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ご出産されたママの声 2015

掲載日:2016年2月12日

2015年11月25日

1人目は34週5日で早産・低出生体重児で体重を増やすのとどうしても体が弱くなかなか2人目妊娠を考えられませんでした。1人目が2歳半の時でべその手術をし、それから2人目を考えはじめ、4ケ月で妊娠した時は奇跡が起きたと思いました。なぜなら私の子宮は重複子宮という奇形があり妊娠する確率もふつうより低いと思われたからです。1人目は3歳の男の子。お外が大好きで妊娠初期・中期とあちこち一緒にでかけることも多く、仕事もしていたので体に負担がかかったのか1人目のときより腹痛・お腹の張りが強く、妊娠6ヶ月に仕事休職・自宅安静になりました。

突然のことで産休まで仕事ができず職場に迷惑をかけること、1人目の息子と遊べないことなど、なかなか消化できずモンモンとする日々。おいうちをかけるように子育てに協力的な夫、仕事優先で私の体調を気づかってくれることもなく大ゲンカ。夜中に息子をつれて実家に2週間かえったこともありました。実家の協力のもと、目標(私の勝手な)の1人目の息子の週数まで達し喜んでいた翌日、軽い定期的な下腹部痛。予定帝王切開の日が決まった次の日でした。診察してもらい即入院。切迫早産の点滴治療がはじまります。正直心配だったので入院して安心した反面、息子と急に離れ離れになったこと、ある意味いつ産まれてもおかしくない状況。だんだんお腹の張りも強くなり、点滴が2種類に増え、急に体調も悪くストレスイライラがピークに。週末の連休を超えないとダメな雰囲気にのまれ、ねれないしんどさで些細なことで職員の方に迷惑をかけてしまい、今思うとおとなげなかったのに本当にみなさんよくしてくださいました。

そして手術当日、連休をのりこえて気分爽快。今日でも大丈夫!という安心から不安が一切なくなりました。前日に○○先生が様子を見に来て下さった際「○○ちゃんは今日はぐっすり寝れるわ~」と言われまさにその通り。手術が受けられる喜びからここ数か月で1番ぐっすり眠れました。

手術当日あとは先生やスタッフの方にまかせていたら大丈夫と安心して手術室へ向かいます。前回は緊急帝王切開だったため1人目が産まれて顔の傍に連れてきてくれたこと、麻酔により陣痛がなくなったことしかおぼえておらず、今日はたぶん最後の出産になる予定なのですべてを覚えておきたいと手術が始まりずっと手術室の看護師さんに今何をしているのかなど聞いていました。そして2人目誕生。本当にうれしくて涙があふれ泣きすぎて鼻がつまりました。その後も実況してもらい手術終了。この世の物とは思えない痛みがすぐにやってきます。後から聞いた話、子宮収縮の点滴を手術中にしていたために通常より痛かったようです。

4日ほど早産のため、赤ちゃんは呼吸が一時不安定で保育器に3日ほど入りましたがすぐに出てこれ初めての同室を経験。術後の痛みから夜だけ預けたりなど体調を見ながらの久しぶりの赤ちゃんとの生活の練習・授乳方法についてスタッフの方々にいろいろ教えていただいたり、一緒に考えたりしてくださいました。結局私のおっぱいの状態では現状搾乳での授乳が良いという1人目と同じ結果になりましたが、段階的に今度の育児の参考になることを教えてもらい、今後に生かしたいと思います。

こちらの病院で出産できて本当に良かったです。


掲載日:2016年1月5日

2015年10月13日

女の子誕生 2474g 35週5日

忘れもしない8月31日。仕事が終わって妊婦健診に行くと、子宮頸管が1.6cm。子宮口も2cm開いていて、赤ちゃんの頭もすぐそこで触れる・・・切迫早産で即入院する様に言われました。赤ちゃん以外に2人の小さい子どもたちがいる中で、急に入院することになって大パニック。そのまま病棟に行くように言われたけど、とりあえず一度帰宅し翌朝の入院となりました。

その後の診察でも頸管はどんどん短くなって、24時間点滴、寝たきりの生活が始まりました。29週・・・予定日まであと2ヶ月半もある時でした。残してきた仕事や子どもたちのことを思うと、正期産までの1ヶ月半の入院に絶望的な気持ちになり、思わず助産師さんの前で泣いてしまいましたが・・・

入院中は仕事と子育てに追われていた日々がうそみたいに本を読んだり、編み物をしたりテレビを見たりと快適そのもの。助産師さんや看護師さん、先生がいつも話しかけてくれたのが支えで楽しく入院生活を送れたなぁと思います。

病棟での生活も1ヶ月半が過ぎ、長老と化していた私にも目標だった36週が見えてきて、点滴から内服に。寝たきり生活からリハビリのために歩こうか・・・という矢先、点滴をはずした次の日にお腹が張り、痛みを伴うように。再び点滴を付けましたが、赤ちゃんの出てきたいパワーに圧倒され、結局35週5日と少し早めの出産となりました。

出産は張り止めの点滴をはずしたとたん、あれよあれよとスポンと産まれ、心配していた身体の機能も問題なく本当に安心しました。久しぶりの赤ちゃんもとってもかわいくて無事に生まれてきてくれて感謝です。

第1子は普通分娩、第2子は逆子で帝王切開だった私。希望であったVBACで無事に生まれたことも本当に安心しました。
赤ちゃんを産んでこのノートを書くなんて入院当初は信じられなかったけど、先生や助産師・看護師の皆様に支えられて退院できます。いっぱいいろんな話してくれて支えてくれてありがとうございました。

お腹の張りがおさまらなくて早産になってしまうかも・・・という時に寄り添ってもらい出産後いろいろなスタッフの人に「おめでとう」と言ってもらえた時、この病棟のあたたかい雰囲気で出産できたことを嬉しく思いました。あ、相撲の話も聞いて下さってありがとうございました笑
お産もみんな知っている人だったのでめっちゃ楽しかったです。長期入院の特典かも。

最後に今回、予想外!?の妊娠発覚後から入院、出産までずっとサポートしてくれた○○先生。○○部屋を卒業することになって、とってもさみしいです。いろいろたくさんお話できて本当に楽しかったです。先生みたいなステキな働く母になれるよう私も頑張りたいと思います。

すごくいいお産になりました。皆様ありがとうございました。


掲載日:2016年1月5日

2015年10月2日

2874g 男の子誕生

小学2年生の娘からだいぶあいての出産。すべてが初心者に戻っていた私。

見た目とは違いビビりの私は、予定帝王切開の日が近付くにつれてドキドキが100倍の日々でした。良いドキドキですが笑。健診の時からの○○先生が「ガハハハ~」と笑うのにはとてもリラックスさせて頂き、手術中にも先生、スタッフのみなさん、そしてパパがずっと話しかけて下さりました。

そして私の子育てへの気持ちが大きく動き出した。母乳をあげる、嫌がらずに飲んでくれる、その時の気持ちは言葉では表現できないけれど、母性が開花した音がした。

お姉ちゃんの時にも私の乳首は吸いづらいのかギャン泣きの中の授乳、とても苦痛でした。
赤ちゃんが産まれても同じギャン泣き。手でおしのけられながらの授乳。またかーと。しかし、4日目。「ちょっと待ってね。これどうかな~・・・」とスタッフの方が持ってきてくれたのがハードタイプの乳首につける保護器。保護器をつけてからはグイグイ飲み、手で押しのけられる事がなくなった。うれしい、すごくうれしい、涙出ました。その助産師さんも「私もうれしい~」と一緒に喜んでくれました。それが開花の瞬間です。その日から授乳の時間が苦痛→楽しみに変わりました。こんな気持ちを持つことが出来たのは長い時間、毎回毎回大汗をかきながらの私について下さったスタッフの皆さんのおかげです。一人一人の方にいろんな言葉をかけて頂き、本当に感謝しています。

もし、また私を母親に選んでくれる子がお腹に来てくれた時はこちらで出産したいです。本当にたくさんたくさんお世話になりました。出会いに感謝♪


掲載日:2016年1月4日

2015年9月9日

女の子 2164g 緊急帝王切開 37週3日

朝に夫のお弁当&こどもの朝ご飯の用意をしている時に「お腹痛いなぁ・・・」と思い便秘気味だったのでそれかな?って思ってトイレに行くとまさかのおしるしが!?!?すぐに夫に「来た!おしるしや!産まれるかも!」と伝えると「早くない!?」との返答(笑)とりあえず落ち着いてって言っているひまもなくすぐに入院の準備!!!実は7ヵ月頃からずっと逆子で体操してもダメだったので10日に外回転施術するために入院予定でした。その為、今陣痛が来ると緊急帝王切開に・・・

病院に電話をし、母と義母と保育園にとバタバタして9時に到着。するとあれよあれよという間に準備が始まりやはり手術に・・・。10時30分には手術室へ。すんごく恐くて不安で不安でびびりながら手術台の上へ。唯一心が落ち着いたのは手術中ずっと助産師さんが私の手を握ってくれた事です。すごく安心しました。11時8分「オギャー!!!」と何とも可愛らしい声で泣いて無事に生まれてきてくれました。その後の処置は寝てしまってあんま覚えていない(笑)

すぐに母子同室かと思いきや、低体重児で産まれた為、肺機能が不十分で保育器に・・・。出て来れる日を待つばかり。5日目にしてようやく母子同室に。小さいので直母がなかなか難しく搾乳で飲ませる様にして体重増加を目指す!最初は少量しか飲めなかったけど、ドンドンと量も増えてきて一安心の矢先に小児科の先生から「心臓に雑音が聞こえる」と。次は何なんだ!?!?

