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ご出産されたママの声 2005

産婦人科ジャーニーの果てに

11月29日(火)午前0時15分3308gのとっても元気な女の子を出産しました。

38週6日に中央病院で出産するまでに何とも不安な産婦人科めぐりをしておりました。「いったいどこで安心して産めるのだろう」と。

1人目が帝王切開ということと、36歳であるということと、2人目から10年空いているということ、2人目は経膣分娩だが促進剤を使用しているということ、羊水過多であるということ…で行く先行く先で断られ…結局11月28日の夜診で中央病院の高橋医師の診察を受け、そのまま即入院、即出産という経過をたどりました。

妊娠33週まではS病院にかかっていましたが、1人目の帝王切開の人は2人目も90%帝王切開主義の病院でした。私の意向や、緊急に対応できることを考えて、K病院に紹介となりました。K病院で34週から38週まで健診を受けました。
そして38週5日、お腹がよく張るのでK病院に行って診察をした結果、「うちでは対応できないので今からすぐ中央病院へ行ってください」とのこと…「なんで――――!今までの話はなんやったん?―――――いったいどこからどこまでホンマでどこからどこまでウソなん?何を信じたらいいん?いったい紹介したS病院、K病院はいったいなんなん!!」と。また病院を移らなければならないという消耗感でショックand down。もうぐったりした心で中央病院へ行きました。

中央病院での診察の結果、多すぎる羊水の量と上の子を3900gと3500gで産んでいることと、子宮口が2cm開いているので即緊急入院となりました。自然分娩と緊急にそなえて帝王切開の準備をした上でのお産となりました。
この日はちょうど主人の誕生日で陣痛室で子供たちと主人とで誕生日パーティをした後、夜10時過ぎに人工破膜をして多すぎる羊水を抜きました。
その後順調に赤ちゃんの頭が降りてきて、だんだんと陣痛の波がきました。
助産師さんのやさしく頼りになるリードではっきりと意識しながら落ち着いて呼吸をして痛みを逃すことができました。だんだん、だんだん痛みが本格的になってきたのが11時ごろ。だけどすごく落ち着いていられました。

ようやく「もう何処で?」の心配することなく安心して出産。
ファミリーバースということでベッドの上で剃毛も浣腸もなく、すごくアットホームでした。
お産ってちゃんと気持ちが落ち着いてきちんと陣痛の波に乗れば、赤ちゃんとお母さんの呼吸がぴったりあって、とってもスムーズに進むんだなあと思いました。それにはやはり信頼できる産院選び、助産師さんの腕の確かさにあると思いました。私の場合本当にラッキーだったと思います。思いかけず中央病院に来て、とてもすばらしい助産師さんや看護師さんや医師に巡り合うことができて。赤ちゃんも私もとてもハッピーな入院生活です。


「こんな可愛い時があったんだ…懐かしく思います。年の離れた兄弟もいいです。」

2005年11月4日 女児3060g 出産

実は5人目です。上は男子ばかり4人。15才、13才、12才と2才です。
上3人男子組を出産後10年あいて授かった子はまたまや男子。(まぁ、男子でも可愛いのですが…)あ~っ男の子かぁ…と思っているところに今回の妊娠。歳も歳なのでちょっと体力に自信がありませんでしたが、まァ39週と0日まで頑張れました。

経産婦さんは早いし…なんて嘘です!今回も産休に入る直前から「子どもはさがってるし頚管はうすいし…早いよ」と言われましたが2日がかりでした。
上の子達も陣痛発来から36時間~12時間と長旅でしたが5番目ということで48時間は越えないでしょう。!!でした。いきみが来てもポロッとはでないし…
本当、体力要ですね。長旅で苦労して手にした我が子はめちゃ可愛いっす。

上の子の時とは分娩に対する考え方や対応が違いフリースタイルで出産できるってすごいと感動いたします。女が1人で産むのではなくて家族みんなで新しい家族を迎える「命」を大切に思う本当に大事なことですよね。4番目は「楽な姿勢でいいよ」と言われ横向きのままで今回はベッドのままで夫にじがみつく格好で産みました。分娩台で上向きで産むよりずい分楽でした。近看の実習生3人の方にもマッサージやうちわであおいで頂いたりお産が今日は1人ということもあり、ちょっとVIPでした。経産婦ですがお産は長いし、わめくし毎回おはずかしいことです。まア、よく5回も頑張ったと自分に感激です。(支えて頂いたスタッフがいるからできたことです。感謝です)子どもは無事産まれたものの、ちょっと元気がないのでクベースでお預かりで入院となってしまいました。私も今回はいつになく出血が多くて(輸血はしてませんが)眼瞼は白くなっています。我家に初の姫の誕生ですが出だしちょっとブルーです。同室の方々には我子がいるんだけど自分の手元には来れないんですヨね。上の子たちも今はずい分、親よりも大きくなってきてますが。

こんな可愛い時があったんだ…懐かしく思います。年の離れた兄弟もいいです。
予行演習もできて…。姫の到来にお兄ちゃん達がどうでるか楽しみです。うちには野球ボールかサッカーボールはありますが、ドールハウスやバービーちゃんとかありません。
お産を自然につきあう、大変なお仕事ですが、これからも発想豊かに頑張って下さいませ。


「無事にママとパパとお姉ちゃんのもとへ生まれてきてくれてありがとう!
その小さなもみじのようなお手てで、幸せいっぱいつかむのよ!」

2005年9月29日 3:57am 2386gの男の子出産

思えば、産まれる20日程前、9月10日の母親教室の自己紹介で「阪神の優勝の日に産まれてきてほしいけど、試合が陣痛で見られなかったらイヤやし…」とお産と全然関係のないことをしゃべっていた私…(そうあればいいな)というだけでさしてこだわってはいなかったのだけど…

28日の朝、トイレでおしるしがあり、バタバタと入院の準備を整え長女とお散歩に行ったり買い物に行ったり。全然陣痛がこないので「まぁ2日後くらいかな」と何の根拠もないことを考えつつ、ボーッと1日を過ごしてました。夜、お風呂に入っておっぱいマッサージしてご機嫌に髪なんか乾かしてたら「ん?」何だかお腹から腰にかけてにぶ~い痛み(あ、これ懐かしい)午後8時半、陣痛開始です。長女の時は食べたもの全部吐いてスタミナ不足で大変だったので、今回は晩ごはんをたくさんお腹に詰め込む。気がつきゃ10~7分間隔で9時半、病院に電話、経産婦なのですぐ来てくださいとのこと。長女は「ママと一緒に行く~」と言ってきかないので支度をして10時すぎ妹の車で病院着。
たしかに張りはきてるけど遠のくかも…と言われ、妹と長女は家に帰ることに。私は経産婦なので、移動も大変だし、陣痛室に一応残ることに。
1人で薄暗い陣痛室のベッドに横になる。陣痛のたびに子宮口がグググッと開いていくのがわかる。お気に入りのCDをかけてもらいフーフーと深呼吸。今わが子がゆっくりゆっくりおりてきている…想像すると痛みも耐えられる…。な~んて思っていたら急に陣痛の間隔が短くなり、そんな悠長なこと言ってられなくなる。痛い、痛いのだ!!!

