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第一回 倫理委員会 議事録

京都民医連中央病院

日時 2003年9月18日(木) 18時~20時30分
場所 京都民医連中央病院 第一会議室
出席者 (外部委員)
原昌平委員、勝村久司委員、立岩真也委員、小原克博委員、広瀬東栄子委員
(病院委員)
吉中丈志委員、東正一郎委員、高木幸夫委員、北村隆人委員、田中久子委員、岸本啓介委員
(オブザーバー)
山中寛恵
(事務局)
丸山、村上

議事

岸本(京都民医連中央病院 事務長):中央病院の事務長の岸本と申します。第一回の倫理委員会を開催させて戴きます。最初にお断りしておきたいのは、オブザーバーの立場で当院のリクスマネージャーを担当しております山中が参加させて頂くということ、そして事務局として当院の事務の村上と丸山が参加させて頂きます。ご了承のほどお願いします。

はじめに今回の委員会の開催に至った経過について、院長の方からご説明致します。

吉中(京都民医連中央病院 院長):お忙しい中、委員の皆様方には大変無理なお願いをしましたが、快くお引き受けいただきましてありがとうございます。当院では去年の5月に細菌検査室の虚偽報告という問題を起こしてしまい、それを組織的に公表して対応を行ってまいりました。今一番痛感していますのは、私どもは今までも「患者様中心」と掲げてきましたが、それがいかに手前勝手であったかということです。今年の5月に細菌検査の問題について行政の指導をいただき、今日に至る中で、「患者様中心」というところをもう一度考え直す作業を続けております。そういう点で、特に職員の職業倫理、医療倫理という問題も、改めて患者様にとってどうなのかということを検証しながら考え直していかないといけないということです。来週、当院は医療機能評価の受審をいたしますが、医療機能評価の評価も患者中心の医療を実現していくということにあり、その精神を受けとめて病院の中身を作り上げていくのが今後の課題と思っております。この倫理委員会を大学等にあります最先端医療だとか治験だとか、そういったものとは少し別のものとして、日常の医療の領域における、医療者や患者様の側が感じられる問題、医療活動上に起こる諸問題にまつわる倫理的な問題をできるだけ具体的な形で取り上げていただいてご審議いただきたいと思っております。そして職員の姿勢の変革に役立てていきたいという思いでおります。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

岸本:では病院委員の方から自己紹介をお願いします。

高木(京都民医連中央病院 臨床研修部長):高木と申します。病院では臨床研修部長ということで医師の研修の責任者をしております。当院には研修医が現在9名おりますので、その医師たちの初期研修のところを中心に担当させていただいております。どうぞよろしくお願いします。

田中(京都民医連中央病院 看護師長):田中と申します。南3階病棟で病棟師長をしております。よろしくお願いします。

北村(京都民医連中央病院 精神神経科):精神科医の北村と申します。どうぞよろしくお願いいたします。倫理的な問題に精神医学的な問題が関与することが多いということで、委員をさせていただくことになりました。また今回の倫理委員会の立ち上げにあたって院長と相談しながら進めてきた者です。皆様のご指導をいただきながら勉強していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

東(京都民医連中央病院 副院長):副院長の東と申します。実は中央病院の倫理委員会は、今回の委員会よりも以前1996年から2000年にかけて、一般病院の中での身近な倫理的問題を取り上げて、何かを決めるということよりもみんなで考えていこうという委員会があり、その担当をしていました。自分で資料を集めてレポート書いていたりすることが段々と負担になって、最終的にギブアップして中断してしまったという経過がございます。その関係で、今回の委員会にはまた新たにメンバーに加えていただくことになりました。当院での役割といたしましては医療事故防止なども担っていますので、そういうことも含めていろいろと勉強していきたいと思います。診療の専門は整形外科です。どうぞよろしくお願いします。

勝村(医療情報の公開・開示を求める市民の会):勝村といいます。10年ほど前になりますけども、医療事故で子どもをなくしたことをきっかけに現在の活動を行うようになりました。どちらかというと倫理よりは医療事故や診療報酬や情報公開などに関する活動を行ってきております。そういう立場で、この委員会にも関わっていくことになると思います。どうぞ、よろしくお願いします。

原(読売新聞大阪本社編集局科学部次長):原です。読売新聞で、今は科学部を担当しています。前は社会部でしたが、3年ぐらい前から科学部になりました。社会部の時から7~8年ぐらい医療関係をやっています。医療の中で詳しいのは底辺の医療、精神医療などで、どちらかっていうと地べたを這いずりまわるような領域の担当をしています。医療についてはいろいろな意見をもっています。どうぞよろしくお願いします。

立岩(立命館大学大学院先端総合学術研究科助教授):立岩と申します。去年から立命館大学の大学院で働いております。専門は社会学です。去年の4月に京都に来ました。その前の7年を信州大学の医療短期大学で看護とPT、OTと検査技師の学生を教えておりました。私の仕事は、どちらかというと理屈をこねるような仕事をやっております。社会政策や障害者の人たちの運動などで医療と関わったこともあります。医療のことはそんなにと思ったのですが、最初に委員のお名前を見せていただいたときに原さんや勝村さんなど、ずっと仕事をしてきた人がいるし、僕みたいにあんまり役に立たない人が端っこにいても多分大丈夫だろうと思ったのでメンバーに加えて頂きました。どうぞよろしくお願いいたします。