心臓専門の先生にエコーで見てもらう事に。「動脈管開存症」と診断。お腹の中にいた時に使っていた血管が産後すぐに閉じるはずがそれが開いたままになっており、肺に負担をかけていると。話を聞きながら涙があふれてこんなに小さく産んでしまった自分を責めました。

でもよーく話を聞くと新生児や未熟児、低体重児で産まれた子によくある先天性の病気らしく普通は産後すぐ~4日くらいで閉じるけども1週間以上かかる子もいると。

けれども1ヶ月経っても閉じなければ手術して管をふさぎます。と説明を受け最初はパニックになり泣いてましたが、よくよく心を落ち着かせ考えると「いますぐ手術ではない」「生死にかかわることではない」「手術後も普通に生活できる」という事が分かり、メソメソするのをやめ、わが子の生命力を信じ、管がふさがる!大丈夫!と祈る事に。

何となく大丈夫な気がする。その話を夫にした時に夫が「大丈夫や。オレとお前の子どもや、大丈夫」と言ってくれてまた違う意味で涙がポロリ・・・

そんな我が子ですが無事に一緒に退院できる事にうれし~!
少し病院には通いますが一緒に家に帰れるのがうれし~!

そんな中、まだ同室じゃないとき1人でぼーっと過ごしていると助産師の人たちが「今はスヤスヤ寝ていますよ」「可愛らしい名前ですね」「上のお子様は?」とか他愛もない会話でなごませてくれて母子同室になった時も親身になって今後のプランや成長の事をアドバイスしてくれて本当にうれしかったです。

この病院で産めて良かったです。誰も「お母さん頑張りましょう!とは言ってこず、すでに出産、慣れない育児で疲れているお母さんに対し「大丈夫ですか?」「少し楽しましょうー」といたわってくれる人たちばかりで本当にありがとうです。

多分、3人目はないと思いますが、もし妊娠したら3人目もこの病院で産みたいと思いました。

2度の出産を経て感じたのは何事もなく元気で健康で自然に産まれてくる事って子どもが授かる事って本当に奇跡なんだなぁーって実感しました。

2人目やし母乳も育児も余裕や!と思ってたのが全てひっくり返され1人1人やっぱり違うんだーって感じる今日です。これから上の子と下の子のお世話、家事、仕事と大変だけれども頑張っていきます。無理せず楽して(笑)

助産師の皆さん、先生方本当にお世話になりました。みなさんの温かい言葉、気持ちを忘れずに日々過ごしていきます。ありがとうございました。


掲載日:2015年11月30日

2015年8月29日

女の子の双子の赤ちゃん誕生 2400g&2216g 緊急帝王切開にて

8月20日腰痛がひどくなって入院。34週の事でした。それまではなんとか家での生活が出来ていましたが大きいお腹で上向きに寝るのも横向きに寝るのもつらい日々で眠れない日が続いていました。

8月28日出産前日、数日前からお腹の張りもあったので歩行禁止、トイレは車椅子となりました。

8月29日朝7時頃、トイレに行って部屋に戻った後にチョロチョロ・・・さっきトイレ行ったのになぁって思ってたらまたさらにチョロチョロ・・・と止まらない。看護師さんを呼んで「これ破水やわ。処置室に行こう」車椅子で処置室に向かっている時にはドバドバドバ~って感じで。当直の先生がエコーで「赤ちゃんは2人とも元気。もう出たがっているのかもね」って。とりあえずOP着に着替えて○○先生が来て、「今日誕生日だから。縦に切るからね~」と笑顔。9月14日に予定帝王切開の予定だったし、急すぎて全然準備できていない。「心の準備だけしておいてね」と先生。両親と旦那さんも急いで来てくれて、OPの準備が出来次第OPするってなって、緊急OPの同意書にサインやらして、準備整ってOP室へ。とりあえずめっちゃ緊張してて手の震えが止まらなくて、「寒い?」って聞かれて「寒くはないけどめっちゃ緊張してて・・・」と言った。麻酔が効いてきてお腹を切られ「もう1人目ちゃん出てくるよ~」って、そしたら「オギャーオギャー」って聞こえてきて、私の横に連れてきてくれました。「やっと会えた~」って思って「可愛い」と言った。「次2人目ちゃん~」って2人目は逆子だったので、お尻がひっかかって出にくかったみたい。お腹をグルングルンされている感覚。そのあとか弱い泣き声が聞こえて一瞬だけ顔を見させてくれました。それからお腹のキズを縫うのに20-30分ぐらいだったかな。私はまだ緊張がとれずに震えているのに○○先生は「○○ちゃん、もう名前決まっているの~?」「次の赤ちゃんの予定は~?」「次もちゃんと産めるようにしとくしね~」って余裕でした(笑)

手術が終わってベッドごと部屋に戻って新生児室で保育器に入っている2人。35週で産まれてきたので肺の機能が不十分で酸素を入れていると説明されました。

麻酔が切れてからは痛みがハンパなく痛み止めを使いました。
それからは搾乳しに新生児室に行く毎日。初めは少しずつしか飲めなかったのに徐々に量も増えてきて点滴も取れてやっと保育器から出れて・・・。母子同室になったと思ったら寝れない日々・・・一人ずつ預かってもらったりしてたけど昼間は2人見ているから夜中も寝れずにしんどくて・・・看護師さんの前で泣いてしまったり・・・それでも「よく頑張っているよ」って優しく話を聞いて下さり本当に感謝しています。

トータルで約1ヶ月間の入院生活。本当に看護師さん助産師さんみなさんに感謝しています。
双子ちゃんは「Sちゃん」「Mちゃん」と名付けました。入院中も名前で呼んでもらったりうれしかったです。

これから二人の成長を楽しみに頑張っていきます。子どもには「色々な方にお世話になったんだよ」と伝えたいです。
本当にありがとうございました。


掲載日:2015年11月30日

2015年8月24日

16時24分第1子 女の子 2194g

~温かなスタッフの皆様に支えられ安心して高齢初産にいどめました 感謝です~

42歳で結婚。「年だから子どもは無理やろな」と諦めモードでしたが、43歳で妊娠。○○先生の診察で「おめでたですね」とのひと言にうれしさいっぱいでしたが・・・。7週目で稽留流産となりました。手術すると数か月妊娠トライできないから自然に流れるのを待つ方がよいと思うと、私の年齢を考えての○○先生のアドバイスに大変感謝しております。そして「またできるかもしれないから」とのはげましのお言葉も大変支えになりました。なんと3ヶ月後に再び妊娠したのです。また流産するかもという不安もありましたが、○○先生はじめ外来のスタッフさんの温かな対応に励まされて順調に経過し、このたび無事に普通分娩にてかわいい女の子を授かれました事に感謝しています。本当に本当にありがとうございます。

分娩室ではたくさんの助産師さんについていただき的確なリードで母子共に安心して分娩にいどむ事ができました。かけてくださったやさしい言葉の数々・・・特に長い陣痛につかれきっていた時、「今日絶対に誕生日にしましょうね」のひと言に私と付き添ってくれた主人共々最後の力をふりしぼって頑張るぞと力が湧いてきました。

出産後は書ききれない程、たくさんたくさんお世話になりましたが特に「おっぱいケア」では乳首が短く赤ちゃんが上手く吸えなくて浮腫が強い乳房を1日に何度も何度ももみほぐし、根気よく手で搾乳して下さる助産師さんの姿に感激しました。大切な天からのプレゼントを中央病院の皆様の支えにより無事授かることが出来ました。母としての人生の幕開けをこの病院からスタートできました事を本当に幸せに思います。母子共に成長できますように祈りを込めて、そして我が娘が暮らす未来の世界がどうか平和でありますようにとの祈りを込めて子育て頑張ります。ありがとうございました。


掲載日:2015年11月30日

2015年8月19日

2792グラムの女の子♪

現在1歳10ケ月の娘もここで出産しました。その後妊娠しましたが、残念ながら流産してしまいました。なんとかふっきって仕事をし始めて3ヶ月後に赤ちゃんがお腹にやってきました。自分なりに身体に気を使いながらしてきたつもりが11週後半で破水・出血してしまい・・・「今回はあきらめた方がいい」という言葉に絶望的でした。でも診察してみると赤ちゃんは元気に生きていました。正直9割育てるのは無理と言われたけど、旦那さんと相談しようと頭の中で考えて即決断できずに帰宅。夜相談してみると旦那さんは「この子が生きているならあきらめたらあかん。やれることやってあかんかったらあきらめよ」と。そんな感じで妊婦生活継続。自宅安静で自然に任せることにしました。3日、5日・・・と健診してもらい、破水がとまったみたいで、赤ちゃんも元気に育っているということで安静解除。身体の調子も見ながら仕事復帰も出来ました。娘の保育園の入園式にも出られたし日常を過ごすことが出来ました。妊娠9ヶ月の時には大ファンのガンバ大阪の観戦にも行けました(笑)

○○先生にずーっと担当してもらっていたけど、毎回健診に行くたびにアットホームな感じでとても楽しい健診やったし、「ほんまここまでこれたのは奇跡ですね」など出産までにたくさん勇気づけられました。

