倫理委員会

Home > 倫理委員会・臨床研究 > 倫理委員会 > 議事録・議事要旨 > 第二十八回 倫理委員会 議事録

第二十八回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2008年9月4日(木) 18:30~21:00
場所 太子道診療所3階多目的室
出席者 外部委員 小原委員長、原副委員長、勝村委員、立岩委員、広瀬委員
内部委員 内田委員、北村委員、坂田委員、東委員
事務局 丸山
オブザーバー 清水、田中、橋本
欠席 村井委員、高木委員、吉中委員

議事

議事(1)「終末期医療についての指針・手順」「心肺蘇生術中止の手順(案)」の継続審議

 小原 第28回の倫理委員会を始めさせていただきます。今日の議事は報告を最後に回しまして、大きく3つを予定させてもらっています。ずっと継続しているDNARに関する文書をなんとか決着させたいというのが今日のいちばんの願いです。次にご提案いただく「臨床倫理上の問題についてのコンサルト手順の検討」は、今日中に全部進める必要はないのですが、概要を説明いただいて理解していただく必要はあると思います。3番目は詳しい資料等がないのですが、外科から「検討して欲しい」と言われている比較的に緊急性の高い院内の事例があり、なるべく時間を取りたいと思っています。そこで、後の方で詰まらないように皆さんにもご協力をお願いし、なおかつ1のところも議論すべきところはきちんと議論して、概ねの結論を今日に得たいと思っています。
 DNARに関する文書についてですが、文章についての重要な点はほとんど前回までに議論したと思います。そして、前回の最後に「後はメールで回しても良いのではないか」というぐらい、だいたい大筋の合意は得られたと思いますので、今日は前回の議論をどのように草案に盛り込んだかということなどを中心に、最終案としての文面をご検討いただき、できれば今日にご承認いただいて次のステップへと移っていきたいと思います。それでは、北村先生からご説明をお願いします。

 北村 資料Dが「DNARに関する患者向け説明文書(K案4)」で、これは前回までの議論を踏まえて書き直した文書です。これと併せまして、患者さんにご提出いただく「私の考え」という文書を、過去の議論を踏まえ整理して提出したものが資料Eです。説明文書K案4を前回からどう変えたかということについて、簡単にご説明いたします。前回はK案2とK案3というものをこの場に提出させていただいて、「K案3をベースに再修正して出して欲しい」ということでしたので、K案3をベースに書き直しています。
 今回のポイントは、「『心肺蘇生をできるだけ行って欲しいというご意向にも、可能な限り添いますよ』ということを、もう少し強調して書いた方が良いのではないか」といいうご提案でしたので、そのような中身にしているということです。「緩和治療について」という部分は修正はしていません。「終末期の心肺蘇生について」というところだけ修正しておりますので、そこだけを読ませていただきます。
 【人間の命が有限である以上、回復を目指して入院された場合であっても、入院中に死が差し迫った状態となり、心臓が停止し呼吸も止まってしまう、いわゆる心肺停止状態に陥ってしまう可能性はゼロではありません。私たちは、そうした状態に陥った患者様に対してまず救命することを目指して、心臓や呼吸の動きを再開できるように医学的に働きかける処置、すなわち心肺蘇生術などできることをきちんと行っております。例え患者様の身体が動かない状態でも、知的な活動がうまくいかない場合であっても、その原則には変わりはありません。】
 【しかし医学的には心肺蘇生を積極的に行う必要性が乏しい状況に陥ることもあります。例えば進行性の病気によって死が差し迫った状態に陥り、回復不可能で、かつ心肺蘇生をしても数時間の内に死に至ってしまうと考えられる場合には、心肺蘇生を行うことは医学的にはほとんど意味がありません。そうした処置によって患者様の身体に余計な負担や苦痛をかけてしまうというデメリットを考えれば、救命困難だということが明らかな状態にまで、なお積極的に心肺蘇生を行う必要性は乏しいと考えられます。】
 【一方、このような医学的な要件はともかく、患者様の中には「自分の最後については自分で決めたい」とお考えの方もいらっしゃることと思います。例えば「死が差し迫った状況では、身体への負担がかかる積極的な心肺蘇生は行わないで欲しい」という希望をお持ちの方や、「心肺蘇生は、可能な限り長くしっかりやって欲しい」という希望をお持ちの方もいらっしゃることでしょう。しかしそうしたご希望だけを根拠にして、心肺蘇生の実施に関する判断を下すことには大きな危険性を伴います。冷静さを欠いた判断に基づいて処置を行えば、結果的に患者様の命を軽んじた対応をとってしまうことにつながりかねません。】
 【このように医学的要件と患者様の希望との間で混乱しがちな終末期の心肺蘇生に関して、当院の理念に掲げる「安心院善の医療」と「患者様本位の医療」をしっかりと両立させた医療の提供を行えるよう、当院では以下に挙げる原則に基づいた対応をとっております。】
 【まず私たちが「心肺蘇生を行わない」判断を下すのは、あくまでも患者様の状態が、1)進行性の病気をお持ちで、2)その病気の進行によって死が差し迫った状態にあり、3)心肺停止した場合、仮に心肺蘇生しても数時間の間に死を迎えると推測される、という条件が揃っている場合など、一定の医学的条件に当てはまっていることが確認できる場合のみに限っております。そうした医学的条件に当てはまらない心肺停止であれば、例え「心肺蘇生をして欲しくない」というご意向をお持ちであっても、まず回復を目指して心肺蘇生を含んだ医学的処置をしっかり行うことになります。】
 【しかしこの医学的条件に当てはまるのであれば、患者様のご意向を最大限尊重した対応をとるようにしております。例えば「心肺蘇生を行って欲しくない」というご意向をお持ちであればそれを尊重いたしますし、逆に「心肺蘇生を可能な限り行って欲しい」というご意向をお持ちであれば、例え医学的には意味が乏しいと考えられても、そのご希望を最大現尊重するようにしております。】で、後は前回から変更しておりません。

