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第三十六回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2010年3月4日(木)18:30~21:30
場所 近畿高等看護専門学校5Fホール
出席者 外部委員 原委員長、勝村副委員長、関谷委員、広瀬委員
内部委員 北村副委員長、内田委員、東委員、中村(特別委員)
事務局 丸山
オブザーバー 清水、橋本
治験関係オブザーバー 齋田、富田
エホバの証人関係オブザーバー 豊福、荒川、山根
欠席 位田委員、岩橋委員、赤木委員、井上委員、吉中委員

議事

議事(1)「新治験の説明」

原  ちょっと遅れて来られる方も数名いますが、倫理委員会を始めたいと思います。治験関係と、エホバの証人の方との懇談、あと、セデーションの関係の報告があります。まず治験関係の話をよろしくお願いします。

齋田 2年ぐらい前に、FTY720という飲み薬でこの会議で私が説明させていただきましたが、同じ多発性硬化症という病気に関する新しい薬の治験を計画しておりまして、治験審査委員会の審議はもう終わっているのですが、倫理委員会でも審議をお願いしたいということで参りました。

患者さんにお渡しするこの治験の説明書がお手元の資料にあり、かなりのことが書いてあるのですが、まず、どういう病気であるかということをご理解いただくために、前にスライドを1枚だけお見せしています。

多発性硬化症というのは中枢神経、視神経と脳と脊髄が中枢神経ですが、そこに免疫の異常によって起きる病気です。戦前は日本にはないと考えられていたのですが、1966年に府立医大で最初に日本人にもいると病理学的に証明されました。私は一時期、この米沢という先生の下で研究したことがあります。以来、報告がだんだん増えて、これは日本だけではなく世界的な現象と言われていますが、特に最近の20年間ぐらいはかなり患者数が増えつつあり、3年ぐらい前のデータでは約12000人です。特定疾患という難病ですので、全員が登録されています。

このスライドは、亡くなった後に脳を前方から薄くスライスして、特殊な染色をしたもので、脳というのは表面に神経細胞…、電子回路ならトランジスタだとすると、神経細胞の間をつなぐ電線が髄鞘で、その髄鞘が黒く見えるように髄鞘染色をしています。本来はもっと黒いものがいっぱいあるのですが、黒いものの中のあっちこっちに穴が開いたみたいな跡があるのがお分かりかと思います。周辺にももっと黒いものがある筈なのに、それも抜けていますが、これは亡くなった患者さんなので、かなり重い、最終的な状況です。で、こういう状況ですと、目も見えない、脊髄にも病巣が出ますから、四肢が動かない、そしてこのように大脳に出てきますと、しゃべることも考えることもできない痴呆の状況に、最終的にはなる疾患です。10年でそこまでなる人もあれば、40年ぐらいかかる方もあるということで、みんなが非常に悪いわけではないですが、次第に進行していく病気です。

日本人は遺伝的になりにくい体質で、患者数は比較的に少ないのですが、白人では10万人あたり100~200人ですから、日本人の10~20倍の頻度で、リューマチ以上に多く、白人の間では免疫の病気で最も重要な疾患となっています。患者さんが増えている理由は、感染症が変化していることと、おそらく太陽の光が関係し、子供の時に光を浴びると病気が起きにくいということが分かっています。同じイギリス人がオーストラリアに移民しますと、南極に近いタスマニアではイギリスと同じぐらい起き、赤道に近い所では日本人と変わらない程度に減りますが、ただし、子供の時代にそこで生活した場合の話で、子供の時代に運命が決まりますが、まだ分からない点はいっぱいあります。ただ、直接的にはヘルペスなどの感染が引き金になることが分かっています。

これに対する治療は現在、日本ではインターフェロンの2種類だけが認められて使える状況ですが、その他に海外では、今日、お願いするTYSABRIというものと、他にもありまして、合計6種類が使われており、欧米で使えるものを早く日本でも使えるようにしたいということ。今、治験が進行して殆ど終わりかけているFTY720という経口薬につきましては、海外と日本がほぼ同時に進行していまして、少し前に欧米では終わりまして、非常に良いデータがNew England journalという雑誌に発表されましたが、日本でそれが利用可能になるのは、おそらく来年か再来年だろうということで、治験には非常に時間がかかります。

今回、審査をお願いするのは、TYSABRIというお薬です。「作用機序」という資料のP1の下の図は、多発性硬化症がどういうふうに起きるかということを示しています。脳内の血管にリンパ球などの血球が動いていまして、血管から脳の中に入ったリンパ球などの免疫の攻撃で、中枢神経の電線の皮にあたる髄鞘(ミエリン)が壊れるというのが、いちばん中心的な機序となります。飲み薬のFTYは、リンパ球がリンパ節から血管の中に出撃していくのを抑える薬でしたが、今回の薬は、血管の中を流れてきたリンパ球が脳の血管にくっつくのを邪魔するというもので、リンパ球が脳の中に入ろうとする攻撃の最初のステップを抑えようという違いがあります。この薬は、モノクローナル抗体という特定の抗体だけを試験管の中で作るという技術によって作ったものでして、抗体というのはタンパク質に特異的にくっつくのですが、そのくっつく先がP2の上の図のように、白血球にα4インテグリンという青い突起が3本ありますが、このα4インテグリンが血管の内皮細胞にあるVCAM-1というのにくっつきます。鍵と鍵穴のような関係で、リガントとレセプタと言いますが、これによって白血球が内皮細胞にぴったりとくっついて脳の中に入っていくということが起きるのです。ところがP3の図のように、α4インテグリンにVCAM-1がくっつく筈の場所に、この抗体が先にくっつき、鍵に糊付けをして鍵穴に入らないような状況にしてしまい、その結果として、脳の中にリンパ球が入っていけない、さらに入ってしまったリンパ球に対しては、アポトーシスという自己死させるという働きがあるということが分かっています。

日本ではまだですけど、既に欧米ではこれを実際に使って3年半ぐらいになります。この薬を使うと、再発が時々起こることで悪化するのがこの病気の特徴で、例えば2年間で5回ぐらい再発する場合がありますが、この薬を使うと、再発の回数が平均で7割ぐらい抑えられるという効果があります。それから障害の進行、例えば杖が必要になってくるとか、車椅子が必要になるとか、そういう時期が7割ぐらい遅くなるということが、多くの患者さんの集計で証明されておりまして、欧米で現在使われている6種類の薬の中で、最も有効性が高いと言われています。7割と言いましたが、多くの患者さんでは殆ど止まってしまうと言われています。

そういう薬ですが、薬そのものの問題点がありまして、一つは点滴をする時に、モノクローナル抗体がアナフィラキシーというアレルギー反応を患者さんに起こして、点滴中に気分が悪いといったことが100人に1人あると言われていますので、そういう方には使えなくなる可能性があります。これは当初から知られていたのですが、当初は知られてなかった副作用が市販後にだんだんと出てきまして、大きな問題になっておりますので、PMLと書かれた資料に添って、特に詳しくお話をさせていただきます。PMLというのは、健康人の6割ぐらいの方がウィルスを体の中に持っていて、何も大したことを起こさずに、おしっこの中に常時出していると言われていおり、正常な免疫の状況の人間が感染していても、脳の中には入っていけないというウィルスです。ところが、TYSABRIを長期間使っている患者さんでは、それが脳の中に入っていって、脳での感染症を起こすことが分かってきたのですね。それで起きるのがPML(Progressive Multifocal Leukoencehalopathy)で、日本語にすると進行性多巣性白質脳症という病気です。この病気は、実はエイズであるとか、移植などで激しい免疫療法を行う場合、癌などで抗癌剤を使って免疫を抑えるといった場合に起きますし、免疫を抑える他の薬剤でも同じようなことが起きると分かっています。例えば現在、世界でNo.1の最も高額なセールスの薬がリツキ酸で、悪性リンパ腫などに使う薬ですが、この場合にもかなりの患者さんが出ています。ただ、世界的に現在いちばん多いのがエイズの患者さんで、エイズの患者さんで起きますと、落ちた免疫を回復させられないので、殆どそのまま進行していく致死的な病気だと怖れられています。

資料のスライド15番を見ていただきますと、TYSABRIではなくNatalizumabという化学名になっていますが、去年末のデータで世界の使用患者数は60700人で、その内、30ヵ月を超えているのが6400人というように、どのくらいの期間を使っているかという内訳をグラフで示しています。最近では65000人ぐらいが使っていると聞いていますが、そういう状況の中で、これまで分かっているPML症例の全てが次の3枚のスライドにリストアップされ、どこの国で発生して、どういう患者さんで、投与何ヵ月ぐらいで発症したかということが、ここにまとめられていますが、実はその後にも新しい患者さんの報告がされています。このリスクを計算したのが19番のスライドで、「長く使えばだんだん増えてくるのか、それともどこかで頭打ちになるのか」ということがいちばん問題になっていまして、今のところのデータでは、使用した患者さんの数を発生した患者さんで割った1000人あたりのPML発生率は、12ヵ月以内ではまだ誰も発症していません。12ヵ月すぐあたりから発症が始まっていますが、2年ぐらいで頭打ちになって、そこで止まり、1000人に1人ぐらいで推移するのではないかというのが、これまでの3年間のデータからの推測です。ただ、これが絶対的にそうだとは言えないので、今後の推移を見る必要はありますが、1000人に1人でとどまるのであれば、薬の有用性とリスクとの間で有用性の方が高く、元々の病気が困難なものだけに、患者さんもそういう事実を知った上で「それでも使いたい」と言われるようなお薬です。ただ、発症率がさらに増えていきますと、将来もそうだとは完全には言えません。我々、日本での患者さんにとっては、欧米がこれだけ先行しているので、1~2年経てば、おそらく彼らの方で答えが出るので、日本はそのデータを見た上で考えるゆとりがあるというように、遅れたことによる利点もあります。