しかも次つぎとおしよせる波、なんぢゃこりゃぁ~もう、いきみたくてたまらん!!あわてて実家の母を呼んでもらい腰(とういかもう肛門付近)をさすってもらう。助産師の吉田さんが子宮口の開きをチェック「あらあら、もうほとんど10cm開いてますわ」え~もう開いちゃっていいの??ふと時計をみると日付けは変わり29日午前3時くらい(だったような…)「分娩室に行く?」「ここで産んでもいいよ」と言われたけど、どっち選ぶ余裕もない。でも分娩室は光々とした明かりよりうす暗くムーディーな陣痛室の方がリラックスできそう。ということでもう、そのまま陣痛室のベッドでいきみが始まる。いきんでもいいとなればこっちモノ!のはずだったけど、また頭が出ようとする時の灼けつくようなジリジリとした痛みのきついこと!両足はケイレンしてガクガクしてくるし、陣痛がいつ来てるのやらよくわからんし、呼吸もムチャクチャで、酸素マスクまでつけるはめに。でもつらい痛みの中、ふと横を見ると、なんと長女が立っているではないか!!いつのまにやら妹の車で駆けつけ、私の手を握ってくれてたいた。「痛くない、痛くない、ポン!」って一生懸命おまじないをしてくれている。がぜん息をふき返した。よっしゃ~最終がんばるゾ~娘の手をにぎり最後の力をふりしぼっていきむ。「もういきまなくてもいいよ~」吉田さんの声。ズルズルズル…へその緒を2回も首に巻きつけて息子はこの世に誕生!しばらくうぶ声が聞こえなくてちょっと心配したけどやがて蚊のなくよう「フェッフェッフェッ~」という声。はぁ~終わった~この達成感!何ともいえない瞬間。長女が照れくさそうに何やらゴソゴソ出してくる。おり紙でつくったメダルである。私に内緒で作ったとのこと。ベッドに横たわる私の首にそっとかけてくれた。ジ~ン~
2歳半の娘、赤ちゃん返りもあったけどこんな素敵なプレゼントをどうもありがとう!二度目のお産は初産より時間が短い分痛み倍増だったけど、今から思えば超安産!とても感動的なお産になりました。

さて、その夜私は病室のTVをくいいるように見つめていた。最後のレフトにボールがとんで試合終了!2005年セントラルリーグ、阪神タイガース優勝の瞬間である。しばしボー然!まさか本当に優勝の日に生まれてくるとは…鳥肌が立った。
母親教室担当の助産師さん(小畑さん)や看護師さん、看護学生さん達に「おめでとうございます」と言われ二重の喜び。とても忘れらない出産当日になりました。

入院生活は本当に楽しいの一言。長女の時は不安もあり楽しむどころじゃなかったけど、今回は二人目の余裕からか、夜ねられないのも、お乳がはって痛いのも、オシッコやウンチの世話も楽しくてしょうがない。母乳の匂いをBabyの体に鼻をくっつけてクンクンかいでみたり、気持ちよさそうに寝ている顔を何分眺めたり…「ア~ン」と泣く子と声も、小さく握ったお手てもすべてかわいくてかわいくて…

四人相部屋はプライバシーはないけれど、他のママ達が一生懸命子育てしている姿が耳から聞えてきて、とても勇気がわく。みんな夜は疲れてイビキなんかかいて寝ているのにわが子の「エッ、エッ」という泣き声がきこえるとバサッと布団をけちらして起き、いそいそとお世話をする。小さな声で子どもに語りかけたり、背中をトントンとたたいたり…
そんな「音」や「声」を聞いているだけで自分も子育てがんばろうって思えてくる。
そしてママってすごいな~母ってすばらしいな~と思えてくる。
助産師さんや看護師さんが何度も病室をまわり、いろんなアドバイスをしてくれるのもありがたい。他の人がアドバイスを受けているのが聞えてきて、こっそり実践してみたり(笑)
赤ちゃんの性質のこと、おっぱいのこと、ゲップのさせ方など、いろんなことを教えてくれ、何度も何度も訪ねてきてくれる。いろんな助産師さんがいろんな方向から教えてくれるので本当にためになる。
今はフランス料理が出て、個室でホテルみたいな産院が人気があったりするが、母になるって、子育てするってそんなことじゃないと思う。もっともっと大切なことを気付かせてくれる、すばらしい病院だと思う。
髪の毛ふりみだして、目の下にクマをつくって必死で母乳を出し、それでもわが子ってかわいいと実感させてくれるそんな入院生活バンザイ!

退院後、一人になった時、中央病院で教えてもらった数々のコトが生きてくるのである。明日でいよいよ退院。二人の子育てがスタートするけれど、ここで教わったたくさんのことを生かしてがんばります。
先生をはじめ、助産師さん(特にとりあげてくださった吉田さん、ありがとうございます!)看護師さん、そして職員の皆さん、本当にありがとうございました。小さく産まれたわが子もプラス250g増で退院できそうです。

これもすべて皆さんのおかげです!感謝の気持ちでいっぱいです。
三人目は…もうないかもしれませんが、もしあればゼッタイ中央で産みます。
またよろしくおねがいします。

最後に…生まれたてのわが子へ。大好きな出産の絵本の一節を送ります。
「無事にママとパパとお姉ちゃんのもとへ生まれてきてくれてありがとう!
その小さなもみじのようなお手てで、幸せいっぱいつかむのよ!」


