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第四十四回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2011年8月30日(火) 18:30~21:20
場所 太子道診療所3階多目的室
出席者 外部委員 小原克博委員長、原昌平副委員長、位田隆一委員、岩橋多恵委員、勝村久司委員、広瀬東栄子委員
内部委員 北村隆人副委員長、内田寛委員、富田豊委員、東正一郎委員、平田恵美委員
事務局 丸山俊太郎
オブザーバー 橋本節子、吉中丈志
欠席 関谷直人委員、井上賀元委員、中村光佐子(特別委員)

議事

小原 それでは第44回倫理委員会を始めたいと思います。今日の議事は資料に記しているとおりですが、若干、時間が掛かりそうなのが(2)と(3)で、上手くこの2つを良いところへ持っていって、なるべく9時前には終わりたいと思っていますので、審議の中でご協力をよろしくお願いします。それでは[(1)臨床研究関連]ということで、富田先生からこの間にあった2件の迅速審査を中心にご報告をいただきたいと思います。お願いいたします。

議事(1)「臨床研究関連」

富田 資料Cで右上に管理番号15番と16番というのが打ってある分ですが、どちらも臨床診断に関わってくる検査です。15番は遺伝子を依頼して検査してもらうというものですが、アンジェルマンという診断をつけて欲しいという内容で、研究というよりも診断を正確につけるという趣旨のものでした。16番の方は、クレチン病という先天性の子供の病気に対するより詳しい診断をしてもらおうという研究で、それに基づいてより正確な治療が続けられるという趣旨のものです。ただ、基本的には普通の医薬品とは違う薬を使うことになりますので、それに関して「病院で了解を取ってもらいたい」と、小児内分泌学会の指針に従って求めてきたもので、副作用についても基本的に今のところ問題にならないということです。そういうことで、どちらも迅速の方でお願いしまして、どちらも了解をいただいて、これは検査を終わっています。
それとP57からは、遺伝学的検査とその他を含む研究申請書の案で、特に遺伝学的検査にフィットする申請書を作っていなくて、委員の方からも「作った方が良いでしょう」という指摘もありましたので、それに合うように、現在に使っている申請書を少し手直しする格好で作りました。P57は仮臨床研究申込書で、これは倫理委員会と直接は関係ないのですが、当院では「研究になるかどうかは分からないけど、取りあえずこういうものを考えているというものがあれば、まず臨床研究部にこの申込書を出してください」ということで、プランを作るところからサポートしまして、結果的に「申請するまでもないな」というものも中にはありますが、「倫理的審査をして進めた方が良さそうだ」というものは、P59の申請書に書いていただきます。それからP61は、遺伝学的検査については現在の申請書の改編だけでは書きにくい項目がありますので、追加資料としてこの用紙に書き足していただき、合わせて審査してもらった方がいいかなと思っています。P63は同意書ですが、遺伝学的検査・遺伝子検査・染色体検査に関しては、こういう用紙を使ってもらおうと準備しました。

小原 現在、既に用いられているのはP59のもので、それ以外のものを新たに作られたということですか。

富田 P59も標題に[遺伝学的検査・その他]というのを付け加えたり、各項目にも少し追加しています。

原 従来のものは臨床研究と疫学研究を扱う申請書になっていましたが、今回の迅速審査の分も、研究というよりは個別の診断という内容のもので、そういうものも審査した方が良い場合があることから、遺伝学的な検査やその他の個別の診療行為についても審査できるような形式に、書類を作っていただいたということです。個別の行為に関しては、どこまで倫理審査をするのかという基準は特にはありませんけども、気になったらやった方が良いのに決まっているという意味で、そういう形にしていただきました。

富田 遺伝学的検査そのものは、毎年毎年、どんどん様子が変わってきていまして、昔は研究分野だったものが数年の内に実際に保険の中の診断に入ってくるということもあって、前は研究的な要素で報告したけど、次の時には診断なので、迅速や付議不要になっていくということがあり得るかなと思っています。

小原 迅速審査2件と新たに作られた申請書の件を一括して、ご質問があれば出してください。

北村 P57の仮臨床研究申込書は、今のご説明だと、これはあくまで研究責任者から臨床研究部へ提出される書類ですから、[事務局]と記載されているのは、臨床研究部の事務局ということですね。

富田 そうですね、研究部の事務局は事務の人が1人、担当してくれていますが…。

北村 明確にするには[臨床研究部]にしておくと良いかなと思います。

原 P63の同意書に[遺伝カウンセリング]というのが出てきますが、これにチェックを入れるというのは、どういう意味合いですか。

富田 いろんな場合があると思いますけども、このフォーマットはわりとよく使われていて、ここに詳しく書いてもらう趣旨ではなくて、「これに関しての説明が落ちていないですね」という意味合いです。遺伝カウンセリングについては、実情とすると、担当医師が直接に遺伝カウンセリングをするケースもありますし、特殊な病気であれば、その病気を扱っている所を紹介して、そこでカウンセリングをやってもらうという形もあり得ますし、いろんなやり方があるかと思いますが、「いずれにしろ、そういうことをやられましたか」という意味です。

原 「やられましたか」というのは、「必要な遺伝カウンセリングが終わったか」という意味ですか。

富田 そうですね、あるいはどこかを紹介する場合もあるので「準備をされたか」ということですね。

原 これは同意書だから、カウンセリングをやってから同意するのでしょ。

吉中 逆でしょう。だって陰性の場合もありますから。

位田 「遺伝カウンセリングがありますよという説明をしたかどうか」というチェックポイントですね。で、遺伝カウンセリングが必要な場合は、その時にするということですね。

原 ちょっとよく分からないのですがね。検査を受けてからやるのが遺伝カウンセリングですか。

富田 いろんな場合があって、結果によっては何回も遺伝カウンセリングが要るという場合もあり得ます。ただこれは、そういうことも含めて「相談窓口があります」「より高度な専門的なカウンセリングを準備する場合もありますよ」という初回の説明になると思いますけど、ここで答えを提示するということではありません。

原 私の理解としては、検査を受けるかどうかという段階で遺伝カウンセリングの必要があると思いますので、こういうふうに書かれている意味合いがちょっとよく分からないですね。

富田 これは同意書段階ですので、「同意をいただく場合には少なくともこの説明をして、チェックを入れてもらわないとダメですよ」という項目にしてあります。

原 とすると、例えば「今後も必要な遺伝カウンセリングを受けることができること」とかですね、そういうふうな表現をされた方がいいかなと思います。

富田 しかし、ここであまり詳しく説明しても…、

位田 説明書の中にそういうことを書けば良いのではないですか。説明書の中に「遺伝カウンセリングを事前にやることもできるし、事後にやることもできます」という説明を書いておいていただいて、「そのことについての説明を聞きました」というのが同意書のチェック項目。

岩橋 そういうふうに理解しないと、この[予想される結果と被験者の利益、および不利益]は、何の説明を受けたかというのはこれで分かるのですけど、例えば[検査結果の報告]というのは、まだ検査に入る前だから…、

富田 …検査結果を伝えるかどうかということについて、説明をしたかどうかなんですね。

岩橋 だからそれと同じように、遺伝カウンセリングは遺伝カウンセリングについての説明を受けたかということで、厳密に言えば「どういうことについて説明を受けたか」「どこまで十分な説明を受けたか」という…、

富田 その中身はここには書いていません。別の用紙をお渡しするか、口頭で説明してカルテに書くか…。

位田 プラダーウイリーの臨床研究では、P25の(10)に[遺伝カウンセリングの体制]というのがありますけど、「こういう説明をしました」というところにチェックをするという意味で、必要な場合には当然、同意をした後にカウンセリングを受けますが、検査を受けないのなら遺伝カウンセリングを受ける必要もないので…。

岩橋 こういう項目に沿った形で、「遺伝カウンセリングの体制についての説明を受けたか」「遺伝子解析の結果の伝え方についての説明を受けたか」というふうに書いていないから、ちょっと分かりにくいのです。

原 まぁ、[遺伝カウンセリング体制]ぐらいにしておいたらいいですね。

富田 そうですね。それも含めてということでしょうか。いろんなケースがありまして、診断そのものについて「診断が黒か白か灰色か」という意味での遺伝カウンセリングもありますし、「その結果、今後どうされますか」「半年経った時点でいろんな悩みが出た時にどうしますか」ということも遺伝カウンセリングに入ってきますので、あまり細かく規定したくないなと思います。

岩橋 P25では、それを含めて体制という言葉を使ってあるのだと思いますから、「どういう体制を組んでいるかということについて説明を受けました」という趣旨だったら、[~体制]ぐらいまでは書いておいた方が良いのではないかということです。

原 それは検討してください。ここにチェックを入れると「遺伝カウンセリングが終わりましたという意味でサインをしないといかんのかな」という意味にも取れますから。

位田 P26の[意思の確認書]は同意書と同じだと思いますが、このチェック項目は非常に細やかで、下から3つ目には[不安や相談がある場合、遺伝カウンセリングを受けることができます]とあって、「その説明を受けました」とチェックするようになっていますが、このP63もそういう意味の[遺伝カウンセリング]だと思います。

位田 分かりやすい表現の方が良いということで…。

小原 説明に洩れがなかったかというチェックなので、その点ではこれで良いのではないかなと思いますが…。

位田 他のところでもよろしいでしょうか。P59の[臨床研究等申請書]のところに[遺伝学的検査]とありますが、P61の[追加資料]の遺伝学的検査のところには[研究方法]というのがありますが、遺伝学的検査を研究としてやられる場合もありますし、臨床の診断のために使われる場合もあるので、臨床の診断だと特に倫理審査をする必要もないと思いますね。だから、診断とハッキリ分けておかれた方がよいのではないかと思うのですけど。というのは、プラダーウイリーの方の課題名は[~関連疾患の体系的遺伝学的診断に関する研究]なので、これが研究だというのはよく分かるのですけど、[遺伝学的検査]と書いてしまうと、研究と診断の両方にかかることになりますから、ちょっと誤解を生むのではないかなという気がします。

富田 そのとおりですけども、特に遺伝子に絡むところは「1年前は研究でしたが、だいぶ臨床に近づいてきました」というふうなこともあり、プラダーウイリーの分も実情としては各大学で特別に研究している人が少人数おられて、これはまだ保険に入っていませんので、例えばいろんな病院からの検体をかなりサービスで受けつけているのです。このように実際には線が引きにくいのがたくさんありますので、ハッキリと研究と言えるものは研究という趣旨のまとめ方をした方が良いかなと思うのですけど…。

原 今おっしゃっているのは、P61の表現の話ではないのですか。[研究方法]というのを例えば[検査方法]として、[その他の研究]というのは[その他の診療行為]でしょうかね。

位田 研究に使わないのであれば…、

原 研究は別途にあるわけでしょ。

位田 別途にあるはずですけど…。だから、P59の方は[遺伝学的検査]というのがタイトルに入っていて、これだと遺伝子解析研究と遺伝学的検査を用いた診断との両方が入ってしまうように見えるのですね。

富田 あえて入れているわけです。と言うのは、12学会とか医学会がまとめて出したやつがありますが、そこに[遺伝学的検査]という言葉が出てきまして、そのへんが重なるような感じで書いてありますので。