ただ、TYSABRIを投与して発症した場合は、必ずしも致死的ではありませんが、もし、感染したことが分かった場合、どういう対応をするかは、スライド13番の「血漿交換」をご覧ください。診断がついた場合には投与をストップするのですけど、抗体が血液の中を回っていますから、できるだけ早く除去するために、同時に血漿交換療法を行います。血漿交換療法は、本院では腎臓の患者さんでかなり盛んに行っていますので、本院においても技術的には可能な治療方法です。血漿交換療法をやりますと、かなり急速に血液の中からこの薬物がなくなって、免疫の状況が急速に健康人と全く同じような正常に戻るということが、既に確認されています。そして、自分自身の体で感染に対して闘うということが始まりまして、PMLそのものはほぼ抑え込むことが可能です。ただ、発見までにやはり一定程度の病巣ができて、その程度に応じた後遺症が残る可能性があり、遅れますとやはりかなり重大な問題が起きることがあります。欧米では死亡例も起きているのですけども、よく見ますと、既にかなり重い方の治療にTYSABRIを使って、薬が切れた段階で諦めて治療を希望しないということがあって、そういうことが死亡例につながっています。

このPMLを早く発見するということが大事でして、欧米ではMRIが日本ほど簡便に使えないですし、値段も高いということと、医療のシステムが違いまして、日本ではかなり早期にMRIを撮ってチェックしますので、症状もないかなり早期に発見できる可能性があります。若干、多発性硬化症との鑑別が難しい場合があり得るので、非常に早期の病巣が脳に出てきた場合、我々の方で発見できるのかという心配もありますが、そういう場合には脊髄液を抜いてウィルスを調べるというのが最終的な診断になります。ただ、欧米では全てMRIで見つけているのではなく、多発性硬化症では普通あまり起きないような症状が出ることで発見されています。多発性硬化症の症状というのは、1~2週間でピークを越えてある程度は改善に向かうのですが、数ヵ月経っても神経症状が進行する場合、特に精神的な症状が出てきた時はPMLを疑えということになっています。で、もしそういう疑いがあれば、脊髄液を抜いてカリフォルニアの専門の会社へウィルス検査に出すのですが、提供して10日以内に返事が来ることになっています。

また、PMLの治療薬として開発中の薬がありますが、それはスライド22番以降のMefloquineというマラリアの治療薬で、アメリカ人では過去に500万人ぐらいが使っていると書いていますが、それはアフリカや南米などに旅行する場合、マラリアに罹らないように事前に投与するので、非常によく使っているようです。これが試験管の中でウィルスに感染している細胞に非常に効果があったということから、欧米ではエイズの患者さんで治験をやっておられます。日本でも数例、独自にエイズの患者さんに使ったという経験のある人が、PMLが起きた時の相談者となっている東京の駒込病院の岸田先生で、日本でエイズの患者さんがいちばん集まっているのが駒込病院です。この方によると、エイズでは普通はもう改善しないのだけども、彼が使った2~3人では非常に改善したということになっています。薬剤は偽薬を使ってきちんとした治験をやらないといけないので、欧米では今、そういうことをやっていますが、これは日本にもある薬で、非常にやすい薬ですので、患者さんが希望すれば利用することは可能だということになります。

で、治験そのものがどういうふうに行われるのかというのは、実施計画という資料にありますが、この治験はPartAとPartBから成り立っていまして、今回はPartAだけです。PartAというのは第1相になります。第1相というのは、日本において初めて人間に使う最も初期の治験です。通常の薬剤は健康なボランティアでテストするのですが、こういう薬剤の場合は患者さんで同意を得て使われることがあります。ただ、モノクローナル抗体で人種差というのは殆どないだろうと、理論的には考えられます。過去の様々なモノクローナル抗体でも人種による差はありませんでしたので、殆ど問題はないだろうと思われます。

富田 プロトコルではPhase1は抜きで、Phase2のPartA、PartBとなっていますが、日本人では初めてですね。

齋田 すみません。一応、有効性を示すということのPartAですね。PartAは実薬が必ず入るということで、本院と東京の国立精神・神経センターの2ヵ所だけで12名を対象にして行います。PartAにおける会社側のいちばんの目的は、短期に血中濃度がどのように推移するのかを調べることで、欧米との人種差がないことを確認します。短期的な副作用などの可能性もありますのでそれも含め、採血などの検査をしてデータを集めさせていただきます。そのデータをいただいた上で、医薬品機構へ提出して、さらに大規模に多くの患者さんに利用するのが妥当であるということを証明するというのが、PartAの目的です。その短期検査が終わりました後も、協力していただいた患者さんには継続的に薬剤を投与させていただき、MRIや障害度の推移、再発の頻度などのデータを集め、長期的な効果も追跡して調べさせていただきます。実施計画資料の21番にそのスケジュールが上がっていますが、その次の22番にありますように、患者さんは第0週のスタート時には、4時間後、24時間後、48時間後、96時間後、1週間後、2週間後、3週間後と、頻繁な採血をさせていただいて、薬剤の血中濃度がどうなっているかということを中心にデータを集めます。その他は、主に薬剤の有効性を調べるためにMRIを繰り返し撮らせていただきます。多発性硬化症の有効性を示すのには1~2年の追跡が必要になりますので、長期の追跡が行われます。

患者さんに対しては、治験についての同意説明文書を事前にお配りしますが、それが事前資料③のP7以降にあります。「いつでも理由に関係なく同意を取り下げ、やめることができる」とか、「その場合にも不利益な待遇を受けることはありません」とか、薬剤の効果や副作用なども含め、特にスケジュールについては詳しく説明しています。これを何時間かかけて説明した後、じっくり考えていただいて、同意をいただくことになります。

それからPMLの関係ですが、この文書には書いていませんし、会社も公には言っていない主に私の考えで、欧米でも同じようなことが言われていますけども、「PMLは2年ぐらいすると1000人に1人ぐらいに起きてきまして、もし起きたら重要な問題ですので、2年ぐらいで一度この薬剤を止めるいうこともできます」という選択も加えたいと思っています。いわゆるドラッグホリデイですが、そうすると、この段階で万が一その方がPMLを発症するべく水面かで何かが起きていたとしても、止めることで治療しているのと同じでして、半年ぐらいで正常な免疫に戻しますと、もう一度、PMLが抑え込まれて、振り出しに戻るだろうと考えられます。ただ、その間の治療をどうするのか、何も使用しないのか、他の薬剤に切り換えるのかということが問題ですが、1年ないし2年の治療の後にドラッグホリデイを設けるということを間欠的にやるという治療方法が今後、広がる可能性があると思います。ただ、それがより優れているというしっかりした証拠、エビデンスはまだないので、会社側は文書にできないということですが、欧米でもある程度の医者が勝手にやり始めているそうです。もし患者さんが続けていたとして、2年後ぐらいの時点でもう一度情報を集めて、患者さん説明して、継続するかどうかを選んでいただくこともできるというふうに考えています。

資料にはもっと他のこともいろいろ詳しく書いており、治験ですから妊娠を希望する方は参加できないとか、いろんな制限もあります。「これが認められたら希望したい」という患者さんが現在、既に10人ぐらいおられます。特にPartAの方は偽薬が入らないので、「入りたい」という方が多いということと、PartAの方は障害度が杖を1本使って歩ける方は入れるのですが、PartBでは杖を使っている人は入れなくなりますから、PartBに入れない人がPartAに入れて欲しいと希望されています。説明はこれぐらいでよろしいでしょうか。

富田 当院験審査委員会の委員長の富田と申します。齋田先生からもありましたように、治験審査委員会の方では了解という結論が出ましたが、ここでの結論も必要ということなので、よろしくお願いします。

原  ありがとうございました。では、質問・ご意見をお願いします。私から質問ですが、Phase1はなしだけど、実際はPartAがそれにあたるということですが、1が完結しないでも始めるというやり方もあるのですかね。

齋田 Phase2の初期みたいですが、実際上はPhase1だと思いますけどね。

原  治験デザインの図を見ますと、AとBが重なるような形に書いてあるのですが。

齋田 Aの追跡ですね。Aは初期の1ヵ月のデータが本来の目的の分ですが、その後も治験は継続していますので重なるのです。で、1相に相当するような初期の分のデータを回収し、厚労省に先に提出して、Bを始めてもいいという認可を継続中に得ようというプランですね。

原  1相に相当するというのは、基本的には安全性なんでしょうかね。

富田 おそらく、これはヨーロッパでもう市販されていることが念頭にあるのではないかなと、我々は解釈したのですけどね。で、このPartAが実質的に日本人では1ということですね。

齋田 「ボランティア・健康人でやるのが1で、患者さんでやる場合は2だ」ということで、単なる名前の問題ですかね。だから1相的な側面も持つ初期2相という感じで、治療も目的にしているというのは事実です。1相というのは治療を目的にはしないです。

原  あまり健康人で試してみたくはないということが、1をやらない理由ではあるのでしょうね。そうしますと、Bをやる時は改めて申請されて、手続きを経るのでしょうか。

富田 ええ。今回はAで、もう一度Bがあるように説明は受けました。

齋田 Bも殆ど同じなんですが、違いは二重盲験ですから、Bの場合は半分の方が偽薬ということになり、偽薬が6ヵ月間続くということになります。

富田 投与量も決まっていましたね。

齋田 申し忘れていましたが、外来で月に1回、1バイアルを1時間ぐらいかけて点滴するということで、それは人種差や男女差も何もなしで、同じ量を点滴します。

富田 有効性についても、ある程度それで走っていってしまうのですけど、容量効果を決めるという本来の手順もなくてもPartBが走っていくという感じですね。

齋田 「充分量だ」ということで、それを超えても超えなくてもあまり差がなく、容量設定というのはあまり意味がないという結論が出ているみたいですね。

原  これを見ますと3相もないのですね。

齋田 3がないのは、これが難病だからです。

広瀬 海外ではどこで認可されて、何年経っているのですか。

齋田 3年半ぐらい前に一般に市販されて、40~50の国で利用され、65000というのは市販薬の患者さんです。

広瀬 今から治験をやろうとしているのは日本ぐらいですか。

齋田 そうです。

広瀬 それでも日本人には違いがあるかも知れないから、ちゃんと治験しようということですね。

齋田 というのが日本の厚労省の考え方で、これをやらないと永久に日本で利用できないのです。

広瀬 今、始めて、実際に使えるようになるにはどれぐらいかかるのですか。

齋田 PartBが今年の秋ぐらいから始まる予定でして、6ヵ月間の治験で1年ぐらいのエントリーですから、2年半から3年ぐらい先でしょうね。治験そのものに1年間かかりますし、そのデータを集めて出したら、その審査に殆ど1年間かかりますから。ちなみにですね、「こういう稀少疾患に対して人種差を全部調べよというのは、日本では要求し過ぎだ」と私は問題にして、文書を作って1回出したことがあるのですけど、それをもう1回、出そうと思っているのですね。「確かに科学的には調べた方が良いです。しかし、患者さんが少ない疾患で、欧米でこれだけ証明されている薬剤については、もう少し緩めるべきだ」と要望書を出しているのですね。