 小原 続けて資料Eの方もお願いします。

 北村 資料Eは、「私の考え」という患者さんにご提出いただく用紙と、それとセットでお付けする提出用紙に関する説明の用紙になっています。4ページに渡っていますが、イメージとしては、「病院のしおり」に挟み込みのA4見開き4ページもので、最初の2ページで説明して、2枚目の2ページを切り離して提出するというイメージで作っております。
 ザッと見ていただければよいかと思いますが、ポイントと思うのはP2の「3・用紙の提出の手順」で、このように提出していただこうと考えている中身を書きました。【この用紙は、以下の手順でご提出いただきます。用紙の内容の内、「終末期の心肺蘇生に関する私の考え」「家族、あるいは患者が信頼する人の意見」をご記入】いただき、それを【主治医か病棟看護師に記入したことを伝え】ていただいて、【主治医との診察時及び看護師との面談時に、記載内容を話し合い】、【主治医、看護士が患者さんの前で確認のサインを行い】、【主治医と看護士の両方の確認が済み次第、お預かり】し、【提出は完了】という流れで考えております。
 そして提出用紙ですが、これは過去に議論された中身よりは細かめしております。何を細かめにしたかというと、「終末期の心肺蘇生についての私の考え」という部分だけでなく、「家族、あるいは患者が信頼する人の意見」で補足意見というものを書いていただくようにし、「主治医、看護師による確認」という欄も設けてあります。これは読ませていただきます。元々はカラー印刷を想定して印字しましたが、赤の部分が黒に潰れているので、どこが赤なのかということもご説明します。
 「終末期の心肺蘇生についての私の考え」。【私が心肺停止に陥り、十分な医学的処置の実施にもかかわらず、救命困難と判断された場合には、心肺蘇生に関して以下のように対処していただくよう希望します。】【(希望に合致する内容の□をチェックしてください。)】ここに□が3つありますがこれは赤字です。【□救命困難な場合には、心肺蘇生を差し控えください。】【□救命困難な場合でも、家族家族や最後を看取ってくれる者が到着するまでは心肺蘇生を続けてください。】【□救命困難な場合でも、できる限り心肺蘇生を行ってください。】【(上記の選択肢に希望する内容がない場合や、上記の選択肢に加えて何か希望することがある場合には、以下に記入をお願いします。)】記入欄は1行になっていますが、これはファイル変換時のエラーで、元々は4行ぐらいの予定です。【私は京都民医連中央病院に対して、上の私の考えを尊重していただくよう希望します。なおこの希望は、私自身によって変更したり、希望を取り下げるまでは有効です。】次の【○年○月○日】【患者氏名】は必須記入項目の赤字です。
 次は裏面になる予定ですが、「家族、あるいは患者が信頼する人の意見」。【(以下の患者様以外の方の意見は、絶対に必要なものではありません。しかし患者様の希望が確実なものであることを確認するため、可能な限りご記入いただきますようお願いいたします。)】【私○○は、患者○○が上に表明した心肺蘇生に関する意見について、他者から強制を受けたものではなく、患者本人が十分に考えた上で表明した意見であることを証明いたします。】【○年○月○日】【同意者氏名】の「同意者」は修正して変える予定です。次が「主治医、看護師による確認」。【以上の希望に関して患者様と話し合い、現時点での患者様本人の確かな希望であることを確認した。】とあり、その下の主治医・看護師の署名欄は赤字の必須記入項目になっています。説明は以上です。

 小原 ご説明、ありがとうございました。資料D・Eは事前に送付されていますので、お目通しいただいたかと思います。改めて全体を見ていただいて、なお疑問点がありましたら遠慮なく出していただきたいと思います。
 もう一度確認したいのですが、資料Eは見開きで半分を切って出し、資料Dの説明文書は「入院のしおり」に入る予定で、資料Eの「私の考え」は見開きで半分を切って出すということですが、これは「入院のしおり」に挟み込まれると考えて良いのですが、

 北村 そうですが、「入院のしおり」に挟み込まれるだけでなく、これだけでも病院に置いておいて渡せるものにしたいということです。後で「変更したい」とか、「もう一度、欲しい」という方がたくさんいらっしゃると思いますので、綴じ込まないで差し込むだけにしたいということですね。

 小原 いずれにしてもこれはかなり多くの人の手に渡ることになる文書だと思いますので、再度、議論を詰めたいと思います。細かいところから聞きたいのですが、「私の考え」のP4の「『同意者氏名』という言葉はやめておこう」と言われたのは、同意者ではなくどういう方ということですか。

 北村 この「家族、あるいは患者の信頼する人」の「同意」というわけではなく、「証明」をする人なので。

 原 単に「同意者」という言葉が要らないということですね。

 北村 そうです。「氏名」です。

 小原 それから「私の考え」の「主治医、看護士による確認」の最後は「確認した」となっていますが、全体の文体に合わせて「確認しました」にしたらどうですか。

 北村 はい。

 原 大きな骨格のところですが、今回の様式だと「患者本人意思の表示」のみで、「裏付けと確認、参考意見」というような形で、家族や医療者が承認するという形になっているのですが、患者本人意思に限定するという方向で議論してきましたか。実務的に言うと、患者本人意思の確認自体が不可能な場合も出てくるので、その場合に家族の意見を聞くという手段も結構必要な場面があると思うのですが、そこまではあまり詰めていなかった気もするのですね。優先順位の話ではどちらかと言うと、第一義的には医学的な判断がありきで、その次に本人の意向で、その次に家族の意向と考えた方が良いというのが、だいたいの合意でしたね。ただ、患者本人の意思がないと、家族の分だけを聞いてはいけないとは、必ずしも思わないのですが。

 小原 というと形式上、ご本人の書面があって、それに付随するものとしてご家族のものがあるが、それを独立させても良いのではないかというご意見ですか。

 原 そういうことです。だから、本人の意向を表明する場合と、家族の意向だけも聞いておきますという用紙もあっても良いと思います。

 小原 それは議論すべきポイントだと思います。今の様式ではP3がなければP4は成り立たない感じですので、完全にセットになっていますが、ご本人の意思が取れない場合にはご家族や信頼される方から書面を取っても良いのではないかということで、確かに2つの選択肢があると思います。

 北村 いわゆるDNARの決定のプロセスの話と議論は重なり合うところだとは思いますが、資料D・Eで出だしたのはadvanced directive(事前指示)を実現しようという意味合いのある文書ですから、あくまでも本人が主人公で「自分の死についてはこうしたいのだ」という意思を表明していただくことを目的にしたものなので、家族の意向ということであれば、別の独立した文書を用意しなければならないと思います。

 小原 そうですが、「そもそも、そういうものが必要かどうか」というところまでの議論はしておいた方が良いとは思います。ご本人の意思が確認できない場合には、ご家族に聞くしかないわけですよね。ただ、こういったものを準備する前提にあるのは、ご本人の意識が比較的にまだありながら、ご本人をとばしてご家族に聞いてしまうことがあるので、そういうことがないようにということで準備してきたと思うのですね。ご家族の意思を確認するだけなら、現状でも間に合っているような気はするのですが、敢えて付けるという選択肢もあります。

 原 出発点としては「基本的に回復が望めないようなケースでもやるのが普通という感じになっていますが、それで良いのですか。そこをきちんと整理してできるようにしたい」というのが、現場の需要だったと思います。「現場で困る」という意味では、「家族の意向を聞いて」という場面でも同じような問題があると思いますので、そこの必要性もやはりあるのではないかと思います。

 小原 そこは再度確認したいですね。現場の需要として「やっぱりあった方が便利」だとか「心強い」ということがあれば、付けておいた方が良いとは思うのですが、そのあたりはどうでしょうか。

 坂田 書面が必要かどうかというよりも、病院として「DNARの方が良いのではないか」というご相談をさせていただく手順として、ルールづくりをしたいということが基本だったと思いますので、資料のDの中身があって、それを意識のない方のご家族にちゃんと説明して、この内容を了解していただくという手順が必要なのかなと思います。「ご家族の同意書が必要かどうか」が現場で問われているかどうかは分からないけど、これを説明させていただく手順は、必ずあった方が良いと思います。その結果、「この内容は理解しました。その上でこうしたいと思います」という文書での意思表示ならば、そういう中身であった方が良いのかなと思います。

 北村 「手順が必要」ということは、職員が基本的に従うようなガイドラインが必要だということですか。

 坂田 そうですね。資料Dの内容を理解していただく手順・ガイドラインが必要なのかと思います。

 小原 説明はこれと同じで良いと思うのですよ。これを読まずにご家族が最終判断をしないようにということで、この内容を理解していただいた上でということですね。

 田中 DNARの確認をする場合に、今は必ずしも看護師が立ち会っていない時もあるのですよ。医師1人が家族と面談して、それがこちらに口頭で伝わったりとか、記録を見て知ったりということもあるので、そこはやっぱり「ルールとして2人以上が確認の場に立ち会う」ということを、何らかの形で認知されるようにした方が良いと思うので、これとは別にガイドラインのようなものも要るのかなと思うのです。

