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第三十五回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2010年1月21日(木)18:30~22:00
場所 太子道診療所3階多目的室
出席者 外部委員 原委員長、勝村副委員長、位田委員、岩橋委員、広瀬委員
内部委員 北村副委員長、赤木委員、内田委員、東委員、吉中委員
事務局 丸山
オブザーバー 清水、田中、出島、橋本
欠席 関谷委員、井上委員

議事

 原 まだ後から来られる方もおられるとは思いますが、倫理委員会を始めたいと思います。位田先生がお見えになられたので、少し自己紹介をお願いします。

 位田 京都大学の位田でございます。よろしくお願いいたします。前回は欠席しましたので、今日からの出席です。私はあまり診療の方の倫理は直接にはタッチしておりませんでして、京大の医学部の医療倫理委員会というのは研究の倫理の方が非常に多かったので、こちらで勉強させていただくつもりでやらせていただきます。

 原 大家が委員になられて驚いています。今回は大きな議題が幾つかありまして、事例と輸血拒否のガイドライン、あとは終末期セデーションの現状ですね。前回の話ではエホバの証人の関係の方に一回、直に話を聞こうという方向で考えていたのですが、スケジュールが上手く合わなかったようで、「この次に」という方向で調整しています。まず、事例の方からお願いできますでしょうか。

 

議事(1)「事例検討」

※事例1例検討しました。

 原 次は「輸血拒否」ですね。

 

議事(2)「宗教的輸血拒否に関するガイドラインの作成について」

 北村 はい。「宗教的輸血拒否に関するガイドラインの作成について」ということで、本当は、前回の議論を踏まえ、今回はエホバの証人の方にお見えいただいて、教団のお立場を伺う予定でしたが、スケジュールが合わず、私の方で急遽、当院のガイドラインのたたき台を作りましたので、それをご検討いただければと思います。本日にお配りした「京都民医連中央病院『宗教的輸血拒否に関するガイドライン』(2010.1月案)」という資料がそれで、ご参照いただければと思います。もう一つの資料は位田先生がお持ちいただいたものですね。

 位田 はい。これはまさにエホバの証人向けの対応で、国立循環器病センターに急性脳卒中で入ってきた時に、「エホバの証人と分かった。どうするか」というガイドラインを作っていまして、後でご説明いたします。

 原 国循のガイドラインそのものですか。

 位田 国循なんですけど、これは厚生労働省の委託研究になっておりまして、いろんな病院でこういうことがあるので、統一的なマニュアルを作成し利用するという形ですね。救命救急学会のガイドラインだけでは上手くいかないので、具体的にどういうふうにするかというのを考えましょうということで、去年と今年とやっていまして、まだ案段階ではありますが、これが最終案で脳卒中学会か何かに出すという話ではあります。

 北村 これをご説明いただいた方が分かりやすいのではないですか。

 原 どうなんでしょう。北村先生の方からとりあえす…。前回に見直しが必要とされたところは、だいたい同意できる線まで行っていると思いますが。

 北村 分かりました。たたき台で完成されたものではありませんので、大まかな方向性がこれで良いかということについて、ご検討いただければと思います。で、1番の部分はこの国の全体の流れを概観したもので、これは割愛させていただき、2番から読ませていただきます。
 【2 当院での議論の経緯】。【当院(中央病院)と太子道診療所では、2004と2005に宗教的輸血拒否に関する見解を発表した。そこで示された方向性は、「無輸血治療の希望は尊重する」ものの、「救命することが医師の職業的な義務である」ために、「輸血なしに救命できない事態に至れば輸血する」こととされていた。しかしこうした「患者の自己決定権」よりも「医療者の救命義務」を常に優先する見解は、近年の日本の潮流と乖離したものになってきている】。【こうした乖離を鑑み、当院でも2009年末より新しいガイドラインの作成が必要かどうかについて、現場の意向を確認する作業を開始した。その中で、診療部門からは総じて「患者の自己決定権に基づいて許容してもよい」という意見が出され、さらに「日本の現状に即した、病院のガイドラインの制定を希望する」強い意見も出された】。【これを受けて倫理委員会においても、今までよりも「患者の自己決定権」を尊重した新しいガイドラインを作成することになった】。
 で、作成にあたっての【3 本院ガイドラインの基本方針】としては、前回、資料でお配りした「関係学術団体の合同委員会」、輸血学会等が中心になった合同委員会のガイドラインがございますので、【1)合同委員会ガイドラインを基本にすえる】中身にしたい。
【2)患者の自己決定権に基づき、無輸血治療を貫くことを「許容する」】。【患者の自己決定の尊重を目指すとはいえ、現世の生命を短縮させる医療を行うことは、今までの当院が大切にしてきた治療態度と調和するものではない。と言うのは当院は、患者の生命活動を支えることを何よりも大切にしてきた病院だからだ。とりわけ、生命活動の維持に影響を与えるほどの重い障害を負った人たちに対する医療的支援を積極的に引き受けてきた歴史がある】。【そこで、我々の病院が大切にしてきた価値を守りつつ、輸血拒否の自己決定も尊重するために、以下のような基本方針を採ることにした】。【まず当院では、輸血拒否の患者を積極的に引き受けることはしない。しかし当院の医療活動に賛同され、当院での治療継続を希望される方が「無輸血治療を貫く」ことを希望される場合には、その希望を許容する】。
【3)ガイドラインの不明瞭な点を、可能な限り明確にする】。【合同委員会ガイドラインでは、「患者が成人で、判断能力を欠く場合」の治療内容の決定については、「今後の課題」として結論を先送りにされている。その理由として、そうした患者に対する「一般的な倫理的、医学的、法律的対応が」現時点では「確立していない」ことが挙げられている】。【しかしこの状況(患者が成人で判断能力を欠く場合)は、我々の病院でも実際に直面する可能性の高いものである。そこで、当院では独自の指針を作成することにした】。
 で、以下が【4 ガイドライン骨子】です。【当院では、輸血治療が必要となる可能性のある患者が「輸血拒否」の意向を示している場合には、以下の1)から4)の手順に従って治療内容を決定する】。
【1)当院が大切にしていることを説明する】は、当院の価値観を一応、患者さんに説明する段取りを踏まえた方がいいのではないかということで挙げておりますが、まだ詳しくは書いておりません。
【2)自己決定能力の有無の判断】。【15歳以上の患者については、まず意思決定能力について複数の医師による確認を行う。この際、意思決定能力があるか不確かな場合には、確認者に精神科医を含める】。
【3)患者の年齢区分に従って、以下のように治療内容を決定する】。
【3.1)患者が18歳以上の場合】。【3.1.1)医療に関する意思決定能力がある場合】。【本人署名の「免責証明書」を得た上で、無輸血治療を貫く】。【3.1.2)医療に関する意思決定能力がない場合】。【患者の推測意思を確認する。患者が無輸血治療を希望すると推測される場合、代理人署名の「免責証明書」を得て無輸血治療を貫く。希望すると推測できない場合には、必要に応じて輸血を行う】。
【3.2)患者が15歳以上18歳未満の場合】。【3.2.1)医療に関する意思決定能力がある場合】。【3.2.1.1)親権者は輸血を拒否するが、患者が輸血を希望する場合:患者が「輸血同意書」を提出する】。【3.2.1.2)親権者が輸血を希望するが、患者が輸血を拒否する場合:なるべく無輸血治療を行うが、最終的に必要な場合には輸血を行う。この場合、親権者から輸血同意書を提出してもらう】。【3.2.1.3)親権者と当事者の両者が輸血拒否する場合:本人署名の「免責証明書」を得た上で、無輸血治療を行う】。【3.2.2)医療に関する意思決定能力がない場合】。【3.3)の手順に従って決定する】。
【3.3)患者が15歳未満の場合】。【3.3.1)親権者の双方が拒否する場合】。【親権者の理解を得られるように努力し、なるべく無輸血治療を行うが、最終的に必要になれば輸血を行う】。【親権者によって治療行為が阻害されるような状況になれば、児童相談所で一時保護の上、児童相談所から親権喪失を申し立て、併せて親権者の職務停止の処分を受け、親権代行者の同意により輸血を行う】。【3.3.2)親権者の一方が輸血に同意し、他方が拒否する場合】。【親権者の双方の同意を得るよう努力するが、緊急を要する場合などには、輸血を希望する親権者の同意に基づいて輸血を行う】。
【4)主治医の変更に関して】。【主治医はこのガイドラインに従って決定される治療内容が、自らの価値観に反しており、それが耐え難いと感じる場合、他の医師に担当を替わることができる】。
 大まかな流れはこのようなことにいたしました。ただ、15歳とか18歳という年齢区分は、何故そうなのかということについては僕も把握しておりませんが、合同委員会ガイドラインでは民法上の根拠などを気にされているので、とりあえずそれを援用したということです。以上です。

