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掲載日 2012年1月11日
結婚して7年、子どもは欲しくないと思い続けていましたが、妻の「私ももう30だし・・・体力的にも限界があるしどうするの?」という言葉に、「まあ子どもがいない人生も少しさみしいかな」と決心し子どもを作ることにした。
「妊娠したよ」の一言に、ほんまに父になるのかなと正直自信のない日々・・・自分の子ども好きになれるのかな・・・どう毎日が変わっていくかなあ・・・と不安ばかりでした。でも、日々大きくなっていく妻のお腹、どんどんと音がする胎動を聞いているうちに少しずつ実感していきました。仕事で毎日帰るのが10時とか11時の日々・・・それでも「仕方ないよ、大丈夫」と言ってくれる妻に甘えて、仕事仕事の日々。本当に何もしてやれることがなくて申し訳なく思っています。予定日は2012年1月11日だったので来年かな・・・と年末も2人で買い物に行ったり、12月30日には「正月どこにも行けないから少し豪華に食事を」と2人で決めて家で少し豪華に食べたり。「まだ明日もあるし」という妻。何かわかっていたのかな?と今になれば思います。そして、今年最後の12月31日の朝方2時頃・・・「お腹が痛い」と言われ起きると本当に辛そう・・・タクシーを呼んで病院へ。そのまま出産ということに。
もともと立ち会いをすることになっていたので同室へ。最初は2人で談笑しつつ、まさか年末に産まれるとは・・・なんて言えていたのはこの時だけでした。徐々にきつくなる陣痛。「痛い、痛い」という妻に、「力抜いて」「どこさする?」と言うことしか出来ない自分。こんな時にも力になれず申し訳ないという思いでしたが、一生懸命妻の目を見て一緒に「ふぅふぅ」と声かけをし、少しでもリラックスさせようと必死でした。「もう頑張れへん・・・」普段そんな事を言わない妻が言うくらい本当に辛そうな顔を見ていると涙が出そうでした。赤ちゃんの体の向きが悪く、その向きを変えるため辛いのに違う姿勢をとったりして、「女性って、母親って本当に強いんだな」と改めて思いました。赤ちゃんの頭が見えてきてあと少しというところで、もうフラフラの妻に「あと少し頑張ろう」というのは辛かったですが、時折見せる安心した顔にはこちらもホッとしました。そして産まれる瞬間、「長い間ごめんね」と赤ちゃんに言った妻の一言に感動してしまい涙が出てしまいました。本当によく頑張ってくれたなあと心から感謝しました。
立ち会いが嫌と言う人もいると思いますが、あの女性の産む大変さをこれから一緒に子作り、子育てをする人は見るべきだと思います。自分も正直前向きではありませんでしたが、立ち会えたことに感動し実感しました。
これから生活も変わり大変になってきますが、あの出産の痛みに比べれば・・・なんて思ってしまいます。これから家族3人、のらりくらりマイペースでやっていこうね。
掲載日 2012年1月11日
2人目どうしよう・・・上の子が3歳を過ぎ保育園で下のクラスの赤ちゃんをかわいがったり、同級生に弟や妹ができてその話をしたりすると、やっぱり2人は欲しいなぁ・・・と思いつつ、1人目のときのあの壮絶なつわりを思い出すとやっぱりムリだ・・・とあきらめたり・・・。
でも、でも、年齢的にももうリミットだと思って意を決して(!?)2人目妊娠。2人目は大丈夫かも、との思いもむなしくまたもや壮絶つわり生活が・・・先生にも励まされ一月弱の入院生活、2ヶ月半の仕事の休みをもらいどうにか乗り切った。最後まで食べる事が気持ち悪くて、玉ネギ・ニンニク・ネギなどを受け付けず、出産10日前にニンニク入りラーメンを食べて帰ってきた夫に激怒したり(笑)。なので、ニンプ生活が大嫌いな私としては早く産みたくて産みたくて・・・1人目も帝王切開だったので2人目もそれでお願いすることに。
OPE中は助産師さんやOPE室の看護師さんがいっぱいしゃべりかけてきてくれて緊張をほぐしてくれました。とっても安心感がありました。そして、赤ちゃんがフギャーフギャーと元気に泣いてくれた声を聞いた時、よかった~と一安心。助産師さんが私のおでこに赤ちゃんをピタッとくっつけてくれた時、"あったか~い"と素直に感動してとても嬉しかったです。OPE室の看護師さんが生まれたての赤ちゃんの写真を何枚も撮ってくれていて、それもとても嬉しかったです。
その夜、コンビニおにぎりがおいしくて、「あ~つらい生活とさよならだ」ととっても幸せでした。赤ちゃんもおっぱいを吸いに連れてきてくれて、幸せ~!
