由の拡大解釈のような部分も医療界ではあると思います。

勝村 だから僕、その論理として「マススクリーニングはしないけど、個別の…」と同じように、NTも基本的にあれだけれども、僕は同じ論理でね、そういうのも…、何て言うかなぁ…、「NTから羊水検査に移っていくとかいう選択肢があった」といった話があり得るのだったら、進んでいっても論理としては、僕はそれでいいと思うのだけども、それだからこそ、どっちの、上の論理も下の…、マススクリーニングの場合もNTの場合も、やっぱり「原則の考え方は本当にこうなんだ」ということが、やっぱり、すごく強く打ちだされてあるからこそね…。だけども、本当に100%もそれでもパーンじゃなしに、だけどもやっぱり個別でね、何かそれをきっかけにと思う場合はね、「ウチでは個別の相談は応じるんだよ」と…。だから個別の相談に応じるということは、「やりますよ」という意味ではなくって、相談にも応じずに「私たちは最初からこうですから、相談にも来ないで」じゃなくって、「私たちの方針は、こういう考え方をしているけれど、個別の相談があるならね、相談にはまず応じますよ」と…。

そして、その相談を聞いていくなかでね…、皆さんもいろいろ現場でおられて思われることがあると思うけど、僕もね、一つ僕の知り合いでエピソードがあるのは、陣痛促進剤で被害に遭われて、重度の脳性麻痺で、「まぁ一生、脳性麻痺で生きていくだろう」という時には、やっぱり…。ある年、かなりある程度大きくなった時に、親からしたら「自分ら両親が死んだ後も、この子は生きていく時に、家族は誰も世話をしないから、やっぱり結婚もできないだろうから、兄弟を作ってあげたいと思って、かなり高齢だけど、やろうという時に、そういう検査をしてくれるところを探して、私は検査をしてもらって」という話を、やっぱり聞いたことがある、僕はね。それは、それを教えてくれたんだよね、その嫁さんはそういう…。

そういう場合が許されるのか何とかといって、日常も、いろいろやられているなかの矛盾もあるだろうしね。だからそういう矛盾をやっぱり忘れてしまうことにもなってしまうし、個別の相談というのを受けて、その人に悩みがあることを知るきっかけにもなるだろうし、「それはこういうことなのだよ」と説明するきっかけにもなるかも知れないしね。「それはこういうふうに考えたらどうですか」というきっかけになるかも知れないし、どちらも個別相談の窓口は開いていて、僕はいいんじゃないかという気がするのですね、人間相手の仕事だからね。「だけど、原則はこうだよ」ということが、だからこそハッキリね、「原則の私の考え方はこうですよ」ということが示されていることが、重要なんじゃないかなぁという…。「何でもやりますよ」みたいなことにとられるのではなしに、個別相談に応じるということは、そういう意味では、僕はあっていいと思うのですよね、相談に応じるのだから。話をするのだからね、悩んでいる人と。

西田 杓子定規に胎児条項がないからということになったら、例えば、ハッキリ無脳児と分かった場合とかですね、産まれて生存の見込みがわりとないということが、かなりの確度で分かった場合、おろすという選択が、そんなにやぶさかではないのですね。だけどまぁ、その時相談して、「やっぱり、この赤ちゃんはお腹のなかで亡くなったり、産まれる瞬間に亡くなるかも知れないけれど、最後までいきたい」という話があったら、逆に「妊娠継続しましょ」という話にもなると思うし、例えば「もう39歳ぐらいで、高齢になってきたし、この妊娠は早く終わらせて、次の妊娠にかけたい」という場合、中絶の話とかに応じるということも、それなりに理由あることだと思うので…、そういう個別相談ですよね。

勝村 個別相談のガイドライン的なものこそ作っておかれてね。それでまた、個々に迷われたら、皆さんで話をされたりね。それこそまた、その時の倫理委員会なのかも知れないしね。本当に判断されて、個別というのも僕はあっていいと思う…。個別というのは、「いざという時にやりますよ」という意味でやるのじゃなしに、「基本の考え方は、私たちはこうですよ」と説明をしているけれども、それが充分に伝わっていない可能性もあるから、「個別に相談あります」ということで来てみたら、やっぱり趣旨が伝わってないから、「実は私たちはこう思っているのです。こう考えているのです」と、もう一回いう機会になるかも知れないし、「こういう悩みを、こういう人もいるのか」ということも、病院として知ったうえでね、「だがされど、そういう場合にはどうしたらいいのか」と…。でも、原則はあくまでも揺るがずに、持っておいて欲しいし、原則はあくまでも伝え続ける形をとりながらも、そういう趣旨の窓口というかね、「そこに来たら、実はハイハイとやるんですよ」という趣旨ではないことが分かるような形の、個別相談がどちらにもあってもいいのかなぁと思う。そういうことが…。僕はまぁ変な話し、そういう形をとっていくことが、病院のエクスキューズにもなるかなという、感じはしますよね。だから現に、超音波検査をされていてね、「あっ」と思われてしまう時なんかにね、そういうことをあらかじめ伝えてあって、かつ、個別の窓口を設けてあって、その人が何も言ってきてないのだったら、「これをきっかけに羊水検査を勧める必要はないか」というふうに、皆さんが悩む意味を解消することが、一つの目的にあると思うのですけどね。悩まれる、まぁちょっと…。

田中 基本的には、やっぱり「考え方」はしっかりしておかないといけないと思うのですよ、せっかく書いた「考え方」、ただその底には「言われたら何でもやるよ」じゃなくて、「限られた情報のなかで、この患者さんが判断することも限られてくるわけで、その患者さんの個別の対応というのも、何とか活路を見いだすためのものでもあるし、情報をもっと広く、提供できることはして、患者さんに選択してもらうかどうか」というとこらへんだと思うのですよ。その週数が問題にもなりますけれど、時が経って、いろんなことを考えながら、患者さんの気持ちも変化していくだろうし、私たちが持っている財産、例えば小児科だとか、小児神経だとか、そういう部分のお母さんたちが、どういうふうなことで日常を過ごしているかということも、情報提供の一つになるから。だから、「全部が全部、否定的なことではありませんよ」という情報提供もできるし、それになおかつ、将来的にどういう見通し、例えばいろんな何かがあった場合に、「どういうふうな見通しが持てるのだよ」とか、今だけの選択だけではなくて、いろんな情報で判断してもらえることと、あと、不確定であれば、「ちゃんと診断をつけてください」と言うのも、私たちの提供する対応していく中身というか、約束事と思うし、それは「努力してください」って、「私たちも努力して、いろんなことをやっていきますよ」というのが、中身じゃないかなというふうに思います。で、それでなおかつ、患者さんが選択して、「おろしてください」って言われるのであれば、私はそれも一つの選択かな、私たちがする方法かなと…。ただ他のところで、その下手な方法で、命が危なくなっても困るし、私たちはそこらへんで、安全な医療を提供しているというものはありますから、その市立病院が中期中絶をしないということ自体も、おかしな話だと思うし、両方が一生懸命やって、納得して本人さんが選択したことならば、私たちは受け入れざるを得ないのではないかな、っていうことを思います。

村井 だから、僕が言っている原則をまず確立させてね、「安易な中絶は認めませんよ」という大原則があるわけですね。それをここに必ず、ここの「優生思想につかない」ということで、原則は「産んでもらいたい」と、障害があって産んで欲しいという考え方を大前提にしながら、で、例外としてこういうケースの場合は「します」というガイドラインを使ったらどうかと、おっしゃっているのですね。