 小原 あってもなくても結局は決断しなくてはいけないことに変わりはありませんから、そこを曖昧にしないようにという意味では、何か書面があった方が良いでしょうね。ただ、ご家族が判断する場合の選択肢というのは、患者さんご本人に対して出している選択肢と同一でも構いませんよね。ですから、ここの「私が」という部分を「患者○○が」というように書き換えれば良いだけですね。

 坂田 それで構わないと思います。

 原 だから共用できる形にするのか、別々の形にするのかですけど、私の印象としては、文章の性質が強過ぎるかなという感じを受けます。いわゆるリビングウィル的な意思表示で、しかも家族や医療者が書く部分は「確かな希望であることを確認する」とか「証明する」という形になっていますが、病院の方針の中での患者本人と家族の意向の位置づけは、最優先に尊重しますというスタンスではないので、ここまで言うと、ちょっと強過ぎるのではないかと思う。だから、例えば医療者の部分の「確かな希望であることを確認した」というような文章を無くして、「立ち会った職員」で良いような気がしますし、家族のところも単に家族の名前を書くだけで、説明の文言は要らないと思う。前はそれに近いスタイルで通していたと思うのですが、これぐらい書かれてしまうと、尊重しなかったら「私の意思を無視した」ということで病院が追求されそうな感じがします。

 北村 「絶対これに従わなければいけないことではない」ということは、P1の「お伝えいただいた意見の活用について」というところで「この用紙で表明いただいた意見をできる限り尊重して対応する」というように、「できる限り」という若干の留保を付けているつもりではあったのですが、ちょっと強いトーンになっていますから、「従わなければいかん」という感じですね。

 原 そういう感じはします。ついでに言うと、「普段の医療においての活用」という項目は要らないのではないかと思います。「『蘇生しなくてもいいと言った人には、あまり一生懸命にやらなくても良い』という姿勢であたられるのではないか」という不安を与えるような気がしますので。

 小原 「活用する」ということは、「事前に教えていただくことによって、何か細かいところで配慮できる」という意図があったと思うのですが、書かれた本人としてはどうですか。ただ、こういうことは患者に知ってもらわなくても、医療者側が知っていれば良いことですよね。

 原 今回は、あくまでも救命困難な場合の心肺蘇生の話ですから、「一般的な治療方針と連動するような使い方はされない」と、むしろ明言をしておく方が良いだろうと思うのですね。

 小原 明言するというより、単に省いておけば良いですね。

 立岩 資料Eは割とadvanced directiveの雛形みたいなものを下敷きにしたという感じですか。

 北村 そうですね、参考にした一つは過去の倫理委員会での議論で出てきた文章で、後はちょっと覚えていませんが、アメリカの総合病院が出した英語の文章を参考にしたということです。また、こういったものを医療者と患者のコミュニケーションの中に位置づけて確認していくことが重要だということで、前例はあまりなかったと思いますが、主治医と看護士の確認というのも付け加えたという感じです。

 小原 時間のこともあるので、少しずつ確認していきたいと思います。まず資料Dに関しては、だいたい整理された形になったと思いますが、「なお、これに関しては直して欲しい」というのがあれば挙げてください。

 原 まずP1の「終末期の心肺蘇生について」の途中の「すなわち心肺蘇生などできることをきちんと行っております」というのは、行っているかどうかは分からないので「行います」としていただきたいと思います。それからこのページの最後に「医学的にはほとんど意味がありません」とありますが、「こういうものの医学的な意味というのは果たして定式化して言えるのか」とちょっと疑問を感じるので、「医学的に意味がある」とか「ない」というような表現は省いた方が良いのではないか。

 勝村 その後のP2の始めでは「必要性は乏しいと考えられます」というように、「考えられますからです」みたいな感じになっているから、つなげた方が良い。

 原 これは考え方なので…。

 小原 この「医学的に意味はない」というのを少し具体的に言うと、「かえって患者の体に負担がかかる」ということを言いたいわけですよね。

 北村 「心肺蘇生を行っても回復しない」ということです。

 原 その前の「しかし~」のところでも「積極的に行う必要性が乏しい状況」という表現があるのですけどね。

 立岩 「考えられる場合があります」にすれば、文意的にはつながりませんか。「例えば~場合があります。そうした処置によって患者様の身体に余計な~デメリットを考えれば、~必要性は乏しいと考えられます」という流れになりますから、心証的にはそのまま通りますね。

 原 そうすると、下から4行目の「しかし~」のところはこのままで良いですか。

 広瀬 要らないのと違いますか。

 立岩 「医学的には」というところをそのまま残すか、何か考えるかということですね。「医学的には意味がない」ということを簡単に言うと、要するに「助からん」ということですからね。

 広瀬 「陥ることも」というのが中途半端で、「陥ることがある」とした方がハッキリしているかなと思う。

 原 それだったら、いきなり「しかし例えば~と考えられる場合には、心肺蘇生の処置によって患者様の身体に余計な負担や苦痛をかけてしまう」…、一つにするとちょっと長いですね。

 小原 ちょっと長くなりますね。切った方が良いですね。

 勝村 もう少し短くして、分かりやすくできたら良いですね。微妙なニュアンスを伝えたいために、同じようなことを少しずつ書き換えているのだろうけど、ちょっと難しい。

 立岩 例えば「しかし医学的には」の「医学的には」を取ってしまって、「しかし心肺蘇生を積極的に行う必要性が乏しい状況に陥ることがあります。例えば進行性~考えられる場合があります」として、次に「そうした処置によって~」というぐらいの感じで、文の数はそのままで文章を短くする。

 勝村 「医学的に」と読んだ瞬間、難しいことを書いていると感じてしまうから、使わない方が親切だと思う。

 小原 第2センテンスを「死に至ってしまうと考えられる場合があります」として、後はいじらないのですね。

 原 「場合があります」として、最初の「しかし」の次の「医学的には」も取っておきますか。

 小原 ここの「医学的には」を取っても良いですか。

 立岩 取っても良いのではないかな。

 小原 「しかし心肺蘇生を積極的に行う必要性が乏しい状況に陥ることもあります」ですね。

 勝村 P1の終わりからP2の最初にかけてはどうするのですか。

 小原 「場合もあります」で切って、次は「そうした処置に」で始まり、後はそのままおいておくのでしょう。

 勝村 すると「心肺蘇生」という主語では…?

 原 「そうした」では意味が分からないということですか。

 小原 「心肺蘇生によって」でも良いですけど、文章のつながりから言うと、直前に「心肺蘇生をしても数時間の内に」と書いてあるので、この処置が心肺蘇生であることは分かると思います。

 原 それからP2の7行目で「いらっしゃることでしょう。しかしそうした」の部分を改行していただきたい。P2の最後の「例え医学的には意味が乏しいと考えられても」というのも要らないと思う。

 小原 「例え」から「考えられても」までを取るということですが、取っても文意は全く損なわれませんね。

 原 逆に言い換えるなら、「例え救命困難と考えられても」とすれば分かりやすいですね。

 小原 そうですね。それはすんなりと読めますね。

 北村 医学的というのはまだたくさんありますが。

 原 「医学的条件」というのは分かるのですけど、「医学的意味」となると難しくなる。

 北村 もう少し言うと「医学的に意味がなくとも、人間的には意味がある」とかね、要するに「医学的には回復が困難であっても、救命処置をすることが患者さんや家族にとっては人生の意味がある」というようなことで、コメント上では「医学的」を繰り返し使ったのですが、なくても良いと思います。