2日目は傷ってこんなに痛かったっけ!?と思いのほか痛かったのですが、それも日にち薬。どんどん楽になっていきました。
助産師さんにはいっぱいアドバイスをもらったり、色んなことを気にかけてもらったり、配慮してもらったり本当に感謝しています。楽しく快適な入院生活を送ることができました。先生達にも、やさしくいつも穏やかに接してもらえ本当に安心して産むことができました。
そして、つらいニンプ生活を支えてくれた周りの人に感謝!!お姉ちゃんになった上の子は、「ととちゃん(お腹にいた時の愛称)かわい!」とメロメロです。たとえ赤ちゃん帰りしても産んでスッキリ元気になった母は受けとめてあげるからね。
一部省略させていただきました
掲載日 2012年1月11日
2番目の子から中央病院でお世話になっています。ベッドの上で好きな姿勢で産ませてもらえるのや、皆の雰囲気が親切なので安心して産めます。
今回は4回目なので色々わかっていたので、お腹にいることがわかってから入院生活(産んでから)のことまで落ち着いていました。シロッカー手術もしているので安心感もあり、夏は海で泳いだりプールも上の子3人連れて何度も行きました。4人目が男の子だと分かった時はちょっと残念でしたが、子どもが好きで欲しいことには変わりなく、夫も「子どもはお金にかえられないしな」と言ったので嬉しかった。
出産まではやはりあの痛みが来ることが恐ろしくて、マタニティヨガの本を喜んで買い、バッチリの出産にするぞ!と意気込んだわりに、毎日毎日やりたかった家事をしているうちに10月になってしまい、セリフのように「体力つけなアカン。階段1回上っただけで息切れしてたら産むときしんどくてムリや。」と毎日言っていた。でも毎日はあっという間に過ぎ、夜になると早く寝てまた明日やるぞ~と思っていました。
赤ちゃんの準備がほぼ整った前日の夜、いつもよりトイレは近くお腹もよく張るなと思いながら寝ました。夜中いつも通りトイレに起きると破水らしきものが出て、「お~ついに来た。夫が家にいる時でよかった」と思いながら病院へ行く用意をしました。今回は何時間後かには産まれるだろうと予感がしており、案の定順調にお産が進み、知っていた助産師さんだったので和やかなムードで産むことが出来ました。助産師さん自身のお産の話はおもしろく癒されました。さすり方も上手く(だんなにやってもらったら余計にしんどく(笑)すぐやめてもらった)、初めて耐えられるくらいの短さだったので本当に嬉しかったです。赤ちゃんを抱かせてもらい、おっぱいをやっていた時、とても安心したのかホロホロっと涙が出ました。助産師さんは本当にすばらしい仕事だと思います。4人目はもうコミカルで表情など全てがおもしろいです。本当にかわいい!