 原 今のたたき台で、合同委員会のガイドラインと比べて、補足された点や変えられた点はどこなんですか。

 北村 合同委員会のガイドラインは、「無輸血治療が難しいと判断した場合には転院を勧告する」ということが含まれていましたが、当院は「無輸血治療を最後まで貫くことにする」という前提に立ちまして、「転院する」というオプションを含めておりません。それから、合同委員会のガイドラインでは「今後の課題」とされていた「成人で判断能力を欠く場合」につきましては、「患者の推測意思に従って無輸血治療を貫く」という項目を入れました。後は、前後関係を変えたりしたぐらいで、大きな中身については変更しておりません。

 原 場合分けが多いのでややこしいですね。せっかく位田先生がご用意されたので、こちらのマニュアルについてご説明ください。

 位田 最後にフローチャートが付いていますが、これを見ていただくといちばん簡単で、マニュアルの方は、それをある意味では文章にしたような形になっています。これは国立循環器病センターの脳神経外科の宮本先生、今は京大に移られたのですが、その人が厚生労働省から依託を受けて、急性脳卒中の無輸血治療を希望する場合の対応マニュアルを作るということになり、私もその中に入っていますが、基本的には「エホバの証人が急性脳卒中で救急車で入ってきた時にどうするか」という話が中心になっています。だから「普段から病院に掛かっていて『輸血は嫌だ』という話は少しおいといて」ということですが、それにも応用できるとは思います。
 まず、「急性脳卒中で入って来た場合」ということで、意識障害があって本人の意思がなかなか確認できず、かつ、輸血治療が必要だろうと思われる状況になった時にどうするかで、マニュアルと両方を見比べながら見ていただくといいのですが、「本人が無輸血治療をして欲しいという事前の指示があった場合」、例えば免責証書を持っていたとか、普段からそういうことを言っている、エホバの証人であることがハッキリしている場合にはどうするかというのが、真下のYESの方向、「本人の意思はハッキリ分からないが、家族が無輸血治療を希望している場合」も、YESの方に進みます。そういう「事前の指示がない場合」は、NOの右下へと進みます。
 本人の意思がハッキリせず、家族が「輸血をするな」と言う場合は、家族は信者ですけれども、本人は信者ではなかったり、本人が信者かどうか分からない場合がありますが、そういう場合に大事なのは、まず病院がどういう態度をとるかをハッキリ決めておき、決めた方針に従って家族が受け入れるのであれば治療し、それに承諾できなければ転院をしていただくというのが、最初の態度なんですね。で、そういうことをまず家族または代諾者(家族以外の同居人などが付き添ってきた場合等)に説明します。
 エホバの証人であれば当然、免責証書を持っているはずなので、それを確認するところから始まります。で、病院の方針がハッキリ決まっている場合で、「ウチはどんな場合でも絶対に輸血はしません。従って、輸血をしないでお亡くなりになっても仕方がありません」という絶対的無輸血治療が方針なら、左側の青いラインから下に進みます。「できるだけ輸血はしないようにはするが、輸血しないと命が助からない場合には、事前に無輸血治療を言われていても輸血はします」という相対的無輸血治療が方針なら、右側の赤のラインから下へ進みます。
 で、家族に病院の方針を説明する時、この時点ではまだ同意を要する状況ではないですが、[※解説]の事情、「本人は脳卒中で入院したので、場合によっては輸血をしないと助からないかも知れない。その時でも輸血が嫌なら転院をしてもらうことになるかも知れませんよ」ということも全部ちゃんと説明しておきます。で、最終的に病院長が病院の方針をもう一度確認して、その方針に従って「この患者さんにはこうします」という判断してもらったら、初めてその患者さんの家族もしくは代諾者に「ウチは絶対的無輸血でやります」もしくは「相対的無輸血でやります」という説明をして、そこで最終的に同意をいただきます。相対的無輸血が方針の場合で、家族が「絶対に輸血されるのは困ります」と言う場合には、右側のNOから下の「同意に基づく治療は不可能」に進み、マニュアルの3.3.1の転院勧告をするか、完全に尚してしまおうとする根治的積極的治療を断念して、輸血しない範囲でできる保存的な治療をするかのどちらかで、「その他」とあるのは、ハッキリと書くわけにはいかないのですが、同意がないのに輸血を強行するというケースもあり得るということなんですね。
 で、病院そのものの方針がハッキリせず、その時その時に「どうしよう」と言ってしまうと、どうしてもなかなか上手くいかないし、「ある患者さんには無輸血でやった。ある患者さんには輸血をしてしまった」とか、「A先生は輸血をしたけど、B先生は輸血をしなかった」と、一貫した対応ができないので、それは避けましょう。倫理委員会で承認していただくとか、外部の専門家、弁護士さんに聞く場合もあるでしょうし、生命倫理の専門家に聞く場合もあるでしょうが、そういった人と相談して、まず、病院であらかじめ決めておきましょう。で、方針を決めたら、その通りにやりましょう。そうでないと、要するに現場のお医者さんが訴訟に掛かる怖れがあります。現場のお医者さんは「どうしても治したい」と思っておられますから、当然「輸血をすれば治るのに、輸血をしないでむざむざと死んでいくのを見るのは耐えられない」という感覚をお持ちになるので、「病院がそう決めているのだから」と後ろ盾をきちっとして、それでちゃんとやっていきましょう。
 で、もし「相対的無輸血が嫌だ」とおっしゃっている場合は、絶対的無輸血でできる病院にできるだけ転院してもらいましょう。ただ、時間的余裕がない可能性がありまして、そうなるとどうしようもないので、かなりのジレンマがありますが、その時の状況で判断するしかありません。ただ、そういう場合でも輸血を決行すると、家族から訴訟が掛かる可能性がありますが、病院の方針を決めておいて、「場合によっては輸血もあり得るよ」と家族にきちっと説明をしておけば、最高裁の判決にもあるように、必ずしも負けることはありません。逆に、何も言わないで輸血をしてしまうと、裁判で負けるという話になっていますね。ですから、今日、お説明いただいたガイドライン案でも、ちゃんと決めておいて説明すれば、それでいけるのではないかと思います。ただ、この案はなかなか難しいのではないかと思っていまして、「本人が嫌だと思っているのに、家族が輸血をして欲しいと言われた」という時には、今度は本人から訴えられる可能性があると思いますが、それでもいいのですか。
 私が今、ご説明したのは急性期脳卒中という、クリティカルな状況が目前に迫っているので早く決めなきゃいけないという状況なので、それ以外の場合はまた対応の仕方が違うのかも知れませんが、とにかく病院がまさに医者を守るという体制をとっておいて、そこから出発しましょうということですね。

 原 はい。脳卒中の場合に輸血という手段は重要になってくるのですか。

 吉中 開頭手術が必要になる場合がありますから。それ以外は、消化管出血とかはあるかも知れませんが、それには要らないでしょうけどね。

 原 それほどないということですね。そうしましたら、若干の論点整理という感じでしょうか。

 勝村 この案は、本人か家族かどちらかが希望していたら、無輸血治療をしてもらえるという趣旨ですか。

 北村 成人の方の場合ですね。本人が希望しておられる場合か、本人に判断能力がない時は、患者がそのような意思を持っていると推測される場合は、無輸血治療を貫けるということです。

 勝村 で、15歳から18歳の場合、本人か家族のどっちかが拒否をしなかったら、やるという感じなんですか。

 北村 この場合は基本的に、最終的には輸血を選択できる中身になっていて、親権者と当事者の両者が拒否をした場合に限って、無輸血治療を貫くということになっています。

 勝村 どっちかが拒否していても、どっちかが「よし」と言えば、最終的には輸血をするということですね。本人が「嫌」といっている場合はきついかも知れない。意思がない子だったら分からないけどね。

 位田 理論的には、未成年は同意能力がないというのはハッキリしているのですけど、同意能力がないから親だけで決めて良いかというのはそうではなくて、ある程度、物事が分かる年齢になると、その人の承諾も要るということが基本原則になっているのですね。