「まさか中央病院の外で産んでしまうとは…」

2005年9月18日 女の子3010g出産しました。

4人目の赤ちゃんもこちらの中央さんで産ましていただけて本当に良かったです。
しかし、まさか中央病院の外で産んでしまうとは…外で産まれてしまい皆さんにご迷惑かけてしまってスイマセンでした。まるでテレビのような光景で自分でもびっくりです。
今日9月18日の朝、お恥ずかしながらダンナさまと朝Hをしちゃいまして…
朝から今日満月やし産まれるかな~?今日やったらいいな~っと話してました。娘3人たちとお昼ごはんのパンを買いに行って楽しく食べてその頃から、おなかがはるな~っと少し感じながら、オートバックス行ったり、100円ショップ行ったりとしているうちに時間がたち家にもどった4時30分頃、やっぱりお腹のはる感覚が8分~7分?とちかいよ~な…
でも、なんかよくわからず4人目やしこんなんゆってたらあかんのですが、陣痛かよくわかりませんくて…一応、念のため家の掃除や、子どもたちの用意などすませてたら2、3分間隔のように思えて「まさか違うと思うケド一応病院に電話して聞いてみるほうがいいかな~?」と主人に相談すると「早くしなあかん!!」と主人が言いだし、病院に電話すると「痛いですか?」と聞かれるので「痛くはないんですが、お腹のはりが3~4分のようで、まだかよくわからなくて…」と自分でも恥ずかしくて、一応入院の用意して診察に来てほしいとのこと。子どもたちを実家に送りその頃には…もう波がグ~っと体の中からくるのがわかり「赤ちゃん、もしかしたら産まれるの今日かも~」って話してました。病院に着く頃には本当に波がグ~っとくるのでもしかして…産まれる??っと思ってドキドキしてきた2人…到着して、ゆっくり歩きながら主人と病院の入り口付近で急にいきみがきて、主人に抱きついてしまうと、パシャ~っと破水。ヒェ~っと下がビショビショやし主人が近くにいるおばさんに「すいません~!!先生呼んできてもらえますか?」と叫んでるし…。歩いていってもいいけど病院よごすかな?と思って2人で困ってると…またいきみたくなって1度いきんでしまって今度はまさか頭がほとんど出てるじゃありませんか…もうビックリで「生まれてしまう、ど~しよう!」って主人に言うと主人もわかったらしく「俺が支えてるし大丈夫やー」と言われ2人で大パニック。そしてすぐまた、いきみたくなっていきむとスポッと赤ちゃんが出ちゃって「産まれちゃった~どうしよう!!」と2人で落ちないように支えるので必死!!
やっと先生たちが入り口から走ってきて車イスに座りその場で赤ちゃん確認!!
「女の子です。おめでとう」と言ってもらい、やっと赤ちゃんの顔が見れてうれしさがこみあげました。知らない近くにいたおばさんもずっと私に抱きついて「よくがんばったね~」となでていただき、周りの人は、目をびっくりさしてこっち見てるし…。恥ずかしいやら、うれしいやら「すいません、すいません」と謝ってばかりの私でした。
ダンナ様もすごくうれしそうで「よくがんばったね」と褒めていただき、タオルがないので脱がされてしまって裸のダンナ様は恥ずかしそーに立ってました。
担架で分娩室へ行き、おしもも切れてず、赤ちゃんも元気で安心しました。

本当に先生や看護師さんたちの必死の素早い対応に感謝します。ありがとうございました。
あっという間で…正直何も疲れておらず、元気がありあまってるぐらいで…
このノートを読ましていただくと、みんな本当に大変がんばって赤ちゃんを産んだはるしすごいな~って感動して読ましてもらいました。こんなお産ですいませんって感じです。

正直4人目の出産、授かった時うれしいケド困っちゃったナ~っと思ってしまい、こんな自分で大丈夫かな?経済的に大変やのにとかワガママなことを思ってしまいました。でも主人も「がんばって育てよう 俺はうれしいぞ」と言ってもらい4人目をがんばろうと思えました。
これから、大変なこともあると思いますが、もう赤ちゃんの顔を見てるだけで幸せいっぱいです。がんばるぞ~!!お~!!
下の子はみんな夜泣きもすごいし、ご飯食べへんし、すぐ風邪ひいたり本当に子育てに悪戦苦闘してきましたので、この4人目BABYもすごく夜泣きするのかな…
親としてまだまだあかんママを成長さしてくれるために4人目授かったんだと思います。
子育てして親育ちですね。
4人目もまたさらにいとおしくかわいいです。
私の中では、2人で充分もういいわ~って思ってたのに4人も産んでしまいました。女の子4人…1人1人ちがう個性があって楽しいかぎりです。

長々と書いてしまいました。助産師さん看護師さん本当に皆さん親切にしてもらいありがとうございました。入院中は少しヒマで寂しくて話し相手がほしくてほしくて、もっと他のママさんたちと話す機会がほしかったです。
ワガママですが…ご飯もおいしかったです。
本当にありがとうございました。本当にすばらしいお仕事だと思いました。


「カワイくて、愛しくてしかたありません」

9月11日頃から前駆陣痛らしきお腹の痛みが出始めて予定より早くなるんちゃうか?と言う友達もいたけど、なかなか産まれず予定日より1日遅い出産になりました。16日から予定日(出産の1日前)にかけていつでも赤ちゃんを迎えられるように自分の部屋を掃除してベッドの位置を変え気持ちも入れ替え模様変えした部屋に満足していた。その夜から前駆陣痛がいつもより強く感じてきたので張りと痛みの間隔を計り、お産を心待ちにしていました。
17日もいつも通り家でごろごろ、だらだらしてる間も張りや痛みと言うか子宮がキュ~っとなる痛さが5分から3分間隔いなり、おばあちゃんと一緒に病院へ行きました。でも、張りの間隔は3分と規則的やのに張りの強さが、まだお産につながる強さでもないので自宅待機ということでお家へ1度かえりました。
確かに痛さもよく話しで聞く陣痛の痛さというより少し強めの生理痛、腹痛という感じで、これくらいの痛さなら、お産の時も余裕やん!って思っていました。自分は少し我慢強い方なので少し痛いの我慢するくらいと、あの出産の痛さをバカにしていました。その夜…夜中からだんだん朝方にかけて痛さが強くなってきた感じもしていたけど「張りがもう少し強くなったら、もう1度来て下さい」と言う看護師さんの「もう少し強くなったら」を本当の陣痛やとも気づかず、「まだまだこれじゃ、さっきと同じ!」と思い、痛くて寝れないけど自分が「もう、無理!!」と思うギリギリまで病院に電話するのをのばしてました。