小原(同志社大学神学部助教授):同志社大学の小原といいます。今神学部にいますが専門は神学以外にも現代の倫理的な問題とか宗教学とかについて研究しております。多分ここにお声が掛かったのは、以前クローン人間に関する新聞の座談会に私が参加した記事を御覧になってお声がかかったのかと思います。先端医療の問題には興味を持って関わってまいりました。それと私は牧師でもありますので、人の生き死ににずいぶん関わってきました。病院を訪ねては看取りということをしてまいりました。そのなかで医療との関わりについても関心があります。神学部は京都バプテスト病院と提携しており、ホスピスケアのプログラムももっておりますので、看取りということの倫理的な課題についても関心があります。そういう点では、宗教学における専門的な見地なども少しは役に立つかと思います。ただ私も医学的なこと、とくに専門家ではありませんのでここでいろいろ学ばせていただきたいというふうに思っています。倫理ということでは、私の課題としてグローバル・エシックスということがありまして、例えば健康とか生命とか1つ考えても、その考え方とか定義の仕方というのは国とか文化が違えば随分違いますね。WHOの健康の定義が随分違ってきましたけれども、そういう健康という言葉一つとっても共有できる世界とそれに対して拒否的な世界とあるということ。やはりこの京都にも、いろんな人が関わってくる中で価値観のぶつかり合いが当然起こってきますね。そういうグローバルな課題についても研究していくこと私の課題だと思っております。では、よろしくお願いします。

広瀬(京都中右京健康友の会幹事):共同組織の広瀬といいます。この病院が診療所時代からの患者ですが、今はこちらの病院の共同組織で中京区の地域の取り組みをやっていますが、その中で保健活動というものがあります。その保健予防の取り組み、青空健康診断とか健診などのことをやっています。私は20数年間リウマチですけれどもリウマチ患者でも若くに亡くなる方は少なくて、長生きの方が多いわけです。痛い痛いといいながら長生きされるということで、経済的な問題もあり満足に生きていくことができないだろうと思います。いろいろな面でも助け合ってやっていきたいと取り組んでおります。リウマチ患者会へも、このような取り組みについて伝えていきたいなという気持ちがあります。それからこの病院が臨床医研修指定病院になりましたので、3年ほど前から模擬患者として医師の研修にも関わらせていただいております。今日は緊張していて、朝から血圧が上がっています(笑い)。今日は150もありました。今日はこんなそうそうたるメンバーの皆さんの中で緊張しておりますけども、いろいろなことを教えていただきながら頑張ってつとめさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

岸本:ありがとうございます。それから外部委員でおられます、弁護士の村井先生が所用のため本日は御欠席ということになります。では事前に資料だけ送らせていただいていますけれど、まず本日は、委員会の規程について説明をして、ご審議いただきたいと思っております。そのあとは具体的な病院の問題に移りますが、当院では診療に関するガイドラインを策定しております。その内容についてご検討頂きたいと思っております。それでは、最初の議題、委員会規程について、吉中院長からご説明致します。

 

<議題 1 倫理委員会規程について>

吉中:それでは最初から堅苦しい話ですがリラックスしてお聞きください。お手元にお配りしています資料に「京都民医連中央病院倫理委員会規程」という2枚の資料がございますので、ご覧いただきたいと思います。

第1条の「目的」ですが、この倫理委員会としてご意見をいただいて、病院職員が適切な倫理観を保持できるようにすることを目的にしております。第2条の「任務」ですが、私の方から諮問させていただいた議題について議論をいただいてご意見をいただきまとめていくという形のものにしたいと思っています。第3条の「委員の構成」については、委員長、副委員長とそれから事務局ということになるのですけれども、のちほど委員長と副委員長の人事については、少しご意見をいただいたうえで進めていきたいなと思っております。それから外部委員の方は今ご紹介いただきましたけども、ここに書いてあります1~6ぐらいのところを私が北村が相談をしまして、皆様にお願いした次第です。これからいろいろな議題が話し合われると思いますので、その中身に応じて有識者の参加をお願いする場合もあると思いますが、それについても規程に定めておきました。プライバシーの問題については、委員会の外では当該事例について話したり公表することは禁止したいと思います。第4条の「委員の任期」ということは2年間とし、再任は妨げないものとしました。第5条では「委員会の開催」について規定しておりますが、2ヶ月に1回程度ということで考えています。ただ様々な問題がありますので委員長の権限で臨時に開催が行われることがあるということになっております。委員会の成立要件は3分の2以上となっております。第6条では、議題について規定しております。議題は4つありまして、1つは臨床研究、臨床治験の妥当性の検証ということです。これは最初に申し上げましたように当院としましては、臨床治験ということではこれまで特に行っておりませんでした。ただ医師が指導する臨床治験ということは制度化しようということになっておりまして、いろいろな動きが起こってきております。私どもの病院もこれについては積極的に取り組む形を整えたい。その治験審査規定ということも含めて今後お願いすることになるかもしれないということでございます。2番目の議題は、病院医療に関わる様々な問題についてです。これがさしあたっての中心的な議題になると思います。病院の医療活動が患者様本位ということでより前へ進められるように強く希望しておりますので、そういったご意見も頂戴できたらと思っています。第7条では「議題の選択」について定めております。病院側の都合で勝手に議題を取捨選択しないという立場をとりたいと思っています。今日の場合はまだ最初でしたのでこちらの方で実は準備させていただたという経緯でございますが、できるだけ審議事項につきましてもご協議いただいて進めて参りたいというふうにお願いいたします。第8条で「委員会の審議結果」について定めております。ここでは、委員会は審議上、全員一致の上で院長に「勧告」ができるものとしています。また委員長は審議終了後、病院長に速やかに審議内容を具申することとしております。そして病院職員は委員会の意見を尊重して業務にあたるようにしていきたいと思っています。第9条については、「審査結果について意義がある場合」の条項です。第10条では「情報公開」について定めております。個人を特定する情報は省くという配慮はするわけですけど、議論の内容をホームページ上に広く公開をするような形を取りたいと思っています。基本的にオープンに議論を行いたいと思っています。第11条、第12条はご覧ください。説明は以上ですので、ご意見をいただいて必要な修正がありましたらしていただいてと思っております。

岸本:ざっくばらんにどうぞ。

原:第8条で「勧告」という決議を下すのに全会一致が必要ということになっていますが、意見が一致しなかったらどうしますか。

北村:以前、準備議論の中では、「勧告」とあと2、3の段階の決議ができるようにしたいと思っていました。全会一致の「勧告」という決議がなされた場合には、病院として最大限尊重するぐらいの重みのある決議だというものにしたいということです。ただ全会一致にならないようなものについては、これも規定にまだ入れてないのですが勧告以外に何か例えば「答申」とか何か別の名称を考えています。