 勝村 情報開示なんかも15歳ですよね。

 位田 15歳、場合によっては16歳もありますけど、中学校を卒業したらだいたい分かるだろうという感じです。

 勝村 治療を全部拒否しているわけじゃないから、あまり医療者たちが「輸血をしたら治る。しなかったら治らない」とか、決めつけたらダメだと思いますよ。最高裁の判例が出た直後に、僕がたまたま東京の医療問題弁護団の会議に出た時に、「輸血を拒否したことで死亡したケースはない」という話もありました。その後はどうか知らないですけど。それに、「一応、念のために輸血しておこうか」という感じでクリスマシンやフィブリノーゲンを輸血されて、それで肝炎になったりエイズで死ぬこともあるわけだし、「輸血をしたら完全に治る。しなかったら治らない」と100%言ってしまえる根拠もないと思うので、ある程度は勧めていく行程をとっても、最終のところで勝負に出てまで輸血を強制するほどのことではないと思っています。

 北村 確かに、病院側が「輸血はできるだけ控える」ということは大事です。ただ、資料④にあるように、輸血を拒否して、輸血をしない治療をして亡くなるケースも稀にはあります。そういう時に病院の職員を守るためには、こういうガイドラインによって進めないといけないということはあるかなと思います。

 勝村 そうなんですけど、輸血をすればその人が死ななかったかどうかは分かりにくいですから、例えば15~18歳の場合、輸血ぐらいだったら、本人と家族のどちらかが拒否したらその気持ちを重視したらいいんじゃない。医者からすれば普通、輸血はするのが常識なので、ものすごい抵抗があるのも分かるのだけど。

 位田 できるだけ本人なり家族なりの意思は尊重しても、いちばん難しいのは手術中に出血が止まらない場合で、当然、輸血をしなければ死んでしまうという時に、輸血をしなくていられるかということで、その時にどうするかという、そこだけの話ですよね。

 勝村 僕の妻も産科でDICになって出血が止まらなくなって新鮮血を押し込み、1年間も肝炎になっただけに、こういう問題は微妙だと思うので、こういう手続きをとるのは良いと思うのだけど、北村先生の案は位田先生のマニュアルと比べると、患者の気持ちよりも輸血を推すことが強く出ているけど、位田先生のマニュアルぐらいで良いのではないかという感じがする。

 位田 エホバの証人って、「継続委任状」という免責証書を必ず持っているということになっているので、エホバの証人だけど持っていなかった場合というのが、ものすごく難しいのです。

 勝村 その文書には、自己輸血はOKな文書と、ダメだと書いてある文書があると言っていましたね。

 北村 いろいろと選択できるようになっています。

 吉中 北村先生案の【2 当院での議論の経過】では、「患者さんの自己決定権よりも医療者の救命義務が常に優先するという見解に立って、これまではやってきたが、そこの転換を図ろう」ということですよね。位田先生が紹介されたマニュアルでも、そういう問題意識はあるのだと思いますが、より現実的に即して、医療者が変な訴訟に巻き込まれたりすることから守るということが、かなり強く出ているという、そのへんの違いがあるのかなと思います。北村先生案の【3 本院ガイドラインの基本方針】の2)では、一応「許容する」とはなっていますが、次のページでは「輸血拒否の患者を積極的に引き受けることはしない」と、旧見解がちょっと尾を引いている感じで、結局「まぁ来たら仕方ないなぁ」ぐらいの感じですけど、そのへんの扱いはどうかと思うのですね。我々が作るからには「ちゃんと自己決定権を尊重した対応をしますよ」ということで、「どうぞお出でください」と言う必要もないのでしょうけど、「掛け値なくそういう立場だ」というふうに構えた方が良いのではないかなという感じがしましたね。そうしないとあまり変わらないことになります。

 北村 例えば前のDNARの議論の時に、「患者の自己決定は大事だ。しかし医療者は、患者さんの意向がそうであっても、生きる方向に声をかけ続けるべきではないか」というような流れがあったと思うのです。そこを踏まえると、こういうぐらいの落とし所ではないかなと思って書きました。

 吉中 この前の議論でも「輸血をしなければ助からないという判断の医学的評価は少し低めではないか」という意見があったのですけど、逆に言うと、濫用してきたという歴史があって、もっと厳密に適用して、使用量も少なくするというようなこともあるなと思うので、そこをあまり大きく採り上げると、医療の中身としてやっぱり良くないのかなという思いが少しあるので、我々はもう少し医学的に詰める必要があるとは思うのです。だけど、「積極的に引き受けることはしないけど、なんとか診るよ」という話だと、あまり変わらなくて、いざという時に断られたら「よそへ行ってくれ」という話なので、そうすると事前に「そういう人はウチで掛かってもらっても難しいですよ」ということを言うことになるのかなと思ったのですけどね。
 位田先生のマニュアルの図に「病院の方針の確認」とあって、その下に青で「絶対的無輸血治療」、赤で「相対的無輸血治療」とありますが、基本スタンスを病院としてこのどっちかに定めましょうということですか。

 位田 こういうケースが起きる前に、まず定めておきましょう。で、「ウチは絶対的無輸血病院ですよ」もしくは「相対的無輸血病院ですよ」と言っておく。で、患者の年齢や状況、本人が免責証書を持っているかどうか、患者と家族がYESとNOに分かれているとか、いろんなケースがあるので、二重線で囲っている部分で、まず病院の方針を確認し、「どういう状況か」を確認しましょうということなんですね。

 吉中 病院の方針は、例えば「18歳以上で、意思がハッキリしている場合は絶対的無輸血治療、そうでない場合は相対的無輸血治療」というような、患者さん個人の違いで選ぶというのではないということですね。

 位田 はい。だから、未成年の場合には、もちろん本人の意思は確認しないといけないですけども、親権者が「NO」と言っているのだったら、本人が「NO」と言っているのと同じように取り扱うということですよね。

 勝村 そうか。これをモデル的にやっているところはあるのですか。

 位田 いや、まだです。

 勝村 「絶対的無輸血」と言っている病院は現段階で幾つぐらいあるのですか。

 位田 幾つあるのかは知らないですし、そんなにたくさんはないみたいですけど、時々、あるみたいです。

 勝村 国循は?

 位田 国循はまだハッキリ決めていないのですけど、これで決めましょうという方向にはなっています。だから、病院によって相対的無輸血の病院もあってもいいし、絶対的無輸血の病院があってもいいわけですね。で、できるだけエホバの証人にも、「この病院は絶対的無輸血治療」といった情報を流しておけば、こういう状況になって救急車で運ばれる時に、「あの病院に行ってくれ」と言いやすいですね。

 勝村 国循の先生の想像では、このマニュアルが出れば、どのくらいの割合で病院が分かれそうですか。

 位田 病院の選択ですか。おそらく相対的無輸血の方が多いですね。エホバの証人ものみの塔連絡委員会の人は「絶対的無輸血の病院もあります」と言いますが、それが津々浦々にあるかはまた別です。

 清水 資料④の大阪医科大学病院の例は絶対的無輸血なのかなと思うのですけど。

 勝村 だけど、輸血をどんなにしても死ぬ時は死ぬから、輸血しないで死んだ人が、輸血していたら助かったとは言い切れないですね。でも、ここは拒否を受け入れたのですよね。

 原 相対的・絶対的ということで言いますと、問題は絶対的であるかどうかということですよね。

 位田 そうです。ただ、ある意味では、普通に輸血するというケース、できるだけ輸血しないが生死の境目になった時は輸血するケース、どんな場合でも輸血しないケースの3段階に分かれ、普通に患者さんが来て「輸血した方が安全だよね」と言って輸血するケースも当然あり得ると思うのですが、そういうやり方はしない。

 勝村 これは病院単位で完璧に決めちゃおうというマニュアルということですが、もし日本中の病院が相対的無輸血を選んだら、絶対的無輸血が日本からなくなるというふうに追い込まれますね。

 位田 それはお医者さんがどう考えるかなので、大病院だと相対的無輸血の方が多いかも知れないけど、例えば小さな個人病院に近いところだと、そういうお医者さんが集まって、それこそエホバの証人で医者の資格を持っている人も当然あり得るわけで。