朝方、「破水ってどんな感じなんやろ?」とふと思い家にある本や、パソコンのホームページで調べて痛さを紛らわしつつ時間もつぶし、自分の部屋でゴロっとなろと思ったその時、ジョ~と生温かい水のようなものが流れ出してきて、確かに今さっきお腹が少し小さい音だったけど「ポン」といったような気がして「これは絶対、破水やわ!!」と思い、急いで車で病院へ連れて行ってもらいました。入院ってことで、おばあちゃんに付き添ってもらって、朝早いのでおばあちゃんが居ない間、助産師さんや看護師さんに陣痛の波がくるたび、腰をさすってくださったり、ダンナの代わりになって初めてのお産の不安や陣痛の苦しさを腰をさすってもらったり声をかけてくださるたびに、和らいでリラックスできました。だんだん我慢できなくなるくらい痛みが激しくて「とりあえずこの痛みをど~にかしてくれ~!!」って感じで足をバタバタさせたり、もお、恥ずかしいと思う余裕もなく、たぶんすごい格好だったと思います。今、思うとダンナに居てもらわなくてよかったのかも…って思います。分娩室に移動と言われた時「ついに、来た!!」という感じで陣痛の痛さに泣いて、叫んで涙が止まらなかったです。陣痛の波とともに分娩室に助産師さんやドクターのみなさんが集まって来てくださって痛みで頭がもうろうとする中、手をにぎってくださった助産師さんや、おばあちゃんや産婦人科の先生や声をかけてくださった助産師さんのサポートでついに待ちにまった赤ちゃんが産まれました。痛さからの解放感と10カ月間、自分のお腹の中に居た自分の赤ちゃんを産んだ達成感で胸がいっぱいになりました。まだ18歳で遊びたざかりやのに本当に子どもを育てていけるか、とかやっぱり妊娠中は色々ありました。まだ、結婚もしてなくてダンナもまだ、若いので経済力もカンペキではないし、周りの大人のみなさんは私以上に不安だったかもしれません。今時、16歳や15歳でもママになってる人は結構多いです。あたしの周りも、10代ママがほとんどでめずらしいわけではないけど、あたしの私生活があまりにもだったのでおばあちゃんたちは頭が痛かったかもしれません。今もそうだと思いますが…。

妊娠中、気持ちが不安定になりやすくお腹の子にも負担をかけてきたと思います。元気に産まれてきてくれたこと、あたしをママに選んで産まれてきてくれたこと、子どもの顔を見るたび思います。カワイくて、愛しくてしかたありません。本当に幸せです。これからが大変だと思うけど出産の感動感を一生忘れず、自分の子どもを幸せにしてあげます。助産師さん、先生、家族のみんな応援してくれた友だち、そして一緒にお産を頑張ったあたしの赤ちゃん、本当にみなさんありがとうございました。


心のギリギリのフチを救って下さった…

2005年9月5日←(台風が日本列島に来た日!) 2886gの男の子☆

私にとって初めての妊娠・出産。
初めての妊娠と診断頂いた時はその場ではなく家に帰ってから、ジワ~ツと「うれしい!私たちに赤ちゃんが!」と後から実感がわいて来たのを覚えています。
―でも初産― その日からつわりとのにらめっこ。
何もかもが初めてだらけで不安だらけでしたが、検診や母親教室へ出向くたびに先生、助産師、看護師の皆さんに「大丈夫ですよ!」と励まして頂き勇気を頂きました。
"妊娠したら自然分娩で母乳でそだてるんだ"と強く願っていた私。そして、そうできるんだと安易に考えていた私に神様は"そうカンタンに母にはなれんぞ!"とばかりに丸2日の微弱陣痛の試練を与え、"それでも何とか!"と思っていたら、お腹から下りて来れず分娩停止に。
気力はあるものの私の体は正直でどんどん体力がなくなりつつあるけれど、お腹の赤ちゃんは懸命に動いてくれているし…
先生が"帝王切開で産もう"とおっしゃった時、私の願いとは正反対になってしまうけど、何とか赤ちゃんが元気なうちに出してあげたい!助けたい!という気持ちが強く切開手術で無事出産!!!陣痛・手術の間は泣いたりわめいたり…助産師、看護師の皆さんには本当にご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。

そしてまたまた2つ目の試練…母乳が出ない。
それは私にとって想像以上に辛いものでした。
この子は私を"母親として選んで生まれてきたくれたのだから、母親としてまずできる事は栄養と利点たっぷりの母乳を飲ませてあげる事…でも、出ない。出ないだけではなく私とこの子を見守ってくれるはずの家族からは"どうして出ないのか?""出るはずなのに"と期待と家族なりの心配をストレートにぶつけられて、母乳が出る以前にそのストレスで、精神的に押しつぶされそうになっていました。
そんな心のギリギリのフチを救って下さったのが、助産師の方々でした。"しんどい時はしんどいって言ってもいいんだよ""私たちに思いのたけをぶつけてきてもいいからね"涙が止まりませんでした。真夜中に時間のかかる搾乳をお手伝い頂いたり、マッサージをして頂いたり、色々な授乳方法を考えて頂いたり本当に何とお礼を言っていいのか…感謝の気持ちで一杯です。私たち親子は、この病院の皆様と出会えて幸せです。
もしも、皆様との出会いがなければ私自身、きっと明るい気持ちで"子育て"に取り組めそうになれなかったと思います。いつかこの子が大きくなった時、「あなたはたくさんの方々のおかげで生まれてくる事ができたのよ」と出産から今日までの日の事を話してあげたいと思います。本当に本当にありがとうございました。


「今の苦労は幸せな苦労やからガンバレ!」

2005年5月3日(火曜日)2290gの女の子と2272gの男の子を出産!!