広瀬 これはオーファンドラッグになるのですか。

齋田 はい。もう既にオーファンドラッグとして認められてはいます。それで迅速審査をしても、今までの例ですと1年ぐらいかかります。

原  韓国とかはどうしているのですか。

齋田 日本以外は、世界中でどこもそういうことはやっておりません。人種差を問題にして独自のデータが要ると言っているのは日本だけです。中国は若干、そういうことを言いだしているそうですけど。私どもが言っているのは、本来は日本と韓国と中国と台湾ぐらいで、ヨーロッパに相当するようなグループを作って、共同の試験をやれば、患者さんがもう少し増えます。確かに人種差というのは証明した方がいろんな意味で良い面もあるわけですが、ただし患者さんがいて治験ができればという話でして、それを理由にして10年ぐらい遅れる薬が出るというのは非常に問題だと思います。これに関してはせざるを得ないので、会社がやると言ったのでやりますが、実は、この病気に関してだけでも他にも薬はあるのです。欧米との差がだんだん大きくなってきています。癌の場合もいろいろと問題になってきていますけどね。

富田 やはり今のところは国際的な取り決めで、治験の許認可をするグループとしては日本とアメリカとヨーロッパの3つがありますが、アメリカとヨーロッパは共通した方向に今は動いていますよね。ただ、それぞれ歴史的な違いがあるようで、日本は独自のやり方がこれまであって、

齋田 最近は「欧米でやる時に最初から一緒に入れてもらい、ただし、日本独自の有効性をそこで示せるような」と言うのですが、そうすると同じことで、非常に難しいです。「千数百人の中に日本人が10人か20人だけ入っていたらいいよ」と言うのなら、非常に楽になるのですが、それだけの数字では有効性の証明はできないです。私は有効性の証明よりも、こういう場合は副作用のチェックに力点をおけば良いのではないかと思っています。

広瀬 PMLというのは、ドラッグホリデイをおけば必ず大丈夫ということが証明されているのですか。

齋田 それはありません。ただ、投与をストップすれば改善するのは発症している人では間違いのない事実ですから、発症前に定期的にやれば、発症を予防できるのではないかと考えられます。

広瀬 発症した人は、間をおいたら必ず治るのですか。

齋田 少なくともPMLは止まり、縮小はしますが、一定の病巣は残りますし、後遺症が残る可能性はあります。そうならない内に定期的に中断しようというのですが、中断すれば作用の方でマイナスもありますから、実際に欧米では「1000人に1人ぐらいなら」ということで、使い続けているのが殆どのようです。

原  基礎的な説明で出てくる白血球というのは、どういう種類の白血球ですか。

齋田 主にリンパ球で、他に単球などもα4インテグリンを持っていますが、好中球にはなかったと思います。

原  それがミエリンを破壊するというのは、どういう仕組みなんですか。

齋田 元々、ミエリンを異物と認識するリンパ球があって、ミエリンを認識したら、攻撃が始まるわけです。

原  それは、抗体を作るという意味での免疫ですか。

齋田 リンパ球にはTとBがありまして、T細胞ですから抗体は作りません。誰にでも自己を攻撃するような細胞が生まれてくる可能性はあるけども、それを抑えるメカニズムがなくなっているのが、この自己免疫の機序だということになっています。

富田 液性免疫と細胞性免疫がありますが、細胞が接触することで壊す細胞性免疫の壊し方です。

齋田 多発性硬化症の場合、細胞性免疫が主な機序で、血管壁を破るのはやはり抗体にはできず、T細胞でないと破れないと考えられるからです。

広瀬 PMLを予防しようという趣旨で、2年ほどしたら半年ぐらいやめるというオプションもあると思っておられるけど、ここには書かない、書けないのですね。

齋田 お勧めするというほどの根拠もないです。今からまだ2年ぐらい先だから、いろんなデータを集めて、その時点でまた判断することも可能ですよということです。

広瀬 逆に言うと、これからの2年間で情報を集めて、そのデータによったら、2年後にもしかしたら半年間のホリデイをするかも知れないということなんですね。

原  ウィルスそのものの有る無しというのは、事前にもっと簡単に調べられないですか。

齋田 それは可能で、簡単ですけども…。

富田 それが脳の中にあるかどうかを証明せないかんのですよね。

齋田 調べても脳の中にはないのですよ。ただ、尿中には出てくるのですよ。では、出た人達は皆やめることにするかどうかですけども、やめはしないということだから、調べても無意味だということなのだと思います。

原  でも、止めるかどうかは別としても、調べておいた方が良いような気はします。

齋田 それは事前に採るのではなかったかな。

富田 6~7割というと、ほぼ常在菌に近いですから。

原  6~7割といったら、いない人もおるわけですから。

齋田 まぁ、「持っていると考えなければならない」「自分はないのではないかという期待はあまりしない方が良いという前提でやらんといけない」という考えに基づいてやっていると思います。

広瀬 倫理委員会としては、重大な副作用であるPMLに注意して、治験の開始以降もできる限りの情報収集を続けて、何回かに期限を区切って分析し直して、ドラッグホリデイなども含めて判断するということを、あらかじめ決めておいた方が良いと思う。

齋田 治験を担当する医師には、メールで「スイスでまた新しい例が来ました」とか一例一例、情報が来ます。それからMefloquineの治験の情報も途中で来ます。私がいちばん気にするのは、2年よりも3年と、だんだん感染リスクが高まらないかということで、今のところは高まらないのではないかと考えているみたいですけど、高まるのであれば、長く続ければ続けるほど危険が高まるので、やっぱり「休まないといかん」というふうになると思います。そこのデータをしっかり集めて、患者さんに伝えることが大事かなと思いますね。

広瀬 でも、これは3年ほどしたら日本でも市販になるだろう話ですが、治験は2年以上続けるのですか。

齋田 これはもちろんいつでもやめられますし、市販されるまでは、希望されれば提供を続けます。

広瀬 重篤な副作用であるあるだけに、このホリデイをどの時点でどのぐらいするのか、しなくて良いのかというのを、どこかのタイミングで倫理委員会が判断するという形の方がいいような気がする。

齋田 ただ、根拠を持って「ホリデイをやった方が良いですよ」と言えるほどのデータは、簡単には得られないだろうと思います。

広瀬 だからこそ、倫理委員会でしておいた方が良いと思う。

齋田 一律にやるというのではなく、患者さん毎に情報を提供して判断してもらうことになると思います。それから、患者さんの障害の状況にもよると思います。それから、他の治療薬が使える人と使えない人もあります。そういう判断はいつでも可能ですし、やめたければいつでもやめられるわけですけど、常に最新の情報をお渡しするということがいちばん大事かなと思います。

原  ただ、取りあえず今回は治験ですから、そこの範ちゅうの話には、そうはならないですよね。

齋田 治験そのものの期間は6ヵ月ですからね。そこから先は希望すれば提供を続けますが、提供している間は延長の治験で、やっぱり治験ではあるのですけど、必ずやるという治験ではないですね。

広瀬 PMLが疑われた時の対応は、基本的にはMRIでPMLが否定できない場合は脳脊髄液評価とあり、プラス脳生検を行う場合があるというのですが、これは侵襲性がかなり大きいように思うので、どのような時にそれを行うのかを伺いたいのですが。

齋田 脊髄液が10日で結果が出るわけですから、まずそれをやりますね。しかし、PCRというのも100%絶対ではないと言われていますから、それが出ないけども疑いが強い場合は、これも患者さんが最後に判断するのですけど、脳生検をお勧めすると思います。ただ、滅多にあることではないと思います。

広瀬 治験審査委員会では、この治験に関して定期的に会議はするのですか。

富田 治験審査委員会は毎月やっていまして、これまでの薬では作用情報みたいなものが毎月、来ます。おそらくこれも、そのぐらいの情報はずっと、特に重篤なやつについては毎月ぐらい報告があり、それを見ながら審議することになると思います。

原  他には何かございますでしょうか。そうしましたら…、

齋田 後は私が退席してから審議していただくことになるのでしょうかな、本来は。

原  そこまでやらないといけないのでしょうけど、この治験に問題点があるというご意見がないですか。特になければよろしいでしょう。治験の実施そのものは承認ということでよろしいですね。次のPartの部分でどちらにしても改めてまた手続きが必要ということになるのですね。その段階もありますし、進行状況の方は、治験審査委員会の方に出されているものを開催時にこちらへも出していただくと…。

富田 場合に応じてか、半年か1年かの定期的にするのか、どちらが良いのか分かりませんが、治験審査委員会の方から資料を出すというやり方もあるかとは思います。

原  どうでしょうね、治験審査委員会というものがあるわけですから、第一義的には治験審査委員会が責任を持つ話だとは思うのですね。ただ、こちらの手続きも経ている以上、全くフォローアップをしないというのは問題なので、資料でいただいておけば良いのかなと、私は思います。

富田 また、ご意見をいただければ、それで…、

原  いちいち同じような説明まで要るわけではないと思います。そういうことで、ありがとうございました。

 

議事(2)「エホバの証人医療機関連絡委員会京都委員会との懇談」

(治験関係オブザーバーの退室、エホバの証人関係オブザーバーの入室)