原 例外…、

勝村 「します」と言えば…、

村井 「例外」、いや、「します」ではなくて、それは書く必要はないのですけどね、「個別には応じます」と言いながら、内部ではやっぱり何かないとダメだから、内部ではそういう個別に応じた時に、どう対応するかについては、「こういうケースはどうする」「こういうケースはどう対応する」ということで、ある程度共通するような…、

川原 でも基本的には中期中絶の時は、師長面接とかね、いろんな手続きは過去から、経済的理由の時も含めてあって、わりとクッションをおいて、相談をしてからに、なっていることはなっているのだけども。

村井 ただ、「原則と例外があるのだ」ということを、はっきりしておいた方がいいですね、病院のスタンスとしてはね。病院としては原則的には「産みたい」の方向で、今言った基本的には障害児でもね。だけど例外的にあるのは、それは個別相談するということであって、それは別に表向きに出す必要はないのだけど、内部では「例外というのはどういう場合か」というのは、やっぱり議論して決めていった方がいいでしょうね。けっこう、それがルーズに広がり過ぎるのじゃないかって気は、聞いていたらするのですけどね。

立岩 このような件については、おそらく、病院のある種の方針でしょうから、産婦人科のセクションが方針を出して、病院が許可をするという話でもないでしょうし、倫理委員会自体が「この場合はこうせい」と言えるものでもないだろう、「産むかどうか」というのも含めて、この種の話というのをどこが「方針として出す、出さない」ということを、ちょっと確認しておかなければいけないのかなぁということと、とりあえず、今日どこまで…。どこのへんでやめるかということを…、

原 基本的に「話がまとまるかどうか」だと思うのですけれども、文言までやってしまうのは無理かも知れないけど…。文言は必ずしも会議でなくても出来るとは思うのですね。委員会と病院の方針の関係で言うと、基本的には倫理委員会で「こういう方針で」という勧告なり答申なりで出せば、それは民医連病院は拘束されるということだと思うのです。で、それはまぁそこで、もちろんいろんな現場の意見を聞きながら、議論をすればいいわけで、そういう意味では、病院の方針を決める場だと思いますね。そうですね、それで…、

北村 やっぱり、病院サイドの立場に立てば、産婦人科の方で一応の見解がいる…、ただ文言の点でいろいろ修正が必要な面はあるのですが、基本的なスタンスは、今回出させていただいたと思うのですね。で、これについて、確定が産婦人科の方では自信がない、ちょっと責任を負いきれないところが、ちょっとあるのだと思います。そこで、この内容でいいかどうかをご確認いただくといて、産婦人科としては助かると思うのですね。ですからやはり倫理委員会として、このへん、「こういう産婦人科医の価値判断でよいかどうか」ということについては、全会一致、あるいは答申だったら、確か過半数だったと思いますので、何らかの決議をあげていただくということが、今回、できれば作業課題として検討頂ければと思っております。

原 今のだいたいの議論をまとめてみますと、異論がある方は言っていただいた方がいいのですけれど、第一には、「『障害とか病気を理由にして、産むこと自体を否定する』と、『事前の診断で排除をする』というふうな考え方はとりませんよ」と、「『それは原則的には、そういう考え方ですよ』という立場に病院としては立ちますよ」と…。まぁ優生思想という言葉は、表向きに説明しても分からないですから…、

村井 それは入れる必要はないですよ。一言で言ったら分かりやすいから言っただけで。

原 「『そういう命の選別は反対なんですよ』という患者向け文書も含めて、むしろ明確に伝えた方がいいであろう」と、「それは、基本的な考え方はそうですよ」と、「ただし個別については、相談はしっかり受けとめましょう」と、で、「しっかり受けとめるし、個別は、本人が希望したらすぐやりますよという話ではなくて、個別の相談は、よく聞いて、そこの過程で必要な情報提供、アドバイスというのは充分にやっていこう」と、で、「その結果として、どうなっていくか」というのは、全部を今のところは縛りきれないことかなと…。

村井 だから、私も今日は無理なので、その例外についてはね。例外についてはもう一回提案していただいて、「こういうケースの場合」「こういうケースの場合」…、

原 そこはできないのではないかな。

村井 いや、今は例外がルーズだと思うのです、聞いていたら。結局、皆さん、ものすごく振幅があるのですよ。

勝村 例外は、もうほとんど想定はできないけれども、一応窓口を開けておくぐらいの雰囲気で…、

原 今おっしゃったガイドライン的なもので、作れるものかっていうと、ちょっと難しい…。

村井 抽象的な言葉でもいいし…。まず手続きとしては確定するということでしょ、診断過程のなかで。だからNTだけは決めないと…。確定的な…、

原 確定するかどうかは、ちょっとやはり異論がありますね。

村井 だけど、「NTではやらない」とさっきおっしゃったから、NT値だけではやらない。

原 それは中絶という選択に許容するというケースですか。

村井 それにはいかないと…。手続きは少なくとも言えるでしょ、どこまで言うのかはともかく。

西田 羊水検査とかもあるけれども、例えば羊水検査は、数万円する検査やから、「もう金はないから」と言われてしまうこともある。難しい問題が出てきましたね。

村井 だけどそこは決めないと…。それやったらもう、「NTでやります」ということです。 だからそこは、「そうしたら、もうキリがなくなっちゃうではないですか」と、僕は言いたいのです。

原 「例外や」「例外や」と言っているその例外とは、皆さん、いろいろ幅があるわけですよ。「例外」や「原則」という言い方をしていいのかどうか、私はちょっと言葉しては疑問があるのですけどね。

村井 それを言いだすと、また根本的な議論になってしまいます。

原 いや、そうなのです。ちょっとどう言うのでしょうか…。例えば今…、具体的には出生前診断を(それだけかどうかは、分からないのだけれども)ある程度材料にして、「中絶をする」と言うようなケースについて、ガイドラインを作るべきではないかというのが、まぁ村井さんのご意見なのですけども、私はちょっと、そこを突き詰めるのは、とりあえず今回は、ちょっと難しいのではないかと…。

村井 今回は無理だから、将来的にはちょっと一回作ってみた方が…、産科医同士の意思疎通をしながら、ディスカッションをしながらね、作られた方がいいと思いますけど、ケーススタディーもしながら。

原 で、そこらあたりを…、「そこを詰めておかないと、これ自体が認められないのかどうか」ということなのです。

立岩 今回ね、出生前診断の話全般がメインなのか、そのエコーというか、最近の技術の進化なども含めてどういうふうに対応するのかという、「患者にどう伝えるのか」というのがさしあたってのメインなのか、ということによってもちょっと話が違ってくると思うのですけどね。

西田 まぁ全般と言っても、結局、僕らの知るレベルですよね。最先端医療の話ではないですよね。

原 全般で、まぁこの病院として…、

立岩 先端は気にはなっているのだろうけれども、さしあたって日常的にということであれば、超音波診断のあたりから…。

原 さしあたってこの病院の場合であると、この程度の範囲で留まるということでしょ。

西田 超音波と、紹介する可能性のある羊水検査と、コマーシャルラボを利用したトリプルマーカですね。その3つやね。

立岩 その3つとも今決めなければいけないのか、今回はわりと文言としてたくさん出てくる「超音波の話についてどうするのか」という話に、さしあたっては留めておくのか、というところでちょっと違ってくるでしょ、話が。僕は超音波のことだけで言えば、基本的に(これは再三再四の繰り返しになりますけれども)とにかく、「産んで育つ母親が、子どもを産むその時の(何ていうかな)身体への負荷の問題であるとか、産まれた後、どういうふうにケアするのかという、そういうことの情報を得るために、超音波の診断というのは、基本的に当病院ではしております」と、で、「昨今いろんなことがあって、他のことも分かるようになったけれども、(その結果というか)それの意味するところというのは未だ不確定であり、あくまでも我々の病院としては、その超音波の診断は、今言ったような目的のために使う方針です」と、「このへんをご理解ください」ということだけで、とりあえず良くて、「その知ったことを、知らせることにいたしました」という話でもなければ、「知らせません」ということでもない、「基本的に診断というのは、こういうふうに使うということを分かってください」ということで、とりあえずいいのかなぁっと思うのですが。