一部省略させていただきました
掲載日 2012年1月11日
初めての出産、何とはなしに自然分娩で・・・と思っていたのに、17日夜の入院の際に血圧150以上・・・すごくショック。頭はグルグルしてるし、陣痛は7分間隔だし・・・でなかなかしんどかった。でも、頑張って産もう!と思って助産師さんや夫も助けを受けながら耐えていたのに!!12時間くらいたっても子宮口5cm・・・「おーい早く生まれてきてくれ~」「しんどいよ~」しかも血圧170以上・・・お医者さんに安全のため手術の話をされまたショック!でも、何よりも元気に生まれてきてほしかったので帝王切開へ→→
決まったとたんお医者さんも助産師さんもテキパキ準備をしてくれ、あと陣痛何回耐えなあかんのやろ?とグロッキーになりつつも、「仕事できる人ばっかりやねんな~」と感心してしまった。手術室の看護師さんたちもとっても優しくて、「動ける?大丈夫?」と何回も声をかけてもらった。麻酔も切った後のキズも陣痛に比べたら大したことないと感じ(終わりが見えているので)入院生活もなかなか楽しめました。
産声を聞いた時、こんなに幸せでいいんだろうかと思うくらい幸せで、涙がいっぱい出てきた。この気持ちを大切に、子育て頑張ります。
掲載日 2011年3月10日

2011年2月22日 12:55 第1子誕生
10ヵ月前、妻が満面の笑みで僕に、「赤ちゃんができた。」と言った。ずっと欲しかった僕たち夫婦は心の底から喜び、新 しい家族の誕生を待ち望んだ。毎日が希望、期待に満ちていたが、一方で不安もあった。「僕は良い父親になれるのだろうか?人間1人、立派に育てあげること ができるのか?」毎日大きくなっていく妻のお腹をみながら、大きな喜びと共に、どこか小さな不安をいつも抱いていた。最近、親子のトラブルのニュースが多 く、それを見るたび世界の厳しさを感じ、我が子を強く優しく育てるにはどうすればいいかを考えるようになった。
大きな喜びのなかに小さな不安をかかえたまま、2/22ついに妻に陣痛がきた。朝5:00、まだ暗い中病院にかけこみ、すぐさま分娩室に入る。次第に間隔 が短くなっていく陣痛。僕はどうすることも出来ず、ただ妻を励ますばかりであったが、妻は初めての出産とは思えぬほど落ち着いていて、強く、優しく、新し い生命の誕生と戦っていた。陣痛が始まって7時間、いよいよ痛みが最高に達し分娩室内は緊張に満ちてきた。大げさな表現ではなく、僕には何か大きな力であ の部屋が包まれ、僕たち家族を、新しい生命を祝福してくれているように感じた。そして12:55、ついに産まれた。一瞬の静寂のあと、「オギャー」という 声が響きわたった。動いている!泣いている!動いている!泣いている!生きている!僕にはその瞬間、その事実が信じられなかった。ただただ、新しい命に圧 倒されてしまった。今まで感じたどんな感動も、感激も、不安も、感情もその瞬間の感情を言い表すことはできない。感動でも、感激でも、不安でもない、ただ ただ新しい生命に圧倒されたのだ。泣くも喜ぶもなく、その瞬間、僕はボー然としていたと思う。
僕は気がついた。『人が生まれる』ということは、新しい世界が生まれるということなのだ。今ある世界 に生まれてくるのではない。新しく、また1つの世界ができるのだ。この10ヵ月、僕の隅にあった不安は消え去った。命は強い、世界は光に満ちている。僕の 小さな不安など関係なく、この世界はすばらしいものになっていくだろう。僕と妻はただそれを見守っていこう。未来は、世界は、命は希望に満ちている。大き くなれ、大きくなれ、君の未来は輝いている。
父より
掲載日 2011年3月10日

2011年2月22日 第1子誕生
2月22日の朝、生理痛のような痛みで目が覚めた。もしかしてと思い、時計を見ると10分間隔。そして、7分、6分と間隔が短くなり病院へ。
以前より立合いを望んでいたので、夫に立ち合ってもらい分娩室へ入る。何ともいえない痛みが定期的に訪れ、その度に痛みを抜くように呼吸した。歩いた方が出産が早くなると言われ、歩いたとたん本当に産まれそうな陣痛、そして破水となり分娩台へ。痛みと不安でいっぱいでしたが、助産師さんの励ましでどうにか落ち着いて出産にのぞめた。こんなに体力を消耗するものかと思うくらい疲れて、意識がとびそうになる中、助産師さんの声だけを頼りに頑張れた。助産師さんのリードが適切でわかりやすく、そのとおりにすると本当に楽になり出産が進んだ。思ったより楽に産めたのが信じられなく、助産師さんに感謝です。3870gのわりには安産でいけたのは本当に助産師さんのおかげです。ありがとうございました。