位田 ええ、あそこに「遺伝学的検査を診断に用いるケースと、研究に用いるケースがある」と書いてあるので、これも両方を含むのであれば、確かにそれでいけるのですけど。

富田 両方を含む形にして、中の書き方をキチッと研究なら研究らしく、検査なら検査として書くということにすれば、別々にすることもないかな…。

位田 診断であれば特別のケースを除いては多分、倫理審査は要らないのだろうと思うのですけど…。

富田 だから、「もう回さなくていい」という流れにするのであれば、そういうのもあるかなと思います。

位田 遺伝子検査をした結果、「この病気か、そうでないか」という判断が確立している診断であれば、回す必要はないと思っているのですけど、問題は、その材料を使って、続きで研究もされる場合は、研究として出される必要はあると思うのですね。

富田 必ずしもそこらへんまで踏み込んで…、ちょっと状況が分からないこともあります。

位田 だから、その先生がどちらのつもりでやられるのかによって、少し違ってくるかなということです。

富田 それは請け負ってくれる大学側が、どういう研究プランでやられるかのかという…、

位田 そういうふうになると、もう研究に入ると思いますし、この病院だけで遺伝子解析して、その検査に使って診断するというのであれば、別に大学とは関係ありませんから…、

富田 当院だけというのは、診断だけをつけてもらって終わるというのが、今のところはほとんどです。

吉中 12学会では「そういう場合もきちんと対応しないといけない」というようなことだったと思うのですけど、最新のやつはちょっと変わってきています。

位田 当初は10学会で、それを今度は高久先生が「全体に被せましょう」というので、日本医学会で新しく、10学会よりももう少し一般的なものを作ったのです。例えば先天異常学会とか産科婦人科学会も入っていたかな、「遺伝学的検査を使う時には全部、こういうことに気を付けましょう」と一般的に書いてあるので、10学会の方が詳しいのです。10学会はそれ以外の学会の意見を採り入れていないので、それ以外の学会も含めようと思うと、10学会のでは少し詳しすぎて、当てはまらないところもあったものですから、もう少し一般的にしてありますが、考え方は変わっていないのです。

吉中 乳癌の患者さんの遺伝子型を調べて薬物の選択をするというのは、基本ベースが確立している部分がありますよね。その時に、説明をして承諾をいただくという手続きが必要なのかどうかというので、前に議論した時に「やっぱり必要だな」ということだったと思うのですけども…、

位田 説明をして同意をいただくというのは必要だとは思いますが、倫理審査が必要かどうかと言えば、そういうのはいちいち要らないのではないかと思います。で、説明して診断してもらう時に「遺伝カウンセリングがありますよ」という説明は当然、要ると思います。で、必要があれば遺伝カウンセリングを受ける。その説明をして患者さんが「どうぞ検査をしてください」とおっしゃって、その検査の結果が例えば乳癌とすれば、家族性の乳癌もあり得ると思いますが、それはそれで一つのクローズドなサークルです。その結果を使って、他のと比較して研究するという話になると、倫理審査に出してもらわないといけない。

小原 位田先生、今の議論で問題点や全体像が見えてきましたが、そういう事情を照らし合わせてP61に戻ると、表現面で具体的にどこをどういうふうに見直すと、よりハッキリするとお考えですか。

位田 だから[遺伝学的検査]と書かないで、[遺伝学的検査を用いる研究]とか、もしくは[遺伝子解析研究]というふうに入れていただくと、研究だけということになって、倫理審査をする場合にハッキリすると思います。ただ、先ほどのご説明では「診断のための遺伝学的検査でも倫理審査に出すケースもあるのだ」とおっしゃったので、それだと[遺伝学的検査]と書くしかないのですけど、その時には「研究と診断の両方がありますよ」ということがハッキリとここで分かった方が良いので、[研究・診断方法]とか、そういう書き方をした方が…。

小原 [研究]と出ているところを全部、[研究・診断]と並記した方が良いということですね。富田先生、それでだいたい意図は伝わるのですね。

富田 ええ。ただ、その両方のどちらか、こちらも判断を迷うのがあるのですが、これまで出るのを見ていますと、実際にはここのスタッフは診断ということだけでしか動いていなくて、研究という中身にはほとんど関わっていないということが分かってきましたので、研究と診断をハッキリと分けてしまって、むしろ[遺伝子研究]というのは削った方がスッキリするのかなという実情もあります。そういうふうにしましょうかね。

原 むしろ申請書のタイトルの[臨床研究・疫学研究…]に、さらに[遺伝子解析研究]も入れてしまって…、

富田 遺伝子解析研究が出ないと思います。

原 「出ない」と言うたって、この間のプラダーウイリーはそうですよ。もう一つの方は個別の診療ですけど。

富田 実情としては検査依頼という中身ではありますので、向こうの意図が十分に掴みきれないというところもあってですね、用紙をたくさん作るのも煩雑なので、まとめてしまって、どちらでも使うような格好で考えていたのですけども…、

原 まとめても良いのですけど、研究であるのか、個別の診断・治療であるのかというのをハッキリさせないと、対患者との問題でも良くないと思いますね。

富田 ご主旨は分かるのですけど、実際問題は、こちらが主導権を持つものはハッキリと判定できるのですけど、特に特定の大学が請け負って検査をやりますという格好でやっているのは、研究と考えて本当にやっているのかどうかは、プラダーウイリーの分でも分からないですね。

原 これは明らかに研究でしょ。名古屋市大の研究の審査報告書も書いてありますから。

北村 当院の診療責任者の考えはおいといて、遺伝学的検査が行われる場合は2つに分けられ、1つは既に医学的に確立した検査で研究ではない場合、もう1つはまだ研究段階でこれも研究に続けられる場合ですね。

原 3つじゃないですか。要するにもう保険診療のレベルのものと、全くの研究段階のものと、研究ではないのだけど保険が通っていないようなものも結構あると思うのですけどね。

北村 もし、その3つに分けるとして、既に確立して保険収載されているものは当然、同意書だけで通る。その間のグレーゾーンをどうするかはまた考えなければいけませんが、まだ研究段階というのは、やっぱり研究としてここで議論するという位置付けにしけなければ、拙いのではないかという気はします。

富田 もちろん、そのとおりです。問題はその灰色のところで、それが微妙なんですけどね。

位田 グレーゾーンは、まだ保険が効かなくて、確かに確立していないかも知れないけれども、患者さんから検体をいただく時は「多分、これで診断できると思うから、そのために検体をいただくのですよ」という説明をするわけですよね。ただ、それ以外に使うのは多目的利用になって、倫理的ではなくなりますから、保険が効くか効かないかということだけがグレーゾーンなんですね。

富田 それもありますし、「出るか出ないかも分からない」というのもあるのですよ。このプラダーウイリーとアンジェルマンもそれに類する気がするのですけど、特に遺伝学的な検査が増えてきていますから、1つの原因で症状が現れる疾患と思われていたのが、実はいろいろな原因が複合している場合があって、「その中にわけの分からないのもあって、診断がつくかどうかも分かりません」というのもあります。

位田 プラダーウイリーとかアンジェルマンというのは、どこに欠損があるとか異常があるといったことがある程度は分かっているのだけど、「15番染色体上にこの2つが出てくるので、それを体系的に診断しましょう」という研究ですよね。検体をいただく時に「プラダーウイリーだと思うから、まだハッキリしていない部分もあるのだけども、診断するために検体をください」と言った時には、その診断をするためだけにしか使えないわけですよね。「これはまだ確定していないから、もう少しいろんな研究にも使わせてくださいね」という話なら、そういう同意を取っておかないといけませんし、その時には研究の部分に入るので、遺伝子解析研究という形で倫理審査が必要になると思うのですね。要するに、使えるか使えないかだけの話だと思うのです。

吉中 この申請はそういう研究ですよね。

富田 確かに、研究に近いものであろうということはあるのです。申請書を別にするのではなく、中の文章でカバーしたらダメでしょうかね。遺伝子検査に関しては、研究の分だけは申請書を書いて倫理審査に回してもらい、日常診療の延長線上の検査・診断だけという趣旨であれば、出さなくても良いというふうに分けましょうか。

原 日常診療の延長線上でも、審査しても良いと思いますよ。

富田 ただ、しなくて済むのであれば、できるだけせずに、できるだけ早く回してあげたいと思っています。

原 しなくて済む方が良いというのは、必ずしもそうとは言えなくて、審査を受けた方が安心という場合もあるわけで、後からトラブらないために、「個別診療だけど審査を受けましょう」という場合もあり得るわけです。

小原 とにかく[遺伝学検査]とした最初の意図は、研究の部分と診断の部分の両方を包括したいということでしたよね。ですから、診断の部分を排除してスッキリとさせようとするより、どちらもカバーできる形で文言を整えた方が、最初の趣旨にもマッチすると思うのですけども。

富田 別用紙を作るのではなく、両方を入れた方が良いのでしょうか。

小原 別にすることもできるでしょうけど、今、問題になっているのは、P61の1.では[1)研究方法]とだけ書かれいて、診断の部分が抜け落ちているので、ここの表現をより包括的にして、[研究・診断方法]というふうに整えていければ、研究と診断とグレーゾーンのところもカバーできますので…。

富田 ここの入口のところを両方に分けて、そこで書けるようにしたいと思います。

原 そこは[研究・診断方法]でも[実施方法]でも良いと思いますが、全部の遺伝学的検査を対象にした用紙であるとすれば、「遺伝子解析研究であるのか、個別の診断目的の検査であるのか、どちらですか」という選択肢を最初に置いておけば良いのです。そこをクリアにしておけば、別に1枚の用紙でも構わないと思います。

富田 フォーマットとしてそれを書くということですね。それの方が明確ですね。

原 ここで想定している[その他]というのは、研究ではなく診療行為的な話ではないのですかね。幹細胞とかをやるわけではないでしょう。

富田 ただここを[診断・その他の研究ないしは診療]とすると、診療は申請する必要はないですから、何と書けば良いのでしょうか。

原 理論上はガイドラインでカバーされていない研究はありますから、[その他の研究]があっても良いですけどね。他の個別の診療行為みたいなことも含めて、審査をしてもらいたい場合に倫理審査ができる形にするなら、それで良いと思いますので、[その他の研究とか診療行為]でも良いように思うのですけどね。

吉中 「臨床・疫学・遺伝のどれにもピタッと来ないような」という意味ですね。

富田 まだそういうのは出ていませんけども、趣旨としてはそうです。いずれにせよ、そういうのが出た場合には、補足資料を付けないと分かりにくいでしょうから、そういう格好になるとは思いますけど。

原 そういう個別の行為の場合は、その都度やっても良いですけどね。

位田 ただ、どれにあたるか分からない場合は、ここに書いておいていただいたら、「実はこれは臨床だ」というケースもあるでしょうしね。出てきた時に判断するというので良いのではないでしょうか。

富田 この1年ぐらいはそういうのはないです。

勝村 結局、どういう文言になるのですか。

小原 まず、1.の最初のところで、研究か診断のチェックをする項目を付けるということですね。それによって結果的にこのフォーマット自体はカバーできますよということですね。それでよろしいですね。

北村 それで良いのかな。遺伝学的検査の全てについてこのフォーマットを出さないかんという話ですね。例えばダウン症とか、一般的に行われるようなものも全て出さないといけないということになると、現場は大変になると思います。

富田 そういうのはここに出すつもりではありません。

北村 先っきのグレーゾーン以降、研究という要素が少しでも混じりそうなものは基本的に出してもらう?