5月3日に双子を出産しました。しかし、この出産は本当に長い道のりでした。2年前に自然妊娠をしたのですが8週に入った時、流産してしまいました。その後も着床不全などで、なかなか子どもが授かりませんでした。先生より「排卵誘発剤を使ったほうが‥」とういう話がもちだされ、どうしても子どもが欲しいばかりに、即、「お願いします」と返事をしていました。最初は錠剤から始まったのですが、なかなか薬の効果が現れず、先生と相談し注射に切り替えることになりました。しかし今度は薬の効き目が強すぎ、お腹に水が溜まってしまいました。先生より「注射での誘発は無理」と言われてしまい「私には子どもが授かることができないんだ」と落ち込みました。お腹の水は大変危険ということで診察は頻繁に通わされました。午前の診察ではどうしても仕事を遅刻していかないといけないが、その遅刻理由を会社や同僚に「不妊治療をして副作用が出ている」とは答えられず、その場しのぎの理由「原因不明で、お腹に水が溜まっている」と言ってごまかしていました。この副作用で、少し余裕のあった制服(スカート)はウエストがきつくなりホックがはまらず、大変苦しかったです。またそんな状況とは知らず、私と同じ年に結婚した同僚に妊娠が判明し「子どもはつくらないの?」とニコニコしながら聞かれた時もありました。これは辛かったです。
でもこの時、お腹の中に小さな二つの生命が宿っている事が判明し、嬉しさの反面、また前回のように流産するのではという不安でいっぱいでした。トイレに行けば、必ずお尻を拭ったティッシュに出血はしていないかとドキドキする毎日でした。
そして18週では子宮を縛る手術をしました。その後は本当に順調だったのが救いです。本などでは、多胎妊娠では管理入院を大抵の人がすると書いてあったのですが、幸い経過は順調ということで、陣痛が来るまで家で過ごすことができました。しかし、お腹の重さで歩くと恥骨が痛く、毎週病院へ1時間かけて通うのが大変でした(乗り換え3回)。寝る時も楽な体勢が無く胎動も激しかったので、眠れない事が頻繁にありました。ウエストも妊娠前は56cmだったのが99cmまでになり、立ち上がるという行動も大変でした。旦那からは「治療をして子どもができなかった時の苦労を思うと、今の苦労は幸せな苦労やからガンバレ!」と励まされることもしばしばありました。
出産の時期が近づいて来た頃、先生が「経膣分娩を考えています。がんばりましょうね」と言ってくれました。私は多胎の場合、帝王切開と思っていたのでビックリし、陣痛に耐える心の準備が…と、なんとも情けない事を思っていました。今思えば恥ずかしいばかりです。そして、少し早い37週での出産ではあったのですが、贅沢にも元気な女の子(第一子:23時34分に誕生)と男の子(第二子:23時49分に誕生)の双子が、体は約2300gと小さいものの、元気な産声をあげてくれました。
本当に今まで親身になって治療をしてくれた高橋先生に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。また分娩の際には、陣痛室からつきっきりで腰、お尻をさすってくれ、二人をとりあげてくれた平田助産師さんをはじめスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。退院の日まで一人では二人同時に授乳や体重測定などの検査も連れて行けず、いつもコールを押していました。しかし、助産師さんや看護師さんは嫌な顔を一切しないで笑顔で接してくれました。「二人分の母乳が出るように」と、おっぱいのマッサージを毎回授乳の度にしてくれました。感謝してもしきれないくらいです。この病院で出産できた事を心から良かったと思います。


みいちゃん、みなさん、本当にありがとうございました。

2005年5月18日 AM0:12 2674gの女の子を出産しました。

結婚して間もなく2年がたとうという平成16年9月、私の初めての妊娠が分かりました。なかなか子どもができなかったので、ようやくできたと分かった時は、だんなと2人で大喜びした反面、仕事を続けながらの妊娠生活に不安をかかえる日々でした。
そんな私の心の支えになってくれたのが、この病院の助産師のみいちゃんです。
みいちゃんとは看護短大の時からの親友で、一時は一緒に助産師を目指そうと私も思っていたのですが、一足先に私は看護師として働き始めました。みいちゃんが、助産師になった時、「半分夢のような話」と思いながらも「私が子どもを産む時はみいちゃんにとりあげてもらうわ!!」と言っていました。なので妊娠が分かった時は、みいちゃんが勤めていて、しかも家から一番近いこの中央病院に迷わず決めました。
私自身、看護師とはいえお産に関しては初めての事で素人同然だったので、気軽に相談できるみいちゃんがいる事はとても心強かったです。
しかも、ここの病院は助産師外来というのがあって受診すると、助産師さんがゆっくりと時間をかけて説明してくれたり、相談にのってくれるという診察をされているので、いろんな事を聞けたり、入院前から助産師さんと顔見知りになれたりして、すごく安心感がありました。
そんな方々に支えられ、無事お産をむかえるのですが私の場合、両親が実家をはなれ、関東の方に仕事の都合で行っているので、里帰りとういうかたちではなかってので、「1人でいる時に何かあれば・・」という不安があり、予定日の少し前に母親に来てもらっていました。検診ではまだ産まれそうにないと言われていたので、毎日のようにウロウロと出歩いて体を動かしたりしましたが、予定日あたりにおしるしのようなものがあったり、なかなか出産の兆候がないまま一週間近くすぎ、少し不安になっていましたが先生や助産師さんに「二週間までは気長に待ってあげよう」「お腹の居心地がいいのよ」と言われ、あまり急がず、「家族みんなでゆっくり待とう」と話しました。
5月16日に日が変わった夜中の2時頃から、不規則だった陣痛らしき痛みが10分間隔の定期的な痛みになり、電話して病院を受診。一応入院となり陣痛がすすむようにとお風呂に入れさせてもらったりしましたが、昼になっても陣痛がすすまず、子宮口もまだ2cm程しか開いておらず、いったん帰宅することにしました。ゆっくり待とうとは決めたものの、ついに!?と期待した分少しショックだったし、家族にも「まだかな・・」と思わせていることに焦りや多少のストレスを感じていたと思います。翌日になり痛みが腰やおしりにきてさらにつらくなってきましたが検診の予約があったのでそれまでがまんし、受診。
診察の結果、子宮口も5cm程開いてきており、このままお産がすすみそうなので入院とのことでした。先生のその言葉を聞いた時、ようやく先がみえたような気がして、本当にうれしくてほっとしたのを覚えています。
赤ちゃんは、みいちゃんに取り上げてもらうと約束していたものの、みいちゃんも来月に結婚式を控え忙しくしていたし、勤務の間の睡眠時間をさいてまで・・・とあまり無理は言えないと思っていましたが、運よくその日は日勤で私のお産を担当してくれることになりました。昼の12時に入院しできれば日勤のうちに産まれれば、と思いましたがそううまくはいかず、10分間隔だった陣痛が5分・・・と縮まり出したのは夕食の時間くらいでした。それからは痛みとの格闘で叫んだり、わがままを言う私にみいちゃんはずっと付き添ってくれ、診察した今の状況をまめに話して安心させてくれたり、腰をさすってくれたり、ツボのマッサージをしてくれたり・・・。
だんなや母親がそばにいてくれることも、もちろん心強かったけど、ピンポイントで苦痛を軽減してくれる、まさに「かゆい所に手が届く」という感じで、さすが助産師さんだと思いました。分娩室にはいったのが確か夜の10時半から11時の間くらいだったと思います。中村先生が一緒にお産についてくれましたが、当直ではないにもかかわらず、時間をさいてくださったと聞きました。検診で一番お世話になった先生だったので、すごくうれしかったし、しんどくて必死だったけど、とても安心できたのを覚えています。
それから約1時間半、上手に出産に導いてもらい、5月18日のAM0時12分、2674gの元気な女の子を無事出産することができました。親友に自分の赤ちゃんを取り上げてもらう、という夢が実現した瞬間でした。赤ちゃんが産まれた感動と重なって何と幸せ者だろうと思いました。だんなにも、しっかりビデオに撮ってもらいました。
私のわがままを聞いてくれ、日勤、準夜、深夜に及んだお産に最後まで付き合って無事元気な赤ちゃんを産ませてくれたみいちゃん、そしてそんなお産に協力してくださった師長さん、助産師、看護師の皆さん、先生方、本当に本当に感謝しています。ありがとうございました。最高のお産ができました。産まれてきた娘に、こんなステキなお産のエピソードを話せる日が早くくればいいなと思っています。
みいちゃん、これからも娘の成長を近くで見守ってくださいネ。
一週間の入院生活を終え、今日5月24日退院します。
いつも笑顔でやさしく親切に接してくださった助産師、看護師のみなさん本当にお世話になりありがとうございました。