 勝村 「入院のしおり」の他の文章はこんなに難しいのですか。国語の教科書とすれば小学校ではなく、高校の教科書ぐらいですよね。でも仕方がないのかな。

 小原 それは分かるのですけど、今さら文章を簡単にすることも難しいので、まずこれで出して、当然、正式なものが出た後は、患者さんからの意見とかをフィードバックした上で、定期的に見直すべきだと思うのですよ。「分からん」と言われたら真剣に受け止めなければダメですし、その段階で柔軟に考えていけば良いと思います。

 原 次に、P3でも「普段の医療に活用する」というようなことが書かれていますが…。

 勝村 「普段の診療にどう影響するのか」と気になりますから、これも要らないと思いますね。

 原 「終末期の方針を決定する際の参考情報」というのもちょっと行き過ぎているので、「それゆえ」から「考えております」までが要らないという気がします。そして次段落の「そこで」につながるのかな。ここに「お気軽に」と書いてあるから、もうちょっと取っつきやすくしないと、ものすごい重圧感を感じるのですけど。

 勝村 P2の中ほどの1)2)3)を個条書きにして並べた方が読みやすくなりますね。それからP2も行単位でもう少し抜いても良いような気がします。特に7行目に「そうした希望だけを根拠にして~危険を伴います」とありますが、全体として「希望も尊重するし、医学的要件も優先する」と言っているのだから、「希望だけを根拠にするわけにはいかない」と言うのは誤解を与えると思う。希望が出されれば一定の根拠にするわけでしょ。

 北村 まず医学的な判断をして、その上可能であればご本人の意向をできるだけ尊重するという順番です。

 勝村 3行目の「一方」から7行目の「希望をお持ちの方もいらっしゃることでしょう」までの文章は、「そういうこともできるだけ尊重したい」ということにつながるように思うし、医学的要件と希望とのバランスを取るとしても、この文脈で言いたいのは「そうなってからでは的確な判断ができなかったり、意向を聞くことも現実的にはなかなか無理だから、あらかじめ考えていて欲しい」という趣旨で、「希望が良いのか悪いのか」という話ではないような気がする。そこで、「そうした」から「危険を伴います」までを取ったらおかしいですか。

 原 それだったら、このへんはずっとなくてもいいのではないですか。

 勝村 そんなに仰山…。とりあえず「必要性が乏しいこともあると病院は考えている」ということと「希望も尊重しますよ」ということを上手く伝えたいのでしょう。この文章だけが印象に残ってしまうと「希望するのは危険なのかな」と思われそうだけど、本当は「あらかじめ考えて欲しい」と言いたいのでしょ。

 小原 もちろん多分それも一つなんですけど、このパラグラフ全体は、まずは「患者さんの希望が大事ですよ」ということと「希望だけでなく医学的な判断も大事なんですよ」という2つがあって、最後に「両方の間で混乱しがちな患者さんの状況を、当院では当院の理念に従ってちゃんとやっていきますよ」で締めくくられているわけですね。だから、両方が提示されていることが大事だと思うのですね。

 勝村 だから、まず医学的なことを言って、患者の希望のことを言って、まとめに入っていくのが7行目の「しかし」からですよね。だから原さんは「ここで行を替えて」と言ったのでしょう。

 小原 まとめは11行目で元の4段落目の「このように医学的要件と患者様の要望との間で」というところからで、「どうしてもこの2つの間で揺れ動くだろう」ということは率直に認めているのですね。

 原 ただ、「しかし」から10行目の「つながりません」まではなくても良いように思いますね。

 勝村 特に「しかし」から「伴います」までは前後とつながっていないような気がします。

 小原 ただ、ここを全て抜いてしまうと、「このように」から始まる段落の「医学的要件」の部分が、前のところで語られなくなってしまうわけですよ。

 原 そういうことであれば、「このように~心肺蘇生に関して」というところも取ってしまえば良いのでは。

 小原 何故この文章が入ったかというのは、多分いきさつがあったと思いますが、医学的な優先性を言いたいということですよ。ただ、それをドーンと言っちゃうと抵抗があるので、まず最初に「患者さんもいろんな不安や希望を持っているので、それをまず尊重する」と言っておいて、「しかし」ということで本音の部分を言っているのですね。だからここ全体を削除してしまうと、優先順位のところが曖昧になってしまうような気がします。

 立岩 小さく直すというやり方ですと、3行目の「一方、このような医学的要件はともかく」というところを省いても良いかも知れない。そして「患者様の中には」から始めて、今、問題になっているところの「しかしそうしたご希望だけを根拠にして~伴います」を取って「しかし終末期を迎えると、人は過度に悲観的となって冷静な判断が困難となることもあります」という形にして、「それだけには頼りませんよ」というふうにすれば、少し短くなって、言いたいことはだいたい伝わるのではないだろうか。

 勝村 そうですよね。「あらかじめ希望を教えて欲しい」という文だから、「希望は尊重するのだけど、終末期を迎えてからでは遅い」というようにつながった方が分かりやすいと思いますよね。

 小原 今の部分を整理してもよろしいですか。

 原 「しかし終末期を迎えると~判断が困難となることもあります」にして、次が「このように」ですか。

 小原 いや、立岩先生の意見では、その間の「冷静さを欠いた判断に基づいて~」も残すのですね。

 立岩 えぇ、そうです。「~困難となることもあります」にして、その後は元のままつなぐという感じです。

 原 ちょっと戻りますけど、P2の2行目の「必要性が乏しいと考えられます」は、「やってくれ」という選択肢もあるので、「必要性が乏しいという考え方もあります」ぐらいにしておいた方が良いのかなと思います。

 小原 「乏しいとも」では?

 原 日本語的には「という考え方」の方が良いと思いますが、「乏しいとも考えられます」でも構いません。

 小原 「乏しい場合もあります」では分かりませんか。

 原 これは考えの問題ではあると思うのですけどね。「も」を入れるだけでも良いと思います。

 北村 それの前の文が、先ほどの朱入れの中で「数時間の内に死に至ってしまうと考えられる場合もあります」としたので、また「場合もあります」だと重なってしまいます。

 小原 やはり前の文章と続くように変える必要があります。

 勝村 「考えられる」「考えられる」もつながっておかしい。

 小原 それもあります。さらに前の「しかし」のところも「陥ることもあります」となっていますので、さすがに「も」が3つも続くと悩ましいですね。

 勝村 P1の下から2行目の「考えられる」を取って「しまう場合もあります」ではダメですか。それに続く「そうした処置によって」も「心肺蘇生によって」の方が分かりやすい。

 小原 順番に詰めていきたいのですが、最初の「しかし」のところが「状況に陥ることもあります」で始まっていますので、次の文章は「も」ではなく「場合があります」でも文意を損なうことはないと思います。「陥ることもあって、例えばこういう場合がある」と例示をしているわけですから、「も」である必要はないですね。

 勝村 最後の「考えられる」を残すなら、「場合があります」の前の「考えられる」を取ってはダメですか。「心肺蘇生を一生懸命しても経験としてある」ということになりますから。

 小原 ここの「考えられる」を抜いても特に問題はないですね。では「至ってしまう場合がある」にします。

 勝村 次の「そうした処置によって」を「心肺蘇生によって」にするのは?