 勝村 大病院での絶対的無輸血治療はできなくなる可能性はありますよね。

 位田 それはあり得ますが、絶対的無輸血をしないから助かるという話ではなくて、相対的無輸血治療もできるだけ輸血はしないということですから、最後の段階になってどうするかという、そこの分かれ目です。

 原 ただ、病院の方針ではあっても、個別の患者の状況による部分もあるわけでしょ。この手順には患者個別性のところが全然出てこないわけですか。

 位田 これは個別のことではなくて、患者さんがエホバの証人であるかどうか、免責証書を持っているか、もしくは家族が「YES」と言っているか「NO」と言っているかを病院として確認するということになっています。

 勝村 相対的無輸血治療で輸血するのは、予期せぬ大量出血が起こった時ぐらいのイメージですか。

 赤木 救急の場合というのはすごく微妙でして、例えば血圧が60ぐらいでヘモグロビンが4といった患者さんがよく来るのですが、この場合は輸血しないと血圧が上がらなくてインターベンション、止血術ができないのですね。だって、胃カメラを入れたままで亡くなることもあるので、その状態になるのだったら、胃カメラを入れないということになりますが、この場合、「免責証書があるからウチでは胃カメラはできない」と断るか、それとも、アルブミネートが血液製剤に入るのか分かりませんが、それを入れて救命処置をするのかという選択だと思うのですね。だから、輸血自体ではなくて、インターベンションができるかできないかということになってくるので、インターベンションができなくて死んじゃうというふうにはなるかと思うのですけど。例えば、免責証書があったのに家族が同意したから輸血して治療できたとしても、その人が元気になったら訴えられますよね。

 位田 そうですよ。訴えられます。だから「それを覚悟してやるか」という話なんです。

 勝村 まぁ、精一杯やったら、訴えられないですよ。

 位田 いや、エホバの証人は訴えるのですよ。

 田中 輸血をされたことに対して訴えます。

 勝村 勘違いしていました。一生懸命やっていれば、輸血しなかったことで訴えられることはないでしょ。

 位田 そら、訴えないですよ。だって、自分の思う通りに死んでいくのですから。ただ、それをお医者さんが甘受できるかという話ですよね。

 東 位田先生案のフローチャートの中の①②③は、マニュアルの[Ⅳ対応のプロセス]の1.1、1.2、1.3に対応し、「本人と代諾者のどちらも拒否している場合(①)」「本人の指示はあるが、代諾者は認めていない場合(②)」「本人の指示はないが、代諾者が希望している場合(③)」となりますが、これらを全て同等の扱いをするという意味でしょうか。

 位田 はい、そうでしょう。

 東 北村先生案ではちょっと違い、本人意思を重視していますね。つまり、北村先生案では「本人がNOと言ったら、絶対的無輸血治療をやります」と言っていますが、「本人が曖昧で、代諾者が希望している場合は、輸血することもある」とも言っているので、「当院では絶対的無輸血治療も相対的無輸血治療もあり得る」という言い方になってしまうと思うのですよ。だから、「本人が拒否している場合のみが絶対的なものであると考えて、それ以外の本人の意思がないものは認めない」というのは、それはそれで良いのですか。

 位田 私が申しあげている方は急性期脳卒中なので、本人の意識がなくなっているというのが前提なのです。そうすると、本人の意思を確認できるのは免責証書か、もしくは周りの人の「あの人はエホバの証人だ」という証言ぐらいしかないのです。ただ時々あるのが、ご本人はエホバの証人で免責証書を持っているけど意識はなく、家族はエホバの証人ではなく「輸血して欲しい」と思っている②のケースで、これがいちばん困るのです。

 東 それも含め、誰かが無輸血治療の意思を示した場合は、全部同じように考えるという考え方ですね。

 位田 はい。つまり、こうしないと先っきから問題になっている医者の救命義務と本人の意思というのが選択できないのですね。

 東 だから、「病院として絶対的無輸血治療をやります」という話は、多分、「急性期脳卒中に対しては」と限定した形でしか言えないと思いますので、これは僕も非常に理解できます。

 位田 だから、これはハッキリしているのです。ただ、一般に治療している時に、絶対に輸血しないと困る状況にそんなにならないと思うのですね。輸血しないといけないのは手術をするか、救急で入ってきて直ぐに何かインターベンションをやらないといけないという時ですよね。これは国循ですから脳神経外科の急性脳卒中がいちばん問題になっていますが、救急で入ってこられた時でもおそらく同じフローチャートでいけると思いますが、普段から入院されている場合はちょっと違うと思います。

 北村 このフローチャートで疑問な点は代諾の問題で、本人の事前指示がなくて代諾者が信者で希望する場合は、YESのラインを進んでいきますが、これにはちょっと問題があると思います。何故かと言うと、例えばご本人は信者の家族であるけども、普段は信仰に異議を感じて迷っておられたとしても、突然、病気になって運ばれて来ると、家族の意向だけが通っていく可能性があるので、これは極めて危険なのではないかと思います。

 位田 一方から見れば確かにそうですが、でも、本人がどう思ったかということが確認できない。確認できなければ誰が決めるかというと、同意できる人、つまり代諾者しかいないですね。家族もみんなエホバの証人というのがいちばん簡単なんですけど。

 北村 この点において、これで良いのかということは?

 位田 それは問題あると思いますね。

 原 「推測意思を確認する」という表現をした場合は、「じゃぁ病院の責任で判断します」という言い方になるのだけども、そこらへんの違いですよね。

 位田 病院の責任で判断はできないですよね。輸血する場合には輸血同意書が要りますから、これにサインしてもらわないと輸血ができない。

 北村 当院案では、推測意思を確認して、本人が希望すると推測されれば無輸血治療を貫きますが、希望するという確信を持てない場合は、訴訟されてもいいから基本的に輸血をするという中身になっています。

 位田 それは、そういう立場もあり得ると思うのですが、その代わり、訴訟が起こると困りますよと言わざるを得ない。お医者さんは救命義務を果たしますから、それで良いと思うのですけど、ご本人もしくは家族はどうかなという話になりますよ。「助かった。気がついてみたら俺は輸血をされてしまった。ちゃんと俺がエホバの証人であると分かっているはずだ」って訴訟が起きますが、「それでもいいのだ。医師の救命義務を果たすというのがこの病院の方針だ」と決めておれば、それはそれで私は構わないと思います。で、訴訟が起こってもきちっと対応すれば良いだけで、あまり訴訟を怖がると何もできなくなってしまいます。

 吉中 私がまだちょっと飲み込めていないのは[対応プロセス]の①②③で、例えば②の[本人の事前指示はあるが、代諾者はそれを認めていない場合]で、例えば「ウチの病院は絶対的無輸血治療で行います」と言っている場合には、絶対的無輸血治療を行うということになるけど…、

 位田 絶対的無輸血治療の病院は、いかなる場合も輸血しないというわけではなく、エホバの証人で「輸血しないでくれ」と言った場合のみ、絶対的無輸血ですよね。エホバの証人であっても「輸血して欲しい」と言う人もあり得るので、そういう時は当然、輸血するのですね。

 吉中 ご本人は事前指示を示しているけど、代諾者は認めていなくて治療方針に同意されないケースがありますよね。その場合、ここに「NO」がないのですけど。

 位田 ご本人の事前指示があるとハッキリ確認できれば、もうそれでいくということです。

 原 そういった場合の同意書の話ですが、手術の同意書や輸血の同意書などをそれぞれ裏返すと、家族と違う方針を病院が採る場合、同意なしに行うことになりますね。

 位田 いや、本人が無輸血を希望している場合、輸血しませんから同意書は要らないですよね。

 原 でも、手術の同意書は要ります。

 位田 そうです。だから相対的無輸血の場合は、右側のラインを下がって[治療方針に同意]という部分で家族が「NO」と言った場合は、右下の[同意に基づく治療は不可能]に行ってしまいます。

 吉中 ただ、青の絶対的無輸血の場合、ご家族が「輸血をして安全に手術して欲しい」と言った場合の取り扱いが難しくなる。

 位田 ええ。結局は最初の段階で、ご本人の意思をきちっと確認するという行程が要るのですね。

 吉中 ※印の[家族に事情説明、転院勧告もあり得ることも説明しておく]というところですか。

 原 家族が「そんな危ない手術はやらん方がいいです」と言ったら、同意書なしに手術をするのか、家族が「するな」と言って転院していくのか、そのまま手術なしで治療するかですね。

