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第四十八回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2012年5月10日(木) 18:30~
場所 京都民医連中央病院西館1階会議室
太子道診療所3階多目的室
出席者 外部委員 小原克博委員長、原昌平副委員長、位田隆一委員、勝村久司委員、関谷直人委員、広瀬東栄子委員
内部委員 富田豊副委員長、井上賀元委員、内田寛委員、神田陽子委員、富永愛委員、東正一郎委員、平田恵美委員
事務局 丸山俊太郎
オブザーバー 根石明彦、吉中丈志、小林真一、三浦次郎
欠席 岩橋多恵委員、中村光佐子(特別委員)

議事

 小原 早速ですけども始めさせていただきたいと思います。まず、最初の議題は臨床研究で、富田先生から出されたものですね。

 

議事(1) 「臨床研究関連(臨床研究申請通常審査)」

 富田 お手元に「臨床研究等申請書」があるでしょうか。課題名は「40歳以下の2型糖尿病患者の臨床像と生活背景に関する調査」ということで、今月の頭に申請書が出ていた分で、本来は木下千春先生が担当ですけど、今日はちょっと都合があって、同じ共同研究者で吉祥院病院の院長である三浦先生の方から、プレゼンテーションをお願いしたいと思います。よろしくお願いします。

 三浦 今、紹介を受けた吉祥院病院の三浦です。時間が押していますのでテキパキと説明させていただきたいと思います。P4に全日本民医連からから来た通達がありますが、全日本民医連としてこの調査をするということであります。最初に書いてありますけども、副題が「社会経済的格差が糖尿病の悪化と進行に影響を及ぼすかどうかの調査」ということになっていまして、今の若い人達が特に非常に低所得あるいは職に就けないという状況になっております。これが糖尿病というものにどれだけ影響を与えているかということを全国規模で調べ、その実態を明らかにすることができれば、社会的に大きな意義があるということで、呼びかけております。P8に全日本民医連の研究班員が載っていますが、私もその一員になっておりますので、今日の説明をさせていただくことになったということです。
 P27には、この調査をするにあたって、吉祥院病院ではどうかということで、大急ぎでまとめてみたのがありますので、ここを少し説明させていただきます。調査対象はP27の一番下に書いてありますが、「糖尿病登録患者あるいは以下の糖尿病薬処方外来患者」ということで、P28に糖尿病薬名を列記しています。そして、2011年後半の半年間に吉祥院病院に通院した経歴があるということです。1型というのは特殊な糖尿病で、2型というのは典型的には太ってなる糖尿病ということになっています。
 で、結果ですけども、全年齢に占める40歳以下の割合は382名中10名ということで、2.6%でありました。全国的にも治療している2型糖尿病患者の3%ぐらいと言われていますので、だいたい同様の比率でありました。経済格差が一つの焦点になっていますので、「保険」と「本人・家族・生活保護」を図3・図4で各年代毎に見てみましたが、意外に健康保険の本人が多く、10人中7人が本人なんですけども、P29の「図5 窓口負担」にありますように、自分が窓口で払っている人が4人で、残り6人は窓口負担なしで、4名は京都保健会がやっている無料低額診療事業で窓口負担を免除されている方です。基本的には生活保護基準の1.5倍、特別の場合は2倍までの低所得の方の窓口負担を免除するという規定でやっております。もし、それがなければこの4割の方は恐らくここには現れずに、治療中断ということになっていたと思います。で、2名の方が生活保護でありました。
 Body Mass Index、肥満ですけども、P30のいちばん上を見てください。BMIの最大値、その人がいちばん太っていたのはどれぐらいかと言いますと、10人の内いちばん少ない人で29.4、いちばん多い人で41.5で、平均は34でした。BMI22が正常で、ここにおられる方は22前後ぐらいですね。少し痩せておられる方、少し太っておられる方はおられますけども、ちなみに平均の34というのは、身長150cmで77kg、身長170cmで99kgという体重になりますから、相当太っています。BMIが30を超えるのは、日本人では極めて珍しいのですが、この40歳以下の糖尿病患者では平均値がそうであります。最終BMIというのは、治療を始めて調査時点での値ですから、当然、下がっていますが、それでも平均は31.2で、30を超えています。日本人の糖尿病というのは太っていなくても罹るというのが常識ですが、40歳以下という非常に若い年代でなるということは、よほど太らないとならないのだなということが分かり、私も調査して非常にビックリしました。
 診断年齢ですけども、調査時の年齢は23歳から40歳で、平均33歳であるにも拘わらず、診断年齢は14歳から40歳で平均25歳と若いので、罹病歴は0年から20年で平均8年とかなり長いです。ただ、罹病歴というのも診断されてからなので、発症したのがいつかは分かりません。
 合併症なんですが、これも非常に驚きました。P31の図は腎症と網膜症だけですが、腎症も網膜症もないという人は10人中4人しかおらず、6人は軽症・重症も含めて腎症あるいは網膜症を持っており、ものすごい比率です。調査をしていないので、正確には言えませんが、私の感覚では、腎症・網膜症を持っている人は、私が診ている200人ぐらいの中では3割ぐらいだと思います。だから、非常に若いにも拘わらず倍ぐらいの比率であるし、両方が重複している人も1人います。前増殖期の網膜症というのは、このまま無治療で放置すると1~2年で失明するという危険なレベルで、すぐに眼科で光凝固療法を受ける必要があります。ネフローゼというのは尿タンパクが1日3.5g以上出ているということで、もう腎不全ですね。恐らく数年以内に透析になるというレベルの人です。こういう人が40歳以下の中にそれぞれ1人ずついたのは、これも驚きでした。
 その下に具体例が書いています。■歳■性、■■は亡くなっており、■■と■■の■人暮らし、■歳で糖尿病と診断された。今まで職業が一定しなかった。現在、健康保険本人だが、低賃金のため無料低額診療を利用している。初診は■■年。この時も中断していていた。その後も中断がちである。中断は恐らく失業した時だと思われる。初診時のヘモグロビンA1cは11.7%。正常値は5.8%以下ですから、10%以上というのはビックリする値です。今は7.8%。腎症の指標であるクレアチニンは3.25mg/dl。正常値が1前後なので3以上というのは、もう腎不全ということで、恐らく数年以内に透析になるであろうと思われる値です。尿タンパクがいっぱい出ているのでネフローゼも合併しています。BMIの最大値は不明だが、ずっと肥満で、現在BMIは27.9。25以上が肥満という定義ですので、これでも肥満ですね。眼科で緑内障も指摘されており、網膜症は単純網膜症という軽いものであるということです。
 その下の「7)中断歴」です。一応、最終受診から3ヵ月以上未受診を中断歴といたしましたが、10人中5人は中断したことがあるということで、非常に高い比率です。次は「初診区分」ということで、どういう理由で吉祥院病院に来たかというと、「知らんかった」「診断されて来た」あるいは「初めて言われた」というのが「診断」ということで4人、「言われていたけど中断していた」というのが3人、「言われていたけど無治療」だったのが1人、「他所から移ってきた」というのが1人、「不明」が1人です。非常に少ない事例数ですけども、40歳以下の人の糖尿病というのは悲惨な状況であるということが、こういう予備調査で分かって来たので、全国調査をしようということを呼びかけられたわけです。
 P4に戻っていただきます。まだ少し、調査票とかは完成度を高めるために変わっている部分がありますが、調査の概要はここに書いてあるとおりです。「1.調査の目的」は「40歳以下…」、ここに訂正が入りまして「20歳以上40歳以下…」となりますが、本人の同意書を取るために、未成年の場合は親の承諾書が必要だということだろうと思います。「20歳以上40歳以下の2型糖尿病患者に関して、社会経済的格差が糖尿病の悪化と進行にどのような影響を及ぼすかを明らかにする」。「2.調査の対象」は、この期間にその医療機関を受診し、糖尿病の診断がついている2型糖尿病、普通の糖尿病の方ですね。で、3月31日時点で40歳以下の者ということです。3.のスケジュールですが、6~7月の2ヵ月間をかけて断面調査を実施します。
 で、この時に2つの調査をします。P11、これは医療機関が記入する断面調査です。カルテから分かるものですね。生年月日、性別、国籍、初診時のヘモグロビンA1c、初診した理由、その時のヘモグロビンA1c、合併症等々。そしてP13からはちょっと長いのですが、本人に対するアンケートです。身長とか家族歴、「中断したことがありますか」、「食事について」、そしてメインである「労働について」、そして17.はかなり具体的に「経済状況について」、そういったことをお聞きするということになっています。
 P4に戻っていだいて、その1年後、2013年6~7月に同じ対象者について1年後の断面調査を実施します。それがP18にあります。これは医療機関が記入するもので、患者さんにはもうアンケートを取りません。1年間に「悪化していないかどうか」あるいは「中断していないかどうか」といったことを確認するための調査であります。
 全国で1000人ぐらいの対象者を集めたいと思っております。全日本民医連は全都道府県にありますので、そのことによって日本全国の40歳以下の実態を相当正確に把握できるであろうと…。そして、経済状況が非常に酷い中ですので、恐らく相当シビアな状態になっているのではないか。そのことを社会にきちっとアピールして、然るべき処置なり要求なりをしていくために利用していきたいと思っております。簡単ですが説明を終わります。

 小原 ありがとうございました。事例も踏まえて丁寧にご説明いただきましたので、内容についてはご理解いただけたと思いますが、これまでにない社会的・経済的格差を研究の一つの対象としていますので、改めてご議論いただいて、その後にご承認いただければと思っております。まず、ご質問があればどんどん出してください。

 原 若年の2型糖尿病が増えているというような報告やデータはあるのですか。

 三浦 印象としては増えていると思いますが、そういう報告は記憶にはないです。民医連だけでなく学会の中でも、恐らくここに焦点を当てた調査はあまりされていないのではないかという気がします。

 原 メタボ健診を導入しても、非正規就労の場合の健康診断はどうするという問題はあると思うのですが、一応、医療費を減らすために厚労省が「糖尿病を防げば減らせるだろう」ということで始めたわけですから、公的なデータが蓄積されていないのかなと思ったのですが。