原  ご足労いただきましてありがとうございます。

豊福 エホバの証人の医療機関連絡委員会京都委員会の豊福と申します。よろしくお願いします。

荒川 荒川と申します。よろしくお願いいたします。

山根 山根と言います。よろしくお願いします。

原  こちらも簡単に自己紹介しましょうか。私は委員長をしています読売新聞大阪本社の原と申します。

広瀬 勝村と言います。市民団体とかそんな感じです。

中村 産婦人科の中村と申します。

東  京都民医連中央病院の副院長、整形外科をしております東と申します。よろしくお願いします。

橋本 中央病院の看護部長をしています橋本と言います。よろしくお願いします。

清水 病院の医療安全の方を担当しています清水と言います。よろしくお願いします。

清水 民医連には共同組織というものがありまして、中右京健康友の会の広瀬と言います。患者です。

関谷 今日、ものすごく楽しみにしてきました同志社大学神学部の教員で関谷と申します。日本基督教団の牧師でもございます。よろしくお願いします。

広瀬 中央病院の精神科医をしています北村と申します。どうぞよろしくお願いします。

内田 中央病院事務長の内田と申します。

丸山 事務局の丸山です。

原  では、エホバの方の方から、まずご説明をしていただいて、後は質疑ということで進めたいと思います。

豊福 スライドとビデオで合計25分ぐらいだと思います。よろしくお願いします。

荒川 本日は倫理委員会の席でプレゼンする機会を設けてくださってありがとうございます。医療機関連絡委員会は、医療関係者と信者である患者との間で、より良い信頼関係を築くための架け橋として活動しております。日本中の主要都市に54の委員会がありますが、それらを統括しているのが神奈川県海老名市の医療機関情報デスクです。医療に関するネットワークは世界的なもので、ニューヨークにある世界本部には、医療関係を扱う部門であるホスピタルインフォメーションサービスがあり、そこを中心に236の国や地域を網羅しています。

まず、エホバおよびエホバの証人についてご紹介します。エホバとは万物の創造者・全知全能の神の名前で、聖書の中に7000回以上登場するものです。エホバの証人は聖書全巻の記述を信じ、エホバ神とそのみ子イエスキリストの情報を精力的に伝える世界的なキリスト教の信者です。尚、世界中のあらゆる言語での聖書の出版や、ものみの塔誌を始めとする聖書文書の印刷や頒布も行っています。エホバの証人の数は全世界で700万人です。

エホバの証人の道徳観に関しては、聖書の教える諸原則に固く従い、1世紀のキリストの弟子達の模範に倣っています。諸原則には様々ございますが、生命倫理に関するものも含まれています。私達の信仰は基本的にエホバ神と隣人を愛することから成り立っています。従って全てのエホバの証人は、隣人を愛し命を大切にするゆえに、戦争で人を殺したり堕胎したりはいたしません。また、体を大切にするゆえに、麻薬や喫煙を避けております。そして神を愛するゆえに、数多くの治療法の中から輸血という選択肢だけを除外して欲しいと望んでいます。

血に関する聖書の見方とはどのようなものでしょうか。聖書には、人間の生命は血によって維持されていることが述べられていますが、これは現代医学でも認められています。また、3500年前に制定されたモーゼの律法の中で血を食すことを禁じ、西暦49年にはクリスチャンに対しても血を避けるようにとの指示があります。「血を避けなさい」という言葉には当然、輸血も含まれると理解しています。例を挙げますと、医師がアルコール依存症患者にアルコール摂取を禁じる指示を出した場合、口から飲むことだけでなく注射で体内に入れることも含まれている筈です。ですからエホバの証人も、血を食べないだけではなく、輸血を一切受け入れていません。

具体的には血に含まれる何を受け入れないのでしょうか。聖書は医学的な用語を用いていませんが、全血および主要成分の赤血球・白血球・血小板・血漿を受け入れないものと考えています。その分画のアルブミン・免疫グロブリン・トロンビンや第VII因子製剤などの凝固因子については、聖書は細かなことを述べていませんので、個人で判断します。自己血に関係する医療処置については、聖書に「体から出た血は地面に注ぐように」との記述がありますので、血液を事前に採取・貯蔵して輸血する術前自己血貯血などは受け入れていませんが、明文化された神の原則に反していると断言できないものもあり、希釈式自己血輸血や回収式自己血輸血は、迂回する血液が依然として循環系の一部であると感じるかどうかを、個人が判断して医療上の決定を下すことになります。

近年、輸血による感染症を少しでも減らすため、または高価な医薬品である血液の消費量を減らすために、様々な代替療法、例えば止血に関する外科的な装置や失血抑制の手法、止血剤・血液増量剤・貧血対応薬などが開発されてきました。これらの療法を駆使することによって、殆どの疾患や怪我に対して無輸血で手術することが可能な時代になっていると思います。さらに、人間の体は相当な貧血にも耐えられることが分かってきています。「待機手術の場合はよいが緊急時の場合、特に意識のない場合はどうするのか」という質問もあるでしょう。エホバの証人は緊急時に備えて、「医療に関する継続的委任状」を名刺サイズに折り畳み、首から下げたり財布に入れたりして日頃から携帯しています。各人の分画や自己血の使用に関する指示、末期治療についての考え、医療に関する代理人の記載もありますので、緊急患者が運ばれてきましたら、まず確認をお願いしたいと思います。

エホバの証人は聖書にあるように「子らはエホバ神からの相続物である」と考え、常に子供達を愛し、その福祉を願っています。また、「自分の家の者に必要な物を備えない人は信仰を否認している」と述べられていますので、子供に身体の必要物を備え、教育や娯楽の機会を与え、聖書に基づく道徳的な価値観も教えています。そして、病気や怪我をすれば積極的に病院での治療を受けさせますが、血を避けなさいという神の命令は子供にも適用されると考え、輸血以外の治療を選択します。それで、信者の子供達に関しましては「身元証明書」を携行するようにしていますので、書類を確認の上、まずは親への連絡をお願いしたいと思います。

また、手術を受ける場合、主に待機手術に関しては、事前に医師達と確認のための「輸血謝絶兼免責証書」を取り交わしたいと考えています。これには「医療に関する継続的委任状」と同様に、分画や自己血の用い方に関する患者の意思を記載しており、患者と医師がサインしたものを2部作成して、双方が1部ずつ持つようにしています。

次に、医療に関する法的側面について具体的な場面に分けて考慮したいと思います。まず、輸血拒否患者に輸血した場合には、患者に多大な影響を及ぼします。血に関する神の命令に従いたいという宗教上の真摯な願いが踏みにじられたことになるからです。一例ですが、エホバの証人の信者にとって輸血されることはレイプに等しい屈辱感を味わうと言われ、我が国にも成人の信者の輸血拒否を認める判決があると大橋先生も述べています。同意をしていない医学的侵襲に対して、精神的な痛手が大きかったことが伝わってきます。そして患者は生涯にわたって重荷を背負うことになってしまいます。一方、強制輸血をした医師は法的な責任、例えば民事では人格権侵害の不法行為責任、さらに専断的治療行為による刑事責任を問われる可能性があると、最高裁判決から判断することができます。次のような事例がありました。1992年7月、63歳の女性信者が東京大学医科学研究所附属病院にて肝臓腫瘍摘出手術を受けましたが、手術当日、医師は救命を理由に本人の了解を得ずに輸血しました。後日、患者は輸血の事実を知り、精神的苦痛を受けたとして訴えを起こしました。最高裁は「患者が輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は人格権の一内容として尊重されなければならない」という判断を示し、2000年2月29日に全員一致で患者に有利な判決を下しました。これは個人の尊厳と幸福追求権を保障している憲法13条を念頭においたものと推察され、輸血しないと救命できないと思える状況であっても、輸血を拒否するという患者の意思の方が優先されるべきであるという判断が出されたものであると理解しております。

また、輸血せずに患者が死亡した場合は、医師は業務上過失致死傷罪に問われるのでしょうか。東京大学の樋口範雄教授は「患者の意思決定を人格権として尊重せよと、最高裁が判示しているのだから、それを実践し、患者の決定に従って手術を行ったことについて、刑事責任または民事責任に問うのであれば、もはや最高裁の権威はどこにあるのかということになる」と述べておられ、日本医師会が出された医師の職業倫理指針でも「無輸血下手術の際に一般的に求められている注意義務を尽くしている限り、患者が出血死しても、医師は少なくとも民事責任については責任を免れるが、刑事責任についても同様と考えられる」と述べられています。つまり、患者の輸血拒否の意思を尊重する医師は、刑事責任はおろか民事責任さえ危惧する必要はないと思われます。さらに、同意殺人罪についても、患者自身には自殺する意思が全くなく、輸血以外の治療によって生きることを望んでいますので、たとえ患者が亡くなっても、同意殺人にはあたらないことになります。この点を裏付けて、例えば早稲田大学の甲斐克則先生は「本人の輸血拒否の意思に即した行為、不作為について、作為義務を解除することは可能と思われる」と述べておられます。つまり、同意殺人罪が成立するのは作為義務がある時だけと考えられていますが、患者が輸血拒否している場合、医師には輸血するという作為義務は課せられません。そのため、輸血をしないという不作為によって患者が死亡したとしても、医師の側に違法行為はないものと考えられます。では、民事裁判で損害賠償を請求されることはあるのでしょうか。エホバの証人が取り交わしをお願いしている「輸血謝絶兼免責証書」は、患者から医師への医療上のお願いを記しているのと同時に、医師への免責を保障するものとなっています。患者本人の意思は家族や親族の意思よりも優先されますので、例え遺族が民事訴訟を起こしても認められないと考えています。尚、この書類の法的な有効性は先ほどの最高裁判決によっても裏付けられています。

最後ですが、医療に関してエホバの証人は子供達も含めて、まず輸血が関係しない他の治療法を選択し、良質な医療を受けたいという願いを持っています。さらに、インフォームドコンセントの確立によって、無断輸血に対する不安から解放され、医師を信頼し、平安な思いを持って病気に立ち向かいたいという願いを持っています。以上、医療に関する私どもの考えを簡単に紹介させていただきました。どうもありがとうございました。

続きまして、輸血の代替療法のDVDのダイジェスト版をどうぞご覧ください。

(DVDビデオ「輸血の代替療法」ダイジェスト版の上映:約8分)

荒川 詳細な点はお配りしたDVDをご覧いただければと思います。どうもありがとうございました。

原  どうもありがとうございました。それでは質問なり、意見交換なり、どなたからでもご自由にお願いします。では私から…。まず輸血を拒否する理由ですが、これは「血を避けなさい」という聖書の記述ということですから、害が有るとか無いといった議論をしても仕方がないと考えたら良いですかね。物事は、例えば何ごとかを拒否する場合に、「どうしてなんですか」という理由がハッキリしていれば、その後のいろんな議論が立てやすいということがあるのですが…。