 位田 まぁ時間的余裕がこの場合はないのでね。救急で入って来た時には手術の同意書などなしでやられますでしょ。そういう状況が前提なんですね。

 原 同意書そのものはそんなに絶対的な書類ではないですから。

 位田 ただ、輸血は同意書なしに強行できないので、ご本人が意識がなければ、代諾者に同意してもらえないと輸血できないのですね。

 岩橋 救急であっても、「輸血されたら困る」という明確な意思があったらできないですね。

 原 どうしましょう、時間もおしてきました。これは組み合わせの数学も結構ややこしいので…、

 位田 最初はもっとややこしかったのです、いろんな組み合わせがあって。

 岩橋 でも、当院のガイドライン案の方では年齢分けをしていますよね。位田先生の方は、本人の免責証書があれば年齢を問わず…、あっ、そうか。

 位田 意識障害という前提なので、意識がないから年齢は関係なくなるのですよ。

 橋本 本人の意思確認ができない場合での事前確認という意味ですよね。

 位田 だから、ちょっと年齢が若い時に本人の意思をどうしようかというのは、まだ意識のある時の話です。

 勝村 本人に意識があるのに、その意思を無視して、家族が受け入れていたら酷いねぇ。

 位田 余計にややこしくなります。

 岩橋 だから、客観的にも明確に拒否しているものがあったら、いくら年齢がどうあろうとも、意思表示として有効なものと見るということですね。

 北村 例えば10歳の子供が事前指示書を持っていたら、急性脳卒中の場合はそれが有効だということですか。

 位田 それは一応そうなんですけど、子供の意思をどこまで考えるかという問題は、子供が急性脳卒中で入ってくるケースは少ないので、小さな子供の場合はあまり考えていないです。

 原 もう一つ議題がありますので、ここらあたりにして。基本的に絶対的無輸血に応じるという方針に向けた議論ではあるのですけど、「許容する」とかこのあたりの表現はちょっと高飛車な感じもするので、普通に書いてもいいかなとは思います。「応じる」とか「積極的に歓迎しない」というのもなんか変な感じです。

 岩橋 客観的に受け止められるか、主観的な言い回しと捉えるかで、だいぶ違いますよね。

 位田 おそらくこういうのを患者さんに見せて、「ウチはこうなってます」と説明しないといけない。それで、ちゃんと分かってもらえるようになりますね。

 原 基本的に絶対的無輸血を方針とした場合でも、場合分け問題が結構ややこしいですから。北村さん案は18歳と15歳で線引きされていますけど、法律家の方が見られていかがでしょうか。

 岩橋 だいたい身分に関することなどについては、できるだけ年齢の低いところで決めさせなくてはいけないということになっていますが、一般的な法律行為については未成年には執行能力がないということで、親権者の同意などが要ることになるわけです。ある程度、このくらいの年齢の人だったらこういうことは判断できるだろうという前提で、全体的な趣旨を踏まえて線引きしているのだろうと思うけど、例えば18歳だったら医療に関する判断能力があるという、合理的・科学的な根拠はないと思います。

 原 このあたりの線引きも、煩雑な感じもしますし、合同委員会のものと同じで良いのか…、

 位田 未成年は20歳ですから、18歳に法的な根拠はないですよね。

 岩橋 そうです。18歳で区切りをつけられるのは、保護しなければならないという福祉的な観点から、条例などでは売春だとかああいう感じの時に「18歳未満だったら」という見方をしますが、それは例えば「猥褻という意味は分かっているか」とか、「そのことの意味がこの年齢ぐらいの人なら分かっているだろう」ということで引いているのです。でも、それは実証されたものではないということですね。

 北村 合同委員会のガイドラインは甲斐先生・岩志先生のお考えが反映している?

 位田 多分、そうではないでしょうか。甲斐先生は刑法の先生、岩志先生は民法だったと思います。例えば婚姻許容年齢でも、男は18歳、女は16歳ですから、16という数字が出てきてもいいのですけど。

 岩橋 だからといって、女の人の方が若くから婚姻について良く分かっているという根拠はないですね。

 位田 本来なら成人年齢でないと民法上の能力は違いますので、20歳と書いていないのはまた難しいですね。

 岩橋 ただ逆に言うと、親の宗教的な考え方から、無輸血治療を押し付ける虐待の怖れもあるので、児童の考えを尊重しようという、子供の権利条約とかいろんな考え方も反映しているのだとは思うのです。それと、自分の身体に関することなので、「生死についてはある程度自分で判断できるのではないか」ということもあるのかも知れませんし、逆に「20歳にならないと絶対に判断できません」というのはおかしいですよね。

 勝村 臓器提供でも、虐待の子供が臓器提供させられるのを守ろうという発想の議論もありましたね。

 原 現行法は意思表示を15歳で線引きしていますけど、積極意思表示の法改正では両論あって、虐待問題もあれば、逆に小児科学会は「子供の意思表示はもっと早くできる」と言っていたわけですから、今回の問題でも、「15歳未満は親の考え次第ということで果たして良いのか」というところはありますね。

 岩橋 命の重みを小さな子供が早く判断できるのかという問題もありますので、なかなか難しいですね。

 位田 こういう場合に、代諾というのは法的な根拠のある用語ではないのですね。「代わりに承諾する者」というので代諾者と言っているだけで、代理ではないのですね。

 原 そういうあたりとか、手順的なところの確認手段、例えば推測の場合に「推測をどうするか」とか、まだいろいろとあると思います。議事(2)-②のエホバの証人側のお話を聞くのは次回ということですが、①の「特別委員の要請」って何ですか。

 内田 この間、産婦人科でそういう事例がかなりあって、現場でいちばん苦慮されていますので、このテーマの期間中、当院産婦人科科長の中村先生を一緒に議論へ加えさせていただけないかなというのが一点です。エホバの方とは直接、お話ができましたが、逆に積極的に「懇談をしたい」ということでした。ただ、ご家庭や仕事があるので、少し日程を合わさせて欲しいということと、それまでに一度、私と会いましょうということになりましたので、私と丸山君ぐらいでお会いして、次回の進め方とかを決めさせていただきたいと思います。

 原 では、特別委員も含めまして、その方向でよろしいでしょうか。
 時間がなくなってきましたので、「セデーションの実態報告」をお願いします。

 

議事(3)「終末期の苦痛緩和を目的としたセデーションに関するガイドラインの現状について」

 田中 前回、電子カルテからターミナルセデーションという言葉で検索に掛かった件数はもっと多かったと思いますが、全部を調べてみると、実際にセデーションを実施した事例は、当日資料P3の表にあるように20例でした。P4の表は、電子カルテ上にターミナルセデーションという言葉が載っていても、実際には検討に入らずご家族との面談もされなかった例を除いて、具体的に論議された方たちで、家族の同意を得たけれども、実施する前に亡くなられた例であるとか、ご家族との面談を考えている段階で亡くなられた例とか、検討はしたけれど、疾患的に対象ではないだろうということで実施されなかった例を含めて、37例ということになります。で、今日、実施した20例をさらに詳しく、使用した薬剤などを調べたのですけど、18例がミダゾラム、1例がプロポコール、1例がフェノバールという薬剤が使われていたという状況でした。で、実施した事例で直接ご本人に確認が取れているのが5人で、他はほぼご家族でした。主要症状には、身の置きどころのない倦怠感、嘔気(おうき)、不眠などもありましたが、いちばん多いのは呼吸苦で、「息苦しい」「ゼーゼーしている」という状況が「非常に辛どい」「辛どそうだな」ということで、ご本人やご家族が希望され、使われた事例がやっぱり非常に多かったです。ただ、面談された記録はあるのに電子カルテ上に同意書が保存されていなかった事例が少しありましたが、もしかしたら簡易ベースで病歴の方に残っているのかも知れません。
 最初に「実態を調べた方がいいかな」と言われたのは、ガイドラインでは【癌(悪性腫瘍)の進行のために、死が差し迫った状態にある患者を対象とする】と、疾患が非常に特定されているということでしたが、調べたところ、実施した中でもCOPD・間質性肺炎・呼吸不全の患者さんがおられたということと、検討された患者さんで「対象外だから使えません」ということで 使われなかったのですけど、非常に呼吸苦も辛どかったと思われる心不全の方、実施されないまま麻薬とかを使われていた透析アミロイド症の方、同意文書だけあって実施しなかった多臓器不全の方など、悪性疾患ではない方がおられ、ガイドラインから外れた対応になっていたので、今後はどういうふうに検討していくべきなのかなということですね。