赤ちゃんはやっぱりかわいいですね。

2005年3月2日  長女を2492gで出産しました。

1人目の長男を2日がんばってみたものの、下からは出てこれず・・・
緊急帝王切開で産んでいたので、2人目は始めからカイザーで産むことにしました。
が、しかし・・・2人目の後、腹がこんなに痛いものだったなんて・・・
手術当日と次の日、その次の日のお昼まで、痛くて痛くてめげそうでした。
こんなので母児同室なんて無理だわ・・・なんて思っていたけど子宮収縮剤をやめたら痛みがほとんどなくって。
痛くて1人でベッドで寝ている時にほかの同室のお母さん達が、廊下を歩いているのを見た時「なんでこんな所で1人で寝てるんやろ。いつまで痛いんやろ。一緒にいてあげられなくてごめん・・・」と涙が出てきてしまった。
でも助産師さんの優しい言葉に支えられて、痛みと淋しさにも耐えられた。ありがとうございます。
あと、陣痛を経験しないで出産をすると「母親になった、産んだ」って実感がないって話を聞いていて、本当にそうなんだな~と思いました。
個室にいる時にそう思っていたら、赤ちゃんを1時間程横に寝かせてくれはったので「あ~私の赤ちゃん、ちゃんと産んだんや~私の赤ちゃん」と実感がもて、痛みも少し和らぎました。
ここの助産師さん看護師さんはみんなとても優しく親切なので安心できます。
先生も質問や疑問に丁寧に答えて下さるので信頼しています。
赤ちゃんはやっぱりかわいい~ですネ。


ファミリーバァースをしてよかった!

2004年10月27日  2376gの男児を出産

2001年4月24日に長女を2650gで出産してから、3年と6ヶ月で第二子を出産しました。
"二人目が欲しい~"と思いつつも、仕事のことや子育てのことを考えるとなかなか作る余裕もなく、いざ欲しいと思ってもできず・・・。その矢先に妊娠発覚!! そして出血にて切迫流産で安静を強いられました。 "赤ちゃんができた!!" と言う喜びと "長女をお姉ちゃんにさせてあげられる~!" と言う喜びでいっぱいで、何としてもこの子を守らねばという思いでいっぱいでした。
長女は、私達夫婦の仕事がら祖父母に預けることが多かったり、パパが単身赴任で2人で過ごすことが多かったりで、いつも "淋しいよ~" と言ったり、1人でおもちゃで遊んだりしていました。なので、兄弟を作ってあげたい、兄弟ができた~嬉しさは、とても×2 大きかったと思います。おなかの中の赤ちゃんを守ってあげて、長女をお姉ちゃんにさせてあげたいという気持ちはあるものの、妊娠16週くらいまでは、出血の繰り返しで入院もしました。その間も "ママ 大丈夫?" "早く元気になってな。" "あーちゃん(赤ちゃんのこと)生まれたら抱っこしてな。" と気を遣ってくれたり、甘えたい気持ちを我慢してくれたりと、いっぱい いっぱい頑張ってくれたお姉ちゃんです。
本当に、長女の支え(他にもあったんですが・・)には、励まされ 勇気づけられました。
また、それまで仕事や家事でイライラして長女にあたったり、長女をかわいく思えなかったりと、いろいろ冷めたくしていたこともあったのに・・・本当に長女には感謝とごめんねの気持ちでいっぱいです。
妊娠16週以降は体の方も落ち着き、産休まで家族や職場の方々の温かい支え(本当にありがたかったです。)によって働くことができました。みんなに支えられて過ごした妊娠生活でした。この感謝の気持ちを忘れないでいたいですね。
長女を妊娠中も実は、切迫流産で自宅安静を強いられ・・・挙げ句の果てには、妊娠29週にして盲腸になり手術をした結果切迫早産と、とても×2不安な妊娠生活でした。
その時も、この中央HPでお世話になり、助産師さん・看護師さん・Drの皆様にお世話になっていました。"今度は、盲腸にもならないしな~"と笑って話していましたが、おなかには大きな傷が・・・。しかも今回の妊娠で、また傷が引き伸ばされていました。今となっては懐かしい話です。 と何を書いているのかさっぱりわからなくなりなしたが・・本当にいろいろとあった2回の妊娠生活ですが、今思えば2回とも人の優しさにつつまれた幸せな時期だな~と思います。そして、もう1人また妊娠したいな~と思えるのも幸せな妊娠生活が送れたからだともいます。
そして、10/27 AM8:43 babyを出産したわけですが・・・。
予定日11/25のはずが、約1ヶ月も早い35週目での突然の破水! "えっ?!うそやろ?" と思いつつも本当だったのです。前回の妊検で推定体重2000gだったため"大丈夫かな?" と不安いっぱいでの出産に・・・。長女の時も破水で始まり陣痛、分娩とパニックになりながらも安産と言われる出産でした。
今回も、破水=すぐ出産と思い夜中に入院したものの、不規則なおなかの張りはあるものの全くで・・・。ファミリーバァース希望をしていたため、長女も一緒にいてくれましたが夕方を過ぎても何ともないため、長女は祖父母たちと一たん帰宅。ダンナだけいてくれました。
そして、夜中2時すぎになりジワジワと規則的に陣痛が来て・・・。2度目となるとまだ冷静さがあり、5時頃に長女を呼ぼうとダンナと相談し、祖父母に長女を連れて来てもらいました。 "ママ、大丈夫~?!" と眠い中声をかけてくれて再び眠ってしまいました。その間、痛みはどんどん押しよせ、"痛~い 痛~い!!" と言ってはダンナや助産師さんに腰をさすってもらい・・・"今まだ6cmくらいかな?" と助産師さんの言葉を耳にしたのが7時過ぎ。ちょうど長女も目を覚まし "ママ~何してんの?!" など話しかけてくれるものの・・・"もうすぐ、あーちゃん出てくるしな・・" としか言えず、痛みとの闘いです。
8時過ぎに "分娩室へ行きましょうか!" と助産師さんの声。 "やったぁ~" いきめるよ~!というような感じでいざ陣痛室へ!!
私の左肩のところにはダンナと長女が・・・。周りにはたくさんの助産師さん・看護士さんがいてくれはる中での出産!長女が "ママ~・ママ~" "何してんの?" と半分怖々と声をかけてくれている。"もうすぐ産まれるからね・・・" と声を掛けながら"う~んっ" といきむこと4回ほど。8時43分 2376gのbabyのうぶ声がきこえました。 "ママ~" と長女は何が何かわかっていないような感じでしたが、"あーちゃん生まれたよ!" と、とっても嬉しさがこみあげ・・・"抱っこしたい~!" とすっかりお姉ちゃん気分でした。本当に私の勝手な思いで長女を立ち会わせましたが、本当にファミリーバァースをしてよかった!と思います。
パパも前回と違い今回の出産はよかったようで、本当に私たち家族にとって素敵なお産でした。
本当にこの中央HPで出産できたことを嬉しく思います。
出産後2日間、子は保育器の中で過ごしていましたが、いつも優しく声をかけて下さる助産師さん・看護師さんのおかげで、めげることなく入院生活を過ごすことができました。本当に×2ありがとうございました。
妊娠~出産といろいろありましたが、本当によかったです。また、3人目が欲しいなぁ~と思う程です。もし3人目ということがあれば 次もゼヒここの中央HPで出産したいと思います。
本当にありがとうございました。