豊福 聖書に書かれているので、純粋に宗教的理由というふうに考えていただいて結構です。

原  宗教的理由のところに、「何故、宗教的に血がダメなんだ」と聞いても、そこから先が特にあるわけでないと考えたらいいですね。

関谷 エホバの証人さんの洗礼の仕組みはどうなっていて、どなたが信徒になるか線引きされているですか。

荒川 幼児洗礼があるわけではなく、一人一人が聖書を勤勉に研究して、自分がエホバ神を崇拝したい、あるいは学んだことを他の人に伝えたいという段階、そういうところで水のパブテスマという…。

関谷 ご本人から洗礼志願が出て、それを教会の役員会が認めるといったシステムでなるのでしょうね。そうするとそれ以前の人は、分類上は何と呼ぶのですか。求道者なんですか。

豊福 特にないのですが、聖書の研究生と言うのでしょうか、そういうぐあいですね。

関谷 すると、洗礼を受ける前の方はエホバの証人の信徒ではないということなんですかね。

豊福 ないですね。先ほどの数にも入っていないです。

関谷 ということは、理論上、それ以前の方は輸血をすることも差しつかえないということですかね。

豊福 そうですね。本人の意思としてはまだ固まっていないでしょうから。

関谷 幼児洗礼がないということは堅信礼もないわけですから、お子さんについても信徒さんではないように思うのですが、そのへんはどういうふうなことなんですかね。

山根 親御さん達はやはり子供に自分の施したい教育をしたり、信念を教えると思うのです。例えば子供にピアノを教えたり、バレーの教室に通わせるかも知れませんが、将来、ピアニストになるとは限りません。ですから、小さい頃から親の信念を教えることは、親権の濫用にはならないと思うのですが。

関谷 教えるというか、教会に行ってもらいたいと思うのは分かりますし、信仰を受け入れて聖書に書いている「血を飲まない」ことを自己決断して、洗礼する以降のことは分かるのですが、3~4歳のお子さんには主体的な信仰はないと思うのですが、その場合でも教団の中では、子供に輸血をさせるべきではないと考えるのですか。さらに、輸血をしたことがある子が洗礼を受けてエホバの証人になった場合には、教団ではその人の立ち位置をどういうふうに教えているのですか。その人は罪を犯した人になるのですかね。

豊福 親としては同じ信仰の道を歩むことが最善だと思って、聖書に基づいた教育を行います。で、多くの場合、子供達は親の導きに基づいてその道を歩んでいこうとしてくれると、期待しながらやっているのですが、中には「受け入れたくない」という子供さんももちろんいらっしゃると思います。でも、信仰というのは個人の問題ですので、そういう子供達に私達が強制することはできない。ですから、本人が輸血を受け入れる強い意思を持つのであれば、私達は強制できないと思っています。

関谷 そういう方がいらっしゃった場合は、具体的にどうなるのですか。

豊福 親としては、例えば殺人を犯したような子であれ、聖書の原則を破るような子であれ、どんな子であれ我が子です。我が子に対する愛というのは共通です。その後のその子供も当然、我が子としてしっかりと育てていこうとします。聖書の教育についても同じことで、過去のそうしたことは過ちかも知れませんが、間違いだということに本人が気づいて、立ち直ることを望んで教育を続けるということです。

関谷 ということは、人間の父でさえお赦しになるのなら、天なる神様は当然お赦しになるわけですよね。ということは、輸血をした方でも、天なる神様は結局お赦しになるということですか。

山根 …と思います。

関谷 ちょっと顔色が違いますけど、そちらの方はどうご覧になりますか。

豊福 自分が犯した罪を告白して悔い改めた段階に至れば、神は赦してくださる。

関谷 ということは、輸血自体をしてしまった場合でも悔い改めをすれば赦されると、教義的になっているのですね。あぁそうなんですか。今日、本当に聞いて良かったのですけど、外から見たら、もっと脅迫観念的な「したら地獄に堕ちる」というようなイメージなんです。だから、皆さんは「本当はしたいけど、しちゃったらとんでもないことになるから」というようなわけではないのですね。実際にはされる方もいるのですね。

豊福 詳しくは知らないのですけど、過去にそういう方もいらっしゃったというのは聞いております。

関谷 それぐらいのことですか。そんなにたくさんいるわけではない?

豊福 はい、殆どいらっしゃらないと思います。

原  過去にした人が入信するというのもあるのですか。

豊福 ございます。先ほど言いましたように、殺人等を犯した方でも、入信は当然あるということになります。

関谷 ましてや輸血でどうこう言うことはないですよね。

原  輸血は罪なんですか。

豊福 聖書的に言えば罪と…。

広瀬 罪を犯すと、どうして具合が悪いのですか。

関谷 罪を犯すと神様との関係が正常化されないのでよくないのですね。だけど、イエスキリストによって全てがあがなわれた筈ですから、人間の犯す罪は皆、本当は赦されるのです。だから、それは問題ないのですけども、でも、ちょっと意外でした。教団の中でもっと縛られているのかなと思っていました。

豊福 あくまでも個人と神との関係でということなんです。

関谷 「輸血を受けた人は教団にも戻れない」とか誰かが言っていたのですけど、そんなことは全然ないのですね。もちろん大事なことかも知れないけど、輸血を受けた週から礼拝に出て行っても、別に皆が「お前は汚れた者だから来るな」ということは絶対にない? そういうことはある程度、輸血することも可能ということに…。

豊福 まぁ、本人の信仰の問題ですから。

清水 信仰の深い方が輸血をしてお赦しを願ってということに対しては、冷たいところも出てくるのですか。

豊福 受け入れる側の問題というよりも、まず本人の良心がものすごく痛むのではないかなと考えるのです。

清水 助かりたいという思いより、罪の意識の方が重たくなるということですか。

豊福 神の命令に背いた思いが強くて、戻ってくるのがなかなか難しいのかも知れないという気がします。

中村 待機的な手術の場合は「頑張りますよ」というスタンスもある程度示せると思うのですけど、本当に生きるか死ぬかのところでも輸血をしないでくれとなるので、相当信念がないとできないですね。産婦人科では本当に死ぬよというぐらい出血することもあり、その時に本人の意識があるかは分からないですけど、家族を含めてそこまで頭に入れてこの免責書を書いてこられるのですよね。

山根 はい。先生方にとって難しい状況におかれることがあると思いますけど、そういう場合には、医療機関連絡委員会のネットワークで、輸血に代わる代替療法を行ってくださる病院を探すようにしています。

豊福 輸血謝絶兼免責証書の中ほどで「私は、輸血以外の充分な治療が施されたにもかかわらず、私が輸血を拒否することによって生じるかも知れないいかなる損害に対しても、責任を問うことはありません」と述べておりますので、まさに命が危うくなるという状況であっても受け入れるという証書になっています。

広瀬 信者の方で「医療に関する継続的委任状」をお持ちでない方もいらっしゃるのですか。

豊福 全員持っている筈だと思っています。

広瀬 それを書いてもらうような手続きのようなものが入信の時にあるのですか。どういうふうにして皆が持つようになっていくのですか。

山根 毎年、集会で「継続的委任状」などについてのプログラムがありまして、注意を喚起するようにしています。そして、持つことが最善であると教えられています。

原  それは財布や免許書入に入れて身につけているのですね。

豊福 人によっては首から下げている人もいますが、ドクターがすぐ目に付くように携帯しています。

原  目に付くような所に持っておらず、家にありましたなんて、あまり考えなくて良いということですか。

豊福 そうあって欲しくないなと思っています。

原  信仰が深く信念の強い方だったら、必ず持っているということですね。

広瀬 毎年、信仰をおやめになる方が一定おられると思うのですが、そういう方の場合、だんだん気持ちが揺らいでいって、最後に退会するという感じになると思うのですけども、気持ちが揺らいでいる方や退会された方で財布にそのまま「継続的委任状」を入れておられる方もあると思うのですね。その方が意識を失って運ばれて来ることもあると思うのですが、その場合、ご家族やエホバの証人の方々が駆けつけられた時に「かなり揺らいでいたのだ」とか「退会していますよ」とおっしゃるのですか。それとも、そのことを秘密にするのですか。

山根 「継続的委任状」を見ていただくと、2人の医療に関する代理人が記されています。救急で本人に意識がない場合、この方達におそらく連絡されると思います。そうしますと、その方の実情が分かってきて、信仰の強さも分かってくると思います。この証書に書いてある以上は、ぜひ患者の意思を尊重して治療を施してください。

広瀬 つまり、判断をしないといけない時点の推測意思というものが、書かれた時点と変わっている可能性が高いと考えられる場合は、輸血をすることもあり得ると思います。そこを、エホバの証人の信者の方というのは、信仰の方へ引き戻したいというお気持ちが強いのであれば、「彼は強く思っていた」というふうなことを病院側へ一生懸命に言ってこられることがあるのではないですか。

豊福 意識がある場合にはともかく本人の意思を確認していただき、意識がない場合には証書を探していただき、そこへ事前に本人の意思が書かれているということで進めていただくのでよろしいかなと思っています。私達が圧力をかけたり、「その人は信者でないから」といった介入は基本的にしたくないと思っています。

山根 おそらく証書の更新を3年に1度、自分の意思を正常な時に書いて、最新のものを持つようにしています。

広瀬 3年に1度というのが基本なんですか。

山根 証書の有効期限は特にないわけですが、3年に1度ぐらいは更新をした方が良いという提案はしています。

広瀬 聖書にはいろんなことが書いていると思うけど、医療行為や教育とかで、輸血以外で信者が証書を書いたり携帯したりするものはあるのですか。これだけなんですか。

関谷 学校で剣道をしないとか、喧嘩みたいなことはしないとか、様式みたいなものが何かありましたよね。

豊福 ありません。血に関するものだけで、携帯しているものもこれだけです。

関谷 先ほどの親権の話ですけど、明らかに自己決定のできない小さいお子さんの治療の際に、親御さんが判断して「無輸血でやってください」と希望したケースで問題になったことは、今まであるのですか。