 原 手順的なところはそれなりにされているという印象ですか。

 田中 印象ですと、実施手順の1-3)に【2名の医師が患者の生命予後を評価】というのがあるのですけど、当直の先生が何人か関わっていることもわりと多かったので、2名以上の事例もあるのですが、やはり主治医の判断で行っている事例もあったと思います。また、1-4)に【以上の1)から3)を満たしていることを治療チームで確認する】とありますが、必ずしも治療チームのカンファレンスという形で記録が残っておらず、先生と家族との面談の中でそういうふうになっている事例もちょっとあったかなと思います。緩和ケアチームを治療チームととると、必ずしも緩和ケアチームが介入していないということもあります。

 原 まずは対象疾患ないし状態の話として、癌以外のものもかなりあるが、多分、治りはしなくて、それにふさわしい状況というのは実際には多いでしょうから、対象を広げないでやるというのは無理があるかなと思いますが、その場合も、死期の迫り具合というところでどういう線引きをするのかですね。ただ、ターミナルではないセデーションをすれば、それほど考えなくても良いとは思うのだけど、広げるのなら、広げる時の表現方法を含めて考え方の整理はしておく必要があります。

 勝村 このガイドラインを作る時、対象患者についてはどんな議論でしたっけ。

 吉中 発議したのが当時、緩和ケアチームにいた医師からでしたから、限定した方が整理しやすかったので、悪性腫瘍に限定したということだったと思います。

 原 ターミナルで従来から議論されていたのが癌とエイズぐらいで、そこからどう広げたらよいのかよく分からんということで、あまり早い段階から広げると危なっかしいという感じだったと思いますね。

 勝村 「これ以上に広げるべきではない」という意見があったわけではない?

 北村 いわゆる亜急性的に進行するターミナルの場合については、こういうことをする妥当性はあるということで、それは癌に代表されます。しかし、COPDとか呼吸不全は慢性的なターミナルの経過を辿るのですね。低空飛行を延々と続けるという場合に、「そもそも苦痛を感じる主体に意識を失わせて苦痛を取るというやり方は、倫理上の問題があるのではないかという、コンセンサスが日本ではあるのではないか」ということで、「慢性的な経過を辿るターミナルついては扱わないようにしておこう」ということだったように思います。

 吉中 おそらく現実的にされているのは、癌以外だと皆、呼吸困難ですよね。そこの苦痛は、気管内挿管という処置は意識をなくさないとできませんので、それを許容すればクリアできるわけですけど、それもしないということで、非常に苦痛が激しいということに反映しているのだと思います。だから、周囲から見て「見るに忍びない」ということはたいへん起こり得る状況なので、このあたりは検討課題として充分にあるように思います。

 田中 2番のCOPDの方だけは呼吸器を入れています。この方は経管栄養を拒否され、去年に論議していただいた方ですが、呼吸器が着いていても呼吸苦は取れず、お腹も痛くてということで、セデーションをしました。

 原 実施しなかったけど、透析アミロイドは痛いという話ですよね。

 田中 この方は、痛みがとにかく強くて、麻薬も効かなくて、予後的にも厳しかったのですが、「とにかく寝かしてくれ」ということで、セデーションという形ではなく、一時、夜だけ眠れる薬を使い、麻薬と併用したら上手くいって2~3夜はなんとか寝られたので、結局、ターミナルセデーションをせずにお亡くなりになりました。

 原 そういうのもあり得るので、もうちょっと他のやり方もあるかも知れないという気がしますけど。

 位田 退院日と書いてあるのは死亡日ですね。

 田中 そうです、はい。

 東 実施から死亡までの時間を出すと、もう少し状況が分かったと思うのですが、ここにあるのは作成日とかまちまちの日付で、ほとんど1日か2日で亡くなっていますね。

 位田 このほとんどはガイドライン違反ですよね。呼吸苦というのはいちばん辛どいでしょうし、事情はよく分かるのですけど、こういう形で認め始めるとキリがなく広がっていく。そうしたらガイドラインを作った意味が失われると思います。かつ、緩和チームが介入していないケースの方が多く、お医者さん一人で決めていたり、このガイドラインが周知徹底されていないですね。

 田中 近年は、ガイドラインを参考にされていることが多い印象だったので、浸透してきた感じですけど、作られたのが2005年で、初めの頃は同意書がないのにされていたりとか、そんな傾向が強かったという感じでした。

 東 間質性肺炎とかは当然のごとくやっている感じで、最近もありますから、これを見ると、癌に対するものであるという感覚がなくなっているというのは事実ですね。

 田中 いや、緩和チームに相談はしていました。

 東 だから、緩和チームは「応用しましょ」とかなんとかで、ガイドラインを守るという姿勢がないわけでしょ。確かに、こういうのを議論する必要はあるでしょうね。呼吸不全とか、最近はものすごい多いですよ。

 橋本 最近ですもんね、胸部解離性動脈瘤とか、全然、違う病名で。

 位田 本人の同意のないケースが結構あるので、ものすごく危ない気がします。「ガイドラインを作っていて、守っていなくて、本人の同意もないというのは、やりたくてやっているのではないか」という話になりますよ。

 橋本 やっぱり、結構年齢の高い方の分は「家族・家人」という形が多いですね。

 田中 そうですね。高齢の方の場合はほとんど家族の希望ですね。

 原 本当はもうちょっと詳しく、「本人意思の推測みたいなこともあるのか、ないのか」ということも…。

 田中 そうですね。結構「寝かせて欲しい」という記載はあっても、「同意を得た」という記録がなかったりするので、それを同意と見るのかは難しいですが、結構、家族と面談されていて、「家族から同意を得た」という記録があっても、そこに本人の名が載っていない「寝かして欲しい」というだけの分は全部省いたのです。

 位田 倫理的に見ても、ハッキリ言って、本人の同意なくやっているのですよね。

 勝村 倫理委員会がガイドラインを作りっぱなしにせずに、報告をいただいたことはものすごく大事なことですが、少なくとも手続きの段階でガイドラインに違反している件は、それに関わった人たちに改めてガイドラインを読んでもらうようにするぐらいのことを倫理委員会で提言しないと、できた意味がないと思う。また、作成の議論の時から「呼吸苦がいちばん辛どいんだ」というような話があったにも拘わらず、癌に限定したことを見直すべきなのかどうかで、今日、ガイドラインと実態が矛盾しているということを知ってしまった限り、やっぱりどっちかに合わさないといけない。だから、「しっかり読んでください」という普及の課題と、ガイドラインで修正すべき点があるなら、修正するという課題がありますよね。

 位田 「セデーションが行われた」という報告が上がってきていないわけですよね。

 田中 今は報告するシステムがないのです。

 位田 このガイドラインにもそういうことが書いていないみたいですし、本来なら、例えば病院長や倫理委員会にこれを適用した時は報告するといった手続きがないとね、なんか現場で好きなようにやっているということになってしまいますから。

 田中 「使いたいけど、ここに当てはまらないので、どうしたら良いのだろう」と、現場で悩んだ時に上げていくところもないのですよね。

 原 「とりあえず報告システムを作ってください」という話を前回にしたのですが、何かできていますか。

 吉中 倫理委員会の事務局的な会合を持つようにし始めているのですね。それで、幾つかあるガイドラインをどのルートでどうやって上げるかという準備的な議論をして、事例をどうやって拾い出すかというのを実際にして、なんとかここまで拾い出すことができたということですけど、恒常的にこれを管理する仕組みがないというのが実態です。早急な課題というのは認識しているのですけども、この間の現場との関係では、緩和ケアチームの担当医が新しくなって、緩和ケア病棟を作るという話がある中で、人員は少し増して、実態として動きが強まってきているので、今は電子カルテ上で拾うことと、実際に施行した医師や病棟の看護師さんから情報を得ることとして、議論としては緩和ケアチームをかませたいなと感じました。で、このガイドラインを見て、現状に合わないところなども含めて、ここに出席して出してもらうというやり方をしないと、上から降って来るみたいにばっかりなって、現場と噛み合わないので、そういう手続きを採りたいと思います。とりあえずは月1回の予定で、病院内のメンバーで構成している事務局会議を軸に進めさせてもらったらと思っています。

