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第二十七回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2008年7月3日(木) 18:30~21:00
場所 太子道診療所3階多目的室
出席者 外部委員 小原委員長、原副委員長、勝村委員、立岩委員、広瀬委員
内部委員 内田委員、北村委員、坂田委員、東委員
事務局 丸山
オブザーバー 清水、田中、橋本、赤木、井上
欠席 村井委員、高木委員、吉中委員

議事

議事(1)「終末期医療についての指針・手順」「心肺蘇生術中止の手順(案)」の継続審議

 小原 ただ今より第27回倫理委員会を開催させていただきます。前回は立岩先生がお休みだったので、前回の事情なども踏まえて、今後どのように進めていくかということをまず確認してから、今日の議題に入っていきたいと思っています。
 事前資料Bは、前回に北村先生から出していただいた案を、文章や内容について議論し、ポイントを整理したものを踏まえて、さらに北村先生から2つの案を出していただいたものです。2つの内容は大きくは変わりませんが、強調点の違う部分がたくさん出ています。また、北村先生が準備してくださった当日資料の中に事例紹介が3例ありまして、これはより具体的に議論していく上でぜひ紹介したいというご意向ですので、時間をかけて見ていきたいと思います。先ほど少し北村先生とお話ししたのですが、これまではもっぱら患者向けのガイドラインの文案作成をやってきましたが、北村先生は「やはり病院内の医療従事者が従うべきガイドラインを先に作ってから、患者向けのものを作った方が良いのではないか」というご意見をお持ちで、そういったことを考えていくための事例を紹介してくださるのですが、片や、これまで患者向けのガイドラインのために1年以上の時間をかけて、かなり完成の一歩手前ぐらいに来ています。そこで皆さんにお諮りしたいのは、まず患者向けガイドラインの文案を固めていく方向に力をかけた方が良いのか、そんなに慌てずに、まず事例の研究とか院内ガイドラインなどを作った上で、患者向けガイドラインを作った方が良いのか、そこを改めてご確認いただいた上で、今日の議題に入っていきたいと思います。北村先生、もし付け加えていただけることがあればお願いします。

 北村 患者向けの説明文章を今回はK案2とK案3の2案を用意させていただき、ご送付させていただきましたが、それを作っている時に、「患者向けの説明文書を決めても、院内のガイドラインというわけではないので、医師への強制力を持って実際に従っていただくということは難しくないだろうか、そうなると、書いてある内容と現実の医療内容に齟齬をきたすようなことがあるのではないか」とも思って、「そうであれば先にガイドラインを作ってから、その中身を反映して、かつ分かりやすく噛み砕いた感じの説明文章をお渡しするという筋道に基づいてやった方が良いのではないか」と思います。ただこの間、議論の積み重ねがありましたので、とりあえず現在の医療の中身で行えることと、それほど齟齬をきたさないような中身で患者説明文章を作り上げてしまって、それから改めてガイドラインを作るという手順でも良いかなと、そこは迷っているところなんです。
 ですから一応、今日は両方に対応できるように、患者説明文書を用意したのと、先にガイドラインが必要であれば、まず事例をご呈示して、外部委員の先生方が当院で行われているDNARの指示についてどのようなご意見をお持ちかを理解して、そのご意見を踏まえて次回にガイドライン案を提示したいと思って準備をしました。ですので、皆さんのご意向があれば、それに従って進めたいと思いますので、よろしくお願いします。

 小原 これまでの議論の中では、とりあえず患者向けのガイドラインをまとめて、それが入院される患者さんに漏れなく届くようにということで、入院のしおりに入れていこうという前提で話を進めてきました。ただ、これがこの病院にとって至急ということでもないと思いますので、これまでもだいぶ時間がかかってきましたが、さらにもう少し先に延ばすこともオッケーだと思うのですね。ですから、まず患者向けのガイドラインの文案を固めていくというこれまでの筋に沿ってやっていくという方向と、先に院内ガイドラインを作ってからそれに合わせて患者向けガイドラインを作っていくという2つの議論の進め方がありますが、どちらが良いでしょうか。

 立岩 前回、出席できずにすみませんでした。患者さん向けの文書を出したとしても病院の実態と解離する部分があるということなら、まずいわけですけども、この文書を出しても概ね大丈夫だということであれば、これまでの経緯からすれば、まず患者さん向けの文章を作ってしまうというのもありと思うのです。見立てとして、その解離といったへんはどんな感じになるのでしょうか。