掲載日 2011年3月10日

2011年2月21日 2:56 3760gの男の子☆
18で初めての妊娠発覚!!分かった時、嬉しいのやら不安やら色んな気持ちでいっぱいになった。だんなさんが喜んでくれたのが一番うれしかった。マタニティ生活を10ヵ月過ごして、お腹は限界までふくれあがって、43kg→56kg・・・(笑)
20日の22時から陣痛が始まって、0時くらいには泣くくらい痛くって・・・タクシー呼んでもしんきくさいし、とにかく叫んでた。病院ついてそっこーお産!!子宮口半分以上開いてた。とにかく陣痛のあのぴーくの痛み待つのがいやでいやで・・・子宮口10cmいつになったらなんねんってそればっかり思ってた。いきみたくなったらいきんでいいよーって言われて、陣痛のぴーくの痛み来てなくてもお腹痛くなったらめっちゃいきんでた(笑)。1分1秒でも早く産みたかった。おしりのとこまで結局さけて、ぬうはめになりました。病院ついて、1時間半での出産でした。
赤ちゃんが大きい+早く生まれすぎで青かったのが心配でした。泣くのも少しおそかった。朝から保育器での生活になりました。まあでも今では元気になりました。色んな人にかわいがってもらってこの子は幸せだと思います。気早いけど、早く2人目ほしいーー!次は絶対女の子!!次も中央病院でお世話になるんかな(笑)ここの看護師さん、いい人多いしよかった。
これからお母さんちゃんとできるようにがんばりたいです。
掲載日 2011年3月10日

2011年2月9日
3人目の出産、3人ともこちらでお世話になっています。生まれて同じ顔なのに、生まれ方からおっぱいの飲み方から全く違うのはおもしろい。それぞれ個性がありますね。これからが楽しみです。
しかし、今回のお産は大変でした。お兄ちゃんの体験入学で兄ちゃんとお父さんがお出かけし、次男と私が留守番中に陣痛がやってきて、どんどん陣痛の間隔は短くなるし、お父さん達とは連絡つかないし帰ってこないしで、ハラハラドキドキでした。そんな中、4歳の次男が私が痛がっているのを見て、「お母さん、痛かったら僕につかまったらいいで!!」と声をかけてくれました。今回子ども達も立合うつもりで妊健や母親教室に連れて行ったり、出産の時は「お母さんはすごーく痛くてみんなの腕やらギューってつかんで叫ぶかもしれんよ」と言ったりしていました。そんなことも会ってか、父・兄がいない留守は僕がしっかりしなきゃ!!と思ったのか、甘えん坊の次男がこんな言葉をかけてくれてすごく心強く嬉しく思いました。
そんなこんなでやっと帰ってきた父兄に連れられ病院に来た時は、もうすぐに出産へ。着替える暇もなくの出産でした。もう歩くことも出来なく、病棟の入り口でしゃがみこんだ時、妊健で子どもたちに色々教えたり対応して頂いた○○助産師さんが来てくださって、何だかほ~~っとしました。次男は留守中頑張って疲れたのか、生まれる瞬間には立合えませんでしたが、生まれて直後の三男に会えてとても自然に家族で三男の誕生を迎えられて本当に良かったです。妊健や母親教室でやんちゃな次男にもうまーく対応してもらった助産師の方々にとても感謝です。
この病院だからこそ、とてもよい三男誕生を家族で迎えることが出来たと思います。
掲載日 2011年3月10日

2011年1月2日
2008年第1子をこの病院で産んだ。36歳で初産、不安だらけだった私を友人が励ましてくれた。友人のひと言がこの病院を知るきっかけになった。
『 私 中央病院で3人産んだけどあの病院いいよ。 』
彼女の言葉を信じこの病院で産むことに決めた。
今回はやんちゃ盛りの息子との生活は37歳の妊婦の身体には厳しかったようで。切迫流産・切迫早産の診断を受けることになってしまいました。「34週を越えないとうちで産めないから、がんばってあと2週間安静にしててね」そう言われた32週。この病院以外で産むことなんてまったく頭にない私、毎日カレンダーを眺めながら無事34週を迎えた朝はとても嬉しかった。
36週・38週と前駆陣痛に苦しい思いをしながら、大きくなっていくお腹がうれしかった。予定日より早く産まれてくるものだと思っていた。それがまさか予定日を超えても生まれてきてくれなかった。大晦日大雪の中、検診のために病院へ。いつもと変わらない先生の笑顔にとても癒された。