帝王切開の手術も出産後のサポートもありがとうございました。助産師さん、OPスタッフの皆さん、この病院には感謝ばかりです、

たぶん経済的に考えてませんが・・・ここでお世話になるのはこれが最後だと思いますが・・・人は沢山の人に助けられて生きている。産まれるときも死ぬときも・・・。そう思うと子どもへの愛情や可愛さの見え方が変わってきました。たくさん教わったなーと思いました。そういうことを子どもにも教えていきたいです。おかあちゃん、がんばろー♪


掲載日:2015年10月1日

2015年7月6日

AM3:00 女の子誕生♪

初めての妊娠をノンキに過ごしてきた私。予定日を過ぎた健診で、先生に「私、もしかして陣痛に気づいてないとかありますか?」と質問して閉口させてしまうくらいでした。実際体験して自分の浅薄さを恥じるばかりです。アレが分からない人間はいないですね。

実際陣痛が始まって間隔を数えながら10分間隔ぽいのでタクシーで病院へ。のん気な私はそれがMAXでスコーンと産まれると思っていました。結果、まだかかりそうなので一時帰宅。痛いなぁと思いながら歩いて帰りました。早朝、のっぴきならない痛みで目が覚めそのまま入院。助産師さんが出迎えてくれて「さっきと違うね。いい痛みがきてるね」と言われ「そうなのか!痛いのはいいのか!」と目からウロコでした。2人目の助産師さんは笑顔で私の冷えた身体をケアしてくれたりしました。強くなる陣痛の中、やっと不安になってきた私を励ましてくれました。強まる痛みと開かない子宮口。3人目の助産師さんは、私を力強く励まし、立ち会いの家族に指示を出しとても心強かったです。私の母は一気にファンになったようです。その後謎の発熱や赤ちゃんの心音がとんだりとトラブルもありましたが、この人についていくぞという気持ちで分娩台へ。そして4人目に現れた助産師さんはゆっくり落ち着いて話しかけてくれ、私もゆっくりした気持ちで痛みと向き合うことが出来ました。ここへきて何度も弱気になり、子宮口全開しても痛みが不安をあおって「自分に産めますか?」「できますか?」なんて生ぬるいことを口にしていました。人生ではじめてネガティブになった瞬間でした。そんな私の心と身体をうまくコントロールして娘を取り上げてくださった助産師さんには本当に感謝しています。羊水混濁ですぐに抱っこは出来なかったけれど、本当にたくさんの人に支えられて出産が出来て良かった。最初の陣痛中はもう二度とごめんだ、第2子とかありえないと思っていたけれど、分娩台の上で放心しながら○○先生に縫合してもらう時、第2子のときはちゃんと体調・体重管理しようと思えた。それもこれも今回が良いお産だったからだと思う。私がノンキだからではない。これでメデタシメデタシ!さぁ、終わった~!!と思っていたければ、その後私はすぐにお産が始まりだったことを痛感する。2日目母児同室が始まった夜、娘が発熱。何かすごい泣くなぁなんて思っていました。新生児室でモニターをつけながらの授乳。母乳も出ない。あげくお乳を吸うこともしてくれなくなる。とにかくヘコむ。この母乳問題が私にとって一番心にこたえた。そんな私にスタッフの方々は本当にこまめに声をかけて下さい、励まして下さった。お乳をなんとか吸ってもらえるように、色んなアイデアを考えてくださったスタッフさん、お乳かが少しでも出るようにマッサージしてくださったスタッフさん、身体を温めるのに足浴してくれたスタッフさん。穏やかに声掛けしていただいたスタッフさん。「牛ちゃうんやからすぐでぇへんよ」と笑わせてくれた○○先生。本当に多くのスタッフの方が書ききれないほど見守って下さった。助産師さんの「腹ペコやからミルク飲むだけでお母さんのおっぱいが嫌なわけちゃうで」と言う言葉もちょくちょく様子を伺ってくれ、出来る限り同室をさせてくださった助産師さんもみなさんそれぞれ私の悩みに向き合って下さってありがたいことこの上なかった。だから初めて母乳がにじんだ時はすごく嬉しくて泣いてしまったし、一人一人にお礼を言って回りたい気分だった。

身体の痛みと向き合ったお産。すごく前向きな気持ちで退院の日を迎えられたことを大変ありがたく思います。

頑張ってすこしずつお母さんになりたいと思います。


掲載日:2015年10月1日

2015年7月3日

第2子男の子 Hくん誕生☆

今回は2人目の出産でした。1人目のときもここでお世話になり、緊急帝王切開で女の子を出産。大変お世話になり、○○先生をはじめとするスタッフの皆さんが大好きで2人目もここでと決めていました。上の子のときは、妊娠高血圧だったことで37週3日から入院。ありがたいことに赤ちゃんは元気でこんな身体のお腹の中でもドンドン大きくなってくれた。38週に入った頃の健診で頭の大きい子だと言われ私の体格的に骨盤を通るかなと言われ、すでに3000gを超えていたので、バルーンや陣痛促進剤を使用し2日間頑張るも赤ちゃんはおりてこず・・・私の身体を考えてくださり帝王切開となりました。とても大変な思いをした妊娠・出産でした。2人目を妊娠し、上の子のときのことをふまえた上で可能な限り自然分娩をしてみたいと思っていました。妊娠中も経過は良好。前はつらかったむくみもほとんどなく、お腹の子も標準並みの大きさ・・・よしよしこのままいけば、今度は自然分娩できるかも・・でもある時から「ちょーっとお腹が大きいね」、その次も「お腹まわりも頭も大きいね」・・・気づけば上の子よりも大きく産まれるやろうと言われました。それでもVBACを希望していた私。先生も38週5日まで待ってくださいましたが、スイカが入っていそうな双子を妊娠しているの?と聞かれるほど大きなお腹をしていたので先生には「無理しないで出したら良いよ~」と言われました。あまりに明るく言われたことで、自然分娩を希望していても結果的に帝王切開になるんやろうなぁと妙に気持ちが落ち着いてしまい、自分の方から先生に予定帝王切開を申し出る形になりました。

入院から翌日にかけて私はずっとドキドキ・・・ハラハラ・・・なんせ点滴も注射も採血も全部怖い。痛いのは耐えられる。でも「注射針が血管に入って・・・」と考えると、ふぅ~~~っと倒れそうにな気持ちになる。健診の血液検査で毎回ベッドに寝かせてもらってやってもらっているくらいです。

そんな私が予定帝王切開。ドキドキ・・・前は緊急帝王切開だったのでバタバタとあれよあれよと進んでいって記憶もほとんどあるようなないような・・・今回は歩いて手術室に行くんや・・・自分で手術台にあがるんや・・・・ハラハラ・・・そんなことばかり考えていました。OP室のスタッフの方が手術前の説明に来られ、「OP室は音楽もかけれますよ。何か好きな曲とかありますか?」と聞いてくださいました。でも私がお願いしたのは曲をかけてもらうよりも手を握ってほしいことと、たくさん話しかけてほしいこと。でも実況されると怖いからそれ以外で。

手術室に入り麻酔が施されましたが骨と骨のあいだが狭く麻酔がうまく入らなかったそうです。麻酔科の先生も来て下さり中村先生と一緒に打開策を考えてくださいました。それだけで手術開始から1時間近く経っていたようで外で待つ主人と母は気が気でなかった様子・・・これでダメなら全身麻酔。やっとやっと麻酔が入りました。そこからはアッというまだったそうです。赤ちゃんは元気で大きな声で泣いていました。生まれたてとは思えない♪と助産師さんが言ってくださるほど全身ピンクでツヤツヤした赤ちゃんだったそうです。私の見えるところに赤ちゃんがつれて来られその姿を見てとてもホッとしました。私の隣で○○先生が「あの大きさは下から出そうと思わんで良かったよ♪」と笑いながら言いました。先生の言葉があったから私も帝王切開を選べたし、先生はそれが私と赤ちゃんにとって1番良い方法だと思ってらっしゃったんだと思います。手術は怖かったし、麻酔も痛かったけど、今回の出産を振り返って思い出すのは明るくときどき冗談を言いながら手術してくださった○○先生の声、手術中ずーっとずーっと私の手を握ってくださったスタッフの方、「目を開けてください。みんないますよ。大丈夫ですよ!」と笑顔で声をかけ続けて下さった助産師さんの顔・・・私の人生の中で自然分娩というものを経験できなかったけれど今回の産後も担当の助産師さんだけでなく、たくさんのスタッフの方々が様子を見に来て下さいました。皆さんが温かい言葉と笑顔を赤ちゃんや私に向けてくれました。2人目ということで上の子どものことを心配し気遣ってくださる方もいて、私や赤ちゃんはもちろん、家族のことも気にかけていただいたこと嬉しく思いました。

3年前上の子の出産のときにもいらっしゃった助産師さん、今回はじめましての助産師さん、皆さんが本当に温かく優しい。

今回が最後のお産です。そう思うと退院は嬉しいのに少しさびしいんです。もしも、もしも、もしも3人目?の時は間違いなくまたここへ来ます。よりしくお願いします。

○○先生、1人目2人目と執刀してくださってありがとうございました。おかげさまで上の子はスクスク元気に育っています。何かにつけて怖がりな私はいつも明るくてアッサリとした先生の性格?にたくさん支えられてきました。先生の口から聞くとそんなもんか~と納得出来たり、怖がっている自分がバカらしく思えたり。とても信頼していました。下の名前で呼んでもらえるのも嬉しかったです(笑)

これからは2人の子どもの母親としてゆっくり少しずつ自分なりに成長し、子ども達を守っていきたいと思います。出産という2度の経験、この病院で出会った人たちのこと、私の気持ち・・・大きくなったとき子ども達に話したいと思います。そして私自身も皆さんに親切に優しくしていただいたこと、子ども達が生まれたときに感じたことを忘れずにいたいと思います。