 三浦 特定健診のことだと思うのですが、特定健診は対象が40歳以上なんです。40歳未満に関しては健診がないのです。唯一、協会健保では35歳以上なんですね。

 原 ただ、40歳以下でも一般の健診はありますけども、そういうものは集積されていないということですかね。

 三浦 40歳以上は集積されていると思うのですけども、40歳未満に対しては特定健診の対象外ですし、協会健保が35歳以上なので、34歳以下は健診がないということで、公的な健診がないのですね。それが当然、診断の遅れにも繋がっている可能性はあります。そういうことで掴みにくいという面はあると思います。それと、若い人の糖尿病は1型の糖尿病にみんなが集中していて、2型はあまり意識されていないですね。

 原 ただ今回の研究だと、「若い2型の糖尿病の人の実情を調べる」という意味ではある程度、明らかにできるのでしょうけど、例えばそれが増えているのかどうかは分からないですよね。

 三浦 はい、それはこの研究の目的ではありません。治療のベースに乗っていない人も当然、洩れてしまうわけですけど、少なくとも現在、私達が治療している40歳以下の糖尿病の人の実態を明らかにしようと…。それすらほとんど調査されていなくて、恐らく初めての調査になると思います。

 原 調査データの患者名は中央まで行くのですか。

 三浦 行きます。

 原 施設レベルで留めるのは難しいのでしょうか。

 富田 そこが私も気になったのですが、要するに匿名化をどこでやるかの話で、P5の「6.調査票の提出について」では、「発生源のところで匿名化してください」というふうに書いてあるのですが、調査票には名前を入れるようになっているのですね。それと、「各調査院所で継続して使う場合は個人情報に関して了解を取ってください」とも書いていますので、個人情報をどういう扱いにするのかがちょっと分かりにくいところがあります。

 三浦 P20のQ&Aの下から2つめにあります。「①デリケートな質問も少なくない中で、名前の記入は必要なのか」と…、「これについては調査の便宜上設けた項目であり、全日本からの問い合わせの際は調査登録番号でやり取りいたします」ということで、この調査票をそのまま全日本に送るのではなく、それぞれの医療機関からWebで入力するという形で集計するので、恐らく名前は集計しないと思います。

 位田 明記していただかないと困りますね。

 原 やっぱりネットに乗るようなものに個人名を入れると、ヤバイ事故が起きるリスクがあると思いますし、まさにプライバシーそのものの調査ですので、入れない形でやっていただく方が良いかなと思います。

 小原 Webに入力する段階では入らないですよね。

 三浦 入りません。

 位田 この調査票はどこに残るのですか。

 三浦 これは各医療機関に残ります。

 位田 で、その結果だけをWebで送られるということですね。

 三浦 そうです。だから氏名は関係なく、恐らくは1年後の調査がありますので、その時に間違いのないようにするため、名前を書いていただくということになったのだと思います。したがって、P13の患者本人へのアンケートの氏名欄も、照合するためにあるということで、Web上では患者氏名は必要なく、集計いたしません。

 位田 そうすると、医療機関に調査票を置いておいて、どこかで番号が付くのでしょうけど、それを1年間もしくは将来的に再調査の必要があれば数年間、その間の個人情報の保護をどういうふうにされるかというのを、研究計画書の中に書いていただく必要があると思います。

 三浦 その件については、P5の下から3分の1のあたりに「*」が付いていまして、「データ提出後に全日本民医連よりお問い合わせをすること、また追跡調査や二次調査を実施する場合を想定し、2014年3月末日まで、調査票原本を保存してください。その後、原本は消却廃棄してください」としています。

 位田 全日本民医連の場合はそれで良いですが、それぞれの医療機関では、調査票や連結の番号をどのように管理するかというのを、書いておく必要があると思います。それから、P26の「同意書」の「個人情報の取り扱い」のところにも、「調査票はどうなります」という説明が何もないので、それを明記する必要があると思います。

 三浦 分かりました。

 位田 続いて後2つ程あるのですが、先ほど「未成年者は代諾の必要があるので省きます」ということだったのですが、Q&AのP21の4つめの「障害をお持ちの方は対象か」というQでは、「ご家族が同意し、ご家族から正確な情報が得られればOKです」ということですけど、本人の同意は得られない可能性がありますよね。でも、これは含める。だけど未成年は含めない?

 三浦 はい、そういう理解です。

 位田 そうするとこの場合は代諾が要りますから、どなたに代諾をお聞きするかという、代諾を受ける時の方針を研究計画書に書いていただく必要があると思います。それとP4に「2012年3月に既に調査対象患者がリストアップされている」という流れに…、

 三浦 …したかったのですけど、まだされておりません。これからになると思います。

 位田 そうですか。先ほどの説明を聞いていて、もう2点、気になったことが増えたのですけど、P2では、全体の症例数は300となっていますが、先ほどは1000例というとなので、書き直す必要があります。それからもう1点、吉祥院病院の説明をなさった件なんですけど、これも研究としておやりになったのですか。

 三浦 これは公表をしておりません。それで承諾は取っておりません。

 位田 そうですか。公表するしないに関わらず、これも疫学研究に入るのではないかなと思うので、吉祥院病院の倫理委員会のOKが本来なら要ったのではないかと思うのです。いかがでしょうか。

 富田 例数があまり多くないので、恐らく院内での指針的なものの作成と考えれば、公式な了解までは不要かなとも考えられますけども。

 位田 そこのところは難しいですね。「例えば40歳の方の…」という話は、それは事例として例えば病院のカンファレンスなんかでやられるのは良いと思うのですけど、こういう形である意味では報告のようなことがなされていて、かつ、まとめまで書いているというのは、やはり研究に近いのかなと思いますし、恐らくこれは、さらに全日本民医連とかどこかに出されないのですか。

 三浦 最初の研究班の調査班の会議の時に資料として…、

 位田 ですよね。ということは吉祥院病院から外に出ているわけですね。外に出たとすると、やはり研究だと思います。もう終わってしまっているので、今さら中止もできませんが、今後は留意いただければと思います。

 小原 今、位田先生からご指摘いただいた点、特にプライバシーに関わる点などは、文言の修正追加ということで、できれば対応していただきたいと思います。もしかしたら色々議論が続くかも知れませんが、時間がちょっと押していますので、特に大きな問題がなければ…、

 勝村 ちょっと一言だけ…。3ヵ月程前に朝のNHKニュースで「肥満の人は経済的に貧しい人が多いということが分かった」という報道があったのですよ。僕はそれを見て「こういう言い方ってあまり良くないよな」と思ったのは、学校なんかで「太っている子は貧乏や」というレッテルになるような話だと感じたからですね。肥満は貧しい人も多いかも知れないけど、ものすごいお金持ちの人だっているし、貧しいけど肥満ではない人もいるので、科学的には必ず間があるはずです。肥満に何か原因があるとして、その原因になりやすい人が経済と一定の相関関係にある場合もあるということだと思うのです。今回の目的も、今の経済格差の拡大には誰もが憂えていますし、そういう問題をいろんなところから患者さんにアプローチしても良いと思うのですけど、「糖尿病になった人は経済的にあれだからこうなっちゃうのだ」というふうに、短絡的に最初と最後が繋がるのではなくて、目的としては、間に「2型糖尿病になる人にはどんな習慣かある」とか、第一義的には経済とか貧困と直接繋がらない何らかの原因があるはずで、「その原因をついついやってしまう人には、その次にはこういう社会的背景があることもある」という…。例えば「パチンコをついついしてしまう人は貧しい人が多い」としても、「だけど、金持ちでもやっているかも知れない」「パチンコをしてしまう原因はどうなんだ」とか、僕らもいろんな子の家庭とかを見ていると、何か傾向があるような気もするけど例外もあるので、最初と最後を一気に繋げるのではなく、間の理由みたいなものをしっかりと分析する方が大事だと思うのです。「経済的格差が健康に害を与えていくという指摘をしよう」という目的には賛同するのですけど、こういうことを一気に最終的な目標にするような、ああいう感じのテレビニュースみたいなのは良くないと思ったので、ちょっと感想なんですけど…。

 小原 研究の仕方というのではなく、成果を発表する時に充分配慮して欲しいという要望ですね。それはそのとおりだと思います。

 位田 この研究の目的は発症から始まっていますが、この調査票を見ていて、発症の部分が分かるのかなと若干、疑問に思ったのですね。「診療に行く」もしくは「診療を受けていたけれども中断する」ということについては、この調査で良く分かると思うのですけど、「経済的な問題が発症に繋がる」という調査票ではないのではないかと疑問に思っていたので、今のご発言を聞いて、やっぱりそのへんにちょっと注意をする必要があるのかなと…。

 原 既に発症している人の調査だから、1年ぐらいのコホートをやったって、予後の話しか分からないですね。

 三浦 副題でも「悪化と進行」ということなので、発症については目標から外れております。既に治療へ来ている患者さんの調査ですので、発症そのものを掴むことはできないです。

 富田 一般的に、いわゆる科学論文でもこの場合でも相関は出ると思うのですけど、相関は原因・結果とは必ずしもならないので…。まぁ当然、そこらへんの考察は出てくると思のですけどね。ただ、一つの狙いどころはそういうことも念頭…、経済的な格差の問題は他ではあまり触れられないので、そういうものも視野に入れておくというふうに理解したらいいですか。

 三浦 はい。

 位田 「お願い」と「同意書」の「研究目的」の部分は、「糖尿病の発症や治療および療養においては、経済状態も影響を与えると報告があります」というところから始まっているので、「この研究は発症から療養までの広い範囲を対象にするのかな」という印象を与えると読んだのですが、ちゃんと読んでいくと、確かに発症にはあまり目的をおいておられないというのは良く分かるのですが…。

 原 なかなか民医連の範囲ではできないかも知れないですけど、やっぱり「発症者がどれぐらいいるのか」とか、「増えているのか」とかいう疫学的な部分か、あるいは経済その他、生活内容についても本当はコントロールがないと、良く分からない話だと思うのです。できればそういうのもどこかで工夫していただいた方が、より意味のある研究になるかなと思います。