山根 事前資料①-E「エホバの証人への無輸血治療-倫理的・医学的・法的考察」のP4に、「日本各地の医療機関連絡委員会にアンケートしたところ、2000年から2004年の5年間において医療機関連絡委員会が援助を差しのべた0歳児から12歳までの未成年患者は合計142人であり、症例の内訳は消化器疾患24例、腹膜ヘルニア21例、~」と続き、最後に「合計144例であった。1例を除き全症例において、移送を含め親の意向を尊重した治療が施されている。142人中、死亡例は2例報告されているものの、無輸血治療との因果関係はない。患者や医療機関から医療機関連絡委員会に援助の要請が入った症例という性質上、当初は輸血が必要と思われた重篤なものも多く含まれていた筈であるが、無輸血治療で良好な結果が得られている」というデータがあります。

原  1例はどういうことになったのですかね。輸血がなされたという意味合いと思いますけど。

山根 これは私達がまとめたデータではありませんので…。

原  分からないのですか。特に何かそういう例としてお聞きになっているわけではないのですね。

関谷 この論文を書かれた3人の方々は、全く教団とは何の関係もない人なんですか。

豊福 いえ、海老名の医療機関情報デスクの者です。

関谷 部外者ではなく、要はエホバの証人の方がこれを書いたのですね。でも、データ的にこういう数字が出ているということですね。

広瀬 この間、いわゆる親権停止の審判が下されたケースが報道されましたが、教団の方では何ケースぐらい掴んでおられるのか、実際にどういうケースでそうなるのか、ご存じのことがあればお教えください。

豊福 埼玉で起きた件のことをおっしゃっているのでしょうか。聞いているのはその1件だけで、結果的には別の病院に移送して輸血なしで治療を施されて全快したということになっていまして、最初に行った病院のドクター1人で「これは無輸血では不可能」と判断し、児童相談所という流れになってしまったケースだと聞いています。実際は、輸血が全く必要なかったということでございます。

山根 その状況を示した情報があります。「2008年7月、エホバの証人夫婦の男の子の治療に関連し、親権者の職務執行停止事件が生じました。患者は1歳1ヵ月で、発熱・下痢・嘔吐・吐血が見られたため、県内の総合病院に緊急搬送された。担当医は『原因が胃・十二指腸潰瘍と思われ、出血は止まっているものの再出血の可能性があるため、緊急の輸血と内視鏡検査が必要であり、輸血なしで死亡するかも知れない』と主張した。両親は輸血以外の最善の治療を望んだものの、担当医は児童相談所に医療ネグレクトと通報。翌日、家庭裁判所に申し立てがなされ、裁判所は親権者の職務執行停止および職務代行者選任の保全処分を行った。両親はエホバの証人の医療機関連絡委員会に援助を求め、近隣の大学病院に転院し、治療は無輸血で奏功した。しかし、この保全処分の記録は子供の戸籍に記載され、親権者と子供双方に長年、影響を及ぼすことになる」。そういう事例です。

豊福 私どもは日本全国の児童相談所の方々と話し合いをいたしましたが、殆どの児童相談所の方々は「代替医療があるのであれば、親権停止になるのはちょっとおかしいですね」というご意見でした。ですから医療機関には、本当に輸血が必要な状況なのかどうか、複数の先生方で診ていただくようにお願いしたいと思います。

山根 そういう状況であれば、エホバの証人の医療機関連絡委員会に連絡していただきますと、代替医療を施してくださる病院が分かりますので。

関谷 「今は代替医療があるので、輸血は必ずしも必要でないことが多いのだ」というのはよく分かるのですが、医学的に輸血しか術がないというケースもきっとあると思うのです。その場合でも、教団としては「輸血をして生き延びるよりは、輸血をしないままに天国に行く方を選択しなさい」と教えておられるのですか。

豊福 私どもが教えているわけじゃなくて、聖書はそういうふうに理解できますねということです。

関谷 もちろんそうです。聖書を説教なり、いろんな場面で釈意をしますよね。それで、血を飲んではいけないということの神学的なことについては、私どもと見解は違いますけど、教団が違いますからそれは結構だと思いますよ。そこで、命をとるか信仰をとるかというところで、代替医療がもうなく、明らかに臨床的に輸血をしなければ死に至ると分かった場合でも、教団の立場として「信仰を貫くのであれば、命を失っても永遠の命に至る道を選びなさい」ということは、やはり先生方の確信ですよね。

豊福 輸血をすれば助かるという保証はドクター達もどなたもしてくれないのです。で、代替医療で助からないかというと、例えばヘモグロビンの値が3を切るような通常では考えられないような状況でも、無輸血で助かるというケースが何例も出ています。それほど人間の体というのはまだ解明されていない。そういうことですので、宗教的な考えになりますけど、ともかく無輸血で最善を尽くして欲しいというのがお願いです。

関谷 なるほど、死になさいと言っているわけではないということですね。

豊福 生きたいがゆえに病院にお伺いして「助けてください」と先生方にお願いしているのです。

関谷 いずれにしても絶対に助かるという保証は、どんな方法でもないわけですから。

広瀬 代替医療をしてくれる所はどれくらいあるのですか。

豊福 無輸血治療プログラムというものを持っている病院は、米国では200ぐらいありますが、日本では8病院ぐらいしかないですね。で、特定の科や病状によっては無輸血で行っていただける病院はたくさんあります。

広瀬 先ほどのビデオを見ると、自己血輸血でいったん外に出して置いとくのは罪なんだけど、人工透析のように、体を出ても循環しているのだったら良いのではないかということだったんですよね。

豊福 それは、本人の良心の問題で、本人がそれを受け入れるのであれば、周りの者は何も言いません。

広瀬 ただ、いっぺん保管した場合はダメなんですが、そういうのは誰が決めているのですか。

豊福 誰が決めると言いますか、聖書に書いて…、

広瀬 そこまで細かく書いてないでしょ。新しい微妙な医療が出てきた時は、誰かが解釈しているわけか。

関谷 教義を策定するとかいうのは、教団にあるのですよね。

荒川 「体から出た血は地面に注ぐように」というのは、聖書にも書いてありましたね。

豊福 機械が体の一部分というふうに理解する人は受け入れると、でも、体からいったん出たらもう戻してはいけないと厳格に考える人はそれを受け入れないという、そういう意味で良心ということなんですけど。

東  「セルセーバー」という術中に回収する方法は罪にならないのですよね。

豊福 受け入れる方もいらっしゃいます。

東  ビデオに代替医療のような形で出てきましたけど、そういう意味ではないのですか。

豊福 個人の良心の問題で、いったん体から出ているから「セルセーバー」も受け入れない人もいます。

東  では、「セルセーバー」は代替医療の中に入っていないのですね。

原  先ほどのは子供のデータという話ですが、それ以外に輸血をしないがゆえに亡くなったケースというような例は把握されているのですか。

山根 輸血をしなかったために死んだという因果関係は存在しておりません。

広瀬 因果関係ではなく相関関係があればですね、少なくとも時系列的に見て比較的に近い時にそのようなことが起こったというケースはどうでしょうか。

豊福 昨年に高槻で妊婦さんが、出産時ではなく3日後だと思いますが、お亡くなりになった事例があります。

原  記事になりましたね。確かに因果関係とか、どこからどこまでという線引きの問題もありますが、ある程度は情報収集とか、多分、相談があるケースだと思うのですけど、大人の場合はもっとたくさんあるのですか。

豊福 先ほどのデータもそうなんですけど、殆ど死亡例というのはないのです。

原  医療機関連絡委員会への相談事例はかなりあるのですか。

荒川 全国的には私達は把握していないのですけど、京都委員会へ寄せられた分は集計してありまして、2000年から2009年までの10年間に京都府下で援助を差しのべた症例は合計990例ございます。その中で症例の多いものといたしましては産婦人科が256例で全体の26%、その次が整形外科の154例で16%、消化器科が141例で14%などですね。京都エリアの現状はそうした数字になります。

原  これは年齢を問わずということですね。で、別の医療機関にかなり替わったりしているのですか。「ここではできません」というようなケースが相当あるのでしょうか。

豊福 無輸血を受け入れてくれない医療機関も府下にございます。

原  そちらの方が多いのですか。

豊福 ケースバイケースだと思うのですが、数的には多いわけではないと思います。

清水 24時間サービスということで、例えばエホバの証人の方を救急とかで受け入れてもらえる病院を実際に相談者が片っ端から病院に電話をかけてというようなことをされているのですか。

山根 いろんなケースがあると思うのですが、お医者さんが自分の知っている医療施設のある病院を紹介してくださったり、自分の知っている医師に連絡してくださったこともあります。また、私達の方に連絡が入って、別の病院の先生を紹介したところ、先生自身がその先生と連絡をとってくださった例もあります。

清水 この24時間サービスに出られる方は、基本的にどういう方ですか。医療知識とかをある程度持たれている方を交替に配置されているのですか。

豊福 私どもが受けるのです。

清水 救急の受け入れがたいへんな状況なのに、どのように連絡をとられて、どのように受け入れ先を決めていかれるのかというノウハウとか、例えば救急車の中でエホバの証人の方であると分かって、消防の方から連絡があったりもするのですか。

豊福 今のところ基本的には医療機関のドクターからの連絡が入って、私どもが受け入れてくださる見込みのドクターと連絡をとって、お話をしていただくという流れになっています。

広瀬 代替療法をするというのは全国で8病院でも、受け入れてくれるのではないかというお医者さんを、病院とは別に把握されているということで、それを紹介する電話という感じですか。

豊福 はい。私どもは定期的に様々な先生方にお会いして、無輸血治療を受け入れてくださる先生を発掘していまして、そういう先生方が府下にもたくさんいらっしゃいます。で、そういう先生方にコンタクトをとって、「こういう症例ですがお願いできますか」というような依頼になります。

原  例えば無輸血のやり方を教えるドクターというような方はいらっしゃらないのですか。

豊福 私どもは医療の専門家ではないので全く分かりませんが、無輸血プログラムを持っている病院でしたら、無輸血の技術を持った先生が若手の先生にその技術を伝承していくというスタイルを採っておられるようです。

原  特にエホバの証人とコンタクト関係があって、指導しますよという方は今のところいらっしゃらない?