掲載日:2015年8月12日

2015年6月10日

PM9:44 男の子誕生 Rくん

妊娠が発覚した日々は仕事で人事異動の1週間前でした。

妊娠初期の新しい職場、人間関係・業務で迷惑をかけまいと精神的にも追い込まれ頑張りすぎたのか悪阻で入院。退院後仕事復帰してからは気持ちの面でも異なり、体調もよく、訪問系の仕事で毎日歩きまくり、階段も4階のオフィスまで何度も昇降・・・

赤ちゃんは健診の度に大きくなっていて異常ないけれど、外から見てもお腹は目立たず、臨月になっても「あ、もう出産したの?」と言われる始末・・・でも元気すぎる胎動に幸せを感じていました。

早くから頭がおりてきていたけれど、ようやく迎えた出産予定日。午後に「おしるし?」が。頑張って歩いて、いつ産まれてもいいようにお昼に夕食準備や入浴も夕方にし、16時すぎドラマ「昼顔」を見終わって、おしるしが来たことと、なんとなく腰痛があるので受診相談をし、「帰ってもらうかもやけど、一応入院準備をして来てみてください」とのことで「一応病院に行くけど、どうせまだやしまた連絡する」と家族に一報。その時点では子宮口2-3cm。1回帰るかどうするか・・・となるも「家も遠いし入院しよう」と○○さんが言ってくれて、18時半に入。となった途端、下腹部~お尻の激しい痛みの間隔が10分どころか2.3分・・・。

初産婦は時間がかるので体力つけるため(夕食もおわっているし)プリンやゼリーを家族に頼んだけど、それどころではない!

夫19時半到着。それでも夜中になるだろうと夕食を食べに外へ。
母20時頃到着。痛みが断続的に・・・。

あれよあれよ21時分娩台に歩ける時に移っておこうと移動。お尻から赤ちゃんが出そうになるので肛門を押すように○○さんが家族に言ってくれて、「お尻!」「お尻!!」と叫ぶ私に、「笑ってはいけないが笑ってしまって・・・」と家族。分娩台に移って徐々にというかどんどん子宮口が開いてきている。8.5cm、9cm、あとちょっと!しかも赤ちゃんの頭はすでに下がっててもうそこ・・・というところで「心音が!?」「え!!!???」

「心音が聞こえにくいし。このままでももう産まれるけど、赤ちゃんに酸素がいってないのかもしれない」「一刻も速く出してあげたいし、少し切って引っ張るね」と。「えーーーー!!!???」もう切っても何でも私の体はいいから早く出してあげて~!!」

頭はもう出てきていたので、2回ほどいきんだ所で赤ちゃんが出てきてすぐに泣いていました。「よかったーーーーーー」ホッとしたという思いでもう他に何もなかったです。素早い判断をしていただき、夕方に突然来て3.4時間予定外の分娩に力いっぱい注いでくれて、私に力をくれた助産師さん。本当にありがとう。「力入れたらあかん」「呼吸整えて」と言われてもすごい急展開についていけなかった私ですが、皆のおかげで無事この子が産まれることができました。

産後もちろん痛みは続くし、おっぱいは張るし、ちょっとしたことでもどうしたらいいかわからんし、退院後の不安もあるけれど、この子の顔を見て名前をよんでいると幸せに満ちあふれています。今は育児に専念してもし2人目が出来たらまた○○先生のさくっとした診察をうけて、この病院で出産したいです。


掲載日:2015年6月10日

2015年5月26日

PM3:28 3250gの女の子(Aちゃん)誕生

初めての妊娠・出産そしてこれからの育児が始まります。つわりもなく予定日(5月14日)の1週間前まで自転車でパン屋まで行くこともありました。よく「妊婦さんの中で1番元気やわぁ」と言われていました。しかし予定日を過ぎても全然気配がなく夫と毎日1時間ほど歩いたり体操をしたりしても頭が降りてきてくれませんでした。どうやら骨盤が狭いうえに子どもの頭が大きいらしくレントゲンでも帝王切開になるか微妙・・・とのことでした。「私があまりにも出産を怖がっているせいで出たくないのかな・・・」と不安に思っていた時、健診の助産師さんが「そんなことないよ~」と優しく話を聞いて下さり三陰交のあたりをさすってお腹の子に語りかけて下さいました。そういうちょっとしたことが不安を取り除き前向きにさせてくれ、私も「早く出てこいよー」と声をかけるようになりました。

(入院~出産編)

さていよいよ入院の日(25日)「陣痛促進剤でも無理なら帝王切開する」とドキドキしながら病院に着くと処置室でバルーン。「うわ!なにこれ」「痛い」「吐きそう」と一気に恐怖心が膨らみ分娩台のある個室へ。促進剤がジワジワ効いて痛さと吐き気に苦しみ約7時間半経過。子宮口は相変らず5cm程(入院前からこれくらいは開いていた)で、良い陣痛も来ず。私も疲れ果てていたので次の日に持ち越すことになりました。てっきり25日中に産まれる&痛さから解放されるなら帝王切開でもいいという甘い考えをもっていたので、正直くじけそうでした。もう2人目ムリかもーと泣き言まで言っていました。

薬の投与を中断しても陣痛の波は来て、眠れない、一人ぼっちで不安な夜を過ごしました。一度帰宅した夫も4時頃まで眠れなかったそうです。というか待機していたらしい。1時間~2時間間隔の陣痛が、明け方に15分おきくらいに来るように。寝ている間痛みをのがす練習?力を抜いていたおかげか。そこからは早くて子宮口も7cmほど開いていた。7cmから10cmが苦しくて一人きりになるのがこわかった。「いたいー」と何度も声をあげていました。その都度「痛いですよね」「いい陣痛来ていますよ」と何度も励まして下さったスタッフさん。心強かったです。夫も初めは寝ていて見ているくらいしかできなかったのに、だんだんスタッフさんのやり方を覚え「(痛みが)きたか?」とナイスフォローをしてくれるようになりました。力加減もうまくなったね。

いよいよ分娩台へ。もうこのへんから意識は現実をさまよっている状態。でも案外会話はしっかりしていました。実習生も4人入り、大勢に囲まれていきみます!実習生の足の支えやうちわ、ナイスフォロー!「目を開けておいてねー」「もう髪の毛見えてるよー」と助産師さん。私の波が夫にもわかるようになり、背中を支え、「いいよ」「頑張れ」と励ましてくれました。冷たいお茶も良かったです。だんだん力を入れる場所がわかり、会陰切開の準備をしている時に大きな波が・・・その後力を抜いて・・・ジュルーっと出てきました。「息してる?」と心配で何度も聞いたことを覚えています。

ギリギリまで帝王切開の準備をしている中、私の恥骨でおでこを擦りながらちゃんと回旋しながら狭い骨盤の間を通り、産道を押し広げ力いっぱい生まれてきてくれました。いきむ度に会いたい気持ちが強くなって「酸素を送らなきゃ」と鼻から吸って口からはいて・・・やっと会えました。そして痛みからの解放、出た瞬間もう1人アリかもと思えるほど達成感もありました。抱っこしたときの「重み」「温かさ」忘れられません。ありがとう。

マタニティクラスで緊張しながら進行されていた3年目の○○さん。分娩台の上で正座して真剣な表情で「上手ですよー」「いいですよー」「あと少し」とサポートして下さりとてもかっこよかったです。別人のようでした(笑)そのまわりにはおそらくベテランの方、医師、たくさんのスタッフ、実習生がいて助けて下さいました。そしてわからないことだらけの夫にもずっと側で支えてくれ感謝です。

(産後~退院編)

サル顔なのに目を開けるとくっきり二重。びっくりしました(笑)初めの頃は表情もなくあまり実感がわきませんでした。同室が始まり母乳をあげ2人の入院生活がスタートしました。思っていたより授乳が難しくお腹が減っていうのにうまく吸えずに大泣きして怒り出す娘。泣き方レベルが一気に1から100まで上がるので特に夜中は焦ってしまい、母まで汗だく。悪循環で夜中に何度もナースコールでヘルプしてもらいました。その時の母の表情はすごかったんでしょうね。スタッフさんが「大丈夫?」「預かろうか」と声をかけて下さり、少しの間離れて眠りました。でも夢に出て来るのは我が子。罪悪感から見てしまったのでしょうか。再会するとやっぱりかわいいんですよね~。

母と子で過ごした夜。ながーく感じどうしていいかわからなくなることもありました。そんな中、同室のお母さんやスタッフの方が優しく声をかけて下さり、何度救われたことか。生後2日目の38℃の熱。ぐっすり眠る姿が逆に不安で思わず涙がポロリ。私のやり方が悪かったのか。ごめんねと自分を責めていると看護師長さんが「大丈夫だよ」「お母さん頑張っているから責めないでね」と優しい言葉にまたポロリ。ミルクを飲ませて脱水にならないようにし、数時間後また同室に戻れました。その時の嬉しかったこと!そこから表情が増え、どんどんかわいく愛おしく思えるようになりました。正直2日目のお祝い膳あたりはどん底で可愛く思えなかったんです。

こんな私を少しずつ母にしていってくれたのはスタッフの皆さんのおかげです。これから母子2人で何度夜を過ごせるのか。一緒に頑張ろうねと絆を深めました。そして久々再会で取り残される父。3人で頑張りましょう。ほぼ毎日産声が聞こえるこの場所。不思議でステキな所。助産師さんって大変な仕事だと思うけど、本当にステキなお仕事だと思います。これからもたくさんの命をお腹からこの世界に引っ張り出してください。母業、そして保育士頑張ります。本当にありがとうございました。


掲載日:2015年6月10日

2015年5月4日

AM2:50 女の子誕生(Wちゃん)

2011年8月に第一子の男の子を出産させていただき、その時の経験もあって今回も民医連さんで出産と決めていました。

4年前の出産の時、「退院後の生活のお話」を助産師さんにして頂いた時「退院されてこれからのお子さんもどんどん成長されていく中でこの出産した時の喜びを思い出してほしい。色んなことがあると思うけどその気持ちは絶対忘れないでね」みたいな言葉にすごーく感動して入院4日目くらいだったと思いますが出産してとりあえず身体もしんどいうちの母児同室に他の人との相部屋・・とか少し疲れていたこともあって、とにかくその言葉が残りました。そしてまた○○さんに会いたいなぁと思っていました。あっもちろん他の助産師さんも良い方ばっかりで!!