原:全会一致の「勧告」とそれ以外の「答申」とは重みが違うということですか。

北村:そういうことです。確かにここは具体的に書き直さないといけないですね。ただ、「勧告」というものと他の「答申」とはレベルが違うものにしておきたいと思っていて、委員の皆さんが決議頂いた「勧告」については病院が最大限尊重しなくてはいけない内容の決議として受け止めることにしたいと考えております。

吉中:そういう文言を入れたほうがいいでしょうね。

原:結論出さないといけない話もあるわけですよね。病院をよくする方針的なものならある意味では白黒つかなくてもいいのですけど、この行為はどうですかとか、この臨床治験はどうですかっていうふうな話になれば、マルペケ出さないといけないでしょう。それなら、過半数なりともそういう手続きにしておかないと曖昧になってしまうと思います。

吉中:そのような場合は、過半数という考え方でよろしいでしょうか。

小原:過半数は逆に曖昧になりすぎるという気がしますね。ちょうど半々ぐらいに分かれる場合というのは、微妙な問題になって勧告しても実際の実施方法というのは難しいです。確かに全会一致というのは厳しすぎますから3分の2ぐらいが現実的かなという気もしますね。私の精神としては全員一致を目指すという気持ちは大事にしたいと思います。

勝村:議題にもよると思いますね。3分の2ぐらいが必要な議題もあれば全員一致がいい議題もあれば、過半数であれ何であれ結論を出さないといけない議題もある。議題によっては全員一致にならなかったけれども委員会としてはこういう結論になりましたと言わざるを得ないという場面があり得ると思います。その時は、この委員会の結論がどんな出し方であっても委員会として引き出した結論は、ある程度日の目を見るように院長に伝えることができるようにしないといけないのではないでしょうか。

北村:そうすると全会一致ということにこだわらなくても、例えば委員会の中でこういう意見が主流を占めたけれどもこういう少数意見もあったっていうことで出しましょうというような内容で全会一致、全員が一応納得できるような形で答申するというふうにしていけばいいということですか。

原:内容を公開するのであれば意見の多い方、少ない方も内容もわかるでしょうから実情は理解できますよね。よくわからないのは、例えば国内未承認の薬を使ってよいのかどうか、という様なものはどっちかに決めないと仕方がないと思いますが。

吉中:治験については、かなりきちっとやらないといけないと考えています。治験小委員会などをつくって審議を経てからにしないといけないと思います。確かにイエスかノーかはっきりしないといけない問題もありますね。

原:あまり無理して結論を出さなくて済めばそれに越したことはないと思いますが、この患者さんが治験ではなくても外国の抗がん剤を使いたいと言っていると。これを病院としては倫理委員会に諮る必要があると判断したと。例えばこのケースでは薬を使うかどうか。アクティブな行為なのか使わないのが患者さんにとって不利益なのかどちらかわからないです。そのような案件はあると思います。数で決めればいいとは思いませんが、一応機関としては必要かと思います。

吉中:今のご意見だと、倫理委員会の審議により勧告や合議の上で過半数以上の意見で答申としていくというような少し緩やかな形にして、それを良しとするかどうかは委員会で論議して決めていただくということでよろしいでしょうか。

小原:答申であれば解決をどうするかというのは比較的自由だと思います。ただ、勧告とすると「イエス」といわざるを得ない。つまり受ける側はそれをかなり深刻に受けとめないといけない。私もいろいろな答申を今までにやってきましたが、答申というのは受ける方は聞いてもいいけど聞かなくてもいいみたいな(笑い)。都合のいいところだけをつまみ食いするということもあり得ますよね。しかし、勧告としてしまうとこれはきちんとした審議の結果の上で簡単には拒絶できない、深刻に受けとめるべきだという意味がありますので、答申とするか勧告とするかには大きな違いがあると思いますね。

原:勧告は全員一致にするという規定にするのはいいとは思いますが。

吉中:決め方として、答申は先ほどのように決めるという形で、勧告については全会一致で。勧告は重く受けとめる必要があるという形が良いかと。

勝村:2分の1、3分の2、過半数など段階的にしてはどうかと思います。

原:道義的にいうと院長のご意見も一緒だったら勧告すべきではないという考え方になりますね。

立岩:どういう議論があったのかということだけであれば、報告でも良いのではないでしょうか。

原:答申といった場合は誰かから諮問されて伺いを立てるのを答申といいますね。具申と言うのは聞かれてないことをいう場合に具申という。

立岩:具申の場合、意見を言うわけですよね。

原:聞かれてないことについて意見をいう場合。強ければ勧告でしょうけれど提案を超すに近いぐらい。

立岩:どちらかというとどのような議論があったのかということなら、紛らわしい答申、具申ではなくって、報告でよいのではと思います。

勝村:規程の2番目は過半数で院長に答申としてよいと思います。3番目は具申。それとは別に勧告としておく。

小原:ただ先ほどいいましたように言葉遣いの問題ですよね。答申に先立って諮問する主催者が必要なわけですから。では諮問は何が違うのかというと、委員会で諮問して委員会が答申するという構造でいいのですかね。

原:院長が諮問するのですよね。

小原:でも院長は委員会のメンバーですね。諮問なしに答申という言葉だけが出てくるとちょっと不思議だという感じがします。

原:第2条のところは基本的にはどうですか。諮問に対して答申するという。

小原:そうすると答申するためには諮問が必要なわけですから、院長から諮問が発せられない限りは答申ができないという理解ですね。

北村:本来そういう意味で委員会は院長が少なくとも委員長を務めることに問題はあるとは思っています。引き受けていただける方がおられるかどうか、病院側に心配があったのでとりあえず院長が議長的な役割で入っていて、委員にも入っているという形になっています。この構成についてもどうしたらいいのかには迷いがあるところです。