みなさん本当にありがとうございました

3066gの女の子を出産しました

本当に予定日きっちりに産まれたのですが、産まれるまで丸2日かかりました。実は私自身看護師なのですが、生まれて初めての経験でこんなに痛くてしんどいものだとは思いませんでした。土曜日の朝2~3時からシクシクした痛み、朝方には5~10分間隔かなというくらいになって電話して9時に外来受診し、そのまま入院になりました。でも子宮口がなかなか開かなくて結局2日かかってしまってその間のお尻と腰の痛みで泣き叫んで、痛み止めを打ってもらったりしました。その間、助産師さんには大変お世話になり、マッサージもしていただいて本当に感謝しています。分娩室に移動できると聞いたときは涙が出るほどうれしかったです。そのあとは1時間程で無事出産し、赤ちゃんを見せてもらって涙しました。お産後も母乳の出具合などを考えて個人個人にあった指導をそれぞれの助産師さんがしてくれ、本当に自然に近い形でお産、育児をすすめておられるところにすごく感動しています。みなさん本当にありがとうございました。


生まれてきてくれてありがとう

2004年10月7日に3044gの男の子を出産しました

私たち夫婦にとって新婚生活1年もまたない間の妊娠でした。なんといってもだんなさんのプロポーズの言葉は「優(私)の妊婦さんの姿を夢で見た」今、思えばだんなさんの思うがまま?なんて…。
私自身、妊娠している自分の姿なんて想像したこともなかったし、末っ子だった為、子どもの扱い方がわからず、あまり好きでもなかった。
でも、いざ自分のお腹に子どもがいる事がわかり、気が付くと手をあてたりしてかばっていた。でも、妊娠したことは予想以上につらい事ばかりでした。和菓子屋に勤めていた私は大の甘い物好き。そんなに太ったりしなかったから毎日食べてたいら、やっぱり身体は変わってきていたらしく、体重が増えて先生に注意されたり、お中元の時期でもあって仕事を続けていたから、疲れもドーッとたまる一方、帰るともちろん家事がたまっていた。
ストレスもどんどんつもって急に泣き出してだんなさんを困らせたり、何よりも小柄な私は最後までお腹が大きくなっても目立たずバスに乗っても変わってもらえない。世の中どうなってんだ!?と思ったりもしました。しかし、そのおかげなのか体重は7kgしか増えず他の妊婦さんよりも楽そうに見えました。家の階段もかけ上がってたからね!!(もちろん、だんなに怒られた・・・)
私の場合、子宮がすでに5cm開いていて予定日より2週間前には生まれるでしょうと言われていたから、もうすぐだと思ってドキドキしていました。でも、それから、3日、5日、1週間たっても出てこず、おしるしも破水もありませんでした。「5cmも開いているのに・・・なぜ!?」なんやかんやしているうちに10日程遅れてついに入院。陣痛のくる薬を使っての出産になりました。やっと出せるというよりも、不安でいっぱい。夜も寝れない日々が続いていました。入院当日、気合十分で病院に行ったところ、出産するのは明日とのこと・・・。「え!?今日じゃなかったの?」もっときちんと確認しておくべきでした。先生方や看護師さんにもよけい気を使わせてしまって、本当にすいませんでした。
その後、緊張がとけて「うわーん」と泣き出す私・・・。とてもこれから母になるとは思えない状態でした。「こんなので大丈夫かな、私。こんなに弱い気持ちで子ども産めるのかな」不安はますますふくらむなか、翌日になり点滴にて薬を投与。いつまでたってもこれという陣痛はこなかったけど、それまでに何人もの看護師さん、助産師さんが様子を見に来てくださって「あぁ、ささえられてるんだ・・・。一人じゃないんだ」と思いました。そして薬はついにMAXへ!!それまで何もなかった私の身体が急にズキーン!!と痛み始めました。「何!?今の?」それから10分おきにくる陣痛。これがうわさ?の陣痛かー!!「痛いよ陣痛って」とまわりに言われてもなめていた私。甘すぎでした・・・。私のなかで一番嫌いな腹痛の感覚。「助けて~!!正露丸のませて~!!」って心の中で叫ぶ中、ついにピークに。
分娩室に入って約1時間の超安産でした。ダンナさんの力強いおしと、助産師さんの優しい声に何度も励まされ、出て来たのは私の小さな身体からは考えられない、大きな手足の子でした。つらさと安心感と不安がさり、一気に泣き出す私。「あー、よくやった自分」何度も言い聞かせました。本当に体力勝負。次の日はやっぱり筋肉痛。腰痛もあった為、骨盤は割れるようにいたく、後腹というやつもはてしなく痛みました。陣痛終わったのに…。
翌日から母子同室の為、ダンナさんと「幸せやねー。」と何度も思いました。が!!やはり子供は泣くのとおっぱい飲むのが仕事なので眠れず、2日目もお腹が痛い。おっぱいがはってくるまでの間、何度も何度も起きて子供を見ました。
でも、精神的に少し弱気になってきて、おっぱいがうまく出せない事にへこんでいく私。もう少しでノイローゼになりそうでした。「何でおっぱい出ない。」「ごめんね。もっとたくさん出たら飲ましてあげられるのに。」何度も自分をせめました。それでも助産師さん、看護師さん達がつきっきりで応援してくれました。本当に心強かったです。今ではTシャツにしみ出る程よく出て安心しています。
この子の為にももっと強くならなくては!!毎日そんな事を考えながら、明日やっとこさ退院です。きっとこれからが大変なのでしょうが、ダンナさんと何とか乗り越えていきたいと思います。2人目もぜひこの中央病院でお世話になりたいと考えています。
今、一番したい事?もちろん我慢していたお菓子をたーっくさん食べたいです。でも、母乳をあげている子どもの為もうしばらく辛抱したいと思います。ぅぅぅ(泣)