 原 ここのつながりで言いますと「そうした場合」か「その場合」でしょうね。

 小原 その前が「場合があります」で終わっていますから、「場合」をもう一回、続けますか。

 原 単純にするのなら、その後を「そうした場合、心肺蘇生処置は患者様の身体に余計な負担や苦痛をかけてしまうと考えられるからです」で終わってしまうこともできます。

 勝村 ここはつながりだけを考えたらよいのであって、内容は削らない方が良いように思う。

 原 間の「デメリットを考えれば云々」というところは、前に書いてあることだから。

 小原 「救命困難」というところですね。

 原 えぇ、「必要性が乏しい」とかいうのは例示で説明しているだけのことでしょ。

 小原 「必要性が乏しい」というのは最初に書かれていますから、絶対ここに必要ということでもないですね。要するに、根拠を最後に示しておけば良いということですね。

 勝村 「心肺蘇生処置」の「処置」は要らないのではないですか。

 原 なくても良いです。

 小原 「そうした場合、心肺蘇生は患者様の身体に余計な負担や苦痛をかけてしまうと考えられます」。

 原 そうですね、「~とも考えられます」ぐらいですね。

 勝村 間で1つの「も」を「が」に換えたから、ここは「も」でも良いのですね。

 小原 もう一度、最後の文章をその少し前から確認しますと、「~死に至ってしまう場合があります。そうした場合、心肺蘇生は患者様の身体に余計な負担や苦痛をかけてしまうとも考えられます」で良いですか。では一応ここの段落はクリアということで、他に何かありますか。

 勝村 「私たちは」という主語はこだわりなんですか。入院のしおりだったら「当院は」の方が良いような気がする。一緒のことなんだけど、分かりにくいような気がする。指示語や抽象語が入っても頭がクリアな時は理解できるけど、クリアでない時に読むと「私って誰のこと」と置き換えなければいけない。「当院は」と書けば置き換える必要はないですよね。「入院のしおり」では全部「私たち」で揃えているのですか。

 内田 いいえ、病院の決まり事を書いているものなので、ほとんど「当院」ですよね。

 小原 「当院」となると、硬く感じる場合もありますよね。「私たちは」の方は呼びかけているような感じで、「『私は』『あなたは』というパーソナルな関係でこの事柄を話しているのですよ」ということが伝わりますが、「当院は」というのは、確かに主語としては同一としても、組織としてものを語っていることになります。だから、「あなたの死に私たち一人一人が向き合おうとしていますよ」ということを少しでも伝えようと思ったら、「当院は」より「私たちは」の方が良いかなという気がします。ただ、「私たちは」の「私」が平仮名の場合があるので、そこは統一してください。
 他はどうでしょうか。特になければ、「入院のしおり」に入る説明文の方としてはこれでフィックスしたいと思います。一応念のため、北村先生が手を入れていただいた最終稿をメールで回覧していただきたいと思いますので、よろしくお願いします。では次、資料Eの方ですが、これもだいたいのポイントは先ほど議論しましたが、2の2)のところは省いた方が良いということで、削除したいと思います。他は特に大きな修正はないのですが、問題になったのは、「ご本人に対するものの他に、ご本人がもはや署名できないような場合にご家族向けのものがあっても良いのではないか」という意見もありましたので、それをどうするかということですね。

 広瀬 例えば知恵遅れの方とか、自分一人で決められない方もいますよね。そういう方でもあらかじめ決めておく必要がある場合もあると思うので、家族の判断という用紙もあった方が良いかなと思います。

 北村 ご本人や家族の意思を確認するといっても、入院時など、死が差し迫っていない時に出してもらうものと、実際にそれが本当の課題になってきた時に確認するものとでは、重みも中身も違ってくるだろうと思います。入院時に提出していただく入院のしおりに差し込むようなものであれば、やはり基本的には事前指示のような中身で提出していただいて、もっと差し迫った時には、また別のものを用意して、「主治医が病状についてこのような説明をした」とかもしっかり書いて確認するとか、やはり分けた方が良いだろうと思います。

 小原 そうです。だだ、これがあれば最初はとりあえず大丈夫だと思います。

 勝村 家族用のものを別途に作った方が良いとは思いますが、「入院のしおり」に挟むのは本人用だけで良く、医療者側が「本人からは無理なので、どうしても家族の確認を取りたい」と思った時に、家族用のものを渡す機会を作れば良いと思います。

 小原 それで良いとは思うのですけど、先ほどもご指摘があったように、ご家族が署名する場合にも「ある人はやってある人はやらなかった」ということではなく、院内のガイドラインとして「必ずこれを踏まえてやる」というものを提示した方が良いと思いますね。

 勝村 挟まないのなら、「入院のしおり」の最後に家族の人のそういう文書があることを書けたら良いのかな。

 立岩 資料Dの文書には、本人の希望と医学的判断とのバランスをどう考えるかといった、基本的なことは書いてあるわけですが、家族という項目に関しての評価はないですね。にもかかわらず家族向けの文書を取ったとすれば、それがいかなる意味合いを持つのかという問題は残ってしまうと思うのです。そうするとちょっとやっかいで、例えば本人に説明した時に希望は出されず、後になって家族へ病院の基本的なスタンスの説明をして、家族の意見があれば聞くというような段取りでやった場合、後に残るような問題も含めて具体的な問題が起こるか起こらないかで大きく違い、それで済まないという判断になれば、差し戻しのようになって、家族のことをどういうふうに捉えるかということを考えなくてはいけなくなる。

 小原 確かにご家族向けのメッセージはここに書かれていないですが、説明する際の方針は基本的に変わらないはずですから、これを前提にして説明することは可能だと思うのです。ただ、「家族の意見をどの程度のところに位置づけているか」ということが明示されていないというのは、そのとおりなんですね。

 原 であれば、説明文書そのものの中に明示をした方が良いのではないでしょうか。例えばP2の最後のところに、「本人の意向と家族の意向との優先順位についての考え方を示す」という項目を立てるとか。

 北村 言わば広く代理決定にかかわる問題だと思うのですが、終末期にかかわらず代理決定の問題は当然いろいろと発生してきて、それで問題になることもあるかも知れないので、これとは別に、今度は代理決定についての説明の文章を作って「入院のしおり」に入れるとか、別々にした方が良いのではないかという気もします。ここに全部を込めていくと、ちょっと難しくなりますし、代理決定は代理決定としての問題もありますから。

 小原 ただ、代理決定の際のいちばん重要な要件は、どういう優先順位に位置づけるかということだと思います。それだけがハッキリしていれば、後の基本方針はこれで良いと思うのですよね。例えば患者さんご本人にしても「自分がもし意識がなくなった場合に、自分の家族はどう判断するのだろうか。その判断が自分の心肺停止時の処置にどのような影響を与えるのだろうか」ということは込みで知っておきたいという気持ちはあると思うのですね。ですから、完全に分けてしまうよりは、患者も読む、家族も読むという中で、共に意思決定の場に参画できるようなものとして、一体的にしておいた方が良いかなとは思うのですね。別途に作ってもそれなりのものは作れるとは思うのですけど、今の時点で必要なのは優先順位だけだと思うのですよ。「まず患者様のご意向を優先し、ただ、十分な意思決定ができなくなった場合には、ご家族や信頼できる方々の意見を次に尊重させていただきます」みたいな一文が入れば、差し当たっては十分ではないかなと思うのですね。

 原 例えば文面的に言えば「なお、患者様ご本人が意向を示せない状態である場合や、ご本人の意向が明確でない場合は、ご家族の深く考えた意向を踏まえて判断をしたい」というようなことだと思います。家族と本人の優先順位の関係はありますが、これで分かりますか。