 北村 前回までの議論では、「医療チームがこれ以上続けても無意味だと判断すれば、患者さんや家族の意向よりも医学的判断で中止しても良いのではないか」という流れだったと思います。ただ現実の救急の場面や終末期の場面でドクターは、まず患者の家族にわりと細かく「これを続けますか、続けないか」と聞いて、それに従って中止をしたり続けたりしていて、医学的な判断の優先よりも、かなり家族の意向に従っているということであれば、やはり若干、解離があるのではないかと思っています。今日は救急担当の先生にも来ていただいていますので、実情を報告いただければ、その解離が明らかになるかも知れませんが。

 勝村 今までどおりだと、お医者さんの方は辛どい面があるから、現場での対応のところを変化させられないかということで動いていて、患者向けの文書ができてあらかじめ患者に読ませることになれば、大きな変化になってそれまでとは違う常識が作られるだろうということですよね。だから、患者側と医療者側の意識の解離というより、出す以前と出した後での時間的な変化を求めて議論をしてきたのではないかと思うし、患者向けの文書ができれば、それに沿ったガイドラインもできるのではないかと思う。

 原 若干のズレがあったとしても、そんなに大きなトラブルにつながることはないように思うのですけどね。患者への説明文では蘇生をやらなくても良いようなケースでドクターがやってしまったとしても、そんなに大きな問題になるわけではないだろうと思う。逆のケースでやらなかったとして、家族からクレームがくるかという話はありますが、多分ズレの方向性としては、従来の意識の延長からいえば、あまりやらないということにはならないので、そちらの問題もあまり起きないと思います。考え方の骨格はある程度合意できていると思いますから、とりあえずできる部分からやれば良いと思います。

 小原 他にご意見はありますか。今までの議論を振り返りますとおそらく、現状でなされていることを描写することに、ガイドライン作りの目的を定めてきたわけではないと思うのですね。つまり、これまでは医学的には非常に無駄だと思うような心肺蘇生をやらざるを得ず、それはガイドラインがなかったからそうだということですよね。そこで、現実と医学的な見地とのズレをなるべく埋めていこうと目指してきたわけで、この案には、現実をこういう方向に持っていこうという指針のようなものが入っていまして、だいぶ整理されてきたのではないかなと思いますから、そういう意味では適正なズレだと思います。今、ご意見を伺ってきた中では、まずはこれまでの議論をまとめた方が良いのではないかというご意見の方が強いかなと思いますので、それでよろしいですかね。もちろん、その後に院内ガイドラインを考えていく必要もあると思います。
 今日の進め方ですが、文案も2案が出ていますし、事例もありますが、北村先生としてはどちらを先にした方が良いと思いますか。事例を紹介した上で、それを基にして改めて文案を考えていく方が良いですか。

 北村 そうですね。今日ご用意した事例は、救急の事例と、亜急性型の経過をたどった癌の患者さんと、慢性的な経過をたどった患者さんですが、救急の先生方に来ていただいているので、救急のケースについてひとまず検討して、その中にはこれに合致するケースもあるという順番の方が良いかなと思います。

 小原 分かりました。今日は文案についてもなるべくほぼ最終確定に近いところまでいきたいと思いますから、事例についての説明と質疑応答は1時間ぐらいをかければできると思いますので、それを今から8時ぐらいまでやって、8時から9時までを文案の検討に充てたいと思います。それではまず事例の紹介からお願いします。

 北村 救急からは外来の師長の赤木と、救急を主に担っております内科医の井上がいますので、赤木さんから紹介していただいて、井上先生が補足していただくという形でお願いします。

 

(事例3例報告)

 

 小原 時間の関係もありますので、まだ議論する余地があるとは思いますが、いったんここでは今の3例を踏まえた上で、これまでやってきた文章をもう一度確認して、問題点を整理してみたいと思います。北村先生、説明していただけますか。

 北村 事前資料Bですが、前回ご議論いただいた患者用説明文章を、ご指摘いただいた内容を基に書き換えています。文案は2つありますが、2つある理由をP1で説明しておりますので、途中から読ませていただきます。
 K案2は前回提示したK案1を書き直した新しい案です。書き直しの方向性はまず「1)短くして、2)医学的に無意味な蘇生はしないことを前面に出して、そして無意味と判断しうる医学的条件を明示的に提示する」ということでしたが、一応、今までの議論を踏まえてその条件を出しました。「3)DNARを患者や家族に決めてもらうのではなく、医学的な理由に基づいて医療者が判断することを明示する」ということを意識して書き直しました。
 ただ、「こういう案文を用意して、果たして心肺蘇生をしない条件を明示的に患者に伝えるべきなのか。本来それは医者・患者の信頼関係の中で個別的に伝えるべきではないか」と思いまして、改稿した文案がK案3です。K案3では、K案2の方向性は維持しつつも、「心肺蘇生を行わない」という決定を下す際のプロセスについてやや曖昧な表現を用いて説明していまして、その理由は「1)判断のプロセスをK案2のように直接的に表現すると読み手に無用な不安を与えかねない」「2)DNARのガイドラインが当院ではまだ存在しておらず、DNARの判断のプロセスが医師によって若干異なっている点があること」を踏まえれば、やや曖昧な言葉を用いた方が現状に即した内容になるのではないかということです。
 K案2をザッと読んで、K案3については変えたところだけを説明するようにします。
 K案2ですが、まず「緩和治療について」を説明しておりますが、【私たちは患者様の病態に即して、回復を目指す医学的な治療だけでなく、様々な苦痛を少しでも緩和するための治療(緩和治療)も適切に行うように心がけております。】【臨床現場で活動する当院の職員は一般的な緩和治療を行う技能と知識、経験を有しておりますが、さらに緩和治療について精通した内科医、精神科医、看護士、薬剤師などからなる専門チーム(緩和治療チーム)も活動し、全ての患者様の病態に即した医学的治療と緩和治療が適切に提供できるように万全の態勢を敷いております。また、倫理的に問題が生じやすい緩和治療については、全職員が守るべき「ガイドライン」を制定して、医学的、倫理的に妥当な治療が行えるよう十分な制度的整備も行っています。】【入院中に身体の痛みや精神的苦痛などをお感じになれば、まずは遠慮なく主治医やスタッフにご相談下さい。】
 これは前回の内容に加えて、「倫理的な問題が生じやすい」という一文を加えたのですね。これはターミナルセデーションガイドラインをここで議論して確定していますので、その内容に少し触れた方が良いというご意見をいただきましたので、ここに加えてあります。
 次に「終末期の心肺蘇生について」。【人間の命が有限である以上、回復を目指して入院された場合であっても、入院中に死が差し迫った状態に陥り、心肺停止状態-心臓が停止し、呼吸は止まってしまった状態-に陥る可能性はゼロではありません。私たちは、そうした状態に陥った患者様に対してまず救命を目指して心肺蘇生-心臓や呼吸の動きを再開するように医学的に働きかけること-などできることをきちんと行っておりますし、たとえ患者様の身体が動かない状態でも、知的な活動がうまくいかない場合であっても、その原則には変わりはありません。】【しかし近年、患者様の中には「回復が全く望めず死が差し迫っている状況では、身体への負担がかかる積極的な心肺蘇生を行わないで欲しい」という希望を表明される方がいらっしゃいます。私たちも、回復が望めない進行性の病気のために死が極めて近い状態に陥り、その後、最終的に心肺が停止する場合には、救命処置を行うことは意味が乏しい場合もあると考えております。ただし「救命処置を行わない」という判断を下すことは重大な倫理的問題をはらむものでもあり、患者様やご家族のご意向だけを根拠にしてそうした判断を下すことは問題があります。】【そこで当院は、患者様のご意向を尊重しつつ、医学的、倫理的に妥当な終末期の援助を行うために、「心肺蘇生をしない」場合の原則は以下のように考えております。】

 患者様の状態が、1)進行性の病気をお持ちで、2)その病気の進行によって死が差し迫った状態にあり、3)心肺停止した場合、仮に心肺蘇生しても数時間の間に死を迎えると推測される、という三つの条件が揃っている場合には、

 患者様が「心肺蘇生を希望する」という意向を表明されていない限り、心肺蘇生を行う意味が乏しいと考えられるため、蘇生術を実施いたしません。

 【ただし、これは大まかな方針であり、患者様の意向を確認できない場合など患者様一人一人の事情に即して現実的には異なる場合もございます。心肺蘇生に関する個別の方針について詳しくお尻になりたい場合は、主治医にお尋ね下さい。】
 「心肺蘇生に関するお考えをお伝え下さい」。【以上のように当院では、心肺蘇生の実施については基本的に医学的妥当性に基づいた判断を行っておりますが、それでも患者様の意向を知ることはとても重要なことだと考えています。特に、あらかじめ落ち着いた状態でお考えになっている心肺蘇生に関する患者様の意向を知ることは、終末期の方針を決定する際だけでなく、普段の診療においてもたいへん意義深いことだと考えております。というのは、患者様の死生観について知ることを通じて、患者様がどういう生き方、あるいはどういう価値を大切にしておられるのかを知ることができ、治療においてその価値を尊重した対応ができるようになるからです。】【そこで、心肺蘇生に関する患者様のご意向を、主治医あるいは看護師に、ぜひお気軽にお伝えいただければ、と思っております。その際、この「入院のしおり」に添付している「私の考え」にご記入の上で提出いただくと、より患者様の意向を明確に確認できるという点で役立てやすくなります。もちろんこうした意見表明は任意のものですし、また表明いただいたご意向についてはいつでも変更するこことができます。】という内容です。
 K案3で変更しているところは、「終末期の心肺蘇生について」の第3段落からで、そこだけ読みます。
 【しかし患者様やご家族のご意向だけを根拠にして、「心肺蘇生を行わない」という判断を下すことには問題があります。終末期を迎えると、人は過度に悲観的となって冷静な判断が困難となりがちです。冷静さを欠いた判断に基づいて処置を行えば、医学的にも倫理的にも望ましくない結果がもたらされかねません。】【そこで当院で「心肺蘇生を行わない」判断を下すのは、患者様やご家族のご意向も尊重しますが、あくまで患者様の状態が1)進行性の病気をお持ちで、2)その病気の進行によって死が差し迫った状態にあり、3)心肺停止した場合、仮に心肺蘇生しても数時間の間に死を迎えると推測される、という条件が揃っている場合など、一定の医学的条件に当てはまっていることが確認できる場合にのみに限っております。それゆえ、そうした条件に当てはまらない場合には患者様やご家族のご意向に添えない場合もございますが、それは患者様の最後の日まで安全な医療の提供を確実なものにするために必要なことだと考えております。この点につきまして、ご了解いただけますようお願い申しあげます。】そういう中身になっております。以上です。

 小原 はい。ということで、極端に大きな違いはないのですが、ニュアンスの違いを伴った2つの案を出していただきました。案2の方がハッキリしていますので、おそらくこちらをベースにして考えた方が良いかも知れません。その上で案3の方も参照していただいたら良いと思います。全体的には前回の議論を踏まえ、整理していただいものですので、必要なことが全て織り込まれているかどうか、最後にご確認ください。また、改めて「文案上、やはりここは問題かある」というものがあれば、そのご指摘もぜひお願いします。

 立岩 感じだけを申しあげると、案3の方向で、誤字の修正を含めた微細な補正を経れば、概ねこの間の議論で出ている方向が書かれているのではないかという印象を持ちます。趣旨説明していただいたとおりに、3つの条件というのをどこまでリジットにとるのかというような問題もあるし、それがある種のプレッシャーになることもあるという意味で、案2のように四角に囲って3つを列挙してということではなく、案3のような言い方で良いと思う。もう一つは進行性ということで、今日の2つの事例を見ても、必ずしも「進行性の病気の末期で云々」ではないのだけど、短時間であっても経過を入れてというのは致し方あるまいということなので、かえって「進行性の病気の進行の極地に」ということに限る必要もないかなと思いますので、私は案3が良いと思います。
 後は細かいところですが、「心肺蘇生について」の2行目の「心肺停止-心臓が停止し云々-」の「--」という表記は、僕のような学者が文章を書く時によくやりますが、一般的には良くないかも知れないので、例えば「心肺停止つまり」とか、こういうところを少し工夫してみるぐらいでいけるのかなという印象を持ちました。

 原 ( )の方がまだ良いですね。

 小原 注釈が長くなると、どこで終わるのか分かりにくい場合もあるので、( )にするか「つまり」にするかですね。立岩先生のご提案に点では案3をベースにして考えたらどうかということでしたが、いかがでしょうか。

 原 案2の方は四角で囲んでいるからクリアーなんですけど、この四角を外したら、私は案2の方がやや分かりやすいかなという気がしますし、この1)2)3)のあたりは、改行して個条書きにすれば見やすくなります。内容の曖昧さの程度がどれだけ違うかですが、むしろ内容的に入れておくべきなのは、案2の囲みの中に入っている「患者側が心肺蘇生を希望する意向を表明する場合はやりますよ」という例外の例外規定ですね。これにプラスして「家族の事情によってはやっても構いません」ということも、家族が希望して本人が拒否していない場合、やるケースに入ってくるという議論でまとまっていたと思いますので、それも入れておいた方が良いと思います。

 小原 大きくは変わらないと思いますが、北村先生はどうですか。この囲みは取るとして、見るべきポイントとしては案2と案3との違いをどう指摘できますか。

 北村 案2の方は現状にあまり即していないのではないかと思っています。先ほどの事例でも、心肺蘇生をして家族に何度も確認をとりながらやめていっていますが、案2には家族の同意という話は基本的にないのです。

 小原 医学的な論理の方が前に出てくるということですね。

 北村 そうですね。案3ですと、「ご家族や患者さんのご意向も尊重しますが」というように、「一定、尊重しますよ」という姿勢を見せているというところでしょうか。

 小原 そうですね。案2の方は医学的な判断の方に重きをおいて、案3の方は「そういう前提はもちろん必要だけども、ご家族のご意向を尊重している」というように、後者の方にも若干ウェイトがあるという感じですが、どちらがより望ましいですか。

 北村 井上先生、この文面はこんな感じで実際にやってるような中身なんですか。

 井上 そうですね、良い案だと思います。

 勝村 案2は「医学的にこうするけれど、患者の意向によっては例外があるかも知れない」と書いてあり、案3は「患者の意向に添うけど、例外的に医学的条件で患者の意向に添えないかも知れない」という言い回しですね。

 立岩 基本的には行わない条件を規定しているわけですよね。そのように見れば、案2は行う条件についても若干の記述があるわけで、囲みの中の下の2行は「こういう場合は」という話ですが、「行う場合もある」という言い方を、この文章の中で敢えてするかしないかということだと思うのですね。案3でも、医学的適用があれば基本的には心肺蘇生を行うわけですが、医学的適用として「無理なんじゃないかな」と思いつつ、しかし本人や家族の意向が示された場合にどうするかは明示されていないわけです。もし、行う場合の規定を書かなくても現実に支障が出ないということであれば、案3でいけると思うのですが、そこのところはどうでしょうかね。

 小原 立岩先生のお考えは、案2にあるような「医学的な立場では本当に意味がない場合があるのですよ」ということを強く出さない方が良いということですか。

 立岩 先ほど原さんが強調された「患者様が心肺蘇生を希望するという意向を表明されない限り」というのを逆に言えば、「意向を表明している場合にはやります」ということでしょ。その意味内容をここに入れる必要があるかないかというぐらいのことです。これは2沢なのでどっちでいくかです。

 勝村 まだよく読み込めていませんが、「医療の倫理を考えればこうだが、個別のケースではいろいろとあるかも知れません」と書くより、「意向は尊重するけども、医療の倫理を考えて添えない場合があります」と書いてある方が良いと思いますから、両案の違いの中心部分がそうだとすれば、僕も案3の方が良いのかなと思う。

 小原 一つの違いはそうだと思います。

 原 私の印象では、案3の方は「患者・家族はやらないでくれということを望んでいるのですよ、でもその希望に添えるのは、ウチではこのように限定されるのですよ」というような話の流れが強いように感じます。ただ、「基本的にはやるんですよ」というところから出発し、「患者・家族の意向第一主義」というのが前提にあって、「医学的な妥当性がない場合は例外ですよ」みたいな話になると、これまでの流れと逆転しているような気がするのですけどね。ソフトはソフトなんだけど、ちょっと媚び過ぎかなという感じがします。

 勝村 そうやな、この議論の初心からするとそうかも知れない。

 北村 K案2を書いた後に、先ほど田中師長から話があった北2階の事例の相談を受けたりしたので、どうしても、家族はそれだけでは同意されませんよという思いが、わりと強く出てしまったようです。

 田中 すみません。私は案2の方が今までの議論を踏まえているような気はします。

 勝村 家族は「もっとやってくれ」という意向であるという前提ならば、先っきの僕の話で良いけど、事例を聞いたら、実際の患者・家族は「やらないでくれ」という意向の方が多いようですので、それなら逆やなぁ。

 田中 「あまり家族に振り回されたくはない」という思いは現場のところにはあります。

 小原 だから、家族の中には患者を本当に思っている家族もいれば、そうではない人もいるのでね、なるべく家族の恣意的な意向に振り回されないような判断をするべきだと思います。

 田中 それはなかなか読みとれないというか、そこを私たちは判断しきれないので、やっぱり医学的判断というのを基本ベースにおいて、判断できるものであって欲しいなと思いますね。

 立岩 家族の意向には「もっとやってくれ」というのと「やめてくれ」という、大まかには2通りがあるわけですが、今日の事例検討で出てきたように、「もっとやってくれ」ということに関しては、この段で問題になっているような本当の終末期の場合では、きちんと説明さえすればほぼ納得が得られるので、そこに齟齬が起こって問題になるということは考えられない。だとすれば案3は基本的に、家族サイドからの「もういい」という言い方に対して、「医学的適用が認められる限り基本的にはやります」というラインになっていると思うので、医療の現場が今まとめたような状況だとすれば、概ねこのラインで話はまとまるのではないかと思ってます。

 勝村 案3では「家族の意向だけを根拠にして心肺蘇生を行わないという判断を」と書いてあるから、ここでの患者や家族の意向というのは、「行わない」という意向に限定して書いてありますね。

 広瀬 「意向に添えない」という文章はものすごく大事ですよね。単に「するしない」だけでなく、「医学的にしなければいけない時はするのだ」という、これがあるから安心かなと思うのです。

 小原 ここを強調して書いてあるのが安心だということですね。

 広瀬 はい。この文章で「入院のしおり」に入れるのですか。「入院のしおり」はそれこそ一生懸命に読むと思うから、こういう文章があった方が良いと思います。

 立岩 一読した時に、全体として親切な文章だと思ったのですよ。普通の人が読んで考える時に分かりやすい感じのする文章だと思ったのです。そういうのは以外と病院のこの種のガイドラインなどにはあまりない感じがするので、こういう種類の文章は僕は良いのではないかと思いました。

 小原 ということで、良いものを早く出したいという思いがありますので、なるべく早くまとめたいですね。かなりゴールに近いと思っていますので、もうちょっと詰めて完成させたいと思っています。

 原 と言うても、意見が分かれている。

 小原 えぇ。微妙な違いなんですけどね。

 原 「もっとしっかり救命をやらないのだ」というケースもありますし、出発点では「そういうプレッシャーがある中でやらないので良いのか」という問題から発しているわけですから、患者や家族の意向を書くのだったら、やっぱり両方のパターンを想定した方が良いと思いますけどね。

 勝村 そうやね、入院時のそういうシチュエーションになっていない時に読むのだから、ある方向性だけを書くと、「多くの人はこう思っているのに違いない」という偏見のようにも見えますね。「今まで多くの医療機関でやられてきたことで、やめるべきことはやめよう」という話が初心でしたね。

 立岩 ですから、案3のP5のどこの部分に入れるか分かりませんが、「希望するという意向を表明している場合、そのリクエストにはできるだけ答えます」みたいな一文を入れたら良いと思います。

 小原 それも家族ではなく「ご本人が」ということですね。

 立岩 ここは議論したところですが、まぁ「最終的にどうします」という話ですね。その一文を入れれば、基本的に原さんのリクエストには応えられるのではないか。

 原 いやいや、それだけではいかない。その前段の「患者・家族の意向は心肺蘇生を行わないでくれと望んでいるのだ」というようなことばかりを強調する文脈でいくのはマズイと言っているのです。だから、P5の2行目を例えば「心肺蘇生を行う行わないの判断を下す」とするとか、もっと中立的にするとすれば、P4の「しかし近年~」というところでは、「『とにかく最大限の生きながらえる努力をしてくれ』と言う方もいますし」とか、「~おられる一方で、こういう声も近年はあります」とか、両方の意味合いに取れるようにしなくてはいけない。

 小原 つまり、「行わないで」と「行って欲しい」という訴えの両論を書くようにするということですね。

 原 この文書は「行って欲しい」に対する説明でもあるわけでしょうから。そして、それぞれを入れた上で、先ほどの「やらない判断での例外としてやる場合」というところを加えてください。

 小原 そうですね。ただこの例外は、ご本人に限定して良いですか。

 原 いや、ご本人が希望される場合と、家族の到着待ちみたいな話で、ご本人が「家族が望めばやってもよろしい」というような「ご本人が許容される場合」という2つを入れるような話をしていたと思います。

 小原 分かりました。今までのご意見を合わせますと一応、案3をベースにして、原さんが言われたように、「行わない」という一方向の言い方だけでなく、「行う」という意向もありますので、その両方をなるべく入れて、中立的に表現して立場表明するという方向で書き直すということでよろしいですか。そして例外事項として、本人の希望とか「家族が到着するまで」といった限定的なものを付け加えるということですね。ただ、それはあくまでも例外事項であって、原則は医学的な判断を優先するということですね。

 原 本人が希望しても、1年もやるわけにはいかないしね。

 小原 文書に出てきているのですが、「私の考え」というのはどこですか。

 北村 当日配付資料のP3です。

 小原 セットになっていますので、こちらの方も見てください。あまり時間がないのですが、全部まとめて、なるべく修正できるところを修正したいと思います。

 北村 私はこれには手を入れていないのですが、誰が最終に作ったのですか。坂田さんですか。

 坂田 いや、これは院長です。

 小原 これもいろいろ協議して、可能な限りのオプションを提示しておこうということで、こういう形にまとまってきたと思いますので、おそらくこれで極端な欠陥があるとは思えないのですが。最初は強制的に出してもらうかどうかということで議論になりましたが、文章にもありましたように、あくまでも「出してくれたら助かる」という程度にとどめています。当初は「同意書」となっていましたが、そういうことではなく「自分の考え」ということで、もっと柔らかくなりました。

 立岩 文言だけですが、最初は「患者がもし」となっているのに、次では「私の考え」になっていますけど…。

 小原 これは「私が」にした方がよろしいね

 原 これは家族が出す場合との両方を想定してるのですね。

 小原 両方ありますが、混在しているのはおかしいですから、これはどっちかに統一しないといけないですね。両方に使えるということであれば「患者」ですかね。

 勝村 ずっと「私」で通して、最後のところだけ「患者本人が病気のため~」とすれば良いのでは。

 原 いちばん上の「患者が」という言葉自体を取ってしまって、「もし」から始めたらどうですか。

 小原 そうですね。そして「私の考え」は残しておくのですね。

 原 えぇ。この紙自体が「私の考え」ということですから。一応、右上に「患者氏名」と書いてあるので。

 勝村 署名欄の場合分けを1.2.とするのはおかしい。「上記が現時点での私の考えです」とやっておいて、例外的に「患者本人が表明できない場合」というのを作っておけば良い。

 小原 そうですね。原則は1.なので、2.を例外事項として付け加えておくということですね。「入院のしおり」に付けるという性格上、「まずはご本人が意思表示をしてください」ということですから、それで良いと思います。「1.回答者が患者本人である場合」というのは削除して、そして、2.の項目の「2.」という数字だけを取って例外的な形で後半を付けるということでよろしいですか。

 原 「回答者」というのはちょっと変ですね。

 小原 よろしいですか。後はかなりの微調整になりますが、これまでに議論した特に文案に関する意見を踏まえて、案3を基に修正していただいたものを次回に提出していただいて、そこで最終確認にしたいと思います。

 原 次回、提出しますか。別途に持ち回り式で確認するという方法もありますけど。

 小原 一応、ここで確認した方が良いでしょう。ここまでしましたので、ファイナルはちゃんとみんなで確認しましょう。そんなに変わりませんから。今日予定した議題は後、治験関係ということですが。

 

議事(2)「治験関係報告」

 内田 議事録における治験関係の秘密保持の件です。事前資料のDとEになりますが、資料Dは医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令の改正というようなもので、今年の3月26日付で来ています。P3の「第28条第3項関係」というの項目の続きで、P4の⑤に「記録の概要に治験依頼者等の知的財産権を侵害する内容が含まれていないか」ということと、「必要があればマスキングなどの措置を講じた上で公表すること」とあります。
 これで問題となるというのが資料Eの「第23回倫理委員会議事録」で、齋田先生にお越しいただいてFTY720の治験について紹介していただいた内容ですが、これを正確にしていただきたいというのが依頼でした。例えばP2の「三菱化成」は正しくは横のコメントにある「三菱ウェルファーマ」で、P3の2行目には「多国にわたる共同治験で、いずれも1200人」とありますが、正確には「1000人」とコメントされています。前回の委員会では「具体的にどこだ」ということでしたので、議事録を見ていただいて指摘をしていただいたところ、このような回答が返ってきまして、コメントが入っている部分の中身の訂正をしていただきたいということです。

 小原 要するに、修正コメントのところをちゃんと反映すれば、「これで出してもよい」という意味ですね。

 勝村 これはどこが言ってきたのですか。

 内田 治験依頼者ですから製薬会社です。

 小原 コメントは原さんの発言に絡んでいる部分にもあり、「好ましくないと思われます」というのが数ヵ所ありますが、どう思われますか。

 原 企業の利益とも何とも関係のないことまで注文を付けてきていますよね。「発言が主観的だから議事録を残すな」と言ってくる権利も何もメーカーにはないですよ。こういうことを言うこと自体、けしからんことです。

 勝村 合計23のコメントなんですが、それぞれ「このコメントは受け入れられるが、このコメントは受け入れられない」ということではないのですか。

 原 「受け入れられる」「受け入れられない」というよりは、言ってくること自体がプレッシャーですからね。

 勝村 だけど、こういう法律ができたのですよね。

 原 内容によりけりなんですけど、そういうことではないのですよ。

 勝村 「三菱化成は三菱ウェルファーマが正しいです」というのは別に受け入れても…。

 小原 1200を1000とかね、事実誤認や誤字脱字に関しては別に訂正して良いと思うのですよ。ただ「内容に関して企業の利益に関わったら削除しろ」ということは、こちらはハネることができますからね。今、一ヵ所一ヵ所を確認することはできませんので、指摘された部分の中で「ここはこちらとして呑むことができません」という箇所を言っていただいて、それ以外は修正するけれども、それらはそのまま残すということでセーブしたいと思います。本当にどうでもいいようなところまで修正を書いていますよね。

 原 事実誤認であるのかないのか…。例えばコメントN5、「正しくは165人に直せ」と言うならともかくとして、「人数の規模を削除せよ」というようなことは呑めないですね。試験規模というのは重要な要素ですから。N6も「このやり方について細かいことは書くな」というようなことを言っているのですけど、こんなのは企業利益とは関係ないですから、譲る必要はないと思いますね。

 小原 ここなんかは全然関係ないと思いますねぇ。

 原 N7も「同上」ですか。そら副作用が出るかは分からんと言えば分からんのですけど、こういう説明をしているのですから。N9、メラノーマの情報も削除する理由にはならないと思いますね。メラノーマの部分はリスクの話ですから重要なポイントで、こんなものを「全く外してしまえ」なんて呑めないです。N10に関しては「FDAが作った委員会ではありません」とだけ書いていますけど、事実関係ですから、それだけを言われてもどうしたら良いのか分からないですね。いずれにしてもこれらは見解のことで、齋田先生が説明した中身に対して「正しい」とか「正しくない」ということを言っているわけですよ。だからこれは、齋田先生が「事実誤認だから訂正します」というのだったら良いのですけど、メーカーが言ってどうのこうのという話ではない。

 小原 だからこれは、まずは発言のご本人に返した方が良いのではないですかね。我々が「ここは入れて、ここはオッケー」みたいなことを、ご本人を抜きに勝手に決めることはいきませんので。

 原 そうですが、ただ、議事録の意味は基本的に「この場でこういう議論をした」ということですから…。

 勝村 そう、そう。P12には「思われます」と書いているけど、そう言われたら「そうですか」しかない。だけど、思われるからといって抜いていたら、議事録の意味はないですよね。

 原 そんなことを言ったら、ずっとそうなんですよね。そら、意見は言ってもらっても結構なんですけどね。

 小原 これをザッと見た限りでは、あんまり素直に従う必要はないのかなという印象を持ちました。例えば、「そんなことを言っても議事録なんだからこのまま載せるんだ」と突っぱねて、この意見にあまり従わなかった結果、中央病院が被る不利益、何か具合の悪いことってありますか。

 東 それは最終的には、資料DのP4の「知的財産権を侵害する内容」かどうかでしょうね。言われていることがそういうことに該当するということであれば、我々は侵害しているということになりますから、それだけの問題で、今、幾つかを見てみると、必ずしもそうではない。

 原 単純に企業の利益でしょ。

 東 そうですね、「こんなことを言ってもらったら、自分たちにとって都合悪いよ」という内容が多いので、「知的財産権云々」と少し違うような部分がありますね。だから事実誤認は素直に従うべきですけど、後の意見なんかは何らかの根拠を持って発言されているわけですから、ご本人にもう一度その内容について確認して、そのことが「知的財産権云々」の話でなければ、問題ないのではないでしょうかね。

 勝村 指摘を受けた本人が「そうかな」と思って変えるのは別に構わないのですけど。

 東 そうですね、「曖昧なことを言った」という場合は、言われると確かにね。

 小原 分かりました。とりあえず委員会としては、ここをどうこうすることを特別せずに、まずいったんご本人に任せましょ。その上で、問題ありと考えられたところは修正していただいた後に、成案として考えます。

 勝村 P16のN23の「間違った記載」というのは、どこがどう間違っているのか分かるのですか。僕はこういう発言をしたことさえ全然、記憶になく、自分で読んでも意味が分からないのですが。

 原 勝村さんは質問しているのであって、齋田先生が答えている部分ではないのですか。

 勝村 「何が間違っているのが何を削除しろ」と言っているのか、このコメントの意味が分からないですよね。

 小原 そうですね、よく分かりませんね。

 東 「何かお金を払う」ということに関わって、「何か違う」という話なんでしょうね。CROということとお金は関係ないということですかね。中身は確かに何を指摘されているのか分からない。

 原 多分「病院ではなく治験費用から出している」とかいうことでしょうね。

 立岩 だから委員会としては、法令的に問題がないというのが一点と、事実誤認などに関しては報告者自身に見せて、必要であれば訂正してもらうということだけで、必要にして十分ではないかと思います。

 小原 そう思います。ということで一応、関係した方の全員にこれを回していただいて、一定の期日の下に「必要があれば訂正してください」ということで、それを集約してください。

 勝村 やるのだったら、向こうが言っていることが意味不明なら聞き返すことも…。

 小原 それでは今日の議事はこれで終了ですので、次回の日程だけを決めて、終わりたいと思います。

 内田 今日は第1木曜日で、2ヵ月後の第1木曜日は9月4日という日程になりますが。

 小原 9月4日で具合の悪い人はいますか。では9月4日に決めたいと思います。長時間にわたり、どうもありがとうございました。終わります。

 


(入力者注)※ 文章は全体を通して、話し言葉を書き言葉に改めたり、意味の通じにくい言葉を言い換えたり、同じ発言の繰り返しを省くなどの推敲を行い、かなり要約した形になっていますが、発言者の意図を正確に伝えることを最優先にしています。また、患者名を特定される可能性のある情報など、秘密保持義務に触れる怖れのある発言は曖昧な表現に変えたり、伏せ字にしています。

 

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