で、今回。

さすがに上の子が3歳半なのでこっちのお腹がどれだけ大きくても休ませてくれることもなく、出産前日(予定日からは3日経過)までお出かけ。公園で走り回らされていましたが、それが良かったのか?!

次の日は祖父母と出かけてくれて家でゆっくり。昼過ぎに尿漏れ?と思うほど少ない量のなま温かいものが出ていくのがわかり、病院に電話し診察してもらうと破水とのことでそのまま入院しました。痛みはほとんどなかったのですが、破水から6時間後あたりからじわじわ痛みがきて経産婦は「痛み出したら早いので」という助産師さんの判断で分娩室でその日は休むことに。それが分娩室移動からどんどん痛みが本格的になり、10分間隔に。自分でもびっくりするほどどんどん痛くなり助産師さんがお尻を押さえてくださりさすってくださりました。それだけですごく痛みがやわらいで感動!!体勢は仰向けではなく横向きでベッドの手すりをつかんで足もとじた状態でというものでしたが、すごく自然にいきめて良い出産ができました。2回目ということもあり、何度かいきんだ後に「頭がみえてきました~」という言葉できっとあと少しだ~!と冷静さも出てきてそこからはツルツルツル~っと赤ちゃんの出ていくのを感じれました!!1度目はとにかく産声を聞く余裕もなかったので今回は赤ちゃんは?!とまず頭を上げて確認すると「オギャーーーーー!!」元気な声。本当に一生忘れない感動の瞬間となりました。

今回立ち会って下さった助産師の○○さん。とっても心強く声をかけて下さりその時々でとても的確にアドバイスくださり、何の不安もなく出産できました。そして陣痛の開始とともに立ち会ってくれた実母もずっと声をかけてくれお尻をさすってくれたことは絶対に忘れないぬくもりでした。もし今回生まれた娘が出産することがあるなら私もそうしてあげたい!!

第一子の時とは違い、2日目あたりからお乳もよく出るようになり、子どもも3日目にして出産体重くらいになり、昼夜よく寝てくれました。病棟も患者さんが少なくすごーく静かな入院生活だったので心身共に休むことが出来ました。お陰で前回は目を通すことすらできなかったこのノートに書き込めたのも良かったです。

最後になりますが、とにかく民医連の助産師さん達はどの方あたたかく丁寧に対応して下さるし、優しいので安心でした。ありがとうございます。そして前回も今回も女として生まれてこれたことの素晴らしさを感じ一生のうちでもまたとない感動をさせていただけた事に心から感謝します。先生、助産師のみなさん、スタッフの方々本当にありがとうございました。

2902gの子が3000g越えで退院!!


掲載日:2015年4月27日

2015年3月30日

AM7:31 2868g男児 三男出産

奇跡の子を出産しました。

次男出産から10年。もう子どもを産むことはない。4人家族だと思っていました。自分のやりたいことをみつけ、子どもたちも少しずつ手が離れはじめ、やっと1人の時間を味わえるようになった頃。

ハードな職場から逃げ出したいと思っていました。できることなら仕事に行くということから解放されたいと強く願っていました。

夏に強い眠気と胃もたれ、仕事の疲れのせいだと思っていました。9月突然の人事異動でハードワークからの解放。それでも生理不順と胃もたれ感(でも食べてる)が続き、もしかして・・・と思ってすでに期限の切れている検査薬を調べると陽性。再びこの病院の産科外来に行ってみると新しい外来棟が出来ていました。その時点で妊娠9週。小さな心臓が鼓動を打っていました。1つ目の奇跡。ハードワークからの解放と仕事からの解放を叶えてくれたのです!

職場はベビーラッシュで4人の妊婦さんがいまして、もちろん41歳の私は最高齢!20~41歳の中でなぜか私にはつわりもしんどさもほとんどなく今までと少しペースをおとしつつも当たり前の仕事をこなし、休みには「生まれてからは出来なくなるから」という思いからやりたいことをやろうと本当に落ち着きのない妊婦でした。

そんな私にブレーキをかけたのは1月。1人で雪の残る道を運転中にトラックと接触事故。右前のタイヤはぐしゃぐしゃ。エアバックは運転席・助手席ともに開いてしまって走行不能の全損。幸いにも外傷もお腹の張りも出血もなく、とりあえず主人と帰宅。精神的にも落ち込んで、今まで感じていた胎動があまりないように感じ、病院に相談。事故の衝撃で早産や胎盤の剥離などのリスクがあると言われ1泊入院することになりました。出産以外で入院することが初めてで、1人になった事故の事、家に残した子どものこと、壊れた車のこと・・・いろんなことをぐるぐる考え涙をながしました。幸い赤ちゃんにも大きな異常はなく退院できたのですが、その道中夫からの説教部屋とかし、一気にメンタルがブルーにさらに移動手段をなくしてしまったのに、その段取りをしようとせずバスやタクシーを使え(田舎ではきわめて不便だという意味)と言われ、こらえきれずに友人にヘルプを求めてなんとか夫とも話のできる状態に。。。

もしかしたらこの事故で流産してもおかしくなかったと考えたことはあったか?私がいなくなるということは考えたか?家族の一大事に私は仕事より家族をとってきたけど、あなたは仕事が一番なのか?そう問いかけて返事はありませんでしたが、明らかに態度は変わったと感じました。

今まで2人の子どもは自分の関与しないうちに妊娠期間が過ぎ、いつの間にか生まれていたのですが、今回はその事故を境に過保護すぎるくらいになり、健診への送迎や家事をかわってくれたり、お父さんになる準備を今までになくやってくれる人に変化しました。上の子にはできなかったシーズン的なものもありますが・・・2つめの奇跡。お父さんをイクメン化することを叶えてくれました。

1月の事故後運転が私にとって大きな負担となり、雪の影響もあってあれだけあちこち行っていたのにすっかりひきこもり、産休に入って仕事もないから週一ペースくらいで出かける計画を立てては子どもインフルエンザや私の体の変化(高血圧・浮腫)が見られ始め、とうとう降圧剤の内服をはじめることに。安静にしていても改善しない血圧に内服はどんどん増えて管理入院の話が出たのが36週の健診の時。4月半ばの予定日だったので祖母のヘルプは4月になってからの予定・・・夫は入院になった時朝子どもの世話をできるのか?子ども2人で起きて朝食とって学校に行けるか?そんな問題が子どものストレスにはり発熱。。。結局解熱し祖母もすぐに来てもらえる段取りをしてもらえ5人でお産を待つ体制が出来ました。

おばあちゃんとの生活に慣れてきたころ、3月23日夜中周期的なおなかの張りを感じ入院。しかし2時間で痛みはひいてしまし、前駆陣痛だった・・・一旦帰宅するか入院するか選択はあった。車で往復2時間は正直しんどい、子どもの心配も減り、入院を選び、血圧管理生活を行ない元気に産む、元気な子を産むと決めました。薬を増やしても下がらない血圧。安静にしていてもひもじい高血圧食でも腫れて行く足。しびれる手。はじまりそうにない陣痛・・・あせる気持ちをヨガ、アロマを味方につけてひたすら待つ・待つ・待つ。

妊娠高血圧の症状が徐々に進むため陣痛促進剤を使っての出産が計画されました。おそらく最後のお産が促進剤によるものはなんとしてもさけたい!医師や助産師さんたちには言えなかったけど、子宮口を広げるミニメトロというものを入れてもらっての違和感たるや!!