夫の実家でおせち料理を食べ、楽しい時間を過ごした。お正月ってってやっぱり良いなあと息子の寝顔を見ながら眠りについた。その2時間後陣痛が始まった。1/2の3時半過ぎ入院しすぐ分娩室へ。陣痛の痛みより「やっと会えるなぁ」という思いが勝ってた私。助産師さんの落ち着いた声と的確なリードで分娩時間2時間50分で産むことができた。大安産である。
今回のお産で精神的に支えてくださった病院スタッフの方々で感謝を捧げたい。みなさんのおかげで宝物を抱いて家に帰れます。命の現場はきっと私が思うより大変なはず。それを感じさせないスタッフの皆さんの笑顔に励まされ、癒され、支えられ退院していく人も多いはずです。
年齢的に3人目は無理だと思うので、この入院が最後の幸せな入院だと思います。その最後の夜、このノートを書けることが幸せです。
*一部省略させていただいきました
掲載日 2011年1月14日

2011年1月2日
朝4時からお尻~腰が痛い。でもこれって骨盤が広がる時の坐骨神経の痛みと同じやし陣痛ではないのでは? と思って1時間様子をみた。やっぱり10分間隔で5時に病院に電話。"来てください"とのことでタクシーで一人で行く。単身赴任の夫にはなるべく早く帰ってきてと電話した。5時半に病院に着いたら、陣痛は5分間隔で来ていて入院は決まったけど全く痛くない。11時までずっと小説を読んでいた。朝食もおいしくいただいた。10時半にはお風呂に入った。久しぶりの一人のお風呂、息子たちを入れなくていいお風呂は本当に久しぶりでゆっくりした。このお風呂が効いたのか11時から痛みが強くなった。もう本を読む余裕はない。お昼が来る頃にはさらに痛みが強くなり、逃すのが大変になってきた。でも過去2回はもっと痛かったし、このレベルが長かったと思う。13時夫と電話で話す。電車が大雨で止まったり遅れたりしているので15時にならないと京都に着かないとのこと。昨日戻ってきてと言えばよかった。この電話の途中で痛みがひどくなり途中で切ってしまった。14時全開大になりいきみ始めた。3回目か4回目でもういきまなくていいからハーハーしてと言われた。"えっ本当にもういいの?"って感じでえらくあっけない。14時27分3410gの男児出産。過去2回は痛みがとれた嬉しさと安心で大泣きしていた私。今回は"えっもう?"と半信半疑。抱かせてもらって本当に実感してやっと嬉しさがこみあげてきた。4月の妊娠判明以来本当にいろんなことがあったので、よくぞ生まれてきてくれたと感謝したい気持ちでいっぱいです。
こうやって書いてみると本当にいろんな出会いがあって無事に産めたんだなあ~と思います。ケンブリッジでおめでとうと言ってくれた友人、つわり中いたわってくれた夫、放牧されていても文句も言わなかった息子達、JALの方々、見知らぬヨーロッパの方々…、特に〇〇Drありがとうございました。助産師の〇〇さんには分娩の間本当にお世話になりました。ここの方は皆さんそうですが、"うまいうまい"とか"上手ですね"とか言っていきみをリードしてくださって、調子に乗っていきんで産めました。ほめ上手です。あっけないくらい上手く産めたのは皆さんの励ましと与えてくださった安心感のおかげと思います。
一人目の入院中はおっぱいをうまく吸わせられず、「私ってダメだ~母親失格だ~」と毎晩泣き一晩も同室をまっとうできませんでした。その時も優しく根気よく初産婦の私につきあっていただきましたが、今回もおっぱいが張り頭が痛かったりですぐに預けてしまいました。そんな私に、「休んでくださいね」と笑顔の看護師さんや助産師さんに救われ落ち込むことなく退院できそうです。どうか一人でも多くの産んだ女性がハッピーな育児ができるようにサポートしてあげてください。
帰ったら3人の男の子の母としてとんでもない嵐の毎日だろうと思います。でもかわいい赤ちゃんに癒されて頑張ろうと思います。4人目…ないと思いますが。あったらまたよろしくお願いします。
*一部省略させていただいています。ご了承ください。
掲載日 2011年1月14日

2010年12月3日
私の妊娠は夫のイギリス留学について子ども2人とケンブリッジに滞在している時に判明しました。3人目は欲しいけど10月に帰国が決まっていたので、この時期の妊娠だけはやめておこうと思っていた時期に妊娠してしまい、最初は途方に暮れました。ちょうど1月に2人目に断乳させたのがいけなかったのかしら?