 小原 今のは「これとは別に」ということですね。

 原 このラインだと研究の意義が限定されるということですね。

 小原 ただ、この研究はあまり手を広げず、自己限定しているということですね。

 原 やりようがなかったらできないということです。

 吉中 P20のQ&Aの3番目ですけど…。当院は倫理委員会がありますので、こういう審議をしていただいていますが、倫理委員会と事業所は1対1の関係になっていますので、例えば三浦先生のいらっしゃる吉祥院病院や診療所をカバーするというふうには設置されていないわけですね。ただ実際的には、診療所に倫理委員会があるわけでもないので、そこをどうするかというのは非常に悩ましいところなんです。それでご意見をいただきたいのは、ここで県連というのは京都の民医連のネットワークですけども、Aでは「県連や法人の倫理委員会、またはセンター病院で設置された倫理委員会で承認をいただいて」となっていて、逆に言いますと、ここで審議していただくことは共通ですので、例えば京都の民医連で取り組む際には、そのことを事業所の責任者が認知した上で、個人情報の保護とかにあたっていただくというようなことで、対応していって良いかということですね。要するに、例えば太子道診療所は同一として運営していますので、私の管理下にも入るといえば入る形になっているのですけど、吉祥院病院などは違いますし、倫理委員会もないということですね。だけど、調査は広くしないと1000人というのも集まらないというジレンマがあります。

 小原 倫理委員会を設置していない事業所にとって、こういった事柄を報告すべき倫理委員会はないですよね。それを自分で探せというわけにはいかないですね。どういうふうにして関係を付けるのですか。

 吉中 例えば参加する事業所から民医連のネットワークということで、京都の場合だったらウチの倫理委員会に申し入れをしていただくような形を採って、きちんとしたものとして残しておくというなことを、この倫理委員会がやるようなことができるかどうかという、そのようなことですね。

 小原 今回は全国に呼びかけられるということですから、当然その中には倫理委員会を持たないところも含まれると思うのですよね。ですから、それらがどういうふうに整理されるのかというのは、自明のこととして分かっていれば良いのですけど、例えば県レベルの倫理委員会に問い合わせるとか、そのあたりはどうなんですか。

 吉中 全日本民医連という団体には全体の倫理委員会はないのです。で、都道府県の民医連にも倫理委員会はなく、あるのは比較的規模の大きい病院レベルだけです。これは一般の病院でもそうだと思います。その時に、倫理委員会の審査というのをどういうふうに対応したら良いのかということに、一般的な話としてはなるのですけども、この調査を呼びかけていますので…、

 位田 疫学研究指針に書いてあったかどうかはハッキリと覚えていないのですけど、臨床研究指針では、「倫理委員会のない病院が研究参加の場合に、他の倫理委員会に審査を委託してもよろしい」という規定がちゃんとあります。どこに頼むかは別ですけど、必ず関係がないといけないという条件も付いていませんから、吉祥院に倫理委員会がないのなら、こちらに審査を委託するというのも認められているので、あまり問題はありません。臨床研究指針は、新しくなった時にそれを入れましたので、問題がなくなっていると思いますし、これは疫学研究ですが、趣旨的には問題はないと思います。

 原 委託という手続きは要るでしょうね。

 位田 こちらが受けるかどうかという問題はありますけどね。

 吉中 形式は、当院もそういうことは倫理委員会で定めていないから、規定にはないのですけど、やっぱり事業所の管理責任者が委託するということですよね。

 位田 倫理審査は機関長が倫理委員会の方にお願いするわけですから、そこになければ他の機関の倫理委員会に機関長が委託することになります。

 吉中 そうしますと、第二中央病院は倫理委員会があるのですけども、他の院所は京都民医連の場合はないので、三浦先生は研究班ですから、研究の中身を説明する場を設けた上で、書式を形の上では採らせていただいて、まぁ中身は一緒ですから、お願いするような形で採用させていただいていいですか。

 小原 そうですね。

 原 ただ、それでは間に合わないですよね。

 吉中 多少、遅れても仕方がない。実際上の倫理審査は今日のを経てということで良いと思いますので、そういう形を書式にするということで…、

 原 委託があったら承認したことにすると言ったら、やっぱり変ですから。

 吉中 それはマズイですよね。

 位田 書面審査なり迅速審査なりでやったらどうでしょうかね。全く審査しないでOKするのはいかんでしょ。

 吉中 今、出たような意見をこの計画書の中に反映していただいたもので、書面審査をいただくという形にするので、よろしくお願いします。

 小原 そうですね、それで良いと思いますね。今のような手続きで進めてよろしいでしょうか。

 勝村 しつこいようですが、この目的からすると、例えば結論が「2型糖尿病の患者は社会的格差で貧困層が多かった」という発表に、本当になってしまわないのですか。そうなら協力した当事者が何か嫌な思いになる。

 三浦 そうではなくて、当然、大企業の方も含まれていますし、そういう人は健康診断を受けて、それから来るということがありますので、「中断している人の理由としては、経済的理由が多かった」とかそういうふうなことで、「悪化とか、治療の中断とか、そういうことの要因として経済的な要因が影響している」というようなことを予想しています。ただ、発症ということについては調査の対象外ですので、「貧困層の方が発症が多い」という結論は絶対に出せない調査になっています。

 勝村 多くの病院で多くの参加者になるので、ここで議論してもどうかと思うのですけど、一方で「経済的格差をなくそう」という意味で、患者思いの感じがするのだけど、一方で「この病気の人にはこんな人が多かった」という言い方が、非常にデリケートな問題…、患者は弱者ですからね。例えば「被害を受ける人にはこういう人が多かった」みたいなことって時々出るのですよ。「学歴の低い人が多かった」とかね。別に好きで学歴が低くなったわけではないので、それこそ教師とかはそういう人を教えていかなあかんし、医療もその人を治していかなあかんわけなので、「こういう病気になる人、こういう成績の悪い人は、こんな家庭が多いですよ」と言って終わりじゃないし、そういうのをやると余計にその人達は学校に来にくくなるとか、病気を認めたくなくなるとか、いろんな部分もあるので、その両立は非常に難しいと思うのですけど、できるだけ格差をなくしていくために「こんな社会情勢では、ますますこんな病気が増えちゃうぞ」という問題提起も大事だと思うのだけど、そこの配慮はぜひお願いしたいと思います。

 三浦 はい、分かりました。

 小原 よろしいでしょうか。だいぶ配慮すべき点は、皆さんの議論の中で見えてきたと思いますので、そういったことをもう一度フィードバックしていただく形で整えて、進めていただければと思います。では、これでご承認ということでよろしいですか。どうもありがとうございました。
 それでは2つめの議題の事例検討の方にまいりたいと思います。よろしくお願いします。

 

議事(2) 「事例検討」

※事例1例検討しました。

 小原 では(3)番目は「エホバの証人信者の輸血拒否に関するガイドライン」で、これまでにかなり時間をかけてやってきていますが、資料Dに手を加えられた案がありますから、これをご説明いただいて、議論をしていきたいと思います。ではよろしくお願いします。

 

議事(3) 「エホバの証人信者の輸血拒否に関するガイドライン」

 富永 エホバの証人信者さんの輸血拒否に対するガイドラインは、北村先生から重たい荷物として引き継いで、外科をしながらにわかに作ったものなので、完成度が高くないことをまず本当に謝りたいと思います。私が関わらせていただいたのは3月ぐらいからなので、まず、北村先生および院長からこれまでの資料を見せていただいて、今までに各学会が作られたガイドラインに則った内容で運用されようとしていることは良く分かりました。ただ、P2の[はじめに]というところに書かせていただいたものは、私は前回を欠席させていただいたのに、議論していただいたようですが、医療従事者は「命を守ることが最大」ということで日々の生活をしているのですけども、「信条や信仰がそれと同等の守るべき法益だ」という感覚は、医療現場ではどうしても抜け落ちなのではないかということで、[はじめに]のところにぜひ入れたいと思いました。
 その次はP3ですが、平成23年に民法の一部改正が行われまして、24年4月に児童虐待防止の観点から児童福祉法も一部改正されています。これは、小児科の先生達が学会を挙げて子供の虐待を守るためのホームページなどもどんどんアップされている分野で、ここ数日もそういうものがネット上にいっぱいありましたが、私がこの資料を出してからだったので、今日には間に合いませんでした。今までは親権停止の制度はなったのですけれども、それが創設され、「行政的にも今までよりも早い対応をしよう、権限ももっと増やそう」と考えられているようです。で、専門家として実務に携わっておられる弁護士の先生が書かれた本を1冊、勉強させていただいたのですけれども、やはり、児童福祉関係に関わる行政の権限を増すということで、エホバの証人の輸血拒否の問題なんかも、医療ネグレクトとして実際に挙げられているのですね。「厚労省がそういうふうに判断するのはどうなのか」と私が思ってしまった面もあるのですけれども、その中の一例として「親が輸血を拒否している子供をどう保護するかという場合にも、この制度を使う」みたいなことが書かれています。これは弁護士の先生の解釈でもあるので、病院側が自己防衛するにあたってこの法律を使うことができるかなと思ったので、今回、簡単なフローチャートを作る際に、この制度も入れたのですけど、反対に信仰を守る側から見ると、非常に違和感のある制度運用だと思うので、非常に違和感のある内容になっているかも知れないです。
 ただ、一つの制度をどういうふうに使っていくかにあたっては、病院側としてどういうスタンスを採るかというのが非常に大事だと思うので、私が本来思っているものと違う内容で作っています。で、信仰の自由を最大限に尊重するのだったら、もっとそっち側に作れますし、病院側を守る立場だったら、もっとこっちサイドに作れるというふうに、この内容は非常にフレキシブルに変えられると思うのですね。一応、今までの議論の中では、病院としてはできるだけ安全策を採って、例えば未成年の人の場合、「証明するものを持って来てもらったら、ウチは無輸血にも協力するよ」というように要件を厳しくして、できるだけ命を守る側の流れで来ていると判断したので、内容全部の説明はできないのですけども、そっち側で現場が混乱しないようなフローチャートが出来たら良いなと思っています。
 フローチャートの方は、実は私が個人的に、府立医大で倫理を研究している友人にも相談したのですが、「穴だらけなのでもっと手直ししなさい」と怒られている途中なので、もう少し勉強させてもらって、もっと内容を分かりやすいものにしようと思ってはいます。一つの案としては、例えば現場の看護師さん達が、こういう問題が起こった時に1枚の図を見て、流れが分かるものが作れたらなということを目的にしていて、皆さんには批判的に検討していただいたら良いと思っています。早くガイドラインが出来ることを優先させるのなら、ある程度のものを作って、現場で実際に使っていただいて、そしてまた批判をしながら作り上げていっても良いかなと思ったりもしているので、北村先生が今までされてきた方向とちょっとずれているかも知れないので、このようなもので良かったどうかというのも含めて、皆さんの自由な意見をいただきたいなと思っています。以上です。