私のお産は私が作る!産まれる日は決められちゃったけど、自分達で産もう!そうお腹の子に言いきかせ、ありとあらゆることをやりはじめました。頭は高く上げ子どもが下がりやすくする。子宮収縮を促すアロマをかぐ。マッサージする。あぐらをかく。股関節開脚。ひまがあればぐるぐる病棟を歩く。ツボ押し。おっぱいマッサージ。イメージトレーニング。念じる。自分たちで陣痛をおこすと・・・。

そんな中蓄尿の指示が出て、自分らしいお産の邪魔が入る。それでも陣痛につながり大成功!はねあがる血圧に点滴もはじまる。ますます身動きがとれなくなる。それでもヨガで教わった吐く息で痛みをちらし、頭高めの四つ這いで陣痛をこらえ、朝6時に子宮口5cm。夫を呼んで7時に到着。

そして7時31分。3人目にして初めての夫の立ち会いで無事出産。

正直なところ、夫53歳、私41歳の高齢の域に入っての出産。五体満足は願うものの奇形のリスクは大きいと覚悟していたのに生まれてきた我が子は実に美しく何の問題もなく大きな声で泣き始めました。

3つの奇跡。お父さんとの立ち会いで元気に産む、元気な子を産むを叶えてくれました。

妊娠中に抱えたいろんな問題は無事に産まれてきてくれたことですべて因果が消えたのだと思います。このノートに長々と書くことで私の中から出て行って、これからは新しく授かったこの命を大切に育てていくことに専念したいと思います。

お世話になりました先生方、看護師の皆さん、スタッフの皆さん、事故の入院、血圧管理中、産後と三度も同じ病室になったママさん。すばらしい体験は皆さまぬきにはありえませんでした。深く深く感謝いたします。

これからお産にのぞむ方、この病院でお産にかかわるすべての人々にすべての良きことがなだれのごとくおきます。ありがとうございました。


掲載日:2015年4月27日

2015年3月28日

AM7:14 3194g 次女出産

今日無事に退院の日を迎えました。入院生活3か月。長かったなぁ~。突然入院することになった日はまだ真冬でした。今日はもう外は桜が満開のようです。

子宮頸管が短くなっているということで、妊娠26週で緊急入院。上の子(1歳3か月)の世話で無理していたこともあり、1週間くらい安静にしていたら退院できるだろうと最初は思っていました。しかし入院して安静にしていても一向に回復せず・・・不安な日々でした。先生に「1日でも1時間でも長くお腹の中に赤ちゃんを入れてあげよう」と言われて24時間のベッド上安静・点滴生活が始まりました。助産師さんに「安静を頑張ろう!!」と言われましたが、正直、安静を頑張るとは何だろうと思いました。上の子のことも心配だし、でも早産になってしまってはもっと大変だし、体は動かせないし、色々なストレスを不安で押しつぶされそうになりましたが、母親がこんなに弱いとお腹の中の赤ちゃんも居心地が悪い、強くなろう、今私は何をすべきかを考え、先生に「私、37週まで絶対に産みません」と宣言しました。それからは絶対に動かないと決め、ベッドの上でひたすらゴロゴロ、赤ちゃんが降りてこないように骨盤高位、下半身を冷やさないようにレッグウォーマー、湯たんぽ・・・と出来ることは全て頑張りました。日々のお世話をしてくださる看護師さんたちとの何気ない会話、子育ての話、ゲームの話、マンガの話を楽しめるひとときもあり、週数がたつたびに、よかったね、もう少し頑張ろうね、もう大丈夫ね、と声をかけてくださり、何とか正期産を迎えることができました。

出産当日は、一時退院予定の日の夜中に破水、2時間後に陣痛が始まり、だんだん痛みも強くなり、順調に子宮口も開き、4時間後に元気な産声を上げて産まれてきてくれました。予定日より2週間早い出産となりましたが、出張から帰ってきた主人が立ち会い退院も出張前に主人が迎えに来て来れる、そして私の誕生日と同じ、この日に赤ちゃんは産まれてきてくれました。

本当にありがとう。義両親、両親、主人、友達、助産師さん、看護師さん、そして○○先生、△△先生、感謝してもしつくせない程の協力・愛情・励ましのもと本当に幸せです。ありがとう。

忘れられない妊娠生活となりましたが、この経験を生かして今後の年子育児に奮闘していきたいと思います。ありがとうございました。

やっと帰れる~!!!。やったぁ~!!!!


掲載日:2015年4月27日

2015年3月18日

PM1:25 3人目女の子 36週2日 1998gの小さな女の子

予定日より1ヶ月近く早い出産になりました。元々予定日は4月13日。なので今回も予定帝王切開で4月のはじめに産むつもりでいました。

2月末の健診でまさかの入院と言われました。元々ずっと血圧高めできていて、上2人の時も妊娠高血圧になりましが、内服したら安定してました。なので今回も血圧上がっても大丈夫と勝手に思い込んでいたら血圧は高いし、内服しても下がらず、尿蛋白とむくみもひどくていつもゆるい感じの○○先生に診察室に入ってすぐ「入院しよか」と言われました。「え」って思って上の子2人の事もあるので頭の中が真っ白になりました。初めは1週間のつもりで入院しましたが、1週間経って退院できる日にいきなり張りが頻繁に出たりして血圧も高くなってきたので退院中止になってしまいました。尿蛋白も減るどころかどんどん増えて、結局出産するまで退院出来なくなりました。赤ちゃんにも栄養が行きづらくなってたので36週に入った週の水曜日に帝王切開となりました。

上の子達と長い間離れたにも初めてで無事3人目の女の子が産まれましたが、少し小さいのと早産になったのでしばらく保育器に入っていました。2000g越えたら退院できると言われて、でも少しずつしか増えなくて、私が明日先に退院することにしました。なので又搾乳して冷凍して毎日届けようと思います。

大きくなって上の子達とみんなで過ごすのを楽しみして・・・。
いきなりの入院だったので、とりあえず家の中を片付けて用意して待ってようと思います。入院中は毎日のように○○先生が話に来てくれてすごい心強かったです。こんなに長い間入院したのが初めてで、1ヶ月と少しお世話になりました。

○○先生がたくさんの助産師の皆さんと色々話せて楽しかったです。明日から上の子2人と赤ちゃんが退院出来る日まで準備しながら待ってようとお思います。そんなに長く入院にはならない事を願って・・・。

またすぐ顔を出しに来ますが、長い間お世話になりました。


掲載日:2015年3月12日

2015年1月14日

PM1:18 2978gの女の子、PM1:19 2908gの女の子誕生

予定日の2週間早い帝王切開でした。なにせ40才での初産、双胎妊娠、帝王切開という全てが初めてだらけの事ばかりでした。20代の頃からずっと生理不順で長い時は2年近く生理がないこともあり、自分の中では妊娠・出産はとっくにあきらめていました。38才での結婚。不妊治療などする気持ちもなく京都市内での仕事を探し求めていました。2ヶ月生理が遅れており、いつもの生理不順だ。いちおう検査薬で検査しておこうかな?と検査すると、まさかの陽性反応。

中央病院に診察に来て『妊娠されてます』との事。でも子宮に赤ちゃんの姿がなくて子宮外妊娠!?双子の為、小さすぎて見えなかったのでしょう。

有難い事に、双胎妊娠だったのに制限される事もなく、順調に2人とも成長してくれて、無事に32週を迎えました。32週で風邪を引いてしまい、おまけに健診で血圧、むくみ、尿蛋白が引っかかり、大事を取って、入院することになりました。36週目までに産まれてくると大学病院などに転院になっちゃうので。年末年始を病院で過ごすという貴重な体験が出来、助産師さん、看護師さんの皆さんによくもしていただき、楽しい入院生活でした。

年が明け帝王切開の日が近付いてくると不安と緊張で押しつぶされそうになりました。大きな手術も初めてだったので余計でした。

お腹の2人は予定通りの切開の日まで大人しくいてくれて、無事にope台へ。●●先生や○○先生、助産師の方々、麻酔科の先生、さらに小児科の先生2人etc.多くの方々にお世話になり、無事に産まれました。本当にありがとうございました。二人が出てきた時は感動で泣いてしまいました。

この病院にして本当に良かったです。授乳の事や育児の事etc.スタッフの皆さんにいっぱい聞いて教えて頂きありがとうございました。
本当にありがとうございました。


掲載日:2015年3月12日

2015年1月13日

PM2:15 3130gの男の子誕生

2年前、2012年12月19日、37w4dで3668gの長男をこちらでとりあげていただきました。初産で超BIG BABY(そうでもない?)を無事出産させてもらいました。

第1子が37wで産まれたので今回も早いかなーと勝手に思い込んでワクワクしていたのですが、臨月に入り、子宮口は3㎝~4㎝、4㎝~5㎝と順調に開いていっているのに、待てどくらせど陣痛はこず。「産まれる産まれる詐欺」を繰り返すこと2回。もういい、好きにしろと思った次の日。39w検診。でも張りはなし。帰っていいよーと言われ帰宅。

「あれ?痛いなー」しかし前駆陣痛みたいなので気にせず家事。食事。
「あれ?やっぱり何回か続けて来るな」から一気にしゃがむくらい痛くなり、まだまだ半信半疑だったけれど、タクシーを呼び、民医連に電話をし、あたふたあたふた。5分以内にタクシーが到着し病院へ。

着くやいなやお産着に着替えベッドにあがりモニターチェック。
やっぱり陣痛きていた。上の子のときと痛みのイメージが違った+また「産まれる詐欺」いやだなぁ。で、ここに来るまで違うと思いつづけていました。

タクシーの中で主人に電話をしていて、やっぱり産まれそうともう1度報告しようと思いTELすると、何とまだ上司に伝えていない&こっちに向かっていないとのこと。待ってられへん、産むわ。助産師さんも何とかだんなを待とうとしてくれているけれど、ムリ。つらい。早く産みたい。
そしてどんどん痛くなりイキみたくなり…のところでギリギリだんな到着!!