富田 どこかに依頼したり、ちょっと特殊な場合ですね。

原 線引きがハッキリしないようなものは出した方が良いですね。

吉中 日常臨床の診療報酬収載の検査は、申請は要らないということですね。それも増えてきているので…。

勝村 それは要らないけど、文言はこのままということですね。

原 というか、「保険外のもので審査をした方が良い場合が時にはあるでしょう」という話でしょ。どちらかと言うと、やらないで良い場合が多い思うのですけど。

 

議事(2)「宗教的輸血拒否に関するガイドライン関係」

小原 それでは、そういう形でまとめていただきたいと思います。では、[(1)臨床研究関連]はこれで終わりまして、[(2)宗教的輸血拒否に関するガイドライン関連]ということで、私はこれに触れるのは初めてですが、先ほど聞いたところ、昨年の6月が議論の最後で、かなり空いていますから、分厚い資料Bがありますが、もう一度、北村先生からポイントを説明していただ来たいと思います。あまり店晒しにするのは良くありませんから、なるべく今日に上手くまとめることができればというふうに思っておりますので、協力をお願いします。

北村 資料Bが[「エホバの証人」信者の輸血拒否に関するガイドライン]というものが含まれている資料です。その内、P1~10がガイドラインそのもので、P11~14が、輸血拒否をされる患者さんあるいは代理人の方に対して、お渡しして同意いただく証明書というもの。それから、当院のガイドラインを作成する主な準拠元となった、宗教的輸血拒否に関する合同委員会報告というもののガイドラインが、P15以降に掲載しています。それと、ご説明に際してのレジメをお配りしましたので、これに基づいて簡単に説明させていただきたいと思います。
今回が初めての方もいらっしゃいますし、1年間も空きましたので、これまでの経緯を簡単に振り返るところから始めさせていただきます。何故、宗教的輸血拒否ガイドラインを作成することになったかということですが、これは2つの理由がございます。過去に当院で作成したこの問題についてのガイドラインがあるのですが、「患者さんが輸血を拒否しても、医者の判断で輸血しますよ」という内容だったのですね。つまり、患者の自己決定権よりも医師の救命義務を優先した内容だったのですが、時代の変化がありまして、患者の自己決定権を尊重するべきだという社会的コンセンサスの変化がありました。すると当院でも、患者さんの権利章典というのを採択しまして、そこで「患者の自己決定権を最大限尊重します」という内容の確認をしたのです。この社会的変化と当院の状況の変化に合わせると、宗教的輸血拒否のガイドラインも、医師の救命義務よりも患者の自己決定権に軸足を移したものへ変更する必要があるということで、今回、作成することになったという次第です。
で、この委員会で行われた議論を簡単に確認しますと、これまでの議論は今のところ3つのステップを踏んでいます。1つ目はこの問題についての事情を共有するために、まずこの問題についての学習を行いました。その後にエホバの証人の方をお呼びして、教団のご意見を伺った。で、3つ目がガイドラインの第1次案を作成し、ご議論いただきました。このご議論をいただいたのが2010年6月で、ここで止まって1年2ヵ月が空いております。 今回、提出しましたガイドライン案は、2010年6月の案をここの委員会での議論を踏まえて修整したものですが、その修整点についてご説明したいと思います。
前回の中身はほとんどご記憶がないと思いますが、まず1つ目は、構成を大きく変更しました。前回は、ガイドラインの前半にエホバの証人に関する基礎的な情報を書いて、その後にガイドライン本編という構成にしていたのですけども、利用する職員がまず到達したい部分は、ガイドライン本編だろうということで、前に本編を置いて、後に基礎的情報を載せるという構成にしております。
2つ目の修整点ですが、前回は教団に対してかなりオフェンシブな内容の記載になっていました。何故、そういう内容になっていたかというと、それぞれの信者さんに対して教団が抑圧的に作用する面があるだろうということで、「教団からの圧力がある中で下される自己決定というものが、本当に信頼に足るものかどうか」という疑問がありましたので、「教団の考えよりも患者さん本人の考えをちゃんと理解しましょう」というような内容にしたのですが、やや教団に対してオフェンシブになるので、「突き詰めて考えるとそれは拙く、そういうのは載せない方が良い」というご意見を前回にいただき、信者の方々のお気持ちを考えるともっともなご指摘だと思いましたので、今回はそういう内容を一切省いて作成しております。
3つ目は、15歳から18歳の方に関する取り扱いを修正しております。昨年6月の時点での内容は、「教団からの圧迫を受ける中での自己決定というものは、果たして信頼に足るものか」「十分に信頼できないのではないか」という前提に立つと、後期思春期にある方の自己決定については慎重に取り扱うべきだと考えて、[親権者と当事者の両者が輸血拒否をする場合でも、最終的に必要な場合には輸血を行う]という内容を提案させていただきました。しかし、この点については「問題があるだろう」というご意見をいただきました。そのご意見をまとめますと、「15歳未満の方であれば、親権喪失の申し立てを行って、代理親権者が同意するという形で輸血ができるだろうけど、15歳から18歳には認められないだろう。だから、この年齢については、親権者と本人が輸血拒否する場合には、無輸血治療を貫かざるを得ない」ということでした。そのような判断に基づきますと、合同委員会のガイドラインと同じ意見になりますので、ほぼそれを踏襲した内容に修正しております。
4つ目は、患者が意思決定能力を欠いている場合の対応について、修整を行っています。前回の版では[患者の推測意思に従って決めます]という内容になっていたのですが、これには「なかなかその意思を推測するのは難しいし、手順に盛り込むのは実際的ではない」というご意見をいただきましたので、今回、[推測意思は尊重するけれども、あくまで意思決定は家族あるいは代理人の判断で下せば良い]という内容に変更しております。
この他、若干、細かな文章表現上の修整はしておりますが、本筋に関係ないところなので、説明は割愛します。
次に、特にご議論いただきたいその他の点です。合同委員会ガイドラインに準拠して作ったものではあるのですけれども、実際の運用上で困るところがありまして、これについてご意見をいただければと思います。具体的にはP5の[決-3患者が15歳未満の場合]の[決-3.3親権者の2名とも輸血を拒否する場合]で、ここには[親権者の理解を得られるように努力し、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に必要になれば輸血を行う]とあり、その後、[親権者によって治療行為が阻害されるような状況になれば、親権喪失を申し立てて、親権代行者の同意書を得て、輸血を行う]という中身に合同委員会ではなっていますので、そうしたのですけれども、これだと、阻害されるような状況でなければ、わざわざ児童相談所に連絡をしないで、当院で輸血を行うことになってしまうのですが、誰にも同意書を取れないことになってしまいますので、「誰から同意書を取ればいいのか」「同意書なしでも良いのか」、あるいは「児童相談所通告を全例に行うのか」と、「しかし緊急時の場合に、そういうことが即応ができるのか」と、いろいろ考えても結論が出ませんでしたので、皆さんにご議論いただいて、ご意見をいただければと思います。一応、私が用意した中身は以上です。

小原 ありがとうございます。議論すべき点は分かりましたが、既に出されている合同委員会ガイドラインとの相違点というのは、大きいものはありますか。

北村 基本的にはほぼ同じでありますが、準備段階で必要な情報をまず最初に収集して、その後で決定がくるように、フローチャート的に書き換えたということがあります。また、合同委員会ガイドラインでは[当院が無輸血治療は難しいと判断した場合は、他に転院してください]という話が載っているのですが、「これはもうしないよ。自己決定権を尊重して当院でやりますよ」としましたので、そこは割愛をしています。大きく違うのはそういうところでありましょうか。

小原 そして、合同委員会ガイドラインでは[15歳未満の者については、いったん親権を喪失させて、新たに違う人の同意を得る]というプロセスを記しているということですね。

北村 そうです。「~全く得られず、阻害される場合にはそうしてくださいね」と書いています。

小原 そして、阻害されない場合については書いていないということですね。かなり論点も整理されていますので、まず構成等、全体をざっと目を通していただき、さらに今、お話しいただいたP5の[決-3.3]の部分を特にどうするかということをご議論いただければ、ある程度は固まるのではないかと思いますので、どうぞ自由に質問なり、ご意見なりをお出しください。

位田 ちょっと2点、事実確認ですけど、免責証書は普通、エホバの証人だったらいつも持ち歩いているという前提だと思うのですが、その場合にもP12やP13に載っている書類を書いてもらうということですか。

北村 そうです。いわゆる教団発行の事前指示書をお持ちでいらっしゃることは確かなんですが、それは当院と患者さんの契約の話ではなく、当院と患者さん、あるいは代理人との契約の中身にする必要があるということで、やはりこれをいただかなければいけないということです。

位田 では、「これは書かないけど、私は持っているからいいんだ」とおっしゃった場合はどうされます?

北村 これを取れないと、次に進めないということですね。

位田 それともう1つは、少し長く入院している時には十分にいけると思いますけど、救急なんかで来られる場合には、こういうことはやっていられないですよね。でも、本人は持っているということが現実にありますね。

北村 前回は「そういうのは輸血すべし」ということにしていたのを、「本人さんの事前指示書があれば、それは尊重せなあかん」ということになってきたのですが、今回は合同委員会ガイドラインに基づいた話に戻したので、そこは書けていないですね。ただ、この病院の一つのの原則としては、患者の自己決定権を尊重したいということですから、緊急の場合は、病院と患者さんの間の免責証明書がなくても、本人がそれに該当するものを持っていれば、尊重しなければならないということに、結果的になるのですね。先ほどの話も、「輸血同意書に同意してもらえない場合は、輸血できない」という話でしたので、免責証明書にサインされなくとも、輸血同意書にサインをされなければ、輸血を行えないままになってしまうと思うのですね。

小原 特殊な状況ではなく、通常に輸血しようとする場合には、輸血同意書を必ず書くのですね。では、ご本人の意識が無いような、緊急の場合はどうなんですか。

東 緊急の時は、「必要があった」ということで後で書いてもらうという、事後扱いで良かったと思います。

小原 その場合も、ご家族の方を捜して「輸血しますよ」というようなことは特にしないで…、

東 必要性があって、エホバの方というようなことがなければ、多分、同意書が無いとできないということではないと思います。普通は必要な処置をして後で同意書をいただくという、事後承諾は必要だとは思いますが。

位田 もちろん、本人の意識が無いというのが前提ですけど、「近親者を捜すという努力をしないといけないかどうか」というのも問題ですけど。

吉中 診療行為の妨げにはしないけども、輸血とかだけでなくて、一般的な意味で必ず捜しますよね。

位田 で、見つかった場合には、そっちの方にいくという話になりますよね。

北村 今のお話は、患者が18歳以上で、患者に意思決定能力が無い状態で運ばれてきて、かつ代理人が今はいないという場合で、このガイドラインに則れば、代理人の判断が得られない限りは動けないわけですね。その場合にどうするかということですね。どうしたら良いのでしょうね。