 小原 ありがとうございました。P4以降の分類とか、その原則は…、

 富永 原則はあまり変わっていないです。

 小原 はい。説明してくださったとおり、北村先生の最初の案というのは命を守るというところから出発していたのですよ。それをここで「それはおかしいのと違うか」みたいな形でじわじわと修正をかけてきました。その意味では、ここでの議論の結論みたいなものは、今回のものに非常に明確に出ているような感じがいたしました。一つ、これまで論点になってきたことは、医療ネグレクトにあたるような可能性に対してどう対処するかということですね。例えば本人が意識をしなっていて、親は「無輸血で」と言っているけども、実際には本人の意思が分からないような状況をどう区分けしていくかというところは、繰り返し議論になっています。それから年齢の分け方ですね。18歳、15歳という一定の区分を設けていますけども、その分け方の中で設定されている対処の仕方が、「これで妥当なのか」という判断をしていく必要があります。まず皆さんにお諮りしたいのは、大原則の部分ではよろしいですか。つまり、命を守るという原則を通常は病院の至上の課題として抱えているわけですが、それにも増して思想信条を優先すべき場合もあるということを、きちんと守っていこうということが、[はじめに]のところでも明確にされています。

 富田 そこから異論を出してもいいのですか。

 小原 それでもいいです。ここの原則が崩れると、微調整では済まなくなりますので、原則のところで…。

 富田 今回は富永先生に整理してもらって、問題点もわりと分かりやすくなったので、ありがたいと思いますけど、やっぱり私自身は、生きるというベースを医療機関というのが投げ出してしまうと、存在意義そのものがなくなりますので、思想信条を尊重するという意味では、より拡大すべきだろうと思いますけど、「生命よりも思想信条」というのは、私は小児をやっていましたから、特に「小児を守る」という意味では違和感があります。

 小原 先生の違和感というのは、子供に対してはためらいを感じるというふうに区別して良いのか、あるいは成人した者に対しても、命を守るためには本人が何を信じていようが最後は輸血すべきだというふうに考えておられるのか、そこはどうなんですか。

 富田 成人の場合、しかも本人の意思がハッキリと確認できるという条件の中では尊重しようということで、本人とこちらとの間合いを取る時間が保証されておれば、それは可能かと思います。そうでない場合、例えば「証人である」という話とか、時間が切迫しているといった場合に、相手が言う思想信条にあまり振り回されなくても良いと思っています。

 小原 そうしたら、P4にある1)の原則は良いわけですね。

 富田 これは問題ないと思います。

 小原 ただ、2)以降の状況に応じては…、

 富田 18歳以上というのは一応、国際的にも成人とみなされますから、ある程度は分かります。ただ、15~18歳というのは中学卒業前後から高校ですから、本人の独立した意思がまず可能かということで、やはり危うさを感じます。家庭内での子供の意思というのは、親の意向がどうしても残っても仕方ないと思いますから、15歳というところはなんとなく違和感があります。

 小原 となると、先生の立場から見て問題になりそうなのは、P8の3)のあたりですね。ここでは15歳以上18歳未満の場合、本人の信仰内容を確認して、最終的に無輸血ということがハッキリしていれば、「無輸血でやるべし」としている…、

 富田 いや、18歳未満というのは避けた方が良いというふうに思います。

 小原 ですから、3)に関しては異論があるということですね。これまでの議論では、15歳以上18歳未満に関しても本人意思を最大限に尊重し、15歳未満に関しては慎重に考えましょうというスタンスで来たのですよ。

 富田 もう一つは、15歳ということの根拠は何だろうかということですよね。

 小原 15歳以上ということの法的根拠というのは何かあるのですか。

 富永 単独で養子を受けられるとか遺言能力があるとか、そういうことですね。だから、法律的な判断ではなく、自分の体のことについて判断できるとか、自分は養子になりたいと言えるとか、自分の身の回りの判断はできるだろういうのを民法上の基準が15歳に設定されているので、どこかで区切らないと判断ができないですし、メンタルリザベーションがあったらどうするかとか、IQが低い人をどうするのかとかいう議論に広がるので、一応、これを根拠に…。厚労省のガイドラインがそういう根拠で15歳を一定の基準として切っておられるので、それに乗っかっただけですね。

 富田 幾つかある平等な選択肢の中からどれかを選ぶというのは、尊重されて良いかと思うのですけど、今、問題になっているのは、生か死かですから。だから、死を選んだ場合は、もうやり直しが利かないわけですよ。そういう選択です。そういう選択は、この年齢ではまだ親の価値観の中で動いている可能性があります。

 原 ただ、この問題は「生か死か」という言い方をすると、極端過ぎるように思うのですけど。そうではないでしょ。「輸血をしなければ必ず死にます」というような話をしているわけではないのですよ。「無輸血でもある程度はできるのではないですか」というのが、最高裁の判例のバックグラウンドでもあるので、「輸血をしなければ死にます」という話だったら、議論がだいぶ違ってきます。

 富田 そうではなくて、「危なくても輸血はしてくれるな」という選択をするということでしょ。

 富永 究極的にはそうです。

 富田 1パーセントであってもという、その問題です。

 原 それは1パーセントなのか100パーセントなのかというのは、かなり話が違うので、それは…、

 富田 尊重はもちろんあると思いますけども、本人はそれほどのリスクがあるということ、あるいは自分が亡くなるかも知れないということを分かるかという…。

 原 では、医師は死ぬかどうか分かるのですか。リスクはどの程度、分かりますか。そこが、「無輸血だったら九十何パーセントは死にます」という話が必ずしも前提になっていないのですよ。「医療側は、九十何パーセントでなくても、10%ぐらいでもリスクがあるのだったら輸血をしましょうという対応をしてきた。それはマズイでしょ」みたいな話だと思います。

 勝村 そうですよ。僕も最高裁の判例が出た頃に、弁護士の人達とだいぶ勉強会をしたのですが、当時、「普通のお医者さんなら、このぐらい出血したら絶対に輸血するよね」という常識があったので、そういう常識の中で生きていると、「これぐらいでしなかったら死んでしまうのではないか」と思っているのだけど、無輸血でやったら意外と死ななかったという事例もかなりあったのですね。「だから、しなくても死なない」という話ではなく、死ぬリスクが高まるということはあり得るのですけど、今まで輸血していたところで輸血しなかったら、死んでしまうということではなく、念のために早めにしていたということで、それでHIVや肝炎になることもあり得るということも考えると悩ましいので、「手術をしなければ死んじゃうよ」と言われて、手術をしなくても死ななかったということとは、ちょっと違うかも知れないけど、なんかそれっぽい要素もこの問題の中にはあるというのが、この議論の前提だったと思う。

 富田 それはリスクをどのように客観的に測るかという技術の問題。それが不充分であったことはあり得ると思うし、これからもあり得ると思いますけれども、今回はそういう問題ではない。1パーセントのリスクであっても、生きるか死ぬかに関わるようなところの問題というのは、本人に判断の基準を持たせるのは酷だと思う。

 原 今、勝村さんが言っているのは生きる死ぬの話ではなくて、「手術をしなかったら死ぬリスクがあるからといって、強制手術はできますか」というような話と、考え方としては似たようなものだと思います。

 神田 P9のフローチャートは15歳から18歳の意思決定能力がある方ですが、輸血拒否の事前指示書を持っていても、無輸血治療が可能であればそれで済むけども、無輸血治療が困難な時に、本人が「無輸血でやってくれ」と言われたとしても、15歳から18歳の本人の意思を優先させるのはどうかということなんですよ。そこはどうなんですか。多分、原さんがおっしゃるのは「無輸血治療ができたのではないか」ということではないですか。

 原 まぁそうですが、先っきからおっしゃっている話は、「成人を含めて、とにかく死亡のリスクを避けるのが医療だ」という考え方のように聞こえるので、そういう考え方を展開せざるを得ないでしょということですよ。

 神田 それを展開してはるのですよね。成人は、無輸血治療が困難でも、本人が「それでいいのだ」と言わはったら、それで良いということですが、無輸血治療が困難だった場合まで想定して考えないと、ガイドラインは作れないですよね。

 勝村 そのための議論だけど、その議論の前提すら、今のままになってしまうと不要になってしまうから。

 神田 そういうわけではなく、先生はここを言ってはるだけですよね。

 勝村 だったら、これでやっていける。

 神田 それなら、ここはフローチャートが切れているので、どうなるのですか。輸血困難が困難となって本人の意思を確認して拒否された場合、富田先生は、大人の方と同じように「このまま一か八かでやっていくぞ」みたいなのは良くないということでしょ。

 吉中 P8の⑤では、「本人が拒否し、親権者も無輸血治療に同意した場合は、無輸血治療をする」としているのですけども、富田先生の主張は「それはどうか」ということですね。