立岩:答申という言葉を使うことが1つの問題ですが、申請書は院長宛ではあっても院長は取捨選択して諮問するという形ではなく、とにかく申請書がきたらすべて委員会に持ってきて、答申するかどうかも含めて委員会で議論するという流れですよね。いわゆる総理大臣の私的諮問機関とかいうタイプのものとは違っている。だとすると、それに対して答申という言葉を使うかということについては、答申といえば全て諮問とセットであるというイメージがあるから、場合によっては言葉を変える方が主旨にあうのではないでしょうか。

原:申請書を受け取る院長というのは非常に形式的に経由するだけの形に捉えたら矛盾がなくなるのではないでしょうか。院長には議題の判断権限がない。経由するというだけでね。

立岩:実質的に院長は議題選択をできないという定義がしてあるから、その時点で出てきた議題はすべて委員会で論議する仕掛けになっている。

勝村:外部にも委員がいますよね。外部委員が自ら議題にしたいことや、ホームページを見て外部委員のところにこういう問題を倫理委員会で議題にしてくれとかいうことなど、何が起こるかわかりませんよね。そういう時に諮問ということはないのですが…。外部委員から議題を提案することはできるのか。それは諮問に対する答申というより、諮問は出てないけど具申という形で倫理委員会から結論を出す可能性を残すのか。

北村:それはこの第7条の2項に関わる部分でして、病院医療に関わる問題の倫理的検討の各議題は委員から提出された事案としていますので、外部委員の先生から院長に提出していただいた議題を自動的にここで検討するという仕組み、仕掛けにはしておきたいと思っていました。

勝村:それでは2条の委員会の任務に「主な」をつけないといけないのではないでしょうか。

原:議題によって答申も具申も報告も内容によって異なるので、併記しておいてはどうでしょうか。

北村:案文を作って後日ご確認いただいて次回から運営をしていくのがいいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

岸本:では規定の修正をすすめ、後日ご確認いただけるように準備します。

 

<議題 2 委員長・副委員長選出について>

吉中:委員長の選出を外部の方からお願いしたいのですが。

北村:病院として実務のところでは一生懸命やりたいと思います。事務担当を病院から出して、委員長と副委員長の先生は外部の方で進めていただくのがいいかなと思います。

小原:副委員長は2名ですか。

岸本:外部委員から1名、病院から1名の2名にしましょうか。

吉中:では、委員長は小原先生にお引き受けいただいて、副委員長は原さんと北村の2名ということでよろしいでしょうか。

 

<議題3 :中央病院インフォームドコンセント指針について>

岸本:では、具体的な議題に移ります。最初は当院の「インフォームドコンセントの指針」について、ご検討頂きたいと思います。

山中(京都民医連中央病院副看護師長、リスクマネージャ):中央病院リスクマネージャの山中と申します。今回当院のインフォームドコンセントについての指針を策定しましたので、説明させて戴きます。当院では細菌検査室の問題がありましてから患者様にお詫びするなかで、当院職員との関係のなかで「もう少し説明があればよかった」「もう少し患者の家族の側に診療を配慮していただけるようなことがあればよかった」とご意見をいただきました。そこで当院ではインフォームドコンセントの指針というのをもっておりませんでしたので、この間の取り組みの1つとして、指針を作成することとなりました。作成の目的は、患者様および家族の視点に立った医療を進めることで中央病院の医療の質を高めることにおいています。患者様の意思が常に尊重されることと、医療者との間に十分なコミュニケーションを保ちながら活動が進められるということを目的として指針を作ってまいりました。患者様やご家族の立場にたった医療や福祉が、当院において十分に実現し保たれることを目指しています。ガイドラインを作成するにあたっての基本姿勢は、指針の1番から4番のところで提示しています。インフォームドコンセントはあくまでも患者様を主体とすること、医療の受け手と担い手との日々のコミュニケーションの積み重ねを通して成り立つものであること、患者様の意思決定を尊重するということ、原則として患者様の意志のほうがご家族の意思よりも優先されるということです。その場合は患者様とご家族の状況をまず確認して説明する。手順としては、患者様の意向を確認し、それから患者様のその後の人生に及ぼす影響についての情報を収集し、患者様に意思決定能力があるかを確認し、最後に家族の方の意向を確認するという手順を考えております。それらの情報を基に病状と治療やケアの選択肢と、その各々の選択肢の効果とリスク、医療費などの予想、ご家族への説明のあり方という4点について医療従事者の中で医療従事者の中でカンファレンスを行っていく。それらのプロセスをふまえて患者様、患者様のご家族との話し合いをするわけですけれども、その場合においても場の設定のあり方や、主治医や主治医以外の医療従事者の態度が適切であるかどうか、患者様の理解や医療者の理解というのはお互いにできているか、などを確認する。その上で、患者様に配慮したフォローワークを行っていくというということを指針として盛り込んでみました。この説明と同意の手順については、患者様への説明内容、誰にどのような説明をしたのかついて、また、患者様に説明するプロセスなどについてもきちっとカルテに記載すること。さらに、その後のフォローをすることについても明文化いたしました。この説明と同意に関してすべてのケースについて医師以外の職種も陪席をしたいと思っておりますが、残念ですけれども私どもの病院では十分な体制が取れておりませんので、優先的に陪席を行う基準を4点掲げさせていただきました。その4点とは、(1)患者様・ご家族から要望があった場合、(2)癌告知など患者様やご家族にとって重大な病状告知を行う場合、(3)ハイリスク手術を行う場合、(4)関係する医療チームで必要と判断された場合について患者様・ご家族の同意のもとに優先的に陪席を行いたいと思っております。作成にあたっては東札幌病院臨床倫理委員会のインフォームドコンセントガイドラインや、国立大学付属病院における診療情報提供に関する指針を参考にして作成しました。