吉中 そういう場合は、エホバの方かどうかも分からないという事態がいちばん想定しやすいですよね。

位田 エホバの方であれば、免責証書もしくはそのコピーを普段から持っているはずというのが前提です。持っていなかった時は、「分からなかった」ということでいけると思いますけど。

吉中 そうすると、意思決定能力が無いような状況下で緊急に運ばれてきた場合に、エホバの信者さんかどうかということを確認する手順が要るということになりますか。

北村 確率的には非常に低いですから、いちいち輸血の時に確認する必要はないと思いますが、偶然に発見されることはあり得るので、考えとかないけないでしょうね。

位田 身元を確認するために当然、財布などを探られますよね。そこで免責証書が出てくるのですね、基本は。

吉中 その場合は、こういう書式はなしで、それを受け止めるかどうかということですね。趣旨から言うたら受け止めなければいけないけども…。

北村 自己決定権を尊重するという点ではそうですね。

富田 その前提を教えてください。エホバに入っておられる方であれば、全員が輸血拒否ですか。「エホバだけども輸血は受けますよ」という方もおられるのですか。

吉中 段階があるのです。

位田 非常に敬虔なエホバの人と、ちょっとそうでもない人もいるみたいですね。

富田 本人の意思の確認もできないという状態では、必要であれば確かに無前提で輸血をしますから、結局、「輸血をしないでもいい」という証明を得るということが問題で、そうでなければ、輸血をせないかん。だから、その証書が出たからといって、「それでしない」ということにはならないのではないですか。ダメなんですか。

吉中 それが本人の物かどうかも分からないしね。

岩橋 脳死臓器移植があるようになって、今は国民健康保険証に意思表明をチェックする欄があるでしょ。あの用紙でない物に書いていたからと言って、「真正ではない」という判断はできないと思うのですね。だから原則は、明示の意思表示をしているという前提なので、自己決定を尊重するということからいくと、無輸血でやらないと本来はいけないですよね。

北村 例えば先ほどの免責証明書みたいなものを書いていただいた場合は、いわゆるインフォームされた上での自己決定だということで、輸血を行わない意思が堅いと分かるのですね。ただ、ご本人がお持ちの場合、それがどの程度の自己判断かというところが、正直言って、弱いのではないかという気が僕はしているのです。熱烈な信者で、しっかり分かって書いた方と、「なんとなく皆がやっているから、自分も書いておこう」という方が混じっていると思うので、そういう混じったものを根拠に、自己決定ということを最優先して、「しない」ということは問題があるのではないかと、個人的には思います。

位田 だから、意識がしっかりしていれば、それはいけると思うのですが、緊急の場合は難しいと思います。

原 ただ、そもそも輸血の話が自己決定論で決まるというのは、「無輸血イコール死ぬということではないですよ」という話が前提にあるわけですね。だから、そこには本人の選択の余地があるのですよということで、そういう判例も出ているわけです。そういうことで言うと、一応、本人の署名で書いたものがあれば、本人の意思と推定されますよね。それを持っていた場合に、「どこまでインフォームドされているか分からないから」と、デフォルトを輸血してしまう方にするのは、やっぱり無理があるのではないかな。輸血をするのが原則なのか、無輸血が原則なのかという話は、判例から言うと、どちらかが原則だという話ではないと思いますけどね。

北村 少なくとも、本人さんが事前指示書を持っているだけで証明書が取れない場合は、まず輸血しないということはあり得ないということですね。

原 持っていたら、もう止めておいた方が良いと思いますね。

北村 それが不確かなもので「輸血しますよ」ということは、ロジカルにあり得ないということですね。

原 要するに、「確実性とかインフォーム性が足りないかも知れない」と言って否定的にかかるというのは、ちょっと無理があるような気がします。

広瀬 エホバの方が来られた時に、「命が欲しくなって輸血をした場合は、排斥されるのですか」と聞いたら、「そうではありません。いつか許されることがあります」と言われたのですね。それで、意思を確実に確かめないとダメやということになるなと思ったのですけど。

原 そら、確かめられるのだったら、確かめた方が良いと思うのですけど…。

岩橋 だから、無輸血治療をしながら、できるだけ身内の人を捜す手立てをやるかですね。

小原 ただ、身内の人を捜して、余計に厄介な問題が生じる可能性がありますね。つまり、ご家族の中でその人だけがエホバの方だというケースもたくさんありますから、ご家族が「輸血せい」と言っているのに、医師が「いや、ダメです」と言うと、捻れた問題になりますよね。

岩橋 無輸血で万が一、悪い結果になった時、後で出てきた遺族が文句を言わはる場合は考えられるのですけど、基本的には「できるだけ無輸血でやって、その状況の時には緊急輸血する」ということでしたか。

北村 18歳以上の方の場合は[本人さんに意思決定能力があれば、家族の意見は関係なく、本人さんの判断でやるかやらないかが決まる][本人さんに意思決定能力が無い場合は、基本的には代理人の判断ということになる]ということですね。

吉中 意思決定能力も代理人もなくて、証書だけが出てきた場合、それに従った方が良いということですね。

小原 それついては、特に合同委員会ガイドラインでは記されていないということですか。やはり緊急時こそ役に立つのがガイドラインの役割ですから、そこは入れておいた方が良い項目かも知れませんね。

吉中 書いてありますね。P19の脚注の注1がそうですね。

岩橋 [様式1による証明書が望ましい。ただし、緊急を要する場合は本人持参の免責証書を有効と見なす]とあって、要するに造詣とか、どのくらい理解しているかなんていうのは、様式1を見ても分かりませんから、意思の表明という点では同じで、後で「錯誤だった」と言われても判断できません。

原 まぁ、免責証明書を持っていたら、そこのリスクは本人が被ってもらわないと仕方がないでしょうね。

位田 その免責証明書は去年に書いたものも、5年や10年前のものも、もちろんあるのですけど、できるだけ定期的に書き換えるように、教団では勧めているとは聞いています。

富田 有効期限が書いてあったり、本人であることを証明する写真か何かを付けたりしているのですか。

位田 有効期限は書いておらず、写真もなかったと思います。本人が「何の何兵衛」と言っていて、その名前の証書を持っていれば、写真はなくても確認できますから。

富田 本人の意識がなければ…、

岩橋 でも、「積極的にそういう意思を表明したくない」という人だったら消すだろうし、それを持っていないだろうという前提だから、本当なら古い物でも良いのでしょうけど、消し忘れていることが…、

富田 それはちょっと危ないと思いますね。いわゆる小児虐待の問題に関わったこともありますけど、これには同様の犯罪が隠れている可能性もありますよ。本人の意識が無い時に、家族が持っている証書を「ありました」と言って出す可能性もあります。

位田 ただ、それを現場では判断できないですよね。原則が患者の自己決定権の尊重ですから、自己決定を示す物があれば、それは真正の物だと推測するしかないと思うのですよ。あんまり古いのが出てきて「意思が変わったかも」と思えば、エホバの証人の医療機関連絡委員会というのがあるので、ここへ電話して「この人は本当に信者さんですか」と聞けばいいのですよね。エホバの証人らしき人が出てきたら、まずここに電話するのが…。

富田 確認の作業をできる余裕があれば、もちろん、それをキチッとやれば良いのですけど、いちばん問題なのは、その余裕もなく、持っているだけで…、

位田 …ない時は、持っている物から推定するしかないと思います。

富田 その推定といっても、犯罪が隠れていたら、これは見破れませんよ。

岩橋 それを言いだしたらキリがない。

富田 キリがないのではなく、実際に増えていますから。家族だといって信用できるものではないのですよ。

原 ただ、今は「無輸血治療をすることが虐待とか死なすことにつながる」という話にはなりませんから。

富田 輸血しなければという場面は限られたところかも知れませんけど、「やるか、やらないか」の選択を迫られるわけですから、あまり安易に推測するのはどうかなと、一抹の不安があります。

原 逆に言いますと、最高裁判例があるわけで、「本人の意に反して輸血をしたら賠償せないけませんよ」という話ですから、それを前提にしないと…。

勝村 臓器移植でドナーになるということと比べたら、治療法の選択という要素が強いのですよね。

岩橋 一般に「意思が有る」というふうに推定する場合、本当に真意かどうかというのをキチッと見ていかないといけないので、それを安易にやってはいけないとは思います。ただ、エホバの証人は特に無輸血治療をやっていく道もあるわけだから、本人の選択を優先させたら良いのではないかと思うのです。そこにおっしゃるようなものが紛れている可能性も無くはないのだけど…、

勝村 ただ、それでも治療を止めるわけではないので…。もし、薬害エイズがもっと広まり、しかも治療法がなくていっぱい死んでいったとしても、エホバの証人だけは生き残る可能性があるわけですよね。これは極端な話かも知れないですけど、やっぱり選択は選択なので、念のためにその方向で努力する…。

位田 無輸血治療というのは、「輸血をしないから何も治療をしない」というわけではなくて、「輸血はしないけども、一生懸命に治療します」というのが前提だから、無輸血治療をやってみたけど助からなかったという方が確立は高いけど、輸血しなければ必ず死ぬというわけではないですね。

富田 今は輸血しないでやるという治療法もかなり定着していますから、そのことが前提だと…、

原 勝村さんがおっしゃったように、臓器を取り出すというふうな話とは性質が違うので…。

富田 いや、要するに臓器移植での虐待の…、

勝村 虐待している親が「臓器提供します」というのがいちばん怖いですよね。

位田 多額の保険金を掛けておいて、「無輸血でやって」と…、

岩橋 脳死移植の議論の時に、「虐待の隠蔽に使われる」ということが言われていましたね。

勝村 「無輸血だけど、治療は一生懸命にしてください」と言っている場合、それとはちょっと違うかな。

吉中 ウチの病院でいちばん可能性が高いのはお産ですね。お産で大量出血すれば輸血して救命するのが普通で、意識がハッキリしていますから対応できるとは思いますが、逆にそういう場面だと、医療者の側の気持ちの整理というようなことが多分、必要になるのでしょうけど、問題意識がいちばん強いのはそういうことですね。

勝村 出血が止まらずに焦ることが日常にあるのですね。ただ、薬害肝炎の被害者のほとんどは出産時に感染している。

位田 ただ、出産時に輸血する必要がある時には、事前に輸血の同意を取られているのではないですか。そうでないと輸血できないのですけどね。

勝村 出産はわりと時間があることが多いけど、緊急もあるな。

位田 だから、正常出産であろうと推定される場合であっても、「もし緊急のことがあった時には輸血します」という同意書を取られているわけですね。

吉中 だからエホバの方だと、その時点でストップするけど、ウチの産婦人科は「それは仕方がない」とややおおらかに構えて、一応「そういう人も診ていこう」というふうになっているのですね。

北村 婦人科病棟の平田師長がいらっしゃるので、実情とかを簡単に教えていただければ…。

平田 正常の分娩の方に関しては、輸血の同意書というのは取っていないのですね。超緊急を有するのに、お産の最中に胎盤が剥がれてしまうという、上位胎盤早期剥離というのがあって、何ヵ月か前には、来られた時には赤ちゃんの心音も取れなくて、かなり出血されていて、来られて30分以内に手術室に運んだという症例があったのですけども、その方は、輸血をしなかったら絶対、命は助からなかったと思います。