家族に囲まれて。

2004年8月3日に生まれました

もう、うえの3人(すべて女の子)が中2、中1、小6になって「さあ、これからアルバイトに精を出して学費を稼がねば!!」という時期に4人目の妊娠がわかり、戸惑いは正直ありました。でも、だんだん育っていく生命をお腹のラインの変化から実感し気がつくとすっかり「4人の子どもの母」の気持ちに…。
病院探しも(3年前に右京区に引越ししてきたこともあり)周りのお母さん達への「聞き込み」から始めました。
いろんな病院のうち中央病院に関しては「いいよ~!」という評判。(理由はさまざまですが…) 実際に診察を受けてみて、すごく丁寧に対応して下さったのでここに決めました。
ファミリーバースもやってみたかったし、会陰切開なしの出産も経験したかったし、それと1番の理由は3人目の出産で弛緩出血により1リットルの輸血を経験しているので、そういう事態への対処がしっかりした病院を希望していたからです。
お産を終えてみて…本当にこの病院にして良かったと思います。お産そのものは入院してから約10時間で『首に2回へそのおがまいていた』『羊水が胎児の排便により濁っていた』というものでしたが…。
お医者さん、助産師さんのおかげで、何も問題なく子どもも元気に生まれてきました。この事も有難いことなのですが、助産師さんの立派な(しかもさりげな~い)お仕事ぶりのすばらしいことにとても感謝しています。
陣痛の時もひどくふくらはぎがつってしまい、ずっとマッサージしてくださったTさん謝々です。この日はお産が3つも重なりとても忙しい日だったのにつき合って下さりました。も~Tさんの顔が仏様のように見えました。そして、会陰切開なしで、NO PROBLEM!だったのは助産師さんの技術力!!です。
また、他の希望としては、うえの3人では、母乳のみの育児ができなかったので今回はぜひ!!との思いがありました。それも助産師さんの細やかなアドバイスのおかげでどうにかやっていけそうな感じです。今、パンパンにはっています。夜中の授乳にへこたれそうになった時でも「しんどくなったら、あずかりますよ~」の一言で、どれだけ気が楽になった事か…。気持ちが楽になったことでお乳も出やすくなったかもしれませんね。
ファミリーバースを通じ、うえの子どもたちも何か感じていることと思いますが、1番奥深いところで思っている事は、もう少し後に聞けると思います。
とりあえず、「今の感想は?」と聞くと…

長女(13才)の感想
お母さんがすごく頑張っているのを見て、今一人の赤ちゃんがお母さんのお腹から出てくるのだと思うと、とても不思議な感じがした。実際生まれてきても「あ、生まれてきたのか」という気持ちで、まだ自分の妹という感じがしなかった。(お母さんのお腹が痛そうなのを見て、自分までお腹が痛くなった)でも、冷静になって考えてみると、すごい体験をしたんだなと改めて感じた。

次女(12才)の感想
生まれて初めて出産に立ち会って、出産とはこんなにも大変なものなのか、とびっくりした。陣痛が激しいときに、お母さんの痛みがとても伝わってきた。でも、出産に立ち会えるのは少ないと思ったから、家族出産できてよかったと思った。

三女(11才)の感想
お母さんが緊張しているのが伝わって、お父さん、2人のお姉ちゃん、私みんな緊張していました。お母さんのがんばっている声、お父さんの「頭が出てきた」という言葉を聞いて、私の妹がお母さんのお腹から出てきているんだと思いました。そして手や足が出てきて、初めて生まれたての赤ちゃんを見ました。こんなに幼い子が私の妹なのかという、信じられない気持ちと不思議な気持ちとうれしい気持ちでいっぱいになりました。

先生はじめ、小児科の先生、助産師さん本当にお世話になりました。お産というのはいつも緊迫した状況なのに笑顔を絶やさずに産婦に接しておられるのは「これぞまさしくプロ!」と感動しました。このこともうえの子どもたちに少なからず影響を与えた事に間違いありません。これから家に帰って新しい家族6人での生活が始まりますが、スタッフのみなさんから、ポンッと背中を押してもらったような入院生活でした。有難うございました。
以上、Kファミリーでした 。


初めての出産で。

2004年7月28日(水)に生まれました。

初めての出産で、不安でいっぱいでした。
いつ陣痛がくるのか....どんな痛みなのか....健康な子が産まれてくるだろうか....etc....。
8ヶ月目から頭が下がってきてるって言われて、もうすぐ、もうすぐって言われ続け、産まれたのは、予定日より5日後でした・・・。
陣痛がきた時、最初はウンチの痛さだと思い、のん気にゲームをしていました....。でも、だんだん痛みが頻繁になり、そのうち'おしるし'もあり陣痛だとわかりました。
規則的になるまで様子をみようと、横になりうとうとしてて痛さと眠気と格闘していたら気づいたら5分間隔に!
急いで病院へ行き助産婦さんに見てもらってのですが、助産婦さんのパワーはすごいと思いました。 腰をさすってもらったり、声をかけてもらったりすると、なぜか安心するっていうか、痛みも和らぎ、パパのことが頼りなく思えた。すぐに分娩室に移り、また痛みとの格闘。 でも、やたらのどがかわいたカナ....。あと、ベッドがかたく腰というか、おケツがいたかった・・・
今、思えばめっちゃ痛かったんやろうけど、赤ちゃんが出た瞬間に痛みを忘れたっていうか、どっかにいってしまった。でも、頭がはさまって、体が出てくるラインはわかった....。
パパは私より先に頭がでてくるのを見たみたいやけど「感動した」って言ってた。病院に来て産まれるまで約2時間半ぐらいやって、みんなに「ちょー安産」って言われたけど、痛いのは痛かった・・・。
入院生活になり、赤ちゃんとお乳の出が伴わず、正直辛かった。
眠れへんことより、お乳をやることより、お乳が出―へんことが辛かった.....。
でも、看護師さんの一言、一言に励まされ、すごい看護師さんたちの存在の大きさを実感しました。 看護師さんたちの言う通り、日に日にお乳も出るようになりました。
私の体のこともすごく気づかってくれて嬉しかったです!!
入院してみないとわからない(気づかない)ことが、たくさんあることを知りました。これからも初めてのことだらけですが、子どもと共に頑張っていきたいと思います。
本当にありがとうございました。


 

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