北村:インフォームドコンセントに関して3つの資料を用意しました。1つは、東札幌病院の臨床倫理委員会の策定したガイドラインです。これは東札幌病院が以前からこういうことを先進的に取り組んでおられるので参考資料として出させていただきました。次の資料は、つくばメディカル病院というところがホームページで公開しているインフォームドコンセント、患者様に理解していただくための案内文です。こういったものが病院としては必要なのかと思って参考資料として添付させていただきました。3つめは英語の資料ですが、モンタナ州立病院のインフォームドコンセントについてのガイドラインです。このモンタナ州立病院というのは精神病院なので若干一般病院とは異なる部分があるかと思いますが、欧米ではこういうものがつくられているということが参考になるかと思って添付しました。中身については、目的、インフォームドコンセントの方針、インフォームドコンセントとは何かという定義などが含まれています。インフォームドコンセントの手順についてもかなり詳しく書いてあります。日本のものに比べて詳しいと思います。

岸本:では、ご意見をお願いします。

勝村:つくばメディカルセンター病院の資料は、患者向けに作られているのですね。京都民医連中央病院に患者向けのものはあるのでしょうか。

山中:このようなものは作っておりません。

勝村:患者向けにも必要だと思います。陪席の基準についても患者に伝わっていないといけないと思います。どこかの病院では診察券の裏にカルテ開示をしていますと書いています。病院の姿勢を外部に知らせることで内部にも徹底していました。

原:中央病院でも患者の権利章典は掲げられていますよね。

吉中:当院の権利章典は、箇条書きで10項目あります。

原:つくばの文書は、インフォームドコンセントというよりは患者の権利の文書ですね。

小原:「インフォームドコンセントって何ですか?」と聞かれて答えられる人はほとんどいないと思いますよ。答えられない人が多い中で、「これをご自由にお読みください」では内容が理解できないと思います。とにかく「あなたの味方になるんですよ」ということが患者にわかるような簡潔なものがあれば非常に大きな前進だと思います。

小原:実際に理解され実践して行くためにはインフォームドコンセントの場において満足したという満足感が必要ですよね。実績とかいうか実態がなければいくら言葉で説明しても意味がないと思います。資料の1つに東札幌病院のものがありますね。この病院はホスピス病棟のあるところでかなり有名な病院です。私は札幌に住んでいたことがあり、東札幌病院にいったこともあります。東札幌病院で感じたことは、医者にしても看護師さんにしても聞き上手で、なかなか訓練されているなと感じました。ですからインフォームドコンセントという理念があってもそれを受け止めるだけの協力がないと実際には運用できません。話としてはわかるけど…というわけにはいかないですね。やはり広い意味でのカウンセリングの手法ですよ。私も大学でカウンセリングをしますけど、きちんと訓練が必要ですね。聞き上手になることは簡単ではありません。よい聞き手になるための訓練の場が病院の中でどのように確保できるか、これも非常に大きいと思いますね。この理念に従って努力しなさいというのでは実際上手くいかないと思います。

原:内容に関していくつか意見があります。まずタイトル「インフォームドコンセント(説明と同意)指針」の中の「説明と同意」という言葉、これは如何なものか。それから、インフォームドコンセントという言葉でいいのかどうか。チョイスという言い方でやってしまうという考え方もあり得るとおもいます。コンセントでいくならば十分な情報提供に基づく同意とするか、意思決定とするか。あえて意思決定と訳してしまうほうがいいのかな。その方が、意味がよく通ると思います。インフォームドコンセントの概念についてですが、医療が患者と医療従事者の共同行為でコミュニケーションが大事だというのはわかりますが、私はベースとして法律的な意味での基礎というか、医療行為そのものの法的基盤という観点が必要ではないかと思います。他にもいくつか条件がありますが、一般的には医療行為、侵襲的医療行為は違法ではないという要件は医療目的と医学的な妥当性と患者の同意ということが原則ですから、患者の同意のないものは違法であると。医療行為はそもそも契約的な考え方だけにその観点で見れば、患者が体を治して下さいといって、それに応じて提供するということになるわけですから、基本的には同意を得たものに関して医療を提供すると。法律的にはそこが一番基本だと思います。あわせて言いますと、コンセントという前にインフォームドというのは別に医療行為であるなしに関わらず説明義務ですね。診療契約としては説明の義務は当然発生してくるわけです。そういう観点から言っても、今のはどちらかと言うと民事的なサービスの消費という観点からいった言い方が「説明義務」です。前の方は刑法的な意味合いで合法なのか非合法なのか。私はインフォームドコンセントではない医療行為は非合法な医療だと思っています。法的なベースがあるということを押さえて置くほうが位置づけとしても医療者の意識を高める意味でもしっかりするのではないかと思います。それから意思決定能力があるのかないの判断は、子どもの場合はどうするのか。何歳からなら判断能力があると判断するのか。決めないというのも1つの考え方かもしれませんが、決定権者が保護者であっても子どもにも説明するという考え方もあるのかも知れません。子どもの権利などの考え方も含めてもう少し考えていいかと思います。

小原:臓器移植法が成立する前にそういう論議がありましたね。ドナーカードは一定の年齢ではないと持てませんが、場合によっては、子どもでも移植できるのではないかという論議がありましたね。臓器移植の場合は、自分の死というものを自覚した上でさらに臓器を提供するかどうかの意思決定を子どもにできるかというのはかなり深刻な問題です。そこまでいかなくても医療活動の中では子どもに「どうして欲しいのか」聞かれること、説明を受けるというのは当然行われるべきことです。そのことを指針の中に明文化できるのであれば、日本の社会の中でかなり大きな一歩前進ではないか。そういうモデルとなる指針をこの病院で話して作っていってもいいのではないかと思います。

立岩:<定義>の4「特定の医療的な働きかけを行うことを内容とする」という文章ですが、コンセントというのは同意することですから、同意することと働きかけをするというのは違いますから4は文言として成り立っているのかというのが疑問としてあります。それから重要な問題で難しいのですが、<基本姿勢>の4(※注)、患者の意志と家族の意志の関係についての項目です。その最後の所で「家族は特に特に患者の利益と対立する利害関係者となる。従って、患者、家族を含めた当事者全体の利益を考える状況もあろう」と。気持ちはわかりますが、4は全体としてどういう基本姿勢なのかがわからないと思います。