北村 それは、その文書であらかじめ患者さんにお渡しして…、

立岩 そういうことです。そういうごく短い文章として、超音波診断に対する当病院のスタンスみたいな、話として言えばいいのではないかと思うのですが。

北村 ただそうだと、偶然に分かったNTという情報を、「伝えるのか伝えないのか」というところが…。

立岩 「伝えるか伝えないか」を「決める、決めない」ということもあるし、それからそれを病院の利用者に「言うか言わないか」ということもありますね。

原 そこは、とりあえず当面の話としては、必要な方針じゃないかと思うのですけれども、まとまらなかったら、ちょっと進まないのですけれどもね。

立岩 それに関して言えることは、「分かったからといって伝えるべきであるとは言えない」ということは言えると思うのです。で、「じゃあどうするの」という話をするかですね。

勝村 だけど今、そういう診断がかなり進んできてしまったがために、「あぁっと思って」悩まれている時の、エクスキューズなりがあっても、僕は然るべきだとは思うのですよ、現にね。だから、ちょっと僕の意見として付け加えるとしたら、やっぱり最初の説明の段階で「いろいろ分かってしまうことがあるけれど」といいう趣旨が、もう一周り具体的であってね、「だけど、本来その目的とかしないんだ」と、「当院ではね」。「だから、たまたま知ってしまうという表現をしている通り、目的としていないのだから、基本的にそういうことは考えないでやっていて欲しいし、やっていきますよ」と、「ただ、そういう時勢だし、そういう情報が出てきているし、逆にかえって不安もあるだろうから、もし、このことに関して、何か意見なり希望なりがある場合は…」という窓口だけ設けておいて、そこに来た人にはもう一度説明をしてね、で、やっぱり「これはこんなんで、それでいきなり『おろせ』って、それはなんぼなんでもウチではできん」という結論になるというか、それほどやっぱり原則というのは、重んじて欲しいし、「ちょっと向こうが言ったから」っていうだけで、変えて欲しくはないのだけれども、そういう窓口を作って…、場があるということを向こうに伝えることによって、その意味なり、そういうことなり、今…、僕は社会的にどんどんどんどん、こういうのが広まってきているのではないかなぁと、思うわけです。現場の先生方がそれだけ悩んでいるということは、「マススクリーニングってあるよ」というのが、広がっているのと同じように、「トリプルマーカあるよ」「NTがあって分かるみたいよ」というふうにね。もし、そういう方向の科学技術を進めたいだけの、倫理性のない側っていうのは、常にそういうのを良いことのように思う側もあるから、逆にそこを、なんか順守する機会というか、ちょっと…。あんまりだから、それはすべきではないけれども、全く知っていて、こうあって、なんかかなりハッキリできていっていく時にね、「だけど、こういうことはあるけど、僕は」という話を…、何と言うかなぁ、考え過ぎかなぁ、いらんのかなぁ…。

原 いや要するに、具体的にあんな局面があるわけです、現に。年間、少なくとも今、何例もあるわけですから、それぞれ対応していかないといけないという意味では、やはり、ちょっと基本的な考え方なり説明文書というのは、なるべく早くまとめた方が良かろうかとは、私は思いますので…。今さっき、ちょっと村井先生がおっしゃった「個別相談に基づいて、中絶に至るケースについて、ガイドラインをどうするか」というのは、そこもあった方がいいだろうという意味では思いますけれども、ちょっと、その中身を詰めてからでないということになると、全体がまとまらないのは、それはそれで、また問題があろうかと思うので…。そこはもっと、いろんな異論があると思います。極端に言ったら事実上、「実質胎児条項に基づくと思われるものは拒否する」という選択肢もあるわけですし、「それが実際、経済的理由につながっていますよという場合を原則にする」とか、まぁいろんなことがあり得ると思うので…。

村井 さっきいったことを正しく言ったらね、「患者の個別の部分は、基準がなく何でも認めてるみたいになっちゃっているので、それでいいのだろうか」という議論なのです。

西田 でも基準というのは、何か「異常の程度」とかって、そういう話になってきますよね。

原 家庭状況とか、それはある。

村井 確定診断をどうするかという問題も、もちろん出てくるのでしょうけれども。

西田 異常が晴れて詰めて確定したら…、これは確定したからといって、おろすということは、胎児条項でおろしたいということにはならないので。あくまでも日本国内では、経済的理由でおろしたことになっているという感があって…、

北村 あの、いつもの会場だったら、9時に終わるのですけれど、ここはエンドレスになってしまいますので、終わる時間は、少なくともちょっと明確にしておかないと、いつまでも…。

原 だいたいがもう大詰めにきているので、9時半というとちょっと長いですから、20分ぐらいをめどに、目標にしましょうか。それと、別件は別件で、問題がなければそれでやってしまいたいと思います。

で、だからどうなのでしょう。ちょっとそのガイドラインというもののイメージが、それぞれの方で違うと思うので…、あるいは基本的な考え方みたいなことでいいのかですね。で、とりあえず今回は、そこの内容についてはぺンディングして、そのあたりも、倫理委員会も含めた議論は必要なテーマであろうということで、ただ当面、さしあたって必要なものであるので、それ以外のところは進めた方がいいのかなと思うのですけれども。例えば、今のお答え方法では、「胎児の障害等を理由にした中絶は認められておりません」ということを、書いてしまうという方法もありますけどね。

西田 そうですね。事実ですしね。

原 いや、それはその通り。これは世の中の人が勘違いしているので、法律は変わったのね。

勝村 だから情報提供という趣旨は、僕はすごくあっていいから、以外とそういうことを知らないから…、

西田 「…(障害が)あったら、もうおろしてもいいのかなぁ」というふうに思っている人もいるかも知れませんね、今は。

原 何でもいいと思っているのです、世の中。でも本来は胎児条項による中絶は認められてないのですよ。そら、条項がないというのではなくて、法解釈としては認められてないわけですから。

西田 「認められてません」と言うたらいいですか。

原 いいでしょう。

西田 「胎児条項がない」と言うたらいいのですか。

原 「こういう場合は中絶できる」ということでしょ。

村井 「それに入っていません」というやつですね。

原 「入っていません」ということですから…、

村井 「法律上、そういうことは入っていません」というふうに…。まぁこの考え方をサポートする考え方として、法律はこうなっています…、

原 日本国内の中で、極端な話では別にないわけですから。むしろ入れとくのは入れておいて…、

勝村 これね、患者さんに配布する文書は、「胎児超音波検査について」というタイトルになっているけど、僕はもう「出生前診断などについての当院の考え方について」としておいて、メインはやっぱり、NTの問題がメインであってもいいのだけれども、タイトルで、網羅的に基本が語られてあって、その基本を順守するためにこそ、個別の相談窓口をおいておくというぐらいの、気持ちであった方がいいと思います。