小原 この場合は、同意書を取って輸血したということですか。

平田 そうです。で、普通であれば、手術してしまってお産が終われば、お母さんも安定されるのですが、この方の場合は進行がかなり早く、状態が悪くなってから来られていたので、病棟に戻って来られてからDICという症状が進んで、検査データもどんどん悪くなってしまって、この時に初めて輸血の同意書を取るという形になったのですが、その時はご本人さんも意識はしっかりしておられて、「それでも輸血をしないで欲しい」という意思を確認できました。でも、本人さんの意識が失われている可能性もあるので、本人さんの意思を確認できないまま、ご家族の方に「輸血していいですか」という形で輸血させていただくケースもあります。

位田 正常な分娩だと予測していて、突然に異常分娩となって輸血が必要になった場合、どうされるのですか。

平田 急いでご家族を呼ばせてもらったりして、その場で緊急に取りますね。私が経験した感じでは、今までは本人の方の意識がなく、ご家族もいない状態で、勝手に輸血したという事例はなかったと思います。

位田 どこかの段階で同意は取っているということですね。

勝村 エホバではなければ、大概、大丈夫ですね。

平田 帝王切開を予定していた方でエホバの方も過去にはおられましたが、その方はそんなに深く信仰されていなかったかどうかは分からないのですけど、「緊急の場合はしてもらっても結構ですよ」ということでした。

勝村 エホバの方でも自己血輸血は良い人と悪い人がいるということでしたが、予定の帝王切開なら、自己血輸血でやれれば良いのですけどね。P19の脚注の注1みたいな話は、どこかに入れておいた方が良いですね。

小原 そうです。P4の決-1では免責証明書のことだけを書いていますけど、「これがなくても本人が持っている物を有効と見なす」という文言を、どこか下の方にでも入れておいたら良いと思いますね。

北村 それを持っている人が、年齢で言うと[15歳以上ならば有効と見なす]ということになりますね。つまり、15歳未満の子が例え持っていたとしても、無効というか、気にしないで良いと思います。

小原 合同委員会ガイドラインでは、P15の1)の(1)に注1は付いていますから「18歳以上で持っていた場合は、それを尊重せよ」ということですね。逆に言うと、18歳未満の場合には別の問題が生じてくるということですね。

原 18歳未満は、ここに出されているガイドライン案では、本人意思が絶対優先ではないでしょ。本人に意思決定能力があって拒否している場合でも、親権者が…、

北村 そうですね、[親権者の1人が輸血を希望する場合は、輸血をする]のですよね。

岩橋 だから、それがあっても親権者も同じ意向でないといけないし…。

原 だから、今のところが関係してくるのは、決-1.2の18歳以上で意思決定能力が無い場合ですよね。

勝村 「意思決定能力が無い場合」という表現は、意識が無い場合も含むわけですか。

北村 P3の[準-2意思決定能力の有無を確認する]で、[確信を持てない場合は精神科医にコンサルトする]としてあるだけで、「意思決定能力とは何を指すか」といいうことは、定義を入れていません。

原 意識の無い場合は、実際上は含むのではないですか。

位田 含めないと解決できないです。

勝村 18歳以上で証書を持っていたとしたら、意識がなくても意思決定能力…、

位田 意思決定をする時点で、その能力が有るか無いかですから、普段はあっても意識が失われていれば、無いということになります。

岩橋 普通、いつもそういうのがよくない人は、「意思決定能力が無い常況にある」という表現の仕方をしますし、意思決定能力は意思決定をする時点の問題なので、表現としたら多分、意識を失っている常況も含まれるということで良いと思います。

東 免責証明書を持っていることと、自分の意思ということは同じなんですか。意思決定能力が無い場合、ここには[代理人の判断]しか書いてないのですけど、先ほどの議論のように、ご本人に意識が無いので意思決定能力は無いのだけども、その人が証書を持っているのを我々が見つけた場合、どういう見解になるのですか。

小原 ですから、合同委員会ガイドラインでは「ご本人の免責証明書を尊重せよ」ということですね。

東 「意思決定能力は無いけど、その人の意思だ」ということなら、このガイドラインのどこに該当するのかややこしいですね。意思決定能力の無い人が意思を持っているという矛盾した話になるわけですね。だから、「免責証明書を持っているということが、その人の意思であるということとイコールである」と認めるのか、「それは単なる一つの推測意思に過ぎない」みたいな別の話になるのか、そこの部分がややこしい話だと思うね。

原 ここの手順で、まず大人の場合で言ったら、「本人が判断できる場合は、本人判断ですよ」というのは良いですよね。「本人が判断できない時は、代理人判断ですよ」ということですね。今、問題になっているのは、代理人がいる場合も含めて、本人の免責証明書が優先するという話をしているのですか。

東 代理人がいても、ご本人が免責証明書を持っていた場合は、どこに該当するのですか。

吉中 だから、それを決めないかんのですね。決-1.2の中でそれを区別しないといけないということで、注1に該当するものを貫くか…。

勝村 新たに「免責証明書を持っていたら優先する方向でいこう」とするならば、ここの表現がややこしく…。

位田 例えば、本人の意識は無いけど免責証書を持っていて、奥さんが「輸血してください」と言っている…。

勝村 本人の意思決定を尊重しようとするのだったら、意思決定能力を生かしている状態に…。

岩橋 本当は尊重するべきなんだけど、先っきの議論みたいな葛藤があるといけないということもあったりして、このガイドラインは基本的に「代理人からの免責証書で良い」ということにしているのですね。

東 そういうのがあっても、あまりその人の意思とは見なさないということですね。

岩橋 「尊重しろ」とは書いてあるけど、尊重しないだろうと思う場合は、それに依るしかないのではないかということなんだけど。

北村 僕が出したガイドライン案は、免責証明書のことをあまり加味していなかったので、もう一度、確認させていただくと、まず、「患者さんの意思決定能力が無い状況があって免責証明書を持っている場合、代理人が反対していても免責証明書に基づいて患者さんに対応する」ということで良いのですね。つまり、証明書で無輸血を求めていたら、無輸血治療を貫く。「意思決定能力が無い状態で免責証明書を持っていない場合は、代理人の判断」ということになるのでしょうか。

岩橋 この中身から言ったら、ちょっと違うみたいですね。先っきは、緊急に身内の人とかの連絡が取れないような場合を例にして「証書を優先して無輸血治療をするしかないではないですか」という話だったのだけれども、「連絡が取れて、意思が矛盾している場合にどうするか」ということについては、ガイドライン案では「本人の意思をできるだけ尊重するけれども、親とか代理人が輸血を希望する場合については輸血する」みたいに、流れからいくとなっているようですね。

勝村 これは、18歳以上で緊急に意識の無いままで運ばれてきて、だけども免責証明書を本人が持っていた場合、一緒に付いてきた人が「輸血してください」と言っても、できるだけ輸血しないようにしなければならないのではないですか。

北村 意思を尊重するということではそういうことです。

勝村 だから、代理人の言葉より免責証明書を優先するのですよね。

北村 ガイドライン案には、免責証明書の話は載せていなくて、そこは明確にしていなかったので、逆に、ご意見をいただきたいと思います。

勝村 免責証明書がめちゃくちゃ古かったり、変なところがなく、有効なものであるならば、「代理人の判断よりも、そちらの方が本人の意思を示している」というふうに考えれば良いのではないかと思ったのですけど。

北村 今日のご意見ではそうだと思いましたが…、

小原 合同委員会ガイドラインでもそうしているので、18歳以上の場合はそうで良いと思うのです。

北村 代理人が「絶対に輸血をしてくれ」と言っても、それで良いということですか。

小原 そうです。で、合同委員会ガイドラインでは「18歳未満の場合でも、本人が無輸血を希望していれば、親権者が反対しても、本人の意思を尊重しなさい」となっているので、本人意思の尊重というところにかなり踏み込んでいますよね。

岩橋 だから、P4の決-1.2のところは直ぐに[代理人の判断で決定する]となってしまっているのだけど、それを、先ほどみたいな…、

北村 だから、[意思決定能力の無い状況にある場合は、免責証明書の存在を確認する]、[持っている場合は、それを尊重して対応する]、[持ってい無い場合は、代理人の判断]という流れになるように、決-1.2のところを修整するということですね。

小原 18歳以上の場合はそういうふうに記して良いと思うのですけど、問題は次の決-2.2のカテゴリーの患者さんに同じようなことが起こった場合、つまり、15歳以上18歳未満の患者さんで、本人の意識がなくて、免責証明書を持参している場合、同じ結論を出して良いのかですね。合同委員会ガイドラインでは、18歳未満の場合はそこを明確に記していないのですよ。あてにできる指針がないので、こちらで独自に考える必要があるのですね。

原 ただ、前段の[本人に意思決定能力が有る場合]では、「本人が拒否しても、親権者がやってくれと言ったら、やりますよ」という話になっているわけですから、これに沿っていくと、証明書を持っていても親が「やってくれ」と言ったら、やらないと辻褄が合わないですね。

岩橋 だから、かなり強固に本人の意思を最優先するのは、18歳以上だけだということですね。

原 そういう線引きにしているのですね。

小原 そうしましたら、ご本人所持の免責証明書を最大限優先するのは、18歳以上に限定するということでよろしいですか。ですから、決-2に関しては特に付け加えない…。

原 付け加えなくても良いのでしょうね。

勝村 ちょっと確認なんですけど、免責証明書を持っていて、意識が無い場合は、[意思決定能力が無い場合]に入るのですか。[…有る場合で拒否する場合]に入るのですか。

小原 ここで言う[意思決定能力]というのは、ご本人の身体的な状況のことだと思うのですよ。

勝村 ということは、[…無い場合]に入るのですね。15歳以上18歳未満の方で意識の無い場合、免責証明書を持っていたら、決-2.2ではなく、決-2.1.2の[…有る場合で拒否する場合]に入れた方が良いと思いますね。

岩橋 それは「その瞬間だけの問題だから」ということですね。

吉中 「意思決定能力が有る」としたら、どう…、

勝村 持っているのだから、患者が拒否する場合に入れてあげないといけない気がするのですけどね。

吉中 意思決定能力が有ると見なすことですね。すると決-1.1の方にも関係しますよね。

小原 そうなると、かなり定義が混乱しますね。

位田 18歳未満の場合は、ちゃんとした意思決定ができないという前提で話が始まっているわけですよね。

勝村 だけど、18歳未満でも拒否する場合としない場合とに分けているわけですから、免責証明書を持っていたら、拒否しているというふうに一応はしてあげないと…。

小原 今のご意見だと、ご本人所持の免責証明書に関しては[15歳以上の人が持っていれば有効と見なす]ということですね。

勝村 持っていたら決-2.1.2となるような、マニュアルになるようにした方が良いと思うのですよね。

原 決-2.1.2というところを[輸血を拒否する場合、もしくは教団の免責証明書を持っている場合]としたら良いということですね。

勝村 そういうことです。そういうふうにした方が良いと僕は思います。

小原 ただ、このカテゴリーに入れると、[意思決定能力が有る場合]ですよね。

東 多分、合同委員会ガイドラインは、意識の有無ではなくて、同意判断ができるかどうかの意味で作っていると思いますね。だから、直前の意識が無いということを一緒にするとちょっとややこしい。で、輸血に関しては、18歳以上で元々そういうことに対してキチッとした態度を持っている人は、その場では意識が無くても意思決定能力が有ると、本来はすべきです。そうでないと、今みたいな話はややこしくなるのです。