※注 <基本姿勢>4.原則として患者の意志の方が、家族の意志よりも優先される。しかし、これは家族の意志を無視してよいということではない。家族もまた当事者であり、しばし患者の代弁者であり、時にはケアの対象とすべきである。しかしまた、時には患者の利益と対立する利害関係となる。従って、患者、家族を含めた当事者全体の利益を考える状況もあろう。

原:当事者全体の利益とは何かを考えないといけないですね。

小原:患者が延命治療をしていて患者は長生きがしたい。けれどもそれを見守る家族にとっては長引けば長引くほど経費など金銭的な負担が高まってくる。家族のことを考えたら患者に早く死んでもらった方がいいみたいな、死ぬ権利ではなく死ぬ義務みたいなものがいまアメリカでは議論されたりしています。ですから全体の取り組においては個の命というものがないがしろにされていくような経緯というのが当然含まれていきますから、際どさを含んでいますね。

立岩:基本姿勢の4は「しかし」が2つぐらい入っていますね。僕の意見ですが「家族の意思を無視して良いということではない」これは解ります。「家族もまた当事者であり、しばしば代弁者であり、時にはケアの対象とすべきである」これもわかったとしましょう。で「しかしまた、時には患者の利益と対立する利害関係者となる」となっている。ここで「従って、患者、家族を含めた当事者全体の利益を考える状況があろう」という結論になっている。ここが疑問です。だからそれから最初に戻ってくればいい。つまり家族もまた当事者であったり、ケアの対象者でもあるけれども、患者と利害が対立することがあるから基本的には患者の意志が優先されるべきであるという話の方が、筋が通るように思います。

山中:実際にあったケースで、ご家族の希望と患者様の希望が違うということがありました。それは家族間の問題ととらえてご家族で話し合っていただくということを提案しまして、それが上手くいかなくなってしまって最後にはご家族の希望が通ったということがありました。患者様は実はこうしたいけれどもそのことは家族に言えないと。その意志を看護師には言うけれどもどうしても家族に言えない。看護師の方から言ってもらえないか、ということがありました。そういう時にはどう考えたらいいでしょうか。

勝村:日本ではけっこう普通にあると思いますよ。私もたくさん知っています。全体が優先されるやすいという文化的な風土が日本にありましたよね。だからこれをよしとして継続していくのか、やはりそれはよくないこととしてあくまでも患者の自己決定権重視でいくのか、岐路に立たされていると思います。指針の文章だけでいくと、この問題に対して結論を出したくないようになりますね。曖昧さが残っているので、立岩先生が言われたように、あくまで患者の自己決定権ということを明確にした方がいいのではないかということを問うた方がいいと思います。この文章だけ見るとどちらなのかが非常に曖昧なままになっていますから。

原:この文章そのものでいうと末尾の1文を削ってしまうというのが必要なのではないでしょうか。自己決定が患者の利益とイコールと限らないというのは全体にありますから。ただ社会的な倫理性のようなところを本当は客観的利益としてあるべきなのかもしれないですね。

小原:患者個人の主張と家族の主張が食い違ったときに、一番安易な回答をするのは「ご家族とお話ください」というのが一番楽な答えだと思います。しかしそのことによって患者の悩みはますます深刻化してきますね。家族と話す中で自らが孤立していくということを経験すると思います。そういう時に任せてしまうのか、あるいはそういう場にあってこそむしろ客観的なカウンセラーが仲介者として入って、どう落とし所を探っていくのかというのはすごく大事な課題だと思いますね。

勝村:同じことですけれど、いろいろな作用が働きますね。こういうケースは、私の気持ちとして基本姿勢の3番的な発想が結論だと思います。やはり、3番は患者が「こうしたい」と思っていることと医療者が「こうすべきである」と思っていることが食い違う時に、きちんとしたコミュニケーションをとって基礎になる情報を作っているかということが必要だと思います。同じように医療者側と患者側の意見が食い違う時にどちらを優先するのかという単純な話しではなく、もっと話し合いをして元になっている情報を共有できているのかを確認しないといけない。家族間で意見が違う場合でも大抵の場合は物わかりのいい話しやすい方に情報を与える傾向があると思いますね。情報を共通の基盤で言っているのかどうかが忘れられている。まだ患者の意志がしっかりしているのであれば、そのプロセスがインフォームドコンセントであって、結論を求めるよりも過程こそが医療の信頼につながるのではないでしょうか。私は高校の教員をしていますが、進路指導などで生徒本人はこういう意見だ、親はこういう意見だと食い違っているときに何が答えか解らない時がある。だけど生徒本人はそこへ行きたいと思っているのには本人なりの情報があって、親は親なりに情報がある。教師は教師なりに情報がある。その情報を共有しベターな結論を目指していくという過程がある。プロセスを大事にしていくことが大切で、安易に全体の利益という言葉は使うべきではないと思いますね。

立岩:本人は助かりたいと思っているが、お金がかかったりその他諸々のこともあって家族としては「もういいや」ということがありますよね。それから逆に、家族は何とかしようと思ったけど本人が「もういいや」という2つのケースがありますね。前者は文言通りに本人の意思を優先すると前者の場合はご本人が助かるけど、後者の場合は本人が言ってるわけだからいいですかという話しになりますね。「それは違う」という思いが少なくとも私にはありますが、その時には基本的に本人の意向だけれど、それが本人の利益にかなうかどうかは考えないといけないですね。