 小原 言い方はそれで分かるとは思いますが、それをどこに入れるかですね。

 原 P2の最後に入れたら良いのではないでしょうか。

 北村 それを入れても良いのかというのがありまして、例えば今の申しようですと「ご家族の意向を踏まえて判断したい」という話ですが、厳密にやろうと努力するのであれば、本来は「ご家族が推定する本人の意思に基づいて判断する」ということですね。

 原 「家族の推定という考え方が妥当か」という、そこまでの議論はこの場ではやっていないと思います。国のガイドラインはそういう考え方ですけど。

 小原 ただ、現実にはそれでやっているわけですね。それをここにきちっと書くかどうか。

 原 そういうことでしょうけど、患者の意思の推定というのはなかなか難しいテーマに入っていくので、この説明文章の中ではそこまでは要らないような気がするのですが。

 小原 入れる必要はないですか。

 原 入れる必要は特になく、「家族の意向も踏まえて」ということであって、「意向を尊重して」と言う必要もないと思いますね。でも、その場合は尊重しても良いのかな。

 小原 それは難しいですけど、ある程度は議論をしてきたのですよ。つまり「医学的な判断、患者ご本人の判断、家族の診断という、大きく3つの判断基準があって、順序としては医学的な判断にまずは優位をおこう」としてきたのですよ。「ご本人の意思がもうない時に家族が非常に強く『この人はこうでした』と言ったとしても、それに引きずられないで、冷静な判断をしよう」ということでしたね。ですから、最後の土壇場のところで「家族の意見も尊重しますよ」という形にしてしまうと、オーダーが少し揺らいでしまうような気もしますね。

 原 だから、「尊重する」と言う必要はなく、必要なのは「本人意思がある場合は本人意思が優先ですよ」ということで、以前には「本人が許容しているのであれば、例えば『蘇生術をやってもよろしい』」というような表現も検討したことはあるのですけど。

 立岩 この間の議論だと、「これはどうにもならないという判断の時はやめざるを得ない。だけどそういう場合でも、家族が間に合うことなどを思んばかって『最後までやってくれ』という本人の意向があれば、それは斟酌する」というところまでは、だいたいの了解が取れたと思いますね。ここまでは2段階の話ですが、それにプラス家族という項目を入れた文言、プラス同意書みたいなものがいるかどうかですよね。「要らない」という考え方もあると思うのですよ。「基本的には医学的判断を優先するから、ダメな時はダメ。で、本人の『やってくれ』という文書がそこにあるのなら、それは使う。でもそれ以外は、どうしようもない時はどうしようもないですよ」という説明の仕方でほぼいけるのであれば、改めて家族に「どうしたいのですか」と聞く必要はないようにも思うのです。それはどうなんでしょうか。

 広瀬 あくまでもこれは自分の意思ですものね。

 小原 そうです。今の一般的な現状を考えると、本人の意思が少しスキップされる形で家族の意向が強く働く場合なんかもありますから、あまり家族ということに配慮し過ぎると、状況が変わらないと思うのですよ。ですから、「患者さんのご意志が大事なんですよ」ということを家族にも理解してもらうという意味では、変にバランスを取るよりは、むしろそこには敢えて触れないで、患者一本で貫いた方がスッキリして良いかも知れません。ここにもう一点、家族という視点を入れてしまうと、読む方もかなり混乱する可能性があります。この文書が出るのは「入院のしおり」なので、まずご本人が目にするものですよね。ですから、この段階で家族向けのメッセージがないということは、致命的に欠陥にはならないと思うのですけどね。

 原 そうであれば、P2の最後の段落に「しかしこの医学的条件に当てはまるのであれば、患者様の意向」とありますが、ここを「患者様ご本人の意向」としてしまう方が、家族との関係がかなり明示されます。

 小原 強調するということですね。

 原 強調するということです。何回も入れなくても良いですが、次のP3にも1つぐらい、最初の「可能な限り患者様の」というあたりにも「ご本人」を入れても良いかなとは思います。家族との関係での優先順位というものが、それなりに伝わるのではないかと思います。

 小原 そろそろまとめたいと思いますが、文章については今の修正を施したものでフィックスして、付属の署名をするものに関しては、とりあえずご本人が署名をするものにプラスご家族が署名するものの2本立てセットで出すということでよろしいでしょうか。つまり、ご家族向けに独立したものは今の段階では作らないということですね。いかがでしょうか。もちろん、これを実際に配布し始めて何か問題が出てくれば、その都度に考えていく必要はあるかとは思うのですけど。

 勝村 「入院のしおり」には入れなくて良いし、文章的にもこれで良いと思う。ただ、本人が入院して現実に心肺蘇生をするしないが問題になる時に、別様のものを病院が必要とするならば、また倫理委員会で議論することになるでしょうし、別様のものがあるべきだと思うのですが、それは先送りでも良いのかも知れません。

 小原 そういうことでよろしいか。実際には、これが配布されたらどれくらいの入院患者の方が提出してくださるかというわけで、そのあたりから評価していかないとダメだと思うのですね。それから有効に利用されているかとか、そういったことをフィードバックしながら、また調整をしていく必要があると思います。

 原 資料Eの文言についてですが、P3の下の「私は京都民医連に対して~希望します。~希望を取り下げるまでは有効です」というのはちょっと強過ぎると感じますし、この文全体が要らないのではないですか。

 小原 「希望します」というのは上の方にも書いていますからね。

 原 ですから、改めて書く必要はないですし、「変更」とか「取り下げるまで有効」というのも、事前説明のところにあれば良いので、ここの文章としては要らないのかなと思います。

 勝村 選択項目の赤字は□だけが赤なんですか。

 北村 必須記入項目だけを明示したいと思い、□だけを赤にしました。

 原 □の第3項目ですが、「救命困難な場合でも」というのを「救命困難と思われる場合でも」としてください。

 小原 1番目・2番目はそのままで、3番目だけをそうするということですか。

 原 そうです。「救命困難と思う場合でもやってください」というのは、「あんたらのことは信用できない」とか、「命がいつまで続くかとかは、人間はちゃんと判断できないだろう」という考え方もありますから、3番目だけでいいでしょう。こんなのは確率論の文言ではあるのですけど。

 小原 「救命困難と考えられる場合でも」としましょうか。

 原 P4の家族の氏名欄はこの場合、立ち会い者の意味なので、単に署名欄があれば良いという感じでしょうか。

 小原 ただ、どういう趣旨に対して署名をしたのかという、この説明の文章は要りますよね。

 原 でも、家族の強制があるかどうかというのは、そんなことは証明できないじゃないですか。

 北村 厳密にはそうですが、本人と家族が「本当にそれで良いのか」とコミュニケーションしていただくことに意味があると思うので、この文言には問題があるかも知れませんが、家族の意見は別途に欲しいとは思います。

 原 ですから、サインをする欄はあったら良いとは思いますが。

 勝村 「他者から強制を受けたものではない」ということが主眼なんですか。

 北村 それは一つにはそうなんですが、単に家族の署名を患者氏名の下に書くと、家族はいったい何に対して署名をしたのか分からないと思いますね。その中身についてはご検討いただいたら良いと思いますが、家族の役割は何なのかを明らかにするためには、やっぱり家族の欄が必要だと思います。でも、あくまでも主人公は患者なので、必須ではないと思いますね。

 勝村 家族に「他者から強制を受けたものでない」ということは、病院側から強制されたものではないという意味になるのかな。

 北村 家族とか患者の知っている人。

 勝村 それを家族が書くのはおかしくて、逆に病院側が証明するものでしょう。

 立岩 つまり、何のために必要かということがあって、一つは「本人が確かに言いました。それを私は聞きました」という証明のためという意味合いがあるでしょ。それからもう一つは、家族もそれを了解したという意味合いで、この2つはちょっと違うではないですか。1つめだけであれば、家族である必要は必ずしもなくて、医療者だけで良いかは分からないですが、誰かしらが証明できれば良いのです。そして2つめは、家族と本人が話し合ったりして、家族も「それで良いと思った」ということを、この書類に書く必要があるかどうかですよね。「ない」と判断するのであれば、この項目はなくても良いということになります。

 小原 この署名自体が要らないということですね。

 立岩 そういう考え方もあり得るということです。

 小原 私はそう思います。患者本位で考えれば、ここにも書いてあるようにオマケ的なものでありますから。

 立岩 3Pもそうですけど、それなりにキッチリした文体で書かれていて、多分これは契約の書類に近いと思うのですよ。今回の書類の場合は、治療方針の時の「キッチリ決めておきましょうや」というほどの文書とは性格に違う部分もあるので、若干、「表現そのものもゆるめにした方が良いのかな」という意見が出ているのはそういうこともあるからだと思いますね。このように二重三重に保証人がいて、保証人をさらに見ている人がいてみたいな仕掛けだと、見た時に「えらい大仰やなぁ」みたいな感触を得る人もいるだろうと思っています。

 小原 「書いても書かなくても良いのですよ」と言われても、「ついでに書いておこうか」と思いますね。

 立岩 「この文書に関しては要るのかい」というのは、皆さんの判断で決められることではないかと思います。

 小原 そもそもこれを付けるべきか付けなくても良いのかというところは、考えても良いと思います。

 坂田 「他者から強制を受けたものではなく」という一文がなく、「患者さん本人がよく考えた上で出した意見であることを証明します」ぐらいだったら、書いてもらっても良いと思うし、付いていることで「誰かに相談してから出してみようか」と思っていただけるのであれば、その方がむしろ良いのではないかと思います。

 小原 「他者から強制を受けたものではなく」という文章はきつ過ぎるから、ない方が良いということですね。これはちょっときつい表現ですので抜いても良いとは思うのですが、なるべく圧迫感のない表現に変えた上でこれも付けて、様子を見るということも必要なんです。これがなければ様子の見ようがありませんので、出したことによって、「ご本人とご家族とのコミュニケーションが確かにとれた」とか、「これを出すことによってご家族も安心された」とかいう反応が返ってくると、次を考えられますが、付けなければそのへんの調査はできませんから、最初は付けておくと様子が見れるかなという気がするのですけど。

 立岩 やるのなら、「本人がこういう意見であるということを確認しました」みたいなことを家族も書くというぐらいで良いのかなと思います。

 勝村 医療者の欄と全く一緒ぐらいの方が良いのかな。タイトルに「意見」と書いているのが引っ掛かるかな。

 立岩 「本人がこう言っていたのを私は聞きました」という文章は、いよいよとなってゴタゴタした時に「ご本人はこう言ったじゃない。あなたはその時に聞いていたよね」というぐらいの意味はあるのかも知れない。

 小原 それでは一応、付ける方向で考えたいのですが、「他者から強制を受けたものではなく」というのは取ることにして、これを出す上で具合の悪いところがあれば挙げてください。

 原 話し合いですけど、例えば「本人は『蘇生しなくて良い』と言っているけど、私としては一生懸命やって欲しい」というような場合もありますよね。

 東 タイトルは「確認」でしょう。この場合は、同意したかどうかは全然関係がなくて、「確かに本人はそういうことを言っていましたね」ということの身内なりの確認で、本文でも「証明する」とか言うときつくなりますが、「あなたも確認されましたよね」という話になるぐらいだったら、そんなにきつくないですよね。

 勝村 家族は本人と意見が違う場合でも書けないのでしょう。

 原 家族の意見が違う場合は書いてもらったら良いのではないですか。

 勝村 書けるようになっていないじゃないですか。

 東 そういう時は聞けば良いですね。もし自分が違う意見を持っていれば、別にそこへ書かせてもらえば良いけど、この場合はそういう趣旨ではないからね。ご本人がこういうふうに思っているということに対して、ご家族も「あなたも同席してそのことを聞きましたね」ということだと思うのですね。

 原 だから、補足的に家族の意見があるのだったら、書いてもらうことはできるようにしたら良いかなと思う。

 東 それを書くとまたねぇ…。

 原 わざわざ欄を設ける必要はないとは思いますけど。

 小原 よくよくのことがあると当然、書き留めるとは思うのですけど。

 原 多少ずれた場合に、そうでなければ全く書けないことになりますので。

 小原 ただ、ずれたとしても「当院としてはご本人が優先ですよ」と言うしかないですね。

 原 それは状況にもよると思いますよ。そういう機械はないかも知れないけど、「人工心肺で1年はつないでおいてください」というような希望を開示されたら…。

 田中 責任が違う場合もありますしね。生命保険の関係とか、絶対にないとは言えないですね。

 小原 ただそういう事情で、家族の事情を優先してしまうとたいへんなことになりますよね。

 田中 だから添付で「しない」ということであれば…、

 原 それは良いのですけど、本人の言うことが間違いでないとも限らないということを言っているだけです。

 勝村 だから、書けるところがあったら「違う意見だ」と書けるけど、書けるところがなかって、かつ確認するところがあったら、本人を無理やり説得して「こっちに書け」と言う可能性もあるよね。

 坂田 そんな時には、もうご本人はこれを出さないのではないでしょうか。

 勝村 だから、内容も本当に軽くした方が良いと思うし、本人の意見を確認するのだから、タイトルも「意見」ではなく「~信頼する人の確認」としておいて、「(以下の~)」はタイトルより上にした方が良いですね。

 北村 「主治医、看護士による確認」は絶対に要るとしたかったのですね。

 勝村 なるほど。「主治医、看護師」を上にしたら順番がおかしいですしね。

 小原 とりあえずタイトルは「確認」で揃え、「家族、あるいは患者が信頼する人による確認」にしましょう。
 見切り発車的なところも多少はありますが、とりあえず何かを始めないと、現実に患者さんへ届きませんから、あまり引きずって完璧主義でやるといけないと思います。一応この時点で、本文及びこの確認書もフィックスしたということでご理解いただきたいと思います。よろしいでしょうか。ありがとうございました。では時間も超過していますが、残りの大きな2件も手がけていきたいと思います。バランスから言うと(3)の方に少し時間を割きたいので、(2)の方は次回に継続ということで、北村先生、基本的なところだけご説明をお願いできますか。

 北村 (2)の方は議題そのものも次回にして(3)の方を先にしていただいたら結構です。

 小原 折角、資料が付いていますので、5分以内で説明だけしていただき、すぐに(3)にいきましょう。

 

議事(2)「事例検討のコンサルト手順(案)」

 北村 分かりました。(2)の議題ですけども、倫理委員会では事例検討を行うことが任務になっておりますが、倫理委員会がコンサルトする場合の手順が決まっていなかったということがあって、十分に活用いただいていない部分もありましたので、コンサルトする時の手順を確認したいと思いまして、資料を用意いたしました。
 「倫理委員会での事例検討に関する規定(第1案)」というのがそれで、「1 趣旨」とかいろいろ書いてありますが、申請していただく主体というものを、職員が申請する場合と、患者さんやご家族が申請する場合の2通りを想定して、中身を作ってあります。そのため、申請する際に用いる申請書というものを後の方に資料に付けてあります。P2~P4が規定案です。それからP5が職員用の「事例検討申請書」。P6以降が、患者さんやご家族から事例検討を申請していただく場合に用いる「申請書」で、最初に説明文が2ページあって、最後の1枚が申請書という構造になっています。
 ポイントは、P2の「3 事例検討要請の手順」ですが、基本的な手順を簡略化して言いますと、まず、申請書を書いて院長に提出するということで、直接提出か郵送かE-mailのいずれかで基本的には行ってもらいますが、何らかの理由で提出が困難な場合には、患者相談窓口に別途、相談受付の電話をしていただくという方法を採ります。ただ、まず院内でしっかり議論して解決するということを努力をしないといけませんので、院内での努力をして、それでも解決困難と判断した場合に、申請書を倫理委員長に回します。で、倫理委員長が通常の倫理委員会で審議するか、事例検討チームを作って審議するかを決めていただきます。事例検討チームで審議することを決定した場合は、委員長が事例検討チームを組織するのですが、チームは臨床倫理アドバイザー2名以上によって構成され、内1名がチームリーダーとなり、そこに1名以上の病院職員が入って、事務的な援助と意見書作成の補佐を行います。チームリーダーというのは、倫理的見解を「意見書」としてまとめる中心的な役割を担い、直後の倫理委員会に出席して、まとめた意見書についての報告をいただくような役割を担っていただきます。後の手順はお読みいただきたいと思います。
 臨床倫理アドバイザーというのは新しく考えたもので、「4 臨床倫理アドバイザー」というところで説明がありますが、要は、事例検討チームに参加していただくのが一つの任務であるということと、倫理委員会での議論の資料を、そのアドバイザーの方へ基本的には毎回お送りして、倫理委員会の議論の進捗状況などを把握していただくような役割を考えております。何故、こういうアドバイザーを作るかといいますと、外部委員の先生方にこのチームに毎回、入っていただくのは、物理的にも時間的にも困難だろうということと、頻繁に発生する場合には多数の人に参加してもらうことが望ましいということと、専門的な領域もあるでしょうから、専門的な先生方にも事例検討チームに入っていただけるような条件を整えるため、制度的基盤を整備する必要があると考えて、こういったものを創設することを提案いたしました。後はご覧いただければよいかと思います。

 小原 今日は深く議論する時間はありませんけども、ご説明してただいたことに対して今パッと思い付いたご意見やご質問があれば、少しは出していただいても結構です。文章はかなり整理されていますので、後でじっくりとお読みいただいて、次回にしっかりと議論したいと思いますが、こういう仕組みを作ってみようというご提案ですね。今までも一応オープンにはなっているのですけども、手順がハッキリと示されていませんので結局、なかなか声が挙がってこないこともあったかと思いますから、それを実質化していこうということですね。

 北村 また、倫理委員会の開催に2ヵ月の期間がありますから、早い時点に発生した新たな事例で、しかも早急な解決が必要な場合に、即応できるような体制づくりをしたいというのも根拠の一つです。

 田中 こういうのが欲しいと思ってはいたのですが、「どうしたら良いのかな」と思うのは、「院内での努力はどういうふうにするのか」ということは、現状でもなかなか難しいと思ったのと、チームとして動くのであれば、2人ではなく3人が良いのではないかと思いました。

 原 アドバイザーは外部の人というイメージではないのですか。

 北村 外部の人というイメージです。

 田中 院内で検討して、それをアドバイザーに相談するという感じですか。

 北村 院内で検討して、結論が出ない場合には委員長に一任して、委員長がチームを作るとなれば、アドバイザーに相談するという流れです。

 原 3人にすると機動性が欠けてきますから、2人で足りるのではないですか。

 田中 事前の検討があった上でなら、それでも良いと思います。

 原 院外での検討というのをそんなに高いハードルにしなくても良いと思いますから、あまりハードルを強調する必要はないと思います。

 小原 高くし過ぎて、何も出てこないのではない?

 北村 「気軽にどんどん使っていいよ」ということですか。

 小原 どんどん来ても困りますけどね。

 原 例えば法律的な問題は、顧問弁護士をどんどん使えばよいのですけど。まぁ使えばいいのではないですか。

 北村 はい、期待しておきます。

 原 後は多分、守秘義務関係の項目を入れる必要があるのかなという気がします。

 小原 他にご意見はないですか。では、これでお持ち帰りいただいて温めて、また次回にお持ち寄りください。これは継続審議としまして、次回からは主な議題としていきたいと思います。次に「(3)事例検討」の方へ移りたいと思います。これに関してのご説明をお願いします。

 

議事(3)「事例検討」

※事例を1例検討しました。

 小原 はい、これは以上でいいですね。最後の「(4)その他」のところの①・②をそれぞれお願いします。

 

議事(4)「治験関係報告」、「内部委員の交代について」

 内田 「①治験審査委員会報告」は、今日は院長がいませんのが、その後の報告だけの文書報告で、新しいことはありません。
 それから②の「倫理委員会内部委員の交代」ですが、臨床研修という位置づけで参加をしていただいている高木先生は、物理的になかなか出席が難しいということがありまして、病院内で相談させていただいたところ、責任者ではないのですが、現場でいちばん臨床研修に関わっていただいている井上先生に次回から交代していただいて、実質的に参加していただいた方が倫理委員会としても良いのではないかということで、今日はご意見をいただきまして、承認いただけるようでしたら、次回からの参加を考えています。
 また、「副委員長の体制について」というのは、外部の副委員長は原先生にお世話になっているのですが、以前に内部の副委員長をされていた北村先生が帰ってこられたので、副委員長に復帰していただき、委員長副委員長体制は元に戻したいと思いながら、その確認をしないままできましたので、改めて確認をいただきたいと思います。この2点を今日は提案させていただきたきたいと思いますので、ご審議いただければと考えています。

 小原 2点のご提案いただきましたが、よろしいですか。

 (一同) はい。

 小原 では、これでご承認いただけたということでお願いします。

 内田 ありがとうございます。

 小原 他に何かありますか。

 北村 立岩先生の本の紹介。

 小原 それでは立岩先生、お願いします。

 立岩 はい。本当の発行日は明日なんですけど、もうできてきまして、このようなものを書きましたので…、

 勝村 昨日にメールをチェックしましたけど、1ヵ月ぐらい先ではなかったっけ。あっ、もう1冊が10月?

 立岩 もう1冊は年末になりそうなんですけど。2冊目の本にはここでの話もちょっと入れて書かせてもらおうと思います。ということで、こんなものをやっていましたという、それだけです。どうも。

 勝村 読んだらやっぱり難しいですか。

 立岩 難しくはないです。以上です。

 小原 案内の紙も入れてくださいましたので、お買い求めいただきたいと思います。では、次回の日程を決めさせていただきます。ご提案をよろしくお願いします。

 内田 2ヵ月に1回ですから、11月の第1木曜は6日ですが、いかがでしょうか。よろしいですか。それでは11月6日ということで、よろしくお願いします。

 小原 特には他にないですね。では、今日の倫理委員会を終わりたいと思います。ありがとうございました。

 

 


(入力者注)※ 文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、かなり要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。また、患者名を特定される可能性のある情報など、秘密保持義務に触れる怖れのある発言は曖昧な表現に変えたり、伏せ字にしています。

 

 

ページの先頭へ

京都民医連中央病院

〒604-8453 京都市中京区西ノ京春日町 16-1
電話:075-822-2777 ファクス:075-822-2575