小原 そうですね、意思決定能力という言葉の受け止め方がだいぶ変わってきますよね。

東 直前に「『今、あなたは輸血が必要だけど、どうか』ということが分かるか分からないか」ということを問題にすると、ややこしくなるのであって、元々「輸血はノーだ」という意思決定能力を持った人であったというふうにした方が、分かりやすいし、直前の意識が無い人の場合はどうするかは、注が要るかも知れないけれども、それをここに混ぜてしまうとややこしくなる。

原 やっぱり、決-2.2の[決定能力の無い場合]の方に補足をした方が良いですかね。

勝村 決-2.2に[ただし、本人が持っている免責証明書が有れば、決-2.1.2みたいなやり方をする]と書くのですか。

小原 そうですね。結果的に結論がハッキリ分かるように書かないといけないので…。

吉中 やっぱり決-2.1の方に入れた方が良いのではないですか。患者に意思決定能力が無い場合という時に、判断力が元々無いという人が含まれますよね。その人が免責証書を持っているということ自身が矛盾しますよね。

位田 「意思決定能力の有る無しをどの時点で判断するか」という問題と思うのですよ。だから「輸血するかしないかの判断をする時に、意思決定能力があったかどうかという判断でいく」のだったら、一本で良いですね。

吉中 意思決定能力という言葉は、学会の流れとかを見ても、「医療に対する判断力があるかないか」という一般的な意味合いなんですよね。認知症が有るか無いかみたいなことで、「必要な場合は精神科医の判断を含めてやりましょう」となっているから、多分、そんな意味で使っていると思いますね。

小原 合同の方は[判断能力がない]という表現をしていて、先ほどの特別の場合を[緊急の場合]という表現をしていますので、我々がこれを理解する時には、まさに治療行為をしようとする瞬間の意思決定能力を問題にしているのか、治療以前のことを問題にしているのかということは、キチッとしておかないと、全体がガタガタになってしまいますね。今の議論を聞いていて北村先生は、どちらの方を定義した方がまとまりやすそうですか。

北村 今の話を聞いていて困ったなと思っているのですけど、合同委員会ガイドラインで見ると、18歳以上で医療に対する判断能力の無い状態にある方は、2)に入ってしまい、[親権者の判断]という話になってしまいますね。そうすると、18歳以上で判断能力が一時的に無い方も、ここに入ってしまうということになると、決断ができないということになって、親権者がいなければどうしようもないわけですね。ただ、合同委員会ガイドラインも判断能力の有無の定義を書いていないので、判断能力の有る状況のことを指しているのか、判断能力が元々有る人のことを指しているのか、そもそも不明確なので、当院のガイドラインを作るのが難しいケースなんです。

小原 確かにその曖昧さはあるとは思うのですけども、少なくとも治療行為の瞬間なのか、それ以前の状況のことを指しているのかというのを、我々の中ではきちんとした前提を作った上で整理すべきだと思うのですね。

北村 一応ここで前提にしたのは、[意思決定能力が有る状況にある]という、その時点での判断です。

小原 その時点ですか。そう読めば一貫性があるのですね。そして、先っき言っていたケースは、やはり決-2.2に位置付けるべきなんですね。

原 最初の定義のところで「意思決定能力とは、現時点での…」とかいうように書いてもいいです。

岩橋 でも現時点で言うと、「意思決定不可能な状態」というような方が正しいのかも知れませんね。

位田 緊急状態の場合はそうですけど、ずっと入院している時は、不可能ではなくて、意思決定能力が無いわけですよね。

原 まぁ、「その時点での…」ということで良いのではないでしょうか。

小原 それが良いと思いますね。では、そこの文言が曖昧にならないように、定義を少し入れていただいた上で、ご本人所持の免責証明書については、決-2.2の方に入れていただくようにするということで、「18以上および18歳未満の場合もそれを尊重する」ということでよろしいですか。

原 「18歳未満の場合も尊重する」というと、ちょっと違うのではないですか。

小原 「尊重する」というか…、1と同じように扱って良いですか、それとも違いを付けた方が良いですか。有効と見なすかどうかということですね。

原 意識不明で教団の証書を持っている場合は、フローチャート的に言ったら、決-2.2に入るけども、上の段の決-2.1.2に沿って判断するということではないでしょうか。決-2.1.2は大人の場合と違いますからね。

小原 そうですね。そういう形で整理できますか。

北村 整理してみます。

岩橋 合同委員会ガイドラインでは、優先は18歳以上だけですね。18歳未満だったら、基本的に最終的には親権者が優先するという形ですね。

位田 だから同じじゃないですか。決-2.1.2も親権者が1人でもオッケーすれば、[なるべく無輸血治療を行うかどうか]が違うだけで、最後には輸血が可能ですから。どっちにしても、ひょっとしたらエホバの証人という時は、できるだけ無輸血治療でやってみて、最後の最後で輸血するかどうかという、そこの問題ですね。

小原 はい。それで、最初に問題を指摘された決-3.3に行きたいのですが、現状では[最終的には輸血を行う]と記しているのですが、こういうまとめ方で良いかどうかですね。

位田 この場合は、親権者の2人が「ノー」と言っているので、輸血同意書が取れないのではないですか。それでもお医者さんは輸血ができるのですか。

吉中 そういうふうにはなっていないです。

位田 それでは、しようと思ってもできないのではないですか。

小原 ここに書いている[治療行為が阻害される状況になれば親権喪失…]ということは、あり得るのですか。

北村 それをされた事例はありますが、直ぐに児相が動いてくれるかというと難しく、時間が掛かるのです。

位田 だから、入院していて、段々症状が悪くなっていくという場合には、これでいけると思いますが、緊急入院した場合には、これは上手くいかない。どこかで同意書が取れないと、輸血ができないと思います。

原 「できない」と言うのは、何か実務的にできないのですか。

北村 例えば「訴訟のリスクを冒してでもする」という選択肢はあるのだろうとは思うのです。このガイドラインでそう決めてしまえば、それで動くことはあり得ると、僕は思います。

原 これはまさに法律論の話ですけど、ここに法律家の方々がいます。

位田 もちろん選択肢はありますけど、同意なくして輸血するわけですよね。危ないと思いますよね。

岩橋 それはやめておいた方がよろしい。

北村 すると、「訴訟されると負けますよ」ということですか。

原 負けるのですかね。あくまでも子供の話でしょ。あくまでも子供の話で、親が拒否していますよ。その時に緊急避難で同意書なしに輸血することは、事実上はできますよ。法律論としたら緊急避難論で…。

岩橋 でも、緊急避難よりも、拒否しているのだったら…、

原 拒否してるのは親ですよ。

位田 親だけど、親権者の意思はやっぱり子供本人の意思でしょ。

原 親権者の意思の話と、子供の救命の緊急避難という話と、どちらが優先…、

岩橋 緊急の状況によるとは思うけど…、

位田 でも、親がそばにいる場合ですよね。いない場合は緊急事態でいけると思いますけど。親がそばにいてるのに、子供の命を助けるためだからといって、親の同意書なしでは危ないと思う。

北村 ただ、「親権喪失を申し立てて…」という手順が共有されているということは、もちろんその手順を踏まないけないけども、そもそもとしては、子供を守るという精神を大事にしましょうということでしょ。

位田 いや、これは親が親権を乱用している場合でしょ。

北村 でも、例えばそこで暴れたりとか、積極的に阻害するということまでは起こらなくても、「絶対に書きません」と同意しない場合も、本来の法の精神、制度の精神から考えれば、子供を守る方向で動くべきできないかという気がするのです。

富田 P18の裁判例の4例目というのは、小さい子ですけども、親が手術を反対するけども、緊急避難でやって、「それは正しい」という判決になっていますけど…。

北村 これは親権喪失審判を申し立てるという、手続きを踏んでいますから…。

富田 これは緊急じゃないかも知れませんけど、基本的に親は反対でしょ。

位田 倫理上、これは難しいですよね。異常児で生まれてきて…、

岩橋 これは、職務代行者が選任されて、その人が同意したことに対して、結果的には責任を追及したのではないですか。ですから、代行者がやったことまで否定されたら、裁判所としても困るから、一応…、

原 5例目もまさにその親権停止をしているわけでしょ。そもそも親権停止を認める判例があるということ自体が、その場合は子供の方が優先なので停止しても良いというわけですから、「親の権利よりも子供の命が優先ですよ」というのが裁判所の判断だということではないのでしょうか。

岩橋 だから緊急性の方は、違法性が阻却されて、責任は追及されない。

原 それだったら、この場合は同意書なしでやっちゃえば良いのではないでしょうか。

小原 この文言どおりで問題はないということですか。

原 訴訟はされるかも知れないでしょうけどね。

岩橋 かなり緊急性の要件はあるのですが、まぁ、勝てるだろうと思います。

位田 そこの判断でしょうね。

小原 そうしたら、この文言は、括弧の部分を取って、このとおりに残す形でよろしいか。

北村 おそらく現場は、同意書が取れないと迷うと思うので、例えば[同意書を得る努力は行うが、どうしても認められない場合は、同意書なしで輸血をして良い]というようなことで…。

小原 そうですね。それは書いた方が良いでしょうね。

原 …ということで良いのではないですかね。それで負けるようだったら、親権停止みたいなことが、そもそも通らないですね。

岩橋 通常だったら、職務代行者を選ぶような事態だということで、先っき言った「阻害される状況」というのは実質、治療行為ができないということだと思います。

小原 それではこれは、同意書なしで輸血可能だということでよろしいですか。
このエホバの証人のガイドラインに関しては、大きな問題点はだいたい議論されたと思うのですけども、議論されたことを反映してもう一度、北村先生に文章化していただいて、それをメールで回覧して確認するみたいな形でいいですか。「また次は2ヵ月後」と、あまりズルズルと延ばさない方が良いのか、もう少し時間をかけて議論した方が良い箇所とかがあるのか、今後のやり方を決めていただきたいと思います。

北村 よく考えないと不確かなところがありそうなので、ご議論いただく方が良いと思います。

小原 では、今日、話したところをもう一度まとめて、次回、ファイナルに近いものを出してください。

原 細かいですけど「意思(意志)決定」という文字が2種類、出てくるので…。

北村 そうですか。ほんとだ、それは修正します。

小原 では、この件につきましては、今日にかなりの進展がありましたので、次回は最終を目指して進めていきたいと思います。ありがとうございました。次は(3)の利益相反のガイドラインですが、原さんの方から前回案に修正が入っていますので、これについて説明をいただきます。

 