原 そのタイトルの方がいいという意味では、私もそう思いますけどね。必ずしもそのNTに限った話でもあまりないので、基本的な考え方というのがあって…。

えーっと、その辺まではだいたいよろしいでしょうか。で、その先がいくつかあるのですよ。具体的な問いとしては、「たまたま分かったNT異常を、これは原則として伝えるのか」、これが原案です。「原則として伝えない」と、「希望してきて、聞いた人には伝える」「希望してきても伝えない」、そういう考え方もあります。それから、「本人の意向にしたがう」というのは、先っき言った「原則伝えないけども」というなかに入る、「本人の意向に」というのは、その場でやるということは告知とほとんど等しくなっちゃいますので、その場合だと、前段の事前説明の中で、ある程度の表現、もうちょっと具体的な表現が要るようになるのかなぁと思いますが、で、それが「伝えるか伝えないか」というところの選択肢かと思います。もう一つは、「じゃあこのNT検査をやってくれ」と言ってきた人について、どう対応するのかというのは、ちょっと関連した話としては、あるとは思うのですけれども。

西田 「希望してこられた」と言うと、難しいですね。超音波エコーをするという行為自体は、もう…、

原 「それ(NT)を見てください」と…。

西田 そう言ってきて、「そんな検査は、こうこう、こういう理由であまりしない方がいいですよ」と言いながら、別のことでエコーを見たら、やっぱり見えたりと、エコーではなるからね、見えなかったらいいけれど。要するに、それを見ないで他の必要事項を超音波で見たりというのを、100%できるかどうかと言うたら、できないのですよ。同時性があるので、超音波というのは。

原 先生、そうじゃなくってね、胎児の位置によっては、見えないときもあるわけでしょ、例え希望しても。

西田 だから、見えない時に「見てくださいよ」って人が来たら、「見えるまで、こうやって持って待ってましょうか」という話やねぇ。

原 そういうことですね。

西田 それをやるかどうかですね。

勝村 そうそう、「そういうことは、もう無理ですよ」と言ってしまうか、「じゃあ見えるまで頑張りましょうか」と言うかに、なるのと思うのですけど。

原 そうですね。

西田 で、ここでね、まあトリプルマーカみたいな検査と一緒で、確定診断じゃなくて、確率しかでない検査なんだけど、トリプルマーカは採用してないのですよ。検査会社と契約していない。超音波というのは、やろうと思うたらウチの病院でもできてしまうのでね。

原 いや、だからその…、

西田 だからそのスタンスをどこに持つかというのを、決めたらいいわけですね。

原 そういうことなんです。

西田 何度説得しても、「やってくれ」と言う人がいた場合という感じですよね。要するに、基本的にはあまり意味のない…、

原 説得するかどうかもあるのですけれど。検査して、「とにかくそれが見えるまで検査してください、私も四十幾つだし」とか言ってですね。それは充分あり得る話です。

西田 いや、というかね、ただね、本当に事前の話で、すごく心配であったら羊水検査になると思うのですがね。これ、中途半端な検査クォリティなので。

原 そういうことを最初からそう言ったらいいのではないですか。

西田 多分そうで、トリプルマーカの話の時に、ウチで採用しないで、「こうこう、こういう理由で」とか、「うにゃうにゃ」説明した時に、事情を聞くでしょ。まぁ向こうもいろいろ事情を言うてきて、例えば「上の子がダウン症で、2人目で悩んでいる」とか…、そうしたら、トリプルマーカーみたいな確立が出る中途半端な検査よりは、羊水検査の方が確定診断になるので、その前段でその検査が要るとか要らないとか言うたら、あんまり要らないと思うのですね。

勝村 だから今のお話は、「NTをして下さい」と言う人がきたら、「何の目的ですか」「いや出生前診断して、気になるのです」「それやったら、あなたは羊水検査をするべきであって」とかいう話に、まずなってくるわけですね。それがいいかどうかは別にしてね。

西田 ええ、心配の程度によると思うのですけどね。

勝村 それをした方がいいかどうかよりは、「それが目的やったら羊水検査をするかしないかって話なのであって、NTをするかどうかの話ではないですよ。NTを測るかどうかの話ではないですよ」ということで、それは拒否できるということですよね。

勝村 僕はね、また…、原さんがまとめてくれたことですけれど、もう一度同じことかも知れないけれど、最初の原案でね、「分かったことは、基本的に説明しますよ」と、「自分たちが分かってしまったことは基本的に説明しますよ」と書いていることは、僕はどういうふうに想像したかというと、「本来、分かる必要はない」とおっしゃっているわけだし、たまたま分かるのも半分以下だったりするのでしょう、見えるのも。他の人はそういう位置にさえならなかったから、それが何ミリかさえ分からないままの人が、半分以上おるわけでしょ。で、たまたま分かった人の場合に、すごく分かってしまって、だけど、それには大した意味はないし、変な誤解を与えたり、変な方にしか動かないだろうから、だから、もう言わん方がいいのかなぁと思いつつ、だけど、きっちりレクチャーするなら、やっぱり情報としては、もうだんだん検査の中でかなりになってきているから、一応伝えるけれども、「あんまり意味がないし、精度が低いし」という話にしといた方が、かなり自分たちが心苦しいというか、知っているのに言わないという気持ちがあるんだという趣旨かなと、僕は思ったので、それならば、「そんなことがあります」ということを、いちばん最初に、もうちょっとごく分かり易く書いておいて、そのうえで、「原則は無視ですよ」と、でもそういうこともあるから、「気になる人は聞いてください」という感じで、もう医学情報としてかなりね…。

だから、隠しておいても隠しきれないことだという心配があるから、「言っとかなきゃ」と思うと思うのですよ。「何であの時に、NTの検査で写真もらっていて、あなたたちは測っているのに、言ってくれなかった」とかね、何かそういうふうな話になってしまうぐらいにね、その水準がね、インターネットで見れば分かってしまうとかね、そういう検査が当たり前になりつつあるのであれば、「そういうことが分かることがあるんだ」ということを、あらかじめある程度言ったうえで、「それで気になる人は聞きに来て下さい」というような感じにした方がいいのではないか。

原 えーと、どうでしょ。ちょっと、とりあえず個別に診断を希望して来た話をおいておきまして、たまたま分かったNTについての対応ですけれども、話の流れとしては、「基本的には伝えませんよ」と、「わざわざ、積極的には伝えませんよ」ということでいいですか。

西田 それやったら、聞かれたら伝えますけど、「NT値というのはこういうものです」と、言っておかなければいけない。

原 だからそれをすると、周知する話になってしまう。

西田 ぼやかした説明にしたらいいかと思いますね。何か「赤ちゃんの特徴で何かこういう先天異常が分かる所見も…」、ただNTとは言わずにね…、

原 先天異常というか、まぁ「染色体異常の可能性が、たまたま分かることもありますけれども、まぁただ、医学的な信頼度もあやふやでもありますし、基本的に出生前診断というのは、母体の健康と子どもの安全な出産と、それから健やかに育つということを目的として行うものですから、そのために必要と思われないものは、積極的にはお伝えいたしません」と。

西田 そうなっていくと、そこまで方針を言うとしたら、NTというのは測ってなんぼやからね、測らなあかんべきものを見ても、測らないでとばしていくということですね。測ってピッピってボタンをエコーのところで押していたら、患者さんに「何しているのですか」と聞かれますしね。

原 いや、それはだから「測ってください」と言う人が出てきた場合に、どうするかということですか。

西田 いやいや、NTかどうかというのは、今のところNTらしきものが見えたら測っているのですよ。でも、「NTらしきものが見えたなぁ」と思っていながら、そこでフリーズさせないでとばしていくということですね。

山中 それはどちらでもいいじゃないですか。

西田 NTというのは、測って何ミリあるというのが分かって、初めて成立するのですよ。

勝村 今の論理はね、「私たちは分かってしまうことがありますが、それを知りたいですか知りたくないですか」だから、その測るか測らないかは、私たちが分かってしまう度合いの問題だから。