 原 対象に関しても、報告システムにしても、いずれにしてもガイドラインそのものを改定しないといけないとは思うのです。どれぐらいのスパンで考えるかということが一つありますが、そんなに長く掛けるべきことではなく、2~3回ぐらいで改定した方が良かろうと思います。それから、それまでをどうするかということですが、手続き的にも守られていないという感じだと、ちょっと見逃していられない状況ですし、厚労省のガイドラインにも反している件につきましては、ヤバイ事態が起きかねません。

 吉中 表を見ますと、年間で考えるとそんなに多い件数ではないので、新たに発生するものについては、全例をここへ具体的に報告するという形で、事例検討に載せたいと思うのですが、いかがでしょうか。

 原 手続き的には、方針を決めた段階と実施した段階で、誰かへ必ず報告を上げるということが院内で必要で、そんなに詳細なリポートでなくてもいいのですが、検討内容についても報告は要ると思います。ただ、それが院長なのか他の誰かなのかは限定する必要もないと思いますが、院内のシステムが要るのではないかと思います。

 位田 それから、誰が決めたか。1人ではダメです。多分、お医者さん2人というのもダメで、看護師さんとか関連する人がいて、できるだけ多職種の複数の人が決めて、その人たちの署名のある文書を作って、証拠を残す。当然、患者さんか家族にもサインしてもらう。そこをハッキリしておかないと、なし崩しになると思いますね。

 原 セデーションだけではなくて、ターミナルの治療方針全般にも波及していく時代になってきていると思います。と言うのは、ガイドラインがあるもので違反していたら、他で何が起こっているか分かりませんから。

 位田 だって、ガイドラインにはちゃんと本人の意思や多職種で確認ということを書いてあるのに。

 広瀬 この表を患者側から見るとちょっと怖いですよ。本人の同意があまりにも少なくて。

 原 ですから、どうしましょうか。院長が権限を委ねられる然るべき人がおったら、それで構わないと思いますけど、セデーションを含めた終末期の治療方針の決定および施行に関しては報告してもらうと…。

 吉中 それは、ガイドラインの範ちゅう以外もということですか。

 原 以外も含めてした方が良いと思いますけれども、どうですか、多過ぎますか。

 吉中 そうすると「どの範囲か」という話になってきて、非常にファジーですよね。

 位田 いちばんきついことを言うとね、本来、それが決まるまでセデーションは一切やってはいけない。それを言えるかどうかの問題ですけど。

 吉中 「終末期の苦痛緩和のセデーションを決定したものについては報告せよ」という…。

 位田 ガイドラインに合わせると癌しか入っていないので、そうするとここに出てきているものの多くは抜けますから、それをどうするかですね。

 原 終末期全体のガイドラインを、まだ病院としては作れていないけど、政府のガイドラインも一応あるわけで、細かくは決めていないけど、「みんなで決めましょ」とか、大まかには妥当な範囲のものですよね。そこも含めてあまり実行されていないというのが、民医連の病院としてはやはり望ましくないという感じがします。

 田中 記録がないだけで、看護師さんも「患者さんが寝たいと言っているけど、そろそろそういう対象じゃないですか」みたいな会話を、雰囲気的には記録の中から読み取れるのですけど、きちっと「カンファレンスをしました」という記録がなかったりするところが、ちょっと弱いところかなと思いますけど。

 岩橋 それは、ガイドラインはあるけど、書式とか報告するシステムとかの形が何もないからですよ。実際、事実が先行してしまっているので、修正していくということに立てばいいのじゃないでしょうかね。

 東 申請・実施報告…。

 原 報告用紙といった書式を作らないと仕方がないじゃないかと思いますけどね。それを私は終末期全般という捉え方で見ないと仕方がないかなという気がしますけど。まぁ「救急で運ばれて、先っき亡くなった」とかいうのは別問題として、相談する場面がちゃんとあるように…、

 赤木 救急で、あまりセデーションはしない。

 位田 癌に限るかは別問題として、このガイドラインの中身はしっかりしていると思うのですけど、「こういうことをやります」という手続きがないのですよね。ガイドラインを作る時は手続きを決めておかないと。

 吉中 「終末期のセデーションの対象となると考えた患者」というような意味ですか。「終末期ケアに入る人全て」ということになると、気管とか肋間に限定しないとかなり難しい。

 原 今からですよ。「過去に遡って調査しよう」という話はちょっとおいといて、例えば「治療打ち切り的な方針を決めました」とかいうことも含めて、報告してもらう必要があるのではないでしょうか。

 吉中 ターミナルセデーションという名目でやられている実態がこれで、手続きも不十分だし、いろいろあるけれど、そういうものを「あかんから」と言うのじゃなくて、「考えたものについてちゃんと報告してくれ」というふうにしないと、際限なく広がるのではないかなという気がします。ただ「終末期の人について全部報告せよ」ということでしょ。一般的に終末期と言っても、その範ちゅうがなかなか難しく、「何を終末期と考えて」というところから微妙な部分があって、すごく戸惑いが生じます。

 原 病院で何人亡くなりますか。

 橋本 1ヵ月間で20人前後だから、年間140人ぐらいですか。ただ、こういう中身にすれば非常に限定されますので、毎年、5例から8例みたいな感じなんですけど、08年はいやに多くて17件もあったのだなぁと思うのですね。

 位田 多分、あらかじめ「これは終末期」とか「この病気」とか言うのは難しいと思うのですよ。だから、とりあえずは現場の方が終末期のセデーションだと考えるケースは全部報告してもらう。それを何回かやっていると、「じゃぁこのへん」というのがある程度、分かってくるので、それから決めても良いのではないですかね。とりあえず現状を把握しないとどうしようもないと思います。

 原 セデーションの対象に絞ってですか。

 北村 いわゆる一般的なセデーションとターミナルセデーションがありますね。で、一般的なセデーションは報告しなくていいということにして、治療を行う主体が「ターミナルセデーションだと認識して行うものについては報告してください」というところから入ればいいのではないかと思います。

 吉中 そういうことですね。それだと分かり良いということですね。

 原 「じゃぁ当面は対象疾患をどうするか」という問題があるのですけどね。

 吉中 実態としてこうなので、「現場の人たちがターミナルセデーションの対象だと考えるものを、まず報告してくれ」とリアルタイムに報告してもらって、執行までにそれを把握しないといけないということですかね。

 原 いや、報告は良いのですけど、「やって良いのですか、悪いのですか」ということを倫理委員会で決めないといけないではないですか。

 岩橋 これまでにやったものが報告されて、「どうなんだろう」という話になったのに、今日以降もそれで良いのかということですよね。

 原 院長が把握したって、院長が間質性肺炎の人に「やっていい」と言うのか、「いかん」と言うのか。

 吉中 このガイドラインに基づくということですから、それはダメだということですよね。

 原 というやり方もありますし、倫理委員会で決めたガイドラインでから、今、ここで例えば「当面の運用指針として許容する」と決めてしまうやり方もあると思います。

 岩橋 その代わり、「手続き的なところをちゃんとやってからにしてください」ということをきちんとね。

 橋本 そうですね、実態が分からないといけませんからね。

 田中 もし許容されるということに決まれば、「とりあえず『する』という報告書を先生に上げたらいい」ということもあり得るということですね。

 吉中 それでも、直ぐには決まらないでしょう。

 勝村 対象患者を癌に限定した時の倫理委員会で医療関係の皆さんは、間質性肺炎のことが抜け落ちていたのか、想像していたけども対象にしない方が良いと思われたのか、どうだったのですか。

 田中 私個人はこの時、回復期リハビリ病棟にいたので全然、想定していなくて、ターミナルと言ったら癌で亡くなる方をイメージしていたのですが、その後、特別治療棟に移ったことで、実際に現場で「癌以外に、呼吸苦で最期に苦しまれる方がいるな」と気づいた面はあるのですけどね。

 勝村 間質性肺炎の話をしていませんでしたっけ。

 吉中 具体的には間質性肺炎の話はしていなくて、心不全みたいな話はあったと思いますね。だけど、それは非常に微妙なことで、人口呼吸器で生命の維持をする時にはセデーションをして挿管するという処置を採るので、そういう意味では、ここのところで一緒になってしまうという問題があるわけですね。で、慢性期になってくるとセデーションも抜けて、本人の意識もハッキリしてきて、意思表示ができるようになるということもありますから、そういう点では問題だけども、その時点では呼吸不全は取れていますから、普通、癌のような苦痛はないわけですね。そういうことで対象から省けると私は思っていました。