議事(3)「医学研究の利益相反管理に関するガイドライン(3次案)」

原 手直ししたのは、下線を引いているあたりと、元々は赤字で書かれたので、薄く見えているあたりです。京都保健会の関係のこの前の議論が少し飲み込めていないところがあるので、そこは飛ばして先に行きます。
P1の一番下の[相手企業]ですが、[同種の効果が期待される薬剤・機器…]というのは、理念的にはその方が良いと思いますが、話がややこしくなるので端折ってしまおうということです。例えば鬱病の薬を研究する場合、鬱病メーカーの全てを対象にするというのはややこしいので、取りあえず特定の企業関係だけで良いかな。
で、[開示対象基準]は、具体的な線引きのところで整理し直しました。a:~e:で、a:は役職関係で、何らかの役職に就いている場合は、相談役というようなものも含めて、基本的には一通りを出してもらった方が良いのではないか。b:は株式・有価証券といった資本関係ですが、あまり細かく考えるとややこしいので、取りあえず[公回株の時価50万円]という、適当な線引きを提案しています。未公開株の金額とかは、わけが分からないので、一通り出してもらおうかなということです。それからc:とd:のところは、d:を研究関係にして、c:は研究に関係ないものというふうな括り方に変えました。だからc:の方は、謝礼とか講師料・原稿料・指導料、ロイヤリティーって何があるかよく分からないけど、さらに融資・保証・飲食・旅行・贈答を含め、直接の研究でないものは現物も含めて、取りあえずこれら全部を合わせて年間30万円以上というふうな括り方で、それなりに引っ掛かってくる場合もあるだろうなと思いますけど、あまり細々したものまでは入らないので、これぐらいかなと思います。金額は変えても良いのですけどね。d:の方は、研究費と研究関連の給付や現物提供というふうな形です。研究費関係で、研究費そのものもあれば、寄付もあれば、物関係、それから旅行というのは、学会招待といった視察旅行みたいなものもあり得ると思います。具体的な目的として研究につながる場合はね。これは年間合計50万円以上という数字を提案しています。それからe:は知的財産権で、これは一通り出してもらおうかなと思います。また、f:の親族の就職や表彰・訴訟というのはややこしいので、あまり考えないで良いかなと思って、省いています。
あまり些末なところまで出すのは面倒になるということですが、日本医学会とか他の所で提案されている案みたいに100万円とか200万円というところで線引きすると、ちょっと隠れすぎるというか、透明度が低すぎる感じがします。「これで研究がダメだ」という話ではなく、「こういう関係がありますという事々を示してください」という、あくまでもそういうもんですから、もうちょっと下げた方が良いかなという意見です。
あと、手直しをしたのは、共同研究のところの意味合いを明示したということ。それから、被験者への情報提供を[文書記載]と書いていたのですが、[情報提供をする]という形に、ちょっと曖昧にしています。で、「運用上はどうするのか」も、ビシッと決めていないのですが、「あまり出回ってしまうのもいかがなものかな」という意見が確かにあって、それも分かるのですが、インフォームドコンセントの時に言わないというのも、利益相反管理の目的の意味合いが薄れてしまうので、何らかの情報提供が要るかなと思います。で、旧8:番の「委員会で利益相反を理由に、はねることができる」という項目は削りました。だいたいそういうところです。

小原 はい、ありがとうございました。かなり整理されてきていると思いますし、分類の仕方については特に大きな問題はないと思うのですけども、前回にちょっと議論になったのは「金額の線引きをどうするか」ということですね。前回、日本医学会の資料で、具体的な幾つかの数字が載った表を見ましたけども、「それではちょっと高すぎるだろう」というご判断で、今日は30万とか50万という額が記入されています。このあたりの妥当性、あるいは他の記述も含めて、残り時間は少ないのですけども、詰めて議論をしていただければと思います。

吉中 ちょっと質問ですけど、P1の[3:情報開示の対象者]で、①は「研究に参加する人は…」ということで、「家族も」というのはちょっと議論があるかも知れませんけども、②の意味合いがちょっとよく分からなくて、[当院および経営母体の法人である京都保健会が]というのは、誰が開示するのですか。

原 開示するのは、研究責任者が出してもらわないと…。

吉中 そうすると、例えば私が研究に参加する場合に、保健会がその企業・団体と関係があったとしても、私がそれを知らなければ、言われても分からないですよね。「どうしたら良いの」という話になります。

原 問い合わせをしてもらわなければ、仕方がないですよね。

吉中 これは一般的なんですかね。例えば介護事業とかもありますし…。

原 具体的に言いましたら、この場合は概ね過去の研究費だと思うのですよ。開示項目のところで言いましたら、例えば病院や法人がどこかの会社の役員になっていることはないですから、これは関係ないですよね。株を持っているという話もまぁないでしょう。

吉中 ないですけど、商取引がある場合はありますよね。それから、公益社団になったので、寄付を受ける場合もありますよね。寄付については個人情報が全然分からないです。例えば島津製作所が寄付をしてくれるということがあるかも知れないということですよね。細かくは見ていないですけど、匿名の寄付を求める場合もあるかも知れませんし、全てを公示の対象にするとか、そのへんがすごく広がりすぎると分からないなと思います。

原 匿名の寄付という場合は話がややこしいので、ちょっと検討したいのですが、一般的には、例えば委託研究などで研究費を受ける場合は、病院で受けるのか法人で受けるかで、個人でやっているわけではないでしょ。

吉中 ちょっと治験を別にして、今、現実的には副作用モニターがありますよね。市販後調査なんかは、例えば「私が調査報告をすると、病院へ1件につき幾ら」という契約を製薬会社と結ぶのですね。これはそういうのも全部入るということですね。

富田 多分、市販後調査というより、先の話の研究委託費みたいなものではないですか。

吉中 それも明示しておかないと、研究者が迷います。

原 少なくとも薬や機械を通常に買うというようなものは入りませんよ。診療とか介護事業の関係はそんな面倒くさいことではなくて、通常の取り引きですよね。市販後調査というのはどうでしょうね。具体的に検討しないと分からないですけど、市販後調査を契約するというのは、市販後臨床試験ではないですね。

富田 そのことですね。

原 一緒ですか。一緒じゃないと思うのだけど。

富田 ただ、市販後調査というのは、大学なんかの場合は50万、100万という研究費を貰っていることもありますけど、一般的にはそれほどの額になるわけではなく、ここは特にそれほど多くはないですから。

吉中 だけども、治験の契約と同じようなものですね。治験も別に寄付してもらうのではなくて、ちゃんと契約して治験をしますから、治験をしていること自身は利益相反に入るのかというと多分、違うのではないかなと思うのです。それとは別のルートで研究費を貰っているとかいうのは、もちろん入るとは思いますけどね。

原 研究をすること自体も当然、利益相反に入るのだと思うのですが…。

吉中 治験は、治験費用としてキチッとした契約を結びますので、それ以外のお金は入らない。

位田 治験費というのは、研究という言葉に換えると、研究費として来るわけですよね。

富田 治験はまだそんなに件数はないし、額もある程度はありますから、ノミネートするかどうかという判断はできますけれども、ただ、今言っているような市販後調査とか、そういう話はかなり細かいことになってきますから、研究責任者が必ずしも状況を掴んでいるわけでもないですし、あまりこれは…、

原 具体的な話としては市販後調査ですか。

吉中 具体的にあり得るのは、まず、そういう話です。

原 まず、治験は当然に研究費。研究費という場合は、いわゆる奨学寄付金というのが大学なんかではあるじゃないですか。奨学寄付金というのは「この研究をやってください」というのではなく「タダでお金をあげます」という分で、ほとんど寄付と同じ意味ですから当然、利益相反の対象ですけども、「この研究をやってください」という通常の研究費…、

吉中 科研費もありますけど、科研費も対象になるのですか。

原 科研費は公的研究費だから関係ないですけど、民間企業から「このテーマで研究してください」とお金を貰って研究をしていたら当然、利益相反の問題になりますよ。今まで表に出ているので言っても、例えばタミフルの研究で横市大のグループなんかが「お金を貰っていました」といって、問題になりましたけども、これも具体的に「この研究をやってください」ということで、お金を貰っているわけですよ。

吉中 それは企業からの研究費ですよね。

原 治験だって同じことですよ。

吉中 治験も同じことですかね。いや、治験なんかはカチッと定められていて、「特別な意図があって」という話では全くない仕組みになっているではないですか。

原 いや、治験というのは薬事法による研究でしょ。

吉中 「パブリックだから関係ない」と言うのであれば、治験も関係ないと思うのですよ。だけど、科研費だってそういう問題があるので、「治験を入れるべきだ」と言うのであれば、科研費も絶対にそうですよ。

富田 それはちょっと違うと思いますよ。

原 科研費というのは、文科省の科研費のことなんかを言っていると思いますが、利益相反の問題にはならないでしょう。

吉中 でも、結構いろんな問題がいっぱい出ているでしょ、実際にはね。

富田 科研は別として、治験は企業の依頼で来ていますから、形を整えられていても、利益相反の対象になるとは思います。ただこれは、ありとあらゆるものが含まれるように読まれてしまいますので、どの程度のものが入っているのか、もう少しハッキリと絞ってもらった方が良いですね。研究責任者が自分と関係のあるところを全て調べないかん話になるというのも、あまり現実的ではないようには思います。

東 ウチなんかに企業が寄付してくれる可能性はかなり少ないと思いますけど、政治資金規制法と同じで、例えば「幾ら以上の企業寄付は明らかにする」という形にした方がよいと思いますね。今、院長が言っているような話は、基本的には額で決めるべきだと思います。要するに市販後調査というのは、額的には非常に細かい話なんで、それをやり出すと、非常にややこしくなるのです。だから、どういうのが対象になるかということと、病院なり保健会が取り引きをした時に、「一定の額以上は明示する」とした方が良いのではないですかね。

吉中 私が言ったことは、[開示すべき項目]のところの、研究費とかの額とは別扱いかも知れませんね。治験にしたって、個人が貰っているわけではないわけですね。

原 この病院の場合は、研究関連のところで個人が貰う場合はあまりないと思いますよ。ただ、利益相反の話の根本は、「お金の出所によって研究の結果にバイヤスが掛かるのではないか」という話ですから。

吉中 そうすると個人からすると、研究をする時に「テーマと関係がある企業に病院がどれぐらいのお金を貰っているかを必ず聞いて、限度額を超えていれば…」ということになるので、メーカー毎にそれを整理して教えてくれる窓口が要るということになりますね。例えば「A社から市販後調査で幾らぐらい入っているのか」と聞いたら、ものによっては年間30万円ぐらいにはなるかも知れません。

原 市販後調査というのはどのくらいの金額ですか。

吉中 1件3万とか5万とかですよ。だから、それが3つも4つもあったら、結構な額になりますよね。

東 まぁ、そんなにたくさんやったらね。でも、100万とかになることはないです。

吉中 単一の企業ということになると、少ないことになるかも知れないけども、毎回の科長会議でポツポツと出ますから、それなりにあると思います。

東 一定の薬に対して年間10例とか20例とかいうのはあり得るかも知れませんね。ただ、面倒くさいですから、あまりやりませんけどね。

原 市販後調査は、通常の診療の範ちゅうという捉え方ができないこともないと思いますけどね。

吉中 医師の方は、副作用レポートを出すことで問題を早くバックアップさせようとするのですが、逆にその対価みたいに入ってくるのですね。そのへんは具体的に整備しないと、現実的には対応ができないと思います。

原 他にも何かありますか。

吉中 今、思い付くのは、市販後調査と治験で、今後は寄付もありますが、株とかそういうものはないですね。

富田 研究委託は、やっぱり大学とは違うのですよ。大学は50万とか100万の単位で幾つも入ってきますが、ここはそれが全くない。公益法人になって、どうなるかは分かりませんが、とても考えられない。