勝村:インフォームドコンセントは結果ではないと思います。人間相手の仕事には医療であれ教育であれ、答えはないですよ。いくつかやってみるということができないわけで、選んだ1つでいくわけですから。ただインフォームドコンセントというのは過程ですから、精一杯誠実に接しているかどうかが重要です。医療者向けのガイドラインであるならば、「精一杯接してあげる」という項目がでてきてしかるべきです。先ほどあげられた子どもの意思決定のケースでも、二十歳以上や何歳以上と決めてしまうと逆の問題も起こってくるわけですね。例えば「15歳から判断できる」とすると、15歳はちょうど成長の過程にあるので騙しやすいとなります。逆に親の意見を聞いて決めると「親が勝手にした」となる。そういう時こそきちんと情報を共有させないといけない。その結果、親子が仲よくならなければいけない義務があるとまでは言わないけれど、そういう形がインフォームドコンセントの理念であって欲しいと思います。3番の主旨をそういう表現にできれば基本姿勢としてはいいなと思います。お互いなぜそう思っているのかと議論に入って精一杯の付き合いをしていく姿勢が、納得を生んで、信頼を生んでいくのだろうと思います。よくガン告知の問題があるからカルテを開示しないほうがいいのだといわれたことがありましたね。そうして一番大事なことを医療関係者がしてこなかったから医療が信頼されなくなった。「どう言おうか」「いまはこう言ったけど次はこう言おうか」などと接していけば、それはインフォームドコンセントになっていくと思います。接し方こそがインフォームドコンセントの基本姿勢となって医療が変わらないといけないと思います。身体も治してもらうだけではなくて、一緒に考えてくれる、それが患者の信頼を得ることになると思います。人間は精一杯接することが大事です。難しい領域です。いっしょに悩んでくれる、悩んでいるだけではダメだけど、できるだけ基本姿勢のところはマニュアル的になってしまわないようにしてほしいです。

小原:医療従事者がそのようなコミュニケーションを続けるために精神的な苦痛を取り除く事が好ましいと思います。ただ患者さんからみれば直接面倒見てくれる人がいるのか、いないのか。例えば欧米などでは直接の従事者とは別の第三者的な医療カウンセラー、ソーシャルワーカーが間に入ることで、インフォームドコンセントを実質化していく方法をすすめていますね。日本の場合にはそういったことにお金をかけられないというような風潮もありますよね。これは経費的には大変ですからね。しかしそこを突き詰めていけば医療従事者と距離を置けるような第三者的な人が入った方が、本当は患者にとってはもっと気楽になれるという気がします。

立岩:話はいろいろありますが、いずれにしろ基本姿勢はこのままマニュアル化するのであれば、少し変える必要があるだろうと思います。それをまだいまから話し合って、というわけにはいきませんので、今日はどこまでとか、何時までとかスケジュールを決めてはどうでしょうか。

北村:いわゆるブレインストーミング的に意見を出していただきましたが、それを集約する必要があります。それと同時に、病院の委員にも率直な思いがあると思いますが、今日は出せていないので、もう少し職員の意見も出して、その上で答申内容の核みたいなものをいくつか抽出して、それを2、3回にわたって議論して答申内容を決めていくぐらいのスタンスがよいのではないでしょうか。

立岩:基本的には今出たようにスタッフ向けの基本的なバージョンを改訂するということと、それとは別に患者向けのバージョンをこれは作るという基本的な骨子をここで確認すると理解してよろしいですか。ブレインストーミングだからもう1つ。もっと大きい問題で代理決定の問題。患者の意思決定能力の判断ですけれども、これに対してもいくつか論点があろうかと思います。1か0かという話になっていると思います。つまり完全に意志決定能力のある人というのはいいが、ない人は代理人となる。人間はそんなに1か0ではなくて、時々訳のわからないことを言うが概ねは解ると。だから7:3とか3:7とかあるだろうという話は出てきますね。知的障害の方とか。これでいいのかという問題がある。それから、やはり家族の話がある。別に私は家族性悪説をとらないけど現実にはそういう面もある。指針に「患者が成人で判断能力に疑義がある場合は、現実に患者の世話をしている親族、およびこれに準ずる縁故者」とありますが、このあたりが論点になると思います。

原:今のようなことを何とかクリアしようとすれば、アドボカシーを置くしか解決策がないだろうと思います。意思決定の問題についてはアドボカシーというのは本来重要な話であると思います。インフォームドコンセントは先ほどおっしゃったように一種のアドボカシーですが、インフォームドコンセントの立会人というよりは共同行動をしてくれる人が必要なのだと思います。今回委員会でもできればもっといいのでしょうけれども。安全対策という点でも非常に意味があることでもあるし、医療従事者の説明能力が向上するということも期待できます。

吉中:私の経験では、知人から病気になって「あそこにいったけどもどうだろうか」というようなことを受けて、「こうですよ」とか、診察するのではないけれどもアドバイスすることはよくあります。たまたま医療従事者を知っていた人はいいけれども、それだけではない。一般的な世界では多分ないだろう。お互いに情報が共有できてないことが結構ありますね。

原:上手く見つからない患者さんが多いのではないですか。でも非常にニーズはありますね。

吉中:病院の委員から意見はないですか。

東:今の議論の中では、子どもの権利の問題もそうですし、個人の意志を尊重するということもですが、現実は日本の風土と言うか日本の文化というか、意思決定するだけの個というもの、個人が本当に独立しているのだろうかと。個人の独立を前提にした時にはもっと画期的なことが言えると思います。家族が云々みたいな話はたぶん出てこないだろうと思いますね。けれども現場では患者様ご本人が家族と一体になるような自分の意志がどこにあるか判らないような場面が現実にはあって、悪く言えば、上手く医療をやろうと思えば、医者が一生懸命にやっていこうと思えば、家族を巻き込んで実際はご本人の利益になっているのか意志を尊重しているのか判らないようなところで落としどころを決めているというのが日本の現実だろうと思います。子どものことに関しても、子どもの権利と言って日本の子どもがそこまできちんと自分のことが判断できるのだろうか。そういうことを考えると、理想論的に近い形でわれわれが指針をもっていくのか、もっていくことが今求められているのか。そのあたりが現実と掲げようとする理想とのギャップであり、われわれの現場はそうしたギャップの中におかれています。私自身はどちらか言うと、よりすすんでいきたいとは思っています。しかし現実にはそうはなっていないというような印象を持っています。

吉中:私の悩みですが、勝村さんがおっしゃることもちろん良くわかります。でもインフォームドコンセントということは得てして逆に作用する可能性もあるということですね。ガイドラインに沿っているけれど実は利益になっていないようなことが十分起こると思います。そういう現実があるところにこのガイドラインが積極的に現実に活躍できるような力をもつようにしたい。「これがありますから、これでやりました」というのであれば、ない方がいいと思っています。