原 だけどまぁ、積極的にお知らせはしませんけども、聞かれた場合に、「その説明までしない」という話までできるかと言うたら、ちょっとできないのじゃないかなと…。

西田 そんなことはできないですね。見えているのでね。

原 まぁそれこそ、よそに行って診てもらったら、分かるかも知れないということは、現実にあるので…。

広瀬 知りたくない人と知りたいという人が、必ずいるわけですから、それを先に持ってきて、「それを尊重して、私どもは超音波検査で分かったことは、なるべくお伝えするように努力をしております」というぐらいの、簡単な文章ではダメなのでしょうかね。私ら患者からみたら、「『聞きたくない』と最初に言っておいたら、言ってもらえないのだ」と、「どうしても産みたい」と、「『でも私のところは経済的にもたいへんやし、何人も子どもがおるし、たいへんな子どもは困るんや』ということを先に言っておけば、言うてくれはるのや」というふうにしたら、この超音波のところのことでも、「知りたくない」と言うたら「知らなかった」と…。それで、「知りたくない」と言われたのであれば、今さっき北村先生がおっしゃったように、医療過誤になるのかどうかという問題はあったのですけれども。

北村 「説明義務を果たしてないというふうに、見なされるのではないか」ということですね。

広瀬 それは、そこのところは大事なのですけれども…。

原 法律論としては、説明義務というのは、診療契約として何を求めているかということになってくるのだと思うのですけど…。

村井 ただ、判例がかなり高度なことを求めているので、例えばそのNT値を測って分かっちゃえば、それは伝えなあかんと…。ただ、伝えるけれども、その程度も評価の仕方も伝えなあかん。両方伝えなあかん義務があります。一人歩きしないでね、それを伝える時は。そこまでちゃんと医師への理解をきちんとしてもらう前提で伝えるのなら、そういうスタンスの方がやっぱりいいと思います。

西田 基本的にはそれを伝えていますねぇ。で、ワンクッションおいて、パートナーの方も来てもらってという感じで…。

原 これ、わかる段階はまだ時間的余裕があるというふうに、考えたらよいですか。

西田 時間?

原 「妊娠継続するのかしないのか」ということに、例えば、1週間待って…。

西田 もっと早い段階で、分かってしまっています。

原 そういう意味では、「1週間、ゆっくり考えて」ということは、これについては可能である、NTに関してはね。

西田 あぁそれはもちろん…。

原 あるいは、それを聞くか聞かないかを…、

西田 いわゆる中期中絶という時期に入りますね。

原 今日言うて、「NTどうですかと」と聞かれて、「それは本当に知りたいのですかどうですか、1週間ぐらい考えてからでどうですか」って対応だってありうる。伝えてから「どうしますか」ではなくてね。その前段もあり得ると思うのですけど。ただ、法律論の話で言いますと…。

村井 測っているデータは、持っているデータは伝えなあかんのです、医療機関が持っているデータ、インフォメーションは、聞かれたら。

原 ただ、聞かれたらもちろんそうですけれど…、

村井 それがもし、将来的にその治療に影響する、あるいは本人の選択権に影響するようなことは伝えなあかんですね。全く問題ない数値は、わざわざ全部言う必要はないのですけどね。多少なりとも問題あると思われる数値が、もし出ていた場合には、一応伝えたうえで、患者に方向性を選択する権利というのは保障しなければあかんというのが、考え方ですね、裁判所の。

勝村 だから僕は、最初からその論点だと僕は思っていて、だからこそ現に、原案を全部伝えると言っているし、「たまたま分かってしまったことは、全部伝える」ということになっているのだけど、それを避けるために、僕は「最初に説明をしておいて、そのことに関してね、どうなのかということを判断できるように」、そして「そのことに関して窓口をおいておく」、で、「原則としては、このことに関しては、私たちはたまたま分かってしまうことやし、全体に検査しているわけではないし、不確定な部分もあるし、不要だと考えている」ということ…、

原 一貫してね、例えば先生がさっきおっしゃった、「胎児が本人なんだから、母体、母親に伝えなくてもよい」という意見を出していただいたのですが、そこを含んでいない形に、今ちょっと動いているとは思いますけど。

勝村 僕は例えば村井さんと同じ原則なのですが、だけど悩んでおられるのは、今の医療技術やね、悲しいかな裁判になったらね、「なぜそういう異常値とも呼べるような値じゃないか」とか詰められるのですね、何かそういう状況になってきている中でね、自分たちがちょっと不安にも感じる、もう一度精密検査みたいにね、それは「胎児だからいいのだ」ということである、その立場でね、苦しまれているからこそね、出てきているんだということであるならば、こんな方法があるじゃないですかというのが、僕の意見であって、原則は、立岩先生の意見に、多分みんな異論はないと思うのですけれど。

原 立岩さんは、「伝えないといけないと、いうことはない」とおっしゃったのであって、その後の結論は、まだあまりおっしゃってないと思います。ちょっと聞かしていただきたい。時間が詰まってきたもので、聞かしていただきたいと思うのですけれども。立岩先生のそのへんのお考えは、「伝えなくともよい、けれどもどうなのか」というとこらへんは。

立岩 一般論として言えば、伝えてはいけない場合もあるでしょうね。つまり、本人にとって他人に知られることが不利益になるような、本人の情報を他人に知らせるということは、むしろ積極的にまずいことですよね。もちろん、このケースの場合は胎児ですから、胎児というのはそういうふうに、人格というふうには見なされない。そういう意味では、本人というふうには見なされない。それと一元的に同じにはできないけれども、しかし、それと類似しているとも言えるわけですね。とすればある種、むしろプライバシー権という権利を立脚点にして、その胎児についての情報を、何人たりとも知ってはいけないという…。これはこんなことを言う人はあまりいませんけれども、ロジカルにはそういう話は充分…。だけども、ここは現実的な落ち着きどころを見いださねばならない場でもあるので、こういう話を僕がしていていいのかなぁと思いつつ、今は僕がしゃべっているのですけど。あと、本当に申し訳ないのですけど、ちょっと今日は(いつもじゃぁないです)引っ越しの前日でして(笑)、途中退席せざるを得ないので、本当に申し訳ないですけれど…。

原 どうしましょうかね、ちょっと限界だとあれですけど、だから、まとまらないとちょっと話がややこしいのですけどね、とにかくご退席いただいて…、結論的ご意見という点では?

立岩 超音波診断のことに、さしあたって限定して言うのであれば、基本的に、その超音波診断を含む出生前診断に対して述べることになりますが、この病院の方針というのをまず伝えて、するとその中で「超音波診断ってどういう目的で使われているのか」という話があって、そうすると「まぁそれ以外のことも分かっちゃうのだけれども、しかし基本的な方針はこうです」と、ある種繰り返しになります。僕はそのことについて、少なくとも患者向けの文書としては、それ以上の具体的なことは、この際、言わなくてもいいと思います。というか、それを詰めるには、まぁ何回か議論をして、それで合意が得られれば、また違う話、もっと具体的なことが言えるかも知れないけれども、さしあたってはそこに留めておくというぐらいが、共通のというか、ある程度一致点が得られるところかなと。

原 えーっと、というのは、知らせるとか知らせないとかいうことを…、

立岩 NTの詳細な情報について、患者向けの文書においては、言及しないということです、基本的には。つまり、超音波では本来の目的以外にも他のいろんなことが最近、分かっちゃうのだけれども、不確実なこともあり、「ここの超音波診断の使い方は、あくまで産んで育つための補助的な情報の取得のための手段であるから、そういう基本的な使い方を続けていきます」というか、「そういうふうにやっていきます」ということを文書にする。