よし!イキむ!!イキむ!!イキむ!!の3回ぐらいでするりんこと、かわいいかわいい次男の亜¥誕生。何度産んでも子どもの誕生は感動です。

「あれ?」と思ってから1時間40分の安産でした。経産婦さんは早いときいていたので、私的には「まあまあやな」と思っていたけど、だんなはもっとかかると思ったとよゆうをかまして仕事をしていたそう。それでもがんばってかけつけてくれてありがとう。

そして何よりお産を手伝ってくれた助産師さん、上手にほめてほめて産ませてくださり、おかげで傷ひとつないお産ができました。ほんとうにほめ上手でうれしかったです(笑)ありがとうございます。

上の子の時より痛みの感じ方は強かったなーという印象でしたが、3日もたつと「もう1人も…ええかなぁー」と思っちゃうのが不思議です。また出産したい。

おにいちゃんと仲良く酒を飲みかわす兄弟になってネ☆
生まれてくれてありがとう。
手伝って下さった民医連のスタッフさんたちすべてに感謝です。
3人目もあればよろしくです(笑)


掲載日:2015年3月12日

2015年1月12日

AM8:14 2712gの男の子誕生

「経産婦は早い」しかも「切迫早産」だし…。子宮口も早くから開いてきてる。
それが頭にあり年末年始も気が気でない。年始の大雪にも今夜産気づいたらどうやって病院に行けばいいのか…と心配な毎日でした。1週間前もフライングで一旦入院したものの帰宅していました。

朝4時頃、まばらな張りがあり、でも痛くない。またこれは違うと思い、寝ようとしたが、5時頃なんかキューっと痛いような…いやいやホンマか?いちおう夫を起こして準備。5時半頃、再度横になり確認。やっぱり痛い。7~8分の間隔の張り。病院にTEL。自宅は左京区。30分ぐらいの車中。痛くなってきた。「そーろっと走れへんか…」夫につぶやく。

6時すぎ頃病院着。モニターでも張りを確認。夫の忙しい月曜日。できれば避けたかったが「午前中には産まれるかなー」と思い。痛みがきつくなりつつある。

「あーまだこれからどんどん痛くなってガマンの時間やなー」と思っていたら突然激痛。えっ!?もう?めっちゃいきみたいけど。ガマンの時間!?「ガマン!ガマン!」お産の時は声を出すと楽になると1人目の時に学んだので叫ぶ。助産師さんに確認。自然にまかせていきんでいいとのこと。「よし!」いきむ!究極に痛い!いきむ!ふっと痛みのピークが過ぎた?今どの状況?と思い、頭が出てきている感じだったので触ってみる。かなり出てきている!よし、もういける!最後のいきみ。

まさに“産み出した”感じのあるお産でした。結局は3時間ほどでした。やっぱり「早い」んだねー。いや、びっくりした。

とりあげて下さった○○さん、●●さん、◇◇先生、ありがとうございました。●●さんは外来でも産後もお世話になることが多く本当に心強い存在でした。「おみごと!」と言ってもらってうれしかったです。

いろんな困難を抱える患者さん達によりそい、あたたかく接しておられるみなさんの姿、民医連ってすごいなと改めて思いました。2人目ちゃんもかわいい。


掲載日:2015年2月6日

2014年11月12日

PM3:00 3328gの男の子誕生

今回の出産はきっと人生の中で一番の思い出になるかと思います。
なぜって?…だって陣痛からのTotal→37時間!!

6人目で過去最高の長時間!!
妊娠でもビックリしてまさか!?と思い、産気づいてまたまさか!?と思い…ほんとに今回はまいりました。

検診はとても順調で早産になることもなく、不規則抗体のことだけが心配でしたが、血液検査も何事もなく37週目へ…

37週目で子宮口5㎝→38週→6㎝!!
これはいい感じと思い、毎日おしるし・陣痛待ちでした。
おしるしはくるものの陣痛はこず…待っても待ってもこず…
あきらめていた時、夜中に腹痛に起こされ!!来た!!1時間で10分間隔に。急いで病院へ。
でもどうせすぐに産まれないしと思い徒歩で少しでも陣痛を軽くするためにがんばって歩いた。その効果あったのか子宮口7㎝!!
これは早く生まれると思い助産師さんもバタバタ。

ところがやっぱり私の体質なのか…微弱陣痛に逆戻り。夜中に入院してお昼にはダラダラの陣痛に苦しみ、助産師さん達がこうしたらいいよ!と色々アドバイスをくれるも効果がみられず。

夕方には○○先生に「明日破水させてあげるし」と言われ、私は「えっ?明日?」明日まで待つの?この微弱陣痛を?もう体の限界でした…
夜になってもダラダラ…夜中もダラダラ…嫌気がさしてきて心が折れました。

朝になり先生と助産師さんの診察をうけ、昼に破水をさせることに決まり着々と準備が進められ人工破水をさせました。

私も周りのスタッフさんも口をそろえて言ったこと…
「破水させたらぜったいに早いしがんばろう」
予想通り、破水させたとたんビックリするぐらいの早さで陣痛が!!
うちの子みんな人工破水なのでわかってはいたこの痛み。でもやっぱり痛い…忘れていた陣痛の痛みがいっきにきました。

普通に産まれるかと思いきややっぱりなかなか下がってこれず…
急きょ吸引分娩へ!!私はなんでもいいから早く出したいと思い痛みに耐え、ざっくり切られたことさえわからないままいきみました。吸引される痛みもつらいですが…体が限界を感じて最後の力をふりしぼりやっと産まれました!!

涙がいっぱい出ました!!何回経験してもうれしいものです。産まれた我が子の顔を見たらやっぱりがんばって良かったと思いました。

産まれてホッとしたのもつかの間…我が子が保育器へ。呼吸が浅く、発熱もあり、点滴をしながら様子を見て行くことに。母子同室を楽しみにしていたのにとても悲しくなり、心配な日々をすごしました。3日前には点滴もとれておっぱいもたくさん飲めるようになりやっと我が子とふれあえる日がきてホッとしました。

この先きっと色々大変なこともあると思いますが、この出産がきっとはげみになるかと思います。この出産がラストだと思います。

病院のスタッフさん、先生、助産師さん、本当にお世話になりました!!そして覚えてていただいてありがとうございました。家は近いのでいつかなた会える時はくると思います。心から感謝してます。みなさん大好きです。

最後に…名前は●●と名付けます。強い男の子に育ってほしいです!!


掲載日:2015年2月6日

2014年10月31日

AM6:15 3268gの男の子誕生

1人目を帝王切開で出産しました。その時は赤ちゃんも私も無事で、何より元気に産む事が出来て良かったと思いましたが、まさか自分が緊急の手術になるとは少しも思っていなかったので、心の準備が出来ていなかったこと、出産に対するあこがれやイメージだけがふくらんで、もっと理想的な幸せな気分を味わえる、と思っていたのが、現実は全く違い、自然分娩で産んであげられなかったこと、自力で産んだという満足感が無いということ、手術後の体の回復がおそいこと、赤ちゃんのお世話が出来ないetc…不満だらけの産後でした。

2人目がもし出来れば、次は絶対に『自然分娩で産みたい!!』という強い思いがありました。1人目を産んだ病院ではVBACは出来ないという方針でした。京都でVBAC出来る病院を探し、色々な人に聞いている時、「中央病院でVBACしたよ」という方に出会い、私も是非こちらの病院にお願いしようと思いました。
そして念願の2人目妊娠。

健診ではずっと小さめ赤ちゃん。標準ギリギリサイズで、とても心配な日々でした。でも特に異常はないとの先生の言葉に安心するものの半信半疑な妊婦生活でした。
前回下から産めなかった私の為にこの子は小さめで出てきてくれるのかも知れない、と都合よく考え、その不安を消そうとしました。

外来の診察でいつも助産師さんが温かく接して下さり、上の子を連れて行った時もよく面倒をみて下さり、とても助かりました。

小さめ赤ちゃんを心配する私に「大丈夫、元気だよ」の一言が本当に有難かったです。先生も「予定日を過ぎても自然に陣痛がくるのを待てるだけ待ちますよ」と優しく言って下さり安心しました。

そしていよいよ予定日が近づき、37週を過ぎ、いつ陣痛がきてもよい時期になっても、なかなか赤ちゃんは下りてきていない、子宮口もしっかり閉じている。帝王切開も考えなければいけないねという話になりました。

やっぱり私にはムリなんだ…子宮口は開かないんだ…と落ち込みました。自然で産む事への恐怖心も出てきて、手術してもらおうか…と悩んだりもしたけど、お腹の中の子を信じて「きっとこの子は私の前回のお産のトラウマをぬぐい去る為に私のところにきてくれたんだ」と考え直し、この子のタイミングで生まれたい時に生まれたい方法で生まれてきてくれる。この子に任せようと決心し、自然に陣痛がくるのを待ちました。

予定日を過ぎ40週と6日め、29日の夕方からシクシク痛み出す。夜になって間隔を計ってもバラバラ。10分だったり5分だったり、15分になったり。20時、7~8分間隔になり病院にTEL。あと1時間様子をみて又電話下さいとの指示。その間にお風呂へ入る。お風呂の間もずっと5~7,8分間隔でお腹は痛む。上の子を寝かしつけ、9時過ぎ病院へTEL。10分以内、一定の間隔ではないものの、痛みは続いているので、念の為入院の用意をして来て下さいと言われ準備をする。上の子がぐずり出す。再度寝かしつけている間、痛みが遠のいた感じがする。あれ?治まったのか?なかなか病院へ来ない私を心配して病院から電話が入る。「なんだか治まりました…」その後、日付が変わって30日午前1:00~さっきより強い痛みがまた一定ではないものの続けてやってくる。

病院へTELして今度こそ入院だ、主人の車で出発。上の子はおばあちゃんと一緒に寝ていたので、そのまましばらくのお別れとなりました。

30日、陣痛はゆっくり進むものの時間かかりそう…11/1まで待って手術しようかねと○○先生。軽くあっさり言われるとこちらも気が楽になる。モニターをはずす合間にスクワット、部屋をウロウロ、ウロウロ、ストレッチ、1人で体を動かし、なんとか陣痛が進んでくれるのを願う。