豊福 そういうようなことは聞いていないですね。

原  ドクターで信者の方がおられてもおかしくはないのですけどね。

豊福 いるのですが、1ドクターということです。

原  それから子供さんの関係ですけど、洗礼に年齢の制限的なものや目安は何もないのですか。

豊福 ありません。

原  で、現実的にはどれぐらいの年齢で信仰が確立するというようなことになっているのでしょうか。

豊福 早い方でしたら10歳前後の小学生の方もいらっしゃいます。

原  もう少し上の方が現実的には多いですか。

豊福 そうですね、中学生ぐらいの年齢が多いのかなと思いますが。

原  そこから先はいろいろな段階でということですね。

豊福 はい。60歳、70歳の方ももちろんいらっしゃいますけど。

関谷 エホバの証人さんの聖書理解は、基本的には逐語霊観ではないですよね。聖書にある言葉を一言一句間違えなくて、全てその通りに私達が実践すべき言葉であるというふうな立場をお取りになっていないですよね。

豊福 基本的にはそういうふうに…。

関谷 だけど、例えばイスラエルの血の祭儀については、いわゆる動物犠牲とかそういうところから解釈をされているのですけど、まさか今は仮小屋の祭りとかやっているわけではないでしょ。つまり、当時に書かれたことの中でやっていないことはいっぱいあるわけで、十分の一献金はされているかも知りませんが、ある種選択的に解釈をしているということで、同じプロテスタントの流れですから、現代の中で聖書を読み解いていくというようなことはされていると思いますが、この血の教義に関して教団内部で議論をされたりとか、もう一度それを再解釈をするとかいうことは、教団としてはあり得るのですか。

豊福 使徒達の活動の15章20節で「血を避けなさい」と言われていますので、モーゼの時代に言われたのと全く同じ命令がクリスチャンにも与えられているというのが私達の理解で、教義を検討する余地はないと考えます。

関谷 血というのは一体、その時代にとってどんな意味であったかというのは、現代的な意味での解釈はされないのですね。そこが逐語霊観的というか、「書かれているのだから、こうなんだ」ということですよね。

原  信者さん以外に「輸血はやめましょう」というふうな呼びかけをするという感じはないわけですか。

豊福 全くないです。

関谷 分かりますよ。「クリスチャンになりなさい」と言うことはあっても、信仰を持っていない人に教義を強要したりすることはあり得ないですし、勧めることもありませんね。

豊福 そういう押しつけみたいなことは一切ないです。

原  言うてみたら、世の中に悪い習慣がはびこっているわけでしょ。「だけど、クリスチャンでなければ知らんよ」ということですか。

関谷 いや、ちょっとはあると思う。「できたら輸血はあまりしない方がいい」ということはありますよね。

荒川 治療の選択肢が増えて、それが私達、信者だけでなくて地域社会でも広く行われるようになれば、輸血に伴う感染症というようなことからも保護されることになると思うのですね。

山根 聖書には「政府の定めた法律を守るように」とありますので、エホバの証人は法律を守る生産的な市民であることがよく知られています。そして、正直であるとか欺いてはならないとかいう教えがありますので、世界中で聖書の教えを皆さんに伝えることによって、生産的な市民になっていただきたいなと思っております。

原  無輸血の話では外科手術や出産というのが確かにクローズアップされるのですが、この間、輸血関係の一般的な記事を書く時に調べたところ、輸血や成分製剤といった皆さんが「いけません」という対象になるものの用途でいちばん多いのは癌です。おそらく手術より抗癌剤の骨髄抑制みたいなので使われる場合が多いようです。その次が血液内科の疾患。そこから先に外科的なものが出てくるという感じなので、細胞移植などが拒否されるものに入るのか入らないのかよく分かりませんが、確かにすぐの局面ではなくても、そういうものを使わないと命に関わりますよというのは、内科的な部分がかなりあるのではないかと思うのですけどね。そのあたりも考え方は同じということになるのでしょうけど、医学的な方法について具体的な協議は進んでいるのでしょうか。

豊福 私どもは医学の専門家じゃございませんので、その部分については全く分からない。医療関係者の方々はより良い医療の方法ということで様々な開発を進めておられると思うのですけど。

東  もう血を作る力がなくなってくるような病気とか、治療中にそういうのがありますから、輸血しか手立てはありませんね。ただ、輸血をしたから助かるというわけではないので、延命的にはなるのでしょうが、輸血をしないと確実に亡くなるという感じでしょうね。当院なんかでもそれは確かに多いと思います。おっしゃる通りで、実際に手術ではしなくてもいい輸血を、安全をとってやるみたいな側面はありますから、手術なんかではかなり無輸血が可能だとは思いますが、内科的なところは逆に難しいかも知れませんね。

原  救命の可能性としてそこの選択肢を切ってしまうということになると、手立てはありませんという局面はかなりあるかなという気はします。

豊福 例えば急性骨髄性白血病等で、輸血はしないという選択で亡くなった方もいらっしゃいます。逆に同じ病気で輸血せずに寛解に至った方ももちろんいらっしゃいます。ですから、輸血すれば救命できるという論理は成り立たないのも現実です。

原  白血病なんかはかなり今は治る率は高くなっていますけど、難しい場合はいっぱいありますのでね。

だいたい、取りあえずはよろしいですかね。そちらから最後に何かございますか。特にございませんか。では、議論を踏まえまして、ガイドラインを作っていきたいと思います。ありがとうございました。

清水 前に考えていた時より、気分が楽になりました。

関谷 懇談会でも良かったでしょ。思ったほど怖い人ではなかったでしょ。知らないとそういうもんですよ。

原  今日はどうしましょうか。他の病院のガイドライン等の資料も出ていますが、特に説明していただく必要はないですかね。

広瀬 ないと思いますけどね。

豊福 松下記念病院さんのガイドラインはごく最近にリリースされたもので、参考になればと思っております。

原  多分ガイドラインだと、子供の問題をどう考えるかということで、こういう印象になるのだと思います。

豊福 また何かございましたら、いつでも参りますので、呼んでいただければと思います。

原  はい、どうもありがとうございました。

(エホバの証人関係オブザーバーの退室)

 

議事(3)「終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションに関するガイドラインの現状報告」

原  次は、ターミナルセデーションの関係の報告ということですね。

丸山 当日資料のP2をご覧ください。前回の報告は2009年10月までのセデーションの実施状況でしたが、上から2件はそれ以降にターミナルセデーションを実施した事例です。対象病名は両方とも悪性腫瘍で、ガイドラインには沿っています。ただ、複数の医師の確認という点では、1例目は緩和ケアチームが入っているのですが、2例目はカルテ上に記載がなく不明です。3~22例目は前回報告分ですが、3、5、6、7、17例目は、対象疾患が悪性疾患ではなく、既にこの時点でガイドラインから外れており、その全部に共通しているのが「呼吸が苦しいからセデーションを実施した」という中身でした。複数の医師で確認という点は、6、7例目が不明確でした。

このへんに基づきまして、ガイドラインに沿ってちゃんとやってもらおうと、医局の科長会議でも提案され、P3に掲載のターミナルセデーション説明同意書に、2人目の医師と看護師1名の署名欄を追加し、「※この同意書は末期癌患者様対象のものです」というコメントを追記しました。これで「癌患者さん以外は使いませんよ」ということと、「複数でしなければいけないのだな」ということを同意書からも分かるようにしました。また、実際にセデーションをすると決定した時に、ガイドラインに沿っているかどうかを確認するための具体的な手順の方は、今、事務局の方で考えていますので、決まり次第、倫理委員会へ報告したいと思います。以上です。

原  はい、ありがとうございます。どなたからでも…。

東  前回、ガイドライン違反につきまして厳しいご指摘がありましたので、2度の科長会議ではキチッとガイドラインの読み直しをして、末期癌患者以外での使用はあってはならないと再確認しました。それからセデーションをする場合は当該病棟の師長さんのところでモニタリングをするという仕組みを作って、後追いではなく発生した時に師長から情報を得るというところまで、今はできています。

原  それはどの段階で…? 院長宛ですか。

東  一応、看護部長宛ですね。今までは後からカルテを見なければ分からなかったのが、同意書の段階で分かるようになったということです。

橋本 現場の師長は私のところへ報告して、私から院長へ報告するとかですね。こういうケースが発生していますと、モニタリングできるようにするということですね。

東  病棟の師長は漏れなくそういう情報が入るところなので。

原  看護部のルートが中心という方が、良いような気がしますね。

東  医師はなかなか言いませんからね。

中村 いちばん上の事例は私が診ていた患者さんで、「同意書の返却あり」と書いてありますが、印刷はしましたけど、いただいていないのですよ。

丸山 確か、同意書にサインがなかったですね。

中村 実質、それに近いような話をして、実際に始めたのは19日後ですが、本人には話ができていないのです。家族さんには「こういう方法があるよ」という話はしても、「同意書にサインをしろ」という状況にならなくて、結局、印刷だけして、手元にあるのですけど。アメリカ式に「オッケーして、サインして、はい」という文化が日本に根付けば別かも知れないですけど、実際に話はできても現場で「サインを書いてくれ」というのはかなり難しいです。自分一人で判断するのはかなり辛いので、いろんな先生と話をして同意を得て、家族にも話をしてということに関しては、主治医としては気が楽なんですけど、手術の同意書のようにサインを求めるのはやりにくかったな。実際にセデーションをしたのは2日間だけなんですけど、もうちょっとやりやすい方法ってないかな。また、この「同意書の返却の有無」って、どうやってチェックしたのか分からないですね。カルテ上は返却済みのところにデフォルトで入っているので。いっぱい同意書があって、オペの同意書も6種類ぐらいあるけど、オペの同意書の場合は返ってこないと手術ができないので、「はい」とチェックしますが…。

東  通常はキチッと原本を保存しますから、このようなことばかりじゃないです。これはずっと議論になりますけど、倫理委員会では「ご本人の意思を」というようなことから「そこのところをなんとか突破したい」ということで作ったのですけど、「難しいから、家族に言って一服盛ろう」みたいな話では困るわけですね。