原 「患者向け文書に関してはそうである」と、そして患者向け文書は別として、たまたま分かったものについては、どうするのか。

立岩 それについて、スタッフの中でどうしていくかということは、ありますよね。それについては、少なくとも共通の理解というか、意見というのは、聞いている限りではまぁ存在していないようなので、ここで結論を出すということは無理ではないかと。

勝村 だからその今の2つの「どっちがこっちやったら、こっちはこっち」というのが、やっぱり多少現実的に…。いらんのかなぁ。

原 現実的にいるという気はしますけどね。

勝村 ねぇ、どっちもなしでいいというのは…。

原 えーっと、立岩さんのご意見というのは固まりませんか。

立岩 やっぱり医療スタッフの内部での確認ですね。

川原 ただ具体的に言ったら、「個々の先生の考え方で、微妙なニュアンスの違いなんかがある、ということを指摘されているのかなぁ」という感じがするのですけどね。だからそこらへん、今回がすごくいい機会だというふうに思うのですね。「産婦人科の中で共通の考え方をして」みたいなことが、「今まで何となくあったことが、その形になってきたのかな」と思うのですけれど。

立岩 一言、個人的にいえば、先ほどの話ではなくて、「いずれは本人となる人についての情報を、本人以外に知らせるべきではない」という考え方は、充分に論理整合的に成立し得るということは、言えるだろうと思うところです。まぁ非常に極端な考え方かも知れません。

勝村 論理的には成立すると、これを…、

立岩 そう私は思っていて、その旨を方々で公言していることは事実です。

原 ハイ、分かりました。すみません、引っ張りました。

立岩 すみません、明日引っ越しでして、この分だとちょっと眠れなさそうで、すみません。

原 まとまらないかな。まとまらないかどうかやってみますので、ちょっと個別にご意見をいっていただけますか。要は具体的な方針というのは…、いちばん後段のところ、要するに、「患者向けの文書としてどうするのか」、それから、具体的に「たまたま分かった時に、どう対応するのか」というところ…。

村井 NT値に限って言えば、だいぶ前に言った、皆さんがどの程度信頼度のおける数値を得られるかどうかによって決まるのですよ。ある程度広まって、一般化してきて、確定診断とはおよそ遠いけれども、言っておいた方がいい程度にまで、そういう数値が得られてきてね、一つの指標になっていると、次の、例えば信頼がね、というふうに考えておられるなら、言った方がいいと思うし、たまたま見つけたらね。ただ、言う時のケアをきちっとしておいた方がいいだろうと、「これはあくまでも、簡易検査みたいなものだ」と、「だから本当は精密検査をして、羊水検査とか、そういうことをしてもらわないと、全然確定できませんよ」みたいなことをハッキリ言ってね、説明することを前提に、まぁ知ったら言った方がいい。どうもそういう感じだと思うので、聞いていたら、ドクター・看護サイドは。

原 どうしましょうか、広瀬さんどうですか。

広瀬 私は今日、これを家で何遍も読んで、母にも読んでもらって、「あっ、これでええやないか」とは、素人から言えばそういうふうなことになるのですけど、やはり今言うている「民医連の医療をやっていく」というところでは、やはりきちっと説明していって、伝えていくという方向に持っていくけれども、私としてはやはり、知りたい人と知りたくない人のところのことは、ちゃんとこの文書の中に入れて、それを尊重しているというところを、入れて欲しいなと思います。で、「超音波というものだけに限って見ます」、そういうことだと思いますけれど。

原 えーっと、どうたらいいのかな。知りたい人と知りたくない人によって…、

広瀬 …の権利を尊重しているというようなことを…、

原 …の両方を尊重しますよというふうな文言にすること。そうすると具体的に、じゃあ病院側でたまたま分かってしまったという場合については?

広瀬 それも、最初に患者さんに聞いておいて…、

原 患者さんに事前に聞いておく…。

広瀬 はい、そうでないと民主的医療とは言えないのと違うかなぁと思うのですけど。

原 まぁ事前にきていなかったら、とりあえずはやっぱり、その時に聞いてみるという話になりますか。

広瀬 そうですね、はい。

原 聞いてみると、伝えることとかなり近くはなりますけど。

広瀬 普通の患者から見たらそういうことぐらいしか。ちょっと文書の方を見ました時に、書き方がちょっと分かりづらいところがありますけども。

原 はい、分かりました。すみません勝村さん、手短に簡潔にお願いします。

勝村 だから、原則はやっぱり、「あまり気にしないで」ということを、常にどんな場面でも持っていてもらって、具体的には、先ほど立岩さんがおっしゃったように、最初の文書では何も触れないのであれば、たまたま知ってしまったの場合は、伝えたくなるのだと思うのですね、僕はお医者さんが。だからその場合は伝えるんだけども、伝えることは「つまり勧める」ことではなしに、伝えるけどもその段階で「実はこんなものはいい加減で、そもそもそんなものに意味はないし、たまたま知っただけで…」という感じで、「言うけども、他の人はたまたま分からない人は分からないままやし、精度も低いし、本来こうやし」と言いながら、「もし障害があっても」という感じでいろいろ、そういう話から入っていくことになっちゃうのだと、僕は思うのです。それが、そうしない方法としては、最初にある程度…、僕は最初の段階で説明のところできちんと「こういうことが分かることもあるけれども、原則的にたまたまのことやし、なぜ検査できるのに検査しないかと言うと、それは意味がないと考えているからであるし、原則的に言わないよ」という趣旨のことを最初に伝えておいて、だけど、個別の窓口を残しておくみたいな…。その個別の窓口に来た人には、あらためてもう一回、「これは意味がないし、精度も低いし」とか言っていきながら、いろんな話をしていく中で、何か感じるものがあれば感じるものとして、こっちが受けとめておくべきことがあれば、何か分からないけど、そういう形の具体的な形をとる。そのどちらかの形をとることなのかなというふうに、思っているのですけれども、また意見が変わるかも知れません。

原 はい。内部の方、ちょっとご意見を…、とりあえず委員の方。

東 僕は、何と言いますか、この資料にある教科書に載っているですね、60何パーセントのsensitivityが出た…、分かったやつの60何パーセントがそういう異常があったということで言えば、そんなに無視できない…、まぁそこは確率ですから、すごく確度の高い検査ではないけれども、無視できない検査だ。だから、「全く意味がない」というふうには多分、産婦人科の先生も考えられておらないということで、それなりに異常を発見することに意味はあるのだろうと…。で、問題は、そういうことを知ることによって、やはり先生方が問題にしてのは、選択的中絶に使われるということ対して、そういう抵抗感を持っているために、「言う、言わない」ということを、多分悩んでおられるのだろうと思う。だけど、さっきの教訓的な4つの例を示された時に、毅然として「産む」と言う方がおられたと、それから、「中絶します」と言う、そういう方もおられたということで言えば、結局、最終的にその事実を少なくとも、僕は教えないというわけにはいかないのではないかというように、僕は今も思うのですね。やっぱりそのことを知っていたら、その説明の結果、説明をある意味では事前にしっかりとやっていくという…。それからそういうことが分かった時にも、そのことを充分に説明するということを前提にして…。その結果、やっぱり全体的に中絶の理由にされるという方はおられると思うのです。それはその…、まぁ我々日本の文化ですから、風土の中で出てくるわけだから、それはもうやむを得ない。逆に、そのことを分かっても知らせなかったことによって、そういうことであとで多分、同じような抗議があるのだと思うのですね。ですからやはり、僕は基本的には充分な説明をして言うべきである。言うべきで、我々、言わないわけにはいかない。言うべきという言い方は、言わないわけにはいかないだろうというのが今の僕の考え方ですね。