つわりで気づいただけあり、もう6週から17週までずっとつわりでした。イギリスは料理がまずいことでも定評がありますが、外食もつわりで食べられるものはほとんどなく、食材を買いに最低30分は歩かないといけないという環境にへこみました。夫が全ての食事を担当してくれて乗り切れました。今回は初めての主婦で、仕事のストレス(精神的)はありませんでしたが、育児のストレス(肉体的)は相当なものでした。4歳と2歳の男の子を1日相手して、3食+おやつ2回の準備は世の主婦の方々に対して尊敬の念を抱かずにはいられないくらい大変で、つわり中はとんでもない苦行でしたが、住環境の良さが助けてくれました。リビングの広さやフラットについている公園での放牧状態で何とか乗り切れた気がします。
イギリスでの妊娠…、英語で全てを理解しないといけないし、色んな予約とか先生との会話とかどうしたらいいの?と思うと不安で不安で全くおめでたい気分になれない私でしたが、日本人のお友達や片言の英語で知り合ったポルトガル人やペルー人のお友達が、"おめでとう"と言ってくれて初めて、"めでたいんや~"と思えて嬉しかったです。妊婦健診は目からウロコの経験でした。初診時Drは、"おめでとう、市販薬で調べたのね。そうよあなたは妊娠してます。おめでとう"これで終了。しばらくして、助産師が家にやってきました。この予約も全て自分でしなくてはいけません。その時に、①病気ではないので医者に会うことはもうない ②病気があったら予約してよい ③健診は経産婦は16・28・34週と数えるほどしかない ④エコーは予定日を決める(13週)エコーと異常がないか調べるエコー(20週)の2回 ⑤ダウン症かどうか調べる検査をするかどうか決めなくてはいけない などを知りました。3人目だし健診が少なくてラッキーと思う反面、1人目だったら不安だったなぁと思う内容でした。何とかつわりを乗り切ったら欲が出てきて、つわり期間を取り戻すようにあちらこちらに行きましたが、優しいヨーロッパの方々に助けられました。
32週に入ってから日本に帰国しました。その時の安心感、"これでやっと日本で産める~"と思いました。息子2人を1人で連れて帰るのは大変な旅でしたが、JALの客室乗務員の配慮などのおかげで何とか帰って来れました。34週にやっと普通にエコーをしてもらい男の子とわかりました。体重もちゃんと増えていて本当によかったです。
11月29日が予定日だったけど、その日の健診でも次の健診でも全く張りがなく、12月6日の朝に入院して誘発をすることになりました。
分娩編につづく…
掲載日 2011年1月14日

2010年12月2日 AM8:38男の子出産しました
初めての妊娠、体調が優れなくて確信した私はすぐに検査薬をしてやっぱり陽性が出ました。大好きな人との子ども、すごく欲しくて結婚もしていなかったのに2人で頑張っていました。次の日初めての受診、「おめでたみたいですね」嬉しいけど少し不安な気持ちになった。彼はもちろん喜んでくれました。彼の誕生日に入籍、それからはつわりで苦しんで弱音もたくさん吐きました。でもどんどん大きくなっていくお腹がとっても愛しくて…。だんなさんともたくさんケンカもして赤ちゃんにはしんどい思いをさせてしまいました。妊娠中はすごく情緒不安定で何でもないのに勝手に涙が出てきたり、イライラして周りに当たったりの日々が続いた事もありました。だけど、お腹の中でいっぱい動いてくれて私を元気づけてくれた赤ちゃん、本当にありがとう。妊娠中16キロも太ってしまった私、でも幸せ太りです。
予定日は12/11でした。「まだかな?」と「まだまだ…」が入り混じった気持ち。1日の夕方少しお腹が痛み出す生理痛のような感じのが規則的に。でもあんまり気にしてなかった。お風呂とご飯を済ませて、5~6分おきに痛くなってきてたから病院へ。だけどまだ子宮口が2cmで、張りもビミョーで一旦帰りました。