中村 印刷はしたけど、セデーションをする間もなく亡くなって、渡す機会がなかった例も何人かあります。

広瀬 印刷というのはコピーということですか。

中村 いえ、電子カルテの中に同意書が入っていて、出したら、その時に「同意書が出ました」という日付が記されるのです。

原  これを渡すこと自体が難しいのですか。署名してもらうことが難しいのですか。

中村 要するに「急変の時に何もしないで様子を見るのか、心肺蘇生をするのか」というふうな話までしなければいけないので、どこかでその話はするのですが、例えば「急変時に何もしませんというのも同意書を取れ」という話もあるのですが、ちょっとできないですね。実際、「じゃぁ」みたいな感じで家族と主治医と担当看護師と…、1人で話はしないですね。

原  DNARも同じということですが、今おっしゃっているのは「内容の説明はできますよ」という意味ですか。

中村 この紙があれば、確かに内容の説明は口だけでするよりしやすいと思います。

原  いや、「現実的には口でできている」という意味ですか。

中村 「先は長くないし、辛どいばかりだから…」という話はできます。そういうふうな話しかしていない。

原  同意書を見せるということは「書いて」という話になるから、躊躇されているのですか。

東  やっぱり僕らもそうだけど、それこそスピリチュアルケアができないので、「そういう話を面と向かって言ったらどんな気持ちになるだろう」とこちらが逡巡して、そういう話を避けている間に、どんどん事態は進行して、最後は家族に「どうしましょうか」みたいな話になるのがパターンですよね。「それをなんとか打ち破りたい」という話が倫理委員会であったのだけど、中村先生のように「それはやっぱり辛どいよ」みたいな話がまだ出ているわけですね。「辛どい」というのは、患者さんがどう思うかということも考えるけど、実は、自分達が面と向かって話すことが辛どいということですね。そのことを言うスピリチュアルな文化がないのですよ。

関谷 そら辛どいに決まってますよね。だって、コミュニケーションの訓練も受けていないし、特にいちばんシビアな部門ですから、そういうのは無理。でも最近、医療コミュニケーションみたいな分野があると、九大の医学部の先生から聞いたけど、プロの方がどうやってコミュニケーションしていくかってことを、していかなあかんのでしょうね。僕のようにチャプレンの仕事をしてても、ご家族に事情を説明するのはやっぱりたいへんなことだから、当然、難しいと思いますけど。それを敢えてやらなあかんという話になったとは思いますけどね。

清水 私の母は93歳で亡くなる前に、補聴器まで着けて先生とその話をしようと構えていたのですけど、そのチャンスはなかったですね。母にここで決めていることを話していたら、ちゃんと先生と話しておきたいということで、「先生が帰って来はったか、帰って来はったか」と言うていたのですけど。それで、医療懇談会等でこういうことを考えるということを、口で言っても常任幹事会でなかなか採り上げてもらえないので、今度、やっと文章にしてこの間の資料を付けて出してというところまできたのですけど、ねばり強くやらないと…。

橋本 何かそういう文化みたいなものを作っていかないと、なかなか難しいですね。

原  サインだけの話だったら、いろんな方法があるとは思うのですけど、説明そのものとか、そういうテーマを扱うこと自体ということだと、確かに乗り越えられないでしょうね。

清水 これは本人が言うていたというよりも、殆ど家の人が決めているでしょうね。

原  今のやりにくいというお話は、看護師サイドはどうなんですか。

橋本 医師と看護師などのチームで事前にカンファレンスといった話し合いをやって次に行くという前に、患者さんの状況が悪くなってくるとか、こっちの心づもりとずれるのですよね。だから早め早めにそういうことを継続的にやるためには、チームの中の力をもっと付けていかないとダメなのかなと思うのですよね。

関谷 これは「どのタイミングで話を持ち出す」というのは、ガイドラインか何かないのですか。

橋本 それはやっぱりギリギリまでなんとか本人の意向でいきますよね。セデーションというのは余程…、

中村 …最後の手段ですから。というか、患者さんとしてはその人のキャラクターもあると思うのですけど、「もうダメかも知れない」と言っていても、やっぱり「これをやったら良くなるかも知れない」と思っているところに、「『もうあなたはこれしかないから、寝ていなさい』と言うのもちょっとな」みたいな…。

関谷 そらそうですよ。ただ、「これしかない」ではなくて「実はセデーションという選択肢がある」ということは、その方々はどの段階で知るのですか。その時に始めて知るのですか。それとも早い段階から…、

中村 癌の場合は、癌性疼痛がかなりきついので、そういう時に痛みを取る方法が幾つかある。で、その時にチラッと「本当に痛くなったら一日中、寝る方法もあるよ」みたいな話が出る。

関谷 その最初の段階でキッチリと「いよいよとなれば、セデーションというのがある」みたいなことを…、

中村 確かにそうですね。本人さんも、こういう状態だから絶対にスカッと治って帰れるとは思っていなくても、その時はまだどっちか分からへん。でも、麻薬を使わなくてはいけなくなったり、普通の痛み止めでは効かなくなって、「いろんな方法があるけど、どれが良いですか」というような話をする時に、いきなり言うのはどうかなという気はするので、1枚ペラの文書でもいいのですが、「こういう方法もあるので、落ち着いた時に読んでね」みたいな感じで渡せるものがあったら、ちょっとは違うかなと思いますけどね。

関谷 その時になって言われると「それしかない」と思うのですが、あらかじめメニューとしてあると、「まだ…」ということなんですけどね。だから早い目、早い目に言うと、もしかしたら患者の方からサインがあって、「あれは使えないのでしょうか」みたいな、そういう可能性もあると思うのですよね。

中村 どうしてもお家の方に言うことが多いので、お家の方から「もうこういう状態で見ていられないから、寝かしてくれ」みたいな感じで言われることはありますよ。やっぱり本人さんに言ってくれたら、まぁ…。

関谷 そういうことができれば…ですね。

橋本 この間、30代~40代前半ぐらいの方が続いてですね、しかも「最後まで頑張る」「頑張る」という意思を持って、でも、すごく辛どそうみたいな中身でなかなか難しく、「なんとか楽にしてあげたい」とみんな思うのだけど、楽にするということは意識も落とすことにもなるので、「じゃぁ夜だけ意識を落としましょうか」みたいな話とか、そんな話もしながらいくみたいな感じがありましたね。

関谷 僕が病院で関わった方で、「絶対に頑張りたい」というような人も中にはいるわけですよね。ご本人の気持ちとしては「痛いけど、意識は最後まで混濁したくない」という人もいるので、「それを見ていられないから」というようなことだけで決められないこともあるかも知れない。だから、「ご本人確認をどうしてもしなければいけないだろう」ということは思うのですけどね。

橋本 それはやらなければいけないし、だいたいやって、セデーションをやるのですね。本人には口頭で説明して、頷くなり何なりの状況を見て始めるのですけど。

関谷 文書はないけど、一応、口頭ではそういうことがあるのですね。

橋本 その段階では、本人さんが書けるという状況ではないと思いますね。

原  そこのやり方は別に、書類ではないという方法もあり得るとは思うのですけどね。

清水 「ゆっくり眠りたいですか」ということも、「はい」と言うたらそれでいいのでしょうね。

関谷 勘違いする可能性があるから、それはマズイのじゃないですかね。もうちょっと細かく説明しないと、「眠れますから、いいです」と言われるかも知れないですよ。

原  説明内容は口頭の場合は、具体的でないといけませんね。

橋本 年齢にもよりますね、かなり高齢な人に話すのと、若い人では違い、通じる場合もあるでしょうけど。

東  人を嵌めるようなような言葉ですね。

原  ターミナル状態というような場面でなくても、目に触れるようにしておいたらいいような気がしますね。

広瀬 絶対、いちばん辛どい仕事だと思うし、無理にとは言えないような感じはするけれども、従来の家族中心で本人軽視の文化と、医師1人での判断という文化を変えていこうということなので、その兼ね合いですよね。

清水 セデーションとか、そういう知識を広く知ってもらわんと、どうにもなりませんよね。

広瀬 ある程度知識があった上で最後に話をすると、話の時間が短く済むかも知れないですね。

原  そういう意味では緩和ケアの段階で、いろんなメニューの中に入れておいて、こういう文書もその段階で渡しておきますと、末期でなくても参考になりますよね。今は「診断段階から緩和ケアは始めましょう」という言い方をしますから、そういうアプローチの方が少しは楽かなという気がします。

清水 入院のしおりには入れておくと言っていましたね。

広瀬 ターミナルセデーションのは入っていないです。DNARガイドラインに関係する「私の考え」については入れる予定になっています。

原  この段階で、何か要望、注文をつけておくことはありませんか。

橋本 前回の倫理委員会での指摘も受けて、医局で議論したり護師で議論したのですけど、「辛いな」とか「やっぱり紙を渡すということにはいかないな」とかいうことが話題になり、意識をするということの方が大事だったのではないかなと…。そういうのを積み重ねていくことで、本当に患者さんの気持ちに添いつつ、やれる力も付けていかなければならないのかなと、すごく感じましたね。

広瀬 そうですよね。だから、目的は先っき言うたとおりで、そのための手法としてこれを提案しているのだけど、その手法は目的を忘れないようにすれば、議論の中で少し変化していってもいいように思います。だけど、目的を忘れないようにするためにはこれがベストではないかという手法が採り入れられているから、あまり外れてもダメなんだろうけど、現実的ではないということが分かってきたら変えるということですね。

清水 段取りがあるから、キッチリした書類ばかりではないということですけど、そこをどう結ぶかやね。

原  署名方法あたりは変えようもあるとは思いますけど、書面をなくすのはヤバイ話になるかと思いますね。取りあえずは引き続き、キチッと葛藤を経てやっていかないと仕方ないかなと思います。最後に次回日程ですね。

内田 次回は、前回に決めましたように6月3日という予定にしていただきたいと思います。場所は太子道診療所ですが、次回は1階になると思います。案内をちゃんとします。

広瀬 位田先生は「次々回まで決めておいてもらうといい」とおっしゃっていましたので、次々回の日程も2つほど候補を挙げてください。位田先生や岩橋先生にもお伺いしなければいけないので。

内田 となりますと、8月5日か9月2日のどちらかということでよろしいでしょうか。連絡させてもらって出席数の多い方に決めさせていただきます。次回は6月3日です。

原  はい、お疲れさまでした。長くなりましてすみません。委員会を終わります。ありがとうございました。


(入力者注)
※ 文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、かなり要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。

 

 

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