田中 私はですね、私の希望ですけど、やっぱり産婦人科の先生たちには、基本的には産むことを前提としている検査であるということを、自分の立場として持っていただいたうえで、異常はないということを明言したうえで、やっぱりそれでも、どうしても知りたいという方にお知らせするというのが、私の希望です。やっぱり分かったところで、60何パーセントは確かに異常があっても、30何パーセントは異常がなくって、そこで「産みます」と言ってはったとしても、異常があるか異常がないかということを、ずっと妊娠中気にかけながら、マタニティライフを過ごすのかなということを思った時に、産むとしてもすごく不安を与えるし、産まれるにあたって心構えはできるかも知れないけれど、そうやってちゃんと「産みます」と言われる方は、知らなくってもちゃんと育てていくのと違うかなっていうふうに思うので…。やっぱり、先ほど帰られた先生も言ってはったのですけど、私はやっぱり小児科に携わっている関係で、胎児にも人権はあるのじゃないかなっていうふうに、ずっと思ってきていたので、親がその子の命を絶ってしまうということ自体は、あまり気持ちにも賛成できないし、どうしてもやむを得ない事情がある場合は、それを認めていくことだと思いますけど、積極的にはそういうことを勧めたくはないという立場で言えば、あえてそういう情報を与えることが正しいとは思えない。

岸本 全体的にやっぱり、障害・病気が理由で産むことを否定することは、明確にその立場をとらないということが大前提で、個別にそれをこちらが確認してしまった場合には、ちょっと議論を聞いていたり、個人的な意見としても、こちらが言う理由というのはあまりないのじゃないかなというか、言わない方がいいのじゃないかなと…、言わないでいいじゃないかというふうに考えています。それはまぁ、立岩先生の意見とかにあるのですけど、やっぱりその前提は、やっぱり障害があった場合、生きにくい、暮らしにくい、生きていきにくいみたいなことが前提になった議論なんで、そこも「やっぱり少しおかしいな」っということで、やっぱり「言わない」ということも病院としての方針とかあっていいじゃないかという考えです。

原 で、言わないという文言を出しておいた方がいいだろうということですか。

岸本 それが、一人歩きするとどうなるのかなぁ、ということがあるのですけれども。

北村 まず一点目、超音波検査の説明用紙にNTについて触れる。内容はともかくとして、とにかく触れる。で、その末尾のところに、これが「NTの異常値が出た場合、言って欲しいですか、言わないで欲しいですか」ということを、患者さんにアンケートの項目を作ってそれを書いてもらう。それを尊重して、たまたま見つかった時にはそれを尊重して、もし言うということをご希望されている場合は、基本的に言う。基本的というか、言う。あるいは言わないと決めるとことしかないのかなとは思います。それが私の考えです。

原 基本的には、知る知らないの選択を委ねるということですね。

北村 そうですね。

山中 私ですか。そうですねちょっと難しい…。先生方の中でも、おそらく考え方が定まっていないので、「どうしたらよいのかな」ということで、気持ちが揺れていくのだと思うのですね。私は先ほども申し上げたけれども、やはり、分かってしまった情報についてね、故意に隠すということはもう出来ないと思いますね。ですから基本的にはご本人の選択で、知りたければ教えるし、知りたくなければ言わないということになると思いますし、で、たまたま見つかった場合も、故意に無視するのではなくて、見つかってしまったのだったら、それは事実は事実として、情報としておいておくし、それを知りたいかどうかは患者さん(まぁこの場合は胎児ではなくてお母さんですけれども)の、判断でやるということが…。その間に、その言うかどうかは、先生が迷っているところでは、よくディスカッションして、統一してはいいと思うのですね。「これはこれで段取りはどうだろう」ということで、その中で、だいぶ案が固まってくるのじゃないかと思うので、今すぐAかBかを決めるということは、やはり難しいのだと思います。ちょっとあいまいな意見ですけれども…。

原 一応ちょっと全員に聞いておいた方がよいと思うので、御意見お願いします。

川原 私は産婦人科の医療は進んでいってしまっているので、毎日はそういう繰り返しなので、北村先生が言われたように、説明用紙にNTについて説明して、知りたいか否かをアンケートを取って、言うか言わないかの選択をしてもらうとか、で具体的には端的にはそれなのかな。本人さんにあくまでも初めからずっと選択をしていってもらい、そのための情報提供をどう私たちが努力するかというとこらへんですね。私たちの考え方のもとで、患者さんとどうやりとりしていくかというとこらへんが、ベースかなって思っています。

原 それはもう具体的にアンケートを取った方がいいということですか。

川原 そうです。初めから意思を聞くということです。

原 北村先生もそうですか。

北村 そうです。初回に妊婦さんが来られた時に、その時に問診票を用意しておいて、そこに聞くべき項目はいっぱいあると思いますけれども、その中に入れる。説明用紙も別につける。それでということですね。

原 まぁ、あんまりぼやかさないということですか。どうしましょうかね。えーっと、難しいですね。まぁ何度か言っていますけれども、基本的に分かったことを全て伝える必要はないと思っておりますので。知らない権利というのは、それはたとえばガンの告知とかありますけれども、そら原則告知したほうがいいとは思いますけれども、そんなもの知りたくないと思っている人に、聞かせる必要もないし、よもや死なんて聞きたくもないと思っている人に言うのもそうだし、まぁそれ以外で言ったら、もっと遺伝子診断とかもっと普及していったら、同じような話、知りたくない情報というのは、「あなたは将来、なんかこんなことになりやすいですよ」と、もっと分かってくるかも知れませんけれども、これからの時代はやっぱり、知りたくない権利とか、知ったほうが苦しくなるということは、いろいろあると思いまして、ちょっとその部類に入る話かと思っているので、基本的に知りたいという意思表示のない話は…。これはちょっと治療上必要な話とは思えないので、医療の話を超えた情報ではないのかなぁっと、何に役に立つのかという意味で言いますと。それは診療契約上の説明が必要とはちょっと思えないなと。むしろ違法行為を誘発しているといいましょうか、あえて法律論で反論を立てるとすればですね。ということにもなるので、私はむしろ…、みんなにNTが行き渡ったら具体的に説明をしたらいいと思うのですが、現状ではちょっとまだごまかして、基本的には染色体異常の可能性とかわかる…、ダウン症はむしろ触れておいたほうがいいと思うのですけれど、「分かるかも知れませんけども、あえては言いませんけども、まぁそら『知りたい、知りたくない』という人はいろいろあるので、個々に相談には乗りますよ」というぐらいにしておいて…。あとは、聞いてきた人には言わんとしょうがないかなぁとは思うのですけど。というのは、私の意見はそうですが…。

結局、だいぶ議論をしましたけれど、基本的には意見は一致しておりません。かなり食い違っております。最低、勧告は無理ですが、じゃあ答申という形でできるのかというのが、まだ不明確です。今日の議論はもうちょっと、もう少しさらに文書を具体化するとかできますか。それとも次回に…。ただ、本質、基本的な考え方がずれているのですけどね。

西田 ただちょっとやっぱり、僕らが当事者なんやけど、荷がきついぐらいのレベルの話では確かにある難解な、かなり難しい内容だと思います。僕らは、その「優性をしろ」とか、マススクリーニングとかに反対という僕らの立場で、わりとこの中では一致するけどね、僕らの病院に訪れている患者さんとか、日本の世の中全体がそこまで言い切れているのかなぁという不安はある。個別に僕らの病院を通して、障害に産まれたりとかする方向は、別に悪じゃないというかね、少なくともそんなことはいいことで、別に産まれてくる子供はみんな迎えていったらいいと思っているけど、世の中は本当にそう思っているかということに、自信がないのですよね。それで、そういう悩みなのですね。個別の自分の立場になって、自分の子供が障害を持ってきても覚悟みたいなのがあるわけですよ。そういうものはあるのだけど、世の中のそれぞれの人までとは思っていないし、例えば「高齢出産やから、染色体診断をするのがあたりまえや」と思って来る人もいるのでね。そういう人らに、また最初から話をしていったりもしますけどね。そういう世の中ですから、Nuchal translucencyがあんまりsensitivityが低いかもしれないけれども、ある程度の事実として、インターネットにも載っているから、「わかっちゃったら言いますよ」というところが出てきた、というふうに理解してもらったらいいのですけどね。