交替で色んな助産師さんが見に来てくれて「この体勢が楽ですよ」とか「息のはき方」とか足を温めて下さったりとか、細かくアドバイスをして下さいました。前の病院ではそんな細かい指示はされてなくて私自身も勉強不足でうまくいかなかったのだと思います。

1人目もこちらに来ていれば自然分娩できたのではないと思うぐらいです。陣痛はゆっくり進み、痛みも増してきて、子宮口は5㎝開き、吐き気をもよおす。助産師さんによると吐くと5㎝開いているというのがあるらしく(なぜかは不明…)これから開いてくるかもと予感があったそうです。

日付がかわり、31日午前2時頃、7~8㎝開いてきて、分娩台へ移動。主人に連絡して立合いに来てもらう。

終わりの見えない痛みに耐えられそうになく「あと何時間くらいで生まれますか?」と質問。「うーん早くて3~4時間、もっとかかるかもね」まだ続くのか…。どんどん増してくる痛み、でも必ず休憩はあるので、何とかがんばれそうな気がしてくる。みんなこんなイタイ思いをして子供を産むんだなと、お母さんはみんなスゴイなと思いながら、赤ちゃんも今必死に生まれようとしている、せまい道を通ってこようと頑張っている、と思い一緒に赤ちゃんと頑張ろうという思いで痛みに耐えた。主人は「今までに見たことない顔をしていた」と言う程、すごい顔になっていたんだろうなぁと思う。

全開になり、いきんでよいと言われるまで長かったけれど、いきみ出してからも長かった。本当にいつ出てくるのだろうか、このままずっと続くのか?いつか終わりがくるはずと考えながら陣痛がくる度いきむ。

助産師さんの的確なアドバイスがなければ途中で力つきていたと思う。そして午前6時15分。誕生!!元気な産声が聞こえ、涙するかと思いきややっと終わったーという安心感の方が大きくて命の誕生に感動するヒマがなかった。

最後に2人目出産を中央病院でする事が出来て本当に良かったです。お世話になった先生、助産師さん、スタッフの方々。本当に有難うございました。


掲載日:2015年2月6日

2014年10月25日

AM10:27 3866gの男の子誕生 「赤ちゃんとお母さんの事を一番に考えてくださる病院」

2014年の2月中旬頃からちょっと気持ち悪くなり『お腹に赤ちゃんがきてくれた』と感じました。それからしばらく具合が悪く寝込む事が多くなりました。

1人目は10年前。私の父が「何かあった時のためにバックに大きな病院がついている所がいいよ。」と言う事で京都で有名な某産婦人科へ。大人気で診察するのに3~4時間待ちました。ちょうど私の姉も妊娠しており、京都の別の産婦人科で里帰り出産でした。(1か月半前に)私の通っている産婦人科は大きいため、先生方、助産師さん、スタッフの人数がとても多く「お産の時にどの先生にあたっても良いように、健診時期に全ての先生と会っておいた方がいいですよ。」と助産師さんにアドバイスを頂きました。

姉の病院は、院長先生とその息子さんお2人でされているため、とってもアットホームで妊婦に安心感を与えてくれるそうで姉や母から「こっちにおいでよ。」と誘われ迷いつつ、私の通っている産婦人科の助産師さんが好きで結局そこで出産する事になりました。

1人目の時は主人に立ち会ってもらいたいという思いが強く、バースプランにも書いておりました。主人ははじめ立ち会いはちょっと…と思っていたようです。

1人目のお産は、おしるしが来て8分間隔の陣痛ともしかしたら破水しているかも…という事で夜中に産婦人科へ。主人に連絡すると仕事中でその後も病院には行けないという事でした。初めてのお産で不安いっぱいの中、母と2人で陣痛室で過ごしました。お腹が痛くて横になれず、急いで来たので素足のまま、椅子に座り、赤ちゃんがおりてくるのを待ちました。お腹の子にはいつも「パパがいる時に出てきてね。」と話しかけていたので、主人が見に来てくれると、急激に赤ちゃんがおりてきて赤ちゃんの心拍が35くらいまでおち、私も苦しくなり一時帝王切開になりかけました。これから赤ちゃんを育てていく自信をつけたくて自然分娩をどうしてもしたかった私。先生にお願いをしました。幸いすぐに赤ちゃんの心拍が戻り、帝王切開はまぬがれました。そばで見ていた主人、お産がこんなに大変だと思っていなかった様で、心配で仕事の合間にしょっちゅう病院に来てくれる様に。その度、まっていたかの様にぐっとお産が進み、寝られず食べられないまま3日かかって、主人立ち会いの自然分娩でのお産ができました。赤ちゃんの頭が楕円形でつまってなかなか出てこれませんでした。2972g、150㎝の私の小さなお腹の中でめいいっぱい大きくなって生まれてきました。その時はとってもいいお産だと思いました。ただ、出産時に切っていただいたのですが、それ以上にさけ、後キズはひさんなものに…。お手洗いにいくのがこわくてこわくて。痛くていたくて。お産後もっと勉強してたら良かったなぁと思いました。

友人に「○○助産院で出産したら産んですぐに『また産みたーい!!』って思うよ」と聞いていたので、私もそんなお産がしたくて、もし2人目ができたら、○○さんへ行こうと思っていました。

長男(1人目)が5歳でようやく卒乳し、ずっと「オッパイやめられへんし兄弟いらん」と言っていたのが「ぼくも兄弟ほしい」と言い出した頃、丁度、又私のお腹に新しい命が。○○さんへ行き、色んな事を学びました。「病院では産ませてもらう」という感覚から「ここでは自分の力で産む。それを助産師さんは手助けするだけです。」なので、しっかり体づくり体力づけ出産にそなえる。産院でおどろいたのは機械はなく全て●●さん(助産師さん)の触診です。1人目の時エコーの画像を大切にしていた私。「エコーはないんですよね」の言葉に「赤ちゃんはお腹にいるのよ。モニターがあったらモニターばかり見るでしょ。お腹を感じてあげてね」と言われハッとしました。本当にそうだと。助産院には全く無駄な物はなく赤ちゃんとお母さんに必要な物しか置いていない。お産もありのままの姿で自然なお産。

2人目のお産には長男と母が立ち会ってくれました。6歳の長男が手をにぎり、やさしく声をかけ励ましてくれ、2時間半でのお産。とっても幸せでした。

助産院でのお産を経験してしまうと他でのお産は考えられなくなります。でも○○さんはお産の取り上げはやめられました。そんな中、3人目ができた事がわかり、どこへ行こうか…途方にくれました。2人目の園の送迎、家事でいっぱいいっぱいの私。2人目の子もオッパイがやめられず「ママのお腹に赤ちゃんはいません。オッパイやめられません。病院いかない」と、なかなか病院に行けず5ヶ月。

でも○○さんに教えて頂いた事、常にお腹に話しかけ感じ、自分の体調管理だけはしっかりと。
そして◆◆助産院へ行こうかと思い電話してみると、「とりあえず近くの病院に行って診てもらってください」との事。2人目の娘も「今日は病院ついていってあげる」と言ってくれたので、民医連中央病院の夜診へ。◇◇先生に出会う。とっても温かい先生。なんだかすごくよかった。もう産婦人科はいいわと思っていたのに、そんなこんなで、◇◇先生やスタッフの方が良かった中央病院が頭に浮かび、ここで産むことを決意。

お産当日、子宮口全開まで自宅におり、車イスで陣痛室に運ばれました。もう何がなんだか意識朦朧とする中、□□助産師さんの優しい声が聞こえる。
1人目のお産がトラウマでいきむのがこわくて、ためらっていたのですが□□さんが「うまいですよ、いいですよ」とものすごく上手にリードしてくださり、だんだん安心していきむことができました。何回いきんでも出てこない。途中いきみすぎて何度か気絶しかけましたが、□□さんのおかげで無事出産することができました。

こんな良いお産ができるなんて思ってもいませんでした。それも3866gもある男の子。150㎝のチビの私が自然分娩で。ありえない。ほんとビックリ。後キズもほとんどなくきせきです。
本当に有難うございました。ここでの出会いわすれません。


掲載日:2015年2月6日

2014年10月17日

PM0:08 2922gの女の子誕生

予定日の10月16日を過ぎ、1日経ってからの出産。家族や助産師さん、○○先生に励まされながら、無事出産という最初で最後の大仕事をしました。

10月16日に緊急入院し、10月17日の朝から微弱陣痛が起こり、やっぱり上の子同様、少し誘発が必要になり、あえなく一気に全開となり、先生を待たず、出産しちゃいました。上の子の時に比べ、お産は楽でした。

毎回、怖いと思っていましたが、今回はそこまで怖くなく、お産が出来ました。やっぱり子供はいいなぁと実感しました。

次の日には、手術をして貰い、これで本当に最初で最後の出産だと思いました。出産の時に付いてくれた、●●さん、研修医の◆◆先生、手術の時に執刀してくれた○○先生、◇◇先生おもしろい話を手術中にして頂き、聞いていただけで、気分がリラックスできました。

この病院で4回のお産をさして頂きましたが、今回のお産とってもリラックス出来ました。
手術の説明、誘発分娩の説明とともに丁寧な説明ありがとうございました。明日から頑張って育児と家庭を大事にしていきたいと思います。ありがとうございました。


 

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