吉中 個人の寄付は増えているのですよ。私らもどこがどうなっているのか分からないけども。

原 よく分からないのですが、例えば企業からの匿名の寄付って本当にあり得るのですか。

吉中 分かりません。

東 匿名だったら分からないから、いいじゃないですか。ただ、「実はこうだけど、隠ししてくれ」というのがある可能性はあるけど、でも、まぁないわね。

岩橋 匿名だったら、別に誰にもメリットがないので、揺らぐ可能性がない。

吉中 一応、寄付控除の書類は出すから、企業がするか、役職者の個人がするか、それぐらいの話ですね。

岩橋 企業が匿名でするとしたら、怪しい金としか考えられない。

富田 いや、それもどうか分かりません。COI(利益相反)の概念として、個人宛の分と法人宛の分の2つがあるというのは分かるのですよ。個人宛の分というのはわりと分かりやすく、金額もいろいろ議論があって良いと思いますが、企業・団体のCOIは、こちらがもう少し実情を掴んでから指針を出してもらった方が良いと思います。今このまま出ると、研究責任者が全部を調べないと書けないのかというふうになって、混乱しそうです。

原 調べるのはそんなに大変なことなんですか。

富田 普段、これを問題にしないのじゃないでしょうかね。

吉中 「誰に聞いたらいいのか分からない」から始まるでしょうね。

勝村 事務長さんが経験上で教えてあげるとか…。

吉中 事務長に聞いたって、事務長は把握していないですし、法人のことならもっと分からない。

内田 「京都保健会」というのは、京都保健会という法人そのものだけを指しているのか、京都保健会には事業所がたくさんありますから、例えば2つの病院があるので、2つの病院の中での利益相反を指すのですか。

原 それは指さないですね。

東 「保健会」と言うと、ものすごく広いから、ちょっとややこしくなりますね。

内田 寄付で言えば、普通は代表者に対して「これを使ってください」となりますから、京都保健会だったら理事長宛ということですね。

原 法律で言うたら、そんなんは法人でしょう。理事長個人というのはあり得ない。この間のお話だと、医療機関はそれぞれ会計が独立しているということでしょ。

吉中 完全な独立ではなくて、限度額がありますし、治験は法人名です。市販後調査なんかは奨学だから、全て病院と契約しますけども。

内田 いや、治験も病院ですね。病院の口座というか、病院へお金は入ってきます。

吉中 それは全部、病院で完結するわけか。

原 法人の中の権利能力なき組織ですか。

東 普通の病院とはちょっと違いますね。

吉中 でも、お金の契約は病院になっていないのじゃない?

内田 いや、口座は当然、京都保健会の口座に入ってくるので、ちょっとややこしいのですけどね。

原 契約は院長がやっているとか…。

内田 確認はしますけど、確か、三浦次郎で判子をついていないと思います。法人名やったら全部、法人に申請を上げないといけません。少なくとも、承認なく判子を捺されている法人はありません。それは全部、理事会で開示しますから。

吉中 病院で完結させる方が現実的ですね。

東 「保健会」と言うとすごいややこしくなるが、「京都民医連中央病院」という形だったら、ある程度は把握できますね。

原 それは把握できるのですか。「実質的に保健会への受け入れというのがない」と言うのだったら、それで良いと思うのですよ。

東 ただ、公益法人に対する寄付はあり得るのですよ。

広瀬 寄付があって、その会社のものを無理やり買うということになってくると、利益相反になるのですね。

位田 買わなならんことはないですけど、もらったということが問題なので…、

吉中 で、「もらったということを開示しましょう」ということですね。

内田 だから、基金とかは限度額を決めているのですよ。寄付は限度額を決めていないので、これが理由になってしまうのですね。

吉中 額の高さというのは、公益法人なんだから、善意の寄付は広くいただきましょうというスタンスを取りますよね。あまり慣れていないので、戸惑いながらやっているのですけど、それなりに寄付が増えているという実態はあります。その中身はどうか分からないですよね。

内田 法人ではなく個人からです。

位田 要するに、これは「ひょっとしたら、保健会の方へワーッと来るかも知れないから、洩れのないように保健会もカバーしておきましょう」という話でしょ。「どこからどれくらい来ているか」というのは透明になっていれば良いわけなので、利益相反がどうなっているのかは、研究者が病院のどこかに聞けば分かるように、普段から用意してもらったらいいのではないですか。それさえあれば、ここはこういう記述であっても良いし、もしくは仮に[保健会]というのを外したとしても、一人一人の研究者が一生懸命に聞くというよりは、倫理委員会で把握できれば良いから、例えば年に1回、倫理委員会で「こういうふうな寄付があります」もしくは「研究費が来ています」というのを報告していただいたら、それでハッキリするのではないでしょうか。

吉中 その方が良いですね。その方がやりやすいですね。その方が分かりやすいですね。

東 実際は少ないので、それぐらいにして欲しいですね。

勝村 「今年はありませんでした」と言うて、省けますからね。

原 やっぱりそういうものを分かる体制にする必要があるようには思うのですけどね。

位田 研究者個人に来るのは個人から申請してもらわないといけないけど、施設に来るものであれば、それが常に透明であるということが重要なので、そういう体制をこの病院で採っていただければ…。

吉中 [対象者]のところをそういうふうに区別していただいて、個人の分は案のとおりだけど、病院として開示するものを別扱いにしてもらった方が良いですね。

原 病院として日常的に全部を開示するという意味ですか。これはあくまでも「個別の研究を申請する時に、会社とかの関係分を出しましょう」というレベルの話で…。

吉中 それを「病院としてもその研究について開示するということをすれば良い」ということでしょ。研究者に「全部そのことを開示せよ」というふうなことにしない方が、現実的ではないかと思うのですよ。

原 組織の分はそうですけどね。

位田 では、リストでも作っておいていただいて、申請時に「これとこれが関係する」としていただけば…。

富田 趣旨は賛成ですが、「細かいのを全部」という話になると、一つ一つをどう判断していくかということでまず時間を取ってしまうので、やっぱり大変だと思いますね。だから、ここに書くか書かないかは別として、公開する基準を法人からの寄付は10万円以上にするとか、ある程度は値段や条件を絞ってもらった方が良いと思いますね。これから積極的に寄付を募っていくということでしょ。個人もある程度は基準がありますのでね。

岩橋 一応この造りは「個人で書いているのも全部、組織の方もこの基準で」ということですね。

富田 いや、それはまた別じゃないでしょうか。

原 それは寄付とか研究費とかのジャンル別に金額を決めるという意味ですか。

富田 ジャンル別に金額を決めるというよりは、要するにこのままで行きますと、1円から全部、寄付があったものを一覧表にして、検討せなあかんという話になりますよね。その手間が大変なんです。

東 その中身は、[5:開示すべき項目と開示対象の基準]と全く同じ中身ということですか。

富田 5:は個人のCOIじゃないですか。

位田 [開示すべき項目]とあるだけで、必ずしも個人とは書いてないですね。

東 対象と額が書いてあるだけなので、3:の②にもこれが適用されるということでしょ。

富田 しかし、それは趣旨が違うのではないですか。COIは2つの概念で、これまでは本来、個人だけだったのですね。最近は所属する法人ないしは施設との関係も問題になってきているのですよ。そこの関係はどうあるべきかというのは、それの物差しが要るのではないですか。

吉中 5:は個人が開示するものと普通に考えていたら、3:を見ると法人とかが入っているので、「では個人が全部それを掌握して出さないといけないな」というふうに読んでしまったのですよ。

原 私の元々のデザインは、「研究を申請する責任者が病院の誰かに問い合わせて、それを書いてください」という趣旨ですけどね。

吉中 そうするとファイザーでしたか、治験をやっている企業なんかだと、おのずと50万という金額なども該当するので、その場合は「全て開示してください」という話になるし、どれぐらいの額になっているかというところを見ないと、個人では全然分からないという状況ですよね。個人で引っ掛かる人はあまり出てこない。齋田先生はどうか分からないけど。だけど、そこらへんの感覚がずれてくる。

小原 時間が9時を回っていますし、直ぐに結論が出るわけでもありませんので、今、ご議論いただいたポイントに重要なことが幾つかありましたので、再度それを原さんの方で…、

原 再度やるのは良いのですけど、整理されていないので、できないのですよ。

小原 ただ、ポイントには京都保健会の取り扱いの問題があったと思います。ガイドラインですから、全部を引っ掛けてしまうと、何を対象にしたら良いか分からなくなるので、治験や市販後調査や寄付の問題、こういったものを具体的に挙げて、それに該当するのかしないのかということが明示されるべきではないかという…、

原 先っきの分は、それぞれを例えば「寄付は幾ら」とか、そういう形で示してくれという話ですか。

岩橋 そうではなく、法人と個人の金額が同じで良いのかどうかという問題意識が一つにあったと思います。

原 一切、個人でお金を受け取ってはいけないという決まりが、この病院にあるのだったら話は簡単なんですよ。そこはよく分からないので…。個人が原稿料を貰う場合もあれば、研究費を貰う場合もあればというふうなことになってくると、両方が入り組んで4元のマトリックスが出てくるので…。

富田 受け取ってはいけないという決まりはない。

吉中 だから最低、法人・病院という枠を区別していただいて、整理してもらった方が良いなと思いますが。

岩橋 原さんは「法人のも個人のも合わせてこの金額」という意味で書いているのですね。

原 そうです。法人としてとか、個人としてとか、グループとしてとかの区別はしていないのです。

岩橋 「この研究に」ということになるのですかね。そうだと、研究員が2人いると、その2人の合計ですね。

原 研究全体でしょうね。

小原 議論は尽きないと思うのですけど、いったんここでまとめて、もう一度、整理していただいて、第4次案を次回に出していただければと思います。よろしいですかね。もし、今日には議論にならなかったけれども、何か新たなご意見がありましたら、原さんの方へ直接、メールなりでご連絡いただければ、それを反映していただけると思います。これは次回へ持ち越しとしまして、治験審査委員会報告をお願いします。

 

議事(4)「治験審査委員会報告」

富田 治験に関しては、特に大きな問題はありません。前回から順調に進んでいます。ただ、JCウィルス関係の話は具体的な動きの報告は聞いていません。

小原 特に問題はないですね。では…、

内田 後は事務局の方から…。1つは前回も申しました倫理委員会の懇親会を9月20日18時半から行いますが、場所等はご案内に載っています。もう1つは次回の日程ですが、通例では10月18日火曜日ですが、10月中の火曜日は都合の悪い方が多いので、11月8日火曜日はいかがですか。

吉中 次はエホバの件も最後になりそうですから、産婦人科の中村科長にも出てもらいたいのですが、スケジュールはどうなっていますか。

内田 中村科長がダメならば前後への変更も考えるとして、11月8日に予定させていただきます。場所は、10月から西館という新しい病棟ができますので、そこの会議室になります。ただ、ここの使用頻度は高いと思いますので、できれば定例でどこかに固定をしていただいた方が良いと思います。

小原 それでは、長くなりましたが第44回倫理委員会を終わらせていただきます。ありがとうございました。

 

 

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