 神田 この段階で「ダメ」ということですね。この事前の段階のところは何ですか。

 位田 だから、本人の意思を忖度するというのはおかしいという話ですから、その前の段階になってしまう。

 富田 そういうことです。

 吉中 それは、成人の場合とは合いませんね。本人の意思は15歳から18歳未満というのは…、

 富田 「15歳以上18歳未満というのに意味があるのか」と思うのです。

 位田 「決められないはずなのに、勝手にこっちが決めていることになるから、ダメでしょ。でも、18歳以上だと決められると考えているから問題がない」ということで、18歳以上か18歳未満という1本で区切れば良いということですね。それはそれで一つの考えか方だと思います。

 富田 ここを分けなければならないかということなんです。

 神田 現場はその方がスッキリしますけどね。それでも、まぁ…、

 勝村 それで良いのですけど、「生か死か」という問題が出たところに話を戻すと、「無輸血治療は困難」と医師が感じたことと、「しなければ絶対に死ぬ」ということがイコールではないということで、それを前提に議論してきたということを、先ほどは言いたかったのです。

 神田 …ないですね。言わはるとおりだと思います。

 位田 18歳から15歳の、15歳でないといけないという理由はあまりないと思うのですけど、要するに既存の法では15歳。どこの国でもだいたい同じくらいだと思うのですけどね。年齢を何歳にするかは別として、「18歳から15歳の間はある程度は考えられるよ」という考え方に立つのか、「いや、決められないのだから、これを考えない方で行こう」ということにするのか、そこの判断だけです、信仰云々だけの問題ではなく…。

 富永 それを、各学会の出しているガイドラインは、この間の最高裁の流れも踏まえて、「できるだけ尊重しましょう」という方向で、「医療関係者としても、やっぱりそういう流れに沿わなければいけない」ということでガイドラインが出ていて、その中でこの15~18歳という微妙なものが出てきているのです。だから、日本全国の幾つかの学会が出されているガイドラインに、病院として根本的に乗るのか乗らないのかということだと思うのです。乗らないとするのなら、我が院独自のものになって、信仰の自由から言うと後退するし、世の中の流れとしても後退するというか…、

 富田 では、もう一ついいですか。今、信仰の自由の話が出たので言いますけど、このガイドラインは標題にもありますように、エホバの証人のためのガイドラインということになりますが、これ自体にどうも違和感があるのですよ。つまり、P14の[4)注記]に「本ガイドラインの対象者はエホバの証人の信者とする」とありますが、エホバの信者ではない人が「私は輸血して欲しくないという信念を持っています」と言うた時には含まないと、ここにも書いてありますね。こうならざるを得ないと思いますが、これ自体がちょっとおかしいなと思います。

 富永 そこは、反対に病院側の立場としても、エホバの証人は組織として比較的、意思の内容を確認するような書面をホームページでしていたり、教育を行っていたりして、病院側としても確認しやすいからです。

 富田 宗教団体側、例えば仏教で言えば僧がどう考えているかという問題と、在野の信者がどう思うかという問題は、一応、別ですよね。

 富永 もちろんそうです。ただ、それは先生がおっしゃっているのと同じ側面ですね。病院側としては病院を守るというか、無輸血治療して非難されない方法の要件として…、

 富田 そういう言い方はやめましょう。

 富永 でも、本当にそうなんですもの。

 富田 だって、やっぱり生命を救うということに対して、引け目を感じる必要は全然ない。逆に、生命そのものが現在はおろそかにされている時代だという認識を僕は持っているのですよ。平等に生命は扱われなければならないのに、どうも不平等になっている。これは個人的な認識だからいいですけどね。要するに、ガイドラインの対象者がある特定の人だけをターゲットにするということにならざるを得ないというのに違和感があります。

 位田 特定の人というのがなぜエホバの証人かと言うと、エホバの証人には宗教の信仰の自由に値する宗教的な教義があり、組織もあり、実際にそういう活動もされているから、エホバの証人であれば信仰の対象として考えましょう。それ以外の宗教も当然、あり得るのだけど、他の宗教でエホバの証人のような活動なり教義なりを持っているのはあまり聞いたことがないから、取りあえずはエホバの証人でいきましょうという話なので、他の宗教を否定しているわけでも何でもないすよね。そういうのが出てきたら、エホバの証人プラス何々というのを付ければ良いだけの話。もしくは準用すれば良いだけの話ですから。

 原 エホバの証人以外も[準拠して対応しても良いが、その場合には、より慎重な手順を踏んで…」と、ここに書いていますよ。

 富田 もちろんそうなんですけども、「やっぱりこれは違う」ということを言わざるを得ない…。

 位田 だから簡単に言えば、やっぱり元に戻るので…。命を大切にすると考える立場で病院がやるのか、宗教信仰の自由というのを主体にするのかという、そこのどっちを取るかですから。

 富田 ここは信仰の自由ではない要素、つまり「エホバだから」ということなんですよ。

 位田 標題はそうですけど、エホバに限定はしていないですよ。

 神田 ちょっと話はずれるのですけど、実際に臨床で使う時のことを想定してみて、例えば「エホバでこんな年齢…」ということになって、本人の意思に添ってやりたいけど、両者の思いがすれ違った場合、[「エホバの証人」委員へ連絡]と書いてあるのですが、ここに連絡するとどういうふうになるのですか。それが1点と、今ままで本人さんの意思を尊重して残念ながら亡くなられた例というのはあるのですか。前回の事例では、むしろ教義を教えている方が「輸血してもらいや」と言わはったけど、エホバは、最後まで「それはやってはいけません」と言われるタイプのところになるのですか。

 原 「いけません」とは言わないという説明でしたよ。要するに、信仰を強制する言い方はしないという説明をされていました。細かいことで言うと、ここの補足にもあるように、輸血には血液製剤とか色々あるけど、どの範囲かは必ずしも教団の統一見解があるわけでないので…、

 富永 あそこのホームページではどんどんアップデートされていましたけど、ものすごく高度な、現代の医療に沿った内容で、ドクターの監修も入って…、もちろん信仰を持ったドクターもいらっしゃいますので、すごく内容は充実しています。私も内容を知らないと意見ができないかなと思って、ホームページを見ていたのですけども、実際に「どこまでがどういうものに必要で」…、例えば「赤血球というのはどういう時に必要で」とか「白血球は何のために」とか「アルブミンはどう」ということまで全部、書いてあります。

 神田 それは信者の方に向けてということですよね。

 富永 そうです。それが書いてあった上で、「教団としてはどこを拒否します」とは書いてないです。だから、自分で判断できるような教材として教団は出していて、「納得した上でこれを作成しましょう」みたいな感じですね。で、本人がドクターから話を聞いてその場の判断で「それやったら私は受けます」と言わはることも許しているような雰囲気ですね、ホームページ上は…。

 位田 「許している」と言うのは、ちょっと言い過ぎだと思うけども…。

 神田 ここに電話して「本人さんはすごく拒否しているのだけど、かなり危ない状況です」と言うのですか。

 位田 これは医療機関連絡委員会という名前で、無輸血治療をやってくれる病院を紹介するところです。だから「輸血するな」と言う委員会ではなくて、むしろ、そういう問題が起きた時に相談してくれる窓口なんです。

 勝村 僕の認識が違うのかも知れないですけど、最高裁の事例が出た時に弁護士に聞いた話では、僕も意外だったのですけど、「こんな判決が出たらいっぱい死んでしまうぞ」と言いたい人が、裁判を期に「無輸血にしたがために死んでしまった患者がどれぐらいいてるのか」と必死に探したのだけど、この段階ではいなかったと言うのですね。その後はあるかも知れませんよ。今までのお医者さん達は「ここでしなければ死んでしまう」と言っていたけど、無輸血で治療したら意外と死ななくて、無輸血イコール死ではないという話が前提としてあったのですね。さらに医療の不確実性では、輸血自体で非常に危なくなる人もいてるとか、こういう議論で感じたこことが僕の出発点なんですね。

 位田 ただ、エホバの証人があっちこっちに沢山いるという話でもないし、かつ、非常に強硬なエホバの証人と軟弱なエホバの証人がいるわけで、免責証書を持っていても「輸血してちょうだい」という患者さんもいて、その時は当然、輸血しはるわけですね。色々考えると、「俺は本当に嫌だ」という意思がハッキリしている人で、しかも輸血しないと死んでしまうという状況がいったい今までに何件あって、その内、医者が「そんなことを言っていても輸血をするぞ」と言って輸血してしまった例が何件あって、「それだったら信仰を尊重しましょう」と言って輸血をしなかった例が何件あるかという、そこの統計が何もないのですよ。

 富永 最近、私は阪大の産婦人科の先生とこういうお話をする機会があったのですけど、「ウチでは看取っています、無輸血で」と言っておられました。阪大では比較的歴史のある倫理委員会をされていて、刑事訴訟法の先生であったり、刑事・民事の法律家の先生も入れて、「大学病院は民間病院ではできないことをしないといけないだろう」ということで、精神科とか細かいことは聞いていないですけど、全科が無輸血で、実際にこの前も「無輸血でいいのですねと何回も面談して、無輸血で見送りました」と言うてはりましたし、表には出ないですけど、あるのはあります。

 位田 そういう長期に渡って入院するなり、同意の期間があって、色々話ができてお互いに理解ができるケースもあれば、重症脳卒中の急患で放り込まれて、意思も分からないが免責証書があった場合にどうするかとか、家族に連絡しようと思っても連絡先も分からずどう判断するのかという時に、お医者さんはいちばん困る。

 富永 今回、そういう意味では、事務管理も入れてしまって、ちょっと逃げたのです。救急で来て全く判断ができないという場合に、法律的には事務管理ということで、医師患者関係が確立していない段階で意思も確認できないということで、「医師を含めた3人の判断でまず輸血を先行したとしても、病院としてはその医師の責任を問わない」というスタンスで行こうと、実はこそっと入れてあるのです。