帰ってからもずっと痛いままで横になって苦しんでいました。大好きなプリンを食べたけど気持ち悪くなって吐いた。お腹も痛いし病院に電話するタイミングがわからない。明らかに間隔が2~3分、限界までガマンして1時ごろ病院に電話して再びだんなと母と病院へ向かいました。いつまで耐えればいいんだろう? また帰らされるのかな? といろんなコトが頭の中をグルグル…。内診したら子宮口は4cmで入院、すごく痛くて助産師さんがずーっとそばにいてくれた。手を握ってくれたり、腰をさすってくれたり、ツボを押してくれたり。「痛ぁーい」ばかり言う私に、「痛いねえ、痛いねぇ」と励まし続けてくれました。本当に心強かった。途中眠気に襲われてうつらうつらなるけど、次々くる陣痛で体が起きる。何時かわからないけど、グリグリってされた時にバッシャーンって破水した。それからは早かったと思う。「子宮口全開ー!!」って言われてやっといきめると思った。お尻のところに何かある。何回も何回も、声にならないケモノみたいな声でイキんだ。先生の手を強く握った。お股が痛い、一体どうなっているんだろうという位に。そしてやっと、どぅる~ん!! って出てきた!!! 終わったー!!! 泣いてる、可愛い、早く顔見せて! お腹の上に乗せられた赤ちゃん、『だんな似だぁ~~!!』って思った。無事でよかった。
今入院3日目の夜です。だんだんちょっとずつ「ママ」を実感しています。だんなさんとの赤ちゃんができて本当に幸せです。
*一部省略させていただいています。
掲載日 2011年1月14日

2010年11月25日 PM1:40男児出産
まずはじめに、関わって下さった全ての助産師さん、先生方ありがとうございます。
この病院を選んだ理由はただ1点、家から一番近いからというだけでした。健診で通ううちに色々と病院の方針などがわかってきて、本当に良い病院に偶然お世話になることが出来ていると知り運が良いと思いました。
34歳にして初めての妊娠。産む頃には35歳といういわゆる高齢出産の年を迎えることになっていて、しかも子どものサイズは健診ごとにみるみる増えて、しまいには推定4000g超え…流産や早産の兆しもなく産休は臨月に入ってから、さらに予定日になってもまだ気配なく、あまり待ちすぎると子どもが骨盤を通れなくなるとのことで陣痛をおこす処置をすることになりました。
立合いを予定していた夫と、予定を早めて来てくれた実家の母と、2人が始めから最後まで居てくれたことはとても助けになりました。処置をしてからはほぼ丸1日かかったお産でしたが、本当に辛かったのは子宮口が8cmから開きが止まってしまった6~7時間(?)です。それまでの痛みもそうでしたが、その最後の数時間は目の前が真っ赤になるような、ベッドの手すりに必死でしがみついて悲鳴をあげてしまうのを何とか深呼吸にもっていく(といっても全然できてなかったですが)作業をひたすら繰り返す、というつらい時間でした。助産師さんが途中で何交代かしていたのですが、もう誰が居てくれているのかわからない状態で、マッサージの上手だった誰かにお礼を言いたいのですが誰だかわかりません。いきみはじめてからもやり方なんてもちろん知らないので、なかなか要領を得ず、でももう我慢しなくていいんだと思うと陣痛もさっきまでよりマシに感じることができました。助産師の方々は、呼吸がヘタでもいきみがヘタでも、本人がめげてしまうようなことは絶対言わず、上手いとほめてほめてやる気にさせるのが本当に嬉しい気遣いでした。何とか無事に頭が出て、あとはおまかせで引っ張り出してもらい、大きな赤ちゃんをチラリと確認できた時は今までの人生で一番安心した一瞬でした。『よかった、無事に出た、やっと出た!』
胎便を飲んで少し弱っていたということで、実際に私の目の前に戻ってくるまでに少し時間がかかりましたが、その間キズの処置やら色々してもらっている時間は放心状態だったので、まだかまだかという感じではありませんでした。結果として4000超えではありませんでしたが、3812gという十分大きな赤ちゃんを元気に産むことができて本当にここの病院で良かったと思います。赤ちゃんのサイズによっては有無を言わさず帝王切開するところもあるらしいと聞いたので…。
産後の入院中のケアも本当に細かく親切で、助産師さんが入れ替わり立ち替わり色んなことを教えてくれました。人によって力を入れている項目が少しずつ違うようなので、色々聞いて、いいとこ取りをできたと思います。おかげで母乳も何とか出るようになり、今のところはミルクを足さずにすんでいます。
今日は退院の日ですので、困った事があればすぐ聞ける状態の入院生活も終わりです。この後、家に帰ってから色々わからないことがたくさん出てくるのでしょうが、なぜか楽観的な気分でいることができています。心配性の私なのですが不思議です。本当にありがとうございました。