 北村 記憶している限りでは、「他のいわゆる慢性的に終末期を進行している病気についてのセデーションの問題も重要だけれども、今は日本でコンセンサスが得られていないということもあるので、それについてのターミナルセデーションを決めるものではなくて、あくまで癌の患者さんのターミナルセデーションを取りあえず決めましょう」ということだったと思うのですね。現場では癌のために作ったものが他の病気に援用されているのであろうと思うのです。そもそも他の病気に対して想定していないガイドラインなので、そこをどう考えるかということですが、実際に現場では他の病気の人に対しても行われているのは既に明確なんですけど、そこにコンセンサスがまだ得られていないのが日本の現状としてあると思っています。

 勝村 本ガイドラインの最後に「学会のガイドラインより対象を狭め、心理的・実存的苦痛は扱わない」というような話がありますけど、学会のガイドラインの対象もこんな感じですか。

 北村 学会というのは緩和医療学会なので、癌しか扱っていないということですね。

 東 ガイドラインを守らずに拡大させるということ自体は問題なので、もう一度、ガイドラインに立ち戻り、「当面、癌以外はやらない」と決めてしまうのがいちばん良いと思います。

 田中 えーっ、でも、本当に苦しがっている患者さんに何もしないのですか。

 東 ここでも同意が得られないのだから、仕方がないではないですか。

 原 いや、個人的には「ここで決めてしまえばいいのではないか」という意見なんですけど。

 東 そんなに簡単に決められる話なんですか。「呼吸苦があったらやりましょう」という話で良いのですか。だから前に決まらなかったと思うのですよ。

 原 「死期が差し迫っている」という条件が当然、付きますよね。

 東 「死期が迫っている場合で辛どいのは、例えば心不全だってあるだろうし、いくらでも広がるのではないか」って話が多分、出たと思うのですよね。

 吉中 報告の中の事例にも実際にありますけども、間質性肺炎でも呼吸苦があった時に、死期が迫っているかどうかというのは、とりあえず人工呼吸をしてあげることで、死期は遠のくのですよ。ただ、気管挿管を拒否される人がいるわけですね。そういうところの問題もありますから、やっぱり単純には決められないと思う。

 原 そう単純ではないというのはよく分かるのですけども、一方では、「ターミナルセデーションという手段を認めて、やりましょう」と言っているのは、変な安楽死的な話の防止策という面もあるわけですね。「見かねるような苦しさを放置できますか」ということですが、放置しておくのも結構ヤバイのかな。いわゆる安楽死的な話にいかなくても、本当の闇セデーションをやってしまうとか、そうなっても具合が悪いような気がしますので、最終的に決めてしまわなくてもいいと思うのですけど、実情としてある程度あるのであれば、暫定的に「決める段階でちゃんと上げてくださいよ」と。で、特に癌以外の案件に関しては「検討メンバー以外からもいろいろと口を出してくださいよ」と…。

 位田 「セデーションをします」って決める時はカンファレンスをやらないのですか。

 田中 基本的にはカンファレンスをされていることが多いです。

 位田 そこで決めていただくというのは比較的、客観的かなという気はしますけどね。

 東 多分、ほとんどカンファレンスをやっていると思うのですが、現実は、現場で「そういうのが必要だ」と言ったら、どんどん、そういうふうに流れていくのは間違いないので、基本的にはガイドラインに戻るべきだと思うのですね。手続きができていないと批判されましたので、もし、ここで決めるとしても、現場から院長なりのところへしっかり上げて、その時に判断するということぐらいしかできないと思います。その時の判断は、院長が「よし」という場合があり得ると思いますが、それは例外的なものということで、対象疾患をどんどん広げるのは良くないと思いますよ。とりあえず、手続き上のことをきちっと守るだけでも、先っき言われた批判にずいぶん応えられると思うのですね。ガイドラインが守られていないということがハッキリしたわけだから、そこのところを是正するということがいちばん分かりやすいと思いますね。

 位田 是正するということは、「次の基準を決めるまではストップしろ」ということですな。

 東 まず「これに合わないものは基本的にストップですよ」と決めておかないとダメだと思いますね。

 広瀬 「セデーションのことを本人に聞くのはとても難しいけど、それを聞きそびれると結局、家族に聞かなあかんことになる」と以前に言っていましたね。それから、「患者さんとのやり取りをビデオに撮っておくべきかな」という意見まで出て、それぐらいやったら良いなぁと思っていたので。

 吉中 「家族の同意が有効なのは、本人の意思確認ができない場合」と定めているので、「そこに該当しているのがどれぐらいで、そうでないのがどれぐらいで」ということを、もう少し調べる必要があると思いますね。

 位田 例えば「今日以降はこういうケースはストップする」と決めれば、現場はたいへん困られますか。

 東 現実にはそんなに困らないのではないですか。実際にやっているのは年間6人とか、数人ですから。

 位田 それなら、今度は広げるのだったら、「決まるまで、とりあえずは止めますよ」とした方がいいですね。

 東 そうですね。このガイドラインに則ったものだけはきちっと報告ということで、報告のシステムだけは早く決めるということで良いのではないですかね。

 原 そうしましょうか。で、「現場の需要があるとすれば、現場からの提案を次に出してください」と…。

 勝村 そうですね。だから、とりあえず今日の倫理委員会で一旦決めて、それを聞いたスタッフから「それは…」というのが出てきたら、また緊急に倫理委員会をやればいいのですよ。

 原 では、そういう方向でまとまったようなので、ガイドラインは当面、厳格に守ってください。ターミナルセデーションの事例報告は検討事例でやった方がいいんじゃないかと思うのですけども。

 吉中 実施決定に至らない場合もあるのですが…。

 原 検討段階と実施段階で当面、院長に上げるシステムを早急に作ってください。ガイドラインの遵守に関しては、危惧される事態であることは間違いないですから、警告的なものを回してください。
 だいぶオーバーして申し訳ありません。治験は大きな問題は特にないですか。

 吉中 はい。あと、今日の議事の「(4)その他①資料」というのは、前回に作ったDNARガイドラインの資料として、愛知の南生協病院が「私の意思書」というのを作っているということで、当院では具体的に扱いをどうするかというのは、入院案内に入れるということにしましたが、あちらは生協ですので、生協の班会を活用して、資料提供をしてディスカッションして、自分の意思を明確にするこういう取り組みをしているという紹介です。ちょっと特徴的なのは、作成年月日を必ず書いて、更新日を書いて、どなたと一緒に議論したかということで、「できるだけみんなで議論して、この意思書を書いてください」と勧めているようなんですね。この「自分一人で決めるのではなくて」という部分を今後、相談して使えたらなと思っています。

 原 はい。それでは次回日程をお願いします。

 内田 関谷先生が「次回はぜひ参加してエホバの方と懇談したいので、3月の4日、11日、25日の中から選んでいただければありがたい」ということですが、4日はどうでしょうか。

 位田 4日は、私は日本にいないのでダメなんですが、エホバの証人のお話は聞いたことがあるので、どうぞ。

 内田 では一旦、3月4日にしますか。まず話してもらってから議論しますから、懇談するだけでかなり時間が取られますので。聞いて欲しいみたいなところがあって、電話でしゃべっていてもよく話される方なんですよ。

 原 この整理がかなりややこしいですね。

 位田 先程お見せしたマニュアルも、エホバの証人に意見を聞くことになっていますので。

 原 では3月4日に…。

 内田 …にしておいた上で、位田先生にはあらかじめ議事録を見ていただいて、その次の委員会で議論していただくということでよいでしょうか。

 吉中 その次の委員会の日程を言っていただいた方がいいですね。

 位田 3月・4月あたりは、ターミナルセデーション大学は学年末・学年始めで、イレギュラーに予定が入ってるので分からないですが、木曜日の夕方はだいたい大丈夫なので、早めに決めていただいた方が助かります。

 内田 それでは次々回の日程も決めておきましょうか。5月は皆さんはご多忙のようなので、一応、6月3日を押さえさせていただき、もう一回確認させてもらって、出席者が非常に少なければ再調整させていただきます。では、とりあえず次回は3月4日、次々回は6月3日をご予定ください。

 原 では、倫理委員会を終わります。すみません、長引きまして。

 


(入力者注)
※ 文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、かなり要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。また、患者名を特定される可能性のある情報など、秘密保持義務に触れる怖れのある発言は曖昧な表現に変えたり、伏せ字にしています。

 

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