 位田 「免責証書を持っていても」という意味ですか。

 富永 そこはちょっと、細かいことは…、

 位田 そこがいちばん問題なんです。免責証書があるのにやってしまうのですか。

 吉中 あったらダメでしょ。

 富永 「事前指示書がなく…」ですね。

 位田 それだったらエホバの証人かどうかも分からないので、それなら分かります。

 富永 事前指示書はなかったけど、エホバの証人だったらしいとなると、いちばん現場が困って止まってしまうと思うので、一応、医療従事者としてやってしまっても責められることがないように、病院のスタンスを出しておいた方が良いかなと思ったのですよね。やった人が後から責められるのは、やっぱり病院の中ではあり得ないことかなと思ったのです。それも「15~18歳はどうするか」とかやりだすととっても細かいことになるので一応、15歳以下は意思判断ができないということで、パターナリズムを前面に出した感じにしようかなとは思っているのですけど、微妙なのが15~18歳ですよね。

 小原 この年齢の区分けは、合同委員会の指針なんかと同じですよね。というのは結局、親権の問題が関わってくるので、この中間項を入れざるを得ないのですよ。子供が「無輸血で」と言っていて、親が「輸血してくれ」と言う場合もあり得るので、それを考えると、15~18歳というのは中途半端にも見えるけど、やっぱり一つの線では引けないですね。だからこの年齢の区分けというのは、かなり妥当性というか合理性はあると思います。

 勝村 2~3年前、この年齢の議論をした時に、そういうことで苦慮した記憶がありますよね。

 吉中 その後、学会のがまとまって整理されたので、「これでいけるな」という感じになりました。

 富永 それが今度の民法改正で、この制度をどう運用するかとなって、きっと学会も何年か遅れてまた出してくると思いますよね。

 位田 民法改正は臓器移植の観点がものすごく強いので、ここに持ってくるのもどうかなとも思うけど…。基本的には臓器移植の問題と思うので、弁護士さんはこれを使って訴訟をされるかも知れないけど、裁判官が本当にこれを使うかとどうかは危ないと思うけど…。

 吉中 P3のアンダーライン部分ですね。

 富永 元々これは、本当に医療ネグレクトが明らかなものに設定して作られた制度なので、こういう場面に本当に適用して良いのかという…、

 位田 だから、「そもそもネグレクトなのか」という問題です。それはやっぱり難しい。

 勝村 脳死判定というのはまさに死へと持っていくわけなので、虐待と関連付けられるのだけど、「医療は受けさせるけど、これだけは抜いてくださいね」と言っていることは…、

 富永 …ちょっと違いますね。

 吉中 P6に医療ネグレクトの時の手順を入れていますけど、今、医療ネグレクトは医療の現場から発信しないといけないというのが大きな流れになっていますね。で、それを専門家として判断した場合には、それが全てではないけど、取りあえず通報して、協議するべきところがあって判断するという形になっているから、現代的だなと思うので、現実に合うと思います。子供さんの場合はもっとそうですね。

 勝村 幼児虐待による臓器移植で美談にされたら困るので、子供の臓器移植に関してはすごく思うのですけど、「輸血抜きで医療をして欲しい」と言うことが、同様のネグレクトなのかなとも思うのですね。家族が医療を受ける時に「これ抜きに医療をしてくれ」と僕はよく言うのですよ。

 富永 この前の高齢者のフォーラムで話題になったように、高齢者の問題も同じで、認知症が出てきた人はどうするのかといったこともカバーしようと思ったら、今度は「何歳以上」とか「活性が何ぼ以下の人はどうするのか」とかいうバージョンも本来は必要だと思うのです。そこまでやるのも、これからの議論だと思うのね。ただ一応、エホバの証人の問題でいちばん拘わったのは、人間的には「お母さんが信仰を持っていて、中学生ぐらいのお子さんがいる」という典型的なイメージを持ってこれを作ったのですね。

 勝村 15~18歳ぐらいの子がどう判断するかというのを、もう一回、議論してもらってもいいのだけど、「輸血なしに医療してくれと言うのはネグレクトだ」とか、「イコール死に至らせる行為だ」として議論するのは、だいぶ前になしにしたはずだと僕は思っているので…。

 位田 今日の案のP2の下線の部分とP3の下線の部分は、P2で「信仰は重要ですよ」と言いながら、P3では「ネグレクトなので助けていいよ」と言っているわけですから、矛盾する部分があるのではないですか。「両方を書いておかないと危ない」というのは分かるのですけど。

 富永 非常に防衛的な内容です。

 吉中 今回は、15歳未満についてはネグレクトという言葉を使わずに…、もちろん使う必要がない場合ですが、「親権者が輸血を2人とも拒否する場合には、児童相談所に通報して相談する」という形にしていて、そこでは逆にネグレクトと線は引いていない。成人の場合に頭にあったのは高齢者と一緒で、例えば寝たきりで介護が大変でという時に、これは起こり得るというようなことがあって、ネグレクトを入れる方が適切ではないかということです。子供はウチの立場だと2人とも拒否する場合には児童相談所に通報するという格好にしているのでね。

 小原 そうです。ですからP6にネグレクトのことが入っているのは、全然、問題がないと思うのですよ。

 富永 なので、「無輸血で治療すること自体がイコール、ネグレクトだ」というような評価のあるところは削除した方が良いですね。

 位田 いちばん前に出てくるのは、ちょっと具合が悪いです。それと、今までの議論を全部ひっくり返すような気がするのですけど、要するにこれは、病院がどういう態度でやるかという方針なので、倫理委員会で本当に全部を決めてしまって良いのだろうかという気持ちはあるのですよね。富田先生のお考えになっていることがこの病院の医療関係者の多数の意見であれば、そちらに添うべきだと私は思うのです。確かに倫理委員会ではいろんなことを考えながら客観的に「これが良いよね」と議論をしていますけど、それが本当にこの病院のお医者さんの意に添ったものでなければ、作ったってあまり意味がなく、仏作って魂入れずみたいな話になります。

 富永 P2にこれを入れるということが今まで全く入ってこなかったこと自体に、私は違和感をすごく持って、「あぁ、病院ってやっぱりそういうところなんだろうな」と思いましたしね。

 位田 いろんな病院の立場があって良いと思うので、「この病院では輸血をしてくれるなと言っても、輸血が必要だったらやります」というのも一つの立場なので、これは非難されるべき話ではないと思うのですよ。で、患者に「やっぱり私は嫌です」と言われた時は、エホバの証人の医療連絡委員会に電話をして、京都の他の病院を探して、別の病院に行っていただくという方針を採っても構わない。

 富永 そう思います、本当に。

 吉中 以前の方針がそうで、「我々は命を救うために輸血をするから、それが嫌なら他所に行って」という方針でした。それを数年前に信仰を尊重するとか、個人の尊重、人権ということを考えて、「もうちょっと変える必要があるのではないか」ということで議論がスタートしていますので、元に戻る必要はないと思うのです。ただ、悩ましいところが色々あるので…。

 勝村 悩ましいことが色々ある中でも、ガイドラインを作る方が医療がしやすくなるということを含めての、議論だと思っているのだけど…。最高裁判例が出た頃はインフォームドコンセントがまだ定着していない時代で、カルテも見れなかった。で、この判決が出た時にみんなで議論したのは、この事例はたまたまエホバの証人の信仰の自由だったけど、医療が完璧でないということはお医者さんも知っているわけだから、患者が医療に対して「この薬だけやめて欲しい」とか、少し注文を付けた中での医療というものを、これまでの医療のパターナリズムを超えて進める必要があるのではないかということで、実はインフォームドコンセントを初めて認めたという雰囲気も含めての、みんなの勉強会だったと思うのです。だけど、信仰と言いながら現実には極端に見えることもあって、医療現場でどう対処したら良いのということで、一定はマニュアル化しておかないと辛どいというのも分かるから、必要な議論だとは思っていますけど、その根底には、僕が医療を受ける時には一定の注文を付けるし、「自己輸血でないと簡単に輸血をしたらいけない」と言われているとか、思いは色々あるから、そういう面も含んだ議論をこの文章に表現してくれとは言わないけど、思想の背景にはそんなものがあっても良いと思う。だから全部をひっくり返そうということではなくて、ここまでまとまってきていることに関しては、苦労されて良いものにまとまってきたと思っているのだけど、僕はこれまでの議論ではそういう部分に意識して参加してきたのですね。だから、簡単に「お医者さんの言うとおりにやれば良いのであって、違うことをやるのは危険だ」と言い切ってしまうと、インフォームドコンセントは不要ということになって、パターナリズムだけでできてしまうことになっちゃうので、そういうことまで踏み込んだ判決なのではないかというのが勉強会のスタートだと思っているのです。

 吉中 この議論を始めた頃の病院の中の状況では、産婦人科は受け入れるよというのを基本的なスタンスでやってきているのですね。それから、消化器の内視鏡検査を受けるのに免責証書を持って来られた方がいましたが、きちんと尊重すべきことだということも伝え、若干の危険性はあっても普通の検査では輸血に至ることはないので受け入れたという経緯もありました。そこらへんでは、強いアレルギーのない意見も結構あったという状況で移行してきていました。外科や整形がどうかというのは少し分かりません。元に戻っているだけではいけないので、議論していかないと…。

 富田 私も「元に戻しなさい」という話をしているのでは全くないのですよ。ただ、「全く受けつけません」というのも一つの選択だと思うけど、時代にあまり取り残されてもいけないので、「こういう条件があれば受け入れますよ」という条件を今回、出せば良いのではないかと僕は感じていたのですからね。あえて法的なところや社会に急いで合わせる必要はないと思いますね。ここの力量と雰囲気と、最終的には外科系がOKと言わないと、どないにもならないと思います。例えば「大人でコンタクトが取れる時間の余裕があって、そしてある条件があれば受け入れましょう」というのがあっても、今はあまりそれ以上のことは欲張らない方が…、少しずつ前に行けば良いのではないかと思うのですけど。

 位田 富田先生は、原則はこれでいけるけど、15歳から18歳のところで切るのはダメだよということですね。

 小原 18歳で一本化した方が良いということですね。

 富田 それは大人だからということで、大人は本人の意思が確認できればやればいいのではないですか。

 小原 ここはいちばんの根本のところなので、そこを曖昧にして細に入っていくことはできませんので、今日にこの決着は付けられません。大枠は富田先生も同意してくださっていると思っているのですよ。問題は15~18歳の中間項を設定するのかどうかという、ここだけだと思います。

 吉中 学会のやつを一度見てもらって、輸血学会とかも既に出していますからね。

 富田 まぁ、合わせなければいかんのか、自分の力量と考えに合わせれば良いのか…。

 原 大雑把に言えば、そこに書いてあるように、多少のリスクでも生命を優先させるやり方を採るのか…、ただもう一方の価値観は、患者の権利なんですよ。「民医連は生命を大事にします。患者の権利も大事にしますよ」というスタンスのところでもあるわけですから、上手く調整をしないと…。

 小原 ただ、18歳で切るか、15歳以上を別にするかの、年齢の問題だけですね。そこは詰めないと先に進めない問題ですので、次回…、

 位田 そのへんは、病院の中ではどういうふうなご意見の方が多いのかというのは、どうなんですか。

 吉中 親権とかの話は分からないですね。

 原 議論をしないと、単純に聞いても仕方がないじゃないですか。

 小原 9時を回りましたので、これ以上は続けられないのですが、ご存じのとおり、これはかなり引っ張っているのですよ。もちろん議論自体は楽しく、皆さんも悩みながらも楽しまれていると思いますが、内輪だけで大事に持っていても意味がありませんので、なるべく早い段階で世に問うということも大事だと思うのですよ。案のP19にも書いてますけど、ガイドラインが出来たならばインターネットなどに公開して、そこで社会的な意見との摺り合わせということをしていかなければ、本物になりませんし、現場の声との摺り合わせも大事ですから、あまり完璧なものを求め過ぎるよりかは、今日に議論になった根本的なところ、つまり、18歳か15歳かというところ、そこをもう一度議論して、そこで合意が得られれば、取りあえずは今の大枠の案で最終的なまとめができないかなというふうに考えています。恐らく、前提についての意義はないと思いますし、細部についても大きな問題はないと思いますので、年齢についてだけ、次回に集中して議論して、成案を得られるように努力したいと思いますので、ご協力をよろしくお願いいたします。

 神田 P3の違和感のある部分はどうしますか。

 富永 小文字で最後に付けるぐらいにしておきましょうか。こういう制度もあるよぐらいにしておこうかと…。

 小原 [はじめに]に持ってくるには細か過ぎるので、「注」の形で最後に回した方が良いですかね。

 富永 私としては「こんな制度が出来ましたよ」というのを皆さんにお知らせしたかったという意味もあって、持ってくるのはここかなと思って書いただけなので、最後の情報の中に「制度の変更」として書こうかなと思いますが、場所は変えます。

 位田 ただ、これは病院の態度として書くわけだから、それで良いのかというのもあります。

 富永 これは客観的な制度として、最後の方の注記…、

 富田 いや、あまり後の方に持ってくるのは困ります。

 勝村 僕は拘りますけどね、小児の場合に親が輸血拒否だったら児童相談所に通報するというところは良しとしましたが、親が「この子供は脳死臓器移植していい」と言う場合と、「輸血なしで医療をやってくれ」と言う場合を一緒だとは思わないので、小さく書いてもらうのはいいと思いますけど…、

 吉中 その2つは違いますよね。

 富永 この法律が出来た目的自体はそこなんでしょうけども、臓器移植に限定している法律でもないのですね。

 勝村 でも、子供の臓器移植に反対するグループの動きとタイミングは一緒だったし、臓器移植に関してはこれがすごく重要なことだと思うけど、エホバの証人の場合には、こういう発想で親の考え方を見るということではなく、インフォームドコンセントに近いような気がするのですよ。ただ、お医者さんが本当に子供を治したいと思って、輸血をした方が良いのにと思う気持ちも一定は理解するけど、親が虐待していると思い込んでしまうこととは違うような気がするのです。そうしてしまうとインフォームドコンセントも患者の権利に対しても、独善的なパターナリズムに陥ってしまう可能性があるような気がする。

 位田 これに理解を寄せることによって、「病院はこれを使いますよ」ということを推測させますよね。すると、病院は「エホバの証人については虐待である」というふうに判断する可能性があると見られますよね。そこまで書き込んで良いのかということですね。議論の中でそういう問題が出てきたし、将来、それを使う可能性があるかも知れないけど、それをここに書くかどうかですね。書くことの意味と書かないことの意味の両方があるのですけどね。

 富田 しかし親権制度の見直しそのものは、私なんかからするとすごくありがたい。親の中で入っていけなかった子供の姿が見えてきたりしますので、これ自体は無視する必要はないと思う。今のままでは無視されてしまいそうだから…。一つツールとして使うということで…。

 勝村 小さく「注」ぐらいにして、強めに言わなければ良いと思う。

 富永 ちょっと書き方を変えますね。客観的に「こういう問題に関わる法律にこんなのがあります」というように、関連する法律の参考ぐらいにしておきますかね。あまり前面に出すと、私としても気持ち悪いものがあるのですけど…。

 勝村 親に対して決めつけている感じがすごくして、そういうパターナリズムは、患者側からすれば何かものを言い難くしてしまうから、インフォームドコンセントがし難くなっちゃう。

 富永 これを作るにあたって、自分の主観を入れるとややこしくなるので、入れないようにしたのですが、ちょっと置くところと書き方を考えます。

 原 すみません、ちょっと大きいところだけ…。「エホバの証人のガイドライン」となっていますが、全体としては「宗教的理由による輸血拒否」という扱いにした方が良いのではないかなという気がします。本文のP4では、「エホバを含む信仰」となっているのですよ。本文中に登場するのはもちろん良いのですけど、あまりエホバだけに限定すると使い辛さもあるし、医療全般を拒否する信仰の方もおられるようだし…、

 小原 そういう方への適用の可能性を考えておくということですね。

 位田 一般論は私もそうだと思うし、ガイドラインとしてもそうだけど、具体的にはエホバの証人の人なら問題はないですけど、それ以外の人が来た時には、免責証書の有る無しや、他にどんな制度が整っている宗教団体かということを考えると、ガイドラインの題名は「宗教的輸血拒否」で良いと思いますけど、当面はエホバの証人をターゲットにしておいて、[はじめに]のところにそれを示す一文を入れれば良いのではないですか。それ以外は「準拠する」で埋められると思います。

 富永 そうですね。どういう時に使うのだろうという感じになって、分からなくなりますしね。

 小原 中身は明らかにエホバの証人を前提にして書かれているので…。

 原 どちらにしても整合性の問題は若干あって、P4は全般が対象になっているので…。

 神田 P14の[注記]で「対象患者はエホバの証人とする」と書いてはあるのです。だからP4は「エホバの証人の信仰を持つ患者さんに対しては」とした方が良いのですか。さらに[注記]に「信者以外の輸血拒否事例についても、準拠して対応しても良い」とあるので、運用するのは可能ですから。

 富永 …というのを最後に付けても良いかも知れないですね。

 位田 やっぱり注記ではなくて、いちばん前に出しておかないと分からなくなると思います。で、新たにエホバの証人のような団体が現れれば、今度は注記で「それも対象にします」というのを入れていけば良い。

 神田 その方が現場は混乱しないと思います。確かにP4の表現は若干の混乱を生む可能性が…、

 吉中 P4以降は全部「エホバの証人」とすれば良いですね。

 小原 そのあたりの整合性を整えて、次回にお願いいたします。では、今日はだいぶ時間が過ぎましたが、一旦、エホバの証人のガイドラインについてはこれでおきまして、「その他」のところにあります報告事項を順次、お願いいたします。

 

議事(4) 「その他報告事項」

 富田 「①臨床研究迅速審査結果報告」は1枚ものの資料Bですが、これは「大腸癌化学療法における制吐療法を検討するための臨床第Ⅱ相試験」で、野崎先生から化学療法の申請が出されていまして、迅速で位田先生、井上先生に審査していただき、終えています。
 それから「②重篤な有害事象発生時の本院対応手順(案)」は資料Cですけども、これは前回にも案を出して、全体的には了解をいただきましたけれども、若干、字句に関してのコメントをいただきました。それを修整したのですが、1つは[1.有害事象の定義]のところの[臨床研究の実施期間中…]の「実施」を取り除いたことと、[4.有害事象への対応]のところの[被験者]の「験」が違っていたので直したということです。

 位田 前回、私は休んだので、ちょっといいですか。若干、気になったのは[重篤な有害事象発生時の本院対応手順]と書いてあるのに、4.のところは[有害事象への対応]となっていて、重篤な有害事象だけなのか一般なのかというのが、これだけだとハッキリしないので…。3.は[重篤な有害事象とは]という定義をされているのですけど、4.は「有害事象」の場合と「重篤な場合」との両方を書いてありますね。

 富田 4.は「重篤な…」ですね。後は「重篤な」を適宜省略しているというふうなことです。

 位田 4.のa.は[有害事象]、b.は[特に重篤と思われる有害事象については]となっています。もしa.が「重篤な有害事象」であるとすれば、重篤でない有害事象は説明や適切な処置はやらなくて良いということになります。

 富田 そうしましたら、4.は[有害事象への対応]とそのまま残しておいて…、

 位田 そうすると、この対応手順は[重篤な…]ではなくて、「有害事象への対応手順」となります。

 富永 基本的に有害事象が出た時には普通、処置と説明は行うでしょ。

 富田 行います。これは通常に…、

 位田 これはこれで間違いではないと思いますけど、タイトルと中身がきちっと合ってないなと思ったので…。

 原 だからタイトルを変えた方が良いではないですか。

 富田 いや、有害事象を全部かまっていたらキリがありませんので、いちばん…、

 位田 有害事象が出た時は「適切な処置と被験者への説明を行う」で、これだけですよね。それは書いておいても良いのではないか。だから、タイトルから「重篤な」を除けば、これでいけると私は思うのですけど。

 神田 「重篤な…」に対しては4.のc.ということですよね。

 富永 b.c.ですね。重篤でない時は、こんなものがあることを知らなくても別に問題ないわけで、一応の原則で書いてあるだけだと思うのですね。

 富田 これは現場の方に「こういうのがありますよ」と…。で、「特に重篤な場合だったらこういうふうにやってください」と、紹介がてらに書いておくというとこなんですけど。

 富永 それでは、タイトルになくても、「…対応手順ですけど、特に重篤な場合にこれを使ってください」と説明したら、そういう運用でいいのではないかということですね。

 富田 分かりますかね。

 神田 分かると思いますね。だから、「有害事象発生時の本院対応手順」と替えるだけで、後はこの文章ということですね。

 位田 4.のa.は念のために書いてあるということですが、書いてあれば、それはそれで対応できますから。

 原 ただ、4.のb.の[特に…]は要らないではないですか。

 位田 [特に…]は要らない。それから細かな表現で、どっちなのかなと思うのが、3.の[c.死に至るもの]というのは「至った」という状態なのか、「放っておくと至りますよ」という…、

 富田 これは厚労省の定義そのものを引っ張ってきてものですが、「起こってしまったもの」ということです。

 吉中 それで、[6.院長の責務]は有害事象の全てをカバーしているのか、重篤と思われる有害事象かというのはどうですか。

 位田 院長は有害事象の全てをカバーするのでしょう。院長が「知らん」と言うわけにはいかんと思いますよ。ただし重篤な場合は、院長が自ら「こうしろ、ああしろ」ということになるかも知れない。

 吉中 「重篤な有害事象は厚生労働大臣に報告する」という指針ですか。

 富田 [予期しない重篤な…]です。だから、「重篤なものでも予期されてないもの、新しいのを厚労省に届けなさい」ということです。

 位田 重篤事象であっても、新しくなければ届けなくていいのですか。重篤な事象が起こったら当然、厚労省に届けるのではないですか。

 富田 重篤な有害事象の定義は3.にありますけれども、必ずしも全部を報告していないだろうと思いますが、そこらへんの線引きは、本当のところはよく分かりませんが、多分、全部は要らないと思いますよ。

 神田 b.c.の対応で終わっているということですね。

 小原 予期しない重篤な有害事象とは、具体的にどういうものが考えられますか。想像だにできないとか…。

 富田 今までに1例か2例もあるかないかというふうな…。元々、重篤な有害事象というのは少なくないので、全く新しいものはもちろんそうでしょうけども、重篤なもので1例か2例かしか知られていないようなものが起こった場合には報告しなさいというふうに、私は理解していましたけども。

 位田 今は持っていないけど、指針の文言に「予期しない…」と書いてあれば、それで良いと思いますけど。

 原 内容を確認しないと…。

 吉中 指針の内容と有害事象の範囲ももう一回、確認しなあかんね。5.の[病院長の責務]ですが、4.で言うと、有害事象は報告されることになっていないのですよ。だから重篤な有害事象なんですよ。

 位田 だから、「それで良いか」という問題はあるわけなんですよ。これは臨床研究ですから、通常の治療ではなく、臨床研究の中で起こる有害事象を機関長が知らないというのはおかしいと思います。どこまで厚労大臣に言うかは別として…。「臨床研究をやっていいですか」という話は院長に出すのですよね。で、院長が「やっていい」と許可したわけですから、そこで起こる有害事象を院長が知らないというのは、理屈としてはおかしい。

 吉中 私もそう思ったのですけど…。「有害事象」という文言の確認ですけど、治験なんかでは交通事故で死んだものも全部、有害事象として挙げるのですよね。そういうふうなものとなっているかどうか、中身を確認しないといけないですね。

 富田 有害事象は定義がありまして、本が出ています。

 位田 例えば「臨床研究をやった結果、こういうものが起こりました」という報告が院長に上がってくるという、そういう話ではないですか。

 富田 いや、全部が全部はもう…。有害事象というのはものすごく多いのですよ。1人の患者に関して10や20ぐらいはあり得ますので、

 位田 ちょっと指針の内容を…。

 富田 臨床研究の「予期しない重篤な…」というやつですか。何を見たら良いのでしょう?

 位田 「見つかった時にどうするか」という…。

 原 報告の取り扱いです。

 神田 「厚生労働大臣に報告する場合」…。

 富田 だから「予期しない重篤な有害事象は報告してください」ということです。

 小原 倫理指針にそう書いてあるということですか。

 富田 これは2008年の倫理指針のとおりです。

 小原 その言葉に準拠しているということですね。

 位田 分かりました。

 勝村 最後の2行は[なお予期しない重篤な有害事象が本院で発生した場合で報告大臣に報告する場合]とありますけど、「予期しない重篤な事象が発生しても厚生労働大臣に報告しない場合もある」と読めるので、「場合」が2つあるのは良くないですね。

 小原 条件が二重化しているということですね。

 勝村 だから、「予期しない重篤な有害事象が本院で発生した場合は、臨床研究に関する倫理指針に掲載の報告用Fax様式を使用して、厚生労働大臣に報告する」というように書かないと…。

 吉中 「…発生した場合に、Fax様式を使用して」…、

 富田 「…場合に、厚生労働大臣への報告は…」で良いですね。

 原 「…場合は、厚生労働大臣に報告する」で、一旦「。」入れをすれば良いのです。そして「その際は…」。

 小原 新聞記者の言うことを聞く方が良いですね。

 勝村 それと、[病院長の責務]の上の3行を重篤な有害事象に限定するかどうかですね。おっしゃっているイメージでは、重篤な有害事象を指しているのではないですか。

 吉中 この流れはそうだと読んでしまったのですがね。

 勝村 その趣旨のはずなのに、この文章は「全ての有害事象」と読める可能性があるので、最初に「重篤な有害事象が起こった場合、病院長は…」と書いておけば良いのではないですか。

 富永 そうですね、そこに「…場合」があった方が良いですね。

 富田 そうですね、2行目のところで「重篤な有害事象および不具合について…」ですね。

 吉中 まぁそうか。位田先生は「それはどうか」とおっしゃったので、確認はしないといけない。

 富田 いや、有害事象の全部を知ろうと思えば大変です。肝機能異常は出るわ、腎機能異常は出るわ、色々ありますから…、

 位田 「その度、その度」という趣旨ではなくて、研究計画が終了した時に「こんな有害事象が出ました」という報告はあった方が良いという趣旨です。また当然、出るのではないかなと思っているのですが。

 富田 それはまた…。これは「発生時の…」、

 神田 5.の1行目に[速やかに必要な対応を行うとともに]と書いてあるから、そういう意味では「重篤な有害事象が発生した場合は…」とか、その方がスッキリして良いではないですか、限定するより…。

 富田 要するに「間をおくな」ということと、「どこにどんな連絡をやるか」ということです。

 神田 そういうことですね。やっぱりそこに入れてあげた方が良いです。

 位田 [5.病院長の責務]の最初が[病院長は速やかに]では、いつから「速やかに」か分からないので、「有害事象が発生した場合には」もしくは「重篤な有害事象が発生した場合には、病院長は速やかに」と入れないと…。

 神田 そうしたら、吉中先生はスッキリしはる。

 吉中 研究全体を僕が監督するものだから、有害事象もその中できちっとまとめられるので、それはあります。

 富田 ちょっとそこらへんは整理します。

 位田 指針には不具合というのも出てくるのですか。

 原 今、指針を見ていますが、出てきます。まず「研究責任者の責務」として、「重篤な有害事象および不具合等は直ちに長に報告しなければいけない」とあって、「長はそれに速やかに対応しないといけない」とあります。それはやはり「重篤な有害事象および不具合等」と書いてありますね。

 位田 「重篤なのが起きたらすぐに連絡しろ、適切な処置も取れ」ということですね。それはそれで良いと思います。

 小原 では、文言的にはいいですね。富田先生、今のようなご意見をもう一度まとめて、再度、出していただけますか。あるいは、基本は一緒ですが最終確認はした方が良いと思いますので、メールの回覧にて承認ということで進めていきたいと思います。
 では最後になりますけども、「③治験審査委員会報告」で事前資料Eに関して、富田先生…。

 富田 治験に関しては、順調に動いていまして、2つとも多発性硬化症の薬ですけども、FTY720は市販に漕ぎ着けたということですので、来月ぐらいに院内手続きが終了する予定です。もう一つのTYSABRIという薬はP1の一番下にPartAとPartBがありますが、現在はPartBだけが多施設共同で動いていて、これもオープン試験に後2~3ヵ月で移行するということになっています。
 それから、ここで議論していましたCOYに関しての開示の件ですが、ここで独自に取り決めた方法については、治験委員会は「こちらでやっていただくことに異論はない」ということで、了承を得ました。以上です。

 吉中 参考までに付け加えますが、FTY720は去年の秋に厚生労働省が認可して発売しています。欧州とアメリカはこれよりも半年ぐらい前に市販されているということです。で、P4に「添付文書の改定」というのがありますけども、これはもう分かっていることですが、投与後6時間後くらいに心拍数がいちばん落ちるということがあり、アメリカで1例の心停止事故があったということが市販後調査で報告されました。それは、こういう薬を飲んでいたということまでは分かっていますが、アメリカのFDAは「因果関係については研究中」ということで、欧州とアメリカの政府当局は何も添付文書の改定を指示していないのですけども、珍しくですね、日本の場合は改定をして、24時間の心拍数・血圧・心電図を測ることが追加されていて、そのような仕様になっています。

 小原 はい、ありがとうございました。では、これで予定されていた議題が全て終わりましたので、最後に次回日程の調整をしたいと思います。ご提案をよろしくお願いします。

 内田 7月12日はいかがですか。

 小原 ご都合の悪い方はいらっしゃいませんか。では7月12日木曜日ということで次回を決定したいと思います。長時間になりましてお疲れさまでした。これにて第48回倫理委員会を閉会したいと思います。

 

 

(入力者注)

文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、かなり要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。また、患者名を特定される可能性のある情報など、秘密保持義務に触れる怖れのある発言は曖昧な表現に変えたり、伏せ字にしています。

 

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