勝村 だから、最初に出していただいた案は、患者に紙を渡そうという案が原案でしたね。

西田 「渡した方が、こんなになってきたらいいのじゃないか」と。

勝村 そうですね、原案は。その紙の中に、だからもう、そのことも書いちゃって、「こういう場合がある」ということ、もっと具体的に書いちゃって、「その目的じゃないのが分かってしまう時があって」、こんなことを書いちゃって、でそのうえで「そんな場合に、たまたま分かる人は何割ぐらいあっちゃって、その時には、知らしてきた中で、今後は知りたいか知りたくないか」みたいなことを聞いておくのですか、原案の中の一つ。そうような話もあって。

原 ここはちょっとだから、一般的な知識の周知状況をどう見るかということの兼ね合いはあると思うのです。

勝村 または、全く言う必要はないかとかね…。

原 全く言う必要はないのか、一般的な程度にするかが…、どうしましょうかね。どうもちょっと結論的にはまとめきれない、答申としてはまとめきれないと思うのですが、ただ、当面の運用としてはどうするか。という意味で言いますと…。

西田 当面は個別主義で僕らは対応をしていくのですけれども、じっくり議論したほうがいいとは思いますので…。

原 はい、じっくり議論した方がよい。とりあえずは患者の意向というのは、「知りたいのかどうか」というのは、事前の段階ないしは、それが分かった段階で考える。

村井 この資料は医学書からのものですかね。

西田 医学の商業雑誌ですね。もうちょっと家庭用医学みたいなね。

村井 どのレベルでどの程度出ているのかとか、先っきちょっと言ったのは…、

原 あぁあぁ、そんなに出てないです。そんな情報は、まだあまり出ていません。

村井 患者はどの程度、一般的にこれを知っているのか。

勝村 現状はね、たまたま分かったら、全部伝えているのでしょ。

西田 そうです。

勝村 だから、たまたま分かったやつを、全部伝え続けていくか、事前に希望を「言うかどうか」聞いてしまうような形をとるかは、または、事前に原則として「もうそんなことは気にしないでください」と言っておきながら、窓口をおくということも、ほとんど同じことだと思うのですね。

村井 だが、事前に聞く場合は、さっき言われた説明書が要りますよね、「これはこういう数値ですよ」という。その場合は「この数値自体は確実性を持っていませんよ」という話もしておかなければいけませんよね。

勝村 もちろんもちろん、ある程度説明をしてそうしていくか、それをしない代わりに、たまたま分かった場合は全部言っていくかのどっちかなんですよね。

村井 それでその選択は患者さんのアンケートの時に求めるとかね、「それでも知りたいのなら」という意味で。

原 どうなんかですねぇ。まぁ、ちょっと結論が…、具体的な結論はまとまらないのですけど、当面は「必ずしも分かったことは全て、すぐ伝えないといけないというスタンスである必要ないのではないか」という意見の方が、多いとは思います。で、患者の意向ということは、重視した方がよかろうと…。で、NTに関して、どこまでのことを一般的に伝えていくのかというところは、ちょっと意見の差はあると思います。私はまだちょっとそこまでは至ってない段階だと思っていまして、今度新聞記事で、その範囲の現場の悩みみたいなのを書こうかなとも思っているのですけど。 インターネットで拾えるのは拾えるとは思えますけど、まだそんなにポピュラーなレベルではない。

原 じゃあ、子どもの…、「安全なお産」「子どもを健やかに産むために」みたいなところにボンボン出てくるかと言うたら、そんなことはないという状況なので、まぁどうでしょうね。妊婦さん本人じゃないところのプレッシャーがかかったりするという、一面もあるので…。とりあえずはちょっとそういうことを念頭に対応していただいたらどうかなという、これは何となく、私のとりあえずのまとめです。

 

<議題2:議事録の公表に関する規程(案)についての検討>

原 どうしましょうこれ、インターネットの話はやっておかなければいけないのですけど。異論はまぁないような気がするのですけど、インターネットではない議事録ね。まぁやってしまいましょう、これ。当面、必要でしょ。

倫理委員会の議事録の公表で、そのプライバシー保護のために若干、名前を呼んだけれども、個別性の高い情報は伏せるという話と、場合によってはちょっと情報をいじったりということも含めてやるのですよ、という案が出てますけど、異論があったら言っていただいたらということでいいかなぁ、という気がしますけど、

広瀬 すみません、この(第4条)5番のところですけど、この前、胸に水が溜まる病気の人の議論をされたのがありますねぇ、あの時、最初は別の資料をもらった時には50歳ということだったのです。それを読んでいると50歳の人に対しての治療というか、こんなことではちょっと物足りないなぁというふうに思っていましたら、ここにきましたら70代の人やったというので、納得がいったのです。この年齢のところは、相当考えて変えてもらわんと、一般の方が読む時に、相当な誤解が出てくるのではないかなと思うのです。症例によって違うとは思いますけど。

北村 プライバシーの保護のために、事実と異なる情報を入れるというところですけど、それについては事務局で、今のような点について配慮して直します。ただ、そのクオリティーが、どうかということについては、各委員の先生と委員長の方にご確認いただくという作業を入れることによって、質を保証していこうと考えております。

原 そうですね、40代と50代で症例に影響を与える場合がありますからね。

東 年齢はかなり重要ですね。

原 だから、あんまりへんに隠さんでも、こんなんはあんまり特定にはつながりませんけど。40代を50代に変える意味はあまりないと思うよ。

原 他は特にありませんか。

村井 あともう一つ、これはプライバシー保護できているのですけれども、発言ですから、ちょっと発言に不適切な場合があるので、言葉がね、そういう場合は修正することは認めたらいいと思うのです。文書で一般界に出てしまいますからね。例えばちょっと過激な発言とかを…、不適切な発言ってありますでしょ、時々ね。それはだから、修正できるれば思いますが。

北村 そうですね。一応、各委員全員による校閲を行っていただくという作業を含んでおります。ここで修正を皆さんにしていただくということで含んでおります。できるということです。

村井 どうしても発言というのは推敲しているわけやないからねぇ。ちょっと不適切な発言をする場合があります。

原 これは了解ということでよろしいでしょうか。じゃあ、そういうことで。すみません不手際で、延びまして、もう一個、これだけ。

 

<議題3:倫理委員会規程の改定について>

北村 第3番の倫理委員会規定の一部改定のところなのですが、細かい点で恐縮なんですが、第10条で委員会の議事要旨を広報紙で掲載するという項目が、元々載っておるのですね、要旨と答申内容を掲載すると。ただ、これについて広報委員会の方から若干意見が出まして、「毎回議事要旨と答申内容を載せていると、広報紙の紙面をかなり占有してしまうので、困る」という意見が出たので、「事務局が作成した審議概要を掲載する」というふうに改めさせていただいて、大まかな議事内容を反映する中身に、させていただきたいと思います。これ、ご承認いただければと思います。で、よろしいですか。

ありがとうございます。ご反対がなかったということで、ご承認いただいたこととします。

 

原 では次回の日取りですが。

岸本 5月20日になります。

 

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