勝村:90年ごろからインフォームドコンセントということが広がってきましたが、ある患者団体は、カルテ開示を積極的に求めなかったのですね。私たち被害者団体はそれにすごく違和感を持ったわけですよ。カルテも見せてもらえなくて情報が得られないのに、何がインフォームドコンセントかと。そんな形では被害がなくなるとは到底思えない。カルテ開示もそうですが、レセプト開示もしていかいないとだめだろうと言うふうに思っております。でも、いろいろなところで医療者の方と話をすると「日本独特の風土があってうまくいかないのではないか」とおっしゃいます。しかし、その風土は誰が作ってきたのかといったら医療が作ってきた野ではないでしょうか。「対等に決めていきましょう」「いっしょにやっていきましょう」と言ってもカルテは見せてもらえない、レセプトは見せてもらえない。風土をわざと作ってこなかった。そのことをまず受け入れるぐらいの覚悟はないと本当のいいものはできない。インフォームドコンセントは「あなたのために必要な説明はこれだけです」ではダメです。レセプトも見せて、カルテも見せて、どうでもいいようなことを聞かれても答えて…。実はそこから患者の意識が上がってきて、話し合いができて、本当のインフォームドコンセントができてくる。そういう順番であると思います。「読んでも解りません」といわれたから日本では開示しても無理だと諦めるのではなく、風土を変えるというぐらいの気持ちですすめていくことが必要です。もうすぐどこかで始まるのではないかと思いますが、レセプト形式の明細書、明細書に正式名称が書いてある。そういうものを配布することも必要だと思います。

原:細かい部分かもしれないけれど、指針の説明の中身でいいますと「ポイントを紙に書いておく方が望ましい」これは説明の程度にもよりますけれども、手術とかその類ならそうとう詳しく書いていますよね。基本的に選択肢を示すという考え方になっていると思いますが、もう少しクリアに書いた方がいいかと思います。治療を含めて何らかのことを示すことにすれば押しつけではない形に近づくと思いますが、説明のポジションというのは客観なのか、ドクターの主観なのかということですね。基本的に客観で説明をしないといけないだろうと思います。人間ですからすべて客観で説明するのは無理ですが、なるべく客観で説明する。ではその場合ドクターの意見はどうするのか厳密な形が必要かと思います。例えば、ドクターの意見を聞かれたら言うということなのか、最初から言っておけばいいのか。私は意見を言わない必要はないと思いますが、あまり押しつけない方がいいとも思っています。今の時代にインフォームドと言った場合には、病院における治療成績や、執刀医の治療成績ということも説明する必要がうまれてくるんでしょうね。現実に裁判ではちょこちょこ出始めています。

広瀬:本文中にある「コメディカルスタッフ」というのは、どういうことですか。

山中:これは医療スタッフに関する言葉で、医師や看護師だけでなく、事務やその他の職種も含んだスタッフのことをいいます。

原:実はアメリカではそれを「コメディカル」とは言わない。アメリカでコメディカルスタッフと言ったら、笑いで人を癒すスタッフのことを言う(笑い)。

勝村:あと陪席はなるほどと思いました。最近、知り合いから相談を受けたことですが、ある国立病院でカルテ開示を申し込んだところ、主治医をはじめ大勢で座っている前でカルテを閲覧させられるそうです。一人では怖いから勝村さんについて来て欲しいと頼まれました。そうすると他の人を連れてきたら駄目だと言われたそうです。知り合いの方は、「囲まれて怖い、睨まれているみたいで怖い」と話しておられました。

高木:そういう場合の陪席は積極的に求めていけばいいですね。知り合いの医者を一緒に連れてくるとか。そういうのがあってもいいと思います。

山中:不十分なものだと思いますが、今まで当院ではこのような指針を持っていませんでした。やっとですが今回インフォームドコンセントが形になったことが、私自身よかったと思っています。そのことを議論していただいて、勝村さんや原さんがおっしゃったように、法律からどうなのかということとか、プロセスをこの中にどう組み入れるのかと議論していきたいと思います。院長は「どんどん進んだ形にしていきたい」とおっしゃっていましたけど、私自身は今の状況では簡単ではないと思っています。看護師の体制やアドボカシーという体制もありません。患者様の窓口というものぐらいです。なかなか難しいですけれど、それが必要でそのことでいっしょに医療を積み上げていくということが、この指針にどんどん盛り込まれていくといいのではないかと思います。こんなにしっかりと論議して頂いて大変ありがたいと思っています。

小原:未だ何一つ結論はでていませんが(笑い)

原:順番に片付けるという形でなくてもいいのではないでしょうか。アドボカシーの話は確かにいろいろなことに関わってくるのですが、倫理の問題というよりは対面をよくしていく手立てとしては非常に核心に触れる部分であり、仕組みであると思っています。相談窓口としてとりあえずアドボカシーでいったらいい。それでも大きな前進だと思います。インフォームドとも絡みますけれども、図書の利用とかインターネットの利用など情報収集できる患者はたくさんいるのでいいのかもしれない。そのあたりを含めて全てアドボカシー室でやるのか、やるのかやり方はいろいろあると思います。そのあたりは検討いただきたい。医療費の明細については勝村さんがおっしゃったとおりで、そんなに難しい話ではないと思います。「それ、なんやね」と聞かれたら説明すればよいので、点数表ぐらいは置いておけばよいかと。解らないことも多いと思うので説明が必要ですが、説明聞いてもわからないなら、それはそれでよいのではないでしょうか。

吉中:まだ結論めいたものはでていませんが、時間も大きく過ぎていますので、次回の設定をしたいと思います。開催が2ヶ月に1回ですから、11月ぐらいには開催しましょうか。11月の木曜日がよいかと思いまので、11月20日ということではいかがでしょう。

小原:その日で結構ですが、実は私の誕生日です。(笑)

吉中:では、ぜひお祝いをさせていただきましょう。(笑)皆様のご都合がよろしければ11月20日とさせていただきます。本日はどうも有り難うございました。

 